イレイズとストライク、2機のガンダムが慎重に砂漠を横断しながら飛行していた。
そんな2機を率いる様に前方にはバギーが数台走っている。
それに乗っているのはカガリとキサカ、他数名の明けの砂漠のメンバーである。
「もうすぐ予定ポイントだ。キラ、そっちはどうだ?」
「うん、こっちも異状なし」
彼らが向っている場所はそれこそ何もない砂漠の真ん中。
ここに来た理由はイレイズの新装備のテストとキラが砂漠に慣れるための訓練の為。
イレイズの背中にはアータルが外され、新装備である『タスラム』が装着されていた。
本当ならばもう少し時間が掛かるはずであったが、想定以上に早く換装が可能になり、ここまでテストしにきたという訳だ。
それが可能になったのも間違いなくエルザのおかげである。
細かい調整など結局ほとんど彼女がやってしまった。
優秀な技術者になるとマードックが太鼓判を押すほどに見事な手際だった。
ストライクの方も第八艦隊の補給の1つであるバズーカ砲を装備している。これも地上での戦闘を考慮し、バッテリー節約のためのものだ。
アストは機体状態を見ながらレーダーで周囲を確認し、もう1人の味方に声をかける。
「……エフィム、そっちはどうだ?」
「……別に問題はねぇよ」
そっけなく言うと、もう話す事は無いとばかりに黙ってしまう。
何故ここにエフィムがここにいるかと言えば、まさに執念の勝利とでも言えばいいのか。
要するにずっと実機に乗せろと言い続けたエフィムに根負けしたムウが訓練としてアスト達に同行させたのだ。
もちろん戦闘になればすみやかに撤退することが条件ではあったが。
まあムウもエフィムがそんな命令を聞くとは思ってなかったのだろう。
それとなくフォローするように言ってきた。
はっきり言ってアストもそしてキラにもフォローする自信はない。
戦闘になればそんな余裕はなくなるし、エフィムが素直にこちらの言うことを聞いてくれるとも思えないからだ。
こうなるともう敵と遭遇しない事を祈るしかない。そこに先行していたカガリから通信が入る。
《聞こえてるか? もうすぐポイントにつく。そしたら装備の試射でも何でもしろ。それが終わったあとで私達も作業に取り掛かる》
「了解した」
カガリ達がバギーを止め、荷台から何か慎重に降ろしている。
明けの砂漠のメンバーがここまで同行して来たのはもちろん理由があった。
彼らは砂漠のあらゆる場所にトラップを仕掛けており、今回も自分たちの罠を仕掛けるためにここまできたという訳だ。
元々明けの砂漠の基本的な装備ではモビルスーツを扱うザフトに対して有効なものは少なく、地雷などを仕掛けそこに敵を誘いだして罠にはめるといった戦法をとっている。
その為、彼らが戦っていく上でこう言ったトラップの設置は必要不可欠なのだ。
カガリ達が荷物を下ろし、このあたりの地形を確認している姿を確認するとテストを開始する為、この場から離れていく。
「じゃあ、予定通りタスラムの試射から―――ッ!? レーダーに反応!!」
「敵!?」
コックピットに響く警戒音を聞きながら周囲を確認すると獣型のモビルスーツがこちらに向って突っ込んで来るのが見えた。
そのさらに後方からはシグーと思われる機体のシルエットが見え、そして―――
「あれは―――デュエルとバスターか!?」
「……デュエル」
キラがいつもとは比べものにならないほど低い声を出す。
エルやエリーゼの仇が現れたのだ。抑えろと言う方が無理だろう。
アストも怒りをどうにか堪えキラに声を掛けようするが、その間にもバクゥは高速で接近してくる。
相変わらず厄介な速度と動きである。
バクゥの突進を横に飛び回避するとビームサ―ベルを抜き迎撃しようと構えた。
その瞬間、敵機の頭部からピンク色の刃が形成される。
「まさか、ビームサーベルか!?」
イーゲルシュテルンで迎撃しながら、急速に迫ってくる光刃を間一髪で回避する。
どうやら奪ったガンダムより得たビーム兵器の技術を他のモビルスーツにも転用して来たという事らしい。
これは今後、他の機体も使ってくると考えていた方がいいだろう。
「キラ、気をつけろ。ガンダム以外もビーム兵器を使ってくるぞ!」
「わかった!」
ストライクが新装備のバズーカを構え、トリガーを引くと砲弾が発射される。
しかしそれは高速で動きまわるバクゥには通用せず、その機動性を持って軽々回避されてしまった。
キラは初めて対戦するバクゥの動きに驚愕する。
速い!
話には聞いていたが予想以上の速度である。
しかし構ってられない。
倒すべき敵はデュエルなのだから。
「当たらない!? なら―――」
バズーカからビームライフルに持ち替えるとスラスターを吹かしてバクゥに接近しトリガーを引いた。
放たれた一射がバクゥのウイングに命中し、あっさりと破壊した。
「これで!!」
ウイングを破損しバランスを崩した所にバズーカを撃ち込んだ。
砲弾の直撃を受け爆散するバクゥを確認すると次の敵を見据える。
「やれる!」
アストからのアドバイスがあったのも良かったのだろう。
確かな手ごたえを感じながらキラは突進してくるバクゥに向って行った。
彼らが砂漠を行く2機のガンダムを見つけたのは本当に偶然であった。
宇宙戦しか経験の無いクルーゼ隊のメンバーがシリルの提案した砂漠戦の演習中に移動しているガンダムの姿を発見したのである。
演習の責任者として同行していたダコスタからすれば運が無いの一言に尽きる。
これがいつものバルトフェルド隊の面々ならさほど問題はなかっただろう。
だが今彼と共にいるのは大半がクルーゼ隊のメンバー。
敵を見つけた彼らがどうするか、ジブラルタルから派遣されてきた理由を考えれば火を見るより明らかだった。
「ストライクとイレイズだ!!」
「こりゃ運がいいねぇ。なあイザーク!」
「ああ。前回の借りを返すぞ、ストライク!!」
「ま、待て! 私達は―――」
案の定こちらの制止など無視して、2機に向かって行く姿に思わず頭を抱えたダコスタにバルトフェルド隊の同僚が尋ねてくる。
「どうするんだ、ダコスタ?」
「……見捨てる訳はいかないだろう。そもそも今の我々に戦っても勝ち目など無いんだぞ。まったく冷静な状況判断もできないのか」
前の評価が音を立てて崩れていく。
やっぱりあいつらは扱いにくいだけだった。
今回はあくまでも演習のためにここに来ていたのだ。
明けの砂漠の襲撃を警戒はしていたが、弾薬などはそれらを追い払える最低限しか残ってない。
イザーク達のビーム兵器を持つ機体なら戦えるだろうが、砂漠用の調整も中途半端でバッテリーもそう多くは残っていない筈であり、その上パイロット達もまだ完全に砂漠戦に慣れた訳ではない。
「ともかくできる限り援護を。ただし無理をする必要はない。不利になったら退いてくれ。こんな戦闘で無駄死にすることはないんだからな」
「了解!」
残りのバクゥも先行したクルーゼ隊のメンバーを援護のため発進する。
それを見守りながらダコスタは盛大にため息をついた。
本当に面倒な仕事を押し付けられてしまったものだ。
軽く上官を恨みながら戦闘の状況確認のためスコープを覗き込んだ。
ストライクを見つけたイザークは激情に身任せ突進する。
大気圏での借りを返す時だ。
「ストライクゥゥ!!!!」
しかしストライクにたどり着く前にライフルを構えたイレイズが割り込んできた。
「邪魔だぁぁ!!」
背中からビームサーベルを抜き、立ちはだかるイレイズ目掛けて斬りかかる。
しかし―――
「遅い」
アストはそれを余裕で回避すると同時に左膝をデュエルの腹部に直撃させ吹き飛ばした。
「ぐあああああ!!!」
膝蹴りによって倒れ込んだデュエルに容赦なくビームサーベルを振り下ろそうとするがすかさずバスターからの援護が入った。
「チッ!」
バスターからの砲撃ををシールドで防ぎ、一旦距離を取る。
「大丈夫か、イザーク」
「くっそォォォ!!! 俺が、俺がナチュラルなんかに後れを取る訳がない!!!」
イザークは体勢を立て直しながら、ビームサーベルを持つ目の前の機体を睨みつける。
今自分が借りを返すべき相手はストライクだ。
しかし、イレイズにも何度も屈辱を与えられた事に変わりはない。
順番は変わるが立ちふさがるならこいつから倒すだけである。
「あまり熱くなりすぎるなよ、イザーク」
「わかっている!! いくぞ、ディアッカ!」
「ああ、今日こそ落としてやる!」
アストはデュエルとバスターが迫ってくる冷静に観察しながらビームサーベルを構えなおす。
「キラだけが頭にきてると思うなよ、デュエル!!」
怒っていたのはキラだけではない。
だからデュエルに躊躇する気はさらさらなかった。
バスターのエネルギーライフルの射撃をかわしながら、デュエルの懐に飛び込むとビームサーベルを袈裟懸けに振るう。
イザークはシールドを掲げ、ギリギリで受け止めるが、すぐにイレイズのシールドに突き飛ばされ体勢を崩されてしまう。
その隙を見逃す事無く攻撃を加えていく。
「イザーク!」
見かねたディアッカは再びエネルギーライフルでイレイズを狙うが、あっさりとかわされイーゲルシュテルンで反撃を受ける。
「そんなものが効くかよ!」
ディアッカは気づかなかった。
狙われたのはバスター本体ではなくその足場の方だった事に。
「どこ狙って―――なに!?」
バスターの足元は砂丘の下り坂になっている。
そこをイーゲルシュテルンの攻撃で崩され、機体のバランスが取れなってしまう。
やはりだ。
こいつらはまだ砂漠の戦いになれていない。
砂漠の戦闘に慣れていない事と合わせ、機体の調整が完璧ではないため体勢を整えるにも時間がかかる。
戦闘をしながらアストはそこを狙って攻撃を加えていく。
「貰ったぞ、バスター!」
「くそ!」
スラスターを吹かし、再びビームサーベルで斬りかかろうとするが今度は体勢を立て直したデュエルが援護に入ってくる。
だがアストは気にすることなくそのまま光刃を上段から叩きつけた。
振るった斬撃はシールドで防御されてしまうが、そこにすかさず蹴りを入れる。
完全に防戦一方。
イザークはイレイズの攻撃を防ぐのが精一杯になっていた。
それこそストライクとの戦った大気圏のように。
「何故だ!? 何故ついていけない!?」
砂漠戦に慣れてないとはいえそれは相手も同じはず。
しかも今はバスターからの援護もあるというのに。
アサルトシュラウドがないからか?
「くそぉぉぉぉ!!」
イザークは敵に押されているという目の前の現実を認められないまま防戦していった。
デュエルの攻撃を避け、距離を取ったイレイズの目の前をバスターの収束火線ライフルのビームが通り過ぎる。
その光景にアストは若干の違和感を感じ取った。
今のは外したと言うよりも勝手に逸れたという感じだったからだ。そこにキラからの通信が入る。
「アスト、砂漠の熱対流でビームがそれる。OSの調整を!」
「了解!」
即座にキーボードを引き出して、調整を行う。
砂漠では昼は温度が非常に高く、大気が激しく対流した状態にある。
それによってビームが曲げられるため正確に目標を狙えない。
バスターの砲撃もそれで逸れたのである。
それでもバスターがある程度こちらを狙えているのは、完全ではないにしろ砂漠用の調整してあるのだろう。
アストはバクゥとの戦闘の時と同じく牽制を行いながら跳躍、その間にキーボードを叩き調整を終わらせる。
「くっ、少し時間が掛かった」
スコープを引き出し狙いを定めると、ビームライフルを構えているデュエルを狙う。
銃口からビームが発射され、今までとは違い逸れる事なくデュエルのビームライフルを撃ち落とした。
「なにっ!?」
「あいつ、正確に当てやがった。本当にナチュラルかよ」
驚くイザーク達を余所にアストは冷静にバッテリー残量を確認する。
まだ問題のないレベルではあるが、油断はしない。
しかしこのままだと手が限られてくる。
ならば―――
「……ぶっつけ本番だけどタスラムを使うか」
まだ試射もしていない為、不安がないわけではないがここは調整してくれたエルザを信じよう。
デュエルに蹴りを入れて引き離すと同時に背中から砲身をせり出し『タスラム』を発射した。
砲身から高速で実体弾が撃ち出され、デュエル、バスターに直撃する。
PS装甲のため撃破はできないが二機を大きく吹き飛ばした。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「くっ、新しい装備だと!?」
この威力ならジンやバクゥであれば問題なく撃墜できるだろう。
弾数は限られるものの、バッテリーを消費するアータルよりは使い勝手がいい。
「よし、大丈夫だ。これならいける!!」
アストはタスラムに異常がないのを確認すると調整してくれたエルザに感謝しながらペダルを踏み込んだ。
アストがイザーク達と戦闘を行っている傍ら、キラもまたバクゥ相手に善戦していた。
最初こそ砂漠の環境やバクゥのスピードに驚いたが、今は問題なく戦えている。
「これで!!」
狙いをつけタイミングを合わせてバズーカを撃ちこむとバクゥの前足を吹き飛ばす。
前足を失ってバランスを崩した敵機との距離を即座に詰めるとビームサーベルを突き立てた。
光刃によって貫かれ爆散するバクゥから離れて、イレイズの援護に向おうとした時だった。
レーダーが敵の接近を感知し、警告音を鳴らす。
モニターを確認すると正面から白い機体が近づいてくるのが見えた。
「シグーか?」
幾つか細部は変わっているが間違いなくシグーである。
「見つけたぞ、『白い戦神』!!」
シリルはライフルを構え、狙いをつけるとトリガーを引く。
すると銃口から緑色の光が発射され、一直線にストライクに襲いかかった。
「なっ、シグーもビーム兵器を!?」
キラは咄嗟にシールドを掲げてビームを受け止める。
まさかという思いが湧くがさっきのアストの忠告を思い出すと息を吐き、動揺を落ち着かせた。
さっき忠告されてなければ反応できなかったかもしれない。
シグーは腰にマウントされたレーザー重斬刀を抜き、動きを止めたストライクに振り下ろした。
キラは機体を引き後ろに回避しながら、再びバズーカを構える。
「逃がすかぁぁぁ!!」
シリルはレ-ザー重斬刀を振り下ろした勢いを殺すことなく、機体ごとストライクに体当たりし、敵機を突き飛ばす。
ストライクは転倒こそしなかったが後ろによろめいて隙を生み出す。
そこに再びレーザー重斬刀を振り下ろすと構えていたバズーカを真っ二つに斬り落とした。
「くっ!?」
破壊されたバズーカを投げ捨て、イーゲルシュテルンを撃ちながら距離を取った。
だがシグーはそんな攻撃をものともせず重斬刀を振るってくる。
その鬼気迫る勢いにキラは背筋を凍らせた。
「なんなんだ、このパイロットは!?」
明らかに他の機体とは違う。
「今度こそ、今度こそ倒す!!」
ストライクはシグーの猛攻をシールドで防ぎながら後退するが、シリルは逃がさないとばかりに追撃してくる。
こいつは!?
敵機の執念ともいえる動きに気圧されてしまう。
それだけの殺意をぶつけられていたのだ。
戸惑うキラを尻目にシグーが再び重斬刀を振り上げた時だった。
上空にいたスカイグラスパーがシグーに向けてミサイルで攻撃して来た。
「今だ!」
シグーがスカイグラスパーからのミサイル攻撃をかわした隙に体勢を立て直しビームサーベルを抜く。
「エフィム!?」
「お前は下がってろよ!」
「フラガ少佐から戦闘に遭遇したらすぐ離脱しろって言われたじゃないか!」
「ふん、関係ないね。それより前だ!」
キラが意識をエフィムに向けた隙にシグーがレーザー重斬刀を構えて突っ込んでくる。
刃の切っ先をシールドで弾き、ビームサーベルで突きを放つ。
互いの攻撃をかわし、同時に攻撃をくわえていく。
そこにタイミングを見計らったようにスカイグラスパーの援護が入る。
言うだけあってエフィムは初陣とは思えないほどの動きをしていた。
訓練のおかげでもあるんだろうが、ムウが言っていたように本人の素養もあるのだろう。
それでもすべて彼に任せられるほどではない。
たとえ嫌われていても、アークエンジェルを守る仲間だ。
死なせる訳にはいかない。
キラはスカイグラスパーも動きを注視しながら、援護の為に前に出た。
アスト達と別れ、地雷設置の準備を行っていたカガリ達も戦闘に気がついていた。
あれだけ大きな爆発音が響けば当然であるが。
「おい、あいつら虎の部隊と戦ってるぞ」
カガリが確認のためスコープを覗き込むと確かに2機のガンダムが戦闘を行っていた。
しかも戦況はかなり優勢らしい。
「なあ、これチャンスだろ。『虎』はいないみたいだけど、今ならザフトのモビルスーツを倒せるかもしれない」
「そうだな。今までの借りを返し、仲間の仇も討てる」
スコープを覗き込んでいた者がそう口にすると次々に賛同の声が上がる。
カガリとしても今まであいつらの所為で苦しむ人たちを見てきた。
だから彼らの言い分に不満はない。
皆が頷き、武器を担いでバギーに乗り込んでいく。
「よし、私達もいくぞ! アフメド!」
「ああ! わかった!」
同年代の仲間であるアフメドに声をかけてバギーに乗り込む。
今こそ借りを返す時だ!
「待て、カガリ!」
カガリに常につき従っている男キサカがこちらを呼び止める。
だが今さらやめられるはずもない。
「行きたくないならここに残れ。私は行くぞ」
キサカはため息つくとバギーの後部座席に座った。
「よし、いくぞ!」
次々と戦場に向かいバギーを走らせて行く。
だが彼らは気がつかない。
自分たちの行動がいかに無謀なものということに。
デュエル、バスター共に反撃の糸口すらつかめないまま追い詰められていた。
イザークが近接戦を挑み、斬りかかろうとすると足場を狙われ動きが鈍り、そちらに気を取られた瞬間、イレイズのビームが機体を掠めていく。
「くそっ!!」
ディアッカはガンランチャーとエネルギーライフルを連結させ対装甲散弾砲を撃つ。
「これならどうだよ!」
撃ち出された散弾がイレイズのシールドに直撃した。
実弾のためPS装甲にはダメージはないだろうが、動きを止めることぐらいできる筈だ。
その上シールドを破壊できれば一石二鳥である。
そう考えていたディアッカは思わず固まってしまった。
散弾が当たりイレイズが吹き飛ばされたと思われた場所には、姿は確認できずシールドが落ちているのみ。
「なっ、どこに!?」
次の瞬間、警告音がコックピットに鳴り響いた。
それに気づいた時にはイレイズは機体の側面に回り込みビームサーベルを振りかざしていた。
何とか回避しようとするが間に合わない。
「しまっ―――」
「遅いぞ、バスター!!」
振るったビームサーベルの一撃がガンランチャーとエネルギーライフルの連結部分を切断したと同時に蹴りを入れて突き飛ばした。
「ぐあああ!!」
「ディアッカ!? よくも!!」
イザークが援護に入ろうとした時、バルトフェルド隊のバクゥが割り込んでくる。
「無事か、撤退しろ!」
「ふざけるな!! 俺達は――――」
「そんな状態で何ができる? 冷静になれ! お前らはまだ砂漠戦にも慣れてないんだ!!」
イザークは言い返す事も出来ない。
この現状を見ればやられるだけであると否応なしに理解させられていたからだ。
「……わかった。退くぞディアッカ」
「くそっ!」
コンソールを殴りつけ、バクゥに援護されながらデュエルはバスターと共に撤退していく。
「逃がすか!」
ここで倒す!
二人の仇を取る!
アストは追撃しようとするも、援護に駆けつけてきたバクゥによって進路を阻まれてしまう。
「邪魔だ!!」
サーベルを突き出しバクゥの胴体を串刺しにして撃破するが、残りの機体もミサイルやレールガンでイレイズを行かせまいと攻撃を加えてきた。
どうあってもデュエルとバスターを逃がすつもりらしい。
「追わせない気かよ!!」
苛立ちながらもそれを引きずる事無く思考を切り替える。
アストは撤退していくデュエルとバスターを一瞬だけ見ると、バクゥにビームライフルで牽制しながら反撃に転じた。
バルトフェルド隊の援護を受け撤退していくイザークは屈辱のあまりモニターを殴りつけた。
「……この屈辱必ず晴らす」
コックピットからイレイズの姿を睨みつけながら撤退していった。
デュエルとバスターが撤退してなお戦闘を続けていたシリルはストライクとスカイグラスパーの思わぬ連携に徐々に押されていた。
しかしこのまま黙ってやられるつもりなど毛頭ない。
反撃する為、前に出ようとした瞬間、それを遮るように目の前で爆発が起きる。
「なんだ!?」
ミサイルが来た方向からバギーが次々とこちらに向ってくる。
「レジスタンスか!?」
「なっ、なんで彼らが来るんだ!?」
明けの砂漠の登場はシリルにも、そしてキラも動揺させた。
当然である。
モビルスーツ相手に彼らの装備で一体何ができるというのか。
「邪魔な奴らだ!!」
バス―カ砲の攻撃をかわし、足でバギーを踏み潰す。
無駄死にたいのか、こいつらは!
ハエを払うようにバギーを一蹴すると再びストライクに目を向けると通信回線から「撤退しろ」とダコスタの声が聞こえてくる。
「くっ、まだ退けるか!! 仲間の仇を―――」
スカイグラスパーのビームを避け、再びストライクに斬りかかる。
しかしレーザー重斬刀の斬撃はシールドで流され、体勢を崩した所に斬り変えしてくる。
「遅い!!」
「なに!?」
ストライクが逆袈裟に振り抜いた一撃によって左腕を切り落とされたシリルは咄嗟に機体を後退させるが、敵機はそのまま踏み込んでくる。
このままでは―――
その時、2機のバクゥが割り込んできた。
「大丈夫か、シリル?」
「援護するぞ」
「エリアス、カール!?」
二機のバクゥが連携をとり、ストライクに向かっていく。
カール機が残り少ないミサイルを発射し、敵機を牽制する。
「シリルはやらせないぞ、ガンダム」
「ナチュラルが調子に乗るなよ!!」
放ったミサイルを横に飛んで回避したストライクにエリアスがビームサーベルを展開して突っ込んでいく。
「くっ、まだ援護がいたのか!」
連携を取って攻撃してくるバクゥの動きをビームライフルを放って阻害するとそれに合わせスカイグラスパーもミサイルで援護してきた。
それによりバクゥの動きが崩されてしまう。
「くっそぉ! ナチュラルの分際で!!」
「エリアス、焦るな! 立て直す」
途中でレジスタンスが邪魔をしてくるがバクゥの前には彼らの攻撃など通用しない。あっさり踏み潰されてしまう。
キラはそんな彼らの行動に苛立ちが隠せなかった。
「何やってるんだ! そんな攻撃が通用する訳ないのに!!」
それは初陣のエフィムにさえ無謀な行動に見えた。
「……死にたいのかよ、あいつらは」
ストライクとの対戦を邪魔してくる明けの砂漠にエリアスは怒りをあらわにバクゥの前足を振りぬきバギーを吹き飛ばす。
「鬱陶しいんだよ!!」
その隙に懐に飛び込んできたストライクはエリアスのバクゥを蹴り飛ばし、攻撃を仕掛けようとしたカールのバクゥに衝突させた。
「うあああ!?」
「くっ、こいつ!?」
衝突し動けないバクゥのウイング部分をサーベルを振り下ろして断ち切り、さらにスカイグラスパーも加わってあっさりと劣勢に追い込まれてしまった。
その光景にシリルは奥歯を砕けんばかりに噛みしめる。
「やらせるか……これ以上仲間をやらせるかァァァァ!!!!」
その瞬間シリルの中で何かが弾けた。
視界がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされる。
「うおおおおおお!!!!!!」
背中のウイングバインダーの出力を最大にしてストライク目掛けて突撃するとこちらに反応してビームサーベルを振るってくる。
だが今のシリルにはそれが酷く遅く見える。
機体を左に回転させビームサーベルを軽々と回避すると蹴りを入れ、体勢を崩したところにレーザー重斬刀を振り下ろす。
その一撃をキラはギリギリのタイミングで掲げたシールドで受け止めた。
「ぐっ、このパイロットいきなり動きが―――」
防御に転じ動けないストライクに再び蹴りが入るとシールドを弾き、懐に隙ができてしまう。
「しまっ―――」
「そこ!!!」
そこにシリルはすかさずレーザー重斬刀を叩き込んだ。
咄嗟に回避しようとするものの間に合わない。
レーザー重斬刀のビームがストライクのコックピットハッチを抉り、キラの眼前に外の景色が飛び込んでくる。
思わず呆然としてしまった。先程までとは動きがまるで違う。このパイロットは一体?
「落ちろぉぉぉ!!」
シリルは動きを止めることなくストライクに連撃を加えていくが、流石の反応でシールドを構えて防御していく。
動きの変わったシグーに徐々に追い詰められていくキラは操縦桿を強く握りしめた。
脳裏に浮かぶのは自分の力不足で死なせてしまった少女達の顔―――
負けられない!
もう二度とあんな事は絶対に!!
「まだだァァァァ!!」
キラの中で何かが弾けた。
再びあの感覚が蘇る。
さきほどまで圧倒された敵の動きがはっきりと知覚出来る。
迫るビーム刃をシールドで逸らし、ビームサーベルで斬り払うがシグーはそれを紙一重で回避すると逆に攻撃を加えてくる。
「おおおおおおお!!!」
「やらせるかぁぁぁぁぁ!!」
他の入り込む隙のないほど激しい攻防。
「なんだこれは……」
「シリル、いつの間にこんな……」
その凄まじいまでの戦いに周囲にいた者たちはただ見ている事しかできない。
互いのビーム刃が装甲を掠めて、削る。
戦いはほぼ拮抗、いや、機体の性能差の分だけシリルの方が不利だろう。
このままではいずれ押し切られる事になる。ならば―――
シリルが賭けに出ようとした時、戦いに水を差すように再び通信が入る。
《いい加減にしろ!! 撤退するんだ!!》
ダコスタだ。
だが聞ける筈もない。
無視して戦闘を継続しようとしたシリルの耳に警告音が響く。
見ればバッテリー残量がほとんど無くなっていた。
これではエネルギーが切れたと同時に撃墜されるだろう。
退くしかない。
「くっ、……了解」
屈辱に顔を歪めながら撤退を決意する。
「エリアス、カール退くぞ」
「「了解」」
ストライクを突き離し、離脱しようとするがキラもそれを黙って見てはいない。
「逃がさない!!」
ここまで来て逃がす事などできる筈もない。こいつは危険だ。今倒さなければ!
シグーにビームサーベルを振りかざす。シリルは咄嗟にスラスターを吹かし、砂を巻き上げ視界を遮った。
「視界が!?」
虚をつかれたストライクは一瞬動きが止まる。
そこを狙いレーザー重斬刀を振り抜くと次の瞬間、ストライクのビームサーベルを持った右手の先が宙に舞った。
「このぉぉ!!」
腕を斬られた衝撃に動揺する事無く、シールドを捨てアーマーシュナイダーを引き抜くとシグーに叩きつけた。
アーマーシュナイダーの刃が右肩部に直撃し、シグーの腕を損傷させた。これにより両腕を失ったシグーは戦闘力を失ったことになる。
「チィ、今日はここまでだ、ガンダム!!」
シリルはストライクから距離を取ると今度こそ機体を反転させて撤退した。
撤退していく敵機を見ていたキラは安堵の息を吐く。
現在の機体状態で戦闘を続けるのは厳しい。
撤退してくれたのは幸運だった。
「……それにしても、あのパイロットは」
今まで戦ってきた中でもかなりの強さだった。
重斬刀によってコックピットハッチが吹き飛ばされた時は、正直生きた心地がしなかった。
ここまで冷汗をかいたのは青紫のジンと戦った時以来かもしれない。
こちらを圧倒する技量とビーム兵器を搭載した機体、今後もあの敵と戦う事を考えると危機感が募る。
だが―――
「……それでも戦わないといけないんだ。みんなを守るためには」
キラはそう静かに呟いた。
そのために戦う事を躊躇う気はない。
そして周りを見渡すとイレイズがこちらに向かっているのが見える。
その姿に安堵するとさらに別の場所に視線を向ける。
そこには仲間の亡骸にしがみつき泣いているカガリの姿があった。
どうやら今の戦闘で出た犠牲者らしい。
だがそれを見てもキラには悲しみも何も感じない。
ただ怒りの感情だけが渦巻いていた。
彼らは何をしているのだ。
あんな装備でモビルスーツ相手に敵うはずはない。
それがわかっていたからトラップを仕掛けていたんじゃないのか。
命を無駄に捨てるような行為。
そんな彼らにキラは苛立ちを抑える事が出来なかった。
レセップスの艦長室で副官のダコスタからの報告を聞いたアンドリュー・バルトフェルドは頭を抱えた。
演習中に二機のガンダムと遭遇、ダコスタによる制止を無視して戦闘を開始。
敵機に損傷を与えたもののこちら側の被害も甚大。
バスター小破、シグーは中破。バクゥも3機撃破され残りの機体にも損傷あり。
これでは頭を抱えてしまうのも無理ないだろう。
アークエンジェルに対する作戦も練り直さなければいない。
「……ハァ~なんでこうなるかなぁ、ダコスタ君?」
「それは私も言いたいですよ」
「過ぎた事を言っても仕方ないし、とりあえず損傷機の修理を急がせてくれ。 それからジブラルタルの方にも報告してまたバクゥを回してもらわないといかんな」
「彼らの事はどうするのです?」
「どうしたものかなぁ」
本当に面倒な事になったとバルトフェルドは再び頭を抱える。
ダコスタも声には出さないが同じ気分だった。
「そういえば今回の戦闘でイレイズのデータも手に入りました。そちらも確認してください」
そう言うと表情を一転させたバルトフェルドは早速データを確認し始める。
その顔には先ほどまでの呑気な雰囲気はなく、獲物を狙う者の目になっていた
「ふむ、なるほど。報告にはない装備を使ってるな。今回あのパイロットはイレイズに乗っていたのか」
「隊長?」
『砂漠の虎』といわれるだけあってバルトフェルドは優れた観察眼を持っている。
それによって前回の戦闘時ストライクに乗っていたパイロットが今回イレイズに乗っているのをすぐ見抜いた。
相変わらずいい腕をしている。
だがそれより今回違うパイロットが乗っているはずのストライクにも驚かされる。
イレイズのパイロットと遜色ない腕前である。
そしてもう一つ驚かされたのはシリル・アルフォードであった。
まさかあのストライクをここまで追い詰めるとは。
「まったく、どいつもこいつもとんでもないな」
そう言いながらもバルトフェルドは楽しそうな笑みが浮かべていた。