機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第18話  砂塵、舞う

 

 

 

 『砂漠の虎』の母艦レセップス。

 

 そこにジブラルタルからの補給で送られてきた多くの物資が運び込まれていく。

 

 当然その中にはモビルス―ツなども含まれていた。

 

 ここまでの戦闘で疲弊したバルトフェルド隊は決戦に備え、急ぎ準備を進めていたのである。

 

 その光景をリストと合わせて眺めながら砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルドは不満の声を洩らしていた。

 

 「ジブラルタルの連中は何を考えてるんだ? ザウートなんてなんの役にも立たないってのに」

 

 「隊長いくらなんでもそれは」

 

 「事実だよ。あの2機相手に機動力のないザウートなんて唯の的、バクゥは品切れか!?」

 

 バルトフェルドの愚痴を聞いていたダコスタはため息をついた。

 

 だが今回ばかりはバルトフェルドの気持はよく分かる。

 

 ザウートは砲撃支援向けの機体であり、火力は十分あるのだが、機動力はお世辞にもあるとは言い難い。

 

 現在バルトフェルド隊においては固定砲台として使われるのが常になっているのだ。

 

 そんな機体をいくら持って来た所であの2機は止められないのは、直接戦ったダコスタが一番理解していた。

 

 にもかかわらず配備されたバクゥは多くない。

 

 これでは愚痴も言いたくなるだろう。

 

 「あっちは元気みたいだがね」

 

 「ええ」

 

 バルトフェルド達の視線の先にはクルーゼ隊の面々が運ばれてきたデュエルの強化装備アサルトシュラウドを装着するのを手伝っているのが見える。

 

 さらにその横ではビーム兵器を搭載した強化型のシグーの調整が進められていた。

 

 遭遇戦で負った損傷も修復され、同時に改修も行われている。

 

 それらを見上げる面々の表情は何時になく真剣そのもの。

 

 ようやく借りが返せるといったところだろう。

 

 「まあ、やる気があるのはいいことだよ。彼らには先鋒を務めてもらうしね」

 

 「いいのですか?」

 

 「下がれと言っても下がらんだろう? なら前に出てもらうさ。勝手されるよりはいいよ」

 

 「了解です」

 

 とにかく無いものねだりをしても仕方ない。

 

 これでどうにかするしかないのだから。

 

 

 

 

 

 準備を進めていたのは虎だけではない。

 

 アークエンジェルもまた準備を終え発進しようとしていた。

 

 潜んでいた岩壁からはバギーが次々と発進し、それに続くように白亜の戦艦も動き出す。

 

 そんな中、カガリもまたバギーにバズーカを積み込み、戦いの準備を整えていた。

 

 その手には鮮やかな石が光っている。これは先ほど仲間であったアフメドの母親から貰ったものだ。

 

 どうやら加工してプレゼントしてくれるつもりだったらしい。

 

 アフメドはこの前の遭遇戦でバクゥの攻撃を受け死んだ。

 

 年も近く一番親しい仲間だった。

 

 街で出会った敵将の姿が思い浮かぶ。

 

 あんなふざけた奴に皆が―――

 

 ≪ならどうやって勝ち負けを決める? すべての敵を滅ぼしてか?≫

 

 なのにあいつの言った言葉は消える事無く、何度も思い出された。

 

 「くそッ!!」

 

 首を振りアフメドがくれた石を強く握りしめていると、傍に駆け寄ってきたキサカが声をかけてくる。

 

 「カガリ、どうした?」

 

 「いや、なんでもない。行こう!!」

 

 バギーに勢いよく乗り込むと戦場へと飛び出した。

 

 皆の仇を取る!

 

 「今日こそ倒すぞ!!」

 

 砂漠の風を受けながら、決意を胸に前を見据えた。

 

 

 

 

 

 戦場に向かうアークエンジェルのパイロット待機室。

 

 そこにアスト達は戦場に着くまでの間、待機していた。

 

 歴戦の戦士であるムウはもちろんアストやキラもいつもと変わることなく落ち着いている。

 

 エフィムは流石にまだ慣れてはいないようだが、一応は平静を保っていた。

 

 だがここにもう1人ガチガチに緊張した人物が座っていた。

 

 「トール、大丈夫?」

 

 「あ、ああ。だ、大丈夫」

 

 エフィムと一緒に訓練を重ねていたトールも今回ついに初陣を飾ることになったのだ。

 

 キラが声をかけても全く緊張が和らぐ事なくガチガチのトールを見かねたのかムウが口を開いた。

 

 「ケーニッヒ。初陣のお前は後方支援だ。無理だと思ったならすぐ下がればいい。生き残る事だけ考えろ。いいな」

 

 「は、はい」

 

 「トール、お前は後ろに下がってていいぜ。あとは俺がやるからさ」

 

 「な、何ッ!!」

 

 いつもの嫌味にトールが激昂するがそれでもいつも通り嘲るように笑みを浮かべる。

 

 そんなエフィムにムウが真面目な顔で告げた。

 

 「ブロワ、お前も後方で援護に徹しろ」

 

 「な、なんでだよ!!」

 

 「お前もケーニッヒと同じくひよっこだからだよ。前の戦闘で生き残ったからって調子に乗ってると死ぬぞ」

 

 「くっ」

 

 悔しそうに顔を逸らすエフィムからトールの方に視線を戻すとムウはいつもの笑顔でポンと肩を叩く。

 

 「ま、心配すんな。俺もいるし、この二人もいる」

 

 「そうだよ。僕たちも出来るだけ敵を近付けないから」

 

 「モビルスーツはこっちを狙ってくるだろうし、前に出なきゃ大丈夫だ」

 

 3人の励ましにぎこちないながらもトールはようやく笑みを見せた。

 

 その様子を見たアストとキラは顔を見合わせると互いに頷く。

 

 2人の考えは一緒だった。

 

 トールを絶対に死なせないと。

 

 その時、スピーカーからミリアリアの声が聞こえてくる。

 

 《各パイロットは搭乗機へ》

 

 「よし、いいか。ブロワが1号機、ケーニッヒが2号機だ。前には俺とアスト、キラが出る。いいな!!」

 

 「「「了解」」」

 

 各自が部屋を出て、自身の機体に向かう。

 

 「レ、レーダーにっ」

 

 「レーダーに反応。敵機と思われます。攪乱がひどく数は不明」

 

 カズイのたどたどしい報告を引き継ぐようにフレイが声を上げる。

 

 「その後方に大型の熱量を確認。数3、敵母艦及び駆逐艦と思われます」

 

 ブリッジに次々と情報が飛び交う。

 

 大型の熱量は間違いなくレセップスとその僚艦だろう。

 

 いよいよ本番である。

 

 あれを突破できなければアラスカには辿り着く事は出来ない。

 

 マリューは自身に気合いを入れるように大声で命令を下した。

 

 「対艦、対モビルスーツ戦闘用意! 各機発進させて!!」

 

 「イレイズ、ストライク、スカイグラスパー発進!!」

 

 彼らの目の前にはすでにレセップスの姿が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 《スカイグラスパー、フラガ機、発進どうぞ!》

 

 《ムウ・ラ・フラガ出る!!》

 

 ムウのスカイグラスパーがランチャーストライカーを装備して先に発進、それを見届けると次はイレイズがカタパルトまで運ばれていく。

 

 「各部異常なし」

 

 自分の落ち着かせるように息を吐く。

 

 今日戦う相手はあの男、『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルドである。

 

 忘れようもないバナディーヤでの事を思い出すが、それを振り払うようにもう一度機体チェックを行っているとミリアリアが声を掛けてきた。

 

 《あのアスト、トールの事……》

 

 画面に映ったミリアリアの顔は今にも泣きだしそうなのを必死にこらえているように見える。

 

 当然だ。

 

 大事な恋人が戦場に赴こうとしているのだから。

 

 それを察したアストは極力明るい声でミリアリアを安心させようと笑顔で頷く。

 

 「任せろ。トールにも言ったけど敵ははこっちを狙ってくるから、前に出なければ大丈夫だよ」

 

 《う、うん》

 

 なんの根拠もない気休めだが言わないよりはいいだろう。

 

 《頼むわよ、アスト》

 

 アネットが画面に割り込んでくる。

 

 彼女もいつもと変わらない様に見えるがそれでも心配なのだろう。

 

 顔が強張っていた。

 

 「ああ、分かってるよ。アスト・サガミ、イレイズガンダム行きます!!」

 

 イレイズがカタパルトから押し出され、戦場に飛び出していく。

 

 《本当にエールでいいのか?》

 

 「はい。バクゥには機動性の方が重要です」

 

 《わかった!》

 

 キラはこれまでの戦闘を踏まえてエールを選択した。

 

 ランチャーストライカーではバクゥに対抗できないのはアストの戦闘からも分かるし、巨大な剣のソードストライカーは論外だろう。

 

 まず間違いなく剣の間合いには近付けないからだ。

 

 エールを背中に装着すると発進準備が整う。

 

 前回破壊されたバズーカの予備も装備してある。

 

 《キラ、アストにも言ったけど》

 

 「うん、大丈夫」

 

 不安げなミリアリアに頷く。

 

 絶対に死なせるもんか―――

 

 そんな決意を胸にキラは声を上げた。

 

 「キラ・ヤマト、ストライクガンダム行きます!!」

 

 発進した先で待っていたのは戦闘ヘリとバクゥによるミサイル攻撃だった。

 

 戦闘ヘリとミサイルをイーゲルシュテルンで撃ち落とすと向ってきたバクゥに突っ込んでいく。

 

 途中また別の戦闘ヘリが邪魔をするが、ムウのスカイグラスパーの攻撃を受けて墜落する。

 

 地上でも変わる事のないムウの腕は流石と言ったところだろう。

 

 専用に調整された機体のおかげもあってか、その動きは通常のスカイグラスパーよりも格段に良い。

 

 キラはエールストライカーからビームサーベルを抜くとミサイルの雨を潜り抜けバクゥの正面から斬りつける。

 

 振るった斬撃がバクゥの首を捉え、あっさりと斬り飛ばし、動きを止めた所をビームサーベルで突き刺した。

 

 撃破した敵の爆発背中に受け、次に迫ってくるバクゥに向けてバズーカを放つが、敵機はそれを回避するために横へと軌道を変えた。

 

 その瞬間に再びサーベルに持ち替えると、接近し横薙ぎに一閃した。

 

 胴を斬り、バクゥを爆散させ落としたのも束の間、次から次に敵が迫ってくる。

 

 だがキラは全く動じていなかった。

 

 落ち着いた動作でバクゥのビームサーベルをかわすと機体を空中で宙返りさせ背後からビームライフルで狙い撃つ。

 

 その攻撃をかわす事が出来ず、一撃で撃破した。

 

 「これで3つ! 次は―――ッ!?」

 

 次の敵機を求め周囲に視線を走らせたキラの目の前に因縁の機体がいた。

 

 「あれは、デュエル!」

 

 こちらが見つけたと同時に向こうも気がついたのだろう。

 

 一目散にこちらに突撃してくる。

 

 PS装甲を持つガンダム相手に実体弾は効かない。

 

 むしろ邪魔だと判断し、バズーカを捨てデュエルを迎え撃つ。

 

 キラは知らず暗い笑みを浮かべていた。

 

 これで仇が取れるのだと―――

 

 「今日こそ倒す!! デュエル!!」

 

 キラのSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 ストライクを発見したイザークは思いっきりペダルを踏み込み突っ込んでいく。

 

 今回の作戦において機体の調整が間に合わなかったシリルを除いたクルーゼ隊のメンバーは先鋒を任された。

 

 これはチャンスである。

 

 今までの忘れようもない屈辱の数々を晴らす日が来たのだ。

 

 機体はすでに砂漠仕様の調整は済み、アサルトシュラウドも装備している。

 

 今度こそまぐれはないだから。

 

 「ストライクゥゥゥ!!!」

 

 肩のミサイルポッドからミサイルを発射し、同時にシヴァとビームライフルを一斉に撃ちこむ。

 

 だが攻撃が直撃する瞬間ストライクは空中に飛び上がり回避する。

 

 それを見たイザークはビームサーベルを抜くと自身も飛び上がり、シヴァを発射しながら斬りかかった。

 

 ストライクはシヴァをかわして体勢を崩している姿を好機と見たイザークはここぞとばかりにサーベルを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 「落ちろぉぉ!!」

 

 殺ったと、そう確信する。

 

 だが次の瞬間、信じ難い事に宙に舞っていたのはデュエルの腕であった。

 

 「なにっ!」

 

 イザークは驚愕に目を見開き、そして一瞬だが致命的な隙を晒してしまった。

 

 動きを止めたデュエルをストライクはシールドで殴りつけ地面に叩き落とす。

 

 「ぐあああああ!!」

 

 地面に叩きつけられたイザークはその衝撃に一瞬気が遠のく。

 

 「イザーク、避けろ!!」

 

 聞こえたディアッカの声に反応して地面を滑らすように機体を動かす。

 

 そして頭を振って正面を見るとストライクのビームサーベルが自分の居た場所に突き刺さっていた。

 

 「イザーク、無事か!?」

 

 「……ああ」

 

 認めたくはないが、ディアッカの呼びかけが無ければ自分は確実に死んでいた。

 

 「くそぉぉ!!」

 

 「落ち着けよ。その腕じゃ厳しいだろ。全員でやるぞ、エリアス、カール!」

 

 「「了解!!」」

 

 二人のバクゥがミサイルで撹乱、そしてバスターがガンランチャーとエネルギーライフルでストライクを攻撃する。

 

 悔しいがディアッカの言う通りだろう。

 

 これではストライクを倒す事はできない。

 

 屈辱を押し殺し、イザークも皆の攻撃に合わせストライクに向っていった。

 

 

 

 

 

 

 戦況をダコスタから聞いていたバルトフェルドは笑みを浮かべる。

 

 実に不謹慎ではあるが彼はこの現状を楽しんでいた。

 

 状況はこちらがやや不利と言ったところだろうか。

 

 ストライクは先鋒のクルーゼ隊が奮戦し抑えているが、イレイズは止められず被害が拡大している。

 

 それだけでなくもう1機の戦闘機も曲者でこちらも結構な腕前らしく厄介である。

 

 その機動性はザウートの砲撃を軽々避け、持ち前の火力で逆にこちらが大きな被害を受けていた。

 

 さらに本命の足つきには戦闘ヘリが攻撃を仕掛けをしている様だが、これも2機の支援機によって阻まれている。

 

 全く流石と言う他ない。

 

 それでも例の仕掛けは今のところ気付かれてはいないのは僥倖と言える。

 

 「アンディ、準備完了よ」

 

 「ありがとう。アイシャ」

 

 恋人のアイシャがパイロットスーツを着て近づいてきた。

 

 彼女もこれから自分と指揮官機に乗って出撃する事になっている。

 

 見上げた先にあるのはバクゥよりも一回りほど大きい機体だった。

 

 TMF/A-803『ラゴゥ』

 

 指揮官用に開発されたバクゥの強化大型機である。

 

 バクゥを超える性能と強力なビーム兵器を搭載した為、一回り大きな機体となっており、それにより複雑となった操縦を複座にする事で解決している。

 

 アイシャはこの機体のガンナーを務めてもらう。

 

 彼女はこう見えてもそこらのパイロットには引けを取らない腕前なのだ。

 

 互いに顔を見合わせると頷きあってコックピットへ乗り込むと、機体の調整の為、残っていたシリルから通信が入る。

 

 「バルトフェルド隊長、『シグーディバイド』の調整が終わりました」

 

 『シグーディバイド』はビーム兵器を搭載したシリルの強化型シグーの正式な名前である。

 

 配備された時は単純にビーム兵器を搭載しただけであったが、遭遇戦の際に損傷した機体を改修する事で性能も向上している。

 

 「そうか、こちらも出撃準備は完了した。いくぞ!!」

 

 「了解!!」

 

 レセップスより二機のモビルスーツが出撃する。

 

 「君には因縁のある『戦神』の方を頼めるかな。私は『魔神』の方に」

 

 「分かりました!」

 

 シグーディバイドとラゴゥは互いの獲物に向かって、別方向に向かって移動を開始する。

 

 「さあ、始めようか。イレイズの名の通り消えてもらおう」

 

 バルトフェルドは笑みを浮かべて戦場を駆けて行った。

 

 

 

 

 

 イレイズのビームライフルから発射されたビームがバクゥの胴体を貫くと、爆発と共に炎が上がる。

 

 「ハァ、ハァ、今ので3機目―――ッ!?」

 

 撃破したバクゥを尻目に、次なる敵を探して視線を流すと、突如放たれたビームに気がつき間一髪、シールドで受け止めた。

 

 攻撃が放たれた方向へ目を向けると、そこに居たのはバクゥと似ていながらも一回り大きな機体だった。

 

 「新型!? ……隊長機か」

 

 当然乗っているのは砂漠の虎だろう。

 

 フゥと息を吐くと目の前の敵を見据え、互いが敵の挙動を見逃すまいと注視する。

 

 そして近くで起きた爆発を合図に両方が動いた。

 

 アストは即座にビームライフルを掲げてラゴゥを狙うが、ビームは掠る事さえできず空を薙いだ。

 

 「速い!?」

 

 ビームの連射をかわし、一気に加速して砂丘の陰に隠れる。

 

 そのすぐ後に逆方向から飛び出してくると背中の二連ビームキャノンで攻撃を加えてきた。

 

 「速いだけじゃなくて射撃も正確、伊達に隊長じゃないってことか!!」

 

 止まっていたら的になるだけと判断したアストはバクゥと戦う時同じく、一か所に留まらず動き回りながら撃ち返す。

 

 そんなイレイズを見てアイシャが納得いったように呟いた。

 

 「なるほど、いい腕だわ。皆が手こずるのも分かる」

 

 「だろう。だが最初の戦闘の時はもっと凄かった」

 

 「嬉しそうね、アンディ。……辛いわね、あの子達のこと好きでしょ?」

 

 その問いには答えずどこか寂しそうに笑みを浮かべる。

 

 「……さて、そろそろ仕掛けを使う時だな」

 

 まるではぐらかす様に指示を出す。

 

 だがそれこそが答えであるとアイシャはあえて言わなかった。

 

 わざわざ指摘するまでもなく、彼自身も気がついている事だから。

 

 今は自分の役目を、彼の為に勝つことだけを考える事にした。

 

 ラゴゥのビームキャノンがイレイズを狙って放たれ、砂漠を抉っていく。

 

 猛攻を捌きながらアストもまた反撃していく。

 

 

 その時、アークエンジェルの後方に新たな敵艦が現れた。

 

 

 「まさか伏兵か!? アークエンジェル!!」

 

 新たな敵に気付いたアストはアークエンジェルに向おうとするが当然ラゴゥがそれを阻み、発射したビームキャノンがイレイズのビームライフルを撃ち落とす。

 

 「くっ!」

 

 「行かせんよ、少年」

 

 「くそぉ! キラは?」

 

 ストライクもイレイズと同じく敵によって進路を阻まれている。

 

 相対しているのは前に戦ったシグーのようだ。

 

 「……やる事は変わらない。あなたを倒して行くだけだ!!」

 

 タスラムを前方に放つとラゴゥはその機動性を持って、砂を滑るように回避していく。

 

 しかし発射された砲撃によって砂煙が舞い一瞬視界を遮った。

 

 その隙にビームサーベルに持ち替え、ラゴゥに向けて斬りかかる。

 

 「はああああ!!」

 

 当然ラゴゥもビームサーベルを発生させ突っ込んでくる。

 

 お互いが交差する一瞬の攻防。

 

 競り勝ったのはイレイズ。

 

 ラゴゥの右翼とビームキャノン右砲身を同時に斬り裂いていた。

 

 「くぅ、流石だな! アイシャ損傷は!?」

 

 「少し待って!!」

 

 ラゴゥはすぐ振り返るとイレイズに再度接近戦を仕掛けた。

 

 

 

 

 当然後ろから現れた敵の伏兵についてはアークエンジェルも気が付いている。

 

 だが完全に挟まれた形になっており、逃げられるような状況では無くなっていた。

 

 「敵艦より砲撃!」

 

 「回避!!」

 

 「ヘルダート、コリントス撃てぇー!!」

 

 こうなれば前にいるレセップスを抜くしかない。

 

 しかし前後からの容赦ない砲撃と数機のバクゥの攻撃によって徐々に追い詰められていく。

 

 それは上空から見ていたエフィムやトールにも分かった。

 

 「くっ、アークエンジェルが……おい、エフィム、どうするつもりだよ!?」

 

 トールが驚いたように声を上げる。

 

 何故なら突然エフィムがアークエンジェルの方に向かい降下していったからだ。

 

 あれだけ後方支援に徹しろって言われていたのに。

 

 「このままじゃやられる。黙って見てられるかよ!!」

 

 確かにそうだ。

 

 このままじゃ―――

 

 それは実戦経験の無いトールの目で見ても明らかであった。

 

 自分はアストやキラと一緒に戦うために、みんなを守るためにパイロットに志願したんじゃないのか。

 

 自身の決意を見つめ直し、震える手を抑えつけ覚悟を決めた。

 

 「よし、行くぞ!」

 

 トールもエフィムの後を追い降下していく。

 

 先行したエフィムはまずアークエンジェルの周りのバクゥを狙う。

 

 「何時までもあいつらばかりに任せられるかよ」

 

 バクゥにミサイルを発射し、それを避けたところをビーム砲で狙撃するが、敵もそう簡単にはやられてくれない。

 

 ビームは右前脚を破壊したものの、撃破はできなかった。

 

 「なら、接近して」

 

 損傷した敵機に止めを刺す為、もう一度攻撃を仕掛ける。

 

 だがそれがいけなかった。

 

 タイミングを見計らいバクゥは飛び上がると、スカイグラスパーを踏みつぶすように落下して来た。

 

 「なっ、このぉぉ!」

 

 ビーム砲を上方に向け放ち、バクゥを撃ち抜くが、破壊しきれなかった残骸がこちらに向かって落ちてくる。

 

 「うあああああ!!!」

 

 必死に操縦桿を操作し、何とか潰されなかったが同時に地面に激突してしまう。

 

 衝撃に呻きながら、頭を振って意識をはっきりさせようと努める。

 

 ヘルメットのバイザーに罅が入ってはいるが、何とか無事のようだ。

 

 下が砂漠でなければ死んでいただろう。

 

 とんだ醜態を晒してしまった。

 

 ヘルメットを脱ぎ棄てコックピットから出るとすぐ傍に自身が撃墜したバクゥがあった。

 

 爆散するような様子もない。

 

 まだ敵がいるかもしれないという緊張なのかエフィムの体が震え出した。

 

 「……なにやってんだよ。コーディネイターと戦う為に地球軍に志願したんだろ。しっかりしろ」

 

 銃を手に持ち警戒しながらゆっくりと機体に近づく。

 

 足部の陰から覗き込むと緑のパイロットスーツが見えた。

 

 コックピットから投げ出されたのだろう、ピクリとも動かない敵兵の姿に息を吐く。

 

 だがまだ死んでいると決まった訳ではない。

 

 確認の為、油断せず銃を構えながら正面に回った。

 

 「あっ」

 

 その姿を見た瞬間、思わず声が出てしまった。

 

 ザフト兵は自分と同じくらいの少年だったから。

 

 「う、うう」

 

 突然呻くような声がした方に銃を構え直した。

 

 見ればザフト兵が手をこちらに向け伸ばしている。

 

 敵である事はパイロットスーツから分かるはず。

 

 もしかしたら目が見えていないのかもしれない。

 

 撃つべきかと悩んでいるとはっきり声が聞こえた。

 

 「……かあ……さん」

 

 それを聞いた瞬間、エフィムは何故か手を取っていた。

 

 あれだけ嫌っていたコーディネイターの、しかもザフト兵の手をしっかり握っていた。

 

 自分でも何でそんな事をしたのかわからない。

 

 無意識にだろうか。

 

 エフィムが手を握ると安心したような顔をしたザフト兵はそのまま手から力が抜けた。

 

 死んだ、いや自分が殺したのだ。

 

 「うっ」

 

 口に手を覆うと凄まじい吐き気に襲われる。

 

 結局、戦闘前に食べた物をすべて吐き出してしまった。

 

 エフィムは始めて戦争というものを実感したような気がした。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 近くにバギーが止まり金髪の少女が走ってくるが、今のエフィムに答える余裕などなかった。

 

 

 

 

 エフィムのスカイグラスパーが戦線離脱した事で、戦場で踏ん張っていたトールの負担が一気に増える。

 

 後方の駆逐艦の上にいるザウートの攻撃を何とか捌きながら負けじとビームとミサイルを撃ち返し、駆逐艦に直撃させる。

 

 そこから大きな爆発を起こしさらにザウートまで巻き込んで損傷させた。

 

 「よし、いけるぞ!」

 

 そう勢い良く攻撃を仕掛けていくが、それを阻止する為に、下方からバクゥのミサイルが迫ってきた。

 

 「うわっ」

 

 咄嗟に機関砲で何とかミサイルを破壊するも背中に冷汗が流れていく。

 

 かなり危なかった。

 

 ムウにも言われた事を思い出す。

 

 ≪お前の悪い癖はすぐ調子に乗ってしまう事だ。常に冷静に、自分の力量を履き違えるな≫

 

 これはシミュレター訓練をしていた時に何度も言われた事。

 

 そう自分は今回が初陣の新兵でひよっこなのだ。

 

 勘違いしてはいけない。

 

 落ち着けるように息を吐くと機体を旋回させ損傷した敵駆逐艦を狙う。

 

 自分が撃沈させる必要はなく、要はアークエンジェルを狙えないようにすれば良いのだ。

 

 慎重に接近しビーム砲でアークエンジェルを狙う砲台を破壊しながら、下からの攻撃に対して回避に専念する。

 

 そこに別の強力なビームがバクゥをなぎ払った。

 

 アグ二を装着したムウのスカイグラスパー3号機である。

 

 「フラガ少佐!」

 

 「待たせたな! 良く持たせた!!」

 

 「はい! でもエフィムが……」

 

 「あいつは無事だ、心配ない。このまま一気に行くぞ!!」

 

 「了解!」

 

 二機の猛攻により駆逐艦は完全に戦闘力を失い撤退、その勢いのままレセップスに突撃していく。

 

 それによりアークエンジェルの士気も上がり形勢は一気に傾いていく。

 

 ストライクとの戦闘に突入していたシリルにもそれは確認できた。

 

 完全に劣勢に立たされている。

 

 ストライクにバルカン砲を浴びせ、レーザー重斬刀を上段から振り下ろす。

 

 しかし敵機はひらりと刃をかわすとビームサーベルで突き返してくるが、ギリギリで内装防盾で防御する。

 

 だがそのままバルカン砲ごと弾き飛ばされてしまう。

 

 「くっ!! 分かってはいたが一筋縄ではいかないな、ガンダム!!」

 

 改修を施したとはいえ劇的に性能が向上した訳ではない。

 

 性能差は依然として変わらない。

 

 何よりもすでにキラはSEEDをすでに発動させていた。

 

 これによりシリルは劣勢を強いられていたのである。

 

 さらには援護してくれるであろう味方はすでに居らず、すべて撤退していた。

 

 シリルが駆けつけた時にはデュエルの損傷は大きかったためバスターと下がらせた。

 

 イザークは最後まで文句を言っていたが、聞いてはいられない。

 

 そして2機のバクゥはすでにやられてしまった。

 

 幸いコックピットは無事だったのでエリアスとカールは他の機体に回収され撤退済みである。

 

 どう攻めるべきか、考えて込んでいるとダコスタから通信が入ってきた。

 

 《全軍後退せよ。繰り返す、全軍後退せよ》

 

 「なっ、どういう事だ、ダコスタ!?」

 

 《シリル・アルフォードか。聞いての通りだ。この戦い我々の負けだ》

 

 すでに大半の戦力は撃墜もしくは戦闘不能に追い込まれていた。

 

 そしてレセップスは完全に戦闘力を失い退艦命令も出ている。

 

 もはや戦闘継続は不可能だった。

 

 「くそっ!!」

 

 《シリル・アルフォード。頼みがある。隊長を救って欲しい》

 

 「バルトフェルド隊長はどうしているんだ?」

 

 《今もイレイズと戦闘中だ。あの人はおそらく最後まで撤退などしないだろう。ここで死ぬつもりだ》

 

 「……本当か」

 

 《……ああ。あの人はそういう人なんだ。だから頼む。隊長を助けてくれ!》

 

 「頼まれるまでもない。必ず救う!!」

 

 その瞬間、シリルのSEEDが弾けた。

 

 斬り込んでくるストライクに体当たりで吹き飛ばすとレーザー重斬刀を振るう。

 

 キラはそれを間一髪シールドで受けとめるが、シリルはその勢いを殺さず、さらに力任せに押し込んだ。

 

 シールドが火花を散らし、徐々に斬り裂かれていく。

 

 だがシリルの狙いは別にあった。

 

 ストライクのビームサーベルを持つ右手を肘で弾き、手を伸ばすと背についているビームサーベルを手に取り、そのままエールストライカーに突き刺した。

 

 「なっ、くっ!!」

 

 キラは驚愕するもレーザー重斬刀の押しが弱まったのを見計らい体当たりして突き放すとエールをパージする。

 

 何故シグーにビームサーベルが使えるのか。

 

 それは今回の改修が施された際にこの機体にもGATシリーズと同じ規格のビームサーベルが装備されるはずだったからだ。

 

 レーザー重斬刀は威力こそ大きいが取扱いが難しく隙もできやすいからである。

 

 背中の装備を破壊された事でストライクは機動性が削がれた。

 

 このまま一気に攻めたいところだが、あまりのんびりしてはいられない。

 

 自分にはしなければいけない事があるのだ。

 

 ビームサーベルを使用しているためか、バッテリーの方もギリギリだ。

 

 シリルはビームライフルに持ち替えると敵機の足元めがけて発射する。

 

 ビームを回避するために距離を取ったストライクを尻目に離脱するとバルトフェルドの救出に向った。

 

 それを見ていたキラは撤退したと判断して周囲を見渡す。

 

 どうやら敵のほとんどは撃墜したか、撤退したらしい。

 

 油断は禁物だが戦闘はほぼ終わったと見ていいだろう。

 

 それにしても―――

 

 「やっぱり、あのパイロットは強い」

 

 正直、アスランや他のガンダムのパイロットと比べても格が違う。

 

 今回も退いてくれたからこそ良かったがあのまま続けていたらどうなっていただろうか。

 

 負ける気はなかったが、確実に勝てたとも言えない。

 

 「このままじゃ駄目だ」

 

 もっと強くならなければいけない。そんな決意を胸にアークエンジェルに帰還した。

 

 

 

 

 バルトフェルドから撤退命令が出た事で大半の戦闘は終息している。

 

 だがすべての戦いが終わった訳ではなく、戦場の一画で最後の戦闘が行われていた。

 

 イレイズとラゴゥが空中で交錯すると互いの機体に傷が刻まれるが戦闘継続には影響がない程度。

 

 アストは通信回線をオープンにして呼びかける。

 

 「バルトフェルドさん、決着はつきました。これ以上の戦闘に意味はない、降伏してください」

 

 「まだだよ、少年!!」

 

 突っ込んでくるラゴゥの攻撃にタイミングを合わせ、ビームサ―べルを逆袈裟から振るうとラゴゥの前足を斬り飛ばした。

 

 「言ったはずだ。戦争には明確な終わりのルールなど無いと」

 

 「だからここで死んでもいいって言う理屈にはならないでしょう! あなたにも仲間はいるはずだ!! その人達の為にも―――」

 

 「それは敵である君が言うセリフではないな!」

 

 確かにアストらしくないのかもしれない。

 

 街で出会ってしまったのが不味かったのか、自分でも思った以上に彼とは戦いたくなかったらしい。

 

 敵機の攻撃を捌きながら、アストは残りのバッテリーを確認する。

 

 やはりイレイズのエネルギーは危険域に入っている。

 

 むしろここまで戦えたことこそ僥倖と言えるだろう。

 

 バッテリーを節約した戦い方もそうだが背中の武装をタスラムに変更した事が大きかった。

 

 アータルのままではとっくにバッテリー切れに陥っていたに違いない。

 

 「……退いてはもらえないんですね」

 

 「……戦うしかあるまい。どちらかが滅ぶまでね」

 

 アストのSEEDが弾ける。

 

 ビームサーベルを捨て、腕部のブルートガングを抜き放ち、正面から突っ込んでいく。

 

 それに応じるようにラゴゥもまた光刃を構え、正面から突撃を仕掛けてきた。

 

 これが最後の激突―――

 

 「はあああああ!!」

 

 「うおおおおお!!」

 

 二つの影が重なる。

 

 イレイズのブルートガングがラゴゥの頭部より斜め上に突き出るように串刺しにしていた。

 

 「……完敗だな。少年」

 

 コックピットには直撃していなかったのか、まだ死んではいないらしい。

 

 声をかけるべきか、一瞬迷う。

 

 その時だった。

 

 

 「イレイズゥゥゥ!!」

 

 

 咆哮と共に突っ込んで来るのは白い機体シグーディバイドであった。

 

 「こいつはキラと戦っていた奴か!!」

 

 ラゴゥから咄嗟に離れ、シグーのレーザー重斬刀をかわす。

 

 だがシリルは動きを止めることなく猛攻を仕掛ける。

 

 繰り出される斬撃をシールドで何度も受け止め、反撃しようとした時だった。

 

 繰り返し鳴っていた警戒音が消え、ピーと甲高い音に変わるとイレイズの装甲は落ち、元のメタリックグレーに戻る。

 

 フェイズシフトダウン、すなわち限界時間である。

 

 その瞬間を見逃すシリルではない。

 

 「終わりだ、イレイズ!!!」

 

 レ―ザー重斬刀の一撃を身を屈めてかわすが、次のビームサーベルによる斬撃で右足が斬り落とされてしまう。

 

 その衝撃で機体がバランスを崩し後ろに倒れ込むとシリルは止めとばかりにビームサーベルをイレイズに突き出した。

 

 「まだだぁぁぁぁ!!!」

 

 ビームサーベルの軌跡が酷く遅く感じられる中、アストは操縦桿を操作した。

 

 倒れ込む瞬間に各スラスターを調整し、一瞬機体を水平に浮かせると、そのままシグーに向けてタスラムを発射した。

 

 「なんだと!? ぐぁぁぁ!!!!」

 

 狙い通りタスラムはシグーの脚部を直撃した。

 

 脚部を破壊されたシグーはそのまま横に倒れるが、すぐ体勢を立て直す様に動き出す。

 

 アストはこれ以上の戦闘は無理と判断した。

 

 先程自分ががバルトフェルドに言った事、これ以上の戦闘に意味はない。

 

 スラスターを吹かし、どうにか離脱を試みる。

 

 流石に敵も損傷が大きいためかこちらを追っては来なかった。

 

 距離を取り、イレイズの撤退を見届けるとシリルはすぐに通信で呼びかけた。

 

 「隊長、大丈夫ですか? バルトフェルド隊長!」

 

 次の瞬間ラゴゥから火が噴き小規模の爆発を起こし機体が崩れる。

 

 「不味い、早く助けないと」

 

 シリルはラゴゥのコックピット部分だけを切り離すとそれを抱えて合流ポイントに急いで向った。

 

 

 

 

 砂漠の決戦はアークエンジェル側の勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 その夜、決着のついた砂漠で宴が開かれていた。

 

 ようやく宿敵を倒す事が出来たのだ。

 

 明けの砂漠のメンバーからすればその喜びは当然と言えるだろう。

 

 ヘリオポリスからの避難民の人々もこれまでの鬱憤を晴らすかの様に一緒に騒いでいる。

 

 だがアークエンジェル組の中で宴に参加しているのはマリューやナタル、ムウの3人だけで後は遠巻きに眺めているだけだ。

 

 それはトール達も同じである。

 

 アストやキラなど宴が始まるなり、アークエンジェルに帰って行った。

 

 特にアストは軽蔑するかの様に彼らを見ていた。

 

 正直トールもこんな事をしている気分ではない。

 

 戦場は恐ろしいものであり、人殺しは最悪な気分であった。

 

 初陣だったからかもしれないが、だからこそあんな風には喜べない。

 

 未だに手の震えが止まらないのだ。

 

 それでもここにいるのは自分を心配してくれたミリィ達にこれ以上気を使わせないためだった。

 

 「トール、本当に大丈夫なの?」

 

 「心配性だな、ミリィは。俺は大丈夫だよ」

 

 「エフィムが落ちた時はヒヤッとしたけどさ」

 

 「そうそう、すごく心配したんだぜ。もうテンパっちゃってさ」

 

 「カズイはその前からそうだったでしょ」

 

 「うっ」

 

 「「「あははははははは」」」

 

 皆の笑顔をみていると穏やかな気分になる。

 

 大変だったけど、頑張って良かった。

 

 その時、トールは素直にそう思えた。

 

 そして宴が始まってすぐにフレイは誰一人いない岩場を歩いている。

 

 宴などに興味は無く、今はただ静かな所で考えをまとめたかったのだ。

 

 これまでフレイなりに色々と考えてきた。

 

 父の仇の士官セーファス・オーデンの言った事と自身の答えを。

 

 それを得るために医務室に赴きコーディネイターの事を勉強したりもした。

 

 アストやキラの事もさりげなく観察した。

 

 でも答えはやはり変わらない。

 

 コーディネイターが許せない。

 

 復讐。

 

 その二文字が答えとして明確になろうとした時だった。

 

 近くから何かが聞こえる。

 

 「何?」

 

 少し気になって、音を立てないように出来る限り静かに近づいていく。

 

 そこにいたのはエルザだった。

 

 岩の上に座って星を見ているのだろう。

 

 今は顔をあわせる気にもならないと背を向けると、丁度その時後ろから先程の声が、今度ははっきり聞こえた。

 

 「うっううう、エリーゼぇぇ」

 

 フレイは息を飲む。

 

 エルザは声を殺して泣いていたのだ。

 

 彼女の妹の事は知っている。

 

 だがそれを聞いた時は自分の事で精一杯で気にしてもいなかった。

 

 父が死んだすぐ後でなら、そしてセーファスの忠告を受けず考えなかったら、当然の報いと思ったかもしれない。

 

 だが今のフレイは違った。

 

 泣くのだ。

 

 彼らコーディネイターも悲しむのだ。

 

 大切な誰かを失えば。

 

 「あっ」

 

 そう理解した瞬間フレイの瞳から涙が零れた。

 

 「……フレイ?」

 

 フレイが漏らした声で気がついたのだろう。

 

 エルザが振り向いていた。

 

 今の顔を―――涙を流すところを見られるなんて最悪だ。

 

 しかもよりによってこの女に。

 

 だが涙は止まらない。

 

 気がつけば2人して泣いていた。

 

 もうナチュラルもコーディネイターも関係なかった。

 

 此処にはただ大切な家族を失った2人の少女が涙を流している、それだけだった。




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