地球軍パナマ基地。
最後のマスドライバーが存在するこの場所で激しい戦闘が起こっていた。
ザフト軍によるパナマ侵攻。
『JOCH-A』の件で焦ったのは地球軍だけではなく、ザフト、パトリック・ザラも同じであった。
『オペレーション・スピットブレイク』の目標変更はラクス達の推測通り、パトリックの独断であり、いくら急進派の勢いがあるとはいえ、評議会を無視したのは彼にとってかなりのリスクがある。
それでも結果さえ出れば問題ないと、そう判断したのだが、今回はそれが完全に裏目に出た。
サイクロプスによって作戦は失敗し、ザフトの戦力4割を失ってしまった。
当然他の議員は黙っていなかったが、作戦内容を洩らした疑いがあるとして即座に拘束し、さらにパナマの攻撃を命じたのだ。
失点を取り戻すため、すべては勝つためにだ。
だが彼は気が付いていない。
そもそも秘密裏に進めてきた攻撃目標変更の事を知っている人間は、限られた者しかいないという事を。
敵の防衛戦を抜き、ジンやディン、ゾノまでが上陸すると次々と施設を破壊していく。
すべてがザフト優勢に事が進んでいたのだが、途中でそれを阻止する存在が現れた。
地球軍初の量産型モビルスーツ『ストライクダガー』部隊である。
ストライクダガー部隊が展開されると同時に攻勢に出た地球軍は、一気に戦線を押し上げていく。
彼らは実戦経験の不足や生まれによる身体能力の差を高度な連携でカバーしていた。
ザフトは兵士個人の資質においては地球軍を上回っている。
しかし対モビルスーツ戦のノウハウは無いと言って良い。
今までモビルスーツを所有し、作戦で使用してきたのはアークエンジェル隊のみだったからだ。
つまりザフトもまたこれほど多くのモビルスーツを相手に戦う経験など持ち合わせていなかった。
だが地球軍は違う。
モビルスーツで追い込まれてきた彼らは、すでに対策や戦術も十分に立てられていた。
ジンたちはストライクダガーの巧みな連係によって撃破され、戦局は膠着状態となっていく。
出撃した唯一のクルーゼ隊の隊員であるエリアスはそんな戦場に突撃した。
「行くぞ!!」
シグーディープアームズのエネルギー砲で、敵を狙い撃ちにする。
ビームの一撃を受け破壊されたストライクダガーを確認すると、棒立ちの敵に突撃砲を放ち、レーザー重斬刀で一気に斬り込んだ。
「はああああ!!」
重斬刀がストライクダガーを真っ二つに斬り裂き、同時に刀を横薙ぎに振るい敵を真横に斬り飛ばす。
次々と破壊されていくストライクダガーの爆煙に紛れ、離れた部隊とも距離を詰める。
「こんなおもちゃみたいなモビルスーツで、やれると思うなよ!!」
レーザー重斬刀を敵機の中央に叩きこむと串刺しに、援護に来た他の敵に投げつけた。
そのまま動きを止めたストライクダガーにビーム砲を撃ち込んで一網打尽にする。
いくら数がいようと敵じゃない!
少なくとも『消滅の魔神』と『白い戦神』、奴らよりも強い奴などこの場にはいないのだから。
勢いを増すエリアスを止められる敵はいなかった。
こちらに突っ込んで来たストライクダガーを斬り裂くと、怯んだ敵部隊にビーム砲を叩き込む。
「こんなもんじゃないぞ! カールやアスラン隊長達の無念は!」
胸の内の憤りを叩き付けるように叫びを上げ、レーザー重斬刀を振い次から次に敵を排除していく。
潜水艦からそれを見ていた艦長が、驚嘆を隠すことなくエリアスを褒め称えた。
「見事な腕前ですな、さすがクルーゼ隊のメンバー。『魔神』達と戦って生き延びただけはある」
「ふ、光栄ですな」
表情を変える事無くそれを見ていたユリウスは眉を顰めた。
あまりに感情的になりすぎている。
あれではいつか足元をすくわれかねない。
「隊長、私に出撃の許可を」
「必要ないよ、ユリウス」
何故と問い返す必要はなかった。
「時間だ」
ラウの言葉に合わせるように空から飛来物が落ちてくる。
あれこそが今回の作戦における切り札―――『グングニール』と呼ばれた兵器だった。
降下してきた物体にジン達が取りつき、マニピュレータで操作し、起動させていく。
装置のカウンターが数字を刻み、そして0になった瞬間―――
凄まじい閃光を放ち、強力な電磁パルスが戦場を駆け巡るとすべての電子機器は停止。
そしてグングニールの影響を受けたマスドライバーは崩壊していった。
マスドライバーが崩れ落ちていく姿にエリアスもホッと一息ついた。
今回の戦闘は完全にザフトの勝利だった。
やったという心地よい満足感が全身を満たしていく。
しかし戦場における残酷な現実が始まったのはここからだった。
味方のジンが動けなくなったストライクダガ―を次々と押し倒し、突撃砲を突き付け破壊したのだ。
「なっ」
それだけではない。抵抗をやめ投降しようとしてきた兵士達まで虐殺し始めた。
何をしている。
「やめろぉ!!」
エリアスはあまりの光景に思わずジン達を止めに入る。
しかし―――
「何故止めるんだよ!」
「そうだ、これはアラスカで死んだ奴らの仇だ!!」
「お前だってさっきまでやってたじゃねぇか!!」
俺はさっきまで同じ様に戦っていた?
エリアスはその言葉に愕然とする。
その通りだったからだ。
かつてカールの言葉が甦る。
≪平然と戦えない民間人さえ殺す者がいる≫とそう言っていた。
今回は民間人ではないが、もう戦意もなく、力もない無力な者たちだ。
彼らを殺す事に何の意味がある?
これは地球軍がアラスカでした事となにが違うのか。
呆然としている間にも虐殺は続く。
その光景を見つめながら思い出すのはかつての自分の言葉―――正義の戦争。
躊躇いもなく口にし、そして信じていた事だが、それももう言葉にする事も出来なくなっていた。
俺は何をやっているんだ?
何が正しくて、何が間違っているんだ?
繰り広げられる地獄の中で止める事も出来ず、そんな事を考えていた。
アークエンジェルの独房の中でイザークはあの事件以降、ひたすら思案する日々を送っていた。
それでも一向に答えは出ない。
どうしたらいいのか?
そうして何度目かのため息をついていると扉が開く。
差し込んで来た光に眩しさを覚えながら目を細めるとあの少女、確かアネットとか言ったか、彼女が食事を運んできた。
「食事よって、ちょっとあんた、ほとんど食べてないじゃないのよ!」
大きな声で注意するが、一瞥しただけで何も答えない。
「そんなんじゃ体壊すわ、きちんと食べなさい!」
この女は何を言っているのだろうか?
もしかして心配している?
チラリとアネットの顔を見ると本気で心配そうにしているのが分かり、益々疑念が募る。
その疑念を消化しきれなかったイザークはそれを声に出して問いかけた。
「……お前は俺が憎くないのか?」
「えっ」
「……俺は知り合いの仇だろう? 何故気にかける?」
その疑問にアネットは答えず、壁際に座るとポツポツと話出した。
「まあ、あんたのした事は許せないけど、それってお互い様だし。私達だってあんたの仲間たくさん殺してる訳でしょ。ならあんただけ責められないじゃない」
その答えに返事ができない。
正直に言えば彼女のような回答が出来る方が稀であり、あのエルザという少女の方がまだ理解できる。
イザークはアネットの方をじっと観察するが隙だらけで、とても訓練を受けた軍人には見えない。
「……お前、本当に軍人か?」
「私は元々軍人じゃ無いし」
「何?」
「私は、ていうかアストやキラ達もだけどヘリオポリスの民間人だったの」
ヘリオポリスの民間人だと!?
「始めから地球軍のパイロットだったんじゃないのか?」
「違うわよ」
彼女の話によれば自分も参加した、ヘリオポリスの新型機動兵器強奪。
あの作戦に巻き込まれ、そして避難民の人たちを、友人達を守る為、軍人に志願したという。
俺が戦っていた相手は軍人ですらなかったのか―――
何度目だろうか、そんな風に打ちひしがれていると今度はアネットが訊ねてくる。
「あんたは何で軍人になったの?」
「俺は……プラントを、守るためだ」
語尾が小さくなり、はっきり言えなかった。
俺は本当にそんな理由で戦っていたのだろうか?
本当は自身のプライドや強さを見せつけたいとそんな幼稚な考えで戦っていたのではないか?
民間人でありながら、友人の為に戦う事を決めた彼らと比べて俺は―――
そんなイザークの心情を知ってか知らずか、アネットは努めて明るい声で言った。
「そっか、あんたも何か守りたいって思ってたんだね。私達と同じだ」
同じなのか?
本当に?
アネットは立ち上がると食器を持つ。
「あんたが悩むのは当然だと思うけどご飯は食べなさい。じゃないと悪い方にばかり考えちゃうわよ」
「おい、お前―――」
「お前って、あ、そっか。自己紹介とかしてなかったっけ。私はアネット・ブルーフィールド。えっと……」
「……イザークだ。イザーク・ジュール」
「そっか、元気出しなさいよ、イザーク」
そう言うとアネットは出ていった。
イザークは運ばれた食事を手元に引き寄せると一口食べる。
それがとても美味しく感じられ、自分が空腹だった事に気が付いた。
「あの女……アネットの言う通りだな」
こんな状態で良い考えなど浮かばない。
食事も取らずにいた自分の迂闊さを恥じいる。
どんな時も万全でいなければ、いざという時になにもできない。
イザークは少しだけ前向きになった自分に気が付くことなく、食事を取った。
パナマ陥落の報はすぐさま全世界に、そしてオーブ、スカンジナビア、赤道連合といった同盟各国にも伝わっていた。
「やはりこうなったか」
報告を聞いたウズミは眉間に深い皺を寄せる。
共に聞いていたアイラもいつもの余裕はない。
これらを想定していたとはいえ、幾分早い。
パナマを失い余裕を無くした地球軍は早急にマスドライバーを確保しようとしてくるだろう。
でなければ早々に宇宙の基地は補給もなく干上がるからだ。
「ウズミ様、こうなっては地球軍が動くのも時間の問題です。外交である程度の時間は稼げるかもしれませんが……」
「時間がないのは承知していた事です。赤道連合の方からも連絡が入っておる」
今も地球軍侵攻に備えた防衛準備はさせているが万全とは言い難い。
だが予測は外れる事無く、地球軍が狙ってくるのはオーブであろう。
スカンジナビア未完成のマスドライバー『ユグドラシル』を狙ってくる事も一応考えてはいたが、今の状況でそれはない。
「あちらはどうなのです?」
「もうじき工場も完成し、生産も開始できると報告が来た」
赤道連合がこの軍事同盟に参加したのには当然訳がある。
元々オーブやスカンジナビア同様、中立の国ではあるが目立った軍事施設等はなく、ザフトや連合からは無視されていた立場というのが正しい。
しかし大西洋連邦の圧力に屈し、連合参加を決めればどうなるかといえば、親プラント国家である大洋州連合との対立は避けられない。
国同士が近いため、すぐに戦場になる場合もあるだろう。
連合も支援はしてくれるかもしれないが、重要拠点のない赤道連合を本気で守ってくれるかといえば疑問が残る。
その点オーブやスカンジナビアは信用できた。
要請すれば即座に対応してくれるだろう。
連合に参加しようが、中立同盟に参加しようが戦場になる可能性があるならば、国の為になる方針を取るべきとした。
その為オ―ブ、スカンジナビアに条件を提示したのだ。
それが2国からのモビルスーツの技術提供と生産工場の建設する事だった。
高い技術を持つ2国から支援を受ければ技術力が向上し、モビルスーツの部品などの生産をおこないオーブやスカンジナビアに輸出していけば経済も潤う事になる。
この条件で赤道連合は軍事同盟に参加したのだ。
「……ともかく今回地球軍の目標はオーブとなりましょう。準備は?」
「アスト・サガミ、キラ・ヤマト両名は『X07A』、『X10A』の搭乗を了承しました」
「こちらもアークエンジェルが参戦を決めてくれた。そしてアドヴァンスストライク、アドヴァンスデュエルの改修、調整が終わり、パイロットにはムウ・ラ・フラガ、トール・ケーニッヒが搭乗するそうだ」
「我が国の『STA-S1』の配備は完了しています。『STA-S2』の方は本国と『ヴァルハラ』防衛に外せませんので」
「分かっている。全てのモビルスーツにイレイズのデータを参考に開発したOSを搭載する事で、稼働時間を大幅に延長させた。そしてわずか数機ではあるが水中用モビルスーツ『シラナミ』も完成している」
これで守り切る。
そのためにこれまで準備してきたのだから。
「後は――」
ウズミは来るべき戦いに備えアイラとの詰めを行った。
オーブが戦いの準備を進めていた頃、地球軍本部は1つの決定を下した。
内容はオーブ侵攻、目的はマスドライバーの奪取。
それだけでなく、3国が組んだ軍事同盟を潰すという目論みも当然ある。
しかし反対意見も出た。
スカンジナビアの外交によってオーブ侵攻に積極的ではない国も存在しており、何よりもビクトリア奪還を最優先にすべきという意見の方が多かったのだ。
しかしそれを黙らせる形で無理やり通したのが、ムルタ・アズラエルである。
彼の圧力によって反対する国々は黙らざるを得ず、オーブ侵攻は決定した。
地球軍がオーブに対し最後通告をおこなったのはそれからすぐの事であった。
マリューはアークエンジェルのブリッジから一人外を眺めていた。
オーブからの地球軍からの最後通告がきたという報告を受けた彼女は、クルーを集めた。
その上ですべてを説明し、退艦するか、それともかつて自分がいた軍と戦うかを選んでほしいと告げた。
マリュー自身は戦うつもりだ。
このまますべて投げ出し逃げる事はできない。
アストやキラ、ムウ達も戦うと聞いている。
結果、そうして残ったのは―――
「退艦希望者十一名。みんな凄いじゃないの。アラスカでの事がよっぽど頭にきたかねぇ。元ユーラシア所属の連中もオーブ軍に入ったって話だし」
ムウがいつもの口調でブリッジに入ってきた。
彼の言う通り、退艦すると決めたのはごく僅かであり、大半が戦う事を選択したという事だ。
しかし再び戦場に赴くというのに、それは喜んでも良い事なのか?
そんな不安のようなものが渦巻き、胸中を複雑にさせていた。
そういえば、もう一つ気になっていた事がある。
「……少佐は何故戻っていらしたんですか」
フレイは元々転属には消極的だった。
ヘリオポリスからの仲間とも良好な関係を築いているようだし、戻ってくるのも分からなくはない。
でも彼は何故戻ったのだろう?
一応見当くらいはついているが、もし外れていたらかなり恥ずかしい。
「今更聞く? それ」
そう言うとムウはマリューを無理やり引きよせ唇を重ねた。
不意打ちで硬直し、唇を離した後も呆然としてしまった。
「これが答え」
ニヤリと笑うムウの顔を顔を背けて見ないようにする。
よりによってこんな方法を使わなくても良いではないか―――
しかしマリューは無理やりキスされた事には全く怒っていなかった。
というか自分の気持ちなど彼にはとっくに見透かされているのだろう。
結局何も言えなくなり顔を真っ赤にしたマリューはブリッジにノイマン達が入ってくるまでムウに抱きしめられていた。
あらかじめ聞かされていた戦いがもうすぐ起こる。
地球軍からの最後通告が届いたという話を聞かされたアストは出撃準備をする為、キラやレティシア、ラクスと格納庫に向かっていた。
新型の訓練をもう少しやりたかったが攻めてきた以上、そんな事を言っていられない。
後は戦いながら調整していくしかないだろう。
「アスト! キラぁ!」
そんなアスト達の正面からカガリが泣きそうな顔で走ってくる。
珍しい。
彼女は普段から感情的ではあるが大勢が見ているにも関わらず、涙を流すなどよっぽど余裕がないのかもしれない。
「どうしたの?」
「いや、だって、オ―ブが戦場になるなんて……」
「ウズミ様やアイラ様から話は聞いていたんだろ」
「そうだけど」
彼女の国や民を思う心は知っている。
アークエンジェルに乗り込んでいたヘリオポリスの避難民達の事も常に気にかけていた。
そんな彼女からすれば国が戦場になる事など耐えられないのだろう。
笑みを浮かべたキラが励ますように肩を叩く。
「心配いらないよ。僕たちも出るから」
「キラの言う通りです。カガリさん、私たちを信じてください」
「それに上に立つ人間がそんな取り乱してどうするんだ?」
「うっ」
カガリは涙を拭き、バツが悪そうに顔を俯かせた。
本当に感情を隠すのが下手だな、彼女は。
その様子にキラは苦笑すると元気づけるように笑顔で言った。
「大丈夫だから」
「キラぁ!」
カガリは再び涙を浮かべ、キラに勢いよく飛びついた。
困惑顔でこちらに助けを求めてくるが、無理です。
俺ではどうにもならない。
そんなキラを笑顔で見つめるラクス。
笑顔に見えるのだが、寒気が走るのは何故だろう。
いつも一緒のレティシアも離れているし、触らぬ神に祟りなしって奴かもしれない。
カガリが落ち着き、再び歩き出した先で見知った顔が話しているのを見つけた。
トール、サイ、カズイだ。
その中でカズイだけが私服に着替えていた。
マリューの話を聞いて戦うと決めた者もいれば降りると決めた者もいる。
カズイは降りるという事だろう。
着替えたカズイをサイとトールが送り出していた。
「元気でな、カズイ」
「えっと、2人は降りないの?」
「俺は最後まで戦う。エフィムの事もあるし、アストやキラばかりに無理させられないからな」
「できる事をするだけだよ。それにオ―ブが戦場になるんだもんな」
2人の決意を聞いたカズイは信じられないような表情になった。
多分みんな降りると思っていたのだろう。
「で、でも、アネットとかミリィは降りるでしょ。女の子だしさ……」
縋るように言うカズイに、2人は憐みの視線を向ける。
自分が降りたいと決めたなら、それで良いと思うのだが―――彼はそれ以上に人の目が気になってしまうのかもしれない。
本当にしょうがない奴だとサイはため息をつくとやさしい声で言った。
「もうさ、他の奴の事は気にするなよ」
「ああ、お前が自分で決めたんだろ。それならそれでいいじゃん」
すると泣きそうな声を出しながらカズイは絞り出すように呟いた。
「でもさ……俺だけ降りるって言ったら、みんな臆病者とか卑怯者とか俺の事、思うんだろ! 解ってるけどさ、でも、俺には―――」
それを聞いていたアストはキラの手をつかみカズイに後ろから近づいていく。
キラが戸惑い気味にこちらを見てくるが無視する。
そしてカズイと肩を組むように腕をまわした。
「うあ、アスト!?」
「サイやトールの言う通りだ。お前が自分で決めた事なんだから誰も文句は言わないさ。戦いが怖いのは当たり前、そこにナチュラルもコーディネイターもない」
アストの言葉にカズイの目が潤む。
「でも、アスト、俺……」
「気にするなって。それより平和になったらまたみんなで遊びに行こう。トールのおごりでさ」
「いいね、それ」
「爽やかに同意すんなよ、キラ!」
「じゃ、サイ?」
「なんで!?」
みんなで顔を見合わせると笑いが込み上げてくる。
トールが「ぷっ」と噴き出した所で、全員我慢できずに笑いだした。
「「「「「あははははは!!」」」」」
まるでヘリオポリスにいた頃のような錯覚を覚える。
あれからまだ一年も経っていないというのに色々あり過ぎて、ずいぶん昔のように感じる。
だからこんなくだらないやり取りが、ずいぶん懐かしい気がした。
「カズイ、死ぬなよ。約束だ」
「また会おう、カズイ」
カズイは涙を堪えたように頷いた。
「……アストもキラも死ぬな」
最後は涙声になっていたカズイの去っていく背中を見えなくなるまで全員で見送っていた。
「……あんな約束して、あいつに余計なものを背負わせたかな」
この先何があるか解らない。
もしかしたら次の戦闘で全滅するかもしれないのだ。
その時、今の約束がカズイの重荷にならなければいいのだが―――
そんなアストの呟きにトールが軽く肩を小突いた。
「何言ってんだよ、みんなで生き延びて約束を果たせば問題ないだろ」
「そうだよ、俺達は死なないさ」
トールとサイは笑顔につられ、こちらも笑みを浮かべる。
「うん、そうだよな」
改めて仲間達の温かさに触れ、アストは再認識する。
こいつらを守るために戦ってきたのは間違いじゃなかったと。
「さて、じゃ俺はブリッジに上がるよ」
サイと別れた後、トールに気になった事を聞いてみた。
「そういえばトールはミリィと話したか?」
「えっ、なんで?」
やっぱり話してないようだ。
最近のミリアリアはかなり寂しそうにしている事に気がついていないらしい。
それでも話しかけてこないのは、訓練の邪魔をしたくないからだろう。
といってもアスト自身、アネットに言われるまでまったく気が付かなかったのだが。
「最近ミリィとあんまり話してないんじゃないか? 訓練ばかりでさ。きちんと話しておけよ。じゃないと「別れる」って言いだされても知らないぞ」
その指摘にトールがたじろいだ。
一応自覚があるのだろう。
「そ、そうだな。じゃ、少し話してくる」
「うん、そうした方がいいよ」
トールはサイの後を追うようにブリッジに向かった。
振り返るとラクスとレティシアは笑顔でアストを見つめていた。
「な、なんです、二人共?」
「アスト君は本当に友達思いですね」
レティシアの笑顔に思わず見とれてしまった。
「そ、そんな事無いですよ。ほら行きましょう」
「素直じゃ無いな、お前」
カガリの言葉に反論する気も起きない。
「ふふ、そうですね。行きましょうか、レティシア」
「ええ」
みんなが笑顔で歩き出した。
キラまで笑っていたし、全員が終始アストの顔を見ていた気がするが、気のせいだと思い込んで振り返らなかった。
独房を訪れたアネットは鍵を差しこんで扉を開ける。
「釈放よ。出て、イザーク」
「……話が全く見えん。いい加減に説明くらいしろ」
イザークはずっと独房の中にいたため、今の状況を何も知らない。
知っているのはここがオーブという事ぐらいだ。
「そっか、そうよね。ごめん、きちんと話す」
アネットがこれまでの事を話し出した。
アラスカで、パナマで、そしてオーブでこれから起きようとしている事を。
「こんな感じかな」
イザークが独房にいた間に大きく事態が動いていたらしい。
「悪いけど、ここを出たらその先は自分でどうにかして。これから戦闘になるの」
自分が着ていた赤いパイロットスーツを手渡される。
「……デュエルは?」
「あれは元々こっちの物。すでにモルゲンレーテが持って行って改修したらしいわよ。今回の戦闘にも使うみたいだし」
それに関しては仕方無い、どの道、輸送の手段もない。
そういえば気になっていた事があった。
アネットの服だ。彼女は未だに軍服を着ている。
話によればすでに『足つき』、いやアークエンジェルは地球軍ではない。
つまりアネットも軍人ではなくなった筈である。
なのに―――
「……何故軍服を着ているんだ?」
「アークエンジェルもオーブ防衛に参加するから。私服じゃ不味いでしょ」
あっさりと言うアネットに面食らうが、それでは返答になっていない。
「そうじゃない。もう軍人ではなくなったんだろう。何故お前が戦う?」
「お前じゃなくてアネットよ! ……あんたと同じって言ったでしょ」
「何?」
「オーブは私の国で、そして友達とか家族とか守りたい。そのために戦うのよ」
何の迷いもなく彼女はそう言った。
その姿は今のイザークにとってはひどく眩しく姿だった。
そしてその時が訪れる。
オーブに近づいてくるのは地球軍艦隊。
それらを率いる旗艦からアズラエルは優雅に外を眺めていた。
腕時計で時間を確認すると丁度良い時間だ。
目障りな同盟はここで叩きつぶしてやる。
ニヤリと笑い合図を出そうとした時、ブリッジのオペレーターが叫んだ。
「オーブ方面から急速接近する物体を感知! 数は4、モビルスーツです!!」
「何ッ!?」
見ると正面から特徴のある機体が猛スピードで突っ込んでくる。
1機は蒼い翼が特徴的な機体『フリーダム』
もう1機は後ろにリフターを背負った赤い機体『ジャスティス』だった。
「いくぞ!!」
キラはすべての砲身を前に構え、ターゲットをロックする。
狙うはモビルスーツを搭載している艦だ。
そして次の瞬間、各砲門から閃光が一斉に発射された。
「いっけぇー!!」
砲口から放たれた攻撃が容赦なく各艦隊に突き刺さる。
直撃した箇所から起こった爆発による凄まじい衝撃が艦を揺らし、破損した部分から炎が上がる。
そして更なる爆発を引き起こし、バランスを崩した艦は撃沈した。
「各艦迎撃!!」
そう命じた艦長の言葉に従って、ミサイルが発射された。
目標はさらに砲撃を行おうとしているフリーダム。
しかしそれを庇うように前に出たジャスティスがビームライフルとビーム砲を使いミサイルを次々と撃ち落としていく。
「くっ、あの2機に砲火を集中―――」
「さらに別方向から高速移動物体!?」
「なんだと!?」
オペレーターが示した方角からさらに別の機体が迫ってくるのが見えた。
白を基調としたその機体『イノセント』が背中のアクイラ・ビームキャノンを構えると戦艦目掛けて狙い撃った。
「上陸する前に叩かせてもらうぞ!!」
強力なビームが戦艦を貫通し、大きな爆発を引き起こして沈んでいく。
そして貫通しなかった艦もビームが直撃した部分から、大きな炎が上がり撃沈させた。
「くっ、あれを落とせぇぇ!!」
艦長の叫びに各艦がイノセントを落そうとミサイルで狙ってくるが、ビームライフルと頭部機関砲を使いすべて迎撃する。
イノセントを操りながら、アストはコックピットの中で驚嘆していた。
シミュレーションでも体験はしていたが実機となるとまた違う。
「凄い!」
以前に搭乗していたイレイズとは比べ物にならない性能である。
今まで自分を縛っていた枷が外れたように縦横無尽に動き回る。
それに追随するように背中にジャスティスのファトゥムーOOに似たものを装備したレティシアの『アイテル』が援護をしてくれる。
背中の装備はアイテル専用の高機動装備『セイレーン』であった。
これはストライカーパックの一つとして考案されたI.W.S.Pを再設計、強化したものであり、同時にファトゥムーOOの試作型でもあるためよく似ている。
違いがあるとすれば斬艦刀『グラム』を装備している事だろう。
「やらせません!」
レティシアはセイレーンのビーム砲と腰のビームガンでミサイルを落とすと同時にビームライフルで各艦の砲台を潰していく。
「おのれ、オーブめぇ! こっちも出撃準備だ! 急げ!!」
アズラエルが苛立ちに任せて叫ぶ。
これが同盟の作戦であった。
どれだけ技術が優れていても、同盟軍と地球軍では物量が違う。
数とはそれだけで脅威なのだ。
だから同盟軍は最も機動力のある機体で奇襲をしかけ、今のうちに戦力を削れるだけ削り、艦隊を足止めしている間に他の部隊の展開を済ませておけば、敵機が上陸して来たとしてもそこを狙い撃ちにする事ができる。
「キラ、ミサイルには構うな! こっちで迎撃する! フリーダムがこの中じゃ、一番火力がある。お前は戦艦を狙え!」
「分かった!」
フリーダムを守るように3機がミサイルを迎撃し、撃ち落としていくと砲撃が艦隊を沈めていった。
思惑通り、かなり有利に戦局は進んでいる。
序盤は完全に同盟軍の作戦勝ちであった。
これでかなりの数が出撃前に海底に沈んだ事になる。
しかし地球軍とて甘くはない。
すぐに反撃が開始される。
この状況に業を煮やしたアズラエルがモニター越しに指示を出す。
そこに映った4人の顔を見据えながら憤怒を抑え込み、子供に言い聞かせるような口調で言った。
「いいかな、君たち。モルゲンレーテとマスドライバーは壊してはいけません。解ってるね?」
そこの居た少年達、オルガ、クロト、シャニ、そしてエフィム。
全員が研究員から貰った薬を飲み干すと、容器を捨てながら鬱陶しそうに答えた。
「他はいくらやってもいいんだろ?」
「ですね」
「……」
「うっせーんだよ、お前ら。新入りみたいに黙ってろ」
アズラエルは先ほどの苛立ちも忘れ、エフィムに語りかける。
「さあ、君の出番だ。思いっきり、殺っておいで」
「……はい」
4機の死神が戦場に躍り出る。
それを確認したアストは眉をひそめた。
見た事もない機体が4つ、オーブに向かって急速に近づいてくる。
「地球軍の新型!? 本土に行く気か!」
この先に行かせる訳にはいかない。
ミサイルを撃ち落としていたイノセントは4機に向っていく。
「なんだあれ」
「敵。まあいいか、アレからやるよ」
クロト・ブエルは自身の機体GAT-X370『レイダー』をイノセントに向けた。
レイダーはイージスと同じく可変機構を持ち鳥のようなモビルアーマーに変形が可能。
その上に乗るのはオルガ・サブナックが搭乗する機体GAT-X131『カラミティ』である。
見る限りいかにも砲戦使用と思われるその機体はバスターの後継機だった。
カラミティはイノセントを狙いスキュラとビーム砲を一斉に発射する。
「おらぁ、落ちろぉぉ!!」
「これくらいで!」
アストは迫る閃光を潜り抜け、カラミティにビームライフルを撃ちこんだ。
しかし今度は別の機体が割り込んできて、そのビームを曲げてしまったのだ。
「ビームが曲がった!?」
「何、あの機体は?」
それを見ていたキラ、レティシア、ラクスも驚く。
コックピットの中でシャニ・アンドラスはほくそ笑んだ。
「効かないよ」
GAT-X252『フォビドゥン』
異様な形のリフターを背負ったこの機体にはゲシュマイディッヒ・パンツァーと呼ばれるミラージュ・コロイドの技術を応用した特殊兵装を装備していた。
これによりビームを屈折、偏向させる事ができる。
「チッ、やっかいな装備を」
「私がやります」
ラクスのジャスティスが前に出るとビームサーベルを連結させハルバード状態で横薙ぎに叩きつける。
「ラクス―――ッ!?」
「どこ見てんだよォォ!!」
「そうそう!」
援護に駆けつけようとしたフリーダムとアイテルにカラミティ、レイダーが襲い掛かる。
カラミティがレイダーから降り、海上を滑るようにホバーで移動すると背中のビーム砲でフリーダムを狙う。
「おらァァ!」
「くっ」
ビームの直撃を避ける為にクルリと機体を回転させ、逆さに反転したままバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲を撃ち込んだ。
しかし敵機は滑るように横に避けるとビームが海面に直撃、海水が跳ね上がり、同時に蒸発させる。
「これでェェ!!
巻き上がった水蒸気がを隠れ蓑に上空に目掛けスキュラを叩き込むがフリーダムは構えたシールドでビームを弾き飛ばした。
しかし敵の怒涛の攻勢はまだまだ続く。
「もらったよ!」
回り込んだレイダーが動きを止めたフリーダムを狙って頭部に装備されたビーム砲ツォーンを放つ。
「喰らえ、抹殺!!」
「やらせない!」
その射線上にアイテルが割り込みツォーンを防御すると、二本の斬艦刀『グラム』を抜く。
「レティシアさん!」
「こっちは任せてください」
レティシアはレイダーにグラムを袈裟懸けに振るう。
クロトはその斬撃を防盾砲を防ぐと弾け飛んだ。
「邪魔すんなよ、必殺!」
破砕球ミョルニルをアイテルに叩きつけるが、レティシアはセイレーンの機関砲で軌道を変えそのまま回避するとビーム砲を放つ。
「当たりませんよ!」
「この!」
叩きこまれたビームを変形したその速度でかわし、再び突撃姿勢を取った。
キラ達がそれぞれの敵と相対していた時、イノセントもまた最後の敵と交戦していた。
「似ている、イレイズに」
その機体はイレイズによく似た機体だった。
腕部に対艦刀、肩からせり出すように2門の砲口、背中には2つの砲身と2対の羽のようなものが付いている。
「後継機か」
失敗作だった筈の機体の後継機とは。
散々世話になった分、何と言うか感慨深い気分になる。
「さらに自分でその機体を破壊する事になるとは」
皮肉な話だと苦笑しながら、腰からビームサーベルを抜くとゼニスに向って斬りかかった。
「ここから先には行かせない!!」
敵機は剣撃をシールドで防ぎ、至近距離から肩のビーム砲を撃ってくる。
「当たるか!」
それを最小限の動きだけで回避すると、再び逆袈裟から光刃を叩きつけた。
横に逃れるように回避するゼニスだが逃がすまいと同時に背中のビームソード『ワイバーン』を展開する。
ビームソードがまるで翼のような刃を形成し、敵機に襲いかかる。
完璧なタイミングの攻撃だ。
しかし相手は刃が直撃する寸前に機体を上昇、直撃を避けるとワイバーンはゼニスのビームライフルだけを斬り裂いた。
アストは驚愕する。
「なんだ今の反応は!? あのタイミングで直撃を避けるなんて……」
驚異的な反応としか言いようがない。
他3機のパイロットもそうだが、本当にナチュラルなのか!?
こちらの驚きなど無視しゼニスは腕部の対艦刀ネイリングを抜き放つとビーム砲を撃ちながら突っ込んでくる。
「反応だけじゃなく、動きも速い!」
ビーム砲をかわしつつ、ネイリングをシールドで受け止めるとビームサーベルを上段から振り下ろす。
しかしゼニスは横に機体を逸らして斬撃を回避するともう片方のネイリングを振り下してくる。
「このぉ!」
ナーゲルリングを展開するとネイリングを受け止めた。
腕部から突き出た刃がビーム刃を止め、2機の間を火花が散る。
ナーゲルリングはイレイズに装備されていたブルートガングの改良、強化したものだ。
威力もそうだが一番の違いは、ビームコーティングが施されている事。
これによってビーム兵器を受け止める事が出来るようになった。
ネイリングを弾き、ゼニスを蹴り飛ばして一旦距離を取るとそこで通信機から声が漏れてきた。
《……に……死……》
なんだ?
《……コーディネ、イターに、死を》
敵の声か、でもこの声はどこかで?
《コー、ディネイター、に死、を》
聞き覚えがある。まさか―――
「……エフィムなのか?」
《コーディ、ネイターに、死をォォォォォォ!!!》
エフィムの絶叫に応えるかのように速度を上げたゼニスはネイリングを構えイノセントに特攻していった。
新型のGATシリーズ投入によって厄介な敵4機が抑え込まれた。
その間に体勢を立て直した地球軍は反撃に出る。
各ストライクダガ―部隊は順次発進させ、そしてもう一手。
アズラエルは再びモニターを覗き込むとそこに映った機体見て、ほくそ笑み命令を下した。
「さあ今のうちに君らにも動いてもらうよ」
「「「了解」」」
モニターに映った機体が発進準備を整える。
≪GAT-01D1 デュエルダガー発進準備完了≫
「ミューディー・ホルクロフト、行くわ」
≪続いてGAT-A01/E2 バスターダガー発進準備完了≫
「シャムス・コーザ、行くぜ」
≪続いてGAT-01A1 ダガー発進準備完了≫
「スウェン・カル・バヤン出る」
格納庫から三機が順次出撃していく。
その名の通りこれらは初期GATシリーズの量産機である。
すべて初期先行試作型の機体だが、その分何度も改修が施されており、同じ機体よりも高い性能を誇っている。
そしてパイロットも特別な訓練を受けた者達だ。
「これでオーブも」
アズラエルはようやく機嫌を直し、笑みを浮かべると戦闘を観戦し始めた。
オーブに脅威が迫りつつあった。
そして同時にもう一つの脅威が近づいてくる。
オーブ軍司令部では各地区で地球軍の迎撃が始まり、各オペレーター共に声を張り上げる。
しかしその内の一人がその情報を読み取り絶句した。
「なにかが戦闘宙域に接近してきます。これは―――」
「どうした!?」
「ザフト軍です!!」
イレイズのデータを参考にしたOSと水中用モビルスーツは杉やんさんのアイディアを使わせてもらいました。
ありがとうございました。
12/15加筆修正しました。