クルーゼ隊の艦ヴェサリウスはラコーニ隊との合流ポイントに到着していた。
紆余曲折ありはしたが、無事保護する事が出来たラクス・クラインを本国へ送るためである。
ちなみにヴェサリウスは引き渡した後すぐに足つきに攻撃を仕掛けることになっている。
ここまで来て逃がすつもりなど毛頭ないという事だ。
何にしろラクスを助けだせた事に安堵しながら、アスランは彼女を連れ、部屋へ案内していた。
《ハロ、ハロ》
「ハロがあなたに会えて嬉しいみたいです」
「ハロにそんな感情のようなものはありませんよ」
思わず苦笑しながら答える。
こうしているといつもの彼女であり、出会った頃と何も変わらない。
だが、先程の戦闘を思い出すとあれは何かの間違いであったのではと思いたくなってくる。
ラクスが引き渡された後、イレイズとシグーが戦闘開始し、さらにストライクによる砲撃が放たれた。
ここからさらに激しい戦闘になると思われた時、傍にいたラクスがイージスの通信機を入れラウに言い放ったのだ。
《ラウ・ル・クルーゼ隊長。すぐに戦闘行動を中断してください。追悼慰霊団代表のわたしくしのいる場所を戦場にするおつもりですか? そんな事はしないでください》
その時のラクスの表情や真剣な声は今まで見た事も、聞いた事もない。
彼女には最も縁遠い表情であった。
「アスラン? どうなさいました?」
「い、いえ。何でもありません」
考え過ぎて、ラクスの顔をジッと見つめていたらしい。
照れくさくなって、誤魔化すように別の事を口にする。
「その、地球軍の艦にいたということですし、大変でしたから大丈夫かと思いまして」
「大丈夫ですよ。レティシアも一緒でしたし、何よりキラ様とアスト様が良くしてくださいましたから」
2人の名前を聞くと非常に複雑な気持ちになる。
何よりあいつの―――アスト・サガミの名前は聞きたくなかった。
アスランからすればアストさえいなければキラの事もうまくいったのではないか。
そんな気持ちが抑えられないのだ。
「……そうですか。すぐラコーニ隊と合流ですからそれまでは部屋にいてください」
「アスラン?」
「この部屋です。なにかあれば連絡を。失礼します」
そのままラクスに背を向けて歩き出す。
本当はもっと話をした方がいいとは思ったが、余計な事まで言ってしまいそうだった。
下手をすれば彼女に八つ当たり的な感情をぶつけていたかもしれない。
そんな事は絶対にしたく無かった。
自分の行動に自己嫌悪しながら、それでも自分の感情を抑えられない。
アスランはため息をつきながら、ラクスの視線をあえて考えずに歩き出した。
◇
「以上が地球軍の艦に捕まっていた理由です」
報告の為に呼び出されたレティシアがラウやユリウスにこれまでの経緯を説明する。
それを聞いていたラウは静かに笑みを浮かべ、レティシアを称賛する。
「なるほど、そんな状況で良く彼女を守ってくれた。流石『戦女神』と呼ばれたパイロットだ」
「いえ」
『戦女神』とはレティシアの異名である。
レティシアとしてはそこまでの戦果をあげた覚えもないし、腕があるとも思わない。
自分よりすごいパイロットはいくらでもいるのだ。
なのにそんな異名で呼ばれているのは恐縮してしまう。
本国のプロパガンダ的な意味合いもあるのだろうから仕方ない部分もあるが。
正直に言えば気分は良くない。
直感だがこの男は決してレティシアを称賛などしていない。
にも関わらず昔の異名で呼び褒め称えるとは嫌がらせにしか聞こえなかった。
そもそも最初に会った時から、どうもこの男を信用する事が出来ない。
何故かと聞かれればはっきりした事は言えないが、何というか非常に冷たい、憎悪にも似た感情を感じる事があるからだ。
「……いえ、当然の事をしたまでですので。では私は失礼します」
ヘリオポリスの事を聞こうかとも思ったがやめた。
特務と返されればそれ以上聞きようがないし、彼と話していても気分が悪くなるだけだ。
踵を返しさっさと隊長室から退室しようと歩を進める。
彼らの顔など長く見ていたくはない。
しかし扉の前に立ったとき後ろから声が掛けられた。
「レティシア・ルティエンス」
今まで黙っていたユリウスが呼び止めた。
彼の事はラウよりはマシであるとは思っているが、あまり話していたい人間でもない。
どうも見透かされている気になってしまうのだ。
無視する事は出来ないと振り返ったレティシアをユリウスは鋭い視線で見つめていた。
「なんでしょうか?」
「前線に復帰する気はないのか? お前ほどの力があるなら―――」
「ラクス護衛の任務がありますので」
ユリウスの言葉にかぶせるように言うと、今度こそ隊長室を後にした。
◇
ラクスと別れたアスランは先程の自己嫌悪を抱えながら、自分の部屋に戻ろうと歩いていると前から歩いてきたレティシアとすれ違う。
「あら、アスラン。久しぶりですね」
「あ、レティシアさん。お久ぶりです」
相変わらず彼女の前では思わず緊張してしまう。
彼女は誰もが見とれるほどの美人であり、もともと女性と接することの苦手なアスランは余計に緊張するのだ。
まあそれはアスランが彼女に憧れの感情を持っていることも大きいかもしれない。
ただこれが恋愛感情なのかわかっていないのだが。
「どこに行かれていたのですか?」
「……一応クルーゼ隊長に挨拶を」
レティシアはどこか憂鬱そうに呟いた。
嫌な事でもあったのか、ため息をつきながら首を振った。
何かあったのだろうか?
アスランは不審に思いながらも、触れない方が良いと思い話題を変える事にした。
「前線には戻られないのですか?」
「ユリウスにも言いましたが、今はラクスの護衛を優先します」
「あなたほどのパイロットが戻られれば、前線もずいぶん楽になります」
レティシアは『戦女神』と呼ばれるほど優秀なパイロットだ。
アスラン達と同じく赤服であり、彼女が戻るだけで兵士達の士気も上がる。
しかし彼女は地球での任務を最後に前線を離れてしまった。
戦時中のため除隊はしてないが、その優秀さを買われラクスの護衛についている。
昔、何故戦線を離れたのか前に質問した事があったが、はぐらかされてしまった。
プライベートに関する事だけに踏み込むこともできなかったが、悩みがあるなら力になりたい。
「買いかぶりです。私はそれほどのパイロットではありませんし、なにより私1人が戻った所で戦局は変えられません」
「それはそうかもしれませんが……」
それでも彼女が一緒に戦ってくれたなら、これほど心強い事はないと思うのだが。
そんな事を考えていたアスランにレティシアは穏やかな笑みを浮かべる。
「それよりラクスとはちゃんと話をしましたか?」
「え、ええ、まあ」
先程の対応を思い出すと再び罪悪感が湧いてくる。
やはりもう少しきちんと話した方が良かっただろうか。
「婚約者なのだし、その辺もちゃんとしないと駄目ですよ」
駄目な弟に言い聞かせるような言葉に思わず笑みがこぼれる。
女性の接し方については全く反論できないな、などと考えてしまった。
「アスラン」
「は、はい」
穏やかな雰囲気から一変し急に真面目な顔で話しかけられた為、ドギマギしながら姿勢を正す。
「本気で彼らを撃つ気?」
「……ええ」
その話題に先程までの穏やかな気分は吹き飛び、冷たい怒りが沸き起こってきた。
「あの2人は―――」
「プラントを守るためには必要なことです。……俺もキラとは正直戦いたくはありません。でもこのまま放っておくこともできない。キラは地球軍に、アスト・サガミにいいように使われているんですよ。だから……」
「違います」
「えっ」
急に咎めるように言われアスランは戸惑った。
レティシアは今までとは違い冷たい目でこちらを見ている。
「彼らは友人たちを守るために戦っているだけ。アスト君はあなたとキラ君を戦わせたくないと言っていました」
「ならこちらに来ればいいでしょう!! その友人っていうのもどこまで本当だか、キラも結局そう言われて利用されてるんだ!!」
アスランは顔を歪めて思わず吐き捨てる。
レティシアは短く「そう」というとそのまま背を向けた。
「アスラン、1つだけ言っておきます。自分が絶対に正しいなんて思わない方が良いですよ」
「……それは俺が間違ってるってことですか?」
「貴方の戦う理由は知っています。大切なものを守ろうというのが間違いとは言ってません」
「なら!」
「なら敵はどうなのでしょう」
「えっ」
思いもよらない質問に言葉が詰まる。
「敵は何のために戦うのかと聞いています」
敵の戦う理由?
そんな事は考えた事もない。
何故なら正しいのは自分たちで間違っているのは―――
「君は引き金を引くということの意味をきちんと理解していますか?」
言葉が出てこない。
「もう1つ、アスト君はあなたの思っているような子ではありません」
「ッ!?」
「彼は友達思いの優しい子です。それだけに無理をしているようですごく心配ですけど」
アスランは震えていた。
まさか彼女にそんな事を言われるとは思っていなかった。
何よりも奴の名をレティシアから聞きたくはなかった。
「では、私は戻ります」
「……はい」
かすれた声で返事をする。
そう答えるしかなかった。
なによりアスランを動揺させたのは、レティシアまでがアストを庇うような言葉を口にした事だ。
再び感情が抑えられなくなる。
「あなたまで、あいつを庇うような事を言うんですか……」
アスランは自分でも気がつかないうちに強く拳を握りしめていた。
彼の中に渦巻いていたものは怒りではなく、激しい嫉妬だった。
キラだけでなく、レティシアまでアストを擁護したのだ。
その事が余計にアスランを苛立たせた。
◇
レティシアが退室した後、隊長室ではラウとユリウスは前回までの戦闘内容の検証を行っていた。
主な内容はユリウスを損傷させたストライクに関する事である。
「なるほど。『SEED』か」
「ええ、間違いないかと」
ラウはユリウスの報告に珍しく不満げであった。
「『SEED』。ユリウス、お前がSEED論を信じていたとは知らなかったな」
「別に信じている訳ではありませんが、他に言いようもありません」
「……人の可能性か」
ラウは吐き捨てるようにつぶやく。
それは彼にとっては唾棄すべきものである。
「なんであれ、彼が特殊な力を持っている事は事実。これ以上キラ・ヤマトを放置してはおけません」
「それについて異論はない」
彼らは最初からアスランの説得など期待していなかった。
結果がどうであれキラ・ヤマト、アスト・サガミを殺すつもりだったのだから。
◇
ヴェサリウスはガモフ、そして増援のツィーグラーと合流し、アークエンジェルへ攻撃を仕掛けようとしていた。
すでにラクス・クラインはラコーニ隊に引き渡し、現在はモビルスーツ隊のメンバーを集め作戦説明をおこなっていた。
「―――以上だ。何か質問は?」
全員の顔を見渡し、質問がないのを確認するとすぐに指示を出す。
「では、作戦を開始する。補充人員との顔合わせなども事前に済ませておくように」
「「「了解!!」」」
各々が一斉に動き出した。
今回は大きな戦闘になるだろう。
だからなのか全員が気合いの入った表情で準備に取り掛かっている。
そんな雰囲気に当てられたアスランも気合いを入れ、準備に取り掛かる。
その時、見ない顔の二人が話しかけてきた。
「あの、アスラン・ザラさんですよね。今回クルーゼ隊に配属されたエリアス・ビューラーです!」
「同じくカール・ヒルヴァレーです!」
補充人員のパイロットらしい。
緊張しているのか、表情がやや硬い。
そんな彼らに昔の自分もこんな風だったのかなと考えながら敬礼を返す。
「そうか、アスラン・ザラだ。よろしく頼む」
「「よろしくお願いします」」
出来れば彼らも無事に生き残って欲しいものだ。
そんな様子を見ていたのか、イザーク達も近づいてくる。
「新人か、イザーク・ジュールだ」
「は、はい。よろしくお願いします!」
一緒に傍に来たニコル、ディアッカも自己紹介をしていく。
「2人共今回が初陣だろう。無理はしないようにな」
「ナチュラルのモビルアーマーなんかに後れは取りませんよ」
「油断するな、相手はガンダムだ。……敵はユリウス隊長の機体を損傷させたほどのパイロットだからな」
アスランは若干躊躇いながらもエリアスを諌める。
それだけの力を奴らが持っているのは事実。
油断はこちらの死を意味するのだ。
「ふん、それも偶然だろうよ。ユリウス隊長が損傷を受けるなど何かの間違いだ。俺が仕留めてそれを証明してやる! デュエルも追加装甲を装備して強化したしな」
イザークはユリウスを尊敬している分、余計にこの前の戦闘結果が気に入らないらしい。
プラントにおけるガンダムのパーツ生産がようやく始まり、アルテミス戦において損傷を受けた3機の修理がようやく終わった。
その際に問題にされたデュエルの火力不足など補う強化装備も同時に開発され、今回装備されている。
「まあ、いつまでもナチュラルにいいようにされてるのは面白くないしな」
ディアッカもイザークと同意見ようだ。
好戦的な2人らしいと苦笑してしまう。
「そうですよね! ナチュラルなんかに負けるわけないですよ。俺達がしてるのは正義の戦争なんですから!」
エリアスが意気揚揚と宣言する。
カールはそんなエリアスをあきれ顔で見ている。
だがイザークやディアッカはそんなエリアスが気に入ったのか笑顔で話していた。
「アスラン、どうしました?」
「い、いや。何でもない」
エリアスが正義と口にしたとたんレティシアに言われたことを思い出していた。
彼の言っている事はザフトの軍人全員の共通認識だ。
アスラン自身そう思っている。
すべてはナチュラルが悪いと。
しかし―――
《自分が絶対に正しいなんて思わない方が良いですよ》
彼女はそう言っていた。未だにそれがどういう意味なのかはわからない。
しかしアスランの胸の奥では消えない不安のようなものが渦巻いていた。
◇
ザフトの追撃から逃れたアークエンジェルはついに第8艦隊と合流を果たしていた。
第8艦隊は智将といわれたハルバートンの率いる艦隊である。
ヘリオポリスからようやくここまでたどり着いたクルーたちからすると、やっと肩の荷も下りるというものである。
アークエンジェルを旗艦メネラオスの横につけると操舵士のノイマンが思わずつ呟いた。
「しかし、いいんですかね。メネラオスの横につけても」
その口調は実に軽やかで、今までの緊張感は感じられない。
皆ようやく安心出来たという証拠だろう。
「ハルバートン提督がご覧になりたいのだろう。この計画を強く後押ししていたからな」
「艦長、少佐。行きましょう」
「ええ」
他のメンバーにブリッジを任せ、格納庫に向かう。
普通はこちらから出向くものなのだが、それも先ほどのセーファスの言った通りなのだろう。
マリューにとっても直属の上司にあたる人だ。
ハルバートンがどう思っているかはわかっている。
ようやく積年の思いが実ったのだ。直接見たいと思うのも当然だろう。
格納庫に降りると、士官たちが整列する。
「まさか君たちとは。ヘリオポリスのことを聞いた時は駄目かとも思ったが」
メネラオスから来た連絡艇から降りてきた将校が声を上げた。
彼こそが第8艦隊を指揮するハルバートン提督である。
格納庫にいた全員が一斉に敬礼した。
「お久ぶりです。閣下」
「ナタル・バジルールであります」
「第7機動艦隊所属ムウ・ラ・フラガであります」
「おお、君がいてくれたのは不幸中の幸いだった」
「いえ、たいして役には立てませんでしたよ」
ムウは苦笑しながらハルバートンに言葉を返す。
そして包帯を巻き立っているセーファスに向き合う。
「オーデン少佐、その怪我でよくやってくれたな」
「いえ、私は何もしていません。ここまで来れたのはラミアス艦長や他のクルー達の奮戦によるものです」
「うむ、ともかくご苦労だったな。月でゆっくり傷を癒したまえ」
「私よりも保護した民間人の中にも怪我を負っている者もいます。そちらを先に」
「それもわかっているよ。手配はすでにしている」
その時ハルバートンの後ろからスーツを着てサングラスをつけた黒髪の男が出てくる。
顔立ちからしてかなり若い。
「提督、お話も結構ですが……」
「わかっている。すまんが艦長室まで案内してくれるか。詳しい話はそっちで話そう」
「わかりました」
「では提督、私は彼らと話をしてきますので」
明らかにハルバートンは不満そうな顔をしている。
だがすぐに無表情になりマリュー達に先導され歩き出した。
いったいどうしたのだろうか?
その理由をマリューはすぐに知る事になる。
◇
ハルバートンを士官全員で出迎えていた頃、アストとキラは食堂で休憩をとっていた。
というのも今まで機体の整備で動きっぱなしだったのだ。
ムウいわく壊れたままは不安だとか。
つまりは第8艦隊と合流できたとはいえ、敵が来ないとはいえないという事。
パイロットの性とでも言えばいいのか。
何であれこれでお役御免という奴である。
食事を終え、これからの事でも話そうかと思っていたのだが見慣れない男が食堂に入ってきた。
サングラスをかけスーツを着たその男はアスト達を見つけると近づいてくる。
「君たちがアスト・サガミ君とキラ・ヤマト君かな?」
「そうですけど、貴方は?」
「失礼。私はクロードというものです。君たちに話があってね」
「話ですか……」
クロードは食堂の人払いをして近くの椅子に腰かけた。
サングラス越しにもこちらを観察しているのが分かる。
しかしそこに感情は全くと言っていいほど感じられなかった。
まるで実験動物を見ていようで、あまりいい気はしない。
「単刀直入にいうと、君たちにはこのまま地球軍に残ってもらいたい」
「……どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。とりあえず状況を説明しようか。今、君たちは地球軍の志願兵ということになっている」
「なっ」
驚くキラを無視してクロードは話を進めていく。
「どのような理由であれ、民間人が軍の兵器を使用し、戦闘を行うのは犯罪。そうさせないための処置がとられているんだよ」
「それじゃトール達も」
クロードは黙って頷いた。
「正直、今の地球軍にはザフトと正面から戦える者は少ない。にもかかわらず君たちのような戦力を手放すのは損失だ」
すると今まで話を聞いていたアストが口を開く。
「俺達の事を知って言ってるんですか?」
「もちろんだよ。その上で言ってる」
つまりコーディネイターであろうと関係ないということだ。
とても地球軍の言う事とは思えない。
それだけ余裕がないという事なのか。
思い出したくはないがアルテミスの司令官も似たような事を言っていた。
必要ならコーディネイターでも利用するという事か。
しかし、この男は何なのだろう?
一見地球軍の士官にも見えないのだが―――
「……もし断った時は」
「断らせると思うかい? 君たちの首を縦に振らせる方法はいくらでもある。まあ、こちらとしてもそんな乱暴な手段はとりたくないが……何であれ君たちが自分から残ってくれるのが一番いい」
クロードの物言いに苛立ちながら、拳を固く握り締める。
何が乱暴な手段はとりたくないだ。
つまりこちらには最初から選択権など無いという事だろう。
反発心が湧いてくるがそれを堪える。
ここで嫌とは言えない。
家族や友達に迷惑をかける事になるからだ。
目の前にいる男に対する嫌悪感を押し殺し、2人は覚悟を決めて頷いた。
「……わかりました。地球軍に残ります」
「僕も」
そう返事をすると笑みを浮かべてクロードは立ち上がる。
「では詳しい話をしようか。ここでは何だし場所を変えよう」
キラと共に席を立つとそこにフレイとエフィが食堂に入ってきた。
「ちょっと待ってくれないかしら」
「何かな、お嬢さん?」
クロードの問いかけにフレイは何の迷いも無くはっきり答えた。
「私も地球軍に志願するわ」
「俺もだ」
「えっ!?」
言っている事が分かっているのだろうか?
フレイなど軍に最も縁遠い生活をしてきたはず。
軍隊生活など耐えられるとは思えない。
クロードもわずかに困惑したかの様な表情を浮かべていた。
「お嬢さん達、意味が解っているのかな?」
「ええ、当然でしょ」
クロードは数秒考え込んでいたが、2人を見て頷いた。
「まあ、いいでしょう。志願を断る理由はありませんからね。では君たちもついてきなさい」
何故フレイ達が志願するのかわからない。
父親のことが関係しているのだろうか?
「フレイ、エフィム、何で……」
「……あんた達には関係ないわ」
そう言うとそのままクロードについて歩き出した。
◇
食堂で志願を口にする数分前、フレイは医務室に向っていた。
目的は1つ。
父を見捨てたあの軍人に会う事。
ただ会ってどうするのかまでは考えていなかった。
フレイを突き動かしていたのは許せないという感情である。
そう、許せない。
自分の唯一の肉親を見殺しにしたあの男が。
「フレイ、あの軍人に会ってどうするつもりだよ」
「うるさいわね! ついてこないで!!」
後ろからついてくる、エフィムを怒鳴りつけた。
彼とはコーディネイター嫌いというところは、自分と同じなので気が合うものの決して仲がいいわけではない。
アークエンジェルはアストやキラの事があるためか、コーディネイターには比較的友好的な空気が流れている。
そんな艦の中ではこいつと居た方が気が楽なだけだった。
だが今は邪魔でしかない。
フレイの頭の中はいかにこの感情をどう相手にぶつけるかだけで一杯だった。
医務室の前まで来ると、フレイは躊躇うことなく扉をあける。
「君たちか……」
そこには目的の人物、包帯を巻きなおしているセーファスがいた。
「何か用かな? 私はもうすぐここを発たないといけないのだが」
セーファスの足元には確かにカバンが置いてある。
中に荷物が入っているのだろう。
フレイは思わず絶句した。
もうすぐ父の仇がいなくなると言うのだ。
言ってやりたいことはたくさんあるのに、言葉がうまく出て来ず、睨みつけることしかできない。
「なるほど、父の仇を取りにきたといったところかな……」
「そうよ。あんたがパパを見捨てから!!」
「それについては言い訳のしようもないな。だが私を殺した後はどうするつもりだ?」
「決まってるわ、あんたの後はパパを殺したコーディネイター達を!!」
セーファスは思わずため息をついた。
そんな態度が気に入らなかったのか、後ろにいたエフィムが叫ぶ。
「なんだよ、あんた。何とも思わないのかよ! それともコーディネイター共を庇うつもりか!!」
「君もやたらコーディネイターを嫌うがなにか理由でも?」
「俺の両親はエイプリルフールクライシスで死んだ! コーディネイターがNジャマーなんてものばら撒いたからだ!!」
これにはフレイも驚いた。
自分と同じくコーディネイター嫌いなのは知っていたが、理由までは知らなかったのだ。
「なるほど」と納得したようにセーファスは頷く。
エフィムにはその態度が余計に腹立たしかった。
何も知らないくせに!
すべては奴らが悪いのだ!
「そうか、君らの理由は分かった。ではアスト君やキラ君はどうなるのかな? 君たちは彼らのおかげでここまで来れた。いわば命の恩人だ。そんな彼らも仇だと?」
その指摘にフレイはビクンと肩を震わせる。
頭に血が上っていたエフィムさえ気まずそうに視線を逸らした。
「それは……」
確かにそうだ。
認めたくもないし、悔しい話だがそれは紛れもない事実である。
「どうした、答えられないのか?」
コーディネイターは憎い。
だが嫌悪はすれど自分たちを守ったあの2人は復讐の対象なのだろうか?
自分でもわからない。
「世界は君たちの思っているほど単純じゃない。今は戦争中だ。君が体験した事はその中で起きている悲劇の一つだ。でもだから敵をすべて殺せばいいという訳ではない」
「なにが言いたいの?」
「ただ相手に憎しみをぶつけてもなんの解決にもならない。失くしたものも戻らない」
「じゃあどうしたら良いって言うのよ!!」
「それは君自身が答えを出すしかない。どうしても復讐がしたいなら止めるつもりもない。私が言っても説得力もないからね。だがそれをするならあくまでも自分の意思できちんと答えを出せるようになってからにした方がいい。そのためにまずは世界で起きている戦争の真実を知りなさい。そしてコーディネイターの事も。それを知った上で復讐がしたいというなら私の命を君にやろう」
そう言ってセーファスは部屋を出ようとする。
「ちょっと、まだ話は―――」
「君が答えを出すまでは死なないと誓う。だから君たちも自分の答えを探しなさい」
フレイは出て行ったセーファスを追いかける事も出来ずに立ち尽くすしかなかった。
「へっ、なんだよ。何も知らないのはあんただろ」
吐き捨てるエフィムの言葉にフレイも同感である。
だが、彼の言った事が頭から離れない。
どうすればいいのだろうか?
医務室から出て呆然と歩く。
ぐるぐる頭の中で先ほどの会話が繰り返される。
エフィムが何か言っているようだが耳に入ってこない。
気がつくと食堂の前まで来ていた。
そこにはアストとキラ、そして見慣れない男が話をしていた。
そして『地球軍に残る』そんな声が微かに聞こえてくる。
それはフレイにとってまたとないチャンスだった。
「そうか、地球軍に入れば……」
「フレイ、まさか志願する気か?」
「どうせこのまま本国に戻っても何も無いもの」
そう本国には何もない。
唯一の家族は死に待っていのは孤独のみ。
だったらセーファスのいう答えを出すために行動した方がいい。
結果的に復讐を決めたとしても地球軍に入ることは決して損にはならない。
「まあいい機会か。コーディネイター共と戦うには」
「あんたも来る気?」
「悪いかよ」
「好きにしたらいいわ」
止める理由は無い。
あくまでフレイは自分の為に志願するのだから。
そのまま食堂に入っていく。
これが2人の運命の選択になるとも知らずに。
◇
アークエンジェルの格納庫にはヘリオポリスからの避難民が溢れている。
これから連絡艇でメネラオスに行きシャトルに乗り換える為である。
彼らにとってつらい戦艦暮らしはここで終わり、これから普段の生活に戻れる。
そのためか避難民には笑顔が絶えないのは当たり前だろう。
ただ予想以上に人数が多く、数回の往復が必要になる予定だった。
その中にヘリオポリスから艦の仕事を手伝っていたトール達もいた。
近くにはエルザやエリーゼもいる。彼らの表情もどこか晴れやかなものだった。
「やっと終わりだよ」
「本当だな。さすがに少しきつかった」
サイとカズイが楽しそうに談笑しているがトールは浮かない顔だった。
「トール、どうしたの?」
「いや、アークエンジェルは大丈夫なのかなとか考えてた」
「第8艦隊と合流したし、あとはアラスカに降りるだけだっていう事だし大丈夫だろ」
「そう、そう」
サイやカズイが軽い感じで言うがトールの表情は変わらない。
「どうしたのよ。はっきり言いなさい」
焦れたアネットが問い詰める。
「……アストやキラはちゃんと除隊許可証を受け取ったのかなってさ」
それを聞くとみんな黙ってしまう。
確かに気にはなっていた。
「あなた達一緒だったんじゃないの?」
「エルザは知らないだろうけどさ、第8艦隊と合流してから2人とは会ってないんだよ」
第8艦隊と合流してしばらくして集められたトール達はナタルから書類を渡された。
その書類は除隊許可証というものだった。
軍人でもないのに何で、という疑問もあったが非常時の処置として軍人扱いとなっていたらしい。
とにかくこれで終わりということでみんな嬉々として受け取ったのだがその場にアスト達はいなかった。
ナタルに聞いてもはぐらかされただけできちんと答えてもらえなかったのだ。
2人は自分たちとはこなしてきたことが違う。
新兵器に乗って戦ってきたのだ。
そしてコーディネイターでもある。
不安材料としては十分だ。
「まだ時間もあるし探してみようかな」
アネットの提案にみんなが乗ろうとした時だった。
突然の揺れがその場にいた全員を襲った。
「きぁぁぁぁ!!」
「な、なによ、これ!?」
「これって……」
今アークエンジェルは宇宙にいるのだ。
その中でこれほどの揺れ、思い当たる事など1つだけだ。
「まさか、攻撃されてるのかよ……」
トールが呆然と事実を口にした。
キャラ紹介も載せました。