時は少し遡る。
ジャスティスやアイテル、スウェアに先導され順調にジェネシスに進撃していた同盟軍の前にある機体が立ちふさがっていた。
クロードの搭乗するガンダム、イレイズサンクションである。
奇襲するように突っ込んできたクロードはまず周りにいたザフトの3機を排除しようとネイリングで斬りかかった。
これは別に彼らを驚異として認識していたからではなく、単純に邪魔であったからだ。
クロードの目的は同盟軍の力を見る事であり、その為の不確定要素を排除する、それだけであった。
斬り込んできたイレイズに最初に気がついたのはバスターに乗ったディアッカだった。
一番近い位置にいたが故に狙われたディアッカは即座に迎撃に移る。
「地球軍だと!? まだいたのか!」
「イレイズ!?」
「先輩!」
「分かってるよ!」
正面から突っ込んできたイレイズに超高インパルス長射程狙撃ライフルで狙い撃つ。
ディアッカとしてもこれで敵機が落とせるなどとは思っておらず、あくまでも敵の技量を計る為の一撃であった。
もちろんニコル、エリアス共にそれはきちんと理解している。
その証拠にTデュエル、ブリッツ共にイレイズを左右から回り込み挟むように動いていた。
しかしクロードはまったく動じる事無く、放たれたビームを最小限の動きで回避。
同時に背中のガンバレルが弾けるように外に飛び出した。
「なに!?」
予想外の攻撃に反応が遅れたバスターはガンバレルから放たれたビームで左足が吹き飛ばされてしまった。
それでもすぐに態勢を立て直し回避に動いた事は流石である。
イレイズの放ったガンバレルによる攻撃はかつて自身が戦ったモビルアーマーメビウスゼロが使ってきた武装。
実弾とビームという違いはあれど原理は同じ。
アークエンジェル追撃の際にガンバレルとの戦闘を経験していたが故に動揺からも立ち直るのが早かったのだ。
「手強いぞ、気をつけろ!」
「了解です!」
「はい!」
当然それを見ていたニコル達も頷いた。
ガンバレルに囲まれないように注視しながら、イレイズに攻撃を仕掛ける。
そんなザフト機にクロードは感心したように認識を改めた。
「ほう、なるほど、ザフトにもラウやユリウス・ヴァリス以外にまともな連中がいたのか」
クロードは笑みを浮かべネイリングを構えなおす。
「君達には悪いがあまり時間がない。もうすぐ、アレが来る頃でね。さっさと本命に行かせてもらう」
ガンバレルを巧妙に操作し、残り2機を引きつけその間に損傷したバスターに狙いを定めた。
撃ち込まれた対装甲散弾砲を苦も無く回避し懐に飛び込むとネイリングを袈裟懸けに振り抜くとバスターの左腕を斬り落とし、胴体を抉る。
「ぐあああ!」
「悪くない射撃だったよ」
ネイリングの斬撃で損傷を負ったバスターのPS装甲が落ち、まったく動かなくなってしまった。
「ディアッカ!?」
「くそぉ!!」
クロードは襲いかかってきた残りの二機にも余裕を崩すことなく敵を見据える。
斬り込んできたブリッツのビームサーベルを流す。
そしてレールガンを撃ち込んで態勢を崩し、同時にシールドを捨て逆手に持ったビームサーベルで背後から斬り込んできたTデュエルの右腕を斬り飛ばした。
「なっ!?」
「こいつ、反応が速い! まさかコーディネイターなのか!?」
エリアスは勘違いしているが、クロードは反応速度でTデュエルの腕を落とした訳ではない。
ただ相手の動きを予測していただけである。
あの3機の中でTデュエルの一番性能が高い事はすぐに分かった。
その為ガンバレルを操作しながらエリアスの動きを常に観察していたのだ。
だからこそあのタイミングで攻撃を仕掛けてくると確信していたクロードは迎撃の準備をしていたのである。
イレイズは振り向き様に上段からネイリングを振り下ろしTデュエルの左腕を叩き落とした。
「ぐあああ!!」
「エリアス!!」
援護に駆けつけようとしたブリッツの動きをビームライフルで止め、ガンバレルで四方からビームを撃ち込んだ。
「仲間思いは結構だが、もう少し周りに気を配った方が良い」
クロードの戦略に嵌められた2機は四肢を破壊され、完全に機能を停止させてしまった。
「ディアッカ! ニコル! エリアス!」
撃破された3機に気がついた、スウェアが駆けつけて来た。
同盟軍の力の見極めが目的のクロードからすれば願ったりである。
「さて、ここからが本番かな」
ある意味で兄弟機ともいえる二機が激突する。
ビームライフルを撃ち込んできたスウェアにガンバレルで牽制しながらレールガンを放つ。
「これ以上はやらせん!」
シールドで砲弾を防ぎ、ビームライフルでガンバレルを撃ち落とそうと狙い撃つもまったく当たらない。
「それでは当たらんよ」
「くそ!」
イザークとてガンバレルの事は知っているし、アスト達と対ドラグーンの訓練も積んでいる。
それでもこの相手にはまったく通用しない。
降り注ぐビームをスラスターを使って回避しながら、イレイズを狙ってビームライフルを構えた。
だが次の瞬間、別方向からの攻撃でビームライフルが撃ち落とされると、ネイリングでシールドを弾き飛ばされてしまった。
「くっ!」
「この程度か―――ッ!?」
そのまま対艦刀でスウェアを斬り裂こうとしたイレイズは咄嗟に飛び退くと今までいた空間に高速で何かが通り過ぎた。
ジャスティスの投げたビームブーメランである。
距離を取ったクロードに追い打ちを掛けるように、アイテルがドラグーンを放出しながらプラズマ収束ビーム砲を撃ち込んだ。
「来たか」
クロードはドラグーンを回避しながら、プラズマ収束ビーム砲を捨てたシールドを拾って防御する。
「イザーク君、ここは下がって! アークエンジェルの守りを!」
「しかし!」
「ここは私達にお任せください! それに損傷された方々も急いで回収しなければならないでしょう?」
イザークは動けなくなった三機を見た。
ニコルとエリアスはまだ機体の状態からみても心配はいらないだろうが、ディアッカは別である。
完全に機体を斬り裂かれており、下手をすればコックピットに達しているかもしれない。
「……わかった。ここは頼む」
スウェアは徐々に後退しながらディアッカ達の回収に向かう。
それを見てもクロードは動こうとはしなかった。
もちろんジャスティスやアイテルに背を向けるなど愚の骨頂であるというのもあるのだが、逃げる相手に興味はない。
それよりも―――
「ようやく骨のある相手が来てくれたようだ」
クロードがそう思ったようにラクスやレティシアも同じように感じていた。
決してイザーク達は弱くない。
今ヤキン・ドゥ―エにいるパイロットの中でもトップクラスの腕であるのは間違いない。
それをこうも簡単に手玉に取るとは―――
「ラクス、油断はしないように」
「ええ、分かっています」
ラクスは左手で近接用ブレードを構え、右手でハルバード状態にしたビームサーベルで斬り込み、レティシアは援護するようにビームライフルでイレイズの動きを牽制する。
降り注ぐビームの嵐を何でも無いかのように無視したクロードはジャスティスを正面から迎え撃つ。
「見せてもらおう、同盟軍エースの実力をね」
振り下ろされたビームサーベルをシールドで逸らし、ネイリングで斬り払う。
しかしジャスティスは機体を傾けるだけで回避すると、スレイプニルの近接用ブレードで逆袈裟に斬り返してきた。
「素晴らしい反応だな」
パイロットの腕前を素直に称賛しながらレールガンで放って距離を取り、ガンバレルで四方から攻撃を仕掛けた。
「くっ」
その巧みな動きで動きを牽制されたジャスティスはイレイズに接近できない。
「これほどのパイロットが地球軍にいたなんて」
ラクスもまた敵の技量に驚く。
彼女だけならばこの機体を抑えるのがやっとだったかもしれない。
だが今自分は一人で戦っている訳ではないのだ。
クロードはジャスティスを狙い切り離した砲台を操作し、攻撃を撃ち込もうとした瞬間―――ガンバレルは側面から撃ち落とされてしまった。
「何!?」
視線を向けた先にはアイテルが佇んでいる。
レティシアにとってガンバレルのような武装は馴染み深いものであった。
今もドラグーンを搭載したリンドブルムを装備している。
そんな高い空間認識力を持つ彼女とってガンバレルの動きを把握するのはそう難しい事ではなかった。
「なるほど、これは易々とガンバレルは使えんということか」
ジャスティスのフォルティスビーム砲を掻い潜り今度はアイテルの方に狙いを定める。
「君を先に排除させてもらおう」
クロードはラクスよりもレティシアの方が厄介な存在であると判断したのだ。
彼女がいる限りイレイズサンクションのメイン武装の一つが使えない。
ならば先に排除しようとするのは至極当たり前の選択であった。
レティシアも相手の狙いに気がついたのだろう。
ビームサーベルを構えながらもドラグーンを放出する。
「行きなさい!!」
その動きは先程までクロードが操っていたガンバレルと比べても遜色ないものだった。
しかもガンバレルよりも小さく、さらに範囲も広い。
いかに高い空間認識力を持っていたとしてもそう簡単には捉える事は出来ない筈である。
ドラグーンがイレイズを狙い次々ビームを撃ちかける。
「ふむ、見事なものだ」
シールドを掲げスラスターを上手く使いながらドラグーンの射撃を避け切っていく。
「これで!」
イレイズの胴体目掛けビームサーベルを振り抜いた。
「甘い」
捉えたと思われたアイテルの斬撃はイレイズの装甲を掠めていくだけに留まっていた。
「これを避けるなんて!? でも、まだです!」
ドラグーンによる攻撃は一切の緩みもなくイレイズを狙い攻撃を仕掛けていく。だが―――
「えっ!?」
「まさか!?」
イレイズはドラグーンの攻撃を避けながらビームライフルで撃ち落としたのだ。
偶然か?
いや、それはないだろう。
ドラグーンの攻撃は偶然で撃ち落とす事はできない。
つまり―――
「この短期間にドラグーンの動きを読み切った?」
まさかとは思うがそれ以外に考えられる答えは存在しない。
このまま攻撃を続けてもただ武装を消耗するだけだと判断したレティシアはドラグーンを回収する。
それでも今の攻防で半数は破壊されてしまった。
「手強いですわね」
「ええ」
さらに相手に対する警戒心が増していく2人だが、警戒したのはクロードも同じである。
イレイズもまた所々に傷が刻まれていた。
もちろん戦闘にはなんの支障はない訳であるがここまで傷をつけられるとは。
「いや、流石だよ。ここまでとは思っていなかった」
クロードは再びネイリングを構えスラスターを噴射させて加速すると2機に向かって突進した。
「名残惜しいが、そろそろ決めさせてもらうよ」
ラクスはスレイプニルのミサイルを一斉に発射しイレイズの動きを止めるとブレードを叩きつける。
ミサイルをイーゲルシュテルンとレールガンで迎撃したクロードは爆煙に紛れ正面からネイリングを振りかぶった。
「まだです!」
対艦刀をブレードで受け止めたが、クロードは再びビームサーベルを引き抜き、斬り上げるとジャスティスの左腕を斬り落とした。
「くっ!?」
腕を落とされた動揺を突いてガンバレルを囮に使い背後に回ったイレイズはスレイプニルをビームサーベルで斬り裂き、さらにネイリングで右足を切断した。
斬り裂かれたスレイプニルが激しい爆発を引き起こしジャスティスを吹き飛ばした。
「きゃあああああ!!」
「ラクス!?」
レティシアはイレイズをビームライフルで牽制しながら損傷したジャスティスに駆け寄った。
幸いというか斬られた瞬間、スレイプニルとファトゥムー00を切り離した為、本体は無事らしい。
「ラクス、大丈夫ですか!?」
「は、はい。何とか無事です。機体は……」
ラクスは意識をはっきりさせる為に頭を振ると素早く機体状態を確認した。
あの爆発に巻き込まれた影響で、斬り落とされた腕と足以外に影響が出ているようだ。
さらにPS装甲も落ちてしまっている。
一度戻らなければ―――
「不味いですね……」
「ラクスはオーディンに帰還してください」
「レティシア、でも!」
いくら何でもあの敵を相手に一機で戦うのは危険すぎる。
そんなラクスを安心させる為にレティシアは笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。さあ、早く!」
ラクスは俯きながら絞り出すように言う。
「すぐに戻りますから!」
ジャスティスがオーディンに後退するのを見届けるとビームサーベルを抜いた。
この敵相手にドラグーンでは不利だと判断したレティシアは近接戦闘を選択したのだ。
本来ならばセイレーンに換装した方が良いのだが、この敵がそれを許すとも思えない。
「今の装備で何とかするしかないですね」
相手もまた迎え撃つためにネイリングとビームサーベルを構える。
勝負は一瞬―――戦場に轟く爆発音を合図に二機が同時に突撃する。
「はあああ!!」
交差した瞬間、互いが振り抜いた刃が相手を斬り裂く。
イレイズの斬撃がアイテルの右腕を落とし、アイテルのビームサーベルがネイリングを叩き折った。
「くっ!」
「チッ、やる! しかし!」
このままさらにアイテルに追撃を掛けようとした時、何条もの閃光がイレイズに迫ってきた。
回避したクロードに追い打ちをかける形でライフルを撃ち込んできたのはフリーダムだった。
「レティシアさん!」
「キラ君!」
フリーダムはイレイズをビームライフルで引き離しながらアイテルに近づいた。
右腕を落されてはいるが、致命的な損傷は見当たらない。
しかしその近くにはスレイプニルと思われる残骸がいくつも浮かんでいた。
「レティシアさん、ラクスは―――」
「彼女は大丈夫です。損傷を受けたのでオーディンまで後退しただけです」
その言葉に安心すると、正面の黒いイレイズに視線を向けた。
ラクスとレティシアをここまで追い込むなんて、このパイロットは一体?
キラはもう片方の手でつかんでいたものをレティシアに手渡す。
「これは?」
どうやらモビルスーツのコックピットブロックのようだが、酷く損傷している。
「……急いで後退してください。後は僕がやります」
この腕では通常の敵ならともかくあのイレイズの相手は難しい。
むしろキラの足でまといになるだけだろう。
「分かりました。ここは頼みます」
「はい!」
キラは油断なく目の前の機体を見た。
敵もいくつか武装を消耗しているらしい。
とはいえフリーダムもまた余裕がある訳ではない。
プロヴィデンスとの戦いでスレイプニルは完全に破壊されていた為、捨ててきた。
機体も傷だらけであり、左足も破損している。
機体性能差を考えず、今の状態だけならほぼ五分であろう。
どう出るか―――
そこまで考えた時、イレイズが持っていた折れた対艦刀をフリーダムに投げつけてきた。
咄嗟に反応しシールドで弾くと同時にイレイズのビームサーベルが眼前に迫る。
「速い!?」
ビームライフルを撃ちながら後退すると、クロードもまた機体を旋回させてビームを回避しガンバレルを展開する。
「またこの手の武器か!」
先程まで戦っていたプロヴィデンスもまた同じような攻撃でフリーダムを追い詰めてきた。
その戦いと、今までの訓練の経験が即座にキラを動かす。
「そんなものは当たらない!」
四方から放たれるビームを飛び回りながら確実に回避していく。
イレイズのコントロールするガンバレルはドラグーンに比べれば大きく、機動性も落ちる為より見切りやすい。
背後から放たれた一射を宙返りしながらかわすと同時に撃ち落とした。
「……素晴らしい」
クロードは感嘆の声を上げる。
今までの戦った相手の技量が児戯にも思えるほどの腕前である。
自身の中の高揚感に浸りながらフリーダムにビームサーベルで斬り込んでいく。
高速ですれ違う2機。
繰り出される斬撃をシールドで捌きながらも斬り返していく。
互角に見える戦いではあるがやはり機体性能の差か、敵が有利。
その差をクロードはパイロットとしての技量で補っていた。
フリーダムの放った斬撃を流し、ビームライフルやガンバレルを使って、敵が繰り出す攻撃をかわしやすいように誘導する。
これには押しているはずのキラの方が動揺した。
「上手い」
もちろんモビルスーツの操縦技能も高いのだがそういう事ではなく、単純に戦う事が上手いのだ。
技量ではこちらが上だと思うが、それにも関わらず押しきれな。
「このパイロットは!?」
動揺し一瞬動きが乱れた隙にビームサーベルがフリーダムの胸部を浅く斬り裂く。
だが、負けじと斬り返した一太刀がイレイズの肩部装甲を斬り飛ばす。
クロードは損傷によって体勢が崩れた事を利用して蹴りを入れるとレールガンを叩き込んで吹き飛ばした。
「ぐううう!」
シールドで防御し体勢を崩される事だけは無かったが、キラはより目の前の敵に対する警戒を強めた。
キラは知る由もないが、これはボアズでアスラン相手に見せた戦い方と同じであった。
そう、彼は単純に相手の動きを観察、情報を収集、その結果に合わせ攻撃していただけにすぎない。
「この敵は……」
キラが敵機を警戒して距離を取ろうした時、突然敵機から通信が入ってくる。
「久ぶりかな、キラ君」
「貴方は―――」
モニターには一度だけ面識のある男、クロードが映っている。
「流石だよ。数多のザフトのエース達を落としてきた『白い戦神』の名は伊達ではないね」
それは確かザフトがつけた異名のはず。
何故地球軍のこの男が―――いや、それよりも今は他に言うべき事がある。
「……貴方がイレイズのパイロット。これ以上の戦闘は意味がない。退いてもらえませんか? 今すべきことはジェネシス破壊の筈です」
「確かにそう通りだ。けどその心配はいらないよ。そろそろ時間だからね。ほら、あれを見るといい」
クロードの指し示した方角にはこの宙域にいた誰もが予想すらしていなかったものが存在していた。
何もないはずのその場所にぶつかって破壊されていくモビルスーツ達。
その空間が揺らめき、何かがある事だけが分かる。
「ミラージュ・コロイド?」
「その通り。あれが何かというと―――」
クロードが何か手元の端末を操作すると今まで覆い隠されていた物が姿を現す。
それは巨大な岩だった。
大きさはジャネシスのミラーよりやや小さいくらいだろうか。
表面にはミラージュ・コロイドを散布させる装置らしきものが設置され、そしてさらにここまで運んでくるための大きなブースターらしきものも見える。
そのままかなりの速度でジェネシスに向かって一直線に進んでいた。
「あれは!?」
「ボアズの残骸さ。あれをジェネシスにぶつける。本体は無傷でもミラーの方はどうかな」
確かにあれをぶつければミラーは所定の位置からずれて、発射はできない。
さらにぶつかった衝撃で破壊されるだろうボアズの残骸は細かい破片となって周囲にばら撒かれるため、新しいミラー交換も簡単にはできなくなるだろう。
「それよりいいのかな? このままでは巻き込まれるよ、同盟軍の戦艦も」
「しまっ―――逃げろぉぉぉ!!」
キラは敵を無視し味方の艦に向かっていく。
クロードは笑みを浮かべる。
この状況は彼が作り上げたもの。
何かが起こることを知っていたのはクロードを除けばユリウスともう1人のみ。
だが流石にユリウス達もボアズの残骸がぶつかるとは思っていなかっただろう。
感謝してもらいたいくらいだ。これで彼らもジェネシス破壊をやりやすくなったのだから。
一度だけボアズの残骸を見ると、クロードはフリーダムの後を追い始めた。
迫るボアズの残骸は予想以上に早く、そして周囲のものを巻き込みながら進んで行く
特に防衛ラインを任されていたザフトのナスカ級、ローラシア級などの艦やモビルスーツは逃げる間も無く次々と沈んでいく。
そんな誰もが退避行動を取る中で一か所だけ、構う事無く戦闘を続けていた者達がいた。
最もジェネシスに近い位置で激しい戦闘を繰り広げていたアストとユリウスである。
「はああああ!!」
「落ちろ!!」
ビームライフルを撃ち合い、接近した2機が交錯すると同時にバルムンクとクラレントが互いの機体を掠めていく。
もうユリウスはドラグーンを一切使用していなかった。
アストにドラグーンを使用しても焼け石に水であると判断した。
それは間違っていない。
アストはいつの間にか直感というか、殺気のようなものを感じ取れるようになり、より正確に飛び回る砲台を撃ち落とせるようになっていたのだ。
元々ユリウスはドラグーンを重要視していなかった事もあり、これ以上は無駄であり接近戦に集中すべきとの結論に至った。
「しぶといな!」
「そう簡単にやられるか!」
振りかぶられた刃をシールドで弾き飛ばし、袈裟懸けに叩きつけた斬撃も空を切る。
再び交差しようとした時、ユリウスは至近距離からヒュドラを放った。
当然こんな攻撃が当たるとは思っていない。
案の定イノセントに当たる事はなく、シールドで防がれた。
「……それでいい」
僅かではあるが隙が出来たイノセントに蹴りを入れて突き飛ばすとクラレントを逆袈裟に振り抜いた。
「ぐぅ! この」
吹き飛ばされたアストは歯を食いしばり衝撃に耐えると無理やり腕を動かしてシールドを掲げようとする。
しかしやはりタイミングが遅すぎた。
クラレントの斬撃がガトリング砲を斬り飛ばすと、さらに追撃を掛けてくる。
「調子に乗るなぁ!!」
振り下ろされたクラレントに合わせビームサーベルを構えると刀身半ばから叩き折った。
「お前の方こそ!」
折れたクラレントを捨てそのままマニュピレーターで殴りつけビームサーベルを弾き落とす。
「こいつ!!」
アストもまたマニュピレーターで殴り返すとディザスターのビームライフルを吹き飛ばし、その隙にバルムンクを構えなおす。
2機の戦いは完全に膠着状態になっていた。
その時―――ジェネシスのミラーブロックにボアズの残骸が衝突した。
ぶつかった衝撃でミラーブロックがねじ曲がり、ボアズの残骸は衝突した部分から細かい破片となって周囲に飛び散った。
その衝撃に巻き込まれたアストもユリウスも吹き飛ばされてしまった。
「チィ!!」
「うああああ!!」
巻き込まれたのは2人だけではない。
ジェネシスの守備についていたザフト軍も接近してた同盟軍も同じく衝撃に晒されていた。
「きゃああああ!!」
アークエンジェルのブリッジに悲鳴が響き渡る。
それはオーディン、ドミニオン、クサナギも同じである。
キラの叫びに気付いて咄嗟に回避行動を取っていなければ飛び散ってくる破片の餌食になっていただろう。
近くまできていた筈のフリーダムも吹き飛ばされたのか、このあたりには確認できない。
ともかく撃沈こそしなかったが、無傷とはいかなかった。
「被害状況は?」
「一部砲門が使用不能」
「スラスターも損傷は軽微ですが影響あり」
この程度で済んだのはむしろマシな方だろう。
他の3艦とも似たような状況である。
しかしこれでジェネシスは当分の間は使えない。
本体には問題ないだろうが、ミラーブロックは折れ曲がり、周辺にはボアズの残骸が破片となって散乱している。
これでは発射態勢が整うまでどれほどの時間がかかるか。
しかしこれはこちらにとっては最後の好機である。
ここを逃せば次はない。
《ラミアス艦長、聞こえるか?》
カガリが通信を開いてくる。
その顔からすると彼女もまた同じ事を考えているようだ。
《これが最後のチャンスだ……この混乱に乗じこれからクサナギはヤキン・ドゥーエに突入する!》
「カガリさん!?」
《突入部隊と最低限の人員以外はすべて脱出させ、オーディンに退避させる。その間アークエンジェルとドミニオンで援護して欲しい。私もストライクルージュで突入を援護する》
「……了解です」
マリューはあえてカガリの決断を止めなかった。
彼女もまた覚悟を決めてここにいる。
ならば自分も出来る事をするだけだ。
同盟軍がこれを好機と捉えていたように、ヤキン・ドゥーエの司令室では逆に危機感に満ちていた。
より正確にいえば、危機感を持っていたのはパトリック・ザラのみで他の兵士達は皆一様にホッとしていたのだが。
正直な話、地球に向けてジェネシスを放つなど、できればやりたくなどなかった。
そんな空気をパトリックの怒声が吹き飛ばした。
「おのれェェ! ナチュラル共がァァ!」
「……地球軍と思われる部隊の一部と同盟軍がこちらに接近しています」
「まだ粘るか、今動ける部隊は?」
「は、はい。ブランデル隊がいます」
その返答にパトリックは忌々しそうに拳を机に叩きつけると吐き捨てた。
出来ればブランデルなどには何もさせたくはなかったのだが。
「ふん、仕方無い。奴には似合いの仕事か。ブランデル隊に敵の迎撃とジェネシス周辺の瓦礫を撤去させろ! それと同時に次の発射準備を開始せよ!」
「なっ」
「しかし、議長。これ以上は……」
「やるのだ! それですべてが終わる!」
苛烈なまでに指示を出し続けるパトリックを止められる者などここには誰もいなかった。
吹き飛ばされたアストは朦朧とした意識をはっきりさせる為に頭を振る。
「……まだ生きているみたいだな」
目を開きモニターを見ると周りは破片だらけで視界も悪い。
ユリウスがどうなったのかわからないが機体状態を確認しようと手を伸ばした瞬間、警戒音が鳴り響く。
「敵か!?」
上方から瓦礫の間を縫うようにディザスターが突っ込んでくる。
その姿を見るだけで大抵の者ならば凍りついて動けないだろう。
何故ならその速度はあまりに異常なものだったからだ。
岩の破片が溢れているこの一帯をスラスター全開で突っ込んでくるなど自殺行為。
そんな事さえ平然とやってのけるのがユリウス・ヴァリスという男の恐ろしさである。
まさに隔絶された技量と言えるだろう。
「貰ったぞ! アスト!」
「くそ!」
咄嗟に操縦桿を動かすも、どこか損傷でもしているのか動きが鈍く、ディザスターが振り下ろしてきたビームソードを避ける為の回避運動があまりに遅い。
「間に合わない!?」
スラスターを噴射し直撃だけは避けたものの、右足があっさりと斬り落とされてしまった。
さらに返す刀でビームソードを斬り上げ背中のアクイラ・ビームキャノンを砲身から斬り裂かれる。
「終わりだ!」
振り下ろされるビームソードを見つめるアストの脳裏に様々な事がよぎる。
ここで終わりなのか?
みんなの顔が思い出される。
そしてレティシアとの約束。
「そうだ―――俺はまだぁぁぁ!!!!」
シールドを投げつけディザスターの動きを阻害すると装着されていたアドヴァンスアーマーをパージするとバルムンクを袈裟懸けに、ビームサーベルを横薙ぎに斬り払う。
一瞬だけ視界が塞がれたユリウスはイノセントの放った斬撃に対し反応が遅れた。
完全に致命的なタイミングでの隙。
通常のパイロットであれば確実に撃破されていただろう一撃だ。
その攻撃をユリウスは神懸かり的な反射神経にてスラスターを逆噴射させる。
それでもバルムンクに左肩から腕ごと落とされ、さらにビームサーベルで両足を切断されてしまった。
「これ以上は、ならば!」
ここでユリウスは賭けに出た。
スラスターを吹かしながらディザスターの斬り飛ばされた腕と足ににヒュドラを放ち、撃ち抜くと凄まじい爆発を引き起こした。
「なっ!?」
当然近くにいたイノセントも巻き込んで2機を再び吹き飛ばした。
「ぐあああ!!」
アストの視界から爆煙が晴れるとそこにはディザスターの残骸だけが残っていた。
「倒した? いや、撤退しただけか」
どちらにせよ何とか生き延びた。
向うが生きているかどうかは知らないが、仮に生きていてもあの損傷で爆発に巻き込まれた以上は機体の方はただで済むまい。
少なくともこの戦いに復帰してくる事はないだろう。
というかそうであって欲しいものだ。
正直彼とは2度と戦いたくない。
「死んだと思った」
本当に強かった。
再び同じ条件で戦っても勝てるかどうか。
ともかく機体は酷い状態ではあるが、戦えないほどではない。
アストは機体状態を確認しながらヤキン・ドゥーエに向って移動を始めた。
満身創痍の状態でブランデル隊の母艦ゼーベックに辿り着いたアスランはエドガーからの通信を受けていた。
《良く戻った、アスラン》
「はい、ユリウス隊長からこちらに私の機体があると聞いたのですが?」
《ああ、ジュラメントはそのまま外に放置してくれ。君は艦の格納庫まで来て欲しい》
ゼーベックに機体をつけるとコックピットから出て艦内に入り、格納庫に向かうとエレベーターの前にエドガーが待っていた。
「こっちだ」
「はい」
2人でエレベーターに乗り込むとエドガーは先程受けた命令の話を切り出した。
「先程パトリック・ザラから命令が来た。接近中の地球軍、同盟軍の迎撃とジェネシス周辺の瓦礫を排除しろとの事だ」
「父上……」
どうやらまだジェネシスを使うつもりらしい。
拳を強く握りしめる。
「これ以上アレを撃たせる訳にはいかない。瓦礫の撤去に見せかけ、我々もジェネシス破壊に動く」
「……了解です」
格納庫に辿り着いたアスランの前に酷く懐かしい機体が佇んでいた。
「これは……『イージス』?」
間違いない。細部に違いはあれど間違いなくかつての愛機である。
「これが君の機体『イージスリバイバル』だ」
ZGMF-FX004b 『イージスリバイバル』
イージスの戦闘データを基に各部を強化、改修を施し、さらにディザスターのパーツを組み込んだ機体である。
可変機構こそオミットされているものの非常に高い性能を有しており、武装は基本武装と腹部にヒュドラ、さらにアスラン用に改良、調整されたドラグーンが背中に2基装備されている。
このドラグーンは三連ビーム砲になっている為、通常の物より大型であり機動性が若干落ちる。
それを補うため側面にスライド式の小型アンチビームシールドが搭載されたものになっている。
「ドラグーンシステム」
アスランの脳裏に先ほど戦ったラウのプロヴィデンスの姿が思い出された。
あんな風に自分も使えるだろうか。
「君用に改良を施しているから、通常のドラグーンよりも扱いやすくなっているはずだ」
やるしかない。この機体で―――
アスランは機体に乗り込むとOSを立ち上げて起動させる。
《アスラン、まずは接近中の地球軍を叩いてくれ。その後は同盟軍の方を頼む》
「了解!」
ゼーベックのハッチが開く。
アスランは息を吐くとペダルを踏む込んだ。
「アスラン・ザラ、イージス出る!」
機体紹介3更新しました。