機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第24話  辿り着いた先

 

 

 

 アークエンジェルはザフトの襲撃を退け、満身創痍ながらもどうにかアラスカに辿り着いていた。

 

 しかしその割に艦内は暗くあまりに静かだった。

 

 その理由の1つはようやくここまで来た事で出た安心感と疲労感。

 

 そしてもう1つはエフィム・ブロワの戦死。

 

 正確にはMIA、つまり戦闘中行方不明という事なのだが実質は戦死扱いとなった為だった。

 

 一応戦闘の終息後にマリューがオーブに捜索を頼んだが、未だに報告は上がってこない。

 

 それが意味する事は、皆言わずとも分かっていた。

 

 これはパイロット組に大きな影響を与えた。

 

 特にそれを目の前で見ていたアストは憔悴し、直接操縦を指導していたムウもやりきれない様子でシミュレーターを殴りつけ、キラやトールもしばらくは格納庫に座り込んで動けなかった程であった。

 

 だがそんな消えない傷を負い、多くのものを抱え込みながらも彼らは目的の地にまで辿り着いたのだ。

 

 しかしだから歓迎されるとは限らない。

 

 入港してきた彼らを会議室のような場所で忌々しく見つめていた者達がいた。

 

 「まさか辿り着くとは……ハルバートンの執念でも守っているのですかね」

 

 「守ってきたのはコーディネイターの子供達ですよ」

 

 1人の士官の男が不機嫌な表情を隠そうともせず冷たく告げる。

 

 ウィリアム・サザーランド大佐。ここにいる将校達の中で、誰よりもブルーコスモスの思想に染まった男である。

 

 「そうはっきり言うものではないよ、サザーランド大佐」

 

 「しかし、GATシリーズは今後我らの旗頭になるべきもの。それがコーディネイターの子供に操られていたのでは話になりませんよ」

 

 「まったくです」

 

 「まあ、まあ。どちらにせよ彼らの末路は決まっているのですから」

 

 彼らにとってアークエンジェルがどれだけの戦果を挙げたかなど関係ない。

 

 これがナチュラルだけでなし得た戦果ならもう少し歓迎しただろう。

 

 だがそこにコーディネイターの存在が混じったら駄目なのだ。

 

 心の底からブルーコスモスの思想に染まった彼らにキラやアストと言った不純物の混じったアークエンジェルなど必要ない存在なのである。

 

 「ええ、すでに準備は整っています。もうすぐですよ」

 

 その時、サザーランドの手元のパソコンより甲高い音が鳴る。

 

 キーボードを操作し、通信を繋ぐと1人の男が映し出されていた。

 

 《ごきげんよう、皆さん》

 

 「アズラエル様」

 

 画面にはブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルが笑みを浮かべている姿が映っていた。

 

 よほどいい事でもあったのだろう、ずいぶん機嫌がよさそうに見える。

 

 「何か、ありましたか?」

 

 《うん、こっちの準備が整ったからその報告にね》

 

 「では、最後の機体も―――」

 

 《うん、完成したよ。パイロットもいいサンプルが見つかったしね》

 

 その言葉に周囲から「おお」と声が上がる。

 

 《これで4機になる。ストイライクダガ―も量産に入ってるし》

 

 「後は予定通りに――」

 

 《それで頼むよ。アークエンジェルは十分役に立ったから、もう必要ないしね》

 

 アズラエルの冷たい言葉に追随するようにその場にいた全員が頷く。

 

 「了解しました―――青き清浄なる世界のために」

 

 

 

 

 《作戦統合室よりアークエンジェルへ通達。現状のまま艦内待機せよ。以上だ》

 

 アラスカに入港したマリュー達にかけられた言葉はあまりにあっけないものだった。

 

 「それだけですか? 他に指示は?」

 

 《これだけしか聞いていない。こっちもパナマ侵攻の噂の所為か忙しくてな、とりあえずゆっくり休んでくれ》

 

 それだけ言うと係員もあっさり通信を切ってしまった。

 

 この対応には些か疑問を感じる。

 

 歓迎されずとももっとはっきりした対応があると思っていたのだが―――どちらにせよ、命令ならば従うしか無いだろう。

 

 クルーは艦内待機と指示を受け、アークエンジェルの食堂では仕事を終わらせたヘリオポリスのメンバーで食事を取っていた。

 

 いつもと違うのは訓練ばかりで時間の合わない3人のパイロットとフレイがいる事だろう。

 

 だがその雰囲気は決して明るいとは言えない。

 

 理由は明白で今だエフィムの事が尾を引いていたのだ。

 

 特にアスト、キラ、トールの顔は暗い。

 

 エフィムが変わり、仲間になれるかもしれないと思った矢先だったのだから、そのショックは相当なものだろう。

 

 そんな雰囲気を嫌ったのかフレイが口を開く。

 

 「いい加減にしてくれないかしら。あんた達何時までそうしてるの?」

 

 「ちょっと、フレイ!」

 

 「黙ってて、アネット。私はあんた達よりもあいつの事には詳しいからね。その上ではっきり言わせてもらうけどあいつはきっと後悔なんてしてないわ」

 

 「えっ」

 

 「あいつのコーディネイター嫌いは本物よ。そんなあいつがあんた達と一緒に戦って、そして助けようとした。この意味分かる? それはあんた達を仲間だって思ってたって事よ」

 

 フレイは真剣な表情で話してはいるが、目には涙が溜まっている。

 

 自身も言っているようにこの中では一番多くの時間共有して来たのはフレイだ。

 

 思うところがあるのは当然だった。

 

 「あいつは助けようとした事を絶対後悔なんてしてないわ。だからあんた達も何時までも気に病むのはやめなさい。悔しいならもっと強くなればいい。そして今度こそ守ればいいでしょ」

 

 彼女なりに元気づけようとしてくれている。

 

 ヘリオポリスにいた頃に比べ本当に変わったようだ。

 

 そんなフレイに触発されたのか3人にもぎこちないながらも笑みを見せる。

 

 「……うん。そうだね」

 

 「ああ」

 

 「ありがとな、フレイ」

 

 フレイは目元を袖で拭き、恥ずかしいのか顔を逸らすのを見て皆が笑顔になる。

 

 和やかな雰囲気となったその時、食堂の外から大声が聞こえてた。

 

 「触るな!!」

 

 何事かと食堂から顔を出すと後ろ手に縛られた同い年くらいの少年がいた。

 

 その顔は怒りで歪み、兵士達に怒鳴りつけている。

 

 デュエルガンダムのパイロット、イザーク・ジュールである。

 

 アークエンジェルの甲板に落ちたデュエルはそのまま回収され、彼はそのまま捕虜となったのだ。

 

 「……あれがデュエルの」

 

 拳を握り締め、キラが低い声で呟く。

 

 エル、そしてエリーゼを殺した相手が目の前にいる、怒りが抑えられないのも無理はない。

 

 それはキラだけではない。

 

 エリーゼを知る面々は皆、目の前の少年を睨んでいた。

 

 それに気がついたのかイザークもまた物凄い形相で睨みつけてきた。

 

 「ふん、なんだよ。ナチュラルが!」

 

 明らかに見下した言い方、その視線や態度はシオン達を思い出させる。

 

 気が付くとアストは血が滲むほど拳を握っていた。

 

 必死に殴りかかりたい衝動を抑えていると、キラが一歩前に踏み出した。

 

 「キラ!」

 

 制止も聞こえていないのか、鋭く睨みつけながらイザークの歩み出る。

 

 「なんだ、貴様」

 

 「何で撃った?」

 

 感情を抑えるようにキラが問いかけに何を言っているのか分からないとばかりに首を傾げる。

 

 「はぁ?」

 

 「大気圏突入の時、君はシャトルを撃っただろう? 僕はそれを目の前で見てた。何故撃った?」

 

 「目の前でだと? ……まさか貴様がストライクの!?」

 

 キラの発言でストライクのパイロットであると気がついたのだろう。

 

 イザークは表情を一変させた。

 

 「貴様がぁぁ!!」

 

 後ろ手に縛られながらもキラに掴みかかる勢いで前に出るが兵士達に止められる。

 

 「質問に答えろ」

 

 「ふざけるなぁぁ!!」

 

 興奮したのか暴れて質問するどころではない。

 

 「キラ、気持ちは解るけど今は問い詰めても無駄よ」

 

 「でもっ!」

 

 「なんの騒ぎだ!!」

 

 騒ぎを聞きつけたナタルが走り寄り、イザークを一瞥すると即座に兵士に命じる。

 

 「早く独房に連れて行け!」

 

 「はっ!」

 

 兵士達は敬礼を取ると無理やりイザークを連れていった。

 

 無論彼はキラに対して殺意のこもった視線を浴びせ続けていたが。

 

 ナタルはそんな様子にため息をつくと踵を返す。

 

 だが途中で振り返るとキラに声をかけた。

 

 「……ヤマト少尉、気持ちは解るがいい加減割り切れ」

 

 それだけ言うとそのまま去って行った。

 

 その言葉にキラは何かを考えるように反対方向に歩いていく。

 

 「キラ!」

 

 しかしこちらの呼び声に反応する事無く、そのまま歩き去った。

 

 「大丈夫かな、あいつ」

 

 「……いいよ、後で俺が探してみるから」

 

 騒ぎが収まった後、時間を置いてアストはキラを探していた。

 

 部屋には居なかったので、心当たりを探し一応格納庫の方にも顔を出す。

 

 そこでは3機のガンダムの修理が行われていた。

 

 回収したデュエルはともかくイレイズ、ストライクの状態はお世辞にも良いとは言えない。

 

 ストライクの左腕は完全に破壊され、あのシグーのビーム砲を受けた事で左足も酷い状態らしい。

 

 そしてイレイズはイージスの攻撃で右腕を斬り落とされ、右のタスラムを破壊されてしまった。

 

 その上、左のブルートガングは折れてしまっている。

 

 イージスに斬り落とされた右腕は回収してあるが、タスラムや左のブルートガングは修復できるかわからないという決して良いとは言えない状態であった。

 

 眉を顰めて機体を見つめていたアストに気がついたマードックが話しかけてくる。

 

 「おう、どうした?」

 

 「えっと、キラを見ませんでしたか?」

 

 「いや、こっちには来てないな」

 

 「そうですか……ところでタスラムはどうです?」

 

 「見てみたが、ありゃ駄目だな。砲身から完全に切断されちまってて修復不能。予備もないしな」

 

 返ってきた答えは想定はしていたが、最悪に近いものであった。

 

 しかし何も装着しないという訳にはいくまい。

 

 何かを考えなければ。

 

 「ブルートガングの方は?」

 

 「あれも同じだ」

 

 そもそもイレイズは実戦配備から外された機体であり、武装の予備パーツなどは無いのだ。

 

 「……破壊された方のタスラムを外してアータルは着けられませんか?」

 

 つまり片側にタスラム、もう片側にアータルを装着するという事。

 

 だがそれは本来ない仕様なので、かなり無茶を言っている事になるのだが―――

 

 「それだとOSとかみんな弄る事になるぞ」

 

 「お願いします。このままじゃ戦えませんから」

 

 「ハァ、無茶言いやがって。わかったよ、何とかしてみるさ」

 

 「すいません、後で手伝いますから」

 

 「おう」

 

 一通りの機体状態を確認すると格納庫を後にする。

 

 結局キラ見つけたのは誰もいない展望デッキだった。

 

 今はアラスカのドックに入った状態で外は何も見えない為、誰もいない。

 

 そこで手にトリィを持ち、複雑な表情のまま眺めている。

 

 「……キラ」

 

 「アスト、どうしたの?」

 

 「ちょっと話がしたくてな」

 

 キラに並んで外を見る。景色は見えない代わりにアークエンジェルの傷つけられた部分の修理が行われている所が見えた。

 

 手元のトリィを見ると、アストは今になって罪悪感に襲われた。

 

 そう、自分はキラの友達を殺した。

 

 覚悟は決めていたし、そうすると宣言していた。

 

 それでもキラには相当なショックだったに違いない。

 

 「……ごめん、キラ」

 

 「えっ、何が?」

 

 「俺はキラの友達を殺した……」

 

 そう言うと悲しそうにキラが俯いた。

 

 「アストが謝る事じゃないよ。本当なら僕がやらなきゃいけない事だったんだよ」

 

 「キラ」

 

 「……でも、やっぱり僕はまだ心のどこかでアスランを敵だって思ってなかった。だから凄く悲しい。でもそのアスランがエフィムを殺したんだ。それは絶対に許せない」

 

 キラは酷く複雑そうに呟くと、悲しみと憎しみが混在しているような表情を浮かべた。

 

 「これが戦争なんだよね。こうなるって解ってたはずなのに。バジルール中尉の言う通りだ。だからもうけじめはつけなくちゃ」

 

 そう言うと手元のトリィのスイッチを切るとアストに手渡してくる。

 

 「キラ!?」

 

 「アストが預かっていてくれないかな?」

 

 「でも、それは……」

 

 敵だったとはいえ大事な幼馴染から貰った、大切なものの筈だ。

 

 それを―――

 

 「いいんだ。これを持つ資格はもう僕にはないから」

 

 資格なら自分にもない。

 

 キラにそんな思いをさせたのは自分なのだから。

 

 「キラ」

 

 「勘違いしないでほしい。アスランの事を忘れるとかじゃない。ただ区切りをつけたいだけだよ」

 

 「……わかった。預かっておくから」

 

 そう言うとトリィを受け取る。

 

 「じゃ、僕も格納庫に行ってくるよ」

 

 「ああ」

 

 展望デッキから出て行くキラの背中に問いかける。

 

 「キラ、一つだけ聞いてもいいか?」

 

 「何?」

 

 「もし、あいつが生きていたらどうするんだ?」

 

 あの状況で無事とは思えないが、コックピットを直接潰した訳ではない。

 

 生きている可能性もあるだろう。

 

 「……そうだね。戦う事に変わりはないけど、でも少し話がしたいかな」

 

 そう言うとそのまま歩いて行った。

 

 手元の動かないトリィを見ながら敵の事を思い出していた。

 

 これまでの事に後悔はない。

 

 もしアスランが生きていたとしても、再び戦う事になるだけだろう。

 

 そして奴もまた同じ事を考える筈だ。

 

 なのに、アストはどこかで生きていると良いと思っている事に気が付く。

 

 「自分勝手だな、本当に」

 

 アストは苦笑すると展望デッキを後にした。

 

 

 

 

 結局それから数日間アークエンジェルに指示はなく、ただ待機だけが命じられた。

 

 いくらパナマ侵攻に備えてとはいえこの状況は異常である。

 

 捕虜の扱いにさえ何も言ってこないのだから。

 

 その為か、クルーのストレスは溜まる一方だったが、やっと動きがあった。

 

 アークエンジェルの査問会が開かれる事になったのである。

 

 部屋にはアークエンジェルの士官たちが集められ、そして入ってきた数人の将校たちに敬礼する。

 

 「ウィリアム・サザーランド大佐だ。諸君ら第8艦隊所属アークエンジェル審議、指揮を任されている」

 

 サザーランドの冷淡と思われる程冷たい声色の言葉で査問会は始まった。

 

 ヘリオポリスの戦闘の件から、ここアラスカにたどり着くまでの説明していく。

 

 それをサザーランドは不愉快そうに聞いていた。

 

 「―――以上が報告になります」

 

 「ふん、大した戦歴だな。マリュー・ラミアス艦長」

 

 それは誰の目から見ても明らかな皮肉だった。

 

 「まぁ、すべてはコーディネイターの子供がいたことが不運と言ったところかな」

 

 「は?」

 

 どういう事だろうか?

 

 彼らが、アストやキラがいたことが不運?

 

 2人がいなければ私達はここに来れなかったのに?

 

 「君も報告の中でもあっただろう。驚異的な力だと。その驚異的な力がなければここまでの犠牲は出なかっただろうな」

 

 「しかし彼らがいなければ―――」

 

 「彼らがいなければヘリオポリスは崩壊せず、アルテミスは陥落せず、第8艦隊も無事だったかもしれない」

 

 つまりそれは―――あの時何もする事無く自分達に死ねと言っているのと同じだ。

 

 他の士官もそれに気が付いているのだろう。

 

 全員の顔が驚愕に染まっている。

 

 「そして彼らにストライク、そして研究用だったイレイズすら引っ張り出して乗せてしまったのは君だろう?」

 

 「すべては私の判断ミスだと?」

 

 「私達はコーディネイタ―と戦っているのだ。子供だろうと関係ない! 奴らがいるからこそ世界は混乱するのだよ!」

 

 マリューは戦慄した。

 

 かつてハルバートンは言っていたのだ。

 

 ≪上の連中はどれほどの兵が戦場で命を落としているか数字でしか知らんのだ!≫と。

 

 これが地球軍上層部の考え方。

 

 話に筋は通っているように見えて、すべてはコーディネイターに対する憎悪と偏見に帰結している。

 

 「まあ過ぎた事を言っても仕方あるまいな」

 

 サザーランドは冷めた口調で進めていく。

 

 それこそ何の興味もないと言わんばかりに。

 

 それからの査問はただ事務的に行われた。

 

 マリューも、そして他の士官たちもただ心中には虚無感だけが燻り、普段規律だ、軍規だと口にしているナタルでさえ、どこか虚しそうにただ座っていた。

 

 この時の誰しも思っていたに違いない。

 

 ―――これまでの戦いはなんだったのだろうか?

 

 ―――自分達はなんの為にここまで来たのだろう?

 

 そんな虚しい気分が消えないまま、査問会が終了する。

 

 「これで当査問会は終了する。長い質疑、応答ご苦労だった」

 

 その言葉には何の感情も籠っていない。

 

 だがもうどうでもよかった。

 

 ただこの男の顔は当分見たくはない。

 

 将校たちが部屋から出ていく中、サザーランドが立ち止まり、言い残していたとばかりに口を開いた。

 

 「アークエンジェルの任務は追って通達する」

 

 その指示に全員が顔を顰めた。

 

 それはまた基地内待機という事に他ならないからだ。

 

 だが次に続く言葉にさらに驚いた。

 

 「ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉、フレイ・アルスター2等兵には転属を命じる。それ以外の乗員は現行のままだ」

 

 「アルスター2等兵もですか?」

 

 「彼女はアルスター事務次官の娘。その娘が父親の仇を討つために志願する。いい話だとは思わんかね? 彼女の戦う場所は前線でなくとも良いのだよ」

 

 つまり彼女の立場と境遇をプロパガンダに利用しようという事だ。

 

 別に彼女自身がどう思おうと構わない。

 

 美談は軍が勝手に作り上げれば良いのだから。

 

 「以上だ。早く持ち場に戻りたまえ」

 

 そこには労いも何もない。

 

 面倒事は終わり、そのような雰囲気だ。

 

 彼らの中の虚無感は大きくなっていく一方だった。

 

 

 

 

 アストはアネットと共に食事を持って歩いていた。

 

 行先は捕虜のいる独房である。

 

 アラスカについてずいぶん経つが艦内待機のままでなんの音沙汰もない。

 

 ようやく艦長達が査問会に呼ばれ何らかの動きはあるのだろうが、クルーのストレスは増すばかり。

 

 もはや誰も捕虜の食事の事などどうでもいいとほったらかしの状態だった。

 

 そこで面倒見のいいアネットはそれを見て「私が持って行く」と言いだし、流石にあの捕虜の所へ1人で行くのは心細いだろうとアストが一緒が同行する事にしたのだ。

 

 そういえば前にもこんな事があった。

 

 あの時は予想に反し友好的な相手であったが、今回は違う。

 

 典型的なプラントのコーディネイターである。

 

 「どうしたの、アスト?」

 

 「ん?」

 

 「なんか怖い顔してたけど」

 

 どうやら表情に出ていたらしい。

 

 首を振って気分を変えると息を吐き出す。

 

 「ああ、何でもないよ。ちょっと緊張してるのかも」

 

 「ちょっと、しっかりしてよ。男でしょ」

 

 「ああ」

 

 独房に着くと扉を開けるとそこから見えた薄暗い通路の奥にある独房に捕虜がいる。

 

 イザークはこちらに気が付き睨みつけてくるがアネットは気にせず話しかけた。

 

 「食事よ。遅くなって悪かったわ」

 

 しかし何の返事もせずに、ただこっちを睨んでいる。

 

 取りつく島もないとはこの事だろう。

 

 ため息をついてアネットが去ろうとすると突然声を掛けてきた。

 

 「奴を、ストライクのパイロットを連れてこい」

 

 その言葉にアストが反応し、アネットを下がらせてイザークと向き合った。

 

 「何故」

 

 「何故だと!?  決まっている! 奴は―――」

 

 「仲間を殺した相手だから恨み事の1つでも言いたいと?」

 

 そう言うと今度はこちらを睨みつけてくる。

 

 図星という事だろう。

 

 「ハァ、なら俺でも良いだろう。俺はイレイズのパイロットだ」

 

 「なっ!?」

 

 告げられた事実に驚愕し目を開くと鉄格子に張り付いて怒鳴りつけてきた。

 

 「貴様がぁぁ!! 貴様の所為でどれだけの仲間が死んだと思ってる!!」

 

 「……そうだな。俺が殺した。それは否定しないし、責めも受ける。でもお前はどうなんだ? ナチュラルの人を何人殺してきた?」

 

 「ふん、貴様らナチュラルが何人死んだところで知った事か!! それより―――ッ!?」

 

 イザークの罵倒は続かなかった。

 

 アストが先程までのどこか負い目のある表情ではなく、氷のように冷たい目でイザークを睨んでいたからだ。

 

 「……お前らはいつもそうだ。そうやってナチュラルの人を見下して、命も軽く見て、そんなに偉いのか!!」

 

 鉄格子に手を伸ばし、そばに来ていたイザークの胸倉を掴み上げる。

 

 振り切ろうとしても思った以上の力で掴み上げられ動けない。

 

 「教えてやる。俺はコーディネイターだ!!」

 

 「な!?」

 

 驚愕で動けず、同時に告げられた事実に頭が働かない。

 

 「ちょっと落ち着いて、アスト!」

 

 アネットが止めに入るが、アストは頭に血が上っているのか胸倉を掴み上げたままだ。

 

 だがイザークはさらに混乱していた。

 

 今アネットが呼んだ名には覚えがあったからだ。

 

 そう、アスランとカールが話していた時に出てきた名前―――

 

 「……お前がカールの言っていたスカンジナビアのコーディネイターか?」

 

 「あいつから話でも聞いたか? そうだよ! お前らプラントのコーディネイターはいつもそうだ! 自分勝手な理由であっさり人を殺す! ナチュラルが何人死のうが関係ないだと、ふざけるな!!」

 

 その剣幕とカールの告げた事実を聞いていた為、簡単に声がでない。

 

 だが、怯んで堪るかと必死に反論を絞り出す。

 

 「……血のバレンタインを引き起こしたのは―――」

 

 「だからお前達は何をしてもいいのか! 誰を殺そうが許されるのか!!」

 

 「くっ」

 

 さらに力が込められ、呼吸が苦しくなる。

 

 それを驚きながら見ていたアネットだったが、アストに飛びついてイザークから引き離す。

 

 「アスト、落ち着きなさい!!」

 

 互いの荒い息だけが独房に響く。

 

 「カールは前の戦闘で俺が殺した」

 

 「何っ!?」

 

 イザークの萎えかけた怒りが再び湧いてくる。

 

 こいつがカールを―――

 

 「でもな、俺の中にはなにもない。殺してやりたいとさえ思っていたのに、すっきりしたどころか逆に嫌な気分だよ」

 

 落ち着いてきたのかただ淡々と語る。

 

 「お前はどうなんだよ。嫌いなナチュラル殺してすっきりするのか?」

 

 「それは……」

 

 アストは答えないイザークに背を向け独房を出ようとする。

 

 「待て、話はまだ―――」

 

 「……ああ、もう1つだけ。ストライクのパイロットもコーディネイターだ」

 

 「なっ」

 

 さらに追い打ちをかけるような事実を突きつけられた、イザークはもう絶句するしか無かった。

 

 「あの時キラが言おうとした事を教えてやる。お前が撃ったシャトルに乗っていたのはな、ヘリオポリスの民間人だよ」

 

 「えっ」

 

 「お前らの攻撃で崩壊したヘリオポリスの避難民が乗っていたんだ! その中には子供もいた! そしてコーディネイターだっていたんだ!」

 

 それだけ言うとアストは独房から出るとアネットもそれを追う。

 

 だがイザークはそれどころでは無い。

 

 告げられた事実を受け止める事が出来ず、フラフラと備え付けのベットへ座り込んでしまった。

 

 「……俺はなにをしているんだ?」

 

 頭の中が混乱している。

 

 自分は民間人を殺した?

 

 イレイズ、ストライクのパイロットがコーディネイター?

 

 カールが死んだ?

 

 イザークは自身の告げられた罪、そして仲間の死の事実を受け止める事が出来ず、ただ呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 アネットは独房から出たアストを追って外に出る。

 

 「アスト!」

 

 「……ごめん、アネット。感情的になってしまった」

 

 「それは仕方無いと思う。私だってあいつのもの言いは腹が立ったし」

 

 アネットがわざと腰に手を当て怒って見せるとアストも口元に笑みが浮かぶ。

 

 だがどこか元気がない。

 

 「……あのさ、なにかあったら言ってね。悩みとか」

 

 「えっ」

 

 「あんたもキラも抱え込みすぎ。少しは頼りなさいよ」

 

 「……ありがとう、アネット」

 

 先程までのどこか冷たく、嫌な気分が無くなり、暖かなものが広がっていく。

 

 アストは笑みを浮かべ、アネットに感謝しながら歩き出した。







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