機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第19話  海上の死闘

 

 

 

 

 「はああああ!!」

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 イレイズのビームサーベルが袈裟懸けに振るわれ、ストライクの右腕を斬り裂いた。

 

 だがストライクも体勢を立て直しながら、すぐに反撃に転じる。

 

 シールドで突き飛ばすと同時にビームサーベルを抜くとイレイズの左腕を斬り落とした。

 

 ぶつかり合った2機は距離を取り、相手の出方を窺う。

 

 やはり強い。

 

 アストもキラもお互いをそう評価する。

 

 今まで共に戦場を駆け抜けてきた仲であり、その分戦い方から癖まですべて分かっていた。

 

 それだけにかなり戦いが長引いてしまっている。

 

 だがそれもここまでだ。

 

 次で決着をつける!

 

 「キラァァァ!!!」

 

 「アストォォォ!!!」

 

 二人のSEEDが発動する。

 

 思いっきり機体を加速させ、機体が交錯する瞬間に振り抜かれる刃。

 

 その一撃がイレイズの胴体を横薙ぎに、ストライクを袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 ビーという機械音が鳴り響いた後、演習終了の文字が画面に映し出される。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 息荒く這い出るようにコックピットから出たアストはその場に思わず座り込んだ。

 

 ふと横を見るとキラも似たような状態で倒れている。

 

 その様子を苦笑しながらフゥと息を吐き、頭を上げるとそこにはアネットが不自然なほど素敵な笑顔で待ち構えていた。

 

 「うふふ、お疲れ様。ねぇ、アスト、私の言いたい事分かる?」

 

 「い、いや、その。ア、アネットさん?」

 

 笑顔が非常に怖い。

 

 思わず顔が引きつってしまった。

 

 「キラ、貴方もよ」

 

 「あ、あははは。どうしたのかなぁ、アネット?」

 

 アネットは何か溜めるように目を伏せ、吐き出すように―――

 

 「この数日、碌に食事もとらないであんた達はなにやってるのよぉぉぉ!!!!」

 

 怒鳴り声が格納庫に響き渡る。

 

 2人が行っていたのはモビルスーツの訓練用のシミュレーションである。

 

 これはあの力『SEED』を使いこなす為、そして迫りくる強敵との対戦に備え2人で考えた訓練案だった。

 

 しかしそれを思いついたまでは良かったのだが、アークエンジェルには肝心のシミュレーターが存在しなかった。

 

 その為自分達でプログラムを作成し実機のコックピットで訓練を行う方式をとり、今まで訓練を行っていた。

 

 だがいざ始めるとなかなかやめられず、休むことなくズルズルと続けてしまった。

 

 それを見たアネットから散々休めと言われていたのだが、結果的に無視してしまった為にこうやって怒鳴られているという訳である。

 

 「私何度も言ったわよねぇ、アスト、キラ。ちゃんと食べなさいって」

 

 「ああ、いや」

 

 「それだけじゃないわ。あんた達ちゃんと寝てるんでしょうね」

 

 アネットのあまりの迫力に2人して震え上がり、何も言えなくなってしまう。

 

 「まさかあんた達……」

 

 「い、いや。ちゃんと寝たよ。コ、コックピットで」

 

 「ば、馬鹿。キラ、余計な事―――」

 

 それを聞いたアネットはふるふる震え出す。

 

 もちろん怒りでだ。

 

 「2人共さっさと部屋で休みなさい!!!!」

 

 「「は、はい!!」」

 

 慌てて立ち上がり格納庫から飛び出していく。

 

 「あ、ちゃんとご飯食べてからね」

 

 「あ、ああ」

 

 「わ、わかったよ」

 

 そんな様子をムウ達は苦笑しながら見ていた。

 

 「たく、坊主共も仕方がないですねぇ」

 

 「気持ちがわからんでもないがね。何とか勝てはしたがギリギリって感じだったしなぁ。しかし、彼女が言ってくれてよかったよ。ようやく砂漠を抜けて海に出たけど、またいつ敵が現れるかはわからない。 なのにあの2人が動けないってのは不味いからな」

 

 アークエンジェルは砂漠の虎を降し紅海へ出ていた。

 

 ザフトの襲撃を警戒しながらも、ここ数日間は何事もなく順調に進んでいる。

 

 まあそれが不気味ではあるのだが――

 

 「俺らが言ってもあまり意味無いみたいですからね」

 

 「一応上官なんだけどなぁ、俺」

 

 「で、あっちは坊主共はどうです?」

 

 マードックの視線の先にはスカイグラスパーのシミュレーターがある。

 

 そこでもアスト達と同じ様に朝から晩までトールとエフィムが訓練を続けていた。

 

 「ケーニッヒは実戦を経験したのが良かったんだろうな。前よりずっと安定してるよ。ブロワも前に比べれば無茶な動きをしなくなったし。だいぶいい感じだ」

 

 実際この前の戦い以降二人の実力はかなり向上している。

 

 墜落したエフィムの怪我も心配ないようでいつも通りだった。

 

 若干強気な態度がなりを潜めているのが気になるが。

 

 「しばらく敵も来ないといいがね」

 

 とはいえ敵とて言うほど甘くはないだろう。

 

 思案していたムウの耳に騒がしい声が聞こえてくる。

 

 トールとエフィムがまた言い争っているらしい。

 

 「負けていられないな」とムウも気合いを入れ仲裁に向った。

 

 「今度は何揉めてるんだ?」

 

 「フラガ少佐、エフィムが連携を無視して1人で突っ込んでいくから、その……」

 

 「それでこの前も落ちたって文句言ってたのか」

 

 「はい」

 

 エフィムを見ると不服そうにトールを睨んでいる。

 

 ただ気になるのがやはりどこか覇気がない。

 

 いつもならもっと言い返している筈なのだが、それほど落されたのがショックだったのだろうか。

 

 「ブロワ、お前の欠点は自分を過信して状況判断が甘くなるところだ。前の時だってケーニッヒと連携を取ってれば―――」

 

 「……もう分かりましたよ。次からは気をつけます」

 

 エフィムは踵をかえし「今日は休む」と言って部屋に戻って行った。

 

 「やっぱり変ですよね」

 

 「そうだな」

 

 いつまでも引きずらないいが。

 

 ムウはエフィムが去った方を見つめていた。

 

 部屋へ戻ったエフィムはこの前の戦闘の事を思い出していた。

 

 思い浮かぶのはあのザフト兵―――

 

 ≪……かあ……さん≫

 

 そう言っていた。

 

 「くそ、なんで思い出すんだよ!」

 

 敵にだって家族が居るなんて解っていた事だ。

 

 それなのに―――

 

 かつてエフィムにあの軍人セーファスの言葉が思い出される。

 

 ≪世界は君たちの思っているほど単純じゃない≫ 

 

 ≪ただ相手に憎しみをぶつけてもなんの解決にもならない。失くしたものも戻らない≫

 

 ≪だから君たちも自分の答えを探しなさい≫

 

 答えなら初めから出ている。

 

 コーディネイターを1人残らず倒す。

 

 そのためにパイロットに志願した。

 

 だが最近はあの2人、アストとキラは敵ではないと思い始めていたのも事実だ。

 

 そして今回の事。

 

 今さらコーディネイタ―に対する憎しみは消えない。

 

 しかしアークエンジェルで戦うあいつらは認めてもいいかもしれない。

 

 少しではあるがエフィム自身にも気がつかないうちに変化が起きていた。

 

 

 

 

 食事を終えたアストとキラは甲板へ向っていた。

 

 食堂にいた避難民の人が教えてくれたのだが、皆交代で海を見るために外に出ているらしい。

 

 気分転換にどうかと言われ、一度出てみる事にしたのだ。

 

 アネットには怒られそうだが、少しなら平気だろう。

 

 「でも、その、アレは大丈夫なのかな?」

 

 食堂でそれこそ思わず持ってたスプーンを落してしまうほど意外なものを見てしまったのだ。

 

 なんとあのフレイとエルザが一緒に食事をしていたのだ。

 

 見た感じでは楽しそうではないものの、決して嫌がってもいなかった。

 

 ヘリオポリスから考えればあり得ないとしか言いようがない。

 

 「まあ、喧嘩はしてなかったみたいだし。それに前みたいにギスギスしてなかったっていうか」

 

 「そうだね、何かあったのかな」

 

 「多分な。まあ前みたいにいがみ合っているよりはずっといい」

 

 「うん」

 

 そのまま歩いて甲板に出ると気持ちのいい風と、景色の綺麗な海が眼前に広がっていた。

 

 これは確かにいい気分転換になる。

 

 「すごいね」

 

 「ああ、なんか久しぶりだなこんなの」

 

 「地球に降りて、ずっと戦闘だったもんね」

 

 そのまま座り込み無言で海を眺めていると何故か『砂漠の虎』の事を思い出した。

 

 ≪戦争には制限時間も得点もない。ならどうやって勝ち負けを決める? どうやって終わりにするのかな? すべての敵を滅ぼしてか?≫

 

 大局的な物の見方とでも言えばいいのだろうか。

 

 バルトフェルドの言いたい事は分かる。

 

 だがそれは個人ではどうする事も出来ない。

 

 だからと言って何も考えないというのも問題なのだろうが。

 

 「どうやって、か」

 

 「えっ」

 

 アストのつぶやく声が聞こえたのだろう。

 

 キラに「なんでもないよ」と手を振ると再び海を眺める。

 

 すると甲板の入り口が開き1人の少女が艦内から出てくるのが見えた。

 

 「ん~、いい風だ。何だ、お前達も出てたのか」

 

 こちらに歩いて来たのは明けの砂漠に所属していた少女カガリ・ユラだ。

 

 彼女はアークエンジェルが出発しようとした時に「私も連れて行け」とキサカと共に無理やり乗り込んできたのだ。

 

 何故乗り込んで来たのか理由は知らないが、もしかすると避難民の人たちが気になっていたのかもしれない。

 

 彼女は砂漠にいた頃もやたらと気にしていたようだった。

 

 「お前ら大丈夫か。ずいぶん疲れた顔してるけど」

 

 「訓練で疲れただけだよ」

 

 「体調管理もパイロットの仕事だろ。今敵に襲われたらどうするつもりだったんだ?」

 

 「返す言葉もないな」

 

 カガリはキラの隣に座るとぶっきらぼうな口調で聞いてきた。

 

 「お前らさ、なんで地球軍にいるんだ? コーディネイターなんだろ?」

 

 「変かな」

 

 「変っていうか、この戦争の事考えたらさ、その、色々あるだろ。ナチュラルとコーディネイターの対立みたいな。そう言うのはないのかよ」

 

 「君は?」

 

 「私は別にコーディネイターだからどうっていうのはないさ」

 

 その言葉にキラは笑みを浮かべた。嫌悪感を持たれてなくて安心したのだろう。

 

 まあ彼女は良くも悪くもまっすぐな人なので嫌なら嫌と言うだろうけど。

 

 「さっきから黙ってるがお前はどうなんだよ」

 

 「えっ、俺か。俺は……別に差別する気はないがプラントのコーディネイターは好きじゃないな」

 

 「お前もコーディネイターなのにか?」

 

 「俺自身の事とは話が別だ。一応言っておくがコーディネイターだからと言って、それを問答無用で殺そうとするようなテロリストはもっと嫌いだ」

 

 若干視線が鋭くなり、声色が冷たくなってしまった。

 

 それを見てカガリも何か聞いてはいけない事だったのだろうと、それ以上は聞いてこなかった。

 だがキラはそうでもなかったようで、遠慮がちに聞いてくる。

 

 「……あのさ、聞いてもいいかな?」

 

 「なんだ?」

 

 「前に、その、色々あったって言ってたよね。テロと関係があるの?」

 

 アルテミスに向かう際、話した時の事だろう。

 

 「……どうしてそう思うんだ?」

 

 「バナディーヤでブルーコスモスのテロに巻き込まれた時に、様子がおかしかったから」

 

 あの時のアストの目はキラでさえ寒気が走るほど冷たいもので、あれを見て以来少し気になっていたのだ。 

 

 「聞いても嫌な思いするだけだ。それでも聞きたいか?」

 

 「うん」

 

 別にやましい事がある訳ではないので話すのは構わないが、やっぱり気が進まない。

 

 カガリは何の話か分かっていないようだが邪魔をするつもりもないらしく黙って話を聞いていた。

 

 「俺は昔スカンジナビアに住んでたんだよ。そこで巻き込まれたんだ、『スカンジナビアの惨劇』に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカンジナビアはオーブと同じく中立国である。

 

 当然ナチュラルだけでなくコーディネイターも住んでいる国であり、その辺りはオーブと同じなのだが大きく違うところがあった。

 

 それは他の国々とも交流を持ち、積極的に外交も行っている事。

 

 まあオーブが閉鎖的という訳ではないがスカンジナビアほどではない。

 

 もちろんその相手にはプラントも含まれる。

 

 特にシーゲル・クラインはスカンジナビアの生まれという事もあり、秘密裏に交流を持っていた。

 

 そんな中でアストは両親と暮らしていた。

 

 隣に住むナチュラルの一家と家族ぐるみで付き合い、平和の中で確かに幸せと呼べる環境だった。

 

 隣の1人息子ケントとは友人だった。

 

 ケントのお陰でナチュラルに対する偏見を持たなかったと言っていい。

 

 アストにとって得難い親友だった。

 

 ずっと続くと信じていた平和が崩れたのはプラントからの留学生が来てからだ。

 

 シーゲルと親交が深かったスカンジナビアは非公式に留学生を受け入れたり、技術者を派遣したりしており、その一環だった。

 

 『シオン・リーヴス』

 

 『カール・ヒルヴァレー』

 

 『クリス・ヒルヴァレー』

 

 この数名の留学生がすべてを引き起こしたのである。

 

 彼らは典型的なコーディネイターだった。

 

 ナチュラルを見下し、侮蔑する。

 

 特にシオンは同じ人間とすら認識しておらず、冷静にそして冷酷にナチュラルを完全に否定していた。

 

 アストは幼いころから優秀であったため、すぐに彼らに話かけられたのだが、もちろん話が合うはずもなく、よく言い争いになったものだ。

 

 アストは必死に訴えた。

 

 ナチュラルの人達とも友達になれると。

 

 だが完全に無視され、それどころか逆に関係を断ち切りプラントに来いの一点張りだったのだ。

 

 そのたびに落ち込んでいたがケントは「いつか友達になれるよ」と励ましてくれた。

 

 だが結局彼らは話をまともに聞いてはくれなかった。

 

 そして彼らが帰国する日が近づいてきた日、呼び出されたアストはシオンから言われたのだ。

 

 「もう一度言う。お前ほど優秀な者がナチュラル共といる必要はない。俺達と来い」

 

 そんな事できる筈もない。

 

 そう答えるとシオンは「やはり掃除が先か」と呟きあっさり引き下がった。

 

 あっさり引き下がった彼を不思議に思いながらもそこまで気にならなかった。

 

 それほど彼らともう会う事はないという方が嬉しかったのだ。

 

 だがそんな事も吹き飛ぶような事件が起きる。

 

 アスト達の通っていた学校のバスが事故を起こしたのだ。

 

 しかも周りの人々を巻き込んだ大事故を。

 

 それを皮切りにブルーコスモスのテロが各地で起こり始め、アストやケント達もそれに巻き込まれてしまった。

 

 そしてケントはブルーコスモスからアストを庇い命を落とした。

 

 亡骸に泣きついていた時にシオン達が現れたのだ。

 

 燃える街を心底くだらなそうに見つめるシオンの口から飛び出した言葉は信じられないものだった。

 

 バスの事故を引き起こしたのはシオン達であると。

 

 バスに細工し事故を引き起こした後、それをネットを使いブルーコスモスの情報網にコーディネイターによるテロであると流したのだ。

 

 何故そんな事をしたのか?

 

 シオンは普段の冷静な表情ではなく残酷な笑みを浮かべてこう言った。

 

 「ただの掃除だよ。ゴミがあれば片付けるのは当たり前だろう。それよりお前の周りのゴミも片付いた。これで心おきなくプラントに来れるだろう」

 

 何を言ってるのか理解できない。

 

 ゴミだって、こいつは何を言っているのだろうか。

 

 アストは怒りをこめた視線で睨みながら「ふざけるなぁ!!」と叫ぶ。

 

 親友が死ぬきっかけを作った奴と一緒に行くなどあり得ない。

 

 そんな事さえ分からないのか。

 

 その時、シオンは初めて感情を込めた表情を浮かべていた。

 

 それは怒りと屈辱。

 

 ここまでお膳立てをしてやってなお自分を拒絶する。

 

 シオンにとって言う事を聞かず拒絶するアストの存在は許せないという事らしい。

 

 そこでさらに爆発が起き、それを見たシオンは自身の感情を押し殺し、危険と判断したのか皆を引き連れ去っていく。

 

 最後に「そこまで馬鹿なら仕方ない」と吐き捨てて行った。

 

 追いかけて殴りたかったが、アストも怪我をしていてそんな余裕はなかった。

 

 その後、テロは一応終息した。

 

 シオン達はすぐプラント本国に帰国したらしい。

 

 だがすべては壊れてしまった。

 

 ケントの家族は父親以外全員が死んだ。

 

 優しく元気だった人が虚ろな瞳で呆然としていた姿は子供心に凄まじい衝撃を与えた。

 

 それからすぐに友達だったスカンジナビア在住のコーディネイター達はオーブ、またはプラントに移住してしまった。

 

 ここは危険だと思ったのだろう。

 

 そしてアストも怪我を負った両親と別れ、オーブに行くことになったのだ。

 

 しかし出国の準備をしていたある日、アストはまたブルーコスモスと思われる男に襲撃された。

 

 ショックだった。

 

 襲撃して来たのはケントの父親だったのだ。

 

 涙を流し、どこから手に入れたのかわからない銃を持ってアストを狙っていた。

 

 自分を庇いケントは死んだ。

 

 だから殺されても仕方無いと諦めた。

 

 それだけの理由もあったから。

 

 しかし撃たれなかった。

 

 引き金かかった指は震えている。

 

 迷うようにアストを見つめていた。

 

 そして次の瞬間、別の方角から銃声がした。

 

 閉じてしまった目を開くとケントの父がアストを庇っていた。

 

 撃ったのは別の男。

 

 「青き清浄なる世界の為に」と叫んでいる事からこの男もブルーコスモスだろう。

 

 その男も駆けつけてきた軍の人間に射殺された。

 

 倒れたケントの父親に「どうして?」と言うとなにも言う事無く笑ってそのまま息を引き取った。

 

 アストは結局最後まで何も出来ないまま、出国するまでの間、軍に保護された。

 

 あまりのショックで塞ぎ込んでいたアストに世話をしてくれた軍人が一喝した。

 

 『甘ったれるな!』

 

 『どんな理不尽な事だろうと現実は現実だ。泣こうが喚こうが何も変わらん。なら今何ができるか、何をすべきかその頭で考えて動け!』

 

 『そうすりゃ、何もしないでいるよりか、この先マシになるだろうさ』

 

 だからせめて自身の身ぐらい守ろうと最低限の訓練と戦いの心構えを学んだのだ。

 

 それで何か変わる訳でもなかったが何もしないのは嫌だった。

 

 そしてヘリオポリスに渡った。

 

 最初の内は友人を作る事も怖かった。

 

 また失うかもしれないと。

 

 しかしキラ達に出会い、救われた。

 

 だから今度は自分の番なのだ。

 

 「あとはキラの知っての通りだよ」

 

 キラもカガリも何も言えずに俯いている。

 

 ただアストが戦えた訳がようやく理解できた。

 

 彼の中にあるのは友人を死なせた事による罪悪感であり、守ってもらったからこそ今度は自分がという強迫観念のようなもの。

 

 キラの中にもあるのだ。

 

 小さな少女たちを守れなかった罪悪感が。

 

 だから今度こそはと銃をとってきた。

 

 アストはずっとそんな気持ちを抱えてきたのだ。

 

 「な、聞いても嫌な気分になるだけだろ」

 

 「……ごめん」

 

 「なんでキラが謝るんだよ。話をしたのは俺なんだから気にするな」

 

 俯いていたカガリが顔を上げてアストを見た。

 

 その時のアストの顔はどこか諦観したような表情だった。

 

 「……なんでそれを訴えないんだ。プラントの留学生がきっかけを作ったって」

 

 「話しても意味がないからさ。仮に話してもスカンジナビアはそれを公開したりはしないよ」

 

 「なんで!!」

 

 「当時の俺は子供だぞ。信じてもらえる筈がない。そして証拠もない。それにそれを訴えたら非公式に交流していた事まで公開することになるし、プラントとの関係まで悪化する事になる。何のメリットもない」

 

 納得できないのかカガリは不満そうにしている。

 

 率直な彼女らしいと苦笑してしまう。

 

 「……だからアストはプラントのコーディネイターが嫌いなんだね」

 

 「さっきも言ったが差別する気はない。ラクスさんやレティシアさんみたいな人もいるって分かったしな」

 

 しばらく誰も話すことなく沈黙したまま時が過ぎる。

 

 そしてアストが立ち上がると努めて明るく声をかけた。

 

 「長話になったな。そろそろ部屋に戻ろう。アネットに見つかったらまた怒られる」

 

 そんな彼の気遣いにキラも笑みを浮かべると立ちあがった。

 

 「そうだね。休んでまた訓練しないと」

 

 「ああ」

 

 「私はもう少しここにいる」

 

 そういうとカガリは海を眺め始めた。

 

 考える事でもあるんだろうと邪魔しないように2人は甲板を後にした。

 

 

 

 

 しばらくそんな穏やかな航海が続くと思われた。

 

 しかし、突然ブリッジを警報が鳴り響く。

 

 「レーダーに反応!!」

 

 「敵か?」

 

 とっくにシートに座りモニターを見ていたフレイが叫ぶ。

 

 「速い! この速度は少なくとも民間機ではありません!!」

 

 「総員第2戦闘配備」

 

 「機種特定『ディン』です!」

 

 アークエンジェルの上空から翼を広げ接近して来たのはザフト大気圏内用モビルスーツ『ディン』であった。

 

 大気圏内で飛行出来るように軽量化され、揚力を得るため翼をもつ機体である。

 

 接近して来たディンは間を置くことなくアークエンジェルに攻撃を仕掛けてくる。

 

 イーゲルシュテルンやミサイルで迎撃するも、その機動性を生かしアークエンジェルを翻弄してきた。

 

 「スカイグラスパーを出して! このままでは埒が明かない」

 

 「了解!」

 

 ムウ、トール、エフィムの三機が空の敵を迎え撃つ為、出撃する。

 

 しかし、次の脅威はすぐにやってきた。

 

 「ソナーに感あり! ……これはモビルスーツです!!」

 

 「今度は発破音! 魚雷3!」

 

 進路を変えて回避するには間に合わない。

 

 マリューは咄嗟に判断し、叫ぶ。

 

 「推力最大! 離水!」

 

 ノイマンが渾身の力を振り絞って操縦桿を引き、何とか魚雷を回避する。

 

 だが危機はまだ終わらない。

 

 水中からイカのような造詣の機体が顔を出すとミサイルを放ち、それがアークエンジェルの船体を掠めていく。

 

 「機種特定『グーン』です!!」

 

 水中用モビルスーツ『グーン』は水中から戦艦や拠点攻撃を行うための機体であり、そのため火力だけでなく、水中における機動性にも優れている。

 

 艦底部のイーゲルシュテルンで対応するもすぐに水中に逃げられてしまう。

 

 それをストライクのコックピットで見ていたキラは即座に決断する。

 

 「僕が海中に降りる。マードック曹長、ソードストライカーを準備してください! アストは甲板から援護を!!」

 

 「キラ!?」

 

 「ソードストライカーで?」

 

 「ビームを切れば実剣として使えます。アスト、ディンは頼むよ」

 

 「……了解」

 

 ここはキラに任せようとストライクが海中に降りていく姿を確認するとイレイズを甲板に上げ、ディンを迎撃する。

 

 「なるほど、空を自由に飛びまわるってのは厄介だな」

 

 クルクルと上空を動き回るというのは狙いが付けにくい。

 

 ディンからのミサイル攻撃をイーゲルシュテルンで迎撃し、すぐさまビームライフルを構える。

 

 タイミングを見計らい敵機が再びこちらに向かってくる瞬間を狙い撃つ。

 

 「そこだ!!」

 

 放たれたビームが真っ直ぐ進み、飛んでいたディンに直撃するとそのまま爆散した。

 

 落ちていく敵の姿を見届けると続けて次のディンを狙う。

 

 今度は当てる訳ではなく、敵を誘導するようにビームを放つ。

 

 「トール、今だ!」

 

 「わかった!」

 

 ディンが回避するために移動した位置に先回りしていたトールの攻撃が命中し敵機を撃墜した。

 

 訓練の成果だ。

 

 確かな手ごたえを感じる。

 

 「この調子なら大丈夫そうだな。よし坊主共、俺が敵艦を叩く。それまで持たせろよ」

 

 「敵艦?」

 

 「ああ、カーペンタリアからじゃ距離がありすぎる。母艦があるはずだ。それを叩く」

 

 「「「了解!」」」

 

 「ここは頼むぞ!」

 

 ムウが敵艦の攻撃に向かい、その間の迎撃は自分たちで行う。

 

 アストやキラは慣れているのだろうが、トールからすれば不安が一気に大きくなる。

 

 ムウはそれだけ大きな存在だからだ。

 

 そんな様子を察したのかエフィムが軽口を叩いてくる。

 

 「どうしたトール。まさかビビってんのかよ」

 

 「な、そんな訳ないだろ」

 

 「まあ、安心しろよ。イレイズもいるし、いざとなったらこっちでもフォローする」

 

 「え、ああ。助かる」

 

 最近のエフィムはなんだか少し変わった。

 

 前なら小馬鹿にするように嫌味を言ってきても、フォローするなんて絶対に言わなかった。

 

 しかし今はこんな風にトールを気にかけてきたり、それだけでなくアストやキラとも話をしているのだ。

 

 そんなエフィムの姿にどこか嬉しくなり、いつの間にかトールの中にあった不安が吹き飛んでいた。

 

 「よし、行こう」

 

 「ああ」

 

 エフィムと連携を取りながらディンの迎撃に向かった。

 

 

 

 海に潜ったキラはグーンの素早い動きに翻弄されていた。

 

 砂漠でバクゥと戦った時も面食らったものだが、水中での機動性が圧倒的に違いすぎる。

 

 しかしキラは慌てる事無く冷静にその動きを観察していた。

 

 ソードストライカーを装備している以上近接戦闘に持ちこまなければ勝機はないが、グーンの動きは素早い。

 

 ならば―――

 

 「ふん、動く事も出来んのか『白い戦神』!!」

 

 動かないストライクを見てグーンのパイロットは鼻で笑う。

 

 これは当然のことだった。

 

 水中でこのグーンの動きについて来れる筈もない。

 

 一気に決めてやる!

 

 機体を加速させ距離を詰めると、正面から魚雷を叩きこむ。

 

 しかし彼の思考はそこで途絶えた。

 

 彼の機体はストライクのシュベルトゲーベルに串刺しにされていたのだから。

 

 キラは倒したグーンからシュベルトゲーベルを抜くと海底に落とす。

 

 何とかうまく行った。

 

 簡単に近付けないなら向こうから来るのを待つだけである。

 

 とはいえ単純に待っただけでは距離を取られて攻撃されるだけなので当然駄目。

 

 だから地形を利用し、正面から攻撃を仕掛けてくるように誘導したのだ。

 

 だがこんなやり方はいつまでも通用せず、他のグーン達は警戒しながら距離を取っている。

 

 それを見たキラはストライクを徐々に後退させた。

 

 当然グーン達も追ってくるのだが、それが罠だった。

 

 「アークエンジェル!!」

 

 「ゴットフリートの射線を取る! 良いわね少尉! ナタル、一回で当てて」

 

 「り、了解」

 

 「わかりました」

 

 「本艦はバレルロールを行う。総員衝撃に備えよ。アスト君、行くわよ!」

 

 「は、はい」

 

 イレイズが甲板から飛び上がるとアークエンジェルの巨体がぐるりと回り上下が逆になる。

 

 「ゴットフリート、撃てぇー!!」

 

 発射されたビーム砲がグーンを焼き破壊する。

 

 難を逃れた機体にもその隙に接近したストライクの攻撃で撃破され爆散した。

 

 船体が元の姿勢に戻ると皆から安堵のため息が漏れた。

 

 後はディンの迎撃が終われば戦闘の片はつき、あとはムウの報告待ちだ。

 

 キラも甲板での迎撃に加わる為に浮上しようとした時だった。

 

 新たな魚雷がストライクを襲いかかったのである。

 

 「ぐっ、あれは……」

 

 魚雷を発射してきたのはグーンではない。

 

 見るから水中戦闘に特化したフォルムを持つ機体だ。

 

 水中用モビルスーツ『ゾノ』

 

 グーンに比べ格闘能力が大幅に強化され、地上での機動性も改善された機体である。

 

 それに搭乗していたのはマルコ・モラシム。

 

 『紅海の鯱』の異名を持つ男であった。

 

 「よくも部下たちを! ナチュラル共がぁ!!」

 

 魚雷を放ちながら接近、腕の鉤爪をストライクに振り下ろす。

 

 ギリギリのところを回避されるが構う事無く体当たりを仕掛ける。

 

 「こいつを倒せばクルーゼにもでかい顔をさせずに済む! 落ちろガンダム!!」

 

 「くっ、なんてパワーなんだ!!」

 

 キラはゾノをパワーに押されながらも、殴り付けて弾き飛ばし距離を取った。 

 

 機動性もパワーもすごい。

 

 海中での戦闘は不利、何とかしなければ。

 

 そんなキラの苦戦をアークエンジェルから聞いたアストはすぐ行動を起こした。

 

 「キラこっちで動きを止める。その間に倒せ!!」

 

 「どうやって?」

 

 「任せろ。マードック曹長、バズーカを!」

 

 イレイズはシールドを捨て、射出されてきたバズーカを受け取って飛び上がるとディンの翼をビームライフルで破壊する。

 

 そしてバランスを崩した所に近づきブルートガングで斬り裂くと爆発する前にディンを蹴り落とした。

 

 海に落ちると同時に大きな爆発を引き起こす。

 

 当然それは海中にも伝わり、大きな振動が襲いかかる。

 

 「な、なんだ!?」

 

 モラシムが気を取られたその一瞬が勝負の明暗を分けた。

 

 動きを止めたゾノにキラはシュベルトゲーベルを突き刺し、同時に体当たりで突き飛ばすとそこに上からレール砲とバズーカの雨が降ってくる。

 

 イレイズがタスラムとバズーカで海の中を攻撃したのだ。

 

 砲弾を受けゾノは片腕を失い半壊の状態になってしまう。

 

 「ば、馬鹿な、せめてお前だけでも……」

 

 残った腕のフォノン・メーザー砲を構え敵を狙おうとするが、すでにストライクは目の前のまで迫っていた。

 

 肘でゾノの腕を弾き、アーマーシュナイダーで機体中央に突き刺した。

 

 「ぐあああ!!」

 

 アーマシュナイダーの突き刺さった部分から火を噴くとゾノは海底に落下し爆散した。

 

 「ふぅ、ありがとう。助かったよアスト」

 

 「いや、こっちも終わった」

 

 すべての敵を退けたアークエンジェルにムウから連絡が入る。

 

 敵母艦を発見、撃墜したと。

 

 歓声の沸くブリッジ。

 

 紅海での戦いはアークエンジェルの勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 休暇を終え地球に降下したアスランはニコルと共にジブラルタル基地に降り立っていた。

 

 部屋に荷物を置き、皆がいるであろうブリーフィングルームに入る。

 

 目に入ってきたのは隊長であるラウ・ル・クルーゼに詰め寄るようにイザークが懇願している姿だった。

 

 「お願いします、やらせてください隊長!!」

 

 そんなイザークを諌めるようにユリウスが前に出る。

 

 「イザーク、感情的になり過ぎだ。落ちつけ」

 

 「……はい」

 

 ユリウスに言われたからかイザークはおとなしく引き下がる。

 

 「足つきがデータを持ってアラスカに入るのは何としても阻止しなければならない。だがそれはすでにモラシム隊の任務となっているのだが……」

 

 「隊長?」

 

 言葉を濁したラウにかわりユリウスがそれを引き継ぐ。

 

 「すでにモラシム隊は足つきによって全滅したという報告が入っている」

 

 「なっ」

 

 全員が絶句する。

 

 マルコ・モラシムは『紅海の鯱』と言われるほどの猛者だ。

 

 砂漠の虎と言われたアンドリュー・バルトフェルドが倒された事に続き、ザフトに衝撃が走ったのは間違いない。

 

 今回の事で『消滅の魔神』と『白い戦神』の名は恐怖の対象としてさらにザフトに広まる事になるだろう。

 

 「ならば尚の事我々の仕事です、隊長! 奴らは、『消滅の魔神』と『白い戦神』は我らの手で!!」

 

 「そうですよ。俺達がやらなければ!!」

 

 「私も同じ気持ちです!!」

 

 「仲間の仇を!!」

 

 イザークだけでなくディアッカ、エリアスといった面々もそろってラウに懇願する。

 

 静かなのはシリルとカールくらいだ。

 

 それでもその目は鋭く、彼らも反対ではないようだ。

 

 「ふむ、私やユリウスはスピットブレイクの準備で動けんが、そこまで言うなら君らだけでやってみるかね?」

 

 「はい!」

 

 意気込むイザーク達を尻目にユリウスはラウに反論する。

 

 「隊長、今はスピットブレイクに備えるべきです。それに彼らだけで足つきを追わせるなど危険です」

 

 「心配するな、ユリウス。イザーク達とて子供ではないさ」

 

 「しかし!」

 

 「大丈夫ですよ、ユリウス隊長。今度こそ奴らを討ってこれまでの汚名を返上して見せます」

 

 そこまで言われては何も言えないのだろう。

 

 ため息をつくとユリウスは後ろに下がった。

 

 「ではここにいる全員で隊を編成し、指揮はアスランに任せる」

 

 「なっ、私ですか?」

 

 「カーペンタリアで母艦受領の手配をしておこう。すぐに準備したまえ」

 

 それだけ言うとラウはユリウスを伴い部屋を後にする。

 

 「ふん、ザラ隊ね」

 

 「お手並み拝見かな」

 

 イザークやディアッカは不満そうではあるが他のメンバーは特に気にすることなく準備に入っている。

 

 アスランは以前にラウに誓った事を思い出していた。

 

 説得に応じなければ―――その結果はもう出ている。

 

 俺はキラを、そして奴を討つのだ。

 

 アスランは改めて胸の内を確認すると僅かに残る痛みを無視し、皆に続き準備を始めた。




モラシムさんあっさり退場です。

本当はもっと粘らせようかなと思ったんですけどね。

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