機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第31話  少女が見た戦場

 

 

 

 地球軍のオーブ侵攻―――その隙を突く形で攻めてきたザフト軍と同盟軍との攻防は激しく続いていた。

 

 そんな中、オーブのマスドライバー施設『カグヤ』を破壊する為、静かに近づいている者達がいる。

 

 ザフト軍特務隊である。

 

 シオン・リーヴスは部隊を率い、シグルドのコックピットでほくそ笑むと作戦を開始する為、同行してきた部隊に指示を飛ばした。

 

 「良し、作戦開始しろ。第一部隊は軍司令部及び軍施設の破壊を、第二部隊はこちらの援護に回れ」

 

 「「了解」」

 

 各部隊の動きを確認するとこちらも目的地に向かって移動を開始する。

 

 彼は最初から今回の作戦に対し何の感情も抱かなかった。

 

 いつものように義務として、ただ命じられた任務を遂行するのみ、それが特務隊しての矜持だからだ。

 

 「くくく、この前の鬱憤をここで晴らしてやる」

 

 マルクはどうやら獲物を逃がした憂さ晴らしが出来ると喜んでいるらしい。

 

 任務に関しては真面目な男だから大丈夫だとは思うが一応釘を刺しておく。

 

 「任務の事も忘れるなよ」

 

 「当たり前だろ」

 

 いらない世話だったようだ。

 

 だが彼にここまでの気合いが入るのも理解できる。

 

 彼らはシグルドの調整の為、パナマ戦に参加できなかった―――しかしその不満を解消するように出撃前、シオン達に朗報が入ってきたのだ。

 

 それはオーブに取り逃がした獲物であるアークエンジェルがいると言うものだった。

 

 あの時の屈辱を晴らす事ができるとなれば、マルクでなくとも気が高ぶるのは当たり前である。

 

「……今度こそ殺してやる、アスト」

 

 高揚感に浸りながら、目標を確認するとその途中に避難しようと港に集まっている連中の姿も見えた。

 

 そして今なお丘を駆け抜けている人影すらある。

 

 その必死さはあまりに無様―――まったくナチュラルというのは見るに堪えない。

 

 まさに地を這う虫だ。

 

 「普段ならあんな虫など、どうでもいいのだが。今日は気分がいい」

 

 もうすぐ取り逃がした獲物を殺れるのだ。

 

 その前の余興として遊んでやるのも悪くない。

 

 シオンはシグルドの腹部に設置されたビーム砲、複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』をそちらに向ける。

 

 「まず狙うは丘を走っている奴からだ―――消えろ」

 

 シグルドの腹部に光が集まり、そして死の閃光が放たれた。

 

 

 

 

 

 それは本当に一瞬の事だった。

 

 港に向かい家族と共に走っていたマユ・アスカを後ろから吹き飛ばす暴風が襲ったのは。

 

 体が浮き、視界は光に包まれ何も見えず、そこで意識を失った。

 

 だが気を失っていたのはわずかな時間だったらしく、顔を上げると周りは木々が吹き飛ばされ自分達が走っていた場所の近くが大きく抉られている。

 

 何かが当たった跡だろう。

 

 だが運はいい。

 

 直接当たった訳では無く、手前の丘が盾になって直撃はしなかったようだ。

 

 体を起こそうとするが、なにか体の上に乗っているため動きにくい。

 

 それでも無理やり体を起こすと上に乗ってたものがずり落ちる。

 

 上に乗っていたのはボロボロになっている兄、シン・アスカの姿だった。

 

 「お兄ちゃん!!」

 

 痛む体で倒れたシンに縋りついた。

 

 マユを庇ったらしい。

 

 そして周りには同じ様にボロボロの姿になった父と母の姿があった。

 

 「お父さん!! お母さん!!」

 

 何が起きた?

 

 なんでこんな事に!?

 

 地球軍は未だこの辺りには来ていない筈―――そんなマユの疑問もすぐに解消される。

 

 何故ならすぐ近くに空を飛ぶ一つ目の巨人がこちらを見ていたからだ。

 

 「……あれがやったの?」

 

 マユは逃げる事もできず、ただ呆然とその機体シグルドを見つめる。

 

 その姿はまさに悪魔そのもの。

 

 その悪魔、シグルドはこちらに向けビームライフルを構えた。

 

 咄嗟にマユは傷ついたシンを守るように覆いかぶさる。

 

 そんな行為に意味はない。

 

 次の瞬間マユの体は家族諸共、跡形も残らず消え去るだろう。

 

 それでも庇わずにはいられなかった。

 

 ビームが放たれるその瞬間、思わず目を閉じる。

 

 

 誰か助けて!!

 

 

 その時、突風が吹いた。

 

 

 マユがゆっくりと目を開くと、何かがこちらを守るように立ちはだかり、その悪魔を吹き飛ばした。

 

 「え、何……」

 

 目の前には、美しい白い機体が佇んでいた。

 

 背中には砲身と閃光を放つ翼のようなものが放出している。

 

 「……天使?」

 

 少なくともマユにはそう見えた。

 

 今の状況を忘れて目の前の機体に見入る。

 

 それだけ衝撃的だった。

 

 マユ・アスカは一生忘れる事はないだろう。

 

 自分達を救ってくれた存在『イノセントガンダム』とそのパイロットの事を。

 

 

 

 マスドライバーに向かっていたアストの視界に入ってきたのは、アラスカで自分達を追い詰めた機体シグルドであった。

 

 そしてさらに見えた。

 

 一つ目の機体が腹部ビーム砲『ヒュドラ』を避難民に向かって放つ瞬間を。

 

 「……あの機体、シオンか!!」

 

 そのままシグルドは躊躇なくビームライフルを丘に向ける。

 

 まさか、無事だった人に向けて撃つつもりなのか?

 

 激しい怒りが全身を駆け抜け、アストは知らず叫びを上げた。

 

 「やめろォォォォォォォ!!!」

 

 脳裏に過去の出来事、そしてエルやエリーゼの姿が浮かぶ。

 

 「撃たせてたまるかァァァァ!!」

 

 アストはペダルを思いっきり踏み込むとスラスター全開にし、機体を加速させた。

 

 何とかシグルドのビームが放たれる直前に駆けつけ、抜き振り払ったビームサーベルで斬りつける。

 

 「何!?」

 

 イノセントの接近に気がついたシグルドは咄嗟に後方に下がる事でビームサーベルを回避した。

 

 だがアストはそれだけに留まらず背中のワイバーンを展開しシグルドに叩きつけた。

 

 「背中に武器だと!?」

 

 予想外の奇襲となったワイバーンの攻撃に虚をつかれたシオンは反応が遅れ、叩きつけられた刃を前にシールドを掲げる。

 

 だが加速のついていたイノセントのビームは防ぐ事が出来ずにシールドごと斬り裂いて行く。

 

 「くそ!」

 

 シオンは斬り裂かれたシールドを投げ捨て、対峙した機体を睨みつけた。

 

 「オーブの新型か?」

 

 アストは目の前のシグルドを警戒しながら、何とか間に合った事に安堵する。

 

 モニターで背後を拡大すると傷ついた少女が不安そうにこちらを見上げ、その周囲には家族と思われる人達が倒れている。

 

 その痛々しい姿に苦いものが込み上げてくる。

 

 すぐにでも助けたいが目の前の敵をどうにかしなければいけない。

 

 「シオン、貴様ァァァ!!」

 

 怒りに任せてシグルドに向けてビームサーベルを叩きつけた。

 

 「お前はまさか、アストか!?」

 

 振り抜かれた斬撃を回避しながらシオンもサーベルを抜いた。

 

 「新しい機体か」

 

 「貴様はこんな事をして!!」

 

 叫びながらシグルドに突進する。攻防を繰り返しながら、その場から遠ざかっていく。

 

 このままの位置で戦っていたら再び避難民の人達を巻き込むことにもなりかねない。

 

 「早く、あの子を助けないと。その為には!!!」

 

 そこにクリスが割り込んでくると、イノセントのサーベルを受け止め、逆に斬り返してくる。

 

 「シオンに手は出させないぞ」

 

 「クリスか、邪魔だ!」

 

 攻撃をシールドを使って弾き、クリスに機体目掛けてライフルを構えるが今度は背後から迫ってきたマルクがビームクロウを叩きつけてくる。

 

 「また変な機体かよ! さっさと落ちやがれ!」

 

 「チッ、三機目か」

 

 機体を逸らしビームクロウを回避すると、振り向き様に蹴りを入れて体勢を崩し、構えていたビームライフルを撃ち込んだ。

 

 正確な一射がシグルドの左足を捉えて貫通するとそのまま脚部を吹き飛ばした。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「マルク!?」

 

 「このぉ!」

 

 ビームサーベル、ビームクロウを同時に展開したクリスが、イノセントに襲いかかる。しかしサーベルは空を斬り、クロウもシールドで止められてしまう。

 

 そのまま押し込もうとするが、全く動かない。

 

 「動かない!?」

 

 シオンは冷静にイノセントとシグルドの戦闘を観察する。

 

 明らかにおかしい。

 

 誰よりもこの機体の性能を知っているが故に疑問が湧きあがってくる。

 

 核動力を使用している以上、並のモビルスーツでは太刀打ちできる筈はないのだ。

 

 にも関わらずアストが乗っている機体はシグルドと互角以上に戦えている。

 

 そう考えるとあのアラスカで遭遇した機体もそうだった。

 

 シグルドと互角―――そこである推測がシオンの中で浮かびあがってきた。

 

 「まさか、Nジャマーキャンセラーを搭載している……」

 

 そう考えれば辻褄も合う。

 

 Nジャマーキャンセラーはプラントでさえ最近になってようやく実用化したもの。

 

 いかにかの国が高い技術力を誇るとはいえ、オーブが単独でそれを開発したと言うのは流石に考えられない。

 

 となるとどこから情報が漏れたかという事になる訳だが、心当たりは一つしか考えられなかった。

 

 そう、死んだとされていたレティシア達が生きていたのだ。

 

 シオンは怒りで奥歯を噛み締める。

 

 「……見つけ出して殺してやる」

 

 

 まずは予定通りこいつから消し、その後で―――

 

 イノセントと戦っているマルク達に加勢しながら、他のモビルスーツに指示を出す。

 

 「全機、こいつは我々でやる、お前達はマスドライバーを狙え」 

 

 「「「了解!」」」

 

 シオン達の戦いに見入って動きを止めていた他の隊員も動き出すとマルク達にも先程の推測を聞かせた。

 

 「マルク、クリス良く聞け。あの機体にはNジャマーキャンセラーが搭載されている可能性がある」

 

 「何!? いや、なるほどな」

 

 「そう言う事ですか……」

 

 得心がいったとばかりに頷く。どうやら彼らも疑問に思ってはいたらしい。

 

 「詳しい事は後だ。まずこの機体を破壊するぞ」

 

 「「了解!」」

 

 イノセント破壊に動き出す三機のシグルド。

 

 戦闘を避けマスドライバーに行こうとしている味方機を追おうとしている敵機にヒュドラを叩き込んだ。

 

 「マスドライバーには行かせないぞ!」

 

 「くっ、簡単には行かせてくれないか!」

 

 連携を組み攻撃を仕掛けてくるシグルドの攻撃をいなしながら、グゥルに乗ったジンを狙いビームライフルを構えた。

 

 しかしシオン達も特務隊、直前でヒュドラを放って妨害してくる。

 

 「くそ!」

 

 「調子に乗るなよ!」

 

 敵機の攻撃に阻まれマスドライバーに向かった者達を追う事が出来ない。

 

 先行したジンが標に向けて突撃砲を構えた。

 

 「不味い!?」

 

 アストはSEEDを発動する。

 

 「そこをどけェェ―――!!」

 

 マルクの繰り出した斬撃をかわし、シールドで殴りつけた。

 

 「ぐぅ!」

 

 「アストォ!」

 

 味方を援護しようとクリスがサーベルで斬りかかってくるが、機体を上方に回転させワイバーンを展開する。

 

 イノセントを捉える事が出来ず、空振ったシグルドの腕を展開された刃によって一瞬の内に斬り裂いた。

 

 「なっ!?」

 

 腕が宙を舞い、隙が出来たところに背後から膝蹴りを入れる。

 

 「ぐあああ!!」

 

 下方に吹き飛ばされたクリスを無視しマスドライバーに向かう。

 

 だが今度はシオンがヒュドラを放ち進路を塞いだ。

 

 「行かせんぞ!!」

 

 「しつこい!!」

 

 進路上に叩き込まれたビーム砲をバレルロールして回避するが、砲撃によってマスドライバーから距離が離れてしまう。

 

 「無駄な足掻きだ、もう間に合わんさ!」

 

 「シオン!!」

 

 ジンのマスドライバーに対する攻撃が始まろうとしたその時―――別方向からのビームによって突撃砲を持つ腕が破壊された。

 

 「一体誰が!?」

 

 別方向から見た事のない機体が接近してくる。

 

 よく見ればかつて自分の搭乗した機体に良く似ていた。

 

 あれは―――

 

 「……イレイズ? いや……」

 

 イノセントは正確にその機体名をモニターに表示する。

 

 SOA-X01『スウェア』

 

 アストはホッと息を吐いた。

 

 どうやらあの機体のおかげで何とかなったようだ。

 

 味方らしいが、いったい誰が乗っているのかと通信機のスイッチを入れる。

 

 モニターに映ったのは全く予想外の人物、デュエルのパイロット、イザーク・ジュールであった。

 

 「……お前が、何故?」

 

 「言いたい事はあるだろうが今は目の前の事に集中しろ」

 

 イザークの事は気になるが言ってる事に間違いはない。

 

 アストはしばらく黙っていたが一言だけ問いかけた。

 

 「……いいのか、それで?」

 

 その意味は先程アイラが問いかけてきた事と同じもの。

 

 相手はザフトだ、それでも戦えるのか、そういう意味。

 

 「……ああ。信じられんのも無理はないがな」

 

 「わかった。その機体を託されたという事は大丈夫なんだろう」

 

 イノセントはシグルドと向き合い、その背にスウェアがつく。

 

 いわゆる背中合わせだ。

 

 「じゃ、お前にはマスドライバーを守ってほしい。俺はあいつらをやる」

 

 「見た事のない新型か。おそらく特務隊―――わかった、それから俺の名前はイザークだ!」

 

 「そうか。それじゃこっちも、アスト・サガミだ。そっちは任せるぞ、イザーク!」

 

 「ああ、いくぞ、アスト!」

 

 互いの相手に向かい突撃した。

 

 イザークはスウェアの性能を確かめるため思いっきりペダルを踏むと機体は一気に加速し、ジンに肉薄する。

 

 「これは……デュエル以上だ!」

 

 新しい機体の性能に満足しながら、腰のビームサーベルを抜いてジンを斬りつけた。

 

 マスドライバーを狙っていた突撃砲を容易く破壊し同時にシールドで突き飛ばすとジンはグゥルから落ちていく。

 

 「下がれ!」

 

 こうなると分かってはいたが―――やるせない気分になる。

 

 戦う前に決意し、覚悟もした。

 

 それでも簡単に割り切れるものではない。

 

 そんな迷いを首を振って追い出すと、次の敵に向かう。

 

 ジンがマスドライバーを狙いミサイルを発射する。

 

 「やらせん!」

 

 その先に回り込むと両腕に装備されたビームガトリングを構えた。

 

 普段は収納されているガトリング砲がせり出され、ミサイルを狙い発射される。

 

 ビームガトリングから発射されたビームによってミサイルはハチの巣にされ爆散した。

 

 「くそ、なんだあの機体は!?」

 

 「これでは攻撃が当たらんぞ!」

 

 「なんとしても突破するんだ! ザフトの為に!!」

 

 スウェアに突撃するジン達をイノセントと戦いながらシオンは観察する。

 

 「……あれでは駄目だな」

 

 どうやらあの新型もかなりの性能を持っているらしい。

 

 とはいえこちら側にも援護に行けるほどの余裕がある訳ではない。

 

 第一部隊も騎士を思わせる機体によって阻まれているようだ。

 

 向うは優勢のようだが、もうすぐ時間切れ。

 

 そして忌々しい話だが、こちらは防戦一方だ。

 

 「このぉ!!」

 

 「落ちろ!!」

 

 マルクとクリスの二人が左右から挟み込むようにビームクロウでイノセントに襲いかかる。

 

 しかしイノセントの反応はシオン達の予想を超えていた。

 

 シールドを捨て両腕のナーゲルリングを構えると左右同時にビームクロウを受けとめる。

 

 「これでやれると思うな!」

 

 アストは機体を回転させ受け止めた刃を流すように弾くと、その勢いのままビームサーベルでビームクロウごと左腕を斬り落とす。

 

 「マルク!?」

 

 マルクを助けようとクリスはビームクロウを再度振りかぶった。

 

 「今度こそ落とす! 我々特務隊が貴様などに負けるはずはない!」

 

 ヒュドラで誘導しながらの一撃がイノセントを捉える。

 

 「うおおおお!」

 

 殺ったとクリスがそう確信した瞬間―――シグルドの腕は宙を舞っていた。

 

 見えなかった。イノセントが何をしたのかまったく解らなかった。

 

 「アストォォ!!」

 

 「くそ野郎が!!」

 

 シオンのシグルドが両手にビームサーベルを持って突進し、そしてマルクも援護の為にヒュドラを撃ちこんだ。

 

 しかしそれさえもアストには遅すぎる。

 

 「そんなんじゃ当たらない!」

 

 ヒュドラをあっさり回避し、ワイバーンでシグルドの頭部を破壊すると突っ込んできたシオンをビームサーベルとナーゲルリングで迎え撃つ。

 

 「機体が変わったくらいで!!!」

 

 それだけでここまで追い詰められるなど認められない!

 

 本来はこちらの方がすべてにおいて勝っているのだ!

 

 あんな奴に―――

 

 「我々が負けるものかぁ!!」

 

 シオンはビームサーベルを振り下ろした。

 

 しかし敵機は振り下ろされるサーベルの軌跡を見極め、ナーゲルリングで弾き返した。

 

 「シオン、終わりだ!」

 

 「ふざけるな!!」

 

 シオンはすかさずもう片方のサーベルを叩きつける。

 

 「これでぇ!」

 

 しかしサーベルが届く事はなく、イノセントのビームサーベルによって返り討ちに遭い逆にシグルドの腕が斬り裂かれてしまった。

 

 「何故だ! 何故負ける!?」

 

 一瞬呆然としたシオンを尻目にイノセントは頭突きでシグルドの体勢を崩し、スラスターを吹かせ加速する。

 

 そして互いが交差する瞬間にイノセントのワイバーンがシグルドの両足を切断した。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「シオン!」

 

 何とか墜落だけは避けたが完全に形勢不利、武装も消耗し、機体の損傷も激しい。

 

 このままではアストを討ち果たす事も出来ず、挙句マスドライバー破壊の任務も失敗、特務隊としてこれほどの恥はない。

 

 しかし施設破壊を任された部隊も結構な損害を被り、マスドライバーの方も未だ敵の新型に阻まれ攻撃を仕掛ける事も出来ておらず、残りの機体数も限られている。

 

 施設の方はともかくマスドライバー破壊任務だけは絶対に完遂しなくてはならない。

 

 「……マルク、時間を稼ぐぞ。クリスはその間にマスドライバーを潰すんだ。ただし無理はせずいつでも撤退できるようにしておけ」

 

 「私の機体は両腕が破壊されています」

 

 「武装はヒュドラがあれば十分だろう。撤退に見せかけてマスドライバーに接近しろ。特務隊である以上は任務達成するは当然の事。そのためにあらゆる手段は問わん」

 

 「……了解」

 

 シオンとマルクがイノセントを引きつけるためヒュドラを使い牽制するとその間にクリスが撤退の振りをして戦線から離れた。

 

 「クリスが離れた、撤退か?」

 

 アストが訝しむように呟く。

 

 「いや、違う」

 

 クリスは出会った頃からコーディネイターである事に絶対の自信と誇りを持っていた。

 

 普段こそ物静かではあったが、内には激情を秘めていた。

 

 そんなアイツがここまでやられ、何もせずに撤退するなどあり得ないだろう。

 

 「目的はマスドライバーか」

 

 おそらくイザークに阻まれ焦れてきたってところだろう。

 

 追い込まれている以上は焦るのも当然ではある。

 

 「しかし、だからって行かせるなんて、できないだろ!!」

 

 シオン達を振り切ろうとするが、今度は適度に距離を取り攻撃してくる。

 

 「時間稼ぎか!」

 

 「マルク、意地でも行かせるな!」

 

 「分かってるよ!」

 

 残った腕でビームライフルを発射しながらイノセントをここに釘付けする。

 

 それはまさに特務隊の意地だった。

 

 クリスがマスドライバーの傍までたどり着くと新型を相手に苦戦しているジン達がいた。

 

 残っているのは三機だけで、マスドライバーには損傷を与えられていない。

 

 「……役立たず共が」

 

 クリスは心の中で吐き捨てると、通信を入れる。

 

 「無事ですか?」

 

 「申し訳ありません。未だ取りつく事も出来ません」

 

 「仕方ありません。僕の機体も酷くやられたましたから。それでも僕は特務隊であり、貴方達はその傘下にある。特務隊はなにがあろうと任務を完遂しなければいけません。貴方達はその覚悟がありますか?」

 

 「もちろんです!」

 

 「最後まで戦いますよ!」

 

 クリスはニヤリと笑う。

 

 「……それでは遠慮はいらないですね―――2機はギリギリまであの敵機に接近して、その間にもう1機はマスドライバーに突っ込んでください」

 

 「しかし、それではあの機体にやられてしまうだけでは?」

 

 「我々の目的はマスドライバーの破壊です―――後は言わなくても分かりますね?」

 

 モニターに映る少年の冷淡な表情に3人のパイロット達は黙り込んでしまう。

 

 もう彼らに選択肢など残っていなかった。

 

 「……わ、分かりました」

 

 「そうですよ、すべてはザフトの為にね」

 

 3機が別れ、一機がマスドライバーに、残った機体はスウェアに突っ込んでいく。それを見たイザークは不審に眉を顰めた。

 

 「どういうつもりだ?」

 

 2機は無視して、マスドライバー向った敵を優先するのは当たり前の事。

 

 「何かの作戦か」

 

 駆けつけてきた新型が気になるがアストとの戦いで両腕を失っている状態だ。

 

 あれでは戦闘に参加はできないだろう。

 

 ただ徐々に距離を詰めてきているのが気になる。

 

 なんであれ―――

 

 「今そこに行かせる訳にはいかん!」

 

 突っ込んで来た2機を無視し、背中のタスラム改を放った。

 

 放たれたのは散弾砲。

 

 無数の小さな弾がジンに直撃し、武装や腕など致命的な損傷を受けた。

 

 もう機体を動かす事もできない、後は落ちていくだけだと判断する。

 

 そして突撃してきた2機に向きなおり、迎え撃つ。

 

 しかしこれがクリスが狙っていた事だった。

 

 「まあギリギリですかね」

 

 ターゲットをロックすると残った武装であるヒュドラをスウェアを引き離す為に発射した。

 

 「今ですよ!」

 

 「くっ……ザフトの為に!!」

 

 ボロボロになったジンは残ったスラスターを噴射させ、マスドライバーの近くで爆散する。

 

 近くにいたスウェアを巻き込み、吹き飛ばした。

 

 「何ッ!? 自爆だと!?」

 

 これが狙いだったのか!?

 

 さらに残ったジンがマスドライバーに向けて突撃していく。

 

 「くそ!」

 

 ビームライフルで背後からジンを狙いトリガーに指を掛ける。

 

 しかしもう1機がこちらに向けて突撃してくるとそのままスウェアに組みつく。

 

 「やめろ、無駄死にする気か!」

 

 「すべてはザフトの……プラントに為だ!!」

 

 自爆しようとしたジンを蹴りを入れるが、直前で起きた爆発によってさらにマスドライバーから距離を離されてしまう。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「見事ですね。それでこそザフトの兵士です」

 

 爆発の衝撃から体勢を立て直し、シグルドからの砲撃を避けながら睨みつけたイザークは声を荒げる。

 

 「貴様、わざと味方を煽って!」

 

 「人聞きの悪い。それに僕はきちんと聞きましたよ。ちゃんと任務完遂の覚悟はあるかって。だから本望でしょう」

 

 「おのれェェ!!」

 

 突撃したジンは再びマスドライバーを巻き込み爆発を引き起こす。

 

 だが損傷を与えたものの、その被害は大したものではない。

 

 「それでもあの程度ですか」

 

 それを見ていたイザークは怒りに震える。

 

 味方をなんの躊躇いもなく、爆弾代りに使うとは!

 

 「貴様ァァァァ!!!」

 

 ビームサーベルを抜き突っ込んでいく。

 

 そんなスウェアの攻撃を後退してかわすと、シグルドは反転した。

 

 「この損傷でこれ以上の戦闘は厳しいですから、今は引かせてもらいますよ」

 

 イザークは退いて行くシグルドを追うが、クリスはヒュドラを海面に撃ち込むと大きな水柱が上げ、それに紛れて撤退した。

 

 「くそ、逃げられた」

 

 それをしばらく見つめていたが、すぐに操縦桿を殴りつけた。

 

 「あれがザフトの、いや特務隊のやる事なのか……」

 

 今まではザフト軍のトップガンであり、尊敬すべき目標であるとそう考えていた。

 

 イザーク自身の憧れもあった。しかし今は違う。

 

 「許せん、あの機体のパイロットは」

 

 イザークは機体を翻すと、イノセントの方に移動し始めた。

 

 爆発によって崩れていくマスドライバーの姿を見たシオンはニヤリと笑う。

 

 「シオン、クリスの奴がやったようだぜ」

 

 「よし、撤退する。第一部隊も撤退しろ」

 

 「了解!」

 

 2機の引き際は実に鮮やかだった。

 

 牽制しながら即座に反転、徐々に離れていく2機を見つめる。

 

 追撃したい気持ちもあったが、今優先すべきは―――

 

 「急がないと!」

 

 アストはイノセントをあの少女がいた場所へと向けた。

 

 少女は未だその場で呆然と座り込んでいた。

 

 歯を食いしばり近くに降り立つとコックピットから出た。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「……え、あ、あの」

 

 少女の方は大丈夫そうだ。

 

 しかし周りの人たちは不味いかも知れない。

 

 特に少年は頭部から血が出ている。

 

 「不味いな、急いで運ばないと。君、イノセントで運ぶからこっちに来て」

 

 「……えっと」

 

 「早く!」

 

 「は、はい」

 

 少女の手を引き、コックピットに乗せるとそこにイザークのスウェアが到着した。

 

 「……アスト、どうした?」

 

 「イザーク、手伝ってくれ。重傷者だ!」

 

 「わかった」

 

 重傷者の人達をイノセント、スウェアの手に乗せ運ぶ。

 

 少女のコックピットの中でじっと黙っていた。

 

 やはり家族が気になるのだろう。

 

 それにあれだけの戦闘を目撃したのだから、ショックも大きい筈だ。

 

 声を掛けようとした時、そういえば彼女の名前を聞いていなかった事を思い出す。

 

 「君の名前は?」

 

 「え、あ、マユです。マユ・アスカ」

 

 「そうか。俺の名前はアスト・サガミだ」

 

 「はい」

 

 何か言おうと口を開きかけるがやめた。

 

 今は一刻も早く運び込むのが優先。

 

 そのまま何も言う事無く、重傷者を近くの病院に運び込んだ。

 

 

 

 

 マスドライバーに損傷を与えると同時に攻撃を仕掛けていたザフト軍は撤退した。

 

 当然その情報は地球軍にも伝わっている。

 

 「な、マスドライバーが損傷を受けた!?」

 

 アズラエルにとって計算外どころではない。

 

 この戦闘の意味すら失っただけでなく、戦力も大分消耗してしまった。

 

 これ以上の戦闘はビクトリア奪還作戦にも影響が出かねない。

 

 「撤退すべきでは?」

 

 確かに艦長の言う通りであり―――それにそろそろあいつらも限界の筈なのだ。

 

 アズラエルの危惧通り4機の新型機はパイロット、機体共に限界に達しつつあった。

 

 「くそぉ!」

 

 カラミティの放ったビームを蒼い翼を広げてかわすフリーダム。

 

 その鮮やかさすら感じる姿にさらに苛立つ。

 

 苛立ちを吐き出すようにスキュラと同時に背中のビーム砲シュラークを撃ちこんだ。

 

 しかしそれは掠める事無く、逆に接近してきたフリーダムの一撃でシュラークを斬り裂かれてしまう。

 

 「ぐぅ」

 

 それを見ていたクロトが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

 「情けないなぁ、オルガ」

 

 「なんだと!」

 

 「もう撤退した方がいいんじゃない?」

 

 そうクロトがオルガを挑発していた時だった。

 

 アイテルのビーム砲が水面に当たり、水柱が立つとクロトの視界を遮り同時にレティシアはグラムを構え、レイダーに突っ込んだ。

 

 「はあああああ!!」

 

 「なにぃ!?」

 

 反応が遅れたクロトはミョルニルを一刀両断され、ビーム砲で足を撃ち抜かれた。

 

 「チィ」

 

 「なんだよ、撤退した方がいいのはお前じゃねえか!」

 

 「なんだと!!」

 

 それをシャニは冷めた目で見ると、呟く。

 

 「2人共、同じだし」

 

 ジャスティスのビームを逸らしながら、フレスベルグを発射した。

 

 それをラクスは上昇してかわすと、今度は後ろからゼニスのネイリングが迫る。

 

 「まだです!」

 

 リフターを分離させてネイリングを回避し、同時にビームブーメランをゼニスに投擲した。

 

 投げつけたブーメランはシールドで防せがれるが体勢を崩したそこにビームサーベルで斬りかかる。

 

 しかしゼニスは再びスヴァローグを構えビームを発射する。

 

 体勢を崩していたため回避はたやすいが、それでも驚異的な威力を前に警戒して距離を取った。

 

 ―――その時だった。

 

 4機の様子が変わったのは。

 

 コックピットに居るパイロット達は一様に苦しみ出す。

 

 「ぐあああああ!」

 

 「くそぉぉぉ!  ああああ!」

 

 「あああ、ああ、ああ」

 

 「グォォォ、コ―ディ、ネイ、ググ!」

 

 限界時間だった。

 

 薬物による強化をおこなっている彼らはその効果が切れた時、耐えがたい禁断症状に襲われるのだ。

 

 この状態になれば戦闘どころではない。

 

 「くそぉぉぉ、クロトォォォ!」

 

 オルガの声に合わせるようにレイダーがカラミティを掴むと、ゼニス、フォビドゥンと共に撤退していく。

 

 「撤退していく?」

 

 「そのようですね」

 

 「……アスト君は大丈夫でしょうか」

 

 「アストなら大丈夫ですよ」

 

 撤退してくる4機を見たアズラエルはさっさと指示を出す。

 

 「艦長さん、撤退しますよ。これ以上は無意味ですから」

 

 アズラエルは屈辱を押し殺して、冷静な表情を作る。

 

 しかし内心は怒りで気が狂いそうだった。

 

 「……オーブめぇ!」

 

 必ず潰す。

 

 必ずだ。

 

 「……信号弾撃て。全軍撤退する」

 

 「了解」

 

 旗艦より信号弾が発射され、全機のストライクダガ―が下がって行く。

 

 「チィ、こいつらまだ殺してないのによ」

 

 「ま、命令じゃあね」

 

 「……撤退する」

 

 同じく信号を確認したスウェン達も引き上げていく。

 

 引き上げていく敵部隊の様子にムウやトールもようやく一息ついた。

 

 「やっと撤退ですかね」

 

 「油断するなよ。まだ分からん」

 

 「了解です」

 

 敵の撤退は軍司令部でも確認できた。

 

 「地球軍艦隊撤退していきます」

 

 その報告を聞いたカガリは即座に指示を出す。

 

 「油断はするな。まだ完全に退いたとは限らない。被害状況は?」

 

 「市街地、軍関連の施設共に被害が出ています」

 

 「現在確認中ですが、ザフト軍の攻撃で民間人の一部に重傷者がでた模様」

 

 「マスドライバー損傷あり。被害自体は軽微ですが、しばらくは使用できないかと」

 

 当然のことだが無傷とはいかないが、それでもこの程度で済んだのは事前準備のおかげだろう。

 

 カガリは気を抜くことなく、指示を出し続けた。

 

 

 

 結局この後、地球軍の攻撃が再開される事はなくそしてザフト軍の攻撃もなかった。

 

 

 

 誰もが想像しなかった結果を残し、後の歴史に『オーブ戦役』と呼ばれる事になる戦いは幕を下ろした。


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