私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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2014/01/13
誤字訂正


18.茶番漬け

「おーい、ルアナー、飯行くぞー」

 

 教室に織斑一夏の声が響く。その隣には既に『いつもの』と呼ばれるようになったメンバーが揃っている。

 篠ノ之箒。シャルル・デュノア。セシリア・オルコット。そして遅れて凰鈴音。

 そのメンバーで行われる昼食会。参加は自由なのだけど、各人男性二人という奇妙な圧力によって参加は控えられている。

 呼ばれれば普通は来るのだけれど、残念な事にルアナ・バーネットだけはやはり気紛れだった。

 

「今日は、いい」

 

 それだけを言い残してメンバーの横を通り過ぎる。ゆったりとした足取りで、けれども速い速度でテクテクと廊下を歩いていた。

 

「私の中華料理あるわよー」

「また今度ー」

 

 そう言って後ろ手をヒラヒラと振ったルアナは廊下を曲がり遂に視界から消えてしまった。

 セシリアと箒はどこか納得しないように、けれどもルアナの気紛れを散々知っているから何も言わず。

 シャルルに至っては心の奥で安堵の息を吐き出している。

 そして、重症なのが二人ほど。

 

「え? ルアナが料理いらないって……え?」

「落ち着け、落ち着くんだ鈴。きっとあれだろ、腹痛とか、胃潰瘍とか、」

「あのルアナが?」

「ないな……ありえない」

「それがありえちゃったのよ、一夏」

「ありえたのか……え?」

「え?」

 

 どこか困惑状態の二人を落ち着けるまで、もう暫く時間と労力がいることはその他三人しか知らない。

 

 

 

 

 そんな混乱を引き起こした本人は、何を買う訳でもなくよくやってくる日当たりの悪い校舎裏へと到着した。

 到着して、崩れるように膝を付いて、地面を叩いた。

 

「肉まん……酢豚ぁ……回鍋肉(ホイコーロー)ぉ……」

 

 どうしてルアナが鈴音の弁当箱の中身を知っているかは置いておいて。

 やっぱりルアナはルアナである。泣きそうになるほど鈴音の酢豚を我慢したのだ。我慢したけど、やっぱり我慢なんて出来なかった。

 今すぐにでも戻れば食べれるのではないだろうか。

 そんな事を思いつつも、ルアナは意識を切り替える。立ち上がり、ついた土埃を払って、ため息を吐き捨てて言葉も出す。

 

「で、何用?」

「あら? いつから気付いていたのかしら?」

 

 ニンマリと笑顔を浮かべた更識楯無は扇の先を口に押し付けた。

 ルアナは襟首に収まった小さな機械を取り出して指で潰す。それを見た楯無は口を尖らせてみせる。

 

「最初からって事ね……まったく嫌になっちゃうわ」

「成果のない調査ご苦労さま」

本当(ホンット)よ。 アナタの持ち物を検査したけれど、ISのアの字もなければイの字もないし。それに下着は百円均一のモノだし。もっとお洒落しなさいな」

「面倒」

「あら、そう」

 

 小さな箱に収まったルアナの所持物。そこには調べ尽くされた下着(百円均一商品)。

 ルアナは受け取り、ショーツを取り出してソレに足を通す。

 ソレをジトリと見ている楯無。文面だけ見れば変態であるが、実際のところ昼休みになるまでノーパンで授業を受けていたルアナの方が変態度は高い。

 

「本当に、アナタは何なのかしら?」

「ルアナ・バーネット。趣味は昼寝、食べ物の好き嫌いはない。そういう存在」

「それは知ってるわ……」

 

 顎に扇子の先を当てて、ふむ、と一つ呟いた。

 楯無は自身の頭の中を纏める。先ほど潰された盗聴器も含めて、やはりルアナ・バーネットという少女は異端だ。

 在り方に関しては、個性で説明をつけれる。けれどもあの高出力の光学兵器を曲げた事は人間としての常軌から外れている。

 何度も見たあの映像。確かに彼女の右手には鈍色のナイフが握られていた。形状から製作者を調べようともしたが、ソレは無理だった。どこにも在りはしないナイフだったのだ。

 確かに彼女はナイフを虚空から取り出して、光学兵器を曲げた。これは事実だ。

 人間ではありえないけれど、事実。

 そしてそこから導き出されたのがルアナがISを所持しているという仮説だ。尤も、ソレも無駄に至った。

 少なからず、待機状態であるISは形を成していなくてはいけない。それは織斑一夏のガントレットでもあり、セシリア・オルコットのカフスでもある。

 けれども、それ等に当たる物をルアナは所持していなかった。文字通り彼女を裸にして持ち物を点検したが、無い。

 仮定が覆され、事実だけが残る。

 

 ルアナ・バーネットは光学兵器を曲げる程の何かを所持している。けれど、ソレはISによる物ではない。

 

 それが更識楯無の見解だった。ありえない事である。ありえてはいけないのだ。

 何度も言うようだが、人間の身でありながらISという兵器に刃向かえるなど、有り得てはいけないのだ。

 

「で、容疑は晴れた?」

 

 当然、自身はISを持っていないのだから容疑も何もないのだけれど。と言いたげなルアナはどうやら鈴音の料理の事は諦めたようだ。

 変わらないジト目の相手をしている楯無は扇子を広げる。そこには『完敗』の二文字が書かれている。

 どうしようもない。笑顔の裏で歯軋りをして、目の前のジト目の少女を睨んでいる。それだけしか出来ない。

 そんな相手を挑発するように、ルアナの口角は歪む。

 

「クヒッ、どうも、面白かったですわ」

 

 そう言い残して、ルアナは踵を返した。

 対して楯無は舌打ちと歯軋りをして、数秒してその場をあとにした。

 

 

 

 

「あ、バーネットさん」

「……なんだメシマズお嬢様か」

「うぐっ」

 

 廊下を歩いていたセシリアに手痛い挨拶を交わしたルアナ。そんなルアナを見てふとセシリアは疑問が生じた。

 

「あら? 何かいい事でもありましたの?」

「? なんで?」

「顔が笑ってましてよ」

「……そう、ソレはイイ事」

 

 フフッとセシリアの前で顔を綻ばして、まるで少女のようにスカートを翻すように一回り。

 両足をしっかりと地面に付けて、ルアナはやはり笑顔だ。 そのイイ事があったから笑顔なのではないのだろうか。セシリアは少し疑問を浮かべて首を傾げた。

 

「一夏は?」

「一夏さんなら――」

 

 引きつった顔をしてセシリアは顔を一夏の方向へ向ける。その行動でルアナも釣られてそちらへ視線を向ける。

 そこにはどうしてだかチョコバーの山。そしてソレを見て唸る一夏と鈴音。

 

「これでルアナは釣れるのだろうか」

「もっと甘い物を用意すればよかったんじゃない?」

「いいや、あのルアナの事だからこれで釣れる筈だ」

「ええ、あのルアナなら釣れるでしょうけど……今度のルアナは私の酢豚にすら釣られなかったルアナよ」

「……俺に……俺に釣る事はできるか……ッ!!」

「一夏……」

 

 いや、お前ら何してるんだよ。

 ルアナは思った。思った末にセシリアの方向を向いた。首を横に振るセシリア。

 もう、手遅れだ。そう言葉を無くし言っているのだ。口元を手で隠し、瞼を伏せている。

 当然、笑いを隠しているだけだ。

 いいや、まだだ、まだ終わってはいないッ。

 ルアナはその足を進め、一夏へと近付く。近付いた事により一夏がルアナに気付いた。

 けれどその姿は間に立ちふさがった篠ノ之箒により見えなくなった。

 

「お前が……お前が一夏をこうしたのだ!」

「……」

 

 箒は精一杯叫んだ。

 勿論、それに対してルアナはいつものジト目よりも目を細めて箒を見るだけに至った。

 

「こんなにチョコバーを買って……お前の為に……なのにッ、お前は!」

「……篠ノ之箒」

 

 ルアナは箒の名前を呼んだ。いつものように蔑称ではなくて、ちゃんとした名前で呼んだ。

 箒は下げていた視線を上げてルアナを見た。

 ルアナはしっかりと開いた目を箒に見せ、さらに歩みを進める。

 ポンッと箒の肩に手を置き、横を過ぎ去る。

 

「大丈夫、私に任せて」

「ッ……!!」

 

 箒は下唇を噛んだ。

 一夏を救えない自身の不甲斐なさに、そんな情けなさに、そしてルアナを頼らざる負えない自身に……。

 

 勿論、そんな事はない。ただ笑いを堪えているだけである。

 ちなみに、セシリアは先ほどのルアナの一言で乙女らしからぬ音を口から吹き出し咳き込みながら肩を揺らしている。

 

「一夏」

「ルアナ……」

 

 一夏とルアナが見つめ合う。一夏の隣にいる鈴音は両手で口を隠し涙目になっている。

 感動の再会である。

 嘘である。口を隠したのは笑いの耐えすぎで口が変な形になっているからだし、涙目なのは完全にその影響だった。

 そんなシリアスな空気をぶち壊す笑いが所々から漏れているなか、まだシリアスな表情を続けている一夏とルアナ。

 一夏が震える手でチョコバーをルアナに差し出す。

 ルアナは一夏の手を両手で包み、チョコバーを受け取った。

 包装紙を破り捨て、ルアナはチョコバーを齧った。それはもう、一本で満足するように。齧った後にバーと言うように。

 

「いや、何してるのさ……」

 

 そんな至って冷静に、茶番に付き合わなかったシャルルの一言でオチたのか、耐え切れずに鈴音が爆笑し、箒は顔を背けて肩を揺らし、セシリアはその場から笑いながら消えた。ルアナはバクバクとチョコバーを食べ、唯一真顔だった一夏も、何か安心したのか息を吐き出して苦笑する。

 

「織斑くん、どうかした?」

「いんや、なんでもないさ」

 

 シャルルの問に対して肩を竦めた一夏はチョコバーへと手を伸ばした。

 ベシリとルアナによって弾かれた事で一夏はまた苦笑を漏らしてしまった。

 いつもの、ルアナである。

 そうして心の中で安堵の息を吐き出す。オカシナ所などありはしない。

 有りは、しないのだ。

 

「私、今日で出て行くから」

「はぁ?!」

 

 そういうルアナの爆弾発言が投下されるまで、一夏の平穏は保たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな爆弾発言から一夏に向かってルアナが同室にいることの総口撃が始まったけれど、書くに値しないので書く事はない。

 知っていた筈のシャルルに口撃が及ばなかったのはルアナが近くにいたからだ。それによって無用な噂が流れるのだが、ソレもまたどうでもいい話である。

 

「ただ、」

「ルアナ!」

 

 扉を開けると、ルアナは抱き着かれた。

 持っていた荷物は地面に着いて、ルアナの両手が空を迷う。

 ルアナを抱きしめている更識簪は二日程度だけれど離れてしまったルームメイトの抱き心地を再確認している。

 無くしてしまったぬいぐるみが見つかったように、髪を指で梳いて、顔を近づけて大きく息を吸う。

 何度か瞬きをしてようやくルアナは我に返った。返ってから、余計に疑問が生じた。これは本当に簪なのだろうか。

 あの小心者で小動物的にオドオドしている簪なのだろうか。

 ようやく、抱擁から解放されて、肩を持ったれた状態で離されたルアナ。

 目の前にはどうしてかいつも以上に何かに追い詰められている簪。

 

「えっと、かんざ―」

「お姉ちゃんに何かされた?!」

 

 あ、それか。

 ルアナは目を背ける事もなく簪を見つめた。少しだけ涙目の簪。

 心の奥で燻る感情を抑えて、事実を伝える。

 

「前にも言ったけど、検査」

「その検査って、お姉ちゃんが言ったんだよね」

「うん」

「――ッ、やっぱり」

「私が怪我したから」

「……へ?」

「クラス代表戦の時に、ちょっと」

 

 簪の脳裏に体調の悪かった時のルアナが思い出される。確か、アレはクラス代表戦後だった筈だ。

 もしかして、あれは怪我をしていたのか。

 思わず睨んでしまった簪の視線から逃げる様にルアナは視線を逸した。

 

「ルアナ……マフィン抜き」

「はぅぁ……それだけは……それだけはぁ」

「抜き」

「…………」

 

 がっくしと肩を落として、まるで溶けた様に床に這い蹲るルアナ。

 そんなルアナにフンッ、と声を出して顔を背けた簪。いらない心配を掛けた罰である。

 実際のところ、話を逸らされているのだけれど、ソレは簪に気づかれなくていい事だ。

 

「簪……マフィン」

「ルアナなんか知らない」

「マフィン……」

「…………」

「マフィンゥ……」

 

 ともあれ、姉妹仲を守ったルアナはこんな随分な報酬に絶望した。かなり期待していたマフィンが一瞬で消えたのだ。

 いっそのこと言ってしまえばいいのではないだろうか。

 そう考えたルアナだけれど、ソレはそれで目の前で不機嫌になっている彼女が落ち込むことは目に見えているので諦める。

 けれど、やっぱりマフィンがなくなったのは辛い。涙目になりながらキッチンに向かい、冷蔵庫を開くルアナ。

 何か、何か食べ物はないだろうか。

 その目の前には透明の容れ物に入った白色の食べ物。

 取り出し、匂う。牛乳の匂いがした。

 グルリと勢いよく簪の方を見たルアナ。簪はやはりそっぽ向いたままだ。

 

「ルアナ、いつ帰ってくるかわからなかったから……マフィンは、また、今度」

「簪ぃ!」

「うわぁ」

 

 簪の背後から抱きついたルアナ。驚いた簪は少し顔を赤くして笑顔が浮かんでいたそうな。

 

 

 

「簪、全部食べていい? 食べていいよね? 食べる」

「いや、ルアナ。私も食べる、から、ね?」




最近の目標
夢の中でもいいので、シャルロット・デュノアさんのお尻を撫で回す事です。
その後にセシリア・オルコットさんに踏まれたり、シャルロットさんに踏まれたりされたら最高です。むしろそっちがメインがいいです。

>>簪ちゃんと楯無さんとルアナ
 基本的に優しいルアナさんです。というか、家族間に介入したくないだけなのだろうか。
 ともかく、簪ちゃんに抱きついた時のルアナはきっとデフォルメされていたに違いない。

>>茶番
 書く気はなかったけれど、笑えない笑いでもぶち込まないと色々折り込めなさそうだったので。

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