それでも良ければどうぞ。
第1話 とある休日
ヴァルハラ防衛戦から数日が経っていた。
シグルドから放たれたスナイパーライフルからの直撃を受けたヴァルハラは大きく損傷し、急ピッチで修復作業が行われ、そしてモビルスーツも同様に修理と強化パーツの開発に追われている。
そんな皆が忙しなく動き回る格納庫ではアスト達がいつも通りシミュレーターに座って訓練を行っていた。
本当ならばヴァルハラ修復の手伝いをするつもりだったのだが、今日は休めと言われたので訓練に時間を当てたのだ。
モニターに終了の文字が映し出されると、疲れ切った二人は席を立つ。
「何度やっても慣れないな、対ドラグーンの訓練は」
「うん、ここまで四方からの攻撃に晒されるとね」
L4会戦で遭遇したドラグーンを扱うプロヴィデンスはそれだけ脅威であり、あれを使いこなすラウ・ル・クルーゼの技量も高い。
訓練をした所で対抗できるかは疑問だが、何もしないよりはマシだろう。
そう考えて時間が出来るたびに訓練漬けという毎日を送っているという訳だなのだが、やっぱりそう簡単には攻略法など思いつかないのが現状である。
アストとキラは思わず座り込みたい衝動を抑えながら歩き出した。
ドラグーンの四方からの攻撃は神経を異常なほど削る。
そんな訓練にずっと二人は没頭していたのだ。
しかも今回は久しぶりに徹夜で訓練を行ったのが不味かったのか若干意識が朦朧としている。
このままでは倒れてしまうかも知れない。
「はぁ、とりあえず食事に行こう。またアネットに怒られる」
「そうだね。流石に今説教されるのは嫌かな」
彼女がこちらの心配をしてくれているのは分かるのだが、今だけは来ないでほしい。
こんな疲れ切ったところで説教されたら、死んでしまうかもしれない。
見つからないうちに立ち上がるとキラと共に更衣室に向かう。
アネットはその面倒見の良さからヘリオポリスの仲間達(主にサイ)からお母さん扱いされている。
それについてはアストもキラも異論は無い。
二人が無理した訓練をするたびに怒られるのが、もはや日課のようになっており、説教される度になんか「母親みたいだなぁ」なんて考えていたのだ。
まあ本人にいえばそれこそ鬼のような形相で睨まれてしまうので、絶対に言わないが。
歩いて更衣室に向かう二人は傍から見るとフラフラで危なっかしい。
それだけ訓練で疲弊していたという事だなのだが、要するにそれがいけなかったのだろう。
普段ならあり得ない間違いを犯してしまった。
先に歩いていたキラが更衣室に入ろうとするが、そこは―――
「あ、キラ! そこは―――」
「ん?」
アストの声は遅すぎたようだ。扉が開かれるとそこには先客がいた。
「えっ」
「なっ」
「あらあら」
女性陣が着替えている最中の部屋の扉を思いっきり開けてしまった。
そう、キラが開けた扉は女性の更衣室。
男性更衣室はもう一つ隣だ。
みんなパイロットスーツを脱ぎ、綺麗な肌が良く見える下着姿で佇んでいる。
どうやら外の作業を手伝って来たらしい。
マユは年の割になかなかのスタイルでラクスもスレンダーでありながら均衡の取れた体をしている。
そしてレティシアはまさに理想的、女性なら誰もが羨む出る所は出て、引っこむ所は引っ込んでいた。
まさに女性の理想ともいえる体付きだった。
呆然としていたマユは徐々に顔を真っ赤にし、ラクスはいつも通り笑顔のまま、そしてレティシアは顔を俯かせ震えている。
彼女が震えているのはおそらく怒りでだろう。
その様子を見たアストは彼女達とは真逆で顔色が青ざめていく。
反面キラは困ったように頭を掻いているだけだ。
というかなんでそんな余裕なんだよ、キラ。
「な、なんで君達がここに?」
怒りに震えつつレティシアが聞いてきた。
「えっと、ですね。その色々ありまして」
「そんな事は聞いていません」
これは不味いよな、すぐ謝らないと!
「あの、これは、その事故であってですね、決してわざとでは……」
レティシアは冷たい視線でこちらを睨む。それこそ視線だけで人を殺せそうな勢いだ。
「……そんな事はどうでもいいですから―――さっさと出て行きなさい!!!!」
「「すいませんでした!!」」
レティシアの怒声を背中に受けながら更衣室を飛び出した。
「ハァ、やってしまった」
「あはは、驚いたね」
「笑い事じゃないだろう! ていうか前も思ったけど何でそんな余裕なんだよ!」
この後の事を考えると頭が痛い。
案の定出てきたレティシアに展望室に連れていかれ、皆が見ている前で正座させられてしまった。
「全く! 君達が白昼堂々痴漢行為を働くとは思いませんでしたよ」
レティシアの言葉に続くようにミリアリアやアネットが冷たい視線を向けてくる。
「あんた達、最低ね!」
「流石に今回の事は擁護出来ないかな」
集まってきた女性陣に軽蔑の目で見られる。
不味い。
何とか潔白を訴えなければ!
「ち、違うんだ! その訓練で疲れていたから、だから、部屋を間違えてしまって! 見る気なんて無かったんだ!」
アストの訴えにも女性陣の視線は変わらない。
「そうですよ。僕達は二人で訓練してたんですけど、疲れ切ってて」
その言葉に反応したのはアネットだった。
「あんた達、まさかまた休まず訓練してた訳じゃないでしょうね!」
「そ、そんな事、無いよ」
わざとらしく誤魔化すキラ。
そんなキラの言葉にアネットの視線が一段と鋭くなった。
嘘ならもっと上手くつけよ!
これでアネットの説教が追加されたのは間違いない。
立場がさらに悪くなってしまった。
そんなキラの訴えにラクスが笑みを浮かべる。
「しょうがないですね、キラは」
正座しているキラの頭を優しく撫でるラクス。
この二人の天然具合は見ていて和む時もあるが、今はそうではない。
変わらずレティシア達の視線は冷たいままだ。
唯一そうでないのは顔を赤くしながらも、心配そうにみているマユのみ。
このままでは本当に痴漢にされてしまう(まあ実際痴漢扱いされても仕方ない)
「あの、レティシアさん、二人も事故だって言ってますから、今回は―――」
マユの顔は赤いままだが、アスト達を助けようと訴えてくれる。
彼女が救いの女神に見えた。
着替えを見られたというのにマユはいい子だ。
だがそんなマユの兄に今回の事を知られたら、どうなっていた事か。
うん、碌な目に合わなそうだ。
そんな嫌な想像を振り払うと、キラの頭を撫でていたラクスが立ち上がって提案した。
「マユ、甘いですよ」
「なら二人には罰を与えるというのでどうです?」
「罰?」
罰とは何だろうか、嫌な予感がする。
「はい」
ラクスのこの提案を聞いた時、アストは不覚にも拍子抜けしてしまった。
もっと凄い事を想像していたからだ。
だがそれは甘かったと後日知る事になる。
数日後―――アストとキラは私服に着替えてヴァルハラの街に立っていた。
ヴァルハラは軍事用ステーションとはいえ、すべてが工廠という訳ではない。
未完成とはいえ、ここに住む者達に配慮して様々な施設が作られている。
当然買い物をするための商店なども最近になって多くなっていた。
そう、ラクスの提案した罰とは彼女達の買い物に付き合う事だった。
「でもこれで許してもらえるなら安いものだよな」
「そうだね」
「甘いぞ、二人とも」
何故か一緒に待ち合わせ場所に来ていたトールが憂鬱そうに呟いた。
「というか何でトールがここに居るんだ?」
「ミリィが一緒に行くから付き合ってくれってさ。はぁ~何で俺まで」
「どうしたの?」
恨めしそうにこちらを見てくるトール。
「そんなに嫌なのか?」
「女の買い物ってすげー疲れるんだよ」
確かに砂漠でカガリと買い物に行った時はかなり疲れた記憶がある。
まああの後、色々あり過ぎてそれどころではなかったが。
「しかし痴漢扱いよりはマシだ」
「お前らがもっと注意してれば……なんで俺まで巻き込まれるんだよ」
「そんなにミリィとのデートは嫌なの?」
「変な事言うなよな、キラ! 嫌な訳ないだろう! ただ、買い物はさ……」
そう言えばミリアリアとデートした時、アネットに出会って三時間くらい放置されていた事があるとか言ってた。
荷物を持たされて三時間も放置されたら、買い物が嫌になるのも仕方ないかもしれない。
トールから嫌というほど愚痴を聞かされていると女性陣が正面から歩いてくるのが見えた。
「お待たせ!」
来たのはラクスとレティシア、マユ、アネット、ミリアリアだ。
私服姿なんてあまり見ないので非常に新鮮に感じる。
「買い物なんて久しぶりですね」
「本当に」
「今日は荷物持ちもいるし、気兼ねなく買い物出来るわね。店が少ないのはしょうがないけど」
ウキウキしながら話す女性陣にアスト達はうんざりしたような顔になる。
正直少しは気兼ねしてほしいのだが、立場的に文句など言える筈は無い。
「さっ、行くわよ、あんた達!」
「「「……はい」」」
気合いを入れて先頭を行くアネットに従って皆が歩き出し、アスト達もついていく。
結果から言うとトールの言う事は正しかった。
まだ二時間も経って無いのに三人の腕は荷物で一杯になっており、それらすべて服だというのだから恐ろしい。
「……まだ買うのかな」
「……ミリィ達の顔見ろよ。まだまだ行く気満々だろ」
「……はぁ」
まあ唯一の救いは皆が楽しそうだということくらいか。
ここまで激しい戦いの連続だったのだ。
こんな休日もいいだろう。というかそうでも思わないと心が折れる。
しばらく三人で黙々と歩く。
トールなど話す気力も無いらしい。
なんか巻き込んでしまって本当に申し訳ない気分だ。
今度何か奢ってやろう。
「……アスト君」
レティシアが視線を逸らしながら話しかけてきた。
何かまた買いたい物でもあったのだろうか。
どこか恥ずかしそうに見えもするが、気のせいだろう。
「その、今回のは罰ですから、荷物に関しては何もしません。ただこれくらいはいいでしょう……これをどうぞ」
差し出されたのはそこの店で売っているアイスだった。
確かにのどが渇いていたので助かるが、問題がある。
「えっと、両手ふさがっているんですけど」
「ですから……その……く、口を開けてください」
皆が見ている前でそれは流石に恥ずかしいが無視する訳にもいくまい。
差し出されるアイスを意を決してかぶりつくと冷たく甘い味が口に広がる。
うん、おいしい。
生き返ったような気分だ。
見ればキラやトールもアイスを食べさせてもらっている。
「あの、アストさん、よければこれもどうぞ」
マユが別の味のアイスを差し出してくれる。
「ありがとう、マユ」
「美味しいですか?」
「うん、凄く」
「よかったぁ」
凄くうれしそうに笑顔を見せるマユ。
その笑顔に癒される。
「さてアイスも食べたし、行きましょうか」
「「「えっ」」」
このまま休んでいたいなんて考えていた訳だが、甘かったらしい。
次々と増えていく荷物にうんざりしながらついて行く三人。
結局そのまま限界まで引きずり回される事になった。
「ん~買ったわね」
「そうですね。お店が少なくてこの程度しか買えませんでしたけど」
「それは仕方ないですね。ヴァルハラはまだ未完成なステーションですし」
「でも完成すればこれから店も増えていくんじゃない?」
「そうなったらみんなでまた来ましょう」
これだけ買ってまだ満足出来ないのかよ!?
そんな風に内心突っ込みを入れながら、アスト達三人はぐったりと座り込んでいる。
なんというか、もう当分買い物には行きたくない。
「アストさん」
「えっと、どうしたマユ?」
「今日、凄く楽しかったです」
「そうか。それは良かった」
こちらも頑張ったかいがあったというものだ。
まあ、こっちは荷物を持っていただけなんだが。
和むアストの前にレティシアが立つ。
やや不満そうではあるが、はぁ~と息を吐くとしゃがみ込んで視線を合わす。
「……まあ着替えを見られた事は、その、恥ずかしかったですが、これで許してあげます」
「あ、ありがとうございます」
とりあえずこれで更衣室を覗いた件は許してもらえるようだ。
「ただ―――」
まだ何かあるのだろうか?
アストが訝しみながら首を捻る。
「あ、これはキラ君もですが―――次やったら分かってますよね?」
レティシアは笑顔ではあるが目が笑ってない。
流石にキラも不味いと思ったのだろう。
二人して青い顔しながらコクコクと頷いた。
「はい。二人とも良い子ですね。さあ、帰りましょう」
アストの頭を撫でながら立ち上がったレティシアの背中を見ながら彼女を決して怒らせてはならないと、関係ない筈のトールも含めしっかりと理解した。
これを機会にアスト、キラ、トールの三人の胸中に『レティシアを怒らせない』『決して女性の買い物には付き合ってはならない』という教訓が刻まれた事はいうまでも無い。
最初は前に書いてほしいと言われていたアストとレティシアのイチャイチャを書くつもりだったのに、こうなってしまった。何故だ……
あと外伝一話ってなってるけど続くかは未定です。あくまで息抜きで書いたので。
それから時間が出来次第、本編の加筆修正も行っていきますので。
いつになるかは分かりませんが。