機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第35話  選んだ道

 

 

 

 

 プラントを離脱したヘイムダルは予定ポイントであるL4に向かっていた。

 

 なんとか追手も振り切り、クルーも安堵が広がりブリッジの空気も緩んでいる。

 

 これからもう一隻の戦艦と合流し、ヴァルハラに帰還する事になっている。

 

 しかし合流してもすぐに離脱とはいかない。

 

 先ほどの戦闘でわずかながらでも損傷を受けた為、応急修理だけでもしなければならない。

 

 だがあれだけの攻撃に晒されながらこの程度で済んだのは僥倖と言える。

 

 艦長を任されていたヨハンからすればクルーの奮戦に感謝の言葉しかない。

 

 ブリッジを訪れていたアストとレティシアはヨハンより今後の説明を受けていた。

 

 「それで、もう一隻の艦というのは『オーディン』ですか?」

 

 「はい、先に『メンデル』で待機している筈です」

 

 コロニー『メンデル』は数年前、バイオハザードを引き起こし閉鎖されたコロニーである。

 

 だがそれはあくまでメディアが発表した事であり、裏では別の事が囁かれていた。

 

 メンデルは遺伝子の研究をしていた事でも有名であり、ブルーコスモスに狙われテロが起こったのではないかと。

 

 この真偽はどうあれ、メンデルの一連の事件は大規模テロ事件の一つとして世間では数えられている。

 

 「メンデルか……」

 

 レティシアとヨハンの会話を聞きながらアストは憂鬱な気分になった。

 

 またこの名前を聞く事になるとは―――正直メンデルの名前は聞きたくない。

 

 嫌な事しか思い出さないからだ。

 

 そんなアストの様子に気がついたのかレティシアが傍に寄ってくる。

 

 「アスト君、大丈夫ですか? 顔色が良くありませんが……」

 

 「え、ああ、大丈夫ですよ」

 

 気遣うレティシアに笑顔で返す。

 

 余計な事で心配させる訳にはいかないとアストとしては笑顔で返したつもりだったのだが、ぎこちなく見えたのかレティシアはますます心配そうにこちらを見つめている。

 

 変に詮索される前に話題を変えた方がいい。

 

 「えっと、目的地までどのくらいですか?」

 

 「ああ、後一時間くらいだね」

 

 「分かりました。俺はマユと訓練しながら、イノセントの整備を手伝ってきます」

 

 あの後、マユはターニングのパイロットに志願し、承認された。

 

 アストは最後まで反対したのだが、彼女の決意は非常に固く結局認めざる得なかったのだ。

 

 アストが逃げるようにブリッジを離れると残された二人は訝しげな表情を浮かべる。

 

 「彼、様子が変でしたね」

 

 「そうですね……」

 

 レティシアは不安そうにブリッジの入口を見つめる。

 

 彼のあんな顔は初めて見た。

 

 まるで悪夢を見た後のような、酷い顔だった。

 

 「すいません、ここはお願いします」

 

 「ええ」

 

 やはり心配で、放ってはおけないとレティシアはアストを追い、ブリッジを離れた。

 

 

 

 

 格納庫に向かうアストに脳裏にかつて言われた言葉が蘇る。

 

 ≪やっぱり、お前なんて―――≫

 

 メンデルの名前を聞いたせいか、嫌でも思い出してしまう。

 

 「……とっくに吹っ切ったはずだ」

 

 首を振って余計な考えを追い出し、エレベーターのボタンを押そうをした時―――

 

 「待ってください、アスト君」

 

 「レティシアさん?」

 

 レティシアが後ろから無重力の通路を進んで来る。

 

 どうやら追いかけて来たらしい。

 

 アストの目の前に来ると、心配そうに顔を覗き込んできた。

 

 「……あの、どうかしたのですか?」

 

 「えっ?」

 

 「……先ほども言いましたが顔色が良くありません。何か悩み事ですか?」

 

 気を使わせてしまった事に罪悪感を覚え、彼女に感謝しながらも否定する。

 

 「いえ、大丈夫ですよ」

 

 アストとしては心配させないようにしたつもりだったのだが、レティシアはさらに顔を曇らせた。

 

 「えっと、どうかしました?」

 

 「……私では頼りになりませんか」

 

 レティシアはアストの力になりたかった。

 

 しかし自分では彼の力にはなれないのだろうかと悲しそうに俯く。

 

 「いや―――えッ!?」

 

 良く見ると瞳に涙を溜め、今にも零れそうになっている。

 

 「ちが、違いますよ!」

 

 レティシアの予想外の反応に思わず狼狽してしまう。

 

 「……では」

 

 「えっと、単に昔を思い出しただけですよ」

 

 「スカンジナビアの事ですか?」

 

 「まあ、そうですね」

 

 だがそれだけであんな顔はしないだろう。

 

 キラ、ラクスと話した時は様子に変化はなかった筈―――そこまで考えてすぐに察した。

 

 「……聞いた話以外にもなにかあるのですね?」

 

 鋭い。

 

 前も思ったが彼女の勘はムウ並みに鋭い。

 

 どうやら隠し事はできないらしい。

 

 「……ええ、まあ。すいません、気持ちの整理がついたら話しますから」

 

 「……こちらこそ、ごめんなさい。詮索してしまって」

 

 「いえ、ありがとうございます。いつか必ず話しますから」

 

 「はい、いつでも言ってくださいね」

 

 アストの言葉にようやくレティシアが笑顔を浮かべる。

 

 やっぱり彼女は笑っていた方が良いとこちらも笑みを返した。

 

 

 

 

 

 戦闘を終え、各機の調整が行われている格納庫のシミュレーターではマユがイザークを訓練を行っていた。

 

 「はああ!!」

 

 スウェアのビームサーベルをシールドで弾き返すとターニングはビームライフルを構える。

 

 しかしロックしようとした時には、敵機はすでに射線上から移動しており、当てる事ができない。

 

 「駄目だ! 相手の行動を確認してから対応していてはすぐにやられてしまうぞ!」

 

 「は、はい!」

 

 理屈は分かっているが、上手くできない。

 

 こちらの隙を見て撃ち込まれたタスラムの砲弾をかわしながら、ビームライフルを放つがスウェアを捉える事ができない。

 

 「どこに……えっ!?」

 

 いつの間にか接近され至近距離からのガトリング砲の連弾の堪らず飛び退こうとするが、一歩遅かった。

 

 その前に懐に飛び込んできたスウェアに蹴りを入れられ、体勢を崩されてしまう。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 シートが蹴りを入れられた反動で激しく揺れる。

 

 その振動を歯を食いしばって耐え、横薙ぎに振るわれたビームサーベルに気がついたマユはスラスターを吹かし、機体を後方に下がらせた。

 

 しかしそれでも完全に回避する事は出来ず、左足を斬り落とされてしまう。

 

 「きゃあああ!!  ま、まだ足を斬られただけ!!」

 

 体勢を立て直しビームサーベルを構えてスウェアに突っ込んでいくが、片足を落とされたターニングはバランスを崩し、袈裟懸けの斬撃はあっさりかわされてしまう。

 

 「機体のバランスを考えろ! 損傷すればそれだけで通常通りには動かなくなる!」  

 「まだ!」

 

 マユはスウェアにアグニ改を構える。

 

 しかしイザークはターニング接近にしアグニ改をシールドで逸らすと、気がついた時にはコックピットをビームサーベルで貫かれていた。

 

 その瞬間、ビーという音の後、モニターに終了の文字が映った。

 

 「えっ」

 

 「終わりだ」

 

 呆然としたマユにイザークは構わず声をかける。

 

 「敵の体勢も崩さず、いきなりあんなものを構えても当たる筈はないだろう」

 

 「……すいません」

 

 マユは悔しさで唇を噛む。

 

 こんなんじゃ駄目だ。

 

 これではみんなを―――アストを守る事などできない。

 

 気分を切り替える為、息を吐くとイザークに頼み込んだ。

 

 「もう一度お願いします!」

 

 「……少し休憩しろ。さっきからずっとだろう」

 

 「でも!」

 

 「水分を取って、少し休め」

 

 「……はい」

 

 イザークはシミュレーターを離れ、近くに座り込むと未だシートに座っているマユを見つめる。

 

 正直なところイザークは彼女の才能に驚いていた。

 

 もちろんまだまだ素人臭さは抜けていないが、それでも短期間にここまで腕を上げるとは末恐ろしい。

 

 このまま鍛えていけば、マユはアストやキラの技量にも届くパイロットになるだろう。

 

 それが彼女にとって良い事なのか、イザークには判断できない。

 

 せめて今してやれる事は彼女が生き延びられるように鍛えてやる事くらいである。

 

 「イザークさん、そろそろお願します!」

 

 「分かった」

 

 休憩を終え、立ち上がると続きを行う為、シミュレーターの方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 ヘイムダルを追撃するも後一歩のところで逃がしてしまったエターナルは損傷した部分の修復を行っていた。

 

 とはいっても損傷自体は軽微で、わざわざドックに戻るまでもなく修理可能なのは不幸中の幸いであった。

 

 その後はクルーゼ隊と合流し、再度追撃に向かうことになっている。

 

 そんな中アスランは艦長室に呼ばれ、バルトフェルドにコーヒーを振舞われていた。

 

 ブリッジにいたダコスタは気の毒そうにこちらを見て、一緒に来たアイシャは面白そうに笑っている。

 

 「さ、できたぞ」

 

 振舞われたコーヒーを口にする。

 

 「うん、おいしいですね」

 

 アスランが満足そうに頷くとバルトフェルドも嬉しそうに喜んだ。

 

 「いや~嬉しい。味を分かってくれる人間が少なくてねぇ。勧めてもみんな嫌がるし」

 

 「毎日コーヒーばかり飲まされれば、彼らだって嫌がるでしょう」

 

 「僕は気にならないけどね」

 

 「貴方はね」

 

 長年連れ添った夫婦のようなやり取りにアスランは戸惑気味にコーヒーを飲む。

 

 この雰囲気はきつい。

 

 かなり居づらいのだが、本人達はまるで気がついていないらしい。

 

 思わずため息をついてしまう。

 

 今、自分はそんな気分ではない。

 

 結局彼女をこちらに連れ戻せなかった事、それが彼を余計に気落ちさせていた。

 

 「あの、バルトフェルド艦長。私に何か話があったのでは?」

 

 「ああ、君と話がしたかったんだよ。仲間としてね」

 

 仲間。確かにアスランはエドガーの提示した意志に賛同した。

 

 人によってはまぎれもなく自分たちは裏切り者という事になるのかもしれない。

 

 今のプラントのやり方を否定するという事なのだから。

 

 あの時、車で提示された事を思い出す。

 

 

 

 「アスラン、君はこの先プラントに未来があると思うか?」

 

 「え、それは……」

 

 「私はこのままでいけばプラントに未来は無い、そう思っている。少なくともパトリック・ザラのやり方では破滅するだろう」

 

 それについては反論のしようが全くなかった。

 

 あの様子を見た後では余計にそう思ってしまう。

 

 「……つまりあなたがやろうとしているのは、クーデターって事ですか?」

 

 「……まさか。武力に訴えて、無理やり政権を奪うつもりはない。しかしプラントの事は君も分かっているだろう」

 

 「ええ……」

 

 アスラン自身が身に染みて分かっていることだ。

 

 「しかも今ではNジャマ―キャンセラーまで開発してしまった。情報漏洩も時間の問題だろう」

 

 「えっ、何故です?」

 

 「オペレーション・スピットブレイクの攻撃目標変更は一部の人間しか知らなかった。にも関わらず情報は地球軍に早期から漏れていた。これはパトリック・ザラ周辺の人物が裏切り、情報を流しているという事だ」

 

 「ではそれを知らせれば!」

 

 「あの議長殿がこちらの言い分を信じるとでも?」

 

 そう言われたらアスランも黙る他なかった。

 

 おそらくパトリックは今でもエドガー、もしくはクライン派の人間が漏らしたと考えているに違いない。

 

 「私達も誰が裏切り者か探らせているが、司法局も動いていてね。なかなか情報が掴めない」

 

 「そうですか……」

 

 その裏切り者さえ見つかれば、状況も変わるかも知れないのに―――

 

 「再びプラントが核で焼き払われる可能性も否定できない」

 

 「くっ!」

 

 それだけは何としても防がなくてはならない。

 

 母のような悲劇だけは二度と起こさせてはならない。

 

 「だから私はプラントの住人を密かに用意したコロニーに移住させている」

 

 「えっ」

 

 つまりパトリックの言っていたプラントから退去していた人達はそのコロニーに行っていたという事なのか?

 

 「しかしそんなコロニーをどこから?」

 

 「最初に用意したコロニーは老朽化したり、破損したものを修復したものだ。そこから新たなコロニーも建造した。もちろん見つからないようにミラージュ・コロイドを使ってな」

 

 なるほど。

 

 疑問はまだあるが、すべて聞いてからにしようと思考を切り替える。

 

 「そしてこの期に私はもう1つの根本的な問題を解決したいと思っている」

 

 「もう1つ?」

 

 「出生率の低下だ」

 

 今プラントでは出生率の低下が大きな問題になっていた。

 

 コーディネイターは世代が進むにつれ遺伝子配列が個別に複雑化した事で受精が成立せず、遺伝子の型が組みあわない者同士は出産が不可能という事実が発覚したのである。

 

 その対策として婚姻統制を敷いているものの、未だ問題の解決には至っていない。

 

 「パトリック・ザラはコーディネイターの知識や技術の力で何とかすると言っているが、それで解決はしないだろう。……この問題の解決は私はナチュラルの力が必要になってくると思っている」

 

 それは奇しくもシーゲル・クラインの考えと同じだった。

 

 出生率の問題に危機感を抱いていたのだろう。

 

 彼は南米の一部にコーディネイターを密かに移住させ、ナチュラルと交配させていたらしい。

 

 「しかし、プラントのコーディネイターもナチュラルもハーフを嫌悪していますし」

 

 「そう、だから意識改革が必要だ。ナチュラルだから、コーディネイターだから、そんな考え方を変えなくてはいけない。それを守るために武力もいる。そのためコロニー中には兵器工廠も作った」

 

 「それだけの資金や資材をどこから?」

 

 「今回の件は私の独断ではないのだよ。プラントの協力者はもちろん、コペルニクスの企業からも支援を受けている」

 

 流石にこれほどの規模とは思っていなかった。

 

 「そして人材も集めている。君たちが地球に行った際、ユリウスに頼んでいた」

 

 シーゲル死後、南米にいたハーフコーディネイター達や地球軍に破棄されかけた戦闘用コーディネイターなどを保護させていたのだ。

 

 「……それでどうするのです、プラントを?」

 

 「どうもしないさ。戦争中はザフトとしてプラントを守る。しかしその後はプラントを出ていくことになるだろう。私にはプラントの考え方は合わないらしくてな」

 

 プラントでエドガーの考えが受け入れられる事はないだろう。

 

 だからこそ同じ様な事を考えていたシーゲルも秘密裏に事を進めていたのだ。

 

 その事は彼自身も分かっている。

 

 それでもやるという、覚悟が垣間見えた。

 

 「ブランデル隊長のやろうとしている事は分かりました。しかしそれが戦いの引き金にはならないでしょうか?」

 

 「戦いは起きるよ。間違いなくね」

 

 「では……」

 

 「だがそれは何もしなくても同じ事だよ。結果が変わらないなら私は自分の意思で動く。ただこれは私の考えであって扇動する気はない」

 

 「ブランデル隊長」

 

 「アスラン、私は先ほど言った意識改革がこれから一番必要な事だと考えている。仮にこの戦争が終わったとしても再び争いは起きる。少なくともナチュラル、コーディネイターの対立は変わらん」

 

 「そうかもしれません」

 

 あの伝道所にいた子供達は決してザフトを許さないだろう。

 

 彼らだけではない。

 

 この戦争によって生まれた、憎しみが新たな戦いを呼ぶ事になる。

 

 「それを少しずつでも変えていく切っ掛けを作りたい。私達がやろうとしている事の結果が出るには長い時間が必要になるだろう。私達がその結果を見る事はないかもしれない。……裏切り者の汚名を被る事になるかもしれない。それでも未来の為に君の力を貸してほしい」

 

 頼むとエドガーは頭を下げた。

 

 もちろんアスランの返事は決まっている。

 

 今まではプラントの為に、母の仇を討つために戦っていた。

 

 しかし今度は未来の為に―――

 

 「分かりました。協力させてください」

 

 「ありがとう、アスラン。では君にもこれを見せておく」

 

 端末を再び操作した先に示されたデータは驚くべきものだった。

 

 「これは……」

 

 「まだ完成度は約60%といったところだ。いざという時にはこれを使う」

 

 こんなものまで―――

 

 「ユリウスには話しておく。これからは彼と動いてもらう事も多くなるだろう」

 

 「分かりました」

 

 

 

 

 そしてレティシア達を見つけ、こうして追撃している。

 

 「ブランデル隊長の考えをあなたはどう思っているんですか?」

 

 バルトフェルドはコーヒーの入ったカップを眺めながら呟く。

 

 「賛同したからここにいるんだけどね。まあ人によっては綺麗事だとか、うまくいく筈がないとか言うかもしれないけど、だがこのままでもどうにもならないのは同じだろうからな」

 

 「確かにそうですね」

 

 「……あの少年にも言ったが、僕は先が見たいんだよ」

 

 あの少年?

 

 誰の事かは分からないが、昔に会った人物なのだろう。

 

 バルトフェルドはどこか懐かしいものを思い出すように天井を見上げていた。

 

 「先ですか?」

 

 「そう、この先が見てみたい。でもこのままじゃそれも見れない。だから僕は協力する事にしたんだよ。君は?」

 

 「俺は―――」

 

 色々な事が浮かぶ。

 

 母の事、キラの事、ラクスそしてレティシアの事、出会った子供たち、そしてセレネ。

 

 「……俺も同じです。少しでもこの先を良くするためにです」

 

 「そうか」

 

 話が一段落した所で今まで黙っていたアイシャが笑顔を浮かべてアスランを覗き込んでくる。

 

 「なんですか?」

 

 「……君って、レティシアちゃんの事、好きなの?」

 

 「なっ!?」

 

 アスランは驚愕して固まってしまった。

 

 「いきなり何を!?」

 

 「ほぉ~、そうなのか?」

 

 「い、いえ、その、なんで?」

 

 「聞こえてきた通信からそうなのかなって」

 

 迂闊だった。

 

 あの時は彼女を連れ戻す事しか考えていなかったから周りの事を意識していなかった。

 

 「で、どうなの? もしそうなら応援するわよ!」

 

 「え~と」

 

 質問の内容に困っていると、ブリッジから連絡が入った。

 

 不満そうにアイシャが通信を受けるとバルトフェルドに向き直る。

 

 「アンディ、ダコスタ君から。修理終わったみたいよ」

 

 「そうか、ではクルーゼに余計な事を言われる前に行くとしますか」

 

 「はい」

 

 質問がうやむやになった事に安堵しながら、艦長室を出る。

 

 するとバルトフェルドが再びアスランに問いかけた。

 

 「まあ、先ほどの質問は今度聞くとして」

 

 今度聞くつもりなのか―――アスランは憂鬱になりながら、バルトフェルドの言葉に耳を傾ける。

 

 「彼女をこっちに連れてくる事を諦めるつもりはないんだろう?」

 

 「ええ、 当然です!」

 

 アスランは諦めてなどいない。

 

 キラの時とは違う。

 

 必ず連れ戻すのだ。

 

 ブリッジに3人が入ったすぐ後に、エターナルはクルーゼ隊と合流するために発進した。

 

 

 

 

 

 

 L4に辿り着いたヘイムダルはメンデルに入港するとそこに白亜の艦『オーディン』が停泊していた。

 

 しかし驚いたのはアークエンジェルと見た事のない戦艦も一緒に止まっていた事だ。

 

 ブリッジにアスト達も集まってその戦艦を見つめる。

 

 「なんでアークエンジェルまで? それにあの艦は?」

 

 「あれはオーブの戦艦『クサナギ』ですよ。

 

 アークエンジェルを含めて護衛艦として派遣してくれたのでしょう」

 

 アストの疑問にヨハンが答えた。

 

 「なるほど」

 

 オーブの戦艦までここにいるという事はすべて見越していたという事か。

 

 あのアイラ王女は思った以上のやり手らしい。

 

 「さ、行きましょうか」

 

 艦を降り、全員で港に併設されている施設に向うと無重力の通路の先にある部屋でキラ達が待っていた。

 

 「アスト、大丈夫だった!?」

 

 アストの姿を確認したキラが寄ってくる。

 

 「ああ、マユのおかげで助かったよ」

 

 キラと無事を喜び合うと近くにいたトールも声をかけてくる。

 

 「アスト、大変だったな」

 

 「演習はどうだったんだ、トール?」

 

 「それが酷い目にあったよ。少佐にたっぷり絞られた」

 

 トールの事だ。

 

 おそらく無茶な行動でもしたのだろう。

 

 そんな雑談をしていると端にカガリが立っている事に気が付いた。

 

 傍にはキサカもいるのだが、どこか上の空で手元の写真を眺めている。

 

 「キラ、カガリはどうしたんだ?」

 

 「さあ、最近いつもああなんだよね。話かけても何でもないってはぐらかされたし」

 

 何かあったのだろうかと見つめているとこちらの視線に気がついたのか、すぐに写真を隠しキサカと別の場所に行ってしまった。

 

 「変だな」

 

 「うん、やっぱり変だよね」

 

 キラと顔を見合わせると、2人で首を傾げた。

 

 そして艦から降りたマユ、レティシアもラクスとの再会を喜んでいた。

 

 「心配しました。でも、無事で良かったです」

 

 「ラクスさん、心配掛けてすいませんでした」

 

 ラクスが顔を曇らせマユを抱きしめる。

 

 「えっ、あの」

 

 「あまり無茶な事をしては駄目ですよ」

 

 「はい、ごめんなさい」

 

 彼女もすでにマユがターニングに搭乗した事を聞き、心配していたのだろう。

 

 ラクスは抱擁を解くと、改めて問いかける。

 

 「……マユ、ターニングのパイロットになった事は聞きました。本当に良かったのですか?」

 

 「はい、私の選んだ事です。すべて覚悟していますから」

 

 決意を知ったラクスは、それ以上何も言わなかった。

 

 気遣いは分かっているが、やめるつもりはない。

 

 マユはあえて明るい声で別の話題を振った。

 

 「演習の方はどうでしたか?」

 

 「……ええ、うまく行きましたよ」

 

 ラクスもその話に乗って、そのまま雑談に興じた。

 

 その傍で皆の様子を眺めながらいつも通りの表情で壁に背中を預けていたイザークの肩をアネットが思いっきり叩いた。

 

 「いきなり何をする!!」

 

 「あんたが辛気臭い顔してたから。無事で何よりよ、イザーク」

 

 「ふん!」

 

 そっぽ向いたイザークを笑って見守るアネット。

 

 そしてヨハンも自身の上官の下にむかう。

 

 「遅いぞ、ヨハン」

 

 「すいません、中佐。これでも急いで来たのですが」

 

 「全く、こっちは自己紹介も済ませてしまったぞ」

 

 そんなテレサとヨハンのやり取りをマリューとムウが苦笑しながら見ていた。

 

 「ラミアス艦長、こいつが私の副官ヨハン・レフティ少佐だ」

 

 「マリュー・ラミアスです」

 

 「よろしくお願いします」

 

 「で、こっちがムウ・ラ・フラガ」

 

 「エンデュミオンの鷹ですか……よろしくお願いします!」

 

 「よろしくな」

 

 一通りの自己紹介が終わるとテレサがヨハンに視線を戻す。

 

 「で、任務は完了したのか?」

 

 「はい。レティシアさんから、無事完了したと報告を受けています」

 

 満足したように頷くと、固い表情で問いかけてくる。

 

 「そうか、ところであいつは何処だ?」

 

 「え、ああ。彼なら、あそこです」

 

 ヨハンが指さした先に目的の人物がいるのを見るとテレサはすぐさま床を蹴って近づいていく。

 

 「久しぶりだな、ガキ」

 

 「え……」

 

 アストはテレサの姿に酷く驚いていた。

 

 「……アルミラさん、なんでここに?」

 

 「まったく、何年も連絡一つ寄こさんで、まさかパイロットになっているとはな」

 

 アストは驚きのあまり声が出ない。

 

 「何で私が此処にいるかは、オーディンの艦長だからだ」

 

 なんというかあまりの偶然に思わず、頭を抱えたくなった。

 

 というか今までこの可能性に思い至らなかった自分の迂闊さにため息が出る。

 

 そんなアストにキラが声をかけた。

 

 「アスト、アルミラ艦長と知り合いなの?」

 

 「……ああ、前に言った事あっただろ。軍人に保護されたって、この人だよ」

 

 「えっ!?」

 

 彼女がアストを助けた軍人!?

 

 意外な繋がりにキラも驚いたようにテレサを見つめる。

 

 そんなアスト達にテレサは呆れたような視線でこちらを眺めていた。

 

 「今でもお前の保護者は私になっているんだがな」

 

 「すいません」

 

 「全く、そう言う所は昔と何も変わってないな」

 

 「そうですか?」

 

 アストとテレサのやり取りに周りにいたキラ達はやや意外そうに2人を見る。

 

 何と言うか、もっと気まずい関係なのかと勝手に思っていたが、勘違いだったらしい。

 

 説教している筈のテレサですら、雰囲気に険悪なものは感じ取れず、どこか嬉しそうだ。

 

 一通り文句を言い終えたテレサはアストの顔を見ると怒っていた顔から一転し、心配そうな顔をする。

 

 「それでお前、ここにいて大丈夫なのか?」

 

 テレサの気遣いに笑みを浮かべる。

 

 どうやら変わっていないようだ。

 

 彼女は大雑把な部分もあるが、面倒見もいい。

 

 だから昔から部下には慕われていた。

 

 今回もアストがメンデルにいる事に心配になったのだろう。

 

 「……ええ」

 

 「……そうか、ならいい。ふん、まあ前よりはマシな顔になっているな。だが詳しい話は後だ。レティシア・ルティエンス」

 

 アストの顔を不安そうに見つめていたレティシアは突然呼ばれテレサの方を見る。

 

 「なにか?」

 

 「任務は完了したと聞いたが?」

 

 「ええ、大丈夫です」

 

 「ヨハン、ヘイムダルの修理にどの程度掛かる?」

 

 「ここに来るまでに応急処置はしてましたし、あと二時間もかからないかと」

 

 「ギリギリだな」

 

 ザフトとてこのまま黙っている筈はなく、当然追手が来るだろう。

 

 できればその前に此処を発ちたい。

 

 「修理を急がせろ。追撃が来る可能性が高い、アークエンジェル、クサナギもそのつもりで」

 

 「了解です!」

 

 「分かった」

 

 それぞれが艦に戻り、準備を始める。

 

 始めから今回のプラント潜入になんのトラブルも起こらないなどと考えてはいなかった。

 

 ヘイムダルが追われてくるのも想定済み。

 

 だからアイラは護衛の艦としてオーディンだけでなく、アークエンジェルやクサナギを寄こしたのだ。

 

 そんな中カガリがテレサに話しかける。

 

 「アルミラ中佐、ヘイムダル修復の間にモビルスーツのテストをしたいのだが、構わないだろうか?」

 

 「モビルスーツの?」

 

 「ああ、今クサナギでようやく組み上がったのだ。時間があるならデータを取りたい」

 

 「時間厳守でなら構わない。それからテストはコロニー内で行う事。外では目立つし、哨戒機を出すので邪魔になる」

 

 「分かった」

 

 カガリがクサナギに戻るのを確認すると、テレサもオーディンに戻って準備を始めた。

 

 

 

 

 クルーゼ隊の艦ヴェサリウスと合流したエターナルはブリーフィングを行っていた。

 

 内容はもちろんプラントに潜んでいた敵艦の追撃である。

 

 「しかし、L4ですか……困ったものですな、アレにも」

 

 「そうだな。テロリストに使われたり、今回のような事にもなる」

 

 アデスの言葉にラウは鼻で笑う。

 

 よりによってメンデルとは、これも運命という奴だろうか。

 

 「さて、どうするかな?」

 

 確認された戦艦は合わせて4隻。

 

 その内の1隻は彼らと縁深い戦艦アークエンジェル、さらにもう1隻がプラント付近にいた戦艦である。

 

 しかしもう2隻は不明艦である。

 

 同盟軍の戦艦である事は間違いないだろうが―――

 

 「敵戦力が正確に把握できないですし、特務隊の到着を待ってはいかがですか?」

 

 「逃げられてしまっては意味もないだろう」

 

 「それはそうですが……」

 

 アデスとしてはリスクをできるだけ避けたいのだろう。

 

 「隊長、我々で攻撃を仕掛けましょう」

 

 「ディアッカ、相手は同盟軍ですよ。油断は禁物です」

 

 ニコルがディアッカを諌める。

 

 彼も同盟軍相手となるとさすがに異論は挟まなかった。

 

 以前に起きた『オーブ戦役』によって同盟軍は世界にその力を見せつけた。

 

 それによって警戒したのはザフトも同じである。

 

 「ニコルの言うとおりだ、ディアッカ。ドレッドノート、イノセント、ジャスティス、フリーダム。この4機だけでも十分脅威だよ」

 

 特務隊の報告からすでにこれらの機体の事は周知の事実となっている。

 

 勿論、プラントからの技術流出があった事は極秘として伏せられているが。

 

 「ふむ、バルトフェルド隊長はどう思われる?」

 

 ラウの問いかけにバルトフェルドは明らかに嫌そうに答える。

 

 《……まあ、情報収集は必要じゃないかな。とはいえこっちはクルーゼ隊長の指示に従うように命令を受けているんでね。そちらに従おう》

 

 「なるほど」

 

 ラウが薄い笑みを浮かべるとそこに今まで黙っていたユリウスが発言する。

 

 「隊長、私がメンデルから侵入し、背後から奇襲しかけます」

 

 「……そこから情報収集も可能か。しかし、お前の機体はまだ工廠で調整中だろう?」

 

 「ゲイツで構いません。ただ僚機としてアスランを連れて行きたいのですが?」

 

 ラウが顎に手を当て考え込む。

 

 「アデス、特務隊はどのくらいで到着する?」

 

 「もうすぐかと」

 

 考えていたラウはそう時間もかけずに結論を出した。

 

 「……特務隊が到着次第、敵艦に攻撃を開始する。その際にユリウス、アスランの二名がコロニーに侵入し背後から奇襲攻撃を仕掛ける」

 

 「「「「了解」」」」

 

 エターナルとヴェサリスで作戦が決定していた頃、もう1隻ナスカ級がL4宙域に近づいていた。

 

 それに乗っていたのはクルーゼ隊が待ちわびていた特務隊であった。

 

 「で、クルーゼ隊の言うとおりに動くのか?」

 

 「そんなはずがないだろう。我々の任務は四機のZGMF-Xシリーズを完全に破壊する事だ」

 

 「データの方はいいのか?」

 

 「もちろんすべて排除していく事になるが、今は目の前の任務に集中しろ」

 

 「ともかく僕達は独自に動くんですね?」

 

 「当然だ。クルーゼに付き合ってやる必要などない」

 

 地球で破損したシグルドも修復が終わっている。

 

 さらに未完成部分も無くなり、専用装備も完成した事でようやく本来の力を出せるようになっていた。

 

 もうこれで奴に後れを取ることはない。

 

 「ククク、ようやく会えるぜ。なあ、レティシア」

 

 「……今度こそアストを殺す」

 

 2人共殺気立っているが、それはシオンも同じ事だ。

 

 これまでの屈辱の数々を思い出すだけで腸が煮えくり返る。

 

 だがそれもここまでだ。

 

 シオン達の戦意が高まった頃、ちょうどクルーゼ隊の艦ヴェサリウスとの合流地点に近づいてきた。

 

 ヴェサリウスの姿を確認し、すぐに通信を入れる。

 

 本当は無視して作戦行動を取りたいのだが、邪魔をされても面倒だ。

 

 「こちらザフト特務隊シオン・リーヴスです」

 

 《クルーゼ隊、ラウ・ル・クルーゼです。お待ちしていましたよ》

 

 ラウの皮肉とも取れる言葉を無視し、話を進める。

 

 「状況を説明してください」

 

 《はい》

 

 状況説明と事前にラウ達の立てていた作戦を聞くと納得したように頷いた。

 

 彼らに雑魚の相手を任せれば、目標に集中できる為、こちらとしても好都合である。

 

 「分かりました。その作戦で行きましょう。ただし我々は独自に動きますので」

 

 《作戦に参加していただけないと?》

 

 「戦闘には参加しますよ。しかし戦闘中はこちらの判断で動くと言っているのです。我々には任務もありますから」

 

 《……了解しました。ですが作戦開始のタイミングはこちらと合わせていただきたいのですが?》

 

 「ええ、いいでしょう」

 

 ラウからの通信を切ると同時に3人が格納庫に向かうとそこには地球に降りてきた頃とは違うシグルドの姿があった。

 

 背中には高出力化したスラスターを装備し、シオン機とマルク、クリス機の専用装備が装着された。

 

 シオンの機体は両肩にビームガトリング砲をつけ、腰に対艦刀『クラレント』を装備している。

 

 マルク機、クリス機は腰にミサイルポッドの装着し、さらに長い砲身を持つスナイパーライフルを装備していた。

 

 全員が機体に乗り込むと、出撃準備を整える。

 

 「よし、行くぞ!!」

 

 「了解!!」

 

 作戦開始と同時にナスカ級から三機のシグルドが発進した。

 

 「いいのですか、あれで?」

 

 「構わないさ。それに向うは特務隊だ。権限は我々よりも上だしな」

 

 「では、こちらも」

 

 「作戦を開始する。各機出撃させろ」

 

 「「了解!」」

 

 各オペレーターが指示を出すとモビルスーツが発進していく。

 

 「アデス、ここを頼むぞ。私も出る」

 

 「隊長自らですか?」

 

 「相手は強敵だ。それに慣らし運転には丁度いい」

 

 アデスには背を向けていたため見えなかったが、この時、ラウは笑みを浮かべていた。

 

 そろそろ『彼ら』も来る頃合い。

 

 ポケットに入ったディスクを『彼ら』に渡せばすべてが終わる。

 

 そう考えれば笑みも浮かぶというものだ。

 

 格納庫には1機のモビルスーツが佇んでいた。

 

 その造形は実に特徴的でまさにガンダムである。

 

 ラウが機体に乗り込もうとすると整備の一人が長々と説明をしてくる。

 

 「理論はおわかりだと思いますが」

 

 「ああ、大丈夫だ」

 

 適度にあしらうと機体に乗り込んだ。

 

 脳裏に浮かぶのはムウの事。

 

 「あの男に出来て、私に出来ないはずはない」

 

 それはある種の確信とも言える。

 

 ラウがスイッチを入れるとPS装甲が展開され―――

 

 「ラウ・ル・クルーゼだ。『プロヴィデンス』出るぞ!」

 

 破滅をもたらす天帝が動き出した。




機体紹介3更新しました。


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