その日は本当にいい天気だった。
人によってはピクニックでも行こうという気になるほど過ごしやすい気候。
そんな日差しを受けながらアスランは閑静な住宅街の道を車で走っていた。
目的地はクライン邸。
大気圏での戦いを終えた後、プラントに帰還したアスランは久しぶりの休暇を過ごす事となった。
その際に父親であるパトリックから「婚約者らしく休暇の時には顔ぐらい出しておけ」と釘を刺されたのである。
別にラクスに会いに行く事は問題はない。
ただ女性の扱いに慣れていないアスランはラクスに会いに行くたびに緊張する上にレティシアも居るとなれば、もしかすると戦闘時より緊張してしまうかもしれない。
彼女とうまく話せるだろうか。
アスランはこの前の事でかなり気まずかった。
別に喧嘩をした訳ではないが、このまま気まずいままなのは避けたい。
だから彼女と話すとも訪問の理由の1つであった。
しばらく走り続けた先に見えた広い庭がある邸宅の門の前に車を止め、設置されているカメラに身分証をかざす。
「認識番号285002、クルーゼ隊所属アスラン・ザラ。ラクス嬢と面会の約束です」
《確認しました》と合成音声で返事がくると同時に門が開く。
緊張を和らげるために一度深呼吸をするとアクセルを踏み敷地内に入っていく。
車を止めドアの前まで行くと執事が出迎え、邸宅に足を踏み入れた。
「ようこそ、アスラン。来てくださって嬉しいです」
『ハロ、ハロ、アスラーン』
笑顔で迎えてくれたラクスに持ってきた花束を手渡すと「ありがとうございます」と嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべてくれた。
それを見てこちらも笑顔を浮かべるも―――
『ミトメタクナーイ』
さっきから周りを飛び回っているハロ達は正直鬱陶しい。
初めてプレゼントした時に「気に入りました」と言われたので、ここに来るたびに贈っていたのだが流石に多すぎたかもしれない。
反省しながら庭に用意されていたテーブルに向かう。
「ラクス、このハロ達は、その迷惑では?」
「この子たちもあなたに会えてはしゃいでいるのでしょう」
前にもラクスには言ったのだがハロにそんな感情はない。
だがこうも嬉しそうに笑うラクスに水を差す必要もないと余計な事は言えなかった。
「そういえばレティシアさんは?」
「レティシアは軍のお仕事で朝から出ております。貴方に会えないのが残念だと言っておりました」
「……そうでしたか」
レティシアはクライン議長の要請を受け、ラクスの護衛についているが軍人である事に変わりはない。
その為、軍から呼び出されればそれに応じなければならない。
まあプラントの歌姫ラクス・クラインの護衛の任務に就いているため前線に出ることはないのだが―――ともかく話が出来なかったのは残念だが仕方ないだろう。
「ふふ、レティシアに会えなくて残念ですか?」
「え、い、いえ、そんな事は……」
こちらを見透かすような笑みで見つめられたアスランは若干狼狽しながら、誤魔化した。
かなり気まずい。
この前も言われたばかりなのだから、きちんとしなければ。
気持ちを切り替えるつもりで頭を振る。
庭に用意された椅子に腰かけ、紅茶が用意されている間に話をしようとするがハロ達がうるさくて話ができない。
するとラクスが立ち上がり近くのハロを手に取るとひげを書いて「この子が鬼ですよ」と庭に放った。
そのハロを追いかけるように追って行く他のハロ達を見送るとようやくアスランは口を開いた。
「追悼式典には戻れず、申し訳ありませんでした」
「お母さまの事は私が代わりに祈らせていただきました」
「ありがとうございます」
「お会いできると聞いて楽しみにしていました。今回はゆっくりできるのですか?」
「どうでしょうか」
軍人であるアスランにとって確実な休暇など無い。
命令があればすぐにでも戦場に赴くことになる。
それゆえにラクスには心苦しいが再訪問の約束すらできないのだ。
そんな中ラクスがふと呟いた。
「最近は軍に入る人が増えてきたようですわね。私の友人にも志願された方が多くいます。どんどん戦争が大きくなっている気がします」
「……そうかもしれませんね」
プラントを守るため、そして戦争を終わらせるために軍に入った。
その選択は間違ってないと思う。
しかし―――
暗くなってしまった空気を吹き飛ばすように努めて明るくラクスが言う。
「そういえばキラ様とアスト様。お元気でしょうか? あの後お会いになられました?」
「……彼らは地球ですよ。たぶん無事でしょう」
彼女にそんな気は無かったのだろうが、奴の名前を聞くとそれだけで複雑な感情が湧きあがってくる。
「キラ様とは小さいころからの友人だったのでしょう?」
「え、ええ。昔から兄弟のように……」
キラとの思い出が蘇る。
幼い頃から常にキラと一緒だった。
それはこれからも変わらないと思っていたのに。
すべては奴の、アスト・サガミの所為で。
「ハロの事をお話しましたら、自分もトリィをあなたに作ってもらったと」
「あいつまだ持っているんですか?」
「ええ、今度見せてもらう約束をしたんです」
朗らかに笑う彼女を見てアスランは何も言えなくなってしまう。
その約束が果たされる日が来るのだろうか。
「レティシアもアスト様の事を気にして、ずっと心配しているんですよ」
「えっ」
その言葉にもやっとした気分になる。
彼女が奴の心配をしていると聞くだけで苛立ちが募った。
「そういえばアスト様からあなたに伝えてほしいと言われていた事があるんですよ」
「……奴から?」
「ええ。キラ様はあなたを大切な友人だと思っていると」
それを聞いたところでどうしようもない。
ただ戦い難くなるだけ、もう結論は出ている。
次は敵として討つ。
キラと自分の道は交わる事はないのだから。
「そうですか。キラが……」
「―――私、あの方が、キラ様が好きです」
アスランは驚いてラクスの顔を見た。
そこには冗談で言った様子もなく、ただいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「レティシア・ルティエンス。君に任務だ」
軍に呼び出され赤い軍服を身に纏ったレティシアをそんな言葉が出迎えた。
「どのような任務でしょうか?」
「今度完成する試作機のテストパイロットをしてもらいたい」
手渡された資料を見ると形式番号YMF―X000A、機体名『ドレッドノート』
だがそれ以外は何も記載されておらずスペックも武装も記載されていない。
外見は表示されているが、これまでのザフトの機体とは別物だという事は分かる。
どちらかと言えば連合から奪取した機体に似ている。
「名前以外は何も記載されていませんが?」
「特別な機体でな。詳しくは工廠で説明を受けてくれ」
「……了解しました」
どこか釈然としないものを感じながらも返事をする。
「それからこの機体に関する事は完全に極秘になる。たとえ誰が相手だろうと口外してはならない」
完全な極秘。
この機体はいったい―――
「わかりました」
手渡された資料を返却し、退室した。
今回の任務に関する疑問はあるが任務は任務。
レティシアは詳しい事を聞くために工廠に足を向けようと歩き出した。
すると正面から顔を合わせたくない2人が歩いてくる。
自分と同じく赤服だが、左の襟元に所属を示す徽章つけている。
ザフト特務隊『フェイス』
国防委員会直属の特務部隊であり、その権限は通常の指揮官よりも上位の命令権を持ち、さらに単独の自由行動まで許可されるほどである。
レティシアは極力感情を表に出さないように無表情で敬礼をしながらすれ違う。
そのまま通り過ぎる事が出来れば良かったのだがそう上手くはいかず、予想通り軽薄な笑みを浮かべて話しかけてくる。
「おいおい、つれないなぁ、レティシア。久しぶりに会ったんだから声ぐらいかけたらどうだ?」
「……申し訳ありません」
「相変わらずか。しかしやっぱりいい女だな」
嫌らしい視線を向けてくる男にレティシアは無言で睨みつける。
「よせ、マルク」
「いいじゃねぇか、シオン。久しぶりに同じ隊に所属していた仲間に会ったんだからさ」
この2人シオン・リーヴスとマルク・セドワとは確かに昔同じ隊に所属していた。
しかし前はともかく今は仲間などとは思わない。
「……任務がありますので用がなければこれで失礼します」
「待て、レティシア」
「何でしょうか?」
「前にも言ったが、特務隊に来い。優秀な者はその力を揮うにふさわしい場所に居るべきだ」
「その件はお断りした筈ですが。何より特務隊への転属は国防委員会か評議会議長の指名が必要なはずです」
「お前ならば問題はない。『戦女神』と呼ばれるほどの技量を持ち、戦果も上げている。ナチュラル共を排除するためにもお前の力が必要だ」
やはりこの2人は前と何も変わっていない。
ラウとは別の意味で話もしたくない。
言う事は決まっているからだ。
これ以上の会話は無意味としてレティシアはキッパリと告げる。
「何度言われようとも答えは変わりません。では失礼します」
そのまま背を向けて歩き出す。正直もう顔も見たくなかったのだが、ため息をつくと同時に昔の事を否応なく思い出してしまう。
レティシア・ルティエンスは第1世代のコーディネイターである。
幼いころ頃からコペルニクスで暮らし、両親を含めナチュラルに囲まれて過ごしてきた。
幸いにしてコーディネイターに対する偏見にさらされる事は少なかった為、レティシア自身もナチュラルを見下す様な事もなかった。
だからナチュラルの友人も多くいたし、両親も優しかった。
アスランがコペルニクスに留学した事があると聞いた時は奇妙な縁を感じたものだ。
しかしコペルニクスでのテロが頻発するようになって、両親は危機感を覚えたのだろう。
プラントに移住するように勧められた。
その勧めに従い両親と別れプラントに移住し、しばらくは平穏に過ごしていたのだが、その間にも地球とプラントの関係は悪化し続け、いつしか月に居る両親や友人とも連絡が途絶えてしまった。
両親の事を探しはしたものの、当時の情勢ではコーディネイターと関係があると分かるだけで危険になりかねない為に積極的には探せなかった。
そして小規模の戦闘が散発するようになる頃、ザフトへ志願した。
近しいプラントの友人達を守りたいと思った事、そして何よりナチュラルを知るからこそ現状をどうにかしたいと思ったのが大きな理由であった。
しかしこの時のレティシアはまだ気が付いていなかった。
自分の選択の結果なにが起きるか。
優秀な成績でアカデミーを卒業し、赤服を与えられ、その後『血のバレンタイン』が起き、戦争は決定的になってしまう。
部隊に配属されレティシアも各地を転戦し、それなりの戦果も上げ、そしていつの間にか『戦女神』と異名がついていた。
この頃はそれが誇らしかった。
一緒の部隊で戦っているシオンやマルク達のように戦争に積極的ではなかったが、それでも自身の道は正しいと信じていた。
だが、それもあの任務まで。
それは地上の作戦参加を命じられ、地球の戦闘に加わった時の事であった。
作戦中にゲリラと思われる者たちの妨害があり、レティシア達に排除するように命令が下ると彼らが潜伏しているとされる拠点に奇襲を仕掛けた。
だがその場所は戦争の避難民が数多くいる町だったのだ。
町は火の海になり、レティシアの乗るジンの足元には逃げ惑う人々がいる。
そんな人々を何の躊躇もなく殺していく仲間達。
特にシオンとマルクの2人は嬉々として殺しつづけている。
ゲリラ側からの反撃は全く無く、ただ一方的な殺戮だけが繰り広げられている。
その光景は地獄そのものだった。
そんな地獄を生み出している者たちはレティシアの制止の言葉など鼻で笑い、無視する。
返答があってもシオンからの返事は「ゴミを掃除しているだけだ」という信じられないものだった。
レティシアは引き金を引くこともできず、呆然と目の前の光景を見つめている事しかできなかった。
そして最悪の瞬間が訪れる。
作戦が終了した後残ったものは瓦礫と死体の山だけだった。
だだそれを静かに見つめていた。
そして気が付く。
瓦礫の下に挟まった2つの死体。
下半身は瓦礫に埋まり上半身だけが外にはみ出している。
折り重なるように埋まっているのは男性が下の女性を助けようとしたのだろう。
レティシアの呼吸が荒くなる。
目の前の現実が受け入れられない。
忘れようもない代えがたい大切な人達。
そこにいたのは動かぬ死体となった両親の姿だった―――
結局あの町にゲリラは居なかった。
正確には出入りはしていたようだが拠点ではなかった。
ゲリラたちは別の場所に展開していた部隊が壊滅させたらしい。
つまり命令とはいえ自分たちのした事はただ関係ない民間人を虐殺しただけ。
にも関わらず同じく作戦に参加していた部隊の連中は何も疑問に思ってもいないらしい。
むしろナチュラルの始末が出来たと喜んでさえいる。
両親の遺体はとりあえず埋葬してきた。
溢れる涙は止まることなく流れ続けている。
どうしてこうなったのだろうか?
もしかするとレティシアもいつのまにかプラントの空気に毒されていたのかもしれない。
ナチュラルが憎い、ナチュラルが悪いとそんな風に。
要するに自分は何もわかってない子供だったのだ。
ザフトに入るという事がどういうことか理解できてなかった。
両親を殺すことになるなど考えてさえいなかった。
なにが『戦女神』だ。
誇らしく思っていた自分が許せない。
それからのレティシアは感情を押し殺し、ただ任務をこなした。
戦いたくはなかったけれど、無責任にすべて放り出す事だけはできなかった。
そしてこれまで仲間として付き合ってきた者たちとは距離を置いた。
シオン達はうるさくナチュラルを侮蔑する話を聞かせてきたがすべて無視した。
あの町の惨劇は彼らだけが悪いわけではないが、彼らにも紛れもなく責任はある。
そんな事も気にかけない彼らを仲間とは思えなかった。
そして地上の作戦に区切りがつきプラントに帰国したと同時に配置転換の申請を出した。
しばらく戦場を離れ、考えたかった。
自分はどうしたいのか、どうすればいいのかを。
それから幸運にもシーゲル・クラインに会う機会に恵まれ、こちらに事情を知った彼の計らいでラクスの護衛となったのだ。
シーゲルもラクスも家族のように接してくれ、それが戦場でささくれ立ったレティシアの心を癒してくれた。
レティシアは過去を振り払うように頭を振ると再び歩き出す。
本当に嫌な相手に会った。
これ以上余計な事を言われる前に立ち去ろうと歩を速めた。
「本当勿体ないよなぁ」
去っていくレティシアの後姿を未だ嫌らしい視線で見ながらマルクがつぶやく。
「いい加減にしろ。行くぞ」
「いいのか?」
「今はな。それに我々も呼び出されているんだ。遅れる訳にはいかない」
「はいはい、わかりました。……いつか俺の女にしてやるよ、レティシア」
マルクは去っていくレティシアの背中にそう呟くと先に歩きだしていたシオンを追った。
呼び出された部屋に入ると忙しなくキーボードを叩くパトリック・ザラが座っていた。
もうすぐ現評議会議長シーゲル・クラインが任期を終え、その後任はほぼ間違いなくパトリックだと言われている。
その関係でパトリックは最近一か所に留まることはほとんどなく飛び回っているのだ。
それだけにこうして仕事をしているとはいえ部屋にいるのは珍しいといえる。
「失礼します。お呼びでしょうか、ザラ委員長閣下」
パトリックは鋭い視線でこちらを一瞥すると手を止めた。
「御苦労。お前たちに任務がある」
「どのような任務でしょうか?」
「シーゲル・クラインを監視せよ」
予想外の任務にいつも冷静なシオンも驚く。
「……どういうことでしょうか?」
シーゲル・クラインは確かに穏健派の代表であり急進派のパトリックとは政治的に対立している。
特に最近の穏健派は急進派に押され、市民の間でもパトリックを支持する声が多い。
それでも現評議会議長だ。
不穏な動きなどできる筈もない。
そんな彼を監視せよとはどういうことなのだろうか。
パトリックはその質問には答えず部屋に備え付けてあるディスプレイにデータを表示する。
2人はそのデータを読み取っていくと徐々に表情が変わる。
表示されたのは先ほどレティシアが読んだ資料とほぼ同じ『ドレッドノート』のデータだった。
違うのはこちらの方がより詳細な情報が記載されている事、そしてテストパイロットにレティシアの名が書かれている事だろう。
そのデータの中でも特に注目すべきは動力だった。
この機体の動力は核を使用しており、そのためNジャマーを無効化する『Nジャマーキャンセラー』が搭載されているのだ。
これはプラントに住むコーディネイターからすれば驚愕するものだろう。
Nジャマーがあるからこそプラントは核の脅威に晒される事はなくなったのだから。
「なんでこんなものを……」
「無論、勝つためだ!!」
パトリックは拳を机に叩きつける。
おそらく何度もおこなった議論なのだろう。
少なくともこれの開発に関わった者たちとも相当やりあったはずだ。
マルクはそれでも不服そうではあったが、シオンは表情を全く変えない。
それどころか薄い笑みさえ浮かべパトリックに問い返す。
「ナチュラル共を排除するには必要ということですね?」
「その通りだ」
シオンの問いに満足したのかパトリックもまた笑みを浮かべる。
「それでこの機体についてはクライン議長もご存じのはずです。評議会議長がこれほどの重要事項を知らないなんて事はありえない」
「もちろんだ」
「では何故監視などを? まさかクライン議長がNジャマーキャンセラーの情報を漏らすと?」
「私とてそこまでの愚か者とは思いたくはない。だがあれがそうしないとも断言できんのも事実」
最初はパトリックの独断で開発を進めていく事を考えたが現実的に厳しく、発覚した場合のリスクも大きい。
だからNジャマーキャンセラー開発の件を議会の前にシーゲルに提案せざるえなかった。
かなり反発される事を予測していたからだ。
しかし意外にもシーゲルはあっさりとそれを了承したのである。
当初は訝しんだものの、よく考えればすぐ解った。
シーゲルは血のバレンタインの報復として地球上に散布されたNジャマーについて深く悔やんでいた。
あれによりエープリルフールクライシスが起き、多くの犠牲が出たからだ。
もちろんパトリックからすれば当然の事をしただけであり、むしろ手ぬるいとすら思っているが。
つまりシーゲルからすればNジャマーキャンセラーが完成し、今なおエネルギー不足に喘ぐ地球に提供すれば、かつて自分が起こした事の償いができるのだ。
もちろんこれらに証拠はなく、すべてパトリックの想像にすぎない。
しかし古い付き合いでありシーゲルをよく知るが故に、そうするというある種の確信がある。
「……もしもの時はあらゆる手段を使って阻止せよ。いかなる犠牲も問わん」
「「了解しました」」
シオンとマルクは退室すると同時に動き出す。
「思った以上に大事だったな。まあ議長のそばにはレティシアだけでなく歌姫様もいるからなぁ。やる気もでるってもんだ」
「はぁ、全くお前という奴は。しかし……」
「どうした?」
「理解できないな。何故ナチュラルなどを助けようとするのか」
「レティシアもたまにやってたけどな」
助けると言えば語弊があるだろう。
レティシアがしていたのはナチュラルを対等に扱っていたというだけだ。
奴らの話に耳を貸し、抵抗しない者は傷つけなかった。
しかしそれはシオン達からすれば理解に苦しむ行動でしかない。
何故なら彼らにとってナチュラルとは、醜く愚鈍な殺して当然の存在なのだから。
「ああ、あれはあいつの唯一の欠点だ。……そういえば昔いたな」
「ん?」
「いや、昔似たような奴がいた。優秀なコーディネイターでありながらナチュラルが友達とか抜かす馬鹿がな」
シオンにしては珍しく顔に感情が出ている。
明らかに侮蔑の笑み。
その話を聞いたマルクも小馬鹿にしたように笑う。
「なんだよ、それ。今そいつどうしてんの?」
「さあな」
苦笑しながら「くだらない事を思い出した」と吐き捨てるといつものように冷静な表情に戻る。
表情を変えたのはマルクも同じ、普段こそふざけた態度が目立つものの任務となれば別。
任務遂行のための冷徹な顔になる。
「無駄話はここまでだ。行くぞ」
「了解」
2人はクライン邸に向け歩き出した。
整理された執務室でエドガー・ブランデルは硬い表情のまま書類に目を通していた。
読んでいたのは信頼できる部下に調査を頼んでいた報告書。
しかしその報告が良いものではない事は表情を見れば明らかだった。
そこにコンコンとノックが響く。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは戦場から戻ってきたユリウスであった。
「どうしました?」
エドガーは何も言わずユリウスに書類を差し出す。
受け取った報告書はNジャマーキャンセラーに関するものだった。
「ブランデル隊長の危惧が現実になりましたか」
「いずれこうなるとは思っていたがな」
「どうなさるのですか?」
「今は何も出来ないさ。もしもの為の保険は掛けたし、それ以外の準備も始めている」
「例の件ですね。そちらは?」
「10%と言ったところだな。そっちはどうなのだ?」
「オペレーション・スピットブレイクが可決されれば地球に赴く事になります。その合間にでも」
「頼む」
必要事項をすべて確認するとユリウスは立ち上がりそのまま音も立てずに退室した。
『明けの砂漠』の拠点に身を置くアークエンジェルでは、『砂漠の虎』の母艦レセップス突破のための準備に追われていた。
傷ついたモビルスーツの修理も終わり、マリュー達は明けに砂漠のメンバーと連日打ち合わせを行っている。
各場所で資材が運ばれ、忙しなく皆が動く中、キラはストライクのコックピットに座ってキーボードを叩いていた。
大部分はエルザがやってくれたので細かい調整だけで良いためかなり楽が出来る。
そんなリズム良く叩かれるキーボードの音が響くコックピットハッチの前にはアストが座り本を読んでいた。
「アスト、その本面白いの?」
興味深そうにアストが読んでいるのはバナディーヤに赴いた際に購入したSEEDに関する研究書であった。
「ああ、最初は暇つぶしに読んでたけどなかなか面白い。もうほとんど読んだしキラにも貸してやるよ」
「うん、ありがとう。でも何でSEEDの本?」
「ああ、戦闘中にたまに起こる感覚があるだろ。あれがなんだか解らないからさ。なんでもいいから手がかり無いかなって」
「じゃ、あれがSEEDなの?」
読んでいた本をこちらに向けながら、キラの問いかけに苦笑すると首を横に振る。
「学者じゃないんだ、そんなの分かる訳ないだろ」
「まあそうだね」
「でも名前ないと呼びにくいし、これと同じ名前でいいんじゃないか?」
アストが本を掲げる。
あくまで自分たちの中で決めた名前だ。
たとえ間違っていたとしても別に誰も困る事はない。
ならそれでいいかとキラも納得することにした。
「SEEDを自分たちでコントロール出来れば有利に戦えるよね。この前のシグーのパイロットみたいな相手だと逆に使えないと厳しい」
「これからはあんな強敵が増えていくだろうしな。良い訓練方法でもあればいいけど」
2人して良い方法がないか考えるが思いつかない。
しばらくそうしていると下の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
どうやらまたスカイグラスパーのシミュレーターでエフィムとトールが訓練しているらしい。
サイやカズイも参加している所を見ると訓練というより半ば遊びになっているようだ。
そこに何故かアークエンジェルにいるカガリまで加わって大騒ぎになっている。
その様子を見ていたアストは思いついたように口を開く。
「……俺達もシミュレーターで訓練するか」
「シミュレーター?」
「ああ。SEEDが発動したのはどんな時かって考えると、戦闘の集中した時とか感情が高ぶった時とかだろ。だったら同じような状況作って訓練すればSEEDを使うのに必要なきっかけくらいは掴めるかもしれない」
「……そうだね。そうすれば僕達の訓練にもなる」
「ああ」
思いついた案を実行するため2人はマードックを捜し始める。
砂漠の決戦はすぐそこまで迫っていた。