私が殺した彼女の話   作:猫毛布

102 / 103
100.見たこともない景色

 織斑一夏は目を覚ます。

 突っ伏していた重厚な机を視界いっぱいに広げ、ぼんやりと顔を上げる。どうやら眠っていた様だ。

 凝り固まった関節を伸ばし、欠伸を一つ。腕に押し付けていた頬を少しばかり乱暴に撫でて息を吐き出す。

 

 懐かしい夢を見ていた。様な気がする。

 

 懐かしい、と言っても二年近く前の話である。あの日から一切連絡の寄越さない彼女の夢。自分が世界を与えて、そしてその世界を自分に魅せてくれた彼女の夢。同時に一夏がフラれた夢でもある。

 いいや、そもそも彼女と一夏の関係は恋人という括りでは表現出来ない。肉体関係もあったけれどソレはあくまでスキンシップだと彼女は言うし、一夏に言わせれば妹や姉の様な、所謂兄妹感覚ではあるのだが。

 そう考え始めて一夏は考えるのを放棄する。近親○姦という四文字が過ぎったからではない。決して。

 

 あの日から色々と起こった。

 襲撃であったり、変わらぬ痴話喧嘩であったり、自身が学園最強になったり。話そうと思えばいくらでも話題はあった。それこそ一夜で語りきれない程。

 一夏は虚空からリボルバー式の拳銃を取り出し、眺める。なにをする訳でもなく、ただ眺めているだけだ。

 一夏はどこかで予想していた。彼女はもう既にこの世界にいないのではないか、と。居るのならばどうして姿を現さないのか。

 

「女々しいな」

「箒か」

 

 腕を組んで一夏をそう評した篠ノ之箒は目を細めて一夏を睨んだ。その睨みを流して一夏は拳銃を粒子に分解して苦笑する。

 

「まったく……卒業生代表としての挨拶は決めたのか?」

「いやぁ……成績ならセシリアの方がいいし、やっぱセシリアに任せようかなぁ、とか」

「当日の、もっと言えば数十分前に言われる身になれ、阿呆」

「ですよねー」

「もっといえば唯一の男性操縦者である一夏以外がしてみろ。どうせお前の挨拶も求められるに決まってる」

「だよなぁ……はぁ。いっそシャルに助けを……」

「とんでもない毒を含んだ演説になりそうだな」

 

 両者とも現在のデュノア社長を思い出して溜め息を吐き出した。人間、笑顔でも毒を吐けるのだと理解した瞬間でもある。

 一夏がやけにフカフカなソファから立ち上がり、箒が扉を開く。

 

「それで、束さんの研究ってどうなってるんだ?」

「新規エネルギー論か? それとも『箒ちゃんがどこに居ても何をしてるか分かるプログラム』の話か?」

「……苦労してるんだな」

「言うな。前者の話を聞いたら後者の話と一緒にされたんだ……」

 

 げっそりしながら答えた箒はその会話内容を思い出したのか肩を分かる程落とした。そんな箒に同情を隠せない一夏。

 

「データ自体は元々あった様だ」

「後者の話か?」

「死にたいらしいな」

「箒さん! 刀のヤバイ方がコッチを向いてるから! 峰でも死ぬから!」

「そうか。安心しろ。押し付けるだけなら斬れん。こうやって引かなければ」

「死ぬ! マジで死ぬから!」

 

 首元に押し付けられた真剣に対して両手を上げて完全に降参のポーズを取る一夏。ここ二年程でいい加減に箒を弄ると命に関わる事は分かっているだろうに。

 対して箒は眉間に皺を寄せながら息を吐き出して刀を粒子へと変換する。

 

「新規のエネルギーだけあって、一般に普及されるのは些か問題があるらしい」

「そっか。まあ、元々束さん自身が危険物みたいなものだからなぁ」

「一夏」

「……悪い」

「いいか、一夏。姉さんは危険物『みたい』ではない。完全に危険物だ」

「アッハイ」

 

 真剣な瞳で真っ直ぐにそう宣言した篠ノ之箒。一夏の頭の中には「ニャッハッハッハッ!」と高笑いしている束博士。その隣でクロエ・クロニクルが静かに立っているのが浮かんだが、無表情でもどうしてか苦労している事は明確に分かる。

 色々が終わって、何度か話した事もある彼女だが、苦労人である事は周知の事実である。というか篠ノ之束の近くにいる存在は総じて苦労人だ。

 

「それで、一夏は卒業したらどうするのだ?」

「そうだなぁ……俺の自由に決めれるなら大学に行って、平凡な生活に戻りたいかな」

「無理だな」

「だよなぁ……現実は非情だ」

「世界にとってはお前が異常なだけだ」

「……まあ、各国に出向いてニコヤカに外交だろうな」

「ご苦労な事だ」

「ソレはお互い様だろう?」

 

 片や世界唯一のIS男性操縦者。片や篠ノ之束の妹。二人は同時に溜め息を吐き出してこの話を無かったことにした。

 無かったことにして、二人は同時に顔を上げる。そして慣れた様に溜め息を吐き出して苦々しく言葉を漏らす。

 

「卒業式にも襲撃とは、やはり一夏は呪われているのではないか?」

「言うな。俺の責任じゃない……と信じてみる」

「この三年で随分こういった事態に慣れたが?」

「その全部に俺が関わってるなんて事はない。絶対無い。無い事にしたい……はぁ」

 

 よっこいしょ、と窓に足を掛けて一夏は跳び出す。中空で純白の鎧を纏い、腰に備えられたホルスターに銃を収める。

 校門からわざわざ侵入してきたらしい襲撃者。どうやら制止も聞かずに無断で入ってきたらしい。

 更に言えばその制止してきた人物を戦闘不能に追い込んで、悠々と侵入を果たしたらしい。

 いい加減に慣れた、という言葉は嘘ではない。一夏としては出来れば嘘であってほしかった。

 

 内心で溜め息を吐き出しながら、人だかりの出来ている校門へと到着した。人だかりが出来ているのは果たしてどういう事なのか。頭の中で疑念を抱きながら上空から急降下し、襲撃者の背後へと静かに着地する。

 ホルスターから銃を抜き、撃鉄を上げる。

 

「手を上げろ」

 

 一夏は声を出して、目を見開く。

 幾らか長くなった白い髪。風に揺られて見える肌は白磁のように白い。パンツスーツを着こなし、高いヒールの靴。

 襲撃者は振り返った。絶世とも言える美女。赤い瞳。

 

「お久しぶりです。織斑一夏」

「るあ……いや、誰だお前」

 

 決定的に彼女ではなかった。二年という月日にしては成長しすぎているし、面影が無さ過ぎる。

 襲撃者は楽しそうにコロコロと笑って形のいい口元を指で隠している。

 

「ああ、そうでした。ワタクシ、"ブローバック"と申します」

「…………」

 

 一夏の手が緩む。名前は聴いたことがあった。それこそ彼女の話を更識簪としている時に聞いた名前だ。

 どうしてその彼女がココに居る。どういう事だ。

 

「織斑一夏、残念です。お姉様との賭けに負けてしまいました」

「ッ! ルアナがいるのか!?」

「アハッ! さあ、どうでしょうね……。ワタクシに勝てば、分かりますよ!」

 

 真紅のドレスが絶世を包み込み、その手に銀色に輝く拳銃が握り締められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら勝ったみたいね」

 

 空を見上げながら女は呟いた。安心したように息を吐き出して止めていた足を進める。

 無表情ならば人形にも見紛う顔に笑みを浮かべ、どこか調子外れな鼻歌を奏でながら、ゆっくりと歩く。歩く度に中身の入っていない右袖と長くなった紫銀の髪が揺れる。

 

「さて、シャルロットの話だとココにいる筈なのだけど」

 

 困ったように言葉を出して、苦笑する。久しく会った彼女の事を思い出し、言いようの無い顔になったことを思い出す。

 慰めてから彼女に口止めをして、ようやく今日に至った。

 実は、怖かった。本当に彼女は待ってくれているのだろうか。不安でいっぱいだった。

 一つ深呼吸をして、女は扉を開いた。

 開いた扉の先には水色の髪をした存在が驚いたようにコチラを見て、パクパクと口を動かしている。

 その存在が何かを口にする前に、ルアナ・バーネットは微笑みを浮かべた。

 

「簪。迎えに着たわ。知らない景色を見に行きましょう!」




コレにて「私を殺した彼女の話」を完結いたします。
次話はアトガキだとか。まあツマラナイモノになってます。

今までの応援ありがとうございました。
エピローグの登場キャラが少ないとか、そんな事は無かった。イイネ?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。