機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第21話  近くて遠い場所

 

 

 

 アークエンジェルはようやくオーブ近海までたどり着いていた。

 

 このまま何事もなくアラスカまで辿り着けるかとも思っていたのだが、そこで待ち構えていたかのようにザフトによる幾度か目の襲撃を受けたのである。

 

 これが今まで通りディンやグーンによる攻撃だったならさほど驚きもなかっただろう。

 

 アストやキラだけでなくエフィムとトールの技量もかなり上がっている。

 

 特にシミュレーション訓練を行い始めてからの彼らの技量は以前とは比較にならないくらいである。

 

 油断は禁物だが通常の戦闘ならば危うげなく終わった筈だ。

 

 それぐらいアークエンジェルのクルーたちも戦闘に慣れている。

 

 だが今回ばかりは話が違った。

 

 今襲撃して来ているのは彼らと最も因縁深い相手、奪取されたガンダムを使う部隊だったのだ。

 

 「こんなところまで追ってくるなんて!」

 

 「イーゲルシュテルン、被弾!!」

 

 「損傷率20%を超えます!!」

 

 ガンダムの高い火力にアークエンジェルの武装は破壊され、徐々に追い詰められていく。

 

 バスターのスナイパーライフルの一撃が装甲を掠め、デュエルのミサイルが襲いかかる。

 

 その後ろからブリッツとイージス、そしてディンが同時に襲撃してきた。

 

 防戦の為すでに出撃していたイレイズ、ストライク、3機のスカイグラスパーが迎撃する。

 

 「ウォンバット照準! 全機にグゥルを狙えと伝えろ!」

 

 「グゥル?」

 

 「モビルスーツを乗せて飛行している物だ」

 

 「了解!」

 

 ナタルの指示でミリアリアが全機に伝える。

 

 それを聞いたアスト達も足もとのグゥルを狙って攻撃する。

 

 「アスラン・ザラ!!」

 

 アストは先程からこちらを執拗に狙ってくるイージスを攻撃する。

 

 どうやら向うもこちらを倒そうと強く意識しているらしい。

 

 それは望むところである。

 

 「アスト・サガミ、お前を倒せば!」

 

 「アスラン、援護します!」

 

 「頼む、ニコル」

 

 こいつさえ倒せば――― 

 

 ビームライフルを構え、ブリッツ共に宿敵を攻撃する。

 

 その後ろからはディンが援護につき、ミサイルで迎撃していった。

 

 「ディンは少佐達に任せて、俺は―――」

 

 視線の先にはイージスとブリッツの2機がいる。

 

 アスランと決着をつけるのはいいが、邪魔が入っても面白くない。

 

 狙いを定めたアストは甲板の上から飛び上がり、ビームサーベルを抜くと前に出ていたブリッツに斬りかかった。

 

 「イレイズ!!」

 

 お互いの構えたビームサーベルが空中で交錯する。

 

 その攻防は長くは続かず、宇宙とは違い勝負は一瞬でついた。

 

 光刃を潜り抜けたイレイズはビームサーベルを上段から振るい、ブリッツの右腕を捉えるとそのまま斬り飛ばしたのである。

 

 「なっ!?」

 

 それに驚いたのはニコルだった。

 

 イレイズの動きは前とは明らかに違っていた。

 

 それでも怯む事無く残った左のグレイプニールを放つがあっさりと避けられてしまう。

 

 アストはそのまま機体を回転させ、ブリッツの両脚部を切断すると残った上半身にタスラムを至近距離で直撃させ、吹き飛ばした。

 

 「うわああああああ!!」

 

 「ニコル!?」

 

 PS装甲は切れていなかった為、胴体は破壊されなかったものの、吹き飛ばされた上半身は海中に沈み、脚部はグゥルと共に爆散する。

 

 あまりに鮮やかな動きにアスランは思わず呆気にとられてしまった。

 

 一体どれだけの修羅場をくぐればあのような事が出来るのか。

 

 仲間をやられた憤りを怒りを込めて、宿敵を睨みつける。

 

 「よくもぉぉぉ!!」

 

 アークエンジェルの甲板に降りようとするイレイズをビームライフルで狙う。

 

 だが容易くシールドで防がれ、そのまま近くのディンを踏み台にして蹴落とすと無事に甲板に帰還して見せた。

 

 「アスト・サガミ!!!」

 

 あそこまでの技量をこの短期間に身につけたというのか。

 

 そんな敵の姿に焦れたのかデュエルが前に出た。

 

 「待て、 イザーク!!」

 

 「うるさい!!」

 

 こんな状況で黙ってなどいられない。

 

 そんな焦った行動が裏目に出たのか呆気なくグゥルを破壊されると、飛び上がりアークエンジェルに取りつこうとしてくる。

 

 それを見たキラが静かに告げる。

 

 「僕が行く。援護を」

 

 「了解」

 

 2人とも自分でも驚くほど酷く冷静だった。

 

 訓練成果が出ているのだろう。

 

 目の前の敵に全く脅威を感じない上、あのシグーがいないのも大きい。

 

 敵を退けるだけなら、SEEDを使うまでもない。

 

 2人は日々苛烈な訓練と実戦によってほぼ任意にSEEDを発動できるようになっていた。

 

 イレイズの援護を受けストライクはスラスターを吹かして飛び上がると武器を構える事はなくそのままデュエルに向かって行く。

 

 それを見たイザークは激高した。

 

 自分と戦うのに武器を構えるまでもないという事か!

 

 「舐めるなぁぁぁぁ!!」

 

 ビームサーベルをストライクに向けて振り下ろす。

 

 だがキラは避ける素振りも見せず振り下ろされた腕を掴み、下方に引くと同時に近くにいるバスターに向け投げつけた。

 

 「何ぃぃぃ!?」

 

 「おい、イザーク!?」

 

 空中で激突した二機はそのまま絡み合って海面に落ちていく。

 

 それを見届けると近づいてきたイージスの動きを阻害する為、ビームライフルを放つ。

 

 「くっ!?」

 

 イージスはシールドを構えて防御しながら、撃ち返すがキラを捉える事ができない。

 

 甲板に着地したストライクは再び迫るディンを迎撃する。

 

 アスランは戦慄した。

 

 こんな短い攻防であっという間にディン数機と3機のガンダムを撃墜、または無力化したのである。

 

 バルトフェルド隊やモラシム隊を退けた時点で分かってはいた事だが、あの2人の技量は尋常ではない。

 

 「くそぉ、カール援護しろ」

 

 「エリアス、焦るな」

 

 2人の乗ったジンアサルトが脚部のミサイルポッドでアークエンジェルを攻撃する。

 

 「取りつかせるか! 坊主共ついてこい!!」

 

 「「了解!!」」

 

 3機のスカイグラスパーがジンアサルトを牽制する。

 

 敵もまた肩のガトリング砲で応戦するがムウのスカイグラスパーの動きを捉える事が出来ない。

 

 「なんなんだ、あの戦闘機は!?」

 

 「気をつけろ、動きが違うぞ!」

 

 ムウの動きに合わせるようにエフィムとトールも動いていく。

 

 2機のジンアサルトと3機のスカイグラスパーの交戦は絶妙の連携をもって互いを落そうと攻勢に出た。

 

 ここまでの戦闘、一見アークエンジェルが優位に立っているように見えるが、数というのはそれだけで脅威でもある。

 

 3機のスカイグラスパー、2機のガンダムが敵を未だに迎撃しているが彼らがいかに優れていてもこの数すべてを捌けてはいない。

 

 3機のガンダムが戦線離脱した事で戦況は優位になっているものの、度重なる被弾はアークエンジェルに深刻なダメージを与えていた。

 

 そしてこの戦いはこの海においてもう一つの敵を呼び寄せてしまう事になる。

 

 「海上にオーブ艦隊です!」

 

 「助けに来てくれた!」 

 

 カズイが歓喜の声を上げる。

 

 彼からすれば故郷の軍隊が助けに来てくれたと思っているのだろう。

 

 しかしマリューは厳しい顔を崩さないまま冷たく命じる。

 

 「不味いわね。領海に寄りすぎた。取り舵10」

 

 「何でですか!」

 

 カズイが思わず抗議の声を上げる。

 

 普段ならあり得ない事だがそれだけ今の状況に追い詰められているという事だろう。

 

 「オーブは友軍ではないわ。これ以上近づけば撃たれる」

 

 「そんな……」

 

 それを裏付ける様にオーブ艦隊より入電が入ってくる。

 

 《接近中の地球軍、及びザフト軍に通告する》

 

 《中立であるオーブ連合首長国は武装した戦艦、航空機、モビルスーツなど領海、領空の侵犯を一切認めていない》

 

 《ただちに進路を変更されたし》

 

 その時ブリッジに駆け込んでくる者がいた。

 

 金髪の少女カガリ・ユラだった。

 

 後ろにはつき従うようにキサカもついて来ている。

 

 「構うな! このまま突っ込め!!」

 

 「あなた何を―――」

 

 「オーブ艦隊につなげ! 私が話す!!」

 

 呆然とするカズイのインカムをひったくると怒鳴りつけた。

 

 「これからアークエンジェルはオーブの領海に入る。だが撃つな!!」

 

 《なんだ、お前は》

 

 「私は……私はカガリ・ユラ・アスハだ!」

 

 《なっ、ひ、姫様がそんな艦に乗っているはずはない、そして確証もない。仮にそうでも従う事は出来ん》

 

 そう言うと一方的に通信を切ってしまう。

 

 「おい、待て!」 

 

 その間にもディンの攻撃は続き、アークエンジェルが被弾していく。

 

 「エンジン被弾、推力低下!」

 

 「高度維持できません!」

 

 その様子を見ていたキサカがマリューにそっと耳打ちする。

 

 「これでは領海に落ちても仕方無いだろう。心配ないさ、第2護衛艦軍の砲手は優秀だからな。上手くやる」

 

 彼女がオーブの姫なら常につき従っていたこの男も――

 

 マリューはため息をつくと命じた。

 

 「ノイマン少尉、操舵不能を装い領海に突っ込んで! オーブ艦隊への攻撃は厳禁、各機に打電!」

 

 「了解!」

 

 そのやり取りは外にも伝わっていた。

 

 アストはオーブの領海に突っ込む前に飛びイージスに斬りかかり、それにアスランも応じた。

 

 イレイズのビームサーベルをシールドで受けとめるが、イージスのビームサーベルは空を斬る。

 

 シールドで突き飛ばされたと同時に別方向からビームが飛んでくる。

 

 避ける間もなくビームがイージスのグゥルを貫通する。

 

 「くっ、キラか!?」

 

 ライフルを構えるストライクに複雑な視線を向けるとグゥルから離脱、せめて一矢報いるためイレイズをビームライフルで攻撃した。

 

 しかしイレイズはスラスターを使い一瞬上昇、機体を水平にしてビームをかわし、さらにその状態からタスラムを放った。

 

 「なっ、ぐあああああ!!」

 

 虚を突いた攻撃にアスランは全く反応できずに直撃を食らい海に落下していった。

 

 それを尻目にイレイズは危うげなくアークエンジェルの甲板に着地する。

 

 「キラ、援護ありがとう」

 

 「大した事ないよ。それにしても彼女、お姫様だったんだね」

 

 「……ああ、そうだな」

 

 今までの自分達の失礼な言動を考えれば正直背筋が凍る。

 

 時代が時代なら不敬罪で処刑されていたかもしれない。

 

 しかしあの子が姫とは―――

 

 「……似合わないな」

 

 「……また殴られるよ」

 

 改めて苦笑いが止まらなかった。

 

 こんな所を見られたらキラの言うようにまた殴られるかもしれない。

 

 他の敵は撤退していく姿を見届けると二機はアークエンジェルに帰還した。

 

 

 

 閣僚室でこれらすべてを見ていたオーブの閣僚達は一斉に今なお黙っているウズミ・ナラ・アスハを見た。

 

 ウズミは立ち上がると静かに告げる。

 

 「とんだ茶番だが、仕方あるまい」

 

 「アイラ王女には何と?」

 

 現在とある理由があって国を訪れていたスカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトもこの騒ぎには興味を持つだろう。

 

 「後で私から話そう。かの艦とモルゲンレーテにもな」

 

 「『彼女ら』の事が落ち着いたばかりでこれとは」

 

 閣僚の1人がぼやくように言う。

 

 オーブにアークエンジェルが来る前に起こった事案がようやく片が付いたばかりで新たな問題がやってきたのだから、ぼやきたくなるのも分かる。

 

 「本当に仕方ありますまい」

 

 かの艦についてはオーブも責任があるのだから。

 

 

 

 

 「こんな発表を信じろっていうのか!!」

 

 イザークが怒鳴りながらテーブルを殴りつける。

 

 彼が怒るのも無理はない。

 

 オーブのアークエンジェルの行方についての公式発表。

 

 その回答がアークエンジェルはすでにオーブを離脱しているというとても信じられないものだった。

 

 あれだけの損傷を受けた敵艦が、そう簡単に動ける筈はない。

 

 「舐められてんのかね。やっぱり隊長が若いせいかなぁ」

 

 アスランはディアッカの皮肉は無視して話を進める。

 

 「これがオーブの正式回答というならここで揉めていても解決はしないだろう。カーペンタリアからも圧力は掛けてもらうが、すぐ解決しないならば潜入する」

 

 「足つきの動向を探るんですね」

 

 カールが冷静に捕捉してくれる。

 

 「突破すれば足つきがいるさ! それでいいじゃない!」

 

 なおも食い下がってくるディアッカにアスランは冷たい口調で言う。

 

 「ヘリオポリスの時とは違う。軍の規模もな」

 

 「なにぃ」

 

 「オーブの技術力の高さは言うまでもないだろう。中立といったところで裏に何を隠しているかはわからない国だ。それに俺達の戦力は低下しているんだ。シリルが来るまでは迂闊な行動は取るべきじゃない」

 

 そう言われれば反論のしようがない。

 

 さっきの戦闘でディンは半数が撃墜、または損傷を受けた。

 

 何より大きいのがニコルの離脱である。

 

 ブリッツは大破に近く修復にもかなりの時間を要する上、ニコル自身も怪我を負ってしまった。

 

 今、仮に戦ってもあれだけの力を持った2機相手にどこまでやれるか。

 

 シリルの機体改修が遅れているために、合流していなかったのが大きかったのか。

 

 どちらにせよ、確証がない以上は迂闊に動けない。

 

 「潜入するのは俺、イザーク、ディアッカ、エリアス、カールだ」

 

 「ふん、OK、従おうじゃないか。潜入も面白そうだし。案外奴らの、ガンダムのパイロットの顔が拝めるかもしれないしな」

 

 出ていくイザーク達を見てアスランはため息をついた。

 

 全く、自分が隊長になったのが気に入らないのは分かるが、もう少し協力的になってくれたなら作戦もやりやすいというのに。

 

 「隊長、自分がフォローしますから」

 

 「ありがとう、カール」

 

 カールの気遣いに少し気が楽になった。

 

 あいつらは必ずいる。

 

 だからこそ今までの因縁に決着をつけなければならないのだ。

 

 命を落とした仲間達の為にも。

 

 

 

 

 

 オーブに入国したアークエンジェルはしばらく待機を命じられ、その後呼び出されたマリュー達はオノゴロ島の中にある指令本部のある部屋に案内されていた。 

 

 カガリの護衛役だったキサカ、正確にはオーブ軍レドニル・キサカ一佐の話では、今から会うのはオーブの獅子ウズミ・ナラ・アスハらしい。

 

 ヘリオポリスの件以降代表の座を退いたらしいが今だその影響力は大きい。

 

 そのような人物が直接話そうというのだ。

 

 最初こそ困惑したが、現状を考えれば当然かもしれない。

 

 中立国であるオーブが地球軍所属のアークエンジェルを受け入れた事で、当然ザフトからも圧力がある筈である。

 

 そこに何かの思惑があるのは間違いない。

 

 「お待たせして申し訳ない」

 

 扉を開け壮年の男性が入ってくる。

 

 彼こそがウズミ・ナラ・アスハだろう。

 

 別に何かしている訳でもないのに威圧感が違う。

 

 座っていた椅子から立ち上がり、互いに挨拶と自己紹介をするとウズミが座るのを確認しマリュー達も腰かけた。

 

 「さて早速話を始めましょう。まず言っておきますが公式に貴方達はわが軍に追われすでに領海から離脱したという事になっている」

 

 「はい」

 

 「まさか助けてくださったのは娘さんが乗っていたからという訳ではないのでしょう?」

 

 ムウがいつも通り軽い口調でウズミに問うが、彼はニコリともせずに鋭い視線で見つめ返してきた。

 

 「君達の艦にいる避難民ならいざ知らず、国と馬鹿娘とを天秤にかけるとでも?」

 

 「失礼しました」

 

 悪びれる様子もなくムウが詫びる。

 

 仮にも権力者相手にこの胆力はある意味凄い事なのかもしれない。

 

 「最初にお話しておくと我が国オーブは中立国。何故我々が中立を保つのか、それはナチュラル、コーディネイター双方ともに敵に回したくはないからだ。無論たやすくはない。これらを保つには力が必要。しかし持ちすぎれば危険視され狙われる。だがそれでも力は必要なのだ」

 

 何が言いたいのだろうか。

 

 困惑気味なマリュー達に気がついたのか、こほんと咳をして話を戻した。

 

 「少し話がそれましたな。色々、君達と話もしたいのだが時間もない。単刀直入に何故貴方達を助けたのか話そう。オーブが希望するのは2つ。1つ目はヘリオポリス避難民の全員の引き渡し。もう1つはアスト・サガミ、キラ・ヤマト両名の戦闘データを取らせて貰いたい」

 

 

 

 

 ウズミとの対談を終えアークエンジェルに帰還したマリュー達は艦長室に集まり、オーブの提案について話をしようとしていた。

 

 だが、誰も口を開かず、部屋は沈黙が支配していた。

 

 ただ黙っていた訳ではなく困惑していたというのが正しいかもしれない。

 

 避難民の引き渡しについては問題はない。

 

 むしろ早々に引き取って貰いたいくらいだ。

 

 エルザ・アラータの件もあるが、彼女は戦闘行為には参加しておらず他の子供たちとは違う。

 

 ナタルは機密に触れたなどと言っているが、そもそもアークエンジェルや2機のGを建造したのはオーブのモルゲンレーテである。

 

 それに敵であるザフトにはもう4機のGも奪われているのだ。それこそ今さらだろう。

 

 問題は後者の条件だ。

 

 2人の戦闘データを取りたいという事だが正確にいえばオーブの試作機に乗り、軍のパイロット達と模擬戦をして欲しいとの事。

 

 要するにテストパイロットのような事をしろという話なのだが、これを受けてくれれば補給などかなり便宜を図ってくれるらしい。

 

 「どう思います?」

 

 黙っていても仕方ないとマリューは2人に聞いた。

 

 「どうって言われてもねぇ。正直悪くない条件だとは思う。避難民に関しては問題ないし、戦闘データに関してはまあ2人には悪いがあっちの手札が見れる訳だしな」

 

 「中尉は?」

 

 「確かに少佐の仰られる様に条件としては悪くはないですが……」

 

 彼女にしては歯切れが悪い。

 

 おそらくマリューと同じ事を考えているのだろう。

 

 はっきりいえばかなり無理難題を言われると思っていた。

 

 今のアークエンジェルは酷い状態であり、補給と修理を交渉に出されればどんな条件であれ飲む方向で検討せざる得なかっただろう。

 

 とにかくオーブの思惑が何であれ選択肢は一つしかない。

 

 「……条件を飲みましょう。バジルール中尉、2人を呼んでもらえるかしら」

 

 「了解しました」

 

 ナタルが部屋を出ると思わず机に突っ伏した。

 

 「また坊主達には悪いけどな」

 

 「……ええ。本当に」

 

 これまでにも無理をさせて来て、ここでまた彼らを切り売りするような事をしなければならない。

 

 本当に気が滅入る。

 

 そんなマリューを気遣うようにムウが肩を叩いた。

 

 今はその気遣いに感謝し、これからの事を考え始めた。

 

 

 

 

 同じ頃アークエンジェルの食堂でサイ達が集まり話し合っていた。

 

 話題はやはりオーブの事である。

 

 「こんな形でオーブに来るなんてな」

 

 「本当よね」

 

 彼らからすれば複雑な気分である。

 

 故郷が目の前にあるのに入る事は出来ないなんて。

 

 「あのさ、この場合はどうなるの?」

 

 「なにが?」

 

 「いや、降りたりとかさ」

 

 サイやアネット、ミリアリアも若干呆れた顔でカズイを見る。

 

 今さら何を言っているのだろうか。

 

 カズイはそんな視線に気づいたのか慌てて取り繕うように捲くし立てた。

 

 「除隊とかじゃなくて、休暇とかさ」

 

 「ああ、休暇ね。そんな簡単に上陸とか出来ないんじゃないのかしら」

 

 「そうだよな、俺達地球軍な訳だし」

 

 「て言うか今の状況でそんな事出来ないと思うけどね」

 

 「そ、そっか」

 

 カズイは意気消沈したように椅子に座り込んだ。

 

 まあ気持ちは分かる。

 

 上陸が許可されればヘリオポリスから別れた家族に会えるのだ。

 

 しかし、アネットの言う通り今の状況では望み薄だろう。

 

 さっきから黙ったままのミリアリアの様子を窺うと何か別の事を考えているかのように別の場所を見ている。

 

 「どうしたの、ミリィ?」

 

 「え、ああ、トールはどうしたのかなって思って」

 

 「トールはエフィムと一緒に訓練してるんでしょ。さっきアストとキラの様子見に行った時にいたし。最近やたら仲良いしね、あいつら」

 

 最近トールとミリアリアが話すところをほとんど見ていない。

 

 肝心のトールはアスト達に感化されたのかエフィムと毎日一緒に訓練しているのだ。

 

 それだけに口には出さないがミリアリアも寂しいのだろう。

 

 「アストとキラ、また訓練してるの?」

 

 「そうなのよ。暇さえあればいつでも。前に比べたら食事とかもちゃんとしてはいるけど、まだたまにコックピットの中で寝たりしてるのよね。まったく!」

 

 「なんか2人の母親みたい」

 

 「何か言ったかしら、サイ」

 

 「い、いや何も」

 

 あまりの迫力にサイは思わず後ずさった。

 

 コメディのようなやり取りに沈んでいたミリアリアもカズイも調子が出て来たのか笑みを浮かべる。

 

 その時、食堂の外から声が聞こえてきた。

 

 あの騒ぎ声はオーブの姫、カガリだろう。

 

 皆で顔を出すと、そこには普段とは全く違うドレスに身を包み歩く彼女の姿が目に入った。

 

 「本当にお姫様だったんだなぁ」

 

 「うん、普段からは想像できなかったけど……」

 

 今まで接してきたカガリはなんというか、お姫様の対極に位置するような人間だと思っていたのだ。

 

 それだけに目の前にドレスを着たカガリを見ると何とも言えない気分になる。

 

 「別にそれほど仲良かった訳じゃないけど、もう迂闊に声もかけられないな」

 

 「そうね」

 

 自分達はそうでもないが、あの2人は結構仲が良かっただけにもしかすると寂しがるかもしれない。

 

 カガリの後ろ姿を見ながらアネットはそんな事を考えていた。

 

 そして会談の次の日。

 

 アストとキラはモルゲンレーテの工場に立っていた。

 

 例の提案を受け入れオーブ機のテストパイロットをする為にここに呼び出されたのである。

 

 まあ流石に地球軍の制服は不味いのでモルゲンレーテの作業服を着ている。

 

 周りを見ながら待っているとすると前から2人の女性が歩いてきた。

 

 1人は技術者らしく、もう1人は白衣を着ていかにも研究者と言った風体だった。

 

 「初めまして、エリカ・シモンズよ。で、こっちが」

 

 「ローザ・クレウス」

 

 「「よろしくお願いします」」

 

 挨拶を済ませるとエリカに先導され案内された先にあったものは数体のモビルスーツ。

 

 「……ガンダム」

 

 キラが呟いた通り、その造形は二人の乗っている機体によく似ていた。

 

 「この機体でデータを取らせてもらうわ」

 

 テストパイロットのような事をすると聞いていたため、驚きはなかったがオーブもモビルスーツの建造と量産に入っていたらしい。

 

 今の世界情勢を考えれば、当たり前の戦略か。

 

 ザフト、連合共にモビルスーツを作りあげ、戦果をあげているのだ。

 

 これらに対抗する為の力として、オーブがモビルスーツを建造するのは不思議なことではない。

 

 しかしこれはオーブの重要機密のはず。

 

 これを地球軍のパイロット見せてもいいのだろうか?

 

 「これがオーブの守りだよ」

 

 声をした方を振り向くとラフな格好のカガリがいた。

 

 流石にここでドレスは着ないらしい。

 

 着れば余計に目立つだろうし、まあ彼女も嫌がっていそうだ。

 

 「カガリ……様」

 

 「やめろ、様づけなんて背中がかゆくなる」

 

 彼女は相変わらずらしい。

 

 キラはそんな様子にホッとしながら彼女を見ると頬が腫れているのに気がついた。

 

 誰かと喧嘩でもしてのだろうか。

 

 「オーブは中立国だ。その中立の意思を貫くための力さ」

 

 そう言いながらカガリの表情は晴れる事無く、どこか怒りを抑えるような、そんな表情だ。

 

 「はぁ、もしかしてまだ気にしてらしたんですか?」

 

 「当たり前だ! 知らなかったで済む筈がないだろう! 仮にも国を預かる為政者が!! 知らなかったというならそれも罪だ!!」

 

 「だから責任はお取りになったでしょう?」

 

 「ふん、今でもああだ、こうだと口を出しているじゃないか」

 

 2人が言い争いを始めてしまった。

 

 言い争いというよりかはカガリをエリカがなだめるような感じだが。

 

 そんな2人を尻目にローザが説明を始めた。

 

 「アレは無視していい。それよりもお前達にはあの『アストレイ』に乗ってもらうが、その際にこれをつけてもらう」

 

 手渡されたのは用途の解らない大きなリングの様な物。

 

 ほぼ頭の大きさくらいだ。

 

 「それを頭につけて、腕にはこれを」

 

 今度はリストバンドのようなものを渡される。

 

 「何ですか、これ」

 

 「データを取るために必要な物。こっちについて来い」

 

 「……はい」

 

 カガリ達の方を見るとまだ言い争いが続いているがいいのだろうか。

 

 するとさらに後ろから別の女性が近づいてきてカガリの肩に手を置いた。

 

 「言いすぎよ、カガリ」

 

 「アイラお姉さま!」

 

 驚いた顔でその女性を見る。

 

 しかしすぐ笑顔になると女性に抱きついた。

 

 「久しぶりね、カガリ。国を飛び出したと聞いて心配していたのよ」

 

 「……すいません」

 

 「無事ならいいわ。それよりカガリ、お客様の前で失礼よ」

 

 こちらに目を向けると自己紹介を始める。

 

 「私はアイラと言います。カガリの姉みたいなものかしら」

 

 姉という事は彼女もオーブのそれなりの立場にいる人間なのだろうか?

 

 「……よろしくお願いします」

 

 挨拶するとアストの方に目を向けジッと見つめてくる。

 

 「あの、なにか?」

 

 「いえ、ごめんなさい。小柄で可愛いな~と思ってね」

 

 「か、可愛い」

 

 表情が若干引き攣った。

 

 アストは身長が低いのが悩みだったりする。

 

 コーディネイターなのだから背も人並みに伸びてもいいと思うのだが。

 

 そんなアストの悩みを知っているキラは苦笑いしている。

 

 「そ、そんな事より、早く始めましょう」

 

 誤魔化すように言うとそれに乗ってくれたのかアイラがエリカの方を向く。

 

 「今回私も立ち会う事になったのでよろしくお願いします。もちろんウズミ様の許可は取ってありますから」

 

 「わかりました。ではついて来てください」

 

 先導していくエリカの後ろにつき歩き出す。

 

 途中でエリカ達と別れアストとキラはアストレイに乗り込んだ。

 

 コックピット自体は他のXナンバーと変わらないものだった。

 

 「作ったところは同じなのだから当たり前か」

 

 OSを起動させ機体を立ち上げる。

 

 《聞こえてる? 言っておくけどOSをいじったら駄目よ》

 

 「了解です」

 

 《まずはキラ君にこちらのパイロットと戦ってもらうわ。その後アスト君に。それを何回か繰り返した後、最後に貴方達二人で模擬戦よ。いい?》

 

 「「はい」」

 

 前の扉が開くとキラがアストレイを演習場に進ませる。

 

 すでに相手は準備を整えていたのか演習場にいた。

 

 キラが中央まで進むと放送でエリカが合図する。

 

 《では始め!》

 

 

 

 

 

 エリカ達の見つめるモニターにはアストレイ同士が戦っている様子が映っている。

 

 いや正確には戦いにはなっていない。

 

 パイロットの技量に差がありすぎて戦いどころか、碌な訓練にすらなっていない。

 

 それは誰もが承知済みである。

 

 数々の戦いを潜り抜けてきた2人と勝負になるはずがない。

 

 だからカガリが驚いていたのは全く別の事であった。

 

 「……どうなってるんだ。いつの間にあんなに動けるようになってたんだ、アサギ達は」

 

 そう、驚いていたのはオーブのパイロット達の乗ったアストレイの動きだ。

 

 今機体に搭乗している旧知のパイロット達は、以前に満足に歩かす事すらできなかったのだ。

 

 だが今は普通に動いている。

 

 その動きはザフトのモビルスーツの動きと遜色ない。

 

 驚きを隠せないカガリにエリカは苦笑して答える。

 

 「まあ、カガリ様がいなかった間に色々ありましたから」

 

 「なんだよ、それ」

 

 「後でウズミ様にでも聞いてくださいな。それよりあの二人は予想以上にすごいわね」

 

 「あたりまえだ。勝てる訳ないだろう。あいつらがアークエンジェルをたった2人で守り抜いてきたんだからな」

 

 正確にはムウ達もいた訳だが、おおむねカガリの意見は間違っていない。

 

 エリカはカガリからモニターに視線を移す。

 

 そんな事は百も承知だ。

 

 だからこそリスクを負ってでもアークエンジェルを匿ったのだから。

 

 そして演習が始まってさらに翌日。

 

 朝日が昇る前、まだ薄暗い中5つの影がオーブの地に足をつけた。

 

 釣り糸を垂らしていた男がそれを確認するとにやりと口元を吊り上げ、影のうちの一つが前に出ると、身に着けていた物を取る。

 

 「クルーゼ隊、アスラン・ザラだ」

 

 「ようこそ、平和の国へ」

 

 互いに握手を交わすとすぐに行動し始めた。宿敵の存在を確認するために。

 

 

 

 

 

 

 宇宙の暗礁宙域。

 

 そこを3機のモビルスーツが飛び回っていた。

 

 その機体はザフト特有の造形をしているが、現在ザフトに存在するどの機体とも違うものだった。

 

 飛び回る機体に搭乗していたのはフェイスの2人、シオンとマルクだった。

 

 「いいねぇ、この機体は!」

 

 「調子に乗って壊すなよ。この機体はまだ完成しているわけではないのだからな」

 

 「ハイ、ハイ。でもこれの基礎になった機体もまだ改修してるらしいじゃないか?」

 

 「ああ、限界まで改修し、その上でデータを取った後、こちら側にフィードバックするつもりらしい」

 

 「じゃ、この機体は?」

 

 「この機体はあくまでプロトタイプだ。データ収集が終わり次第解体される」

 

 「これでも十分だと思うがね。おいそっちはどうだよ?」

 

 先行する二機に追随するようにもう1機がついてくる。

 

 「問題はありませんよ」

 

 「なにかあれば言え。いいな、クリス」

 

 「了解」

 

 後ろからついてくる機体に乗っているのはクリス・ヒルヴァレー、カール・ヒルヴァレーの弟である。

 

 シオンに目をかけられ、彼の直属として任務についている実力者だ。

 

 非常に優秀でその実力は兄以上と言われている。

 

 「そういえばスピットブレイクに間に合うのか正式機は?」

 

 「……何機かの試作型なら間に合うかもしれないな」

 

 岩の間を軽々避け、装備された武装を試し撃ちしながら3機は順調にテスト工程を終えていく。

 

 「楽しみだぜ」

 

 「ああ、本当にな」

 

 「楽しみなのはいいですが、前見てくださいね」

 

 「分かってるよ!」

 

 本当に待ち遠しい。

 

 来るべき時を控え、シオンは深い笑みを浮かべていた。


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