私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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10.十色酢豚の味

「聞いてよルアナ!!」

「…………」

 

 ルアナはげっそりとした顔で鈴音を見た。夕食の時間も終わり、料理部から得たお菓子の数々を机に広げて黙々と食べていた幸せな時間であったはずなのに。そんな時間は薄氷を破るように、白豹に喰い破られたように、容易くも終わった。白豹に食い破られるのが容易いかどうかは置いておいて。

 果してこうして「聞いてよ」と聞いてくる人間は相手が聞いてくれることを前提で言っているのではないか。断ったところで、どうして「どうして聞いてくれないのよ!」なんて言われれることはわかっているのだ。

 ルアナはそういう未来を予知して、断る余地もないことを知り、既に目の前の席に座る鈴音を見て溜め息を吐きだした。

 その溜め息が了解だと受け取ったのか、はたまたここ数年程でルアナの諦めの溜め息がわかるようになったのか。ともあれ、鈴音は唾を飛ばす勢いで口を開く。

 

「一夏のやつ、一夏のヤツ……!!」

「…………」

 

 ああ、面倒だ。そうルナアは思った。思ってからここにはいない一夏を恨んだ。いっそ口汚く罵ってやろうか、とも考えてやめた。不毛であるし、自身に損はあっても得がないのだ。

 そうして静かにお菓子に手をつけることもなくルアナは鈴音の話を聞き流した。

 

「私との約束を忘れてるのよ!」

「酢豚の約束?」

「そう! ソレ!!」

 

 約束の内容は鈴音が一夏に毎日酢豚を作るという物。一種の拷問か何かと勘違いしそうな約束だけれど、そんな事は決してない。毎日酢豚の味付けが変わるとかそういう七色酢豚の話でもなくて。言ってしまえば、「僕に毎日味噌汁を作ってください」と似たような告白である。

 ルアナがその約束を知っていたのは鈴音と一夏に話を聞いたからだ。

 鈴音からは少しの興奮と一緒に「遂に言ってやったぜ!」と意気込みながら語られ、一夏からは釈然としないように「酢豚を作ってもらえるらしい」と言われた。時間というのは残酷で、鈴音の両親がしていた中華料理店の印象が強かった一夏は『鈴音が酢豚を作る。 鈴音の家は中華料理店。 つまり、奢りか』と答えを出した。

 一夏のそんな残念思考を知っているルアナは訂正することもなく、こうして鈴音の愚痴に付き合う。当然、頭の中で一夏に向かって何度も何度も呪詛の言葉を吐き出している。願わくば恥骨を骨折でもすればいい、と。

 

「それにルアナ以外の女と同居だなんて……」

「篠ノ之箒?」

「うん……一夏の最初の幼馴染なんだって……」

 

 気丈に振る舞いはしているけれど、鈴音だって女の子だ。告白、それもプロポーズにも似た告白をこうして忘れられた事も彼女にしてみればトラウマ物で、さらにソレに対して一夏に怒ってしまったことも枷になっている。

 それに加えて、篠ノ之箒という存在だ。

 

「もしかして、私、一夏に」

「鈴音。それ以上はダメ」

「……」

「言葉はすべての力になる。私が『好かれている』とは言えないけれど、決して自身を卑下してはダメ」

「……うん。 でもルアナからそんな言葉が出るなんて」

「って昨日見たアニメで言ってた」

「台無しじゃない」

 

 気落ちした顔から少しだけ顔が崩れて笑ってしまう鈴音。その顔を見てルアナも少しだけ表情を崩す。

 ペチリと自身の頬を叩いた鈴音は「よし」と言って、手を伸ばす。目標は机に広がったお菓子たちだ。ヒョイと掴み上げられたお菓子が鈴音の口の中へと入っていく。ルアナは呆気に取られていたのか口を開いている。

 

「ん~、美味し」

「あ……あぁ……ぁ……」

「いや、そんな世界の終わりみたいな顔をしないでよ」

「…………もう、ダメ……どうでもいい」

「ルアナー、そうしてると私が全部食べちゃうわよ」

「ダメ!」

 

 あぐあぐと忙しそうに口へと詰め込んでいくルアナ。当然冗談で言った鈴音はその様子に笑ってしまう。

 頬杖をついてルアナを見る鈴音。こうして親しくなってしまえば彼女が表情豊かだとわかってしまう。

 親しくなる前なんて表情を見る以前の問題だった。

 

―操縦桿を頭につけて何に操られてるの?

 

 そんな一言が当初の会話だった筈だ。

 ツインテールがどうして操縦桿に見えたのか、詳しいことは鈴音にわからないも少なからず馬鹿にされていることはわかった。

 そんな事から始まった二人の関係は今や良好と言ってもいい。いいや、嫌悪には見えはしないと言っておこう。

 表情を見られている事に気づいたのかルアナは頬袋を精一杯に膨らましながら小首を傾げてみせた。

 そんな小動物にも似た親友に対して、鈴音は思わず溜め息を吐いてしまう。

 

 そして手頃なクッキーを一枚拾い上げて、口へと運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…………」

 

 更識簪は溜め息を吐きだした。

 別に机の上にルアナが食べたお菓子の包装紙が散らばっていた訳ではない。それはつい先ほどルアナ自身に片付けさせた。

 そんなルアナはいましがたシャワーを浴びると言ってシャワールームへと入った。

 

 簪の悩む理由。迫るクラス対抗戦だ。

 一年四組クラス代表、更識簪。クラス代表へと至った理由は自身に専用機が用意されるから、そして更識の名前だ。

 更識の苗字で選ばれた、というのは語弊がある。更識楯無の妹。たったそれだけなのだ。

 自他推薦で選ばれたクラス代表。拒否する材料もなく、あれよあれよと自身がクラス代表へと決まってしまった。

 確かに簪には専用機が用意される予定ではあった。正論としても十二分にクラス代表には相応しい。

 けれどもその専用機は開発元、つまり倉持技術研究所の都合により開発停止へ。

 停止をしているだけであり、開発をしないとも言っていない。そんな絶妙なバランス、そして日本の国家代表候補生として日本企業への依頼は必須である。

 倉持技研の都合。それは織斑一夏だ。

 織斑一夏の専用機である『白式』。ソレも倉持技研の開発であり、つまるところ、一夏の存在により開発が遅れてしまったのだ。

 

 一国家の代表候補生と世界で唯一の男性IS操縦者。優先すべきがどちらか等子供でもわかる。

 子供でもない簪はそのことをわかっている。わかっているからこそ、チャンスだと思った。

 天啓。まるで神が与えた唯一の挽回点。

 姉である、尊敬すべき姉である更識楯無の様に、お姉ちゃんの様に、自身でのIS開発を決行すべきチャンス。

 

 そんなチャンスを秘めて、自身の限界と相談しつつ、簪はISの開発に携わっている。形は出来ている。中身の設定を練ればいい。

 もちろん簡単ではないのだ。それこそたかが小娘が一人でやってのけれるならその小娘は近い未来に天災と呼ばれる存在になるだろう。

 

 話を戻そう。

 そんな簡単ではない開発をしている簪。それは終わっていない。

 よって、此度のクラス対抗戦は不戦敗という形になる。その事に関してクラスメイト達には通達をした。

 けれど、簪自身の性格から許されようとも悩んでしまうのだ。

 本当によかったのだろうか。

 私がもっと頑張れれば。

 私が、私が、

 

「簪?」

「ふぇ?」

 

 簪の目に深い青色の瞳が映る。

 白い肌を少し上気させたルアナ。ポタポタと髪から雫を落として簪の顔を覗いている。

 パチリと一度瞬きをして、簪はその体を見てしまった。

 屈めた体からそれほど大きくもない胸の膨らみ、そしてその先に付く桜色のポッチ。さらに視線は下に向かってしまう所で簪は意識を覚醒させた。

 

「ルアナ! 服、服!」

「風邪なんて引かない」

「そうじゃないから!」

 

 むぅ、と一度だけ唸ってからルアナはバスタオルを頭から被せた。

 ガシガシと髪から水分を奪いつつ、テクテクと全裸で自身の着替えを漁る。

 どうしてか見てはいけない、という気持ちの簪はルアナに背を向けて深呼吸を繰り返す。

 六度程深呼吸した所で、パチンとゴムと肌がぶつかる音がして簪は大きく安堵の息を吐きだした。

 振り向けばショーツ姿のルアナが肩からバスタオルを下げている。二つのポッチはバスタオルで隠されてしまった。

 

「悩み事?」

「え、う、うん」

「そう。大変」

 

 自前のカッターシャツを羽織ってルアナは関心も示さずに吐きだした。

 ルアナの体から考えれば大きなシャツで太ももの中程まで隠し、袖を軽く捲くってボタンをとめていく。

 

「この時期だと、クラス対抗戦?」

「え、あ、」

「クラス代表?」

「うん」

「…………ふむ」

 

 何かを考える様にルアナは天井を見上げて、そしてようやく簪へともう一度視線を合わす。

 

「悩みを聞く」

「…………」

 

 珍しいこともあるものだ。

 そう簪は思った。思ったあとに少し考えて、口を開く。

 

「半年フリーパス?」

「バレた……だと……」

 

 わざとらしく言ってのけたルアナは心底落ち込んだ様に布団に潜り込んだ。もう聞く気はないですよ、と言わんばかりに。

 数秒ほどして、ひょっこりと布団から顔だけ出したルアナ。どうやら報酬なんてなくても聞く気はあったらしい。

 

「フリーパスはないよ?」

「悩みを聞くだけなら、報酬はいらない。ただ期待もしないで」

 

 それは返答に対してなのか、それとも途中で寝るつもりなのだろうか。

 この無遠慮にカッターシャツを着せたような人形。こんな人形だからこそ、簪もなにも考えずに言葉を吐き出してしまうのだろう。

 

 

 ある程度、一夏と親しい彼女の事も考えて『白式』に関しては伏せて相談をしてみた簪。

 対してルアナは瞼を落として話を聞くだけ。本当に返答もなにもせずに、話を聞くだけなのだ。

 

「と、いう事なんだけど」

「簪は馬鹿?」

「………………」

 

 話終わって、ルアナに向けばそう言われるのだ。悩みを相談した人間に対してあんまりではないだろうか。

 

「出たくないなら、出なければいい」

「そう……だけど」

「選択出来て、選択して、選択を否定するの?」

「…………」

「簪は我侭」

 

 我侭。その発言に簪は反論をしようとした。

 私の事をよく知りもしないくせに!

 けれどその言葉は封殺される。青い瞳が簪を貫いていた。半分程開いている日常のルアナではなくて、パッチリと開いた瞳が、簪だけを写している。

 

「私は簪をよく知らない。だから、私個人の意見で言っている。簪の気持ちも考えず、簪の頑張りも過程せず、簪の言葉だけを信じて言う。簪は、他人になろうとしている。自身も自信も、自心すら捨てて、誰かになろうとする簪は、我侭だ」

「…………」

「簪は、誰になりたくて頑張るの? 誰かになりたくて頑張るの? 簪は簪。他の誰でもない」

 

 それだけ言い切ったルアナは数秒ほど俯く簪を見て、溜め息を吐きだした。

 

「……実は、さっきのは私が言われたこと」

「ルアナが?」

「憧れた人に成りたくて、結局、置いていかれた……いや、置いてきた」

「そう……」

「簪は、まだ大丈夫。だって、我侭だもの」

 

 そうしてニコリと笑んだルアナ。自然と笑った彼女を見て、簪は少し呆気にとられて、やはり自然に顔を崩した。

 いったいこの傍若無人な彼女は誰に成りたかったのだろうか。一体、どんな人に憧れたのだろうか。

 人の心に一足飛びで入ってくるルアナと違い、キチンとドアをノックする簪はその人物を聞くことはなかった。

 

「報酬はフリーパスの共有でいい」

「だから、私は出ない……よ?」

「知ってる。だから、報酬はフリーパスでいい」

 

 土足で踏み入ったことを気にしたのか、ルアナはそれだけを言って布団の中へと潜り込んだ。

 でもしない試合の景品を求められるのだ。得れない事を知っているのに、それが報酬なのだ。

 実際のところ、簪が思うよりも彼女は謙虚なのかもしれない。

 

 ……いいや、それはないか。

 そう簪は思い直して、自身も布団の中へと入り込む。

 吐き出す事と叱られる事で、考えが変えれる程浅い根ではないけれど。それでも今夜は静かに眠る事が出来そうだ。




>>操縦桿
 ツインテールを後ろから握ったらそんな感じ。

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