月捲りのカレンダーは捲られる。
どうしてだかルアナを見ると視線を下げてしまう簪を確認していたルアナはなるべく簪に関わらないようにしている。
こういう物は自分から言わなければ何も変わらないのだ。
直接ルアナは簪を責める事は容易い。尤も、ルアナ自身にはそんな気持ち一切ない。悪の親玉とは既に密約が交わされているのだ。
悪戯心で山田真耶をつつく事はあっても、そういう気持ちで簪を弄るという事はしないらしい。
許しているのだから、弄るも何もないのだけれど。
謝りたい簪から逃げる様にルアナは部屋に戻ってはスグに就寝し、朝は簪よりも先に起き部屋から出ているのだ。
そんなルアナの気持ちなんて一切知るわけない簪は自身が避けられている事が確定してしまっている訳であり、そして二ヶ月という時間をルアナと過ごした彼女は意味なくルアナが行動しないという事を知っている。
つまりである。自分の悪行がバレ、そしてルアナが自身を嫌い始めている。ということである。
事実と予想というのはとてもオカシク絡み合う物である。
時は昼休み。本日も簪から逃げたルアナは購買に走り、パンを幾つか購入してホクホク顔で日の当たりにくい校舎裏へと急いだ。
ゆっくりと気温の上がっている季節だ。日陰のコンクリートは非常に冷っこくて心地いい。
ペタリと足を横に曲げて、いわゆる『女の子座り』という物でアンパンの包装を剥ぐ。小さな口をなるべく大きく開けて、はむっ、と効果音が聞こえてきそうな食べっぷりで幸せそうにアンパンを食んだ。
「またここに居たのね、ルアナ・バーネットさん」
「…………」
「ここにクッキーがあるわ」
「生徒会長様、何もないところだけれどゆっくりしていけばいい。忙しいのならクッキーだけを置いて消えろ」
「あらん、本当に欲求に忠実なのね」
「欲求が私に忠実なだけ」
それだけ言い、またパクリとアンパンを口に含んだ。
それを見ていた生徒会長様、更識楯無。小さなビニール袋に入れられたクッキー達をそのままルアナへと放り投げる。
ルアナは軌道を見ることもなくソレを受け取り、自身の横へと置いた。
「で、何か用?」
「用がなければ話しかけてはいけないのかしら?」
「うん」
「…………」
ハァ、っとため息を吐き出して楯無は扇子を広げる。書かれている文字は【呆気】という二文字。
その二文字を見ることもなく、ルアナは食べ終わったアンパンの包装をグシャグシャと纏めてパン袋の中へと収めた。
ルアナはそのままパンを漁るでもなく、数秒ほど上を向いて、立ち上がる。踵を返して楯無に背中を向けて歩き始める。
「ちょ、待ちなさいな」
「用は無い。意味が無い。待つのは趣味じゃない」
「クッキーをタダで貰うつもりかしら?」
「……貢いでくれてありがとう、では」
「そうじゃないでしょう」
くしゃりと自身の髪を撫でた楯無。そんな楯無にため息を吐いて腰に手を置いて要件を求めるルアナ。
どうしようもなく自分勝手であるのがルアナである。
「それで、何?」
「アナタ、専用機を持っているわね?」
「…………」
ルアナの表情は動かない。面倒そうに欠伸をして楯無の次の言葉を待つ。
「どこの国にも所属していない、専用機。アナタの経歴から考えれば、彼を守る為に何処かから派遣された人間ね?」
「…………」
「コアが消えたという話は聞かない。つまり、アナタの後ろにはあの天才がいる。これならアナタの経歴に過去がデタラメということも理由がつく。どうかしら、ルアナ・バーネットさん」
「出鱈目……鱈かぁ」
「…………キチンと話は聞くものよ?」
「チキンの話なら聞いてたわ」
ルアナの表情が歪んだ嗤いに変わる。それも一瞬の事で、スグにジト目の表情に変わってしまう。
クヒッと嗤いを押し込んだルアナは楯無の言葉を待つこともなく、言葉を吐く。
「否定するのも面倒」
「なら認めてしまってもいいのよ?」
「認めた所で生徒会長様には影響などない」
「少なからず、簪ちゃんに寄る虫は排除出来るわ」
「そう」
ルアナは呆れた様に息を吐き出して、空を見上げる。今日も今日とて空には綿菓子がフワフワと浮かんでいるのだ。砂糖でも降らしてくれれば幸せにでもなれるだろう。
そんな妄想無双を始めたルアナは二秒ほどで現実に戻ってくる。
そして、脱いだ。
一片の迷いもなく、躊躇もなく、一糸まとわぬ姿へとなった。
白い肌の少し膨らんだ胸に付いた桜色のポッチも、視線を下げれば髪色と同じの紫銀の茂みも、全て露わになっている。
口を開けて呆けてしまったのは楯無だった。そんな楯無を見てフンッと鼻息を出してルアナは相変わらずのジト目で言ってのける。
「ISは持ってない。私の持ち物全てはそこにある。持ち帰って検査でもすれば?」
しっかり靴も靴下も脱ぎ捨てたルアナは裸足で地面を踏み、歩く。
いや、いやいやいや。
「待ちなさい!」
「何か不満? 流石に肌を剥ぐのは嫌」
「そういう事じゃないわ……」
頭を抱えてしまう楯無。対してルアナは不満顔。
はぁ、とワザとらしくため息を吐き出して、地に落ちている自身の服を拾う。
「細かいところをみんな気にする」
「細かくないでしょうが……」
「十二分に細かい。服を脱いだところで人は死なない」
それは極論というモノだ、ルアナ。
脱いだ服をもう一度着るという、数分で起こった事にしては実に滑稽な行動をしたルアナ。そんなルアナに毒気が抜かれたのか、楯無は溜め息を吐き出して、扇子で口元を隠す。扇子の文字は【呆れ】。
「はい」
「ん?」
「学園の支給品以外」
それを手渡された楯無。確かに、ISを所持していたとして、それが待機状態の時どのような形がわからない楯無としては渡された事も分かる。
いいや、分かりたくもない。
白い三角形の下着。ショーツである。
そしてそれといっしょに三角形が二つ繋がれた下着。ブラジャーである。
そんなことはわかっている。
問題はソレがルアナの手によって渡され、今現在更識楯無の手にあることだ。何がオカシイ。全てオカシイのだ。
他にも数点程、時計やら指輪やらあるにはあるのだが、楯無の頭の中は「え? ショーツ? え?」である。
持ち前の冷静な思考もブッ飛んでしまうほど、目の前の存在は異端である。そんなことをようやく楯無は理解した。
「全裸で戻ると、一夏が怒る」
いや、一夏の前に私が怒る。風紀委員とかすっ飛ばして生徒会長にお呼び出しである。
楯無は決して言葉に出さずにそう思った。
「私がISを持って無いことが証明されるまで、簪とは離れた方がいい?」
「……さっきとは違って、嫌に従順ね」
「ずっと監視でお昼ご飯を邪魔されてたら、そうなる」
「さっきまでは断る気だったじゃない」
「断る気もなかった。それ以前の問題」
ルアナは悪びれる訳もなく、ひらりとスカートを翻して踵を返す。白い臀部に風が触れて、スカートに隠される。
ヒラヒラと手を後ろ手に振り、あとは勝手にしてくださいとも言わんばかり。
「結果はわかっているけれど、それまで簪に近づかない。それでいい?」
「……え、ええ」
少しだけ思考がロケットにぶち込まれて月にまで飛んでいた楯無。時空を飛び越えて瞬時に帰ってきた思考を暖かく迎えてようやく了承の言葉を吐き出す。
ルアナの背中が見えなくなるまで、楯無は呆気に取られてしまった。人間、どれほど優秀でも油断して意図しない事が起こると呆けてしまうらしい。
ともあれ、ショーツを握りしめている変態、失礼、ほんのり人肌の温もりを保っている下着を握りしめているセイトカイチョウ様がそのショーツをどうするかを考える始めるのは、もう少しだけ後になる。
「簪」
「ル、ルアナ……」
あぁようやく話かけられた。あれだけ避けられていたというのに、ルアナから声を掛けてもらえるだなんて、なんと運のいいことなのだろうか。
簪は素直にそう思った。
「私、今日から別室に行くから」
「…………」
そして絶望へと叩き落とされた。
また四つん這いになり、落ち込み始める簪。その目には水が溜まっている。
あぁ、これほどショックなのだ。自身のお付きでもあり、友人でもある彼女とは違う、本当の意味での他人からの友達であるルアナ。
そんなルアナにきっぱりと嫌われてしまったのだ。
四つん這いになってしまった簪を見下す形になっているルアナは聞こえる程大きく溜め息を吐き出す。
「出て行く、と言っても少しの間だけ」
「……そ、そうなの?」
「うん。ちょっとした……検査」
何の、という事をルアナは伏せた。当然、ありもしないISを追求されている事を言ってもよかったが。今の簪はかなり繊細だ。
それこそ力を加えれば折れてしまいそうだ。
―ああ、壊したい。折ってしまいたい
簪に見えない角度でルアナの顔が歪む。声に出さない様に喉で嗤いを止めた。
「あ、あのね、ルアナ」
「ん」
「ごめんね、ごめんなさい。私、ルアナのお菓子袋を」
「…………」
涙目で見上げられたルアナ。見上げる簪。
そんな簪を見て微笑みを貼り付けたルアナは簪の頭を撫でる。
「うん、知ってた」
「ごめんなさい、ごめんね」
「いい」
淡々と許しを述べたルアナ。その言葉とは裏腹にしっかりと慈しみを以て簪の頭は撫でられる。
「……私が戻ってきたら、マフィンを焼いて欲しい」
「焼く、焼くよ。いっぱい! いっぱい焼くからね!」
「楽しみにしてる」
ルアナは簪の目から落ちて頬に伝う水滴を指で拭き、やはり微笑みを貼り付ける。
そしてちゃっかりとマフィンの約束を取り付けているあたり、ルアナは至っていつも通りである。簪はまるで今生の別れの様だが、そんな事は一切ないのだ。
ちなみに、特記するまでもないが、未だにルアナの下着は簪の姉が所持しているので、彼女はノーパン・ノーブラである。
さて、ノーパンノーブラルアナさんは歩く。
ようやく目的の扉の前にたどり着き、コンコンとノックをする。
がちゃり、と音を立てて扉が開かれる。
平たい胸板。ラフなシャツ。そこには女性しかいない筈の女子寮にての異端。
「ルアナ? どうした?」
「泊めろ」
「……いや、なんで命令なんだよ。というか部屋はどうした、部屋は」
「諸事情で抜け出してきた」
「おい」
一夏に話したところで変わりなどないのだから、ルアナは決して一夏に事情を喋るつもりはなかった。
一夏は一夏でルアナが毒を吐き散らしたかで追い出されたか、と適当に答えを出した。
簪と二三言しか喋ってはないけれどそれなりにルアナを理解している人間というのは予想している一夏はその答えを否定した。
自問自答自己否定。
「どうした
そんな扉でのいざこざに気がついた同室の篠ノ之箒は一夏の横に控え、そして扉前にいた存在に眉を顰めた。
「ちょんまげ娘。少しだけ部屋に泊めてもらう」
「ハァ!? ど、どういう事だ、一夏!!」
「いや、俺に聞かれても」
「一夏からは承諾を既にもらった」
「一夏!」
「いや、俺に言われても困る。マジで」
「部屋の一角を貸してもらえればそれでいい」
「ダメだ!ダメだ! そんな事許される訳がないだろう!」
「……ちょんまげ娘。お前の命は部屋の一角以下?」
「ぐぅッ。 しかし」
「感謝は気持ちだけ?」
「ぐッ。 だがな」
「別に一夏と性行為している訳ではない筈。別にしていても関係ないけれど」
「ヒォッ?!」
驚きのあまり素っ頓狂すぎる声の出てしまった箒。対して一夏は頭を抱えている。
ああ、そういえばコイツってこういう事をズバズバと関係なく言う人間だったな。たった二ヶ月で変わる訳ないないのだ。
一夏は溜め息を吐きだした。
隣にいる真っ赤な顔でルアナを指しているファースト幼馴染を彼はどうにかしなくてはいけない。とにかく、壊れたレコードの様に同じ言葉を何度も言っているのだ。
「せ、せ、せ」
「セックス?」
「違う! というか、女が、そ、そんな言葉を」
「別に、単なる言葉。それとも言葉責めでもされたいの? 指名されてる、一夏」
「俺に振るな。それと、箒も落ち着け」
「お、お前は……その、」
「ルアナ。俺と箒は幼馴染だからな。今度からそういう発言はやめろ」
「……そう。わかった」
「ん? どうした、箒」
「そこらでコケて、頭をぶつけて死ね」
「えぇぇ……」
一夏の一言で心を一刀両断された箒。そんな箒に一刀両断された一夏。
ルアナは小首を傾げてみせて意味がわからなさそうにしている。
「まあ、いい。一夏が許可したというなら、私も許可しよう」
「ありがとう。感謝を。ちょんまげ娘」
「……本当に感謝しているのか?」
「当然。礼を忘れる程、愚かじゃない」
なら、そのちょんまげ娘という名前をどうにかしようか。ん?
箒は言葉を消して、顔だけでソレを訴えた。固まった笑顔程怖い物は無い。
尤も、ルアナは無視しているのだけれど。
「毛布だけ貰う」
「おお」
一夏のベッドの下に収められていた毛布を引きずり出し、言葉通り、部屋の隅で座るようにして毛布に包まれたルアナ。
瞼を下ろして、数秒程で静かに寝息が聞こえてくる。
「おい!」
「あー、箒。悪い」
「……なんで、どうしてお前が謝るんだ!!」
「……」
一夏は困ったように頬を掻き、息を吐き出す。
「――箒には関係ないだろ?」
ソレは疑問系ではあったが、はっきりとした拒絶だった。違ったとしても、明らかに拒絶に近しいソレだ。
箒は苛立たしげに歯を食いしばり、拳を握り、結果、それを振るうことはなかった。
一夏くんとルアナさんの関係は、恐ろしい程、歪んでます。
まあ、あれですよね。退廃的といいますか、なんといいますか。
ルアナさん自体がかなり特殊な立ち位置なので、歪んじゃうんですよね。
そういえば、前の書いていた物の影響でこういう表現がどこまで大丈夫なのかの感覚が狂ってます。
あまりにも、アレなら、報告お願いします。
訂正します。
逆に言えば、何もなければそのままってことですね。
流石に大丈夫ですよね……性的な表現はしてませんし。別に伏字にしている所も日本語に直せば「性別?」って言ってるだけですし。
大丈夫だ。大丈夫ですよね?