私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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セシリア口調
「おや、ようやく私の~」

「あら、ようやく私の~」
に訂正。報告に感謝です。


03.三人揃えば姦しい

「ふぉぉ……」

 

 ルアナ・バーネットは感嘆の声を漏らした。その隣には同室である更識簪が呆れたように立っていた。

 場所は食堂。もっと言えば、食券販売機前。

 目をキラキラとさせながら食券を購入。から揚げ定食、オムライス、ラーメン。朝からという言葉も消し飛ばしてどれだけ食べるつもりなのだ。

 簪は目の前で起こる暴挙に唖然としながら、朝早いと言うのに頑張っている食堂のオバサマ方は出された食券を確認して、そして出した相手を見てしまう。

 無表情ならば人形と見紛う程整った顔。紫銀の髪が余計に人間らしさを消し飛ばしている。顔にはニマニマとだらしない笑みと輝かしい瞳。今から持ってこられるであろうモノにずっと歓喜しっぱなしである。

 そんな隣で呆れながらも自身のかき揚げうどんを受け取った簪。そして席は適当に空いている場所へと向かう。

 自身が席に着けば、自ずと人は引いていく。

 更識。この苗字を知らない生徒はいないだろう。なんせ、入学式で必ず目にする苗字なのだから。

 もしかして、という単語が重なりありもしない噂が立ち、そして周囲から引かれる。簪にとっては既に慣れてしまった事で、自分でも納得をしている事だ。そして事実を知った同世代からの評価は『更識簪』という一人の少女の評価ではなく、『更識楯無の妹』という評価へと変化する。

 

 ドンッ、と音を立てて目の前に大量の料理が置かれた。

 置いた本人であるルアナはニコニコ笑いながら席に着いてそして両手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 そして彼女の小さな口に入っていくから揚げたち。器用に箸を使いこなし、から揚げを掴み、噛み切り、咀嚼して飲み込む。むぐむぐと白米を口に押し込むことも忘れてはいない。

 誰も奪わない事を知っているのか、昨晩のスコーン事件の様に頬袋に詰め込む事はなく、しっかりと口に入る量を考えて食べている。

 それでも減る勢いが早いのだ。

 そんな人形のエネルギー補給を目の当たりにしている簪は思わず箸を止めてしまう。ものの数分でから揚げ定食を平らげたルアナは箸を置いてスプーンに持ち替える。次はオムライスである。

 黄色い卵に赤いケチャップを垂らされたソレにスプーンを差込み、掬い、口の中へと運んでいく。

 そして見られている事に気付いたのか、ルアナは口の中の物を飲み込んで簪に意識を向ける。

 

「食べない?」

「へ……」

「食べないならもらう」

 

 失礼。正確には簪の手元にあるかき揚げうどんに視線がいっていたらしい。

 流石に朝食を抜けば授業がツラい事になるのは目に見えていた簪はやんわりとその提案を否定する。その否定にルアナは頷いて、オムライスへと意識を戻した。

 盛大に口にケチャップを付けつつ、オムライスを食べていくルアナ。美人が台無しである。

 

「おーい、ルアナ!」

「ん」

 

 ピクリと声に反応したルアナは振り向いてスプーンを持ちながら手を上げた。

 声を出した本人は織斑一夏であり、その隣にはファースト幼馴染である篠ノ乃箒。両者の手には和食セットが彩られている。

 ツカツカとルアナの座る席へとやってきた織斑一夏はようやくルアナの向かいに座る水色の髪をした少女に気付いた。そして邪気のないニパッとした笑顔を浮かべて。

 

「席、いいかな?」

「……」

 

 対して更識簪の表情は芳しくない。眉間を寄せて、不機嫌ですよ、と言わんばかりの表情をしている。

 今朝送られてきたメールに書かれていた事実。そして目の前にいる男。その人物の責任という訳でもないだろうが、行き場のない怒りや恨みが簪の中に渦巻く。

 

「駄目」

「うえ?」

「一夏、この席は満員」

「空いてるじゃ」

「予定あり、満員」

「……はいはい。じゃぁあっちで食べてるな」

「いってらっしゃい」

 

 結局ルアナにより席の確保は出来ず、一夏と箒はその机を離れ、少し遠くの席へと座った。

 オムライスと食べ終わり、口をテーブルナプキンで拭って、むふーっと無表情から満面の笑みへと転換したルアナはラーメンへと意識を向ける。

 そんなルアナに対して疑問をぶつけるのは当然目の前にいる簪である。

 

「え……っと、バーネットさん?」

「ルアナでいい」

「る、ルアナ……さん」

「何?」

 

 メンマを口に入れたルアナが顔を上げる。そして簪は名前を呼んだことで少し緊張しながらも、疑問を口にする。

 

「織斑一夏……くんはいいの?」

「別にいい」

「……私に、気を使った……なら」

「簪は優しい」

「ふぇ?」

「理由はわからないけど、嫌悪を押し止めた、優しい」

 

 ズゾッとラーメンを啜っていなければシリアスな空気でも流れたのだろうか。

 簪の微妙な表情の変化を見て、ルアナは一夏を席に座らせることはしなかった。簪にとっては嬉しい事であった。

 整理のついていない心で彼に会ったなら、おそらく罵声を浴びせたかもしれない。感情のコントロールは上手い方だけれど、いきなりの事には対処しきれない。

 簪は息を吐き出して、目の前の人形のような彼女に感謝をする。

 

「ありがとう」

「お礼はお菓子がいい」

「…………」

 

 しっかりと礼をせびられる辺りも含めて、このルームメイトと一緒に過ごすのが不安になった簪であった。

 

 

 

 

◆◆

 

「ちょっと、聞いていますの! ルアナ・バーネットさん!」

 

 本日二度目になる休憩時間と本日二度目になるセシリア・オルコットの声。

 激しい剣幕を向けられていても名前を呼ばれているルアナは窓の外に広がる世界を羨むように見ていた。例えば、あの雲が美味しそうだ、とか。

 そんな二人を見て一夏は溜め息を吐いた。またか、と。

 今日に限った事ではない。人との付き合いを極力嫌っているルアナは毒を吐いてそのまま我関せずを貫くことが多い。つまるところ、セシリアという相手を変えれば誰かがルアナに向かって叫んでいる事は多いのだ。

――あぁ、鈴なら助けに入ったんだろうな。

 と一年前に引越した幼馴染を思う一夏。そしてもう一度溜め息を吐いて立ち上がる。いない人物を思っていても仕方ないのだ。

 

「そういえば、昨日は織斑一夏さんを随分庇っていたようですが」

 

 あ、まずい。

 一夏は直感して足を早める。なるべく手の届く範囲にセシリアを入れなくてはいけない。

 

「あんな軟弱者の」

「セシリア・オルコット……」

 

 一言、ルアナが彼女の名前を漏らす。

 窓を向いていた顔は体ごとセシリアに向き、わざとらしく、盛大に、ルアナは溜め息を吐き出す。

 そんなルアナに対してセシリアはようやく話を聞く気になったのか、と勘違いをして胸を張りながら口を開く。

 

「あら、ようやく(ワタクシ)の話を」

「少し、黙れ」

「え、」

 

 静かな声とどこか楽しげに笑みを深めているルアナ。そんなルアナの袖に隠れていた腕がひゅるりとセシリアの首に向かって伸びる。

 目指している場所は首で、蛇の様に伸びた腕はその牙をセシリアの細い首に突き立てる……事はなかった。

 

「やめろ、ルアナ」

「……」

 

 蛇は一夏の手によって掴まれ、口を開いたまま停止している。

 笑みを浮かべていたルアナはツマラナイ様に表情が消え失せて、一夏を睨んだ。

 一夏は困ったように顔を歪めて、そして溜め息を吐きもう一度制止の声を出す。

 

「やめろ」

「……邪魔」

「だからやめろって、ルアナ。別に俺が軟弱者扱いされようがいいけど、手を出すのはやめろ」

「うるさい、弱者」

「うッ……なんで俺止めてるのにこんな事言われなきゃいけないんだ」

 

 自分で言ったことながら、一夏の心にダメージ。見た目的にもか弱いルアナに『弱者』呼ばわりはクルものがある。

 ルアナは掴まれていた腕を振るって一夏の拘束を逃れる。そして自身の席に座って、また空を見上げる作業へと没頭した。

 振りほどかれた手を二、三度握り直して、一夏は溜め息を吐き出す。

 これの対処方法を考えていると、本当に鈴はルアナの扱いを心得ていた。と結論づけて、また一夏は溜め息を吐き出してようやくセシリアに向かう。

 先ほどのルアナの表情と行動に呆気に取られていたセシリアは一夏が顔を向けた事でいつもの気丈な気質をなんとか取り繕う。

 

「な、なんですの?」

「いいや、別に。コイツも十割悪気がある訳じゃないんだ。家族を馬鹿にされたら、あー、オルコットさんも嫌だろ?」

「それは……そうですが。けれど先に言ったのはソチラではなくって!」

「そうなんだよなぁ……」

 

 一夏はチラリとルアナを見る。

 ルアナは我関せずを貫いて空を見上げている。

 

「一夏に勝てたら、謝罪する」

「え?」

「言いましたわね! 絶対に訂正してもらいますわ!」

「ええ?」

 

 ボソリとルアナが呟いた言葉はセシリアの耳に届いていたらしくセシリアの怒りの矛先がルアナから一夏へと変わる。

 急展開すぎるぞ、と一夏は内心頭を抱え、プリプリとしながら自身の席へと戻っていくセシリアの背中を見送る。

 

「おい、ルアナ……」

「どうせ戦う」

「そうだけどさ」

「今更背負う物が増えても変わらない」

「……はぁ、マジか」

 

 やっぱり一夏は頭を抱えて、そしてルアナは決してそんな一夏に視線を向けることもなく空を見上げていた。

 

「ソレに謝罪程度、易い事」

「ならしてくれよ」

「ヤスイだけ。タダじゃない」

 

 普段の会話をしているなら一夏の方を向いてニンマリとしていただろうけど、ルアナは徹底して空の雲を追いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、織斑君とバーネットさんって家族なの?!」

 

 そして、これである。

 珍獣扱いよろしくの一夏に集まる女生徒達。休憩時間毎に起こる質問責めに新たな項目が増えているのだ。

 プライベートな事も結構お構い無しに聞いてくるんだなぁ、なんて明らかに現実逃避している一夏は困った顔をしながら視線を移動させる。

 向いた先は幼馴染である篠ノ之箒。

 あぁ、箒さん、箒さん。助けてくれはしませんか?

 そんな一夏の視線を箒はしっかりと受け取った。受け取っただけである。

 彼女の送信機は残念ながら壊れてしまって、一夏とルアナの関係を聞くまで直りそうにない。仕方ない事である。

 

「ルアナとは中学に入る前から一緒に住んでるんだ」

「一緒に……?」

「住んでる……?」

「そ、それはつまり二人の愛の巣という事で相違ないと?!」

「人形みたいなバーネットさんを着せ替えしたり、あまつさえ抱きしめながら眠ったり?!」

「あぁ、さらには一緒にお風呂に入ったり?!」

「いや、まったくそんな事はしてないからな?」

 

 していたとしても、こう言うしかないだろう。

 織斑家にルアナという存在が居候を始めた当初は幼い年齢もあり、そういう事もしたという記憶はある。

 勿論、今ほど彼女の胸は発育していなかったし、その時はそんな事を考えている余裕などなかったのだ。

 と、脳内でしっかりと幼いルアナの肢体を思い出しつつ、一夏はうんうんと顔を頷かせた。

 そして、これ以上は一夏自身話す気も無いので必殺の言葉を吐き出す。

 

「まぁ、詳しい事はルアナに聞けばいいよ」

「あ……そう、だね」

「……うーん、まぁいいや。それで別の質問なんだけど――」

 

 クラスメイトである女生徒諸君は先ほどの休み時間の出来事を目撃しているのだ。

 あのエンジンの掛かったセシリアに対して無視を決め込んでいた事も、そしてそのセシリアに向かって低い声を出していた事も、首を狙い腕を伸ばした事も。

 つまり、極端な話、恐怖の対象なのである。

 もしかしたら、自分もセシリアの様になるかもしれない。という事だ。

 そんな怖い思いをするぐらいならば、一夏に質問するし、それで答えを得なければソコまででいいのだ。

 

 内心空笑いをして、一夏は本気で高校生活でルアナに友人が出来るのか不安になった。

 気持ち的には友達とか、兄貴分だとかの気持ちではなくて、完全に親の心境であることは言わずもがなである。


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