機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第10話  互いの誓い

 

 

 

 アークエンジェルは緊迫しながらも、月に向けて歩を進めていた。

 

 艦内が未だに緊迫しているのには理由がある。

 

 それは先遣隊を攻撃していたナスカ級の1隻がアークエンジェルを追尾してきていたからである。

 

 そしてもう1つ。

 

 あのナスカ級が追って来たという事は合流しようとしていた先遣隊は全滅したという事に他ならない。

 

 大規模な部隊ではなかったとはいえ、この短期間に全滅させて追ってくるとは―――

 

 それでも不幸中の幸いかもう一隻は追って来てはいないものの、この危機的状況はなんら変わらない。

 

 「で、これからどうする? このままじゃナスカ級に追いつかれるぞ」

 

 ブリッジに来ていたムウの指摘したようにこのままでは逃げきれない。

 

 理由は2つある。

 

 こちらを待ち伏せしていた敵はなんとか追い払えたが、足止めされたため距離を稼ぐことができなかった事。

 

 そしてもう1つ。

 

 先程の戦闘で無傷とはいかず、エンジンに損傷を負ってしまったからだ。

 

 幸い軽微だったものの、エンジンの出力に若干の影響がでており、ナスカ級に徐々にだが追いつかれているのである。

 

 「ともかくなにか考えないと……」

 

 マリューは疲れたようにため息をつく。

 

 この艦に乗ってから休まる時などほとんどなかったのだから仕方がない。

 

 「少佐は?」

 

 「医務室で手当を受けています。先程の戦闘でずいぶん無理をされていたようですし」

 

 「なるほどね」

 

 「そういえば後で艦長室に集まって欲しいそうですが……」

 

 何か打開策でもあるのだろうか。

 

 本来なら自分がやられねばならない事なのに。

 

 これでは誰が艦長かわからないなと自嘲しながらため息をついた。

 

 情けないことにセーファスが負傷せず、アークエンジェルの指揮を最初から執っていたならと考えてしまう。

 

 再びため息をつき、そんな考えを振り払う。

 

 今は自分が艦長なのだと無理やり言い聞かせ、艦長室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 アストはイレイズのコックピットでキーボードを叩きながら先程の戦闘の事を考えていた。

 

 死んでいた。

 

 キラが助けてくれなければ、間違いなくここにはいなかっただろう。

 

 自分が守ると言いながら、結局は助けられるなんて情けない。

 

 「……もっと強くならないと」

 

 あの青紫のジンや他のガンダムと戦っても負けないように強くならなければ守る事などできない。

 

 そこでふと先程の戦闘を思い出した。

 

 「そう言えばあの時のキラは凄かったな」

 

 敵を撃退した時のキラの動きは普段とは比べ物にならないほど凄かった。

 

 あれは一体何だったのだろうか?

 

 「アスト、そっちは終わった?」

 

 「ああ、もう終わるよ」

 

 「なら、一度みんなの所に戻ろう」

 

 「そうだな」

 

 作業を終え、キラと居住区に向かう途中で先程の戦闘に関する事を聞いてみる事にした。

 

 「キラ、さっきの戦闘の最後の動きは凄かったけど、あれって……」

 

 「ああ、うん、僕にもよくわからないんだ」

 

 キラはその時の事を思い出すように目を閉じる。

 

 「アストを助けないとって思ったら、なにか弾けたような感覚のあと、目の前がクリアになったっていうか……」

 

 何とも要領を得ないが、キラ自身もうまく言えないらしい。

 

 「そうか。とにかくキラのおかげで助かったよ」

 

 「いや、アストが無事でよかった」

 

 キラは照れくさそうに笑う。

 

 先ほどまで命がけの戦いをしてきたとは思えないほど穏やかな雰囲気だった。

 

 だがそんな雰囲気を壊す叫び声のようなものが聞こえてくる。

 

 「今のって……」

 

 キラと顔を見合せて、歩いて行くと見慣れた少女が叫んでいるのが見えた。

 

 「嘘よ!! パパが死んだかもしれないなんて!!!」

 

 「落ち着けって、フレイ!」

 

 聞こえてきた叫び声はフレイものだった。

 

 普段からは想像もできない程、酷く取り乱しており、それをエフィムが抑えている。

 

 彼女の言葉で何故叫んでいるのか理解できた。

 

 フレイの父親は先遣隊にいた。

 

 そして襲っていたナスカ級がアークエンジェルを追ってきている。

 

 結果がどうなったかなど、誰にでも分かる事だった。

 

 「なんで、なんでパパが!!」

 

 自分達にはどうしようもなかったとはいえ、その姿は堪える。

 

 キラを促し共にその場を離れようとした時、フレイがこちらに気がついた。

 

 エフィムを振り払い、詰め寄ってきた。

 

 「あんた達、どうしてパパを助けてくれなかったのよ!!!」

 

 「フレイ」

 

 普段とは比べ物にならない、凄惨な顔で睨みつけてくる。

 

 あの戦闘ではキラにもアストにもどうしようもなかった。

 

 だがそれを彼女に言っても伝わらない。

 

 大切な家族を失ったというのなら、冷静でいられる筈がないのだ。

 

 「なんとか言いなさいよ!!!」

 

 悲痛な叫びに何も言えず、俯く事しかできない二人に後ろから声が掛けられた。

 

 「その辺にしておきなさい」

 

 「オーデン少佐」

 

 声を掛けてきたのはセーファスであった。

 

 傷に障らないよう、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

 どうやら包帯を変えたらしく、最初見たときほど血が滲んでいなかった。

 

 「アスト君、キラ君、話がある。艦長室まで来てくれないか?」

 

 「あ、はい、わかりました」

 

 「ちょっと待ちなさいよ!! 話はまだ―――」

 

 「その辺にしておけと言ったはずだよ。親を亡くした事はつらいと思う。だからといって彼らを責めるのは筋違いだ。艦の撤退させたのは私だからね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、フレイの表情が変わる。

 

 悲しみから、怒りの表情へ、そのままセーファスに詰め寄った。

 

 「なっ!? あんたが!!」

 

 「なんでフレイの父さんを助けなかったんだよ!!」

 

 エフィムの糾弾にもセーファスは表情を変えることなく淡々と答えた。

 

 「そうしなければここにいる全員が死んでいたからだ」

 

 話は終わりだとセーファスはそのまま背を向けて歩き出した。

 

 「2人共、行こう」

 

 「は、はい」

 

 チラリとフレイ達を一瞥するとそのままセーファスについていく。

 

 「あの、少佐、いいんですか? あのまま放っておいて」

 

 「今、何を言っても彼女には伝わらない」

 

 確かにそうかもしれない。

 

 あの取り乱しようでは何を言っても無駄。

 

 しかし放っておいてもいいのだろうか?

 

 何と言うか放っておくと余計な揉め事が起きる気がするのだが。

 

 同じような事を考えているのか、キラも暗い表情で押し黙っている。

 

 このまま黙っていても仕方ないので気になっていたことを聞くことにした。

 

 「あの、話ってどんなことですか?」

 

 「ん、ああ、今の状況をどうにかするための話し合いだよ」

 

 つまり作戦会議ということだろうか?

 

 「まあ、行けばわかるよ」

 

 何も言わないセーファスの後について艦長室まで歩いて行った。

 

 

 

 

 「申し訳ありせん、クルーゼ隊長。1機は撃墜、3機損傷、1名戦死させてしまいました。この責任はすべて私にあります」

 

 「……まさか、お前の機体に傷をつけるとはな」

 

 ヴェサリウスのブリッジではユリウスが先程の戦闘の報告を行っていた。

 

 今回の作戦自体は成功である。

 

 だがユリウスからすれば戦死者まで出してしまったのは失態以外の何ものでもない。

 

 現に血が滲むほど強く拳を握っていた。

 

 それだけ責任を感じているという事だ。

 

 そんな彼を特に責め立てるでもなく、ラウは労いの言葉を口にする。

 

 「そう気にすることもない。足つきのエンジンにダメージをあたえただけで十分だ。戦力としてもまだ私のシグーとイージス、ジンもある。問題はないさ」

 

 「……はい」

 

 「お前を損傷させたストライクは警戒すべきだがな」

 

 表情からして納得していないようだ。

 

 しかし立場を弁えこれ以上は何も言わずに一歩下がった。

 

 話の区切りのついたところで、アデスが話に入ってくる。

 

 「隊長、ラクス様の事は―――」

 

 「ラクス嬢の探索も行うさ。そのために1隻はあの宙域に残してきた。我らは足つきを仕留めた後で参加すればいい。ただラクス嬢の事は足つきも関係しているかもしれないからな」

 

 「隊長、それはどういうことですか?」

 「月に向かう途中にはデブリ帯がある。追われている足つきからすれば、身を隠すには絶好の場所、そしてユニウスセブンもその中だ」

 

 ラウの推論にアデスは思わずぎょっとした。

 

 あり得ないと言いたいところではあるが、そう言われればそんな気もしてくるから不思議だ。

 

 「では、まさか足つきにラクス様が……」

 

 「その可能性もあるということだよ」

 

 それだけ言うとラウは自分の席に座り、今後の事を思案し始めた。

 

 

 

 

 アークエンジェルを追うヴェサリウスの格納庫では戦闘を終え帰還していたジンのパイロット、シリル・アルフォードが損傷した自機を見上げていた。

 

 その表情は険しく、ユリウスと同じく血が滲むほどの力で拳を握っている。

 

 彼もまた仲間想いの男だった。

 

 シリルはユリウスと僚機を務める事もある優秀なパイロットであり、それは先の戦闘で死んだクードも同じ。

 

 ユリウスとあれほどの連携をとれるものはクルーゼ隊には隊長のラウを除いて彼らしかいない。

 

 シリルが考えていたのは先ほどの戦闘の事だった。

 

 敵をあそこまで追い詰めながら倒すこともできず返り討ちに遭い仲間をみすみす殺されてしまった。

 

 許せるはずはない。

 

 それは敵だけの事ではない。

 

 不甲斐無い自分自身もだ。

 

 「シリル」

 

 「アスランか。機体の状態はどうだった?」

 

 「ああ、こっちは問題ない。そっちは?」

 

 「あれを修理するくらいなら、新しい機体を用意した方がいいと言われたよ」

 

 やや苦笑しながらシリルは再び機体を見上げ、そして静かに決意を口にする。

 

 「あいつらは必ず倒す、必ずだ!」

 

 その言葉を聞いたアスランに一瞬複雑な感情が浮かびあがる。

 

 シリルの言う倒す者の中にはキラも含まれているからだ。

 

 しかし彼の言う事も分かる。

 

 だからこそこれ以上犠牲が出る前に、そして取り返しのつかなくなる前にキラを連れ戻さなければならないのだ。

 

 アスランは辛そうな表情を浮かべたが、すぐに引き締めると頷いた。

 

 「……ああ、そうだな」

 

 あれだけの力を持った機体を放っておくことなどできないのだ。

 

 プラントを―――仲間を守るためには。

 

 

 

 

 呼び出されたアストとキラは緊張感の漂う艦長室の中で成り行きを見守っていた。

 

 正面の机にはマリューが座り、その対面の左右にはムウとナタル、セーファスがいる。

 

 「それで少佐、皆を集められた理由はなんです?」

 

 黙っていても仕方ないと思ったのか、意を決してナタルが話を切り出した。

 

 「もちろんこの状況を打開するための話だ。その前に二人に今の現状を説明したいんだけど構わないかな?」

 

 「ええ、問題ありません」

 

 マリューは頷くも、ナタルは不満そうな顔を隠さない。

 

 彼女からすると正規の軍人でもなく、コーディネイターのアスト達がここにいるのが不満なのかもしれない。

 

 「現在、アークエンジェルがナスカ級に追われている事は知っているね?」

 

 「はい」

 

 「アークエンジェルはエンジンに損傷を受けたが、被害自体は軽微。しかしエンジン出力に影響が出てしまい、このままだと逃げきれない。私達を迎えにきた先遣隊はおそらく全滅し、他の援軍も来ないとは言えないが必ず来るという確証もない。何より援軍が来るより前に追いつかれるだろう。そこで何か手を打たなければいけないと、ここまでが現状だ」

 

 追撃されているのは知っていたが、そこまで切羽詰った状況とは―――

 

 避難民がこの状況に気がついていないのは幸いだった。

 

 これまでの戦闘で避難民のストレスは限界に近い。

 

 下手をするとパニックになる可能性すらある。

 

 「それでどうしようというんです?」

 

 キラの質問に皆がセーファスを見る。

 

 「……ラクス・クラインをナスカ級に引き渡す」

 

 「な、どういうことですか!!」

 

 思わずナタルが大声を上げる。

 

 声こそ上げなかったがこの部屋に居いる全員が驚いていた。

 

 それを見越していたセーファスはナタルに向き合うと手で制した。

 

 「落ち着け、バジルール少尉。ちゃんと説明する」

 

 「も、申し訳ありません」

 

 その言葉に冷静さを取り戻したナタルは流石に気まずかったのか頬を赤くし謝罪すると、一歩下がる。

 

 「ラクス・クラインがプラントにとって重要な存在である事は明白だ。追ってきているナスカ級もおそらく彼女の探索に来た部隊だろう。その彼女を引き渡すから動きを止めろと要求すればナスカ級も止まる。もちろん止めなければ命の保証はないと脅す必要はあるが」

 

 「しかし、それでは敵がが彼女を奪還した後、こちらがやられるだけです!」

 

 「もちろん黙って引き渡す訳じゃない。引き渡しで動きを止めたナスカ級をランチャー装備のストライクで狙撃する。ランチャーストライカーなら可能だろう」

 

 確かにアグニなら直撃させれば撃沈も出来る。

 

 だがこの作戦には当然リスクも伴う。

 

 「危険ですよ! もし失敗すれば―――」

 

 失敗すれば足の止まったアークエンジェルは包囲され、撃沈されてしまうだろう。

 

 しかしセーファスは特に表情を変える事無く言い放った。

 

 「それはこのままでも同じだ。だが今の私達には他に有効な打開策はない」

 

 その通りだ。

 

 この場の誰もが他の策など思いつかない。

 

 「キラが狙撃役なら俺は?」

 

 「アスト君にはイレイズでラクス・クラインの引き渡し役をしてもらいたい」

 

 「わかりました」

 

 「それからもう1つ。もしストライクによる狙撃が失敗した場合は君がナスカ級に損傷を与えること」

 

 「待ってください! 少佐、それは……」

 

 今度はマリューが声を上げた。

 

 確かに引き渡す際に敵艦に近づくことにはなるが、その分危険も大きい。

 

 下手をすれば敵の攻撃によって離脱できなくなるかもしれない。

 

 「これはあくまでも失敗した時の話だ。それにもしもの備えは必要だろう」

 

 「……はい」

 

 それから具体的な作戦を詰めていく。

 

 まずイレイズにラクスとレティシアを乗せてナスカ級に向かう。

 

 この時に受け渡す相手を指定するのだが、イージスに決まった。

 

 何故イージスかといえば、万が一の時に戦闘には参加させない為である。

 

 流石にラクス・クラインを乗せたまま戦闘は行えないだろう。

 

 そして同時にストライクはランチャーを装備し船外に出る。

 

 アークエンジェルの陰に隠れて見つからないように待機し、ムウのゼロもストライクと同じように待機しておく。

 

 これは敵がこちらと同じく奇襲をしてきた時、敵を足止めにしストライクが攻撃するまでの時間を稼ぐためだ。

 

 「―――以上だ。何か質問は?」

 

 「彼女達には誰が伝えるんです?」

 

 「というか素直にこちらの言うことを聞いてくれますか?」

 

 ナタルが懸念を口にする。

 

 彼女達が大人しく事らの言う事に従うとは考えづらい。

 

 最悪、無理にでも言うことを聞いてもらわないといけなくなる。

 

 そうでなければアークエンジェルが沈んでしまうのだ。

 

 「……俺とキラで伝えます。何度か話もしていますし。これは彼女達にとっても悪い話じゃない」

 

 「うん。そうだね」

 

 アストとキラはあれから何度か食事を運んでそのたびに話をしている。

 

 地球軍の士官が行くよりは話もしやすいだろう。

 

 「では頼む。1時間後に作戦開始だ」

 

 「「「了解」」」

 

 艦長室を出たアストはキラと共にその足で士官室に向かう。

 

 「でも、なんて言って話せば」

 

 キラの懸念は尤もだった。

 

 数回話をしてある程度仲良くなったとは思う。

 

 それでも彼女達はプラントの人間なのだ。

 

 自国の軍隊に攻撃する作戦に協力してくれるかはわからない。

 

 「正直に言うしかないと思う。彼女達からすれば助かるチャンスだから拒否はしないはずだ。それにラクスさんはともかくレティシアさんはこちらが隠しても気がつきそうだしな。そうなって協力してもらえない方がまずいと思う」

 

 「うん」

 

 もちろんそれでうまくいくかはわからない。

 

 それでも彼女たちに無理やり言うことを聞かせるようなことはしたくなかった。

 

 それにキラやセーファス達には言ってないが彼女達には頼みたいこともある。

 

 士官室の前までたどり着くとやや緊張気味にキラが声を掛けた。

 

 「あの、キラですけど、入ってもいいですか?」

 

 「キラ様ですか? どうぞ」

 

 向こうからの返事を聞いて扉を開いた。

 

 「あら、アスト様も一緒でしたのね」

 

 「ええ、2人に話があったもので」

 

 ラクスとレティシアが顔を見合わせるのを見ながら、できるだけ落ち着いて今の状況と作戦について説明する。

 

 もちろん今まで伏せていた自分たちがモビルスーツのパイロットである事も明かした。

 

 流石に驚いていたが、嘘はつかないと決めたばかり。

 

 余計な不信感を抱かれるよりはマシであると揉め事を覚悟して説明する。

 

 「という事なんですが」

 

 キラの説明を聞き終えたラクスの表情はいつも通りだが、レティシアの表情は硬い。

 

 「1つ聞きたいのですが、どうしてそんな話を私達にしたのですか? わざわざそんな話をしなくても銃を突きつけて言うことを聞かせようとか思わないのですか?」

 

 その方が手間もかからない。

 

 わざわざ説明し、協力を頼む理由など無いのだから。

 

 「できればそんなことはしたくありません。それにこれは2人にとっても悪くない話です。このままアークエンジェルと一緒に月に連れていかれるよりはずっといい」

 

 「……確かにそうですね」

 

 月に連れて行かれればどうなるかは、レティシアも重々承知済みである。

 

 だからこそその前に脱出を図るつもりだった。

 

 そういう意味ではこの話に乗らない手はない。

 

 罠であったとしても、このままよりはずっと離脱できる可能性は高くなる。

 

 「それに、その、実は今の話とは別にお願いがあるんです」

 

 アストの発言に今度はキラも驚いてアストを見つめた。

 

 何を頼むつもりなのだろうか?

 

 「ラクスさん達を引き渡すイージスガンダムにはキラの昔からの友達が乗っているんです。名前はアスラン・ザラ。このまま彼とキラを戦わせたくないんです。せめて今でもキラは彼の事を友達だと思っている事だけでも伝えてもらえませんか?」

 

 そう言ってアストは頭を下げた。

 

 「アスト、僕はもう覚悟しているから」

 

 「いや、それでも友達だろ。あいつはお前をつれて行きたがって―――」

 

 「前も言ったけど僕は行かないよ」

 

 キラは前から覚悟は決めている。

 

 敵がアスランであろうと戦うと。

 

 だが実際に対峙した時に同じ様に言えるか内心不安だった。

 

 アスランとの思い出が消えた訳ではないから。

 

 しかし前の戦闘でのアスランとの会話で迷いはなくなった。

 

 少なくともアストを撃つと言ったアスランと行く事はない。

 

 「そうですか。アスランと……」

 

 「知っているんですか?」

 

 「はい、将来私が結婚する相手ですから」

 

 「「えっ!?」」

 

 知り合いなのも驚いたが、まさか婚約者とは。

 

 何と言うか偶然にしても出来過ぎている気がする。

 

 「優しいのですが、とても無口な方で。でもこのハロを下さいました」

 

 彼女の手の中で『ハロ、ハロ』と喋っているロボを見つめる。

 

 どうやらあのペットロボは彼の自作のものだったらしい。

 

 「そうですか。僕のトリィ、えっと鳥のペットロボなんですけど、それも彼が作ってくれたんですよ」

 

 「まあ、そうなのですか?」

 

 目を輝かせるラクスにキラは機会があれば見せると約束している。

 

 本当にそんな機会が訪れるのであればだが。

 

 「アスト君。君がどうしてそこまで?」

 

 今まで黙っていたレティシアが真剣な目でこちらを見つめてきた。

 

 疑問も当然かもしれない。

 

 会って間もない人間に頭を下げてまでこんな事を頼むなんて。

 

 アストはそれに笑って答える。

 

 「友達で戦わずに済むならそれに越したことはありませんから」

 

 どこか儚いような笑みを浮かべるアストがレティシアには酷く危ういものに見えた。

 

 酷く無理をしているとそんな気がした。

 

 「君は―――」

 

 「俺の事よりどうするのか決めてください」

 

 考えるまでも無い。

 

 2人はお互いを見て頷き合う。

 

 「そうですね、わかりました。その話を受けましょう」

 

 特に揉める事無く話が纏まった事にアストもキラも安堵の表情を浮かべた。

 

 それよりも先程からレティシアはアストの事が気になるのかジッと見ている。

 

 ちょっと居心地が悪いが気が付かないふりをした。

 

 今はそれどころではないのだから。

 

 2人を引きつれて格納庫に向かう。

 

 もちろんそのままという訳にはいかないので、ロッカールームに入り宇宙服を取り出す。

 

 「えっと、これに着替えてくれますか?」

 

 キラが宇宙服を渡すがラクスの服を見て服の上からは、無理な事に気が付いたようだ。

 

 彼女はロングスカートで上から着るのは難しい。

 

 レティシアの方は短めのスカートなので問題ないようだが。

 

 「ではこうしましょう」

 

 アスト達の視線に気が付いたのかラクスは笑みを浮かべるといきなりスカートを脱ぎ始める。

 

 ピンクの下着が一瞬見えたので咄嗟に視線をそらした。

 

 「なっ!」

 

 「ちょっと!」

 

 「ラ、ラクス、なにしてるの!? 君たちは早く出て!」

 

 「は、はい」

 

 レティシアに急かされ、慌ててロッカールームを飛び出した。

 

 「ハァ、まったく」

 

 「あはは、驚いたね」

 

 「笑いごとか!」

 

 はっきり言って全然笑えない。

 

 本当に彼女には驚かされる。

 

 心臓に悪い。

 

 さっきの光景を出来るだけ思い出さないようにしながら、アスト達もパイロットスーツを着こむと、自分の機体に乗り込んだ。

 

 「2人共しっかり掴まってください」

 

 「ええ」

 

 「わかりました」

 

 流石に3人が乗り込むと狭い。

 

 だが問題はそこではなくアスト以外は年頃の、しかも美人の女性である。

 

 ドキドキしながら余計な事を考えないようにOSを立ち上げて、発進準備を進めていく。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「い、いえ、なんでもありません!」

 

 若干声が裏返ってしまう。

 

 余計な事は考えるな。

 

 自分にそう言い聞かせ、作業を終えるとキラに通信を入れた。

 

 「……よし、キラ聞こえるか? こちらの準備は終わった」

 

 「うん、こっちも大丈夫」

 

 《アスト、キラ、作戦開始よ。イレイズはカタパルトへ》

 

 「了解!」

 

 アネットの管制に従いイレイズをカタパルトまで移動させ、そして機体を発進させた。

 

 「アスト・サガミ、行きます!!」

 

 発進時のGの後、目の前に宇宙空間が広がる。

 

 そのまま機体を反転させると追ってきていたナスカ級を目指した。

 

 作戦ではストライクはそのままアークエンジェルの陰に待機するはずだ。

 

 アストは緊張を逃すように息を吐く。

 

 アークエンジェルから離れ、全周波でナスカ級に通信を入れる。

 

 「こちらは地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツ、イレイズガンダム。ラクス・クライン嬢及び護衛の女性を同行している。この2名を引き渡したい」

 

 あらかじめ言うことは決めていたので詰まることもない。

 

 「ただし、ナスカ級は艦を停止。イージスガンダムが単機で来ることが条件だ。これが守られない場合は彼女達の命は保証しない」

 

 

 

 

 「隊長の言う通り、足つきにラクス様が……」

 

 アデスが酷く動揺したように呟いた。

 

 それは他のクルーたちも同じである。

 

 自分達の探していた人物が敵艦にいるとは思っていなかったからだ。

 

 「どう思われますか、隊長?」

 

 「十中八九、何かの作戦だろうな。イレイズのパイロットの独断というのも否定はできないが」

 

 ユリウスの問いにラウはあくまで冷静に答える。

 

 保護していたラクス・クラインをこんな形で、今引き渡す理由など限られている。

 

 ラウはあえて断定こそしなかったが、間違いなく敵の策だと分かっていた。

 

 そこに待機していたアスランからブリッジに通信が入る。

 

 《隊長、行かせてください!》

 

 「待て、まだ本当にラクス様かどうかも―――」

 

 「いいだろう、許可する」

 

 《ありがとうございます!》

 

 通信が切れるとアデスがなにか言いたげにこちらを見てくる。

 

 「そんな顔はよせ、アデス。艦を止めて、私のシグーを用意しろ」

 

 「よろしいのですか? ストライクも確認されていませんが?」

 

 「こちらにとってもチャンスであることも確かだよ。ユリウス、あとを頼む」

 

 「了解しました」

 

 

 

 

 ナスカ級を視認できる位置まで辿り着いたイレイズのコックピットに甲高い警戒音が鳴る。

 

 正面に見えるナスカ級から発進した赤い機体、イージスがこちらに近づいてくるのが見えた。

 

 イレイズの手前まで来るとギリギリの位置で停止する。

 

 アストはビームライフルを敵機に向けると通信機に向け、声を掛けた。

 

 「コックピットを開け!」

 

 ハッチが開きヘリオポリスで見た赤いパイロットスーツが見える。

 

 「お前がアスラン・ザラか?」

 

 「そうだ」

 

 何回か戦闘で聞いた声が返ってくる。

 

 硬い声なのは罠ではないかと警戒しているのだろう。

 

 今さらながらキラが来た方が良かったのかもしれないと思う。

 

 これがおそらく親友と話す最後の機会になるからだ。

 

 一応キラに受け渡し役と代わるか聞いたが、伝言を頼まれただけで断られてしまった。

 

 「何か話してください」

 

 「え?」

 

 「顔見えませんから、ラクスさんが乗ってることを伝えないと」

 

 言いたいことが分かったのか、顔を綻ばせ相手に向かってひらひら手を振る。

 

 こんな時まで彼女らしい仕草に笑みが浮かんだ。

 

 「こんにちは、アスラン。お久しぶりですわ。レティシアも一緒ですよ」

 

 「確認した」

 

 「では、彼女達を引き渡す」

 

 アスランがコックピットから出てくる。

 

 それを見たアストは座席から二人の背中をイージスの方へ押し出した。

 

 2人はコックピットの所にたどり着くと、こちらを振り返る。

 

 「アスト様、ありがとうございました。キラ様にもありがとうと伝えてください」

 

 「わかりました。ラクスさんもお元気で。レティシアさんも」

 

 「ええ、アスト君も無理をしては駄目ですよ」

 

 思わず笑みが零れた。

 

 まさかこちらが気遣われるとは思っていなかった。

 

 「……お前がキラの言っていたアストか?」

 

 「そうだ。アスト・サガミだ」

 

 「……前も聞いたな。お前もキラもコーディネイターなのに何故地球軍にいる?」

 

 「俺もキラも別に地球軍じゃない。だが守りたいものがある。そう言うお前は何故戦う?」

 

 「俺の母はユニウスセブンにいた! これ以上地球軍の、ナチュラルの好きにさせないためだ!!」

 

 「なるほどな。……俺も昔、大事な友人を亡くしたことがある。お前の痛みがわからない訳じゃない」

 

 聞かなければよかった。

 

 アストは若干後悔する。

 

 相手の事情など知らない方がいい。

 

 これから先、確実に殺し合う事になるのだ。

 

 これ以上深入りする前に伝えるべき事を伝えよう。

 

 「キラから伝言ある」

 

 「ッ!?」

 

 それを聞いたアスランは息を飲んだ。

 

 「《僕は君と行く事はない》とのことだ」

 

 「そうか……」

 

 明確な拒絶の意思。

 

 アスランの中の希望は砕かれた。

 

 なら言うべき事は1つである。

 

 上官との約束を口に出すことで誓いに変えて、アスランは顔を歪めて叫んだ。

 

 迷いを振り切るために。

 

 「ならばお前も、そしてキラも俺が討つ!!」

 

 「本気か? キラは友達じゃなかったのか?」

 

 「あいつがこちらに来ないなら敵として撃つ。お前もだ!」

 

 どうやらラクスに頼んだ事も無駄だったらしい。

 

 アルテミスに向かう際の戦闘で話した時から思っていた。

 

 こいつとは決して―――

 

 「キラから話を聞いた時はお前と友達になれるかもしれないと思った。でも……」

 

 アストははっきりと言い放つ。

 

 お互いの立場を明確にする為に。

 

 「俺とお前は相容れない。お前にキラは討たせない。キラを討つというなら―――」

 

 相手の顔は見えないが、アストは決意をこめて相手を睨みつける。

 

 「お前は俺が討つ!!」

 

 アスランもまた目の前の相手を睨んだ。

 

 これ以上言うことはない。

 

 アストはイレイズのハッチを閉じるとイージスから離れた。

 

 

 

 

 「敵機、イージスより離れます」

 

 その報告を聞いたラウは即座に指示を出す。

 

 「エンジン始動、アデス、回避運動だ。撃ってくるぞ」

 

 そう言うと同時にラウのシグーが発進する。

 

 「隊長!?」

 

 「アスラン、ラクス嬢を連れ帰還しろ」

 

 ラウはアークエンジェルに一直線に向かっていくが、そこにイレイズが立ちはだかった。

 

 「アークエンジェルには行かせない!」

 

 アークエンジェルの方にはキラが敵艦狙撃のためアグニを構えているはずだ。

 

 今は気づかれる訳にはいかない。

 

 ビームライフルでシグーを狙う。

 

 だがそれを容易く回避したシグーは突撃銃で反撃してくる。

 

 その動きには見覚えがあった。

 

 あの青紫のジンの動きによく似ていたのだ。

 

 「この動きはあのパイロットなのか? いや、どこか違う」

 

 「君との手合わせは初めてかな、アスト・サガミ君!」

 

 卓越したシグーの動きに翻弄されながらもアストはなんとか食らいついていく。

 

 重斬刀をシールドで防御すると反撃としてブルートガングで斬りつける。

 

 「なるほどいい動きだ。ユリウスの言う通りか」

 

 腕を上げてきているという事だろう。

 

 ニヤリと笑みを浮かべると突撃砲を構え、イレイズを狙い撃つ。

 

 アストは正確な射撃による一撃をスラスターを噴射させ咄嗟に後退する事で避けた。

 

 前のような作戦に嵌る訳にはいかない。

 

 「俺がナスカ級に損傷を与えないといけないかもしれないんだ。迂闊に攻撃も受けられない」

 

 シグーをイーゲルシュテルンで牽制しながら距離を取った。

 

 

 

 

 敵艦からの動きはアークエンジェルでも掴んでいた。

 

 「ナスカ級、エンジン始動!」

 

 「モビルスーツの発進を確認!」

 

 「キラ君! フラガ大尉!」

 

 マリューが二人に呼びかける。

 

 「はい!」

 

 「了解!」

 

 ストライクとゼロが作戦を開始する。

 

 すでに船外で待機していた二機は機体を立ち上げた。

 

 装備は予定通り、ランチャーストライカーである。

 

 キラはスコープを引き出し、ナスカ級を狙いアグニを構える。

 

 「坊主あとは任せたぞ!」

 

 「はい!」

 

 そう言ってムウも敵艦より発進し、イレイズと戦闘中のシグーに向う。

 

 スコープ内をのぞき込み、ターゲットをロックしながら、トリガーに指を掛ける。

 

 だが敵艦もこちらの意図に気がついていたのか、回避運動を取っていた。

 

 「逃がすわけにはいかない!」

 

 回避先を計算し、トリガーを引くとアグニを発射した。

 

 凄まじい閃光がナスカ級を襲う。

 

 しかしスラスターを全開にしたナスカ級がビームを掠めながらも回避に成功する。

 

 「避けられた!?」

 

 このままではアストが危険だ。

 

 再度アグニを構えるとナスカ級に照準を合わせた。

 

 その時だった。

 

 イレイズと戦闘していたシグーが距離を取って反転し帰還していったのだ。

 

 「え、なんで」

 

 思わず追撃することも忘れ呆然としてしまう。

 

 ナスカ級はシグーを回収すると攻撃してくる事無く撤退していく。

 

 「どういうことかはわからんが、もういいぞ。追撃して藪蛇はつまらんしな」

 

 「は、はい」

 

 敵側に何があったのかはわからない。

 

 もしかするとラクスがなにかしてくれたのだろうか。

 

 キラはそんな事を考えながら帰還してくるゼロとイレイズを見つめていた。




オリキャラも増えてきたし、キャラ紹介とか出したほうがいいですかね。


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