機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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最終話   そして歴史は刻まれる

 

 

 血のバレンタインを切っ掛けとして起こった大規模な武力衝突は第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において終結した。

 

 この戦争の名は『ヤキン・ドゥーエ戦役』

 

 戦争最大の激戦地であり、最後の戦いの舞台となった要塞の名を取ってこう名付けられる事になった。

 

 しかし戦争は終結したとはいえ、すべてが解決した訳ではない。

 

 依然として戦争の傷痕は各地に残り、地球とプラントの関係は悪く、盟主であったムルタ・アズラエルが死亡したとはいえブルーコスモスも健在である。

 

 そんな中で地球連合、プラントの間で停戦条約が結ばれる事になった。

 

 後に『ユニウス条約』と呼ばれる停戦条約である。

 

 だが当然のようにこの条約締結には数か月の時間を要する事となる。

 

 その理由は地球側の無茶な要求にプラント側が大きく反発した事。

 

 そして地球上でも紛争が起こり、安定していた訳ではなかった為に結果として長引いてしまったのだ。

 

 それでも条約が締結できたのには二つの要因が存在していた。

 

 一つは中立同盟が仲介に入った事。

 

 中立同盟はこの条約には参加していない為、正確にはスカンジナビア王国の外相であるが、仲介に入った事で話し合いは進む事になる。

 

 もちろんそれでも揉めに揉めた訳ではあるが。

 

 ちなみに同盟との間では停戦の話し合いがすぐに行われ、プラントとの間にはすんなりと停戦協定が結ばれた。

 

 だが地球連合とは停戦が成立しなかった。

 

 これは連合側の理不尽ともいえる要求を受け入れる事が出来なかった結果である。

 

 それでも未だに第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦から一度も戦火を交えていないのは地球軍も戦力を消耗してしまった事。

 

 そしてもう一つの要因が大きく関係していた。

 

 

 それは新たな勢力、『テタルトス月面連邦国』が誕生したからである。

 

 

 事の起こりは停戦よりすぐ後であった。

 

 ザフト一部の部隊がプラントから離脱していったのである。

 

 無名な者達ならばただの脱走として処理されていたに違いない。

 

 しかし今回は相手が悪い。

 

 離脱して行ったのはザフトの英雄『宇宙の守護者』と呼ばれていたエドガー・ブランデル率いる部隊であった。

 

 臨時最高評議会はこれに酷く慌てた。

 

 混乱の極みとも言える現状において、英雄とその部隊の離脱など許してしまえばザフトが瓦解しかねない。

 

 だが彼らはさらに誰も予想もしない事を引き起こしたのだ。

 

 プラントからの追手を振り切り、月方面に向かった彼らは脱走して来たと思われる地球軍の部隊と合流。

 

 その後コペルニクスを中心とした月面国家誕生を宣言したのだ。

 

 テタルトスはオーブなどと同じく中立を宣言したのだが、そんなものを認める連合でもプラントでもない。

 

 当然のごとく武力による排除が決定された。

 

 断っておくが両軍が組んだ訳ではない。

 

 そんな事をせずとも所詮は少数であり、戦争で兵力を失っていたとしてもすぐに片が付くと誰もがそう思っていた。

 

 彼らの最大の誤算はエドガー・ブランデルという男の真価を見誤っていた事だろう。

 

 すべてはヤキン・ドゥーエ戦役末期から周到に準備されていたのだ。

 

 結論を言うならば両軍共に目的を果たす事は出来なかった。

 

 いや、それどころか手酷く返り討ちにあったのだ。

 

 地球軍もザフトも脱走した小勢など簡単に殲滅出来るだけの戦力を投入した。

 

 それでも敗れた事の原因は幾つかある。

 

 一つは彼らの戦力が予想以上に精強であった事だ。

 

 テタルトスのパイロット達には地球軍に破棄されかけていた戦闘用コーディネイターや行き場のないハーフコーディネイター達を登用。

 

 モビルスーツはザフト特務隊専用機ZGMF-F100『シグルド』のバッテリー型を中心とした高性能機を投入。

 

 さらに彼らにとって不運だったのはザフトのエースであるアスラン・ザラやユリウス・ヴァリスもいた事だろう。

 

 両軍共に彼らを止められる者などおらず、一方的に蹂躙される事となった。

 

 そして最大の原因。

 

 それが巨大宇宙戦艦『アポカリプス』の存在であった。

 

 この戦艦の持つ圧倒的な火力により両軍共に一掃されてしまったのだ。

 

 他の艦とは一線画する巨大さを持ち、それから伴う圧倒的な火力。

 

 まさに向かい合った者達からすれば悪夢の象徴である。

 

 この戦闘によってヤキン・ドゥーエ戦役で消耗した戦力をさらに減らす結果になってしまった。

 

 だが彼らにとって幸いだったのはテタルトスはあくまでも専守防衛を主としていた事である。

 

 退けば追撃を掛ける事もなく、かと言って攻め込んで来る事もない。

 

 地球軍、ザフトの出した結論は現状放置。

 

 これ以上の戦力低下を防ぎたいという意味において両軍は利害が一致したのだ。

 

 そこにテタルトスの支援を打ち出した中立同盟の方針もあり地球、プラント共に事実上、手が出せなくなってしまった。

 

 これによりユニウス条約締結が早まったのは間違いない事実である。

 

 ともかく条約締結により、ヤキン・ドゥーエ戦役は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 その日はいい天気だった。

 

 特に今までずっとベットの上だった身にとっては実に気持ちが良く、このままどこかに行ってしまいたいくらいだ。

 

 「ここにいたんですね、ディアッカ」

 

 ディアッカは近づいてくるニコルに手を挙げてあいさつする。

 

 「わざわざ来てくれなくても良かったによ」

 

 「まあ、退院したばかりですからね。余計なお世話とも思いましたが迎えにきました」

 

 真面目なニコルらしい。

 

 最後の決戦においてイレイズサンクションの攻撃を受けたディアッカはそれこそ命に関わるほどの重症を負ってしまった。

 

 それでも助かったのは同盟軍が応急処置を施してくれたからである。

 

 反面ニコルとエリアスは傷も大した事はなく、検査入院で済んでいた。

 

 まあ乗機は完膚なきまでに大破させられたが、それでも全員が無事だったのは幸いと言えるだろう。

 

 「そういえば、エリアスの奴は?」

 

 「ああ、彼は用事を済ませたらそのまま行くそうです」

 

 「そうか。じゃあ俺達も行こうぜ」

 

 「ええ」

 

 ニコルの運転してきた車に乗り込むと目的地に向かった。

 

 町中を抜けるように走っていく中で目についたのはスクリーンに映ったニュース。

 

 内容はアスランの父親パトリック・ザラの事であった。

 

 「……なあ、噂には聞いてたけど本当なのか?」

 

 「……らしいです。まあ僕も報道されたこと以外殆ど知りません」

 

 エドガー・ブランデルによって拘束され、穏健派に引き渡されたパトリック・ザラは裁判にかけられる事になった。

 

 ただ彼の主張はナチュラルとエドガーに対する憎悪を喚いていただけであり、とても裁判にはならなかった。

 

 そんな中で突然パトリックの死が報道されたのである。

 

 死因はただ自殺とされ、それ以上はなにも表に出てくる事がなかった。

 

 胡散臭い話ではあるが、臨時評議会による正式な通達もあってこの件はそのまま片付けられる事となる。

 

 しかし同時期に嫌な噂も流れたのだ。

 

 どこかでパトリック・ザラは生きており、新たな戦争の準備をしていると。

 

 停戦後で混乱していたからこそのよくある怪談話ではあるが、彼をよく知る者達からすれば正直笑えない話である。

 

 不明瞭な点も多いために余計にそう感じてしまうのだ。

 

 「アスランが知ったらどう思うかな……」

 

 アスランはエドガーと共にプラントから出ていった。

 

 正直何も言われないまま行かれたのは腹立たしいが、彼が仮にプラントに残っていても碌な事にならなかっただろう。

 

 何と言ってもパトリック・ザラの息子なのだから。

 

 そういう意味では彼がプラントを去ったのは良かったのかもしれない。

 

 しばらく無言で車を走らせると目的地に到着する。

 

 そこには先に来ていたエリアスが待っていた。

 

 「ディアッカ先輩、退院おめでとうございます」

 

 「おう。ていうかお前見舞いもに来てないだろうが!」

 

 ディアッカがエリアスの首に腕を回して締め上げる。

 

 「すいません、軍の方もガタガタで忙しくて」

 

 ディアッカの腕から解放されると笑っていたニコルと三人で目的の場所に立つ。

 

 そこは墓地。

 

 間が眠るその場所に報告に来たのだ。

 

 この戦争で色々なものを見た。

 

 これでいいのかと、そんな迷いはまだ胸の内にある。

 

 答えはまだ出ていない。

 

 それでも―――

 

 「カール、何とか全員生きてるぞ」

 

 「プラントもまだ不安定ではありますけど、大丈夫です」

 

 「ま、こっちは俺らが何とかするから、安心しろ」

 

 せめてカール達が安心して眠れるように、自分達が出来る事をする。

 

 それだけは確かで間違っていないはずだ。

 

 そう改めて自分の胸に刻む。決して忘れないように。

 

 

 

 

 

 確かに戦争は終わった。

 

 だが即座に戦闘行為が消える訳ではない。

 

 特にここ月ではそれがより顕著である。

 

 それは新たな国家『テタルトス月面連邦国』を地球もプラントも認めてはいないからだ。

 

 地球軍すれば月は重要な宇宙の拠点であり、ここを押えられたなら彼らの宇宙での足掛かりを失う事になる。

 

 プラントにしても、テタルトスの使っている機動兵器の大半はザフトのものである。

 

 もちろん地球軍のストライクダガーなども存在はするのだが数が少ない。

 

 つまり彼らの放置は自分達の技術流失を意味していた。

 

 しかし彼らは一度たりとも勝てず撃退され、今では散発的な小競り合いのみに留まっていた。

 

 ようやく出撃の機会も減り、珍しく部屋で休暇を静かに過ごしていたのはアスラン・ザラであった。

 

 今でもたまにヤキン・ドゥーエでの事を思い出す。

 

 正直にいえばショックはあった。

 

 初めて好きになった女性だ。

 

 だがプラントで奴と会った時からどこかでこうなる気もしていた。

 

 「ハァ」

 

 アスランはため息をつくと気を紛らわすためにテレビをつけると、そこに静かなノックが聞こえてくる。

 

 「どうぞ」

 

 入ってきたのは昔もそして今も自分の上官であるユリウス・ヴァリスだった。

 

 「どうされたのですか?」

 

 「ああ、お前に渡す物があってな。それと新しい任務の話だ」

 

 ユリウスから手渡されたのは自分の新しい名前が書かれた書類である。

 

 アスランの名ははっきり言えば目立つ。

 

 あのパトリック・ザラの息子というのはそれだけで注目の的だろう。

 

 そこでエドガーに相談し偽名を使う事にした。

 

 ただ同時に逃げているかのような負い目も存在したのだが。

 

 そこでつけていたテレビが騒がしくなり、画面を見るとアスランは思わず顔を顰めた。

 

 「不満そうだな」

 

 「不満というか、いまいち信じ難いだけですよ」

 

 そのアスランの返答に「確かにな」とユリウスも珍しく表情を崩して苦笑していた。

 

 画面に映っているのはかつてアスランを助けてくれた恩人ともいえる人物マルキオであった。

 

 思想家である彼がテタルトスにいるのにはもちろん訳がある。

 

 テタルトスは出来たばかりの国であり、足りないものは山ほどある。

 

 例として挙げるなら十分な戦力がそうだ。

 

 はっきり言ってテタルトスの戦力など微々たるもので、物量で押されれば呆気なく全滅してしまうだろう。

 

 それを補うための戦艦アポカリプスであるのだが、これにも弱点がない訳ではない。

 

 その巨大さゆえ接近されれば対処が難しく、機敏な動きも出来ない。

 

 だからこそモビルスーツや通常の艦を用いた作戦が重要となる。

 

 つまりアポカリプスはあくまで象徴であり、敵の戦意をそげれば十分。

 

 少なくとも用意したエドガーですら戦力としてはあてにしていないのだ。

 

 そんなすべて不足している中でも一番急務であったのが意思の統一である。

 

 これが出来なければ内側から崩壊していく。

 

 特に軍の意思統一は早急に行わなければならなかった。

 

 邪魔なのは今までの価値観。

 

 そこでナチュラル、コーディネイター共に多くの賛同者を得ているマルキオの力が必要だったのだ。

 

 全く別の概念が必要だったのはアスランも、もちろん理解している。

 

 しかし―――

 

 「まあ基本的にプラントにいた者ほど胡散臭く感じるのは仕方がない。『SEED思想』など」

 

 マルキオが掲げているのが『SEED思想』である。

 

 遺伝的な優劣は関係なく、重要なのは精神の変革であり、その資質を持っているのがSEEDを持つ者だと、そんな考え方らしい。

 

 確かにエドガーの考えと似てはいるが、やはりSEEDなどと言われるとどうにも信じ難い気持ちになるのだ。

 

 これはプラントにいた弊害かもしれない。

 

 あそこでは自分たちこそ新たな種とする考えが強く、SEEDなどタブーだったからだ。

 

 「だが今では『奴ら』の研究データが流失したらしいからな。シンパが増えるのも無理はない」

 

 「……ええ」

 

 今までSEEDと言っても誰も信じなかったし、マルキオのシンパの者達でさえ本当にそんなものが実在するなんて思っていなかっただろう。

 

 あくまでも考え方に賛同したといったところだ。

 

 しかし今は違う。

 

 とあるデータが流失した事でSEEDの実在を信じる者達も増えてきていた。

 

 それはかつてローザ・クレウスが収集し、コペルニクスの研究者に送ったデータであった。

 

 つまりキラ・ヤマト、アスト・サガミ両名のデータである。

 

 このデータと彼らが先の戦争でジェネシス破壊までに叩きだした戦果を合わせSEEDの実在は昔に比べると信憑性を増した。

 

 特に何も知らない素人はそれが顕著であり「これこそ人類の進化だ!」などと言っている者すらいるらしい。

 

 「まったく馬鹿馬鹿しい話だ。本質も知らん癖に進化とはな。……オーブの研究者ローザ・クレウス曰くSEEDとは適応能力らしい」

 

 「適応能力?」

 

 「……ああ。彼女は『過度の状況変化に対応するための適応能力』と定義したらしい。コペルニクスの研究者が自慢げに力説してくれたよ。だが大衆はそうは思っていない。噂に踊らされ本質を見失う。まったく」

 

 そういえばアスランもそんな経験がある事を思い出した。

 

 確かに自分もオーブ沖の戦いであの感覚の後、ついていけなかったアストの動きに対応できていた。

 

 そしてさらに言うならばそんなアスランの動きを奴はさらに上回ってきた。

 

 あれがSEEDなのだろうか?

 

 「なんであれ今の我々には必要なのさ。たとえどれだけ胡散臭くともな」

 

 「それは理解してます」

 

 ユリウスの手渡してくれた書類に目を通して先ほど言っていた任務の詳細を尋ねようとした時、部屋に一人の少女が入ってくる。

 

 「お茶が入りました」

 

 「ありがとう、セレネ」

 

 お茶を持って部屋に入ってきたのはアスランにとって命の恩人ともいえるもう一人の人物セレネであった。

 

 マルキオがここに招かれてから彼に保護されていた子供達もオーブに残った者達を除いてこちらに移り住んでおり、セレネもこちらについて来ていた。

 

 伝道所にいた頃との違いはその容姿だろう。

 

 髪を整え、軍の制服に身を包んだその姿は誰もが振り返る美少女である。

 

 彼女は現在アスランの補佐官のような事をしてくれていた。

 

 もちろん物騒な事には関わらせる気はない。

 

 セレネが入れてくれたお茶を飲み、一息つくと気を引き締てユリウスに問う。

 

 「それで新たな任務とは?」

 

 「そう気負うな。難しい任務ではない。今から数日後テルタトスにある人物が訪れる。その護衛と世話だ」

 

 「護衛はともかく私が世話を?」

 

 「安心しろ。それはセレネがやってくれる。お前は護衛に集中すればいい」

 

 「分かりました。それで誰なんです?」

 

 「……カガリ・ユラ・アスハ」

 

 思わず呆気にとられてしまう。

 

 確かに現在テタルトスは中立同盟から支援を受けているだが、アスランからすると複雑な気分ではある。

 

 「一応彼女の来訪は極秘ではあるが何が起きるか分からない。これはテタルトスの今後に重要な訪問だ。万が一の事があってはならない。……これもマルキオと同じだ。割り切れ」

 

 「分かってます」

 

 アスランも彼女と会いたくない訳ではない。

 

 近況を語り合うのも悪くないだろう。

 

 「そうか。詳しい事は後日通達があるだろう、頼むぞ」

 

 「了解」

 

 ユリウスはお茶を飲むとセレネに「ごちそうさま」と一礼し部屋から出ていった。

 

 改めて書類に目を通すとセレネが隣に座ってくると苦笑するアスランを不思議そうに覗き込んで来るので書類を手渡した。

 

 「見てもいいの?」

 

 「ああ、俺の名前だよ」

 

 「これがあなたの新しい名前……」

 

 そこには『アレックス・ディノ』と書かれていた。

 

 今日からはこの名で生きていく事になる。

 

 どうにも実感が湧かないが、おいおい慣れるだろうと再びお茶を口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この戦争でどの陣営も例外はなく傷ついた。

 

 しかし一番大きな打撃を被ったのは地球軍だろう。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において戦力の大半を撃破され、ジェネシスの脅威に月から戦力を撤退させたはいいがその間にテタルトスの台頭を許してしまった。

 

 さらにその後に起きた紛争とテタルトスとの戦いにおいても惨敗し無駄に戦力だけを消耗してしまった。

 

 これ以上の被害は地球軍を完全に瓦解させてしまう可能性があると判断し、現在は戦力の増強が最優先を基本方針としていた。

 

 そんな中でヤキン・ドゥーエの死線を生き延びたスウェンは治療を終え軍に復帰していた。

 

 とはいえ現在の軍はガタガタだ。

 

 新たな上官に会うために通された部屋ですでに一時間は待たされている。

 

 そこにようやくノックの音が聞こえて誰かが入ってきた。

 

 スウェンは即座に立ち上がり、敬礼するが入ってきた人物を見た瞬間、絶句してしまう。

 

 表情に出さなかったのは僥倖といえるだろう。

 

 制服は確かに地球軍の物なのだが、問題は顔である。

 

 この人物は顔が見えない様にお世辞にも趣味がいいとは言い難いマスクを被っていたのだ。

 

 おかげで顔はおろか、性別すらも分からない。

 

 「待たせたな」

 

 思ったよりずっと中性的な声だった。

 

 いや、むしろ―――

 

 「スウェン・カル・バヤン少尉で間違いないか?」

 

 「はい」

 

 「私はネオ・ロアノーク大佐。今日から私が上官となる。よろしく頼む」

 

 「ハッ」

 

 「それから君は少尉から中尉に昇進している。これが辞令だ」

 

 辞令を受け取ると改めて敬礼するとそれを見たネオは口元を苦笑するように歪めながら手で制した。

 

 「そう硬くなる必要はない。これから一緒に戦う事になる。階級はそう気にしなくてもいい」

 

 「……はい」

 

 とはいえ相手は大佐だ。

 

 ここまで階級が違う相手に気安く接する事は難しく、さらに元々スウェンはそういうタイプでもない。

 

 いままで通りでいく事に決めて話に耳を傾ける。

 

 「まあ、ここでこうしていても始まらない。とりあえず部隊の連中に紹介するからついて来てくれ」

 

 「了解」

 

 ネオの後ろをついて行きながらスウェンはある予感を感じ取っていた。

 

 ここからさらに厳しい戦いに身を投じる事になると、何故か確信できていた。

 

 

 

 

 

 

 

 戦争が終結しても各陣営は次を想定して動いていた。

 

 それは同盟軍も同じである。

 

 特に地球軍とは停戦になっておらず、戦争状態は継続中である以上、何時再び戦端が開かれても対処できるように備えておくのは当然と言えた。

 

 各量産機のアドヴァンスアーマーによる強化、新型機の開発、パイロット達の育成、やる事は山ほどある。

 

 もちろん停戦の為に交渉は行われており、その為にアイラ達は連日会議ばかりである。

 

 さらに他国との外交も重要であり、特に新しい国家であるテタルトスとは連日協議を続けていた。

 

 最近では直接カガリが視察の為に月に向う予定となっている程に、その関係性は重要な位置づけになっている。

 

 そんな動き続ける世界情勢の中、マユ・アスカはとある新型モビルスーツのテストに参加していた。

 

 ペダルを踏み込み操縦桿を操作して機体を旋回させる。

 

 「うん、いい反応」

 

 MVFーM11C『ムラサメ』

 

 オーブの後継主力機である。

 

 可変機能を備えたこの機体はマユが搭乗していたターニングを参考に開発された機体であり、その為テストパイロットにはマユが適任とされ、こうして試乗している訳だ。

 

 すべてのチェックを終えたマユはオノゴロに帰還するとコックピットから降りるとそこにはエルザが端末を持って待っていた。

 

 彼女は正式にモルゲンレーテの技術者になっていた。

 

 かつての暗い雰囲気はなくなって穏やかな印象になり、楽しそうにフレイと話しているのをよく見かける。

 

 彼女なりに吹っ切れたのだろう。

 

 「機体はどう、マユ?」

 

 「はい、かなりいい感じですよ」

 

 操縦していて気になった点などを報告するとエルザは満足そうに頷いた。

 

 「ありがとう。トールのいい加減な報告とは大違い」

 

 「あ、あはは」

 

 思わず苦笑してしまった。

 

 どうやら彼の報告はずいぶん大雑把らしい。

 

 「イザークがいれば違ったんだけどね」

 

 「しょうがないですよ。イザークさんは今ヴァルハラに行ってますからね」

 

 そう彼はトールと共にスカンジナビアの新型主力機テストの為にオーブから離れ、それにアネットやミリアリア、サイもついて行っている。

 

 結局アークエンジェルのメンバーは全員そのまま軍に残った。

 

 まだ地球軍とは戦争中である事がその理由らしい。

 

 「そう言えばアークエンジェルとかの処遇ってどうなったんですか?」

 

 アークエンジェルを含めた幾つかの兵器は元々他勢力のものだ。

 

 それが紆余曲折があり中立同盟の手に渡り、ヤキン・ドゥーエ戦役で使用されてきた。

 

 しかし戦争が終結した今、地球軍はアークエンジェルを含めた兵器と搭乗していたクルー達の返還を求めているのだ。

 

 「詳しい話は聞いてないわ。交渉は続けているみたいだけどね。おそらく対価の支払いと技術協力を引き換えに譲渡する形で落ちつくんじゃないかしら」

 

 「そうですか」

 

 「マユ、今日はもういいわ。後はアサギさんとマユラさんに頼むから」

 

 「分かりました」

 

 パイロットスーツを着替えシャワーを浴びた後、その足で病院に向かう。

 

 病室に入ると変わらぬ両親の姿が目に入る。

 

 両親が今のマユの姿を見たらどう思うだろうか。軍人になり、戦っている今の姿を。

 

 そんな意味のない考えを振り捨てると、花瓶の水を替え窓を開ける。

 

 そのまま空を見上げると、プラントにいる兄の事が思い浮かんだ。

 

 一向に兄からの連絡はない。

 

 今頃何をしてるのだろうか。

 

 だが連絡が取れないのも仕方ない事だとも思う。

 

 中立同盟とプラントは停戦したとはいえ、お互いの交流が再開した訳ではなく、さらにザフトの奇襲を受けたオーブ国民のプラントに対する感情はお世辞にも良くはない。

 

 無論それはマユとて同じ事だ。

 

 その為、今なお自由に行き来する事ができない状態である。

 

 だから兄もこちらに戻れないのだろう。

 

 そう自分に言い聞かせると病院の庭を歩く二組の男女を見つけた。

 

 マリューとムウ、そしてナタルとセーファスである。

 

 ドミニオンはそのまま同盟軍に投降し、ムウとセーファスはお互い重傷だったものの、何とか無事に生還できた。

 

 とはいえパイロットであるムウは復帰するためには相当な期間リハビリが必要なるらしい。

 

 「ムウさんも頑張ってるなぁ」

 

 セーファスの方は重症であったものの順調に回復し、もうじき退院となるようだ。

 

 マユは笑みを浮かべながら窓を閉め、病院を後にするとそのまま家に戻ることにした。

 

 今住んでいる場所は、孤児達を集めた施設のような場所である。

 

 ここでアストやキラ、レティシア、ラクス達と一緒に暮らしていた。

 

 とはいえ今のこの情勢の為か全員が揃う事は珍しい。

 

 ラクスやレティシアは本来所属がスカンジナビアの為、オーブと行ったり来たりである。

 

 最近ではアストやキラも家を空ける事が多かったのだが、今日は久しぶりに全員が揃う。

 

 それだけで嬉しかった。

 

 「あ、マユ姉ちゃんお帰り!」

 

 「マユ姉ちゃんだ!」

 

 「みんな、ただいま!」

 

 こちらに飛びついてくる子供達を撫でていると奥から久しぶりに会う2人が出てきた。

 

 「マユ、久ぶりですね」

 

 「元気でしたか?」

 

 「ラクスさん! レティシアさん!」

 

 2人は全然変わっていない。

 

 それが嬉しくて、思わず抱きついてしまった。

 

 みんなから笑顔が零れる。

 

 マユは紛れもなく幸せだった。

 

 両親はあのような事になり、兄とは連絡が取れない。

 

 それでも不幸などとは全く考えてしなかった。

 

 大切な人たちがいて、そして帰ってくる場所もある。

 

 それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 海が見える場所に2人の少年アストとキラが立っていた。

 

 「やっぱりそう簡単には終わらないか」

 

 「そうだね」

 

 それは分かっていた事だ。

 

 簡単に戦いは終わらない。

 

 だが2人の表情に迷いはない。

 

 今も、そしてこれからも戦う理由は同じだ。

 

 「……では行くか」

 

 「うん」

 

 次に向かって歩き出す。

 

 先は見えず広がるのは暗闇だ。

 

 それでも決意が鈍る事はない。

 

 大切なものを胸に抱き、ただ二人は前だけを見据えていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダムSEED cause END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは暗い部屋だった。

 最低限の明かりだけが周囲を照らし、部屋の全体を見渡す事は難しい。

 

 そんな中でテーブルを挟んで男女がチェスに興じていた。

 

 男の方はクライン派を率い、もうすぐ最高評議会議長となるギルバート・デュランダルであった。

 

 女の方の顔は見えないものの、特徴的なピンクの髪は暗い中でもよく目立っている。

 

 その時、ノックと共に部屋に入ってくる者がいた。

 

 その人物を見たデュランダルの顔に笑みが浮かぶ。

 

 「やあ、良く戻ってきたね。クロード」

 

 「お久しぶりです」

 

 クロードはデュランダルに歩み寄ると持っていたデータを手渡した。

 

 「これが地球軍の極秘データです。中にはアズラエルの研究データも入っています。そしてこちらが同盟軍の戦闘データです」

 

 「ありがとう、いや、助かるよ」

 

 クロードは始めからデュランダルの指示で動いていた。

 

 だからデュランダルは最終局面でジェネシスに何かが起きる事も知っていたし、さらにその事をユリウスに伝えたのも彼だ。

 

 「それでどうなのです? 今回はあなたの予想した通りの展開なのですか?」

 

 「まさか」

 

 それは事実であった。

 

 この戦争の結末はデュランダルが思い描いたものとはずいぶん違う。

 

 色々とイレギュラーも起きた。

 

 特にテタルトスの誕生は予想外にも程がある。

 

 しかし彼は別段焦ってはいなかった。

 

 何故ならこれが世界というものであると知っている。

 

 そんなままならない世界を変える為にデュランダルは動いているのだから。

 

 「しかしあのSEEDに関するデータ流失は予想外でした」

 

 「それもいいさ。いいかげんな噂を流した事で本質を理解している者もいない」

 

 もちろんオーブの研究者達は研究を続けていくだろう。

 

 まあ、それも今は捨ておいても構わない。

 

 「それで今後はどうしますか?」

 

 「ああ、またしばらくは地球軍側の情報収集を優先してくれ。……それからもしかすると必要になるかもしれないサンプルがある」

 

 デュランダルから手渡された端末にデータが表示された。

 

 そこには金髪の女性が映っている。

 

 「一応気に留めておいてくれ」

 

 「分かりました」

 

 クロードはそのまま退室しようと歩き出すと背中にいつもの穏やかな声が掛けられる。

 

 「期待してるよ、クロード―――クロード・デュランダル」

 

 その言葉に答える事無く、彼はそのまま立ち去った。

 

 部屋は不気味なほど静まり返り、ただ駒を動かす音だけが響いていた。




これで終了です。

ここまで読んでくださった皆さんありがとうございました!


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