キラとアストは私服に着替えナタル達アークエンジェルのクルーと明けの砂漠のメンバーと共にジープに乗って街に向かっていた。
街の名は『バナディーヤ』
『砂漠の虎』が駐屯している場所である。
そんな場所に危険を冒して行くにはもちろん理由がある。
ヘリオポリスからの避難民を抱え、連続して行われた戦闘でアークエンジェルは早急に補給が必要になっていた。
パイロットであるアスト達まで来るのは艦の戦力的に不味いと思ったのだが、ガンダムは両機とも修理、調整中のため動かせない。
特にストライクの方は修理に時間が掛かるらしい。
その為『こっちは任せて気分転換も兼ねて行ってこい』とムウにも言われてしまったのだ。
「……おい。もうすぐ着くぞ」
「ああ」
カガリは不機嫌そうに告げる。
こちらと話す時はいつも不機嫌そうだが今日はいつにも増して機嫌が良くない。
その原因はおそらく先の戦闘の時の揉め事だろう。
ザフトの部隊との戦いの後、アストはキラ達と合流を果たした。
その時、明けの砂漠も一緒だったのだが、彼らの無謀な行動に関して言い争いになったのだ。
あんな無謀な行動を取り、挙句無駄な犠牲者を出した彼らには本気で頭にきた。
アスト達も戦闘が終わった直後でイラついていたのもある。
特にキラはかなりキレていた。
普段のキラからは考えられない事なのだが仲間の死に激昂していたとはいえ、喚き散らしていたカガリに平手打ちを喰らわせたのだ。
あれにはかなり驚いたが、まあそのおかげでアストも冷静になれた。
でなければ自分も手を出していたかもしれない。
ともかくその所為かカガリはこちらを見ようともしない。
とはいえ突っかかってこられるよりは楽ではある。
アストとしても彼女と話す気にはなれなかった。
流れる景色を眺めながら余計な事を考えるのをやめるとこれまでの事を思い返した。
ヘリオポリスからここまで色々とありすぎた。
戦いに支障が出ないようあまり考え込まないようにしていたがこうしていると嫌でも考えてしまう。
これからの事、失われた命、襲いかかってくる敵、そしてアスラン・ザラ。
奴とは必ず決着をつけなくてはいけない。
そんな事をしばらく考えているとジープが止まる。
カガリが車から飛び降りるのに続きアストとキラも車を降りた。
「じゃ、4時間後に」
「気をつけろ」
「わかってるよ」
カガリはキサカからの忠告を軽く流して歩き出す。
それについていこうとした時、前のジープに乗っていたナタルが振り返り呼びかけてくる。
「サガミしょ……少年」
流石にここで少尉と呼ぶのはまずいと思ったのか途中で言い直した。
その普段とのギャップに一緒についてきたアークエンジェル組は顔を俯かせている。
おそらく笑いをこらえているのだろう。
「……その、2人とも頼むぞ」
顔を赤面させながら慌てて前を向くナタルにアストやキラも苦笑しながら頷いた。
「はい、そちらも気をつけてください」
そう声をかけるとジープは走り去った。
「おい! なにやってんだよ、早く来い!!」
先に歩いていたカガリに急かされて慌てて後を追い、街の中に入るとそこは戦時下とは思えないほどの活気に溢れていた。
多くの人が行き交い、店からは大きな声が聞こえてくる。
「とても『虎』の本拠地とは思えないな」
「そうだね、活気もあるし」
そんな二人の感想が気に入らなかったのかカガリはふんと鼻を鳴らす。
「こっちに来てみろ」
そう言うと雑踏から外れ、角を曲がるとその先にあった光景に息を飲んだ。
そこにあったのは活気のある街には似つかわしくない大きく抉られた地面、爆撃の跡だった。
そして建物の上から大きな艦らしき物が見える。あれが虎の旗艦『レセップス』だろう。
「この街の本当の支配者はあいつだよ。逆らう奴は容赦なく殺される。それがここの現実なんだよ」
吐き捨てるようにカガリは言う。
その通りなのだろう。
表面上は平和でもここに住んでいる人々はいつも戦争の恐怖に怯えている。
でもそれは『虎』に対してだけなんだろうか?
アストには『明けの砂漠』もその対象に入っている気がする。
どちらの存在にしろ戦いを引き起こすのだ。
ただ平和に暮らしていた人たちにとってはどちらも似たようなものであり、正直いい迷惑だろう。
とはいえアスト自身ももう地球軍、彼らの事をどうこう言える立場にはない。
そんな事を考えているなど知らないカガリは敵艦を睨みつけながら叫んでいた。
「だからこそ倒さないといけないんだ、『虎』を!!」
「お、おい。声がでかいぞ」
こいつは見つかったらどうするつもりなのか。
何より自分で言った事だろう。
逆らう者は殺されると。
「あ。と、とにかくそう言うことだ。早く離れるぞ」
「君が大声出すから……」
「うるさい!」
カガリの後を追って急いでその場から離れる。
前途多難。
アストはキラと顔を見合わせると同時にお互いため息をついた。
アスト達がバナディーヤについた頃、トールは格納庫に設置されたスカイグラスパーのシミュレーターで訓練を行っていた。
モニターに映る敵の攻撃をやり過ごし、機体を旋回させて回り込んだ。
今度こそやれる!
「これで!」
敵機をロックしビームを撃つためにトリガーを引こうとした。
しかし敵機は突然ロックから外れ、視界から消えていなくなった。
「え、どこに―――うわぁぁぁぁぁぁ!!」
攻撃が当たると同時にシュミレーターのシートが震動する。
モニターには撃墜の表示が出ていた。
「またやられた……」
悔しさと情けなさで拳をきつく握る。
これじゃ駄目だ!
息を吐き出しながらシートから立ち上がると反対側のシュミレーターを操縦していたエフィムが笑みを浮かべて立っていた。
「全然駄目だな、トール」
「くそ」
エフィムに触発されスカイグラスパーの訓練を始めてからトールは一度も勝てなかった。
戦闘を経験したのが影響しているのか奴は前より動きが良くなっている。
「で、どうする? まだやるか?」
トールはアストやキラの力になりたかった。
2人に頼りきりで何もできない自分が嫌だった。
何よりも2人を嫌っているエフィムが戦場に出た事が悔しかった。
それなのにこの様である。
でも投げ出す気はない。
今度こそ勝つ!
「当たり前、やるさ!」
「ふん、上等だ」
再びシートに座り訓練を開始する。
そんな様子をムウはマードックと眺めていた。
「たく、ゲームじゃなんだぞ」
「まあいいじゃないですか、少佐。前の戦闘でエフィムの坊主も自信がついたんでしょ」
「それで調子に乗らなきゃいいんだがね。あいつ、俺の言うことなんて全然聞いてないんだからなぁ。戦闘になったら逃げろって言ったのに」
前回の戦闘から帰還したエフィムにきつく言ったつもりだったのだが、全く堪えてない様子だ。
ふとストライクの方を見ると損傷箇所の修理がおこなわれている。
戻ってきた時はかなり大騒ぎになった。
ここまで損傷するなど、誰も予想すらしてなかったからだ。
パイロットであるキラに怪我がなかったのは不幸中の幸いだったのだが。
「それにしてもキラがあそこまでやられるなんてな。敵にも相当な腕の奴がいるらしい」
「ええ、正直驚きましたがね。調整の方はエルザの嬢ちゃんが手伝ってくれていますんで、その分楽ですけどね」
見るとエルザはコックピット前に座りキーボードを叩いている。
彼女は軍人という訳ではなく、避難民なのだから艦の仕事を手伝うのは不味い気もする。
まあ今さらではあるし、アークエンジェルはその辺はかなり緩い。
何と言っても人手は足りないのだ。
だからその辺については誰も何も言わない。
副長は不満そうにしているが、彼女の扱いについては艦長に一任しよう。
また心労が増えて申し訳ないが。
「そういや、もう一人の嬢ちゃんはなにしてんですかい?」
格納庫にはトールやエフィムだけではなくアネット、ミリアリア、サイ、カズイもいるが最後の1人がいない。
「ああ、フレイ・アルスターね。彼女ならCICでお勉強だよ。普段からマニュアル読んだり副長から教えてもらったりしてる」
「へぇ、あの嬢ちゃんがねぇ」
マードックが驚いた表情を浮かべた。
いかにも温室育ちに見えたフレイがそこまでやっているのが意外だったのだろう。
それにはムウも同感だったが、彼女の場合は父親の事が関係しているからそう不思議ではない。
とはいえ複雑な気分にはなる。
彼女を戦いに引きこんだ要因の1つはこちらにもあるからだ。
なんであれ―――
「ま、子供にばっかり任せてちゃ駄目だよな」
ムウはそう呟くとトール達の様子を見るためシュミレーターに近づいていった。
トールやエフィムの訓練を眺めていたのはムウ達だけでなく、アネット達も見ていた。
「トールも頑張ってるわね。どうしたのミリィ?」
「……トールも戦闘に出たりするのかな」
「心配?」
「うん」
「大丈夫! あの様子じゃ実戦なんて何時になるやら。もし出たとしてもアストやキラもいるじゃない。だから心配ないよ」
「そうだよね、ありがとうアネット」
暗い顔をしていたミリアリアに笑顔が戻る。
この子に暗い顔は似合わない。
本当にトールには勿体ない彼女だ。
笑顔が戻った事に安心したアネットはストライクの調整を手伝っているエルザの方を見る。
今、友人達の中では彼女が一番心配なのだ。
地球に降りたばかりの頃は塞ぎこんでいたものの、今は艦の仕事も手伝っている。
だが吹っ切れたという事でもないようで、それ以外の時間は外を眺めたり考え込んだりしているのだ。
見ている事しかできない自分が歯がゆい。
「はぁ、そういえばあいつらは大丈夫かしら」
もう1つの心配の種。
いつも心配ばかりかける2人の事を思い浮かべた。
カガリは手にしたメモを見ながら雑踏の中を歩き、そんな彼女の後ろをアストとキラが大きな買い物袋を手についていく。
「……まだあるのか?」
「ああ、次はこっちだ」
正直もう勘弁してほしい。
これなら格納庫で機体整備の手伝いをしていた方がまだ楽だ。
だがこっちの事などお構いなしでカガリはどんどん先に進んでいく。
そんな彼女を追って行こうとした時だった。
ふと目に入った道の端で老婆が座っており、その前には本らしきものが積み上がって置いてある。
古本か何かだろうか。
何となく気になって老婆に近づくと、店の前にしゃがみ込む。
「……いらしゃいませ」
「少し見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
積み上がっている本はやはり古本の類らしい。
種類はバラバラで相当古い物から最近の物まである。
その中で研究書らしきものが目にとまった。
「お婆さん、これは何の本ですか?」
「これはSEEDについて書いてある本さね」
「……SEEDか」
『SEED』
Superior
Evolutionary
Element
Distend-factor
過去に論文で発表された人の認識力に関する研究であり、発表された当時は騒ぎにはなったもののすぐに忘れ去られた。
だがコーディネイターによってその存在を脅かされたナチュラルの研究者がこの『SEED』を引き合いに出してきてから再び注目される様になった。
自分たちはコーディネイターにも劣らない力があるのだと。
とはいえ大半の人は懐疑的である。
理由としては簡単でSEEDの解釈が諸説あり非常に曖昧なのだ。
眉つばものの話も多く、あまり信じられていないのが現状である。
特に自分たちを進化した新たな人類と主張するプラントのコーディネイター達はSEEDをナチュラルの妄言として忌み嫌っているとか。
未だにSEEDについて研究を続けているのはオーブ、コペルニクスの研究者くらいだと言われている。
「アスト、どうしたの?」
「あ、いや、ちょっとな」
戻ってこないアストが気になってキラもこちらに来たようだ。
後ろからアストの手元を覗き込んでいる。
「……お前さんはSEEDを信じるのかね?」
「え、いや俺は―――」
正直言えばまったく信じていなかった。
ただ最近戦闘中に起こるあの不思議な感覚の正体について何かの手がかりになればいいかと思ったぐらいだ。
「お婆さんはSEEDを信じているんですか?」
キラの質問に老婆は静かに微笑む。
「……そうじゃのう。どうじゃろうな。ただ信じるというならSEEDではなく人の方をじゃな」
「……人を信じる?」
「昔SEEDは人が持つ大きな可能性であると言われていた。人はどんな困難も乗り越える事が出来るのだと。そんな力を秘めているとな。だがどんな力を持とうが人は人じゃ。そこは変わらんよ。何かを成すとしたらSEEDではなく人だ」
「そうですね……」
「すまんの。年寄りの戯言じゃよ。気にせんでくれ」
「いえ」
「お前ら何やってんだ!!」
「あ」
怒鳴り声に振り替えると金髪の少女が眉を吊り上げてこちらを睨んでいる。
「勝手にいなくなってお前ら―――」
「ご、ごめん」
「お婆さん、この本お願いします」
数冊手にとって代金を払うとカガリの下に急いで戻る。
それから買い物を再開したのだがカガリの機嫌がさらに悪くなってしまった。
流石に何も言わずに途中で抜けたのは悪かったな。
反省しよう。
アストはそう思いながらカガリに詫びようと走り寄った。
砂漠は今日も快晴だった。
見上げると忌々しいほど太陽がこちらを照りつけている。
「暑い」
ディアッカ・エルスマンはデッキブラシを持ってレセップスの甲板の上にいた。
彼だけではない。
甲板の上にはクルーゼ隊の面々が全員デッキブラシを持って掃除をしている。
「何で俺達がこんな事を」
「言うな。それよりまず手を動かせ。でないと終わらんだろうが!」
「でもよ、イザーク。すぐ砂埃が舞って汚れるのにこんなことしても意味ねぇよ」
「仕方ないだろう。罰なんだから」
シリルがデッキブラシでこすりながら言う。
そうこれはバルトフェルドが先の遭遇戦で命令違反をした全員に科した罰だった。
最初は甘い処罰だと思っていたのだがとんでもない。
何度綺麗にしてもすぐ汚れてしまいやり直しなったあげく、そして雲一つかからない照りつける太陽の下の作業、正直地獄だ。
「で、バルトフェルド隊長は?」
「さっき町の視察に行くって出かけたみたいだな」
「はぁ、うらやましい」
「いいからさっさと手を動かせ!!!」
「はいはい。暑いんだから怒鳴るなよ」
イライラしているイザークを尻目にやる気の出ないディアッカ。
そんな雰囲気を変える為かエリアスが努めて明るい声できりだした。
「そういえばあの時のシリルは凄かったよな。いつもとは動きが違うっていうかさ」
「そうだな。あれはなんだったんだ?」
カールの質問に思案するようにシリルは顎に手を添える。
「……わからない。ただいつもとは全く違った感覚だった」
「ふ~ん。でもあれならも『魔神』と『戦神』も倒せるんじゃないか?」
「そんな簡単じゃない。ガンダムのパイロットは強い。機体性能もこちらより上だ」
「でも、負ける気ないんだろ」
「当たり前だ。次は倒す」
「貴様ら喋ってないでさっさとやらんかぁ!!」
「「「は~い。わかりました」」」
これ以上イザークの機嫌を損ねないために全員手を動かすことにした。
ようやく買い物も一段落ついたアスト達はカフェの椅子に座り込んで一休みしていた。
「疲れたな」
「そうだね。早く戻りたいよ」
もしかすると戦闘より疲れたかもしれない。
そんな様子を見たカガリが呆れた表情で文句を言う。
「このくらいの買い物で情けないな。それでも男かよ、お前達は」
この際男かどうかは関係ないと思う。
とにかく買い物がこんなに疲れるなんて知らなかった。
キラの言う通り早く戻りたい。
「……で、まだあるの?」
「だいたいは揃ったんだが―――」
カガリは手元の買い物リスト見ながらぶつぶつ呟いている。
どうやらまだ終わりそうにない。
かなり憂鬱になる。
ため息をついたその時、テーブルの上に料理が運ばれてくる。
カガリが先程注文していたものらしい。
「……なにこれ?」
初めて見る料理だった。
この地方のものだろうか?
「知らないのか。ドネル・ケバブだよ! このチリソースをかけて―――」
「ちょっと待った!」
突然声がかけられ驚いた3人が振り向くと、ひどく目立つ格好の男が立っていた。
帽子にアロハシャツにサングラスと周囲からかなり浮いている。
どう見ても地元民には見えない。
「ケバブにはチリソースじゃなくてヨーグルトソースが常識だろう!」
いきなり何を言っているんだろうか?
アスト達が呆然としているとカガリがムッとして言い返す。
「いきなりなんなんだお前は! 私がどんな食べ方をしようが勝手だろ」
カガリは勢いよくケバブにかぶりつくと「あ~うまい」などと言って見せつけている。
いくらなんでもそれは大人げないだろう。
まあ、相手の男も頭に手を置き空を仰ぎながら「……なんという」とか言っているので同様に大人げない。
その2人がこちらを向くと同時に捲くし立てる。
「ほら、お前もこのソースを」
「待て、彼も邪道に落とす気か」
「ちょ、ちょっと待て。二人で容器持って暴れたら――――」
案の定2人の持つ容器からソースが飛び出て派手にカバブに大量にかかってしまう。
気まずそうにこちらを窺う2人。
アストは目の前の惨状にしばらく呆然としてしまった。
キラの方を見るときちんと自分のケバブは守っているのだからちゃっかりしている。
「いやぁ、すまなかったねぇ」
「……いえ、別に大丈夫です」
大量にソースの掛かったケバブは無視してお茶を飲む。
腹を壊す事はないと思うが、さすがにあれを食べる気にはなれない。
「それにしてもすごい荷物だねぇ。パーティーでもするの?」
いつのまにか空いている椅子に座り込んだ男が茶を飲みながら聞いてくる。
「これは俺達の分だけではなく、知り合いの買い物も含まれていますから」
「ていうか、お前には関係ないだろうが! そもそも何でここに座ってるんだよ!!」
「まあまあ、落ち着いて。ただでさえ目立ってるんだし」
キラがカガリをなだめる様子を見ながら笑っていた男が急に顔つきを変え鋭い目で外を見るとアスト達も『それら』に気がつく。
「伏せろ!!」
男が声上げると同時にテーブルを蹴りあげ、キラはカガリ腕を掴んでその陰に引っ張り込んだ。
次の瞬間大きな音とともに何人かが踏み込んでくる。
「死ね! 宇宙の化け物!!」
「青き清浄なる世界のために!!!」
銃を乱射しながら男たちがそう大声で叫んだ。
「ブルーコスモスか!?」
何故ブルーコスモスがここを狙う?
アストやキラの事がばれたのだろうか?
いや、この街に入ってからその手の話はしていない。
一緒にいるカガリさえ知らないはずなのだ。
その時、同じテーブルに座っていた男が銃を取り出しテーブルの陰から発砲すると襲撃者達も負けじと撃ち返してくる。
だが今度は別のテーブルに座っていた客が襲撃者の男を撃ち殺した。
「全員殺せ!!」
同席の男の命令が鋭く飛ぶと同時に他のテーブルの客達も銃を構えて次々と襲撃者達を射殺していく。
決着は呆気ないほど簡単に着いた。
襲撃して来た男たちは射殺され、辺りは静まり返っている。
それを確認すると同席していた男がテーブルの陰から立ち上がった。
男が周りを警戒しているのを見たアストも周囲の様子を窺うと壁の方の人影に気づく。
「危ない!!」
キラもそれに気がついたのか大きな声で警告する。
隠れているのがばれた男はやけになったように飛び出してきた。
アストは咄嗟に近くに落ちている銃を拾い、飛び出した男に向け発砲する。
もちろん素人同然のアストに当てることなどできない。
撃ったのは当てるためではなく動きを止めるための威嚇だ。
思惑通り一瞬動きを止めた男は、それが仇となりあっさりと撃ち殺された。
「アスト、大丈夫?」
キラが声をかけるもアストは返事をすることなく撃ち殺された男の死体を見ていた。
その瞳は凍りつくように冷たくキラでさえ声をかけるのを躊躇うほどだった。
「おい、大丈夫かって聞いてるんだよ」
「え、ああ、大丈夫だ」
カガリの声に振り返った、アストは思わず笑ってしまう。
声をかけてきたカガリはケバブのソースを頭から被り、酷い姿になっていたからだ。
「なに笑ってんだよお前は!!」
「いや、その恰好を見せられると」
「本当だね。酷い恰好だ」
「お前らなぁ」
カガリが文句を言うため口を開こうとした時、外にいた赤毛の男が慌てて飛び込んで来る。
「隊長、ご無事ですか!?」
「ああ、私は平気だよ」
隊長?
嫌な予感がする。ングラスを外した男の素顔を見たカガリが息をのんだ。
「アンドリュー・バルトフェルド」
その名前を聞いたアストとキラは思わず身を固くした。
目の前の男こそ倒すべき敵だったのだから。
埃っぽいカフェから一転アストとキラは豪華な客室に通されていた。
「いやいや、本当すまなかったねぇ」
「お気になさらずに」
テーブルを挟み対面に座った男アンドリュー・バルトフェルドは軽薄な笑みを浮かべながらコーヒーを出してくる。
ちなみにカガリはバルトフェルドの恋人と思われる女性に連れられ服を着替えに行っていた。
ここはザフトが拠点として使っているホテル、つまり敵陣の真っただ中ということになる。
何故こんな場所にいるのかといえばバルトフェルドに半ば強引に連れてこられたのだ。
お茶を邪魔した上に命の危険にさらして服まで汚したのだからこのまま帰せないということらしい。
これが普通の人なら問題はないのだが相手が相手だ。
本当なら今すぐにでも帰りたいのだが、変に遠慮しても怪しまれるかもしれない。
だから何も言わずについてきたのだ。
「僕はコーヒーにはうるさくてね。飲んでみて感想を聞かせてほしいな」
流石に毒は入って無いだろうとコーヒーを口に含む。
「あ、おいしいですね」
「わかるか!」
「えっと、詳しくないので感想は言えないですが」
「わかってくれるだけでもいいよ。僕の周りには理解者が少なくてね。君は……どうやら駄目のようだ」
キラは顔をしかめている。
どうやらコーヒーは苦手のようだ。
コーヒーを飲んで落ち着きはしたもののやることもない。
とりあえず買った古本を手に読み始める。
相手が目の前にいるというのに本を読むなど失礼な行動だろうが、下手に会話をして墓穴を掘るのも馬鹿らしい。
ここは敵地で、相手は砂漠の虎であると割り切ることにした。
「ほう、その本ずいぶん古いものだねぇ。しかもSEEDの研究書とは。君はSEEDを信じているのかな?」
今日2回目の質問にアストは誤魔化すことなく答える。
「正直まったく信じていませんね」
「信じていないのに何でそんなものを読むんだ?」
「真偽は別として興味はありますから。そう言うあなたはどうなんですか?」
答えのわかっている事を聞いた。
彼はプラントのコ―ディネイターなのだから、興味がある筈はない。
むしろ嫌悪しているだろう。
「僕はそうだねぇ。本当だとしたら見てみたいものだね」
「えっ」
「そんなに驚くことかな。元々コーディネイターというのは人の可能性を追及して生まれた者達だろう。その先があるなら見てみたいと思うのは当然じゃないか」
「……大半のコーディネイターはそんなこと思わないですよ」
「まあ、そうだろうね。だがそれがこの戦争の最初の原因でもあるんだがね。人にはまだ先があるってそう信じられて生まれた僕らがこんな形で戦争をしてるなんて皮肉だが」
苦笑しながらコーヒーを口にするバルトフェルド。
その時、先ほどカガリを連れていった女性が顔を覗かせた。
「おまたせ」
女性と一緒に入ってきたカガリは普段の格好とはかけ離れたドレス姿だった。
「ありがとうアイシャ。よく似合ってるじゃないか。というか着なれてるって感じかな」
その言葉にカガリは心底鬱陶しいといった感じで不貞腐れている。
「ほら、あなた達も何か言ってあげなくちゃ」
「え、ああ。本当に女の子だったんだな」
「てめぇぇぇ!!」
アストの言葉に憤慨した様子でカガリが詰め寄ってくる。
「アスト、いくらなんでもそれは……」
実はキラも同じことを考えていたわけだがここは黙っておいた方がいいだろう。
そんな様子を心底可笑しそうにバルトフェルドとアイシャは見ている。
「まったく、どういうつもりだ。人にこんなものを着せて」
カガリは相当イラついた様子でバルトフェルドを睨んでいる。
前の戦闘で仲間が死んだばかりで怒りを抑えられないのだろう。
アストやキラからすれば自業自得としかいえない話だけれど。
「まったくいつもこんな遊び半分でやられていたらたまったもんじゃないな」
「ん?」
「こんな調子で戦争まで遊び半分じゃないのかって聞いてるんだよ!」
不味いかもしれない。
元々彼女は直情型で熱くなると周りが見えなくなるのはここまでの付き合いでわかっている。
このままだと余計なことまで喋りそうだ。
制止しようと口を開こうとするが先にバルトフェルドが冷たい視線をカガリに向ける。
「では本気でやればいいのかな。敵対した者たちは皆殺しにって。こんな風に」
懐に持っていた銃をカガリに突きつけた。
咄嗟にキラが庇うように立ちあがる。
「君らはどう思う? モビルスーツのパイロットとして」
「どうして!?」
アストは思わず心の中で舌打ちをする。
そんな真っ正直な反応してどうするんだよ!
やはり不審に思われてでも断るべきだった。
「おいおい、正直すぎるな君は」
苦笑しながらバルトフェルドも立ち上がる。
カガリの反応でこっちの素性は完全にバレてしまった。
だが疑問もある。
カマをかけたところをみると、ある程度目星をつけていたという事だ。
「戦争には制限時間も得点もない。ならどうやって勝ち負けを決める? どうやって終わりにするのかな? すべての敵を滅ぼしてか?」
「……どちらかが戦争を継続する力を失い、降伏すれば終結するでしょう?」
「今のままではそんな形でこの戦争が終結するはずもない。本当は君だってそう思ってるんだろう」
図星だ。
そんな単純にこの戦争は終結しないだろう。
カガリを庇いながら壁際へ追いやられる。
「そんな事より何故わかったんですか?」
「僕も別に趣味だけで街を散策してる訳じゃない。それらしい人間がいたら気にかけておくのは当然だろう。というより君らは普通に目立ちすぎだ」
バルトフェルドの方を見ながらも視線で何か突破口を探す。
なんとかしなければ。
だがそれも見透かされているのかニヤリと笑みを浮かべている。
「やめた方がいい。いくら君たちが規格外の怪物だとしても暴れて無事に出られる訳がないよ。ここには君たちと同じコーディネイターしかいないんだからね」
「えっ、お前たち」
カガリが驚いた声を上げるが気にしてられない。
「君たちの戦闘を見させてもらった。あれだけの戦闘をする者たちをナチュラルと言われて信じるほど私は呑気じゃないよ。とりあえず褒めておく。流石『消滅の魔神』と『白い戦神』と呼ばれるだけある」
『砂漠の虎』の異名は伊達ではないようだ。
洞察力も高いらしい。
しかし―――
「『消滅の魔神』と『白い戦神』てなんなんですか?」
「君らの異名だよ。イレイズが『消滅の魔神』、ストライクが『白い戦神』。そうザフトでは呼ばれているのさ」
そんな異名がつけられていたとは知らなかった。
それだけザフトから警戒されているらしい。
「なんであれ、あの機体のパイロットである以上は私達は敵同士ということだ」
アストもキラもなにか隙がないか相手の挙動に集中する。
そんな2人をバルトフェルドは一瞬悲しそうに見た後、銃を下した。
「ま、今日は君らに迷惑をかけたことだし、ここは戦場じゃないしね。帰りたまえ」
バルトフェルドは銃を懐に戻すとこちらに背を向けて呟いた。
「今日は話せて楽しかったよ。良かったのかはわからないがね」
「……あなたとは出会わなければ良かったです」
キラは辛そうにバルトフェルドの背中に語りかけた。
それはアストも同じである。
この男は決して嫌いではない。
むしろ好感すら持っている。
だからこそ複雑な思いに駆られるのだ。
次会うとしたらそこは戦場で、確実に殺し合う事になるのだから。
アストは2人に目配せをして足早にドアへ向う。
これ以上ここには居たくなかった。
ドアを開け外に出ようとした時、バルトフェルドの声が聞こえた。
「戦場で会おう」
「……そうですね。また」
アストは振り返ることなくドアを閉めた。
互いに苦い思いを抱えたまま、敵との邂逅は終わりを告げた。
SEEDについてはこの先で出てきます。
オリジナルの設定なので、突っ込みどころもあるかもしれません。