機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第1話   偽りの夢の中で

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.70 2月14日

 

 この日、食糧生産コロニー『ユニウスセブン』に対し地球連合が行った核攻撃により世界は大きく変わった。

 

 

 『血のバレンタインの悲劇』 

 

 

 そう呼ばれたこの事件により地球とプラントは交戦状態に突入。

 

 数多の犠牲を出しつつも激しさが増す戦いは、開戦から11ヵ月の時が過ぎようとしていた。

 

 そして C.E.71 1月25日 

 

 中立コロニーヘリオポリスから世界は再び大きく変わっていく。

 

 

 

 

 

 そこはまさに平和そのものだった。

 

 コロニー『ヘリオポリス』

 

 中立国であるオ―ブ首長国に所属するコロニーである。

 

 緑が多く気持ちのよい陽射しが差し、皆が楽しそうに笑っているコロニーの一画。

 

 工業カレッジのキャンパスでアスト・サガミは本を読みつつ、人を待っていた。

 

 約束の時間を若干過ぎているが、どうせまた仕事でも押し付けられているのだろう。

 

 あまり気にすることなくページをめくる。

 

 しばらく本を読み進めた時、こちらに向けて走ってくる足音が聞こえてきた。

 

 「ごめん、遅れた!」

 

 走ってきたのは茶髪にどこか幼さを持った待ち合わせの相手。

 

 友人であるキラ・ヤマトだった。

 

 手には小型のパソコンを持っているところを見ると、アストの予想通りらしい。

 

 「そんなに待ってないよ。その様子じゃまたカトウ教授に仕事頼まれたんだろう?」

 

 「そうなんだよ。昨日の分も終わってないのにさ。今まで少しでも片付けようと思って処理してたら、約束の時間過ぎてたんだ」

 

 ゼミの担当教諭であるカトウ教授は、キラに自身の仕事を処理させようと任せるときがある。

 

 アストもたまにやらされるのだが、それは学生に処理させる量を遥かに超えていた。

 

 その為、任されるキラはいつも頭を抱えているのだ。

 

 「そんなに大変なら少し手伝うよ。それに今日の呼び出しもたぶん追加とかじゃない?」

 

 「やっぱりそう思う? 全く教授も僕達にばかり仕事頼まないでほしいよね。この前の分が終わったと思ったらこれだよ」

 

 キラは教授から任された仕事に不満を漏らしているが、限度はあれどアストとしてはあまり苦ではない。

 

 教授はキラや他の友人たちに出会うきっかけをくれた人物だ。

 

 だから無理のない範囲でならできるかぎり手伝うことにしていた。

 

 アストはある理由からあまり人とは関わらず、周囲とも距離を置いていた。

 

 それで良いと思っていたし、これからも変わらないと考えていた。

 

 だがアストの考えなど完璧に無視し声をかけてきたのがカトウ教授だったのだ。

 

 はっきり言えば最初はかなり面食らったと言って良い。

 

 何せ自己紹介も無いまま、いきなり研究室に連れて行かれ仕事を手伝わされたあげく「これからも頼むから」なんて言う始末。

 

 良い印象がなくてもしょうがないだろう。

 

 どうやらずいぶん前から成績も良く、優秀なアストに目をつけていたらしい。

 

 最初は一人だけでやらされていたのだが仕事量はどんどん増えていき、教授もさらに人手が欲しいと思っていたのだろう。

 

 後に連れてこられたのがキラだった(無理やりだったことは言うまでもない)

 

 連れてこられた当初はどう話そうかと思っていたものだ。

 

 しかしキラのやわらかい雰囲気のおかげか、教授の仕事の愚痴を言ったり、お互いの課題を手伝ったりしているうちにいつの間にか仲良くなった。

 

 そして彼を通じて交友関係も少しずつ広がっていった。

 

 それからは慌ただしくも、楽しく日々を過ごしている。

 

 だからアストは教授にも、そしてキラにも深く感謝しているのだ。

 

 二人は雑談しながら歩き出すと鳥を模した小さなロボットが舞い降り、キラの肩に止まると首を曲げ、「トリ、トリ」と声が聞こえてきた。

 

 「いつ見ても感心する。よく出来てるよトリィ」

 

 このトリィと呼ばれた愛玩ロボットはアスランというキラの幼馴染みが作ったものだと前に聞いたことがある。

 

 その完成度は非常に高く、動きも実に見事で作った人物の優秀さが窺える。

 

 大切な幼馴染が作ってくれたものだからか、キラはこのトリィをとても大事にしておりどこへ行くにも連れて行っているほどだ。

 

 「うん。昔から凄かったからね、アスランは。僕なんか全然敵わないくらいだよ」

 

 敵わないと言いながらもキラは全く嫌な顔はせず、むしろ嬉しそうに笑っている。

 

 それほど大事な友人なのだろう。

 

 「キラがそこまでいう人なら、いつか俺も会ってみたいよ」

 

 「アスランとアストはきっと気が合うよ」

 

 アストもまたキラの言葉を聞き、笑みを浮かべた。

 

 「本当に会う時が楽しみだよ」

 

 そのとき街頭の大きな画面のニュースが騒がしくなり何となく上を見上げると、どこかで行われている戦闘の映像が映っていた。

 

 《……華南より7キロの地点では、現在激しい戦闘が行われて……》

 

 画面に映っているのは地球連合軍とザフトとの戦闘映像だった。

 

 ザフトとはプラントにおける事実上の国軍として機能する武装組織である。

 

 元々ザフトの前身は「黄道同盟」と呼ばれ、諸権利獲得を目的に結成した政治結社であった。

 

 その為正規軍ではなく義勇軍に位置づけられ、階級制は存在しないという話を聞いた事がある。

 

 つまり現在モニターに映っているのは連合軍とザフトが戦いを繰り広げている映像であった。

 

 「……また戦争のニュースか。華南って本土に結構近いな」

 

 「うん、そうだね。でも大丈夫、オーブは中立だし」

 

 キラがニュースを見て楽観的な意見を言うが、アストはそこまで楽観視はできなかった。

 

 『戦争なんて自分たちには関係ないこと』

 

 それはこのヘリオポリスに住む住民たちほとんどの共通認識だろう。

 

 アスト自身、そうであって欲しいと思う。

 

 しかし昔の記憶がそれを否定する。

 

 ―――そう、理不尽な出来事というのは、自分たちの意志とは関係なく降りかかってくるものである。

 

 彼はそのことをよく知っていた。

 

 

 

 

 二人で教授のラボのあるモルゲンレーテ社に向かっていたがその途中で見覚えのある数人が揉めているのが見えた。

 

 それを見た瞬間、アストは顔を顰めた。

 

 「あれっていつものだよな。また揉めてるのか」

 

 「ほんとだ。よくもまあ顔合わせるたびに喧嘩できるよね」

 

 アストとキラは深々と溜息をつく。

 

 「エスカレートする前に止めたほうがいい。また大騒ぎになったら大変だし」

 

 アストとしても面倒事は正直遠慮したいのだが、片方は顔見知りのため無視する訳にもいかず、嫌々ながらも近づいていく。

 

 「どうして私まで怒られなきゃいけないのよ!」

 

 「それ、私のセリフなんだけど」

 

 言い争っていたのはフレイ・アルスターとエルザ・アラータの二人だった。

 

 カレッジでは悪い意味で有名な少女たちである。

 

 そして、困った顔で周りにいるのはいつもフレイと一緒にいる女子達と数少ない友人の一人アネット・ブルーフィールドだった。

 

 言い争っている原因は普段のことを考えれば予想はできるが、このまま見ていてもしかたないのでとりあえず声をかける。

 

 「やあアネット。これっていつもの?」

 

 「あら、あんた達。そうよ。全くしょうがないんだから」

 

 アネットも呆れた顔しているのは訳がある。

 

 この二人はとにかく仲が悪く、いつも言い争っているのだ。

 

 それもくだらない些細な事でだ。

 

 「ハァ~見ててもしょうがないな」

 

 「そうだね。道の真ん中じゃ迷惑だし」

 

 未だ言い争いをやめる気配もない二人に意を決して声をかけた。

 

 「いい加減にしなさいよ。フレイ、エルザ」

 

 アネットが声をかけると振り返ったフレイが物凄い形相で噛みついてくる。

 

 百年の恋でも覚めそうな表情である。

 

 「私は悪くないわよ!! そもそも授業中に騒ぎを起こしたのはそっちなのに巻き添えで私まで怒られて! しかも課題までだされるし」

 

 「それ全部私のセリフなんだけど。そもそも騒ぎ出したのはそっちで、巻き添えは私の方」

 

 エルザの淡々とした態度と言葉が癇に障ったのかフレイは「何言ってんのよ!」とさらにヒートアップしてしまった。

 

 エルザはいつものように感情を表に出さず落ち着いた様子だ。

 

 それが余計にフレイの神経を逆撫でしている事にエルザは全く気がついていないようだ。

 

 気がついても無視しているのかもしれないが。

 

 どちらにせよこうなったら手がつけられず、どうしようかと思っていると後ろから複数の足音と共に声が聞こえてきた。

 

 「揉めているところ悪いけれど、そこを通してもらえるかしら?」

 

 声をかけてきたのはどこか硬い雰囲気をもったサングラスをかけた女性。

 

 後ろにはつき従うように二人の男性が立っていた。

 

 その女性の佇まいはきっちりしており、やり手のキャリアウーマンを連想させる。

 

 「す、すいません。すぐ退きますから。ほらフレイ、エルザ」

 

 アネットが女性の雰囲気から気後れしたように揉めていた二人を押しのけて道をあけると、三人は綺麗に背筋を伸ばし歩いて行った。

 

 しばらくその後ろ姿を見つめていると毒気が抜けたのかフレイが大きなため息をついた。

 

 「ハァ、もういいわよ! 何言っても無駄みたいだし」

 

 周りにいた二人に声をかけ、そのまま背を向けたが彼女は最後に氷のように冷たい一言を言い放った。

 

 「まったく、これだから『コーディネイター』は嫌なのよね」

 

 その言葉に周りの空気は明らかに悪くなる。

 

 「ちょっと! フレイ!」

 

 「ふん!」

 

 「待ちなさい!」 

 

 アネットの咎めるような声を無視して、フレイは明らかに嫌悪感のある視線をこちらに向けながら歩いて行く。

 

 三人を追いかけようとしたアネットをエルザが押し留めた。

 

 「いいわよ、アネット。私は『ナチュラル』なんて興味ないから」

 

 冷めたように視線を外しながらつぶやくエルザはフレイに向かって小さく吐き捨てる。

 

 「エルザもそういう事を言わないで」

 

 アネットが悲しそうに眉を顰め、たしなめるがエルザは気にした様子もない。

 

 「勘違いしないで。アネット達のことを言ってる訳じゃないから。悪いけど妹と約束があるから行くわ。アスト、キラまたね」

 

 「あ、ああ。エリーゼによろしく」

 

 「またね、エルザ」

 

 そのままエルザも振り返る事無く、フレイとは反対方向に向かって行ってしまった。

 

 『コーディネイターとナチュラル』

 

 これがフレイとエルザの不仲の根本的な理由だった。

 

 血のバレンタイン以前からも普通に生まれてくるナチュラルと遺伝子操作されて生まれてくるコーディネイターの対立は深刻だった。

 

 しかし現在地球では差別や反コーディネイター組織ブルーコスモスのテロのなども横行している始末。

 

 それは中立のオーブも例外ではない。

 

 小さいながらも揉め事は起きていた。

 

 先のフレイとエルザのように。

 

 そんな状況の中、血のバレンタインによって地球とプラントによる戦争が起きたせいか、より一層対立は根深くなっていた。

 

 それはアストもキラも無関係ではない。

 

 何故なら二人共コーディネイターだからだ。

 

 そのためかキラは最初にフレイを見た時、可愛いと言って憧れていたようだが、彼女の起こす騒ぎや彼女のコーディネイター嫌いの様子を見てすぐ目が覚めたらしい。

 

 「本当にしょうがないわね、あの二人は。まあ『アイツ』が居なかっただけマシだけどね。『アイツ』が居たらこんな騒ぎじゃ済まなかっただろうし」

 

 アネットの言う『アイツ』とはカレッジではフレイと同じ『コーディネイター嫌い』で有名な人物のことなのだがアストやキラはできるだけ思い出したくない。

 

 はっきりいって関わり合いになりたくない。

 

 碌な目に遭わないからだ。

 

 「そういえばあんたたちはこれからどこ行くの?」

 

 気まずくなった雰囲気を変えようとアネットが努めて明るく声を上げた。

 

 それに乗っかる事にしたアストはやや大げさに呟いた。

 

 「俺たちは教授のラボだよ。たぶん仕事の追加だろうけどね」

 

 アストの答えにアネットは呆れ半分納得半分の顔していたが「私も行くわ。教授にも用があったし」とそう言うと二人の隣に並び、ラボに向って歩き出した。

 

 

 

 

 ヘリオポリスからさほど離れていない宙域の小惑星の陰に見つからないように身を潜めたものがあった。

 

 ザフトで運用されている宇宙艦、ナスカ級艦『ヴェサリウス』、そしてローラシア級艦『ガモフ』の二隻である。 

 

 そのヴェサリウスのブリッジで二隻の艦の指揮を預かる、仮面をつけた男ラウ・ル・クルーゼは自分の部下の反応に苦笑しながらもたしなめていた。

 

 「そんな顔をするな、アデス」

 

 アデスと言われた男は、ラウにたしなめられても眉間に皺をよせ難しい顔を崩さない。

 

 「しかし、評議会の決定を待ってからでも遅くはないのでは?」

 

 アデスはこのヴェサリウスを任されている艦長である。

 

 普段はラウの意見に従う忠実な軍人であるが、今は流石に反論せざる得なかった。

 

 彼が懸念しているのは普通の指揮官であれば実に尤もな事。

 

 これから行おうとしている作戦行動は、特務を任されているクルーゼ隊といえども独断で行うにはあまりに躊躇わずにはいられないものだったからである。

 

 「いえ遅いですよ、アデス艦長。『アレ』は放置するには危険なものです」

 

 答えたのはクルーゼではなくモビルスーツ隊の指揮を任されている、赤服の青年ユリウス・ヴァリスだった。

 

 ユリウスは、非常に優秀で戦術眼だけでなくモビルスーツの操縦もトップクラス。

 

 現在クルーゼ隊に所属しているパイロット全員が束になっても敵わぬ程の腕前を持っている。

 

 『ザフト最強のパイロット』というのがクルーゼ隊全員の共通認識である。

 

 そして自分の隊を持てる程の戦果をすでに挙げているにも関わらず昇進を断り続け、今なおラウの下にいるため『仮面の懐刀』の異名で呼ばれている。

 

 それゆえかクルーゼ隊であるにも関わらず彼も隊長と呼ばれているくらいだ。

 

 「ユリウスの言う通りだ。私の勘もそう告げている。ここで見過ごせばその代価、我らの命で支払うことになるとな」

 

 その言葉にアデスも背筋を伸ばした。

 

 ラウの勘は不気味なほどよく当たるからである。

 

 「地球軍の新型機動兵器、あそこから運び出される前に奪取するぞ」

 

 

 

 

 ヘリオポリスの管制室は混乱の極みに陥った。

 

 突然へリオポリスに接近してきたザフト艦が、強力な電波干渉をおこなってきたのである。

 

 それが意味するところは一つしかなかった。

 

 すなわち戦闘行為。

 

 ザフト艦の明らかな戦闘行為に、秘密裏にヘリオポリスに入港していた地球連合の艦も慌ただしく動き始める。

 

 「敵は!?」

 

 モニターに向けて叫んだ男はすでに自分のパイロットスーツに着替えて機体に搭乗し、出撃準備を整えていた。

 

 男の名はムウ・ラ・フラガ。

 

 連合で『エンディミオンの鷹』といえば知らぬ者のいないエースパイロットである。

 

 「二隻!ナスカおよびローラシア級、電波干渉直前にモビルスーツの発進も確認した!」

 

 彼らは貨物船に偽装した艦で港に入港している。

 

 何故そんな回りくどいことをしたかといえば、ここヘリオポリスの中立コロニーという立場を隠れ蓑に、連合の秘密兵器を極秘に開発してからだ。

 

 彼らはその兵器に搭乗する予定のパイロットたちを護衛して来た訳である。

 

 「港を制圧される前に、船を出してください!」

 

 「わかった!」

 

 後手に回れはその分不利になる。

 

 機体のチェックが終了し、船のハッチが開くとすでに開始されていた戦闘の光が目に入った。

 

 「ムウ・ラ・フラガ出るぞ!!」

 

 ムウはフットペダルを踏み込むと戦場となった宇宙に向かって飛び出した。

 

 

 

 

 ザフト艦侵攻の知らせが届いたのか、モルゲンレーテの工場付近が目に見えて慌ただしくなり、中から巨大なコンテナが運び出されてくる。

 

 ヘリオポリス内に入り、その様子を見ていた者たちはほくそ笑んだ。完全に予定通りだったからだ。

 

 「隊長の言ったとおりだな」

 

 「つつけば巣穴から出てくるって?」

 

 冷静な口調でイザーク・ジュールが確認するとディアッカ・エルスマンが皮肉を込めて冗談交じりに言う。

 

 色の違いはあれどここにいる全員がザフトのパイロットスーツを身にまとっている。

 

 すでに彼らはコロニー内部に入り込んで工場区に潜入し、施設を破壊するため爆弾を設置していた。

 

 そしてそのカウンタ表示がゼロに近づいていく。

 

 リストウォッチを見ていたアスラン・ザラは緊張しているのか硬くなっているニコル・アルマフィの肩をポンと叩いて静かにつぶやいた。

 

 「時間だ」

 

 全員が銃を持ち、爆発の震動が起きると同時に工場から運び出されてきたコンテナに向かって飛び上った。

 

 

 

 

 事が起きる少し前。扉を潜ったアスト達を待っていたのは友人達の声だった。

 

 「あ、2人ともやっと来たか」

 

 「遅いぞー」

 

 アストたちが教授のラボに入って行くと同じゼミの仲間サイ・アーガイルと入口近くにいたトール・ケーニッヒが声をかけてきた。

 「アネットも一緒だったんだね。今日はエルザと一緒じゃなかったの?」

 

 「それが途中で、フレイたちと会っちゃってさ~」

 

 そのままアネットは、声をかけてきたミリアリア・ハウとそのまま雑談を始めてしまった。

 

 この二人は親友同士というだけあって非常に仲がよく、時には彼氏であるトールの存在も忘れて話し続けていることがある。

 

 さすがにデート中に出会った時に三時間以上忘れられていたという話を聞いた時はかなり同情してしまった。

 

 「これ教授から預かってるよ。追加だってさ」

 

 「ハァ」

 

 サイが一枚のメディアを差し出してきたのをキラがため息をつきながら渋々受け取る。

 

 ため息をつく気持ちもわからなくはない。

 

 アストも苦ではないがそれでも限度はあるからだ。

 

 現実逃避気味に部屋の中を見渡すと見た事のない人物がいるのに気がついた。

 

 何と言うかあからさまに近づくなというオーラが出ており、あそこだけ空気が重い。

 

 帽子をかぶった少年はドアにもたれかかりながらこちらを不機嫌そうに見ている。

 

 背格好から自分達と同年代くらいだろう。

 

 「あれ、誰?」

 

 ボソッと呟いたアストに近くにいたカズイ・バスカークが声を潜めて教えてくれた。

 

 「教授のお客さんだよ。ここで待ってて欲しいって言われたんだってさ」

 

 「へぇ」

 

 教授のお客にしてはずいぶん若い印象を受ける。

 

 帽子を深くかぶっているので顔は見えないが自分達と同年代の少年が教授の客というのはやや異質に感じた。

 

 気にはなったが詮索しても仕方がないと、いつも通り仕事をこなす為にキラに声を掛けて椅子に座った。

 

 ここまではいつもと変わらない日常だった。

 

 ずっと続いていくものだと、変わる事が無いと誰もが根拠も無く信じていた。

 

 しかしそれも突然崩れ出す。

 

 いきなり、轟音と共に立っていられないほどの凄まじい揺れが彼らを襲ったのだ。

 

 「きぁぁぁぁ!!」

 

 「なんだよこれ!」

 

 「隕石か!?」

 

 突然の事態に皆が悲鳴を上げながらパニック状態になった。

 

 「この揺れ、不味いかもしれない」 

 

 この揺れで建物が崩れる可能性もある為、建物の中にいるのは危険だと判断したアストは大声を張り上げる。

 

 「とりあえず建物を出よう。ここは危険だ!」 

 

 皆を落ち着かせる為にアストがそう言うと全員で部屋を飛び出し、出口に向かって移動を開始する。

 

 その途中で職員の人と合流したため、状況を聞くと信じられない答えが返ってきた。『ザフトに攻撃されている』と。

 

 職員に促され後に続こうとするがその時、後ろで声が上がった。

 

 「君! どこ行くの!?」

 

 後ろを振り返ると帽子をかぶった少年が、逆方向へ走りだしキラがそれを追っているのが見えた。

 

 「キラ!? 戻れ!」

 

 アストが呼び戻そうとするが、キラはそのまま走りながら奥へ向かって行く。

 

 「先に行って! 後から行くから!」

 

 「待て―――ッ!?」

 

 アストも追おうとするが、また凄まじい震動が起き天井が崩れ道が塞がってしまった。

 

 「くっ、キラ!!」

 

 崩れた天井に空いた穴を見上げると、空が見えそこを人型の巨大な物が轟音を鳴らし通り過ぎていく姿が見えた。

 

 全員が息を飲む。

 

 それは間違いなく、ザフト軍の機動兵器『モビルスーツ』だった。

 

 あんなものから攻撃されればこんな建物などあっさり破壊されてしまうだろう。

 

 「まずいって! 早く出よう!」

 

 トールが、声を上げミリアリアの手を引き走り出す。

 

 キラのことは気になるが道がふさがってしまった今はどうしようもない。

 

 余計な事は考えず脇目も振らず走り続けていたが、再び大きな振動が起きる。

 

 「また天井が! アスト、危ない!!」

 

 アネットの声に反応し、崩れてきた天井から逃れるためにアストは思いっきり後ろに飛ぶと次の瞬間、上から崩れた天井の瓦礫が落ちてきた。

 

 「くっ」

 

 後ろに飛んだ事で下敷きになることは避けられたが、土煙りが晴れると出口の方が完全に塞がれていた。

 

 隙間もなく通路は完全に埋まっており、一緒にいた皆とは完全に分断されてしまった。

 

 「アスト、無事か!」

 

 瓦礫のむこうからサイの声が聞こえてくる。

 

 「大丈夫だ。そっちは?」

 

 「みんな無事だ」

 

 「そうか、良かった」

 

 安堵した事で一瞬気が抜けるが、依然として危険な状態に変わりない。

 

 またいつ天井が崩れてくるかわからないのだ。

 

 周りを見渡すと建物の見取り図が貼ってあり、食い破るように顔を貼り付け読み取ると工場区の入口に続くルートが記載されていた。

 

 「俺は工場区の方から出るから、みんなは先に外に出てくれ」

 

 「……わかった。気をつけろよ」

 

 「ああ、外で合流しよう」

 

 トールの固い声にわざと明るく返事を返すと塞がれた道を少し戻る。

 

 踵を返し、工場区の入口に通じた通路を震動でよろけそうになりながらもわき目も振らず走っていると出口が見えた。

 

 「ここまで来れば!」

 

 そこまで一気に駆け抜ける。

 

 「なっ……これは」

 

 駆け抜けた先、工場区で行われていたのは激しい戦闘だった。

 

 緑色のパイロットスーツに身を包んだ者たちとモルゲンレーテの作業服を着た者達が互いに銃を撃ちあっている。

 

 モルゲンレーテの方は知らないが、パイロットスーツを着ているのはおそらくこの騒ぎの元凶であるザフトに間違いないだろう。

 

 作業服達が守るように銃を構えている場所の後ろに側に見えているのは巨大な足のような物だ。

 

 アストの居る位置からは全体像は見えないが、なんであるかは容易に想像はつく。

 

 「あれって、まさかモビルスーツか?」

 

 呆然とそれを見て呟いていると、こちらに気がついた赤いパイロットスーツが銃を向け発砲してくる。

 

 「くそ!」

 

 銃撃から逃れる為に咄嗟に正面にある瓦礫に飛び込むことで難を逃れた。

 

 「ハァ、ハァ、危な―――うっ」

 

 飛び込んだ先にあった物体を見てアストはおもわず口を抑える。

 

 そこには頭を撃ち抜かれ、殺されたらしい作業服の男の死体があった。

 

 「ぐっ」

 

 懸命に吐き気を抑え、何とか視線を逸らした。

 

 死体を初めて見る訳ではないが、気分は良くはない。

 

 なんとか今は我慢し、周囲を見ると近くに拳銃が落ちている事に気がつくと、自然に手に取る。

 

 「……壊れてはいないみたいだな」

 

 死んでいる男が使っていたものかどうかはわからないが、使えるようだ。

 

 銃の状態を確かめながら瓦礫の陰から様子を窺う。

 

 「……あのパイロットスーツ、同い年くらいか?」 

 

 プラントでは十五才で成人扱いという話を聞いた事がある。

 

 ならばあの年齢でザフトにいても不思議ではない。

 

 パイロットスーツの色は赤。

 

 詳しくは知らないがザフトの一般的な兵士は緑色の服であり、その中で成績優秀な者には赤色の服が与えられるという。

 

 相手は軍事訓練を積んだ連中。

 

 それに引き替えこちらは昔に自衛程度の軍事訓練を受けた事はある。

 

 しかし銃の扱いなどは慣れていない。

 

 手に取った銃で戦っても勝ち目など万に一つもないだろう。

 

 「どうする、アスト」

 

 アストは身を乗り出さないよう注意しながら反対方向にある出口の方を見ると瓦礫が高く積み重なっているが、出口を塞いでいる様子が見て取れた。

 

 それにザフトの兵士もいない。

 

 どうやらあのモビルスーツらしいものが目的らしくそちらに向かっているらしい。

 

 ならば―――

 

 「よし」

 

 もう一度敵の姿を確認するため陰から様子を窺うとそこにザフト兵の姿はなくなっていた。

 

 「どこに――――な!?」

 

 気がついた時にはザフト兵は瓦礫の上を飛び越えていた。

 

 一瞬反応が遅れたアストに対して銃で殴りつけてくる。

 

 「くっ」

 

 何とか後ろに飛んでかわすが、体勢が崩されてしまう。

 

 そこにザフト兵は容赦なく蹴りを入れてきた。

 

 勢いよく迫る蹴りに回避は間に合わない。

 

 腕を上げてガードするものの勢いを殺す事はできず床に蹴り倒されてしまった。

 

 ザフト兵は倒れたアストに躊躇いなく銃を構えてくる。

 

 やられる―――

 

 ザフト兵が銃を発砲しようとしたその時、再び大きな振動が起き、積み上がっていた瓦礫がさらに崩れザフト兵の意識が一瞬逸れた。

 

 「今だ!!」

 

 アストはその隙を見逃さず、咄嗟に手に持っていた銃を投げつける。

 

 だが相手はそれにすらも反応し銃を盾にして防いで見せる。

 

 アストはその隙に起き上がり傍にある瓦礫に飛びついた。

 

 崩れてかなり低くなっている部分を掴み、腕の力で体を持ち上げると足の方から反対側に乗り越えた。

 

 そして着地と同時に出口に向かって全力で走る。

 

 今度捕まれば間違いなく殺される。

 

 一瞬だが見えた顔は同じ年頃の少年のもの。

 

 しかし表情は冷たく、紛れもなく人殺しの眼だった。

 

 その視線から逃れるようにアストは出口まで走り抜けそのまま飛び込んだ。

 

 

 

 

 「逃げられたか」

 

 その赤いパイロットスーツのザフト兵、アスランは思わず呟いた。

 

 最初は民間人かと思ったが、このあたりにはもういない筈でありつまりは敵である。

 

 しかしこちらの攻撃を受け、なお逃げられたのには驚いた。

 

 偶然が重なった事も大きいが、こちらの油断もあったのだろう。

 

 しかもあの運動能力は普通の、ナチュラルのものではない。

 

 途中でそれに思い至ったため、アスランは追撃する為の反応が遅れてしまったのだ。

 

 「あの動き……」

 

 いや、それより今は任務を優先すべき。

 

 「アスラン、どうした?」

 

 周辺の敵を倒した味方が声をかけてくる。

 

 「何でもない。作戦を続行する」

 

 アスランは知らなかった。この奥に進んだ先で自らの親友と再会する事を。

 

 そして今すれ違った少年が、自分の因縁の相手になることを。

 

 まだ何も知らなかった。

 

 

 

 

 ザフトの兵士から何とか逃れ、アストが外に飛び出すとそこには、一つ目の巨人がライフルを撃ち施設を破壊している姿が飛び込んでくる。

 

 あれこそ世界で最も有名と言っていい、ザフトのモビルスーツ『ジン』であった。

 

 工場区の周りにはジンから逃げ惑う人々で溢れている。

 

 「皆は……」

 

 トール達を探すために先ほど脱出しようとした出口の方へ進むと先ほどまで一緒にいた見慣れた後姿が見えた。

 

 「皆! 無事か!」

 

 「アスト!」

 

 「良かった! 怪我はない?」

 

 「ああ、大丈夫だ。キラは?」

 

 「こっちには来てない」

 

 「そうか」

 

 もしかすると工場の方にあるシェルターに避難しているのかもしれない。

 

 いや、今はそう信じるしかない。

 

 「キラの事は気になるけど、ここも危険だ。俺たちもシェルターに行こう」

 

 「そうだな。行こう」

 

 全員で走り出すと後ろからはジンがライフルを撃ち、破壊する音が聞こえてくる。

 

 銃声と響き渡る破壊音にアネットが顔を青くしながら足を止めて後ろを振り返った。

 

 「どうして? なんでザフトが攻撃を?」

 

 アネットが震える声で呟いた。

 

 声だけではなく、体も震えている。

 

 いきなりこんな戦闘の中に放り込まれたら、誰でも恐怖するのは当たり前だ。

 

 ましてやアネットは普通の女の子なのだから。

 

 だがこんな所で突っ立ていたら、命がいくつあっても足りない。

 

 「アネット! 今は何も考えちゃ駄目だ、走って!」

 

 返事も聞かずアストはアネットの手を掴んで走り出すと、全く同じタイミングで背中を押され倒れこむほどの激しい爆発が起きた。

 

 「ぐっ」

 

 「うわああ」 

 

 爆発した方角を見るとそこから新たな2つの巨人が飛び出してくる。

 

 「何だあれは?」

 

 この時、アストは想像することもできなかった。

 

 今、飛び出してきた一機と共に闘うことになることを。

 

 そしてもう一機とは激しい命のやり取りをする事になると。

 

 彼もまだ知らない。

 

 

 




とりあえずよろしくお願いします

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