私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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遅れているような気がする……


26.ルアナ?バーネット?

 少女は瞼を閉じていた。

 助けに来てくれる王子様を待っている訳でもなく、それこそそろそろ夕刻に達する時間で眠るには早すぎる時間だ。

 それでも少女、ルアナ・バーネットはその瞼を閉じて小さく呼吸を続けていた。

 全身に包帯を巻かれて。

 

 戦闘が終了し、見計らったかのように突入してきた救護班。一夏に抱えられたルアナを受け取り急いで検査。

 重症の烙印を押され、治療後チームメイトであったラウラ・ボーデヴィッヒとは別の部屋へと搬入された。

 戦闘から一切目を覚まさないルアナの横には家族であり、対戦相手であった織斑一夏が座っており、ルアナの手を軽く握っている。

 その後ろには篠ノ之箒、凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルル・デュノア、と簡単な話“いつもの”メンバーが揃っている。

 流石に病人相手に羨む事はない。一夏に手を握られているからと言って嫉妬する訳もない。

 

「一夏……ルアナは大丈夫なの?」

「…………」

 

 鈴音の声に一夏は答えなかった。答えれる訳もない。医者でもない彼は彼女の容態を知る訳もない。

 瞳をルアナへと向けた所で状態がわかる訳でもない。けれども彼はルアナへと視線を向け続けた。

 

「一夏さん……」

「……たぶん、大丈夫……だと思いたい」

 

 セシリアの声にようやく口を開いた一夏は自らの望みを吐き出した。ルアナの手をしっかりと握り、伝わる体温が下がらないことを願いながら。

 

「……きっと大丈夫ですわ。あのバーネットさんですもの」

「……そう、だな」

 

 慰めだとわかっていても、一夏はソレに苦笑してしまう。そう、あのルアナ・バーネットなのだ。

 案外、翌日にはケロッとして食堂で大量のご飯を食べているかもしれない。

 一夏は詰め込んでいた何かを解放するように大きく息を吐き出す。

 張っていた肩から力を抜いて、少しだけ目を伏せて何かを決意したように口を開いた。

 

「少し……ルアナの話をしたいんだ」

 

 ルアナからようやく目を離し、体ごと全員へと向けた一夏。伏せていた瞼を上げて、深呼吸をする。

 ルアナ自身の話を家族であっても他人である一夏がする。非常に不躾で無礼な話だ。けれども、一夏はルアナ……ルアナ・バーネットに関して語らなくてはいけない。

 

「ルアナさんの話って……もしかして」

 

 ルアナの話、と聞いて一番最初に反応したのはシャルルであった。

 脳裏には新しすぎるあの狂ったルアナ……便宜上、バーネットと相対したのだ。

 高速で動き、接近し、ナイフだけで一夏を圧倒した彼女。明らかに高速に動くことを目的とした淡い緑色のIS。

 

「ああ、バーネットの話だ」

「バーネットって……また出たの?」

「凰さんは知っていますの?」

「ルアナとも付き合いはあるからね……一度だけ会ったことがあるわ」

「たぶん、ルアナはバーネットのことを気づいてないと思うんだけど……。ルアナにはもう一つの人格があるんだ」

「……つまり、二重人格者、というやつか?」

「ああ……俺はソイツのことをバーネットって呼んでる」

 

 視線だけで四人を確認して、反応を伺う一夏。

 ルアナと付き合う上で確実にネックになってしまう二つ目の存在。ルアナとは違う、バーネットという存在。一夏が語らなくてはいけない事なのだ。

 

「バーネットはルアナが俺に対する恨みとか怒りとか、そういう部分の受け皿だったんだ。それが貯まりすぎると表に出てくる……と思う」

「一夏に対する?」

「俺はルアナの大切な物を奪ってるから」

「大切な……物?」

「…………」

 

 一夏は口を閉じる。こればっかりは一夏個人の口から言える範囲ではない。けれども、ソレがルアナにとって大切な物だった事は一夏にでもわかる。

 だからこそ、一夏はルアナに償わなければいけない。

 だからこそ、一夏はルアナに依存されなければいけない。

 だからこそ、一夏はルアナの代わりに謝罪をする。

 だからこそ、一夏はルアナの為に尽くそうとする。

 それが一夏に唯一できる償いである。それが一夏がしなくてはいけない事だ。

 

「こうやって話たのは、ルアナの事を知ってほしかったんだ。それで……」

 

 できるなら、友人であってほしい。

 これは一夏の一方的な願いだ。ルアナは一人がいい、と言わんばかりに毒を吐き出している。

 ルアナが独りになることなど、一夏は許さない。奪った本人が言う事も可笑しい事だけれど、一夏はルアナの幸せを願った。

 だからこそ、一夏はバーネットに殺される訳にはいかない。ルアナを生かして、守る為に。

 

「なんだ、お前ら……まだ居たのか」

 

 扉が開き、声を出したのは織斑千冬であった。

 眉間に皺を寄せて大きく溜め息を吐きだし千冬は腕時計を確認した。

 

「面会時間は既に過ぎている。寮へと戻れ」

「でも千冬姉」

「織斑先生だ。放課後と言ってもまだ学校内だ」

 

 軽くペシンと一夏の頭に出席簿が落とされる。

 もう一度溜め息を吐き出した千冬は各人に視線を配る。自身の弟の事だ。どうせルアナが目を覚ますまでいる、とか言い出すのだろう。

 ソレを防ぐためにも第三者に退出を促してもらうしかない。

 

「一夏」

「……わかってるよ」

 

 肩に手を置いた箒に促され一夏は踵を返す。

 扉が完全に閉まって、三度目になる溜め息を千冬は吐き出した。

 

「まったく……起きているんだろ、ルアナ・バーネット」

 

 千冬は呆れた様に口を開く。まるで当然のように。

 そして眠り姫は瞼をあげる。深い青色の瞳が天井を見上げ、持ち主が上半身を起こす。

 眠りから覚めたように腕を上げて背骨を伸ばした眠り姫はふぅ、と息を吐き出して千冬に向いた。

 

「おはよう、千冬」

「既に夕刻で、眠ってもいなかったのによく言う」

「あら、眠ってた扱いを受けてたのだから挨拶をするのは基本でしょう?」

 

 ニマニマと笑って見せるルアナ・バーネット。

 口角を歪める事もなく、それこそまるで人形が笑んだような笑顔だ。包帯ではなくフリル満載の洋服でも来ていればどこかの国のお姫様と言っても過言ではないだろう。

 

「それにしても、一夏は執着のしすぎね……」

「お前がソレを言うのか」

「……そうね、なかったことにして頂戴」

「なら言葉に出すな」

 

 呆れたように息を吐き出した千冬とそれを見てクスクスと笑っているルアナ・バーネット。

 包帯を解き、スルスルと自身の肌を晒していく。そこには傷一つない肌が見え、戦闘後そのままだったのか胸と局部しか守っていないISスーツが残っていた。

 

「第一、バーネットを作り出したのはお前だろう」

「そうね。けれど、彼にとってルアナもバーネットも必要だったのよ。それこそ壊れない為にね」

「依存され続ける存在と罪を理解できる存在か」

「ええ。それを一番分かりやすくしたのが二重人格という設定」

 

 それが一夏が壊れない為というソレだけの理由でルアナ・バーネットという存在はその行動を実行した。

 自分を殺し、我儘で手の掛かるルアナという存在を作りあげ、一夏に罪を与える為のバーネットという存在を作り、一夏へと解りやすくした。そこまでしなければ、織斑一夏という存在が壊れていた。ソレだけの出来事があったのだ。

 

「……何度聞いても呆れるな」

「一度呆れた物なんだから何度も呆れるわよ。猫拾ってくるガキに呆れたら、犬拾ってきてもオウム拾ってきても王蟲拾ってきても宗教始めても呆れるわよ」

「いや、最後の二つは全力で止めるだろ」

「自分で言うのも可笑しいけれど、それ相応の事はやってるわよ、一夏」

「…………」

 

 また一つ溜め息の回数を増やして千冬は頭を抱えた。

 ルアナ・バーネットはベッドから降りて素足を床につけてペタペタと窓に寄る。カーテンを開けば赤い光がルアナ・バーネットの肌を照らした。

 

「……ホント……罪なんて感じなくていいのに」

「…………」

 

 奪われた筈のルアナは苦笑して窓に手を当てる。細い指先が窓に触れているというのに、指紋の一つもついてはいない。

 ソレを見ながらも千冬は何も語らない。語ることは出来ない。

 

「名前のなかった私にルアナなんて名前を付けて……態々居れる場所まで作って……彼から私に送ってくれる物の方が沢山じゃない」

「なんだ、惚れたか?」

「私に真っ当な恋愛感情なんて求めないでよ。それこそ人とは違うんだから。殺し合いで発情する女よ? 触れ合いで求められる事に抵抗する気はないけど、気付いたら死体とベッドを共にしてるなんて…………ちょっと素敵ね」

「絶対にやめろよ」

「私とちゃんと殺し合い出来るような人間。もうこの世界にいないわよ。IS装備ならわからないけれど」

 

 ケラケラと軽く笑ってみせたルアナは近くに畳まれていた制服を着込んでいく。

 ムニムニと頬を触り浮かべていた笑顔を消して深呼吸をする。瞼を伏せて、ゆっくりとジト目へと変化させて表情を消していく。

 

「ISで思い出したが、アレを出す必要はあったのか?」

「生徒会長様が私を探ってる。徒労に終わってるけれど、強硬手段を取られると彼女らに悪影響になりそうだったから」

「だから自分から晒したのか」

「まったく、妹と弟を持つ姉はどうしてこんなに不器用なのかしら」

「まったくだな」

「……千冬、アナタの事も含んでるのよ?」

「……自覚してないと思ってるのか?」

「まさか。自覚してると思ってる訳ないじゃない」

 

 ジト目のまま肩を竦めたルアナは制服の確認をしてスカートの皺を伸ばしていく。

 その様子を見ながら千冬がポケットの中から金色の鈴の着いた淡い緑色の輪を取り出してルアナへと投げる。ソレを見ずに掴んだルアナは訝しげにソレを見る。

 

「これは?」

「そこらで購入したチョーカーだ。そこにある留め具を外して首にでも付けていろ」

「……ああ、アレのフェイクね」

「嘘と情報操作は自分でしろ。面倒だ」

「はいはい。生徒に嘘を吐けだなんて、悪い先生ね」

「得意だろう?」

「まあね」

 

 淡い緑色のチョーカーを首に巻いて、鈴の位置を前にして留める。

 窓に映った姿で確認してルアナは改めて息を吐き出す。

 

「更識は騙せそうにないわね……どうして一夏の周りには面倒が増えていくのかしら」

「好きだろう? 面倒」

「嫌いよ。第一、一夏に近づく人間の身辺調査をしないといけない私の身にもなりなさいよ……デュノアが来た時なんて急に決まって慌てて準備したのよ?」

「適当な理由は作っただろう」

「お菓子袋がまだ返ってきてないんですけど?」

「山田君に任せている」

「何それ怖い」

 

 うわぁ、と肩を落としたルアナに対してフンスと鼻で息を吐き出した千冬。

 

「それで、一夏はどうだった?」

「そうね、戦闘力的には申し分がありすぎるわ。対応力は素晴らしいけれど」

「磨けば光る、か」

「そうね。どこかの誰かがダイアモンドカッターとか持ってきて強制して宝石部分を露出とかさせなければ順調だと思うわ」

「……あいつか」

「ええ、そいつよ」

 

 おそらく二人の思い浮かべた人間は一緒で、悪びれもなくただ純粋に災害を起こしている天才である。

 ウサ耳を頭に付けてきゅるるん☆とかやってのけている、彼女である。一人不思議の国で、性格がチェシャ猫、格好はアリス、権力はハートの女王様、申し訳程度に白兎の成分がごっちゃになっているのである。

 

「……まあ、一夏はしばらく大丈夫でしょう。バーネットに頼らなくてもキチンと成長するわ」

「……すまないな」

「家族ですもの、生憎ね」

 

 そうして無表情を崩して苦笑したルアナ・バーネットはゆっくりと部屋から出て行く。

 廊下に出て、扉が閉まった事を確認して、天井の明かりを見つめて息を吐き出す。

 

「ホント……生が憎いわ……」

 

 頭を振って、深く吐き出した溜め息は誰にも聞かれることもなく、誰もいない廊下に霧散した。




>>一夏君が原作よりもやや強い理由
バーネットに負けない為に頑張った結果です。彼にとってバーネットは倒すべき相手です。
恨み辛みも含めた人格と思い込んでますから。

>>この文章で一番可笑しいのはダレ?
ルアナの為、という名分で色々とルアナの為に動いているエゴの塊が一番狂ってます。彼にとってバーネットの存在とルアナの存在は必要なのです。

>>ルアナ・バーネット本体
一夏が人格扱いしている二人は演技であり、実際のルアナ・バーネットは結構色々できます。それこそ、一夏と絶対に関与しない、という条件ならば学園を支配しようと思える程カリスマとか、話術とか、その他諸々を持ち合わせてます。
ただ、それをすると、ルアナと接点を持つ人間が多くなり、必然と一夏に関与してしまうので、なるべく友人は作ってません。
というか、本質的には独り大好きッ子です。

>>『ルアナ』という名前
一夏が付けました。

>>戦闘による発情
仕方ないね

>>アレ
淡い緑の前話に出てきたISモドキ。

>>お菓子袋
これは演技ではない

>>一人不思議の国
般……世界一可愛い。王国民もいる。

>>チョーカーと鈴
猫扱い

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