機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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第8話   姫と騎士

 

 

 

 

 今、士官室の中では微妙な空気に包まれていた。

 

 ナタルは頭を抱え、ムウは呆れた顔を、そして同じくマリューもまた二人と同じ心境である。

 

 理由は目の前にいる少女達だ。

 

 こちらに微笑んでいるピンク色の髪をした彼女はラクス・クライン。

 

 その名の通り、プラント現最高評議会議長の娘である。

 

 そして後ろに控えた少女はその護衛役でレティシア・ルティエンス。

 

 彼女の方は護衛役というだけあって警戒を崩していない。

 

 その立ち振る舞いには隙がなく、何らかの訓練を受けている事が分かる。

 

 もしかするとザフトに所属しているのかもしれない。

 

 ただその彼女にしてもラクスには振り回されているらしく、その言動にため息をついていた。

 

 マリューは心情をできるだけ、表に出さぬ様に務めながら質問する。

 

 「何故そのような方が、このような場所に?」

 

 「私達はユニウスセブンの追悼慰霊のための事前調査に来ていましたの」

 

 「……その時に地球軍の船と遭遇しまして、臨検すると言われたのでそれを受けました。しかしささいな事から諍いが起きてしまい、私とラクス様がポットに入れられ脱出したのです」

 

 「皆さんが無事だと良いのですが……」

 

 その言葉にマリュー達には何も言えなくなった。

 

 彼女達の乗った船がどうなったかなど、考えるまでもない事だったからだ。

 

 しかしいくら戦争が激化しているとはいえ民間船にまで手を出す者達がいるとは。

 

 様々な感情を吐き出すようにため息をついた後、士官室にいるように言って、部屋の外に出る。

 

 もちろん出られないように鍵を掛けてだ。

 

 「補給の問題が解決したと思ったら、今度はピンクのお姫様とそれを守る騎士様か」

 

 ムウの軽口を聞き流しながら、ブリッジに戻ったマリューはラクス達の処遇に頭を抱えていた。

 

 正直、現在のアークエンジェルには彼女らに構っている余裕はない。

 

 本来なら監視として部屋の前に警備兵でも置かなければならないのだろうがそれすら難しい。

 

 補給は終了しデブリを抜けて月に向かう進路をとっているが、ザフトの追跡がない訳でもないだろう。

 

 「で、どうすんの?」

 

 「このまま月へ連れて行くしかないでしょう」

 

 ナタルの言葉にマリューは身を固くする。

 

 「そりゃ、大歓迎されるだろうな。クラインの娘だしね」

 

 プラント最高議長のクラインの娘。

 

 その肩書きだけでも十分に利用価値がある。

 

 間違いなく政治的に利用される事になるだろう。

 

 マリューとしてはできればそんな目には遭わせたくはないが―――

 

 「……ともかく少佐にも報告しましょう」

 

 怪我をしているセーファスに負担は避けたいのだが、報告しないわけにもいかない。

 

 足取り重くブリッジを後にした。

 

 

 士官室に残されたラクスはモニターを覗き、船外の様子を眺めている。

 

 その様子を見ながらレティシアはこれからの事に思考を巡らせていた。

 

 はっきり言って頭が痛い。

 

 最初に地球軍に遭遇した時も運がないと思ったが、脱出して拾ってくれたのもまた地球軍の艦とは。

 

 「どうかしまして、レティシア?」

 

 「これからどうしようかと考えていました。いつまでも此処にはいられませんから」

 

 レティシアは先ほどまでとは違い、柔らかい雰囲気でラクスに答える。

 

 本来レティシアは穏やかな性格であり、ラクスとは出会った時から気があった。

 

 それゆえ二人は主従というより姉妹のような関係―――家族のようなものだ。

 

 それだけにレティシアはこの少女を護衛役とは関係なく守りたいと思っている。

 

 しかし状況はまずい。

 

 この艦がどこに向かっているにせよラクスは最高評議会議長の娘。

 

 地球軍の者なら政治的に利用しようと考えて当たり前だ。

 

 下手をすれば殺される可能性もある。

 

 だがそれだけは絶対にさせない。

 

 「そうですね。……もう少し様子を見ましょうか」

 

 レティシアは先程の士官達の様子やここに来るまでの事を思い出す。

 

 地球軍の艦にしてはここはかなり緩く、自分やラクスにも軽い身体検査はしたものの、拘束している訳でもない。

 

 なにより部屋の前には見張りの気配もない。

 

 それだけ余裕がないのか、それとも……

 

 何にせよ動きたくとも情報が足りない。

 

 「そうですね。今はまだ動けない……」

 

 とりあえずなにが起きても動けるようにしておく必要がある。

 

 ただでさえ狭いポットに入れられて体が痛いのだ。

 

 今は体を休めることにして、椅子に座った。

 

 

 

 

 

 アストとキラが機体の整備を終えて、食堂に顔を出すと二つのトレイを囲んでいる皆の姿が見えた。

 

 何をしているのだろうか?

 

 キラと顔を見合わせ、そのまま歩み寄る。

 

 「何やってんの?」

 

 「お、二人共。ちょうどいいや」

 

 「えっ」

 

 トールがニヤリと笑うとアスト達にトレイを押しつけてきた。

 

 「何これ?」

 

 「お前が拾ってきた二人の食事だよ。持って行くように頼まれたんだけど、俺達ブリッジに上がらないといけなくてさ」

 

 「悪いけどお願いできるかしら」

 

 アネットも気まずそうに言ってくる。

 

 彼女は責任感も強い。

 

 だから自分が任された事をアスト達の押し付ける形になるのが嫌なのだろう。

 

 「本当はトールが行きたがったんだけどね」

 

 「カズイ、余計なこと言うなよ」

 

 「え、なんで?」

 

 「だって、すげー美人らしいじゃん。ピンクの髪の子もいいけど、金髪の方もいいよなぁ」

 

 だらしない顔をしているトールに冷やかな視線を送るアネット。

 

 トールは忘れているのか?

 

 アネットはミリアリアの親友だって事を。

 

 忠告すべきかと悩んだが、どうやら遅かったらしくアネットが迫力のある表情で一歩前に出る。

 

 「全く男って……トール、ミリィに言っておくからね」

 

 「えぇぇ、ちょ、ちょっと待って、ミリィに言うのは勘弁してくれ!  怒ったらすげー怖いんだよ」

 

 「そんな事知らないし」

 

 さっさと歩いていくアネットを情けない表情でトールは必死に追いかけていく。

 

 その様子を見て皆が笑みを浮かべた。

 

 「あはは、じゃ俺も行くよ」

 

 「ああ、また後で」

 

 カズイも笑いを堪えながら二人の後を追って行った。

 

 「それじゃ、俺達も持っていくか」

 

 「うん、そうだね」

 

 キラと彼女達がいる士官室に向かうが、アストには若干心配事があった。

 

 「……プラントの人間か」

 

 今から会いに行くのはプラントの人間、典型的なコーディネイターなら正直あまり関わりたくない。

 

 「アスト?」

 

 「いや、いい人達だといいなと思ってさ」

 

 「そうだね」

 

 格納庫で見た2人の様子を思い出す。

 

 1人はおっとりとした感じで争い事には無縁そうに見える優しげな少女。

 

 もう1人は護衛役ということで冷たい感じの少女だったが、どちらも見た感じでは差別などする様な人物には見えなかった。

 

 だが人は見た目では判断できない。

 

 慎重に接しなければいけないだろう。

 

 そんな事を考えているうちにいつの間にか士官室にたどり着いていた。

 

 「すいません。食事を持ってきたのですが、入っても大丈夫でしょうか?」

 

 「どうぞ」

 

 許可をもらい中に入るとそこには格納庫で目撃した少女が見惚れてしまうくらいの愛らしい笑顔を浮かべていた。

 

 手にはあの球体のペットロボを持っており、『ハロ、ハロ』と音を出している。

 

 実際キラなどその笑顔に見とれているらしい。

 

 立ち止まっているキラを肘でつついて入るように促すと我に返ったように背筋を伸ばした。

 

 「あの、食事を持ってきました」

 

 「ありがとうございます」

 

 部屋に入ってトレイを机の上に置く。

 

 余計な面倒事が起きる前に出ていこうとするとピンクの髪をした少女の方に呼び止められる。

 

 「あの、よろしいですか?」

 

 「何でしょう?」

 

 「私達も皆さんと一緒にお話ししながら頂きたいのですが」

 

 「えっ」

 

 彼女は状況が解っていないのだろうか?

 

 普通、コーディネイターが地球軍の艦をうろついて、みんなと一緒に食事がしたいなどと言わない。

 

 ナチュラルの苦手なエルザも出来るだけ人の少ない時に食事をとっているくらいだ。

 

 思わず後ろにいる護衛の少女の顔を見ると、呆れた顔をしている。

 

 どうやら素で言っているらしい。

 

 天然という奴だろうか。

 

 それを聞いたキラが目を逸らした。

 

 「……ここは地球軍の艦ですし、その、コーディネイターの事あまり好きじゃないって言う人もいるから」

 

 エフィムやフレイと鉢合わせしたらどんな揉め事になるかは考えたくもない。

 

 あの2人は間違いなく騒ぎを起こす。

 

 「そうですか、残念ですわね……」

 

 少女の悲しそうな表情に気が咎めたのだろう。

 

 キラが慌てて取り繕った。

 

 「あ、いや、その僕たちでよければ話相手くらいにはなりますけど……ね、アスト」

 

 「え、そうだな。話をするくらいなら別に構わないけど……」

 

 そう言うと嬉しそうに花が咲いたような明るく微笑みかけてきた。

 

 「まあ! 本当ですか? ありがとうございます。あなた達は優しいんですのね」

 

 「え……」

 

 少女からすれば何気ない言葉だったのだろう。

 

 だがそれは今の自分たちには堪える言葉だった。

 

 これまでの事を考えれば―――

 

 「いや、えっと、僕は……僕もコーディネイターだから」

 

 「……そうだな。俺もそうだし」

 

 揉め事が起こるかもしれない。

 

 自分達は裏切り者だと告白したのだから。

 

 でもアストにはキラの気持ちが痛いほど理解できていた。

 

 キラがコーディネイターである事を話したのは、良心の呵責に耐えられなかったのだろう。

 

 これまでの事に後悔はない。

 

 そうしなければみんな死んでいたのだ。

 

 だが、それは彼女たちには関係ない事である。

 

 ここに来るまでどんな事情があろうと自分達は彼女達の仲間を殺めたのだ。

 

 だからこの少女の純粋な笑顔は眩しすぎる。

 

 優しいなんて言葉は逆につらい。

 

 だからコーディネイターである事をバラしたのだろう。

 

 正直な話、思いっきり罵倒されるだろうと思っていた。

 

 だが彼女の口から発せられたのは意外な言葉だった。

 

 「あなた達が優しい事に、それは関係ないと思いますが?」

 

 「えっ」

 

 彼女の顔には侮蔑も嫌悪も何もない。

 

 純粋な笑顔を浮かべたままである。

 

 こんなことを言われるとは思っていなかった。

 

 キラも意外そうな顔で彼女を見ている。

 

 「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はラクス・クラインと申します。こちらは私の護衛のレティシア・ルティエンス」

 

 「よろしくお願いします」

 

 『ミトメタクナイ』

 

 「そしてお友達のハロです」

 

 ハロがラクスの手から離れて、耳をパタパタさせながら飛ぶ。

 

 こんなのが頻繁に部屋を飛び回ったらさぞかし邪魔だと思う。

 

 だが二人は慣れているらしく気にしていない様子だ。

 

 なのでこちらも出来るだけ気にしないように視線を戻した。

 

 「は、はい。僕はキラ・ヤマトです」

 

 「アスト・サガミです」

 

 「よろしくお願いします、キラ様、アスト様」

 

 何というか、様をつけられるのは正直照れる。

 

 できれば普通に呼んでもらいたいが、嬉しそうなラクスを見ると言える訳もなく、仕方ないと諦めることにした。

 

 「じゃあラクスさんはプラントでは有名な人なんですね」

 

 「ええ、歌姫ラクス・クラインといえば知らない人はいないくらいですよ」

 

 「それは大袈裟です、レティシア」

 

 部屋に来る前にアストが危惧したような事はなく、士官室は穏やかな雰囲気に包まれている。

 

 先ほどキラが提案した様にラクス達が食事をしている間、話し相手を務めているのだが、この二人は思った以上に話しやすい相手だった。

 

 特に意外だったのが護衛役のレティシアである。

 

 格納庫で見た時は護衛役に徹していたからか酷く冷たい印象だったが、今は優しい表情が印象的だった。

 

 アストたちよりも年上ということで、ラクスと話をしている様子はまさに妹の面倒を見る姉のようだ。

 

 こんな人達もいる。

 

 プラントの人間によくない感情を抱いていたアストにとって嬉しい誤算とでも言えばいいのだろうか。

 

 どんな経緯であれそれが分かったのはよかった。

 

 「……ところで1つ聞いてもいいでしょうか?」

 

 「何ですか?」

 

 「2人はどうして地球軍に入ったのですか?」

 

 レティシアの疑問はごく当り前のもの、最初に聞かれなかったのが不思議なくらいである。

 

 現在の地球とプラントの関係からすれば、アストやキラのようなコーディネイターが地球軍にいるのはおかしいと思うだろう。

 

 イージスのパイロットもそう思ったからこそ聞いてきたのだ。

 

 『何故地球軍にいるのか』と。

 

 「……僕たちは地球軍に入った訳じゃないですよ。巻き込まれたんです」

 

 「巻き込まれた?」

 

 「ああ、実は―――」

 

 ヘリオポリスで起きた出来事からこれまでを説明する。

 

 念のためモビルスーツに乗っている事などは伏せたが。

 

 「では他のみなさんはヘリオポリスからの避難民なのですか……」

 

 「ええ、そうです」

 

 「それであなた達も協力してるんですね」

 

 事情を知った彼女達の表情が曇る。

 

 ヘリオポリスを破壊し、この状況を作ったのが自国の軍隊であると知れば当然かもしれない。

 

 それにしてもこの2人はナチュラルに対する偏見のようなものは持ってはいないらしい。

 

 「……本当にラクスの言った通りですね」

 

 「えっ」

 

 「あなた達は優しくて、そして勇気がある人だという事です」

 

 レティシアの笑顔に思わず見とれてしまった。

 

 隣に座っているキラなど照れてしまって顔が赤くなっている。

 

 「その、僕なんて何も、アストがいなかったらどうなっていたか」

 

 「それは俺のセリフだよ。キラがいなかったらきっとここまでできなかった」

 

 「2人は仲が良いのですね」

 

 暗くなっていた部屋の雰囲気が2人のおかげで明るくなった。

 

 そのまましばらく話し込んでいるとふと気がつく。

 

 そういえばかなり長い時間、居座っていた。

 

 話の区切りも付き、2人の食事も終わっているし、ちょうどいいかもしれない。

 

 「キラ、そろそろ戻ろう」

 

 「そうだね。では、僕たちはこれで」

 

 「はい、またお話しましょうね」

 

 ラクスの言葉に頷き、トレイを持って部屋を出る。

 

 ここに来るまでの不安も完全に消えており、アストは軽い足取りで歩き出した。

 

 

 

 

 アストとキラが部屋を出ると、再びラクスと2人になったレティシアは腕を組み今の話を頭の中でまとめていた。

 

 2人の話が本当だとすれば、この艦には最小限の軍人しかいないことになる。

 

 もしそうならばこの監視の緩さにも説明がつく。

 

 だが今の話を鵜呑みにもできない。

 

 何故なら彼らはコーディネイターであるからだ。

 

 地球軍の士官たちに正確な情報を与えられていない可能性も十分にある。

 

 「レティシアはどう思いました、彼らの事を?」

 

 「えっ、そうですね……」

 

 いきなりの質問に面食らうが、先ほどまでの事を思い出す。

 

 「さっき言った通りですよ。優しい勇気のある子達だと思います。友達思いですしね」

 

 話した印象や彼らの様子からレティシアはそう感じていた。

 

 どんな状況でもコーディネイターがナチュラルの、しかも地球軍の艦の手伝いなどしない。

 

 だが、あの2人は違う。

 

 そんな事は関係なく自分のできる事をしているのだ。

 

 それだけでも人柄は信用できるし、好感も持てた。

 

 「そうですか」

 

 ラクスはいつものように優しい笑顔を浮かべる。

 

 どうやらラクスも良い印象を持ったようだ。。

 

 「それにしても中立のコロニーを崩壊させるなんて」

 

 「そうですわね」

 

 「詳しいことはわからないですが、そんな無茶な事をするのはクルーゼ隊しかありませんね」

 

 特務を任せられるエリート部隊としてクルーゼ隊はプラントでも有名であり、その強さ故に地球軍にも名が通っている。

 

 しかしもう1つ彼らを有名にしている要因が存在する。

 

 それは敵に対して容赦がなく、どのような犠牲も厭わないという事であった。

 

 その行動に疑問を持つ人もいるが、同時に多くの戦果を挙げているため誰も咎められない。

 

 そしてこの艦がそんなクルーゼ隊と関わっていたなら、

 

 「もしかすると厄介なことになるかもしれない……」

 

 そんな嫌な予感が拭えなかった。

 

 

 

 

 「なるほど、クラインの娘か……」

 

 医務室で休んでいたセーファスはマリューからラクス達の事に関して報告を受けていた。

 

 「申し訳ありません。指示を仰がず勝手に―――」

 

 「いや、むしろ保護して正解だった」

 

 特に非難するような事も無く、ベットの上で考え込むように顎に手を当てる。

 

 「少佐?」

 

 「いや、なんでもない」

 

 セーファスもまたマリューと同じく彼女を月に連れて行くことに若干の抵抗を感じていた。

 

 連れて行けばどうなるかは考えるまでもない。

 

 彼はどんな理由であれ、民間人が巻き込まれることを良しとしていない。

 

 たとえそれがコーディネイターでもだ。

 

 しかしだからと言って現実が見えないわけでもない。

 

 ストライクとイレイズのパイロットに民間人を乗せていることに異論をはさまないのもそうだ。

 

 しばらく考え込んでいたが、そのまま険しい顔で告げる。

 

 「近くに強行偵察型のジンがいたということだが、まず間違いなく彼女を探していたんだろう。デブリ帯に偵察機を送る理由は多くはない。つまり彼女はプラントにとって重要な存在という事だ」

 

 「その彼女を探すために派遣したジンも戻らないということになると……」

 

 「まさか、部隊が派遣されてくるということでしょうか?」

 

 「その可能性があるということだよ。彼女を保護してなければそれには気がつけなかった。派遣されてくるのはそれほどの規模ではないと思いたいがね。とにかく囲まれる前にこの宙域から離れた方がいい」

 

 「り、了解しました」

 

 その時、医務室に備え付けてある通信機が鳴る。

 

 ナタルがそれを取りしばらく会話をしていたが慌てて振り返った。

 

 「艦長! 少佐! 第8艦隊の先遣隊より通信が入ったとブリッジから連絡が―――」

 

 「なんですって!」

 

 「急ぎブリッジの方へ来てほしいそうです」

 

 「……私も行こう」

 

 「少佐!?」

 

 「戦闘をするわけではないだろう。問題ないさ」

 

 確かに階級的に上であるセーファスが居てくれた方が円滑に話が進むだろう。

 

 そう結論を出したマリューはセーファスに肩を貸し、支えながらブリッジへと向う。

 

 ブリッジに入るとノイマン達がモニターに張り付いていた。

 

 《……こちら第8艦隊先遣隊モントゴメリ。アークエンジェル応答……》

 

 そこから聞こえた声に思わずマリュー達も駆け寄る。

 

 「ハルバートン准将の部隊だわ」

 

 「位置はわかるか?」

 

 「まだ距離はあるようですが……」

 

 「けど合流できれば、少しは安心にできますね」

 

 皆の表情が緩む中でセーファスだけが厳しい顔を崩さない。

 

 「少佐?」

 

 「いや、このまま何事もなく行ければいいと思っただけだよ」

 

 このまま上手く合流できればいい。

 

 だが救助したクラインの娘の事もある。

 

 もしも彼女を探索するための部隊と遭遇したなら―――

 

 ともかく今できる事はこのまま無事合流できるように祈ることぐらいしかなかった。

 

 

 

 

 先遣隊との合流の話はすぐ艦全体に広がりクルー、避難民共に安堵した空気が流れていた。

 

 あと少しでこの状況も終わる。

 

 そう考えれば皆の気が緩むのも当然であった。

 

 それはヘリオポリスから巻き込まれてきた、トール達も同じ事。

 

 いや、戦闘にも参加して来た彼らだからこそ余計に気が緩むのだ。

 

 これでようやく慣れない戦場ともオサラバできる、命のやり取りから解放されるのだ。

 

 「はぁ~、やっとだよ」

 

 「うん、そうね」

 

 「そういえば、先遣隊にフレイのお父さんがいるとか聞いたけど。サイは知り合いなんでしょ」

 

 先程連絡が取れた先遣隊には一緒にフレイの父親のジョージ・アルスターが同乗していた。

 

 はっきり言ってしまえばかなりの親馬鹿。

 

 先ほども通信で顔が見たいなどと言っていたのだが、流石に公私混同という事で許可されなかった。

 

 「知り合いっていうか、二、三回会ったことあるだけだよ」

 

 「フレイには言わなくてもいいの?」

 

 「さっき言ったよ」

 

 そんな事を話しているとアストとキラが入ってくるのが見えた。

 

 どうやらトレイを持っているので、また士官室の彼女達に食事を持って行ったのだろう。

 

 最初はトール達が任された事だったのだが、いつの間にか二人の役目になっている。

 

 いや、トールはミリアリアに散々怒られたため、もう交代してくれと言えなくなってしまっただけだが。

 

 「アスト、キラ! 実はさ……」

 

 「うん、そこで聞いた。先遣隊と合流するって」

 

 「そっか」

 

 持って来たトレイを片づけると皆の居る近くの席へ座る。

 

 「エルザは?」

 

 「エリーゼと居住区の方にいたわよ」

 

 最後まで気を抜かないという事なのだろう。

 

 いかにも彼女らしいと言えばらしい。

 

 そんな事を思いながら全員の顔を見渡すとトール達はどこかホッとした表情をしている。

 

 いままで慣れない艦の仕事や戦闘による緊張の連続で張りつめていた。

 

 ようやく一息つけたというところだろう。

 

 そんな穏やかな雰囲気の中、エフィムとフレイが食堂に入って来るのが見えた。

 

 こちらを見つけると、あからさまに嫌な笑みを浮かべて近づいてくる。

 

 普段は碌に近づいてもこないくせに、一体何の用なのだろうか?

 

 エフィムが何か言う前に、トールが警戒しながら話しかける。

 

 「……何だよ、なんか用か?」

 

 「そんなに邪険にするなよ。ただパイロットの2人にお礼でも言おうと思ってなぁ」

 

 「お礼?」

 

 「ああ、今まで俺たちの為にありがとな」

 

 どう聞いても、嫌味にしか聞こえない。

 

 一緒に聞いていたトールやアネットも先程までとは一転して不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

 「そうね。パパの船が来たら、あんた達もお払い箱だし。助けてくれたことだけは感謝してもいいわ」

 

 「何よ、その言い方は! 2人がいなきゃあんた達も―――」

 

 「だから、礼を言っただろうが。ま、用はそれだけだ」

 

 エフィム達はそのまま離れて違う席に向かう。

 

 「アストがアルテミスでひどい目にあったのはあの二人の所為なのに」

 

 「本当に相変わらず……」

 

 「まあまあ、もうすぐなんだしさ」

 

 空気が悪くなったところをサイが苦笑しながらも宥めていく。

 

 

 

 この時は、本当にもうすぐだと信じて疑わなかった。

 

 

 

 それが甘かったと誰もが思い知ることになる。

 

 

 

 

 先遣隊がアークエンジェルへ通信を入れる少し前、宇宙を航行している部隊を捉えた艦があった。

 

 クルーゼ隊の艦『ヴェサリウス』である。

 

 ラクス捜索の任を負った彼らは先行し探索を行っていた艦と合流し、デブリベルトに向かい航行していたのだが、その途中で地球軍の艦隊を捕捉したのだ。

 

 「こんな場所で何を?」

 

 アデスの疑問は当然だった。

 

 このあたりには本当に何もなく、精々デブリベルトが近いくらいである。

 

 その疑問にラウが独り言のように呟いた。

 

 「……足つきがアルテミスより脱出した後、月に向うにはどうするかな」

 

 ユリウスも同じ事を考えていたのか、すぐに淡々と答える。

 

 「補給と出迎えの艦艇といったところですか……」

 

 「だとしたら、見過ごすわけにもいかんな」

 

 「我々がですか? しかし……」

 

 今のクルーゼ隊の任務はラクスの探索である。

 

 優先すべきはそちらではないのか。

 

 だがラウは気にした様子もなく、いつもと変わらぬ笑みを浮かべる。

 

 楽しむかのように。

 

 「無論ラクス嬢探索の任務を放棄するわけではないさ。しかし我々は軍人だからな。あれを見過ごすことはできないのだよ。 ……私も後世の歴史家に笑われたくはない」

 

 「隊長」

 

 「どうした?」

 

 ラウが指示を出そうとした時ユリウスが遮る。

 

 「私に考えがあります」

 

 「考え?」

 

 「はい。ジンを三機ほど使わせてもらいたいのです」

 

 「……いいだろう。任せる」

 

 「はっ」

 

 敬礼を取り、作戦の準備をする為、ユリウスはブリッジを後にする。

 

 

 再びあの艦、そして因縁の相手との戦いがそこまで迫っていた。




次は戦闘です。

うまく書けてると良いのですが。

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