ペルソナ4→3   作:第7サーバー

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再投稿。
この作品の目玉コミュの一つ。
タイトルは作者の中の幾月さんがそうしろと言ったらしいです。


5月10日(日):愚者×愚者

2009年5月10日(日)

 

「ねえ、鳴上くん。コミュちょうだい?」

「は?」

 

悠は湊の言葉に目を丸くした。

話の流れからそういう話になるのも分からなくはないが、まさかこうまで直接的に言われるとは思わなかったのだ。

話は少し前に遡る――。

 

 

「誰もいない……な」

 

朝――目覚めた悠は、身支度を整え、ラウンジに姿を現すと、その状況を見て呟いた。

いつもならいくら休日とはいえ、この時間帯には誰かしらいるのだが……先の影時間の影響で、みんな疲労しているのだろう。

特に大型シャドウの討伐に向かった者たちはそれも仕方がない。

悠は体質の問題なのか、そこまで疲労を感じるようなことはなかった。

だがそれでも、先の影時間が大変な状況だったという感想に違いはない。

なので、みんなの体調が悪いようなら、通販で手に入れたツカレトレールを渡そうかと思うのだが、鳥海に1個あげたので、残りは2個しかない。

元々3個セットだったのだ。

しかし、その考えは杞憂に終わった。

パタパタと悠に続きラウンジに姿を現した湊は、疲労を感じさせない明るい顔をしていたのだ。

 

「おはよう。有里」

「おはよっ! 鳴上くんっ!」

「――元気だな。影時間の疲労はないのか?」

「うんっ。この前通販でツカレトレール頼んだから!」

 

……どうやら、湊も時価ネットの利用者だったようだ。

 

「そうか。俺も頼んだよ。あと2個残ってるから、他のみんなが疲労してるようだったら、あげようと思ってる」

「そうだねっ! というか、鳴上くんも時価ネット利用するんだ? 良いよね~あの歌! み・ん・な・の、欲の友~!」

「あ、ああ。そうかな?」

「だよねっ! ――そだっ。鳴上くんには、これを進呈~!」

 

湊はごそごそと何かを取り出すとそれを悠に渡した。

 

「ストラップ?」

「そっ! 私が作ったんだよっ!」

「作った?」

 

湊から渡された物は“和布のストラップ”。

和布の花飾りと、同じく和布で作られたジャックフロストのストラップ……これを自分で作ったというのは凄い。

手作りのストラップといえば悠も“キュートなストラップ”を持っているが、それと比べても……いや、完成度はそちらのほうが高かったが、こういうのは気持ちの問題であって、比べるものじゃないなと悠は反省した。

 

「うんっ! 家庭科室に“ファッション同好会”ってのがあってね。そこで作ったの!」

「ああ……そういえばフランス語で、そんなことが書いてあったな」

「あ、鳴上くんもあの張り紙読んでたんだ? 私もそれで興味を持って、せっかくだから入ってみたのっ!」

 

お礼を言って、ストラップを受け取った悠を、湊はにこにこして見ている。

しかし、不意に首を傾げた。

 

「あれー?」

「どうかしたのか?」

「うーん……これでもダメかー……」

 

尋ねる悠の言葉が耳に入っているのかいないのか、湊は何やらぶつぶつ呟いている。

 

「ダメって何が?」

「へっ、あ、ううんっ! こっちの話……っていうか、もしかしてだけど、鳴上くん、コミュって知ってる?」

「コミュ? それって、ペルソナ――失われた力を取り戻すために必要な他者との絆のことか?」

 

悠はコミュと言われて、近頃たまに頭に響くようになったあの声のことと結びつけた。

 

「わっ、なんか知ってたっ!!? ベルベットルームは知らなかったのにっ! ……でも、失われた力?」

「俺はそう認識してるが」

「ふーん……それはともかくっ! 知ってるなら話が早いっ!」

「なんのことだ?」

 

悠が不思議そうな顔をすると、湊は無邪気な顔をしてそう言ったのだ。

 

「ねえ、鳴上くん。コミュちょうだい?」

「は?」

 

そうして話は現在に戻る――……。

 

 

「ちょうだいって、コミュってそうやって築くものじゃないと思うんだが」

「だって、鳴上くんのコミュ欲しいっ!」

 

ずずいっと顔を寄せてそんなことを言ってくる湊に、悠は若干後ずさる。

 

「そう言われてもな……」

「うぅ……ゆかりや順平とは築けたのに、鳴上くんの意地悪っ!」

「意地悪って……」

 

悠は湊の勢いに辟易しながらも、順平とのコミュも築いたのかなんてことを頭の片隅で思う。

“クラスメイト”のコミュが発生した場には順平もいたが、あれは順平のことも含まれていたりするのだろうか。

 

「ストラップもあげたのにっ!」

「そういう問題じゃない。人との絆をコミュだけで測るのは良くないと思うぞ」

「べ、別にいつもじゃないよ……でも、コミュがあると仲良くなれてるって実感があるから……」

 

湊は目を逸らすと、ちょっと気まずそうに呟いた。

 

「まぁ……確かにその気持ちは俺も分からなくはないが」

「だよねっ! だったらコミュちょうだい!」

 

悠がフォローすると湊がキラキラした目で詰め寄ってきた……。

悠は堪らず溜息を吐く。

その時――。

 

我は汝…、汝は我…汝、新たなる絆を見出したり…絆は即ちまことを知る一歩なり。汝、“愚者”のペルソナを呼び出せし時、我ら、失われた力を解放せん…

 

>“愚者”属性のコミュニティである“有里湊”のコミュを手に入れた!

>鳴上悠の失われた力“愚者”属性のペルソナの一部が解放された!

>有里湊との合体攻撃“ミックスレイド”が解禁された!

>有里湊との合体攻撃“ミックスレイド”に新たな可能性が追加された!

 

ペルソナ全書を見ると、“ヨモツシコメ”が追加されている。

ヨモツシコメは湊も使っていたことがあるが、悠のシャッフルタイムにはまだ出てきていなかった。

だが、その時の湊のヨモツシコメのアルカナは“隠者”だったはずだ。

ピクシーの時と同じようなことが起こっているのだろうか。

そう思ってペルソナ全書を少し捲ってみると、イザナギのスキルも変化している。

“ジオ”が“ジオンガ”に、“スラッシュ”が“パワースラッシュ”になっていた。

これはどう考えるべきだろうか。

初期ペルソナであるイザナギはすでにスキルを8個持っていたし、コミュによる変化はないと思っていたのだが、状況によっては既存のペルソナも強化されることがあるのだろうか。

……ちなみにだが、悠のイザナギは他のペルソナとは違って、完全に悠と成長を同期しているようで、他のペルソナよりもさらに経験値が入り易く悠は主力として使っている。

そのため、この変化は素直に歓迎するところだった。

しかし今回、さらに分からないのは“ミックスレイド”というものの存在なのだが。

 

「――鳴上くん、聞いてるっ?」

「え、ああ。……何だか俺のほうに有里とのコミュができたんだが」

「へっ……?」

 

悠の言葉に湊はぽかんとしている。

そして、爆発した。

 

「えーーーっ!!? なんでーーーっ!!? どうしてそうなるのーーーっ!!? それって、私が攻略される側ってことーーーっ!!?」

「いや、攻略って……」

 

悠がその言葉に突っ込もうとするが、きっ! と湊に睨まれる。

 

「わ、私は……私は! そう簡単に攻略されたりしないんだからーーーっ!!!」

 

そう叫ぶと、湊はどこかへと駆けて行った。

悠はその様子を呆然と見送る。

……そして、しばらく経って正気に戻ると一言呟いた。

 

「そっとしておこう……」

 

>湊との間にほのかな絆の芽生えを感じる…

>湊のことが少し分かった気がした…?

 

 

同日 -夜-【巌戸台分寮 ラウンジ】

 

「……今日はタルタロスに行きます」

 

どこかぶすっとした表情で湊が言う。

 

「えっ、昨日の今日だぜ? 確かに悠に貰ったツカレトレールで疲労感はねえけどよ~」

「何か問題が?」

「い、いや、べつに!」

 

じとっとした視線に愚痴を漏らした順平の腰が引けた。

その様子を見てゆかりが悠に身を寄せる。

 

「ね、ねえ。湊ってばどうしたの? 鳴上くん知ってる?」

「いや……」

 

湊は悠の姿を見て機嫌が悪くなったようだった。

その様子に、今朝のことが未だに尾を引いているのかと思った悠だが、説明できるようなことでもなかった。

 

「そこ! イチャイチャしないっ!」

「い、イチャイチャって……」

 

ゆかりは反論しかけたが湊のただならぬ気配に語尾を弱めた。

 

「――しかし、本当に今日タルタロスに行くのか? 伊織の言葉じゃないが、昨日の今日だ。今日くらい休んでもいいんだぞ?」

 

美鶴のマジメな言葉に、湊のおかしな気配が少し薄れた。

 

「……予感がするんです」

「予感?」

「先に進める気がするんです」

「それは、大型シャドウを倒したからか?」

「そうかもしれません」

 

湊の言葉に美鶴は少し考え込むと、それぞれの顔を見た。

 

「ふむ……。他の者はどうだ? 本当に疲労はないのか?」

「一応身体は問題ないっスけど」

「私も」

「俺もです」

「……俺もだ」

「明彦はまだダメだ」

「くっ……」

 

2年生組の中にちゃっかり紛れてみた明彦だが、美鶴に見咎められる。

明彦は悔しそうだ。

 

「……誰か、一段階上の回復スキルを覚えたりはしていないのか?」

「覚えてないです」

「私も」

「残念ですけど」

「くそっ」

「しつこいぞ。明彦」

 

往生際悪く尋ねる明彦だが、上位系のスキルは、それこそイザナギの“ジオンガ”や“パワースラッシュ”のような攻撃スキルしかまだ発現していなかった。

 

「……ってか、タルタロスのエントランスにある置時計で治せないんスか?」

 

順平がこれって名案じゃね? と提案するが、明彦はそれは試したと首を振る。

 

「無理だった……。というか、あれ自体が俺に反応していない。俺は探索メンバーとして認識されていないのかもしれん」

「あれって登録式なんですか?」

「おそらくだがな。タルタロスで戦う者だけが使える」

「あ、忘れてましたけど、“宝玉輪”とかソーマならありますよ」

「――それだっ!」

 

明彦の怪我に使うという発想がなかったために、出てこなかった案を思いついた湊がそう言う。

どちらも範囲内の味方を回復させるアイテムだが、個人に使えないことはない。

明彦はその案に湊を指差し叫んだ。

しかし――。

 

「ダメだ。明彦の怪我は後少しもすれば治る。これから先に何があるか分からないんだ。貴重なアイテムを消費することは許可できない」

 

これも美鶴が却下した。

言ってることは正論なのだが、納得できない明彦は食い下がる。

 

「今が俺の緊急事態だ!」

「……再び大型シャドウが出てくるならともかく。タルタロスを探索するだけなら四人いれば充分だ」

「だがっ! ――……そうだ。順平。お前、今日は疲れてるんだろう? 寮で休んでいたいよな?」

「へ? いやいやいやっ、ちょっ、真田さんっ!!? なんで拳を握りしめてんスかっ!!?」

 

真顔で迫る明彦の姿に、順平はおもいっきり後ずさった。

 

「――明彦。いい加減にしろ。これ以上ゴネるようなら――処刑だ」

 

その瞬間、天然の氷結スキルが発動された。

明彦の動きがピタリと止まる。

若干身体が小刻みに揺れているようにも見える……震えているのだろうか。

悠は二人が戦っているところをまだ見ていないが、美鶴は氷結スキルを使えて、明彦はそれが弱点な気がした。

 

「し、仕方ないな。俺はお前たちを信頼してるだけだ。――決して、美鶴の迫力に恐れを為したわけじゃないからな!」

 

そうらしい。

 

 

タルタロス -16F-【世俗の庭テベル】

 

「やっぱ閉まってるよ。どうする?」

 

ターミナルで14Fへと一気に上がり、再び16Fへとやって来た四人だったが、その光景を見てゆかりが尋ねる。

 

「んだよ……。結局、無駄足か?」

 

順平が愚痴るがそれは気にせず、湊が行き止まりを調べる。

すると光が消え、バリケードを形成していた机や椅子はがたがたと動き出し、先に続く階段が解放された。

 

「――ほ、ホントに解放されちゃった……。これって昨日の大型シャドウを倒したから?」

『どうだろうな。とりあえず先に進めるようになったのなら、進んでみてくれ』

「了解でーすっ!」

 

 

タルタロス -17F-【奇顔の庭アルカ】

 

「なんかフロアの雰囲気変わったな……」

 

アルカは影時間色の強いテベルとは違い、薄ぼんやりとした赤紫色の背景で、その床も格子模様ではなく、幾何学模様が連続して並ぶような感じだが、その中には騙し絵的な要素もあって、壁には悪趣味な顔のレリーフがこれまた等間隔で並んでいる。

まぁ、テベルが西洋風の城の中のような感じでありながらも、若干学園っぽさもあったのに対して、ここからはもうタルタロスだということを前面に押し出してきたフロアだとでも言えばいいのだろうか。

精神衛生的にはあまり長時間いたくない場所だが、このフロアに足を踏み入れた四人はこれから、こういった場所を探索して行かなければならないのだ。

 

『少し待ってくれ。離れてきたからか、反応が――……いいぞ。先に進んでくれ』

 

美鶴の言葉にフロアの探索を開始した四人は、すぐに何体かのシャドウと戦闘を行うことになった。

 

「シャドウ、ちょっと強くなった?」

 

倒すことは倒したが、その手応えにゆかりが誰にとはなく呟く。

 

「上に行くほど強くなるってか? マジでゲームみたいになって来たな」

「油断せずに行こう」

 

四人は頷き合うとさらに探索を続ける。

だが、上に行けば行くほどに、美鶴の支援情報にタイムラグが出るようになって来ていた。

――それはともかくとして。

 

「“青春のスティック”! 青春ってステキっ!」

「なんなのアレ……」

「機嫌が直ったみたいで良かったじゃないか」

「オレっちでも、湊のたまに出るあのテンションには付いて行けないわ……」

 

金色の宝箱から手に入ったアイテムに湊が機嫌を直したり――。

 

「“ファントムメイジ”は“ムド”に気をつけろ! 喰らったら一発で意識を持って行かれるぞ!」

「どわっ、こっち来んなっ! 悠なら闇属性無効だっつーの!」

 

なんてことがあったり――。

 

「あ、何あの金ぴかっ! 速いよ! あ、逃げるっ!!?」

「――追いかけてっ! 仕留めるよっ!」

 

なんてこともあったりして――。

……25F。

再び、双方向ターミナルと番人シャドウが存在するフロアに出た。

 

『フロア中央に反応が三体! 気を付けろ! 状態に不安があるなら一度戻ってきて回復するんだ』

 

態勢を整える意味も含めて、四人は一度ターミナルでエントランスに戻った。

置き時計で回復したり、ちょっと休憩した後に再び25Fへと向かう。

 

『番人か……倒さなくては先に進めないようだな。アルカナは“魔術師”タイプ。相手は番人だけあって普通のシャドウよりは強いぞ。注意しろ』

 

美鶴はそう忠告するものの――。

 

「“魔術師”ってことはオレっちと同じタイプか。松明みたいなのも浮いてるし、敵の攻撃は火炎属性か?」

「その可能性は高いな。弱点があるなら、順平と同じ疾風か、火炎の逆ということで氷結ってところだろうな」

「あ、ごめん! 私今はヨモツシコメ持ってないから、氷結スキルが使えて火炎に耐性があるペルソナないよっ!」

「とりあえず――イオ!」

 

ゆかりのイオが風を巻き起こすが魔力以上のダメージはなさそうだ。

 

「“ガル”じゃないか……。なら――ジャックフロスト!」

「え、なんでジャックフロスト?」

「俺のジャックフロストならある程度の火炎は避けられる! それに――“ブフーラ”!」

 

悠のジャックフロストは悠のLVが16になった時に解放された。

氷結は無効で、“火炎見切り”というスキルも持つ。

そもそも8個目のスキルに“火炎耐性”というモノを持っていた。

――そして何より、“ブフ”よりも強力な上位氷結スキル“ブフーラ”。

しかも“氷結ブースター”のスキルの効果で威力はさらに上がる。

 

「えーっ! ズルイっ! 私のジャックフロストにそんなスキルどっちもないよっ!」

 

どうやら氷結が弱点という読みは当たりだったらしく、悠が次々に“泣くテーブル”という個体名のシャドウをダウンさせていく。

 

「総攻撃チャンスだ!」

「うーっ、なんか納得行かないけど、総攻撃!」

 

あとは総攻撃を決めてしまえばそれで終わりだった。

美鶴の忠告を必要としないほどに、四人は成長していたのだ。

思ったほどには消耗しなかったことと、悠はイザナギを宿していれば、“勝利の息吹”というスキルで体力や精神力を徐々にだが回復できるので、四人はそのまま探索を続けることにした。

 

……ただ、ここで探索を止めておけばあんなことにはならなかったかもしれないのにと思っても、それは後の祭りであった。

 

 

「こ、これは――……っ!」

 

それは、28Fで起こった。

震える手で湊がそれを目の前にある金色の宝箱から手に取る。

――そして、すっ、とゆかりに手渡す。

 

「ちょっ――はぁっ!!? まさか、これを私に着ろとか言う気じゃ……っ」

 

湊はにっこりと笑うと、グッ! っとサムズアップした。

 

「冗談でしょ!!? それ、どんなイジメよっ!!?」

「い、いやいやいやっ! ゆかりッチ! これもシャドウ討伐のため! タルタロス探索のため! 影時間の謎を解くためだって!」

「うっさい! バカっ! ――なっ、鳴上くんも何か言ってよ!」

 

ゆかりが悠に助けを求める。

しかし、悠は固有スキル“そっとしておこう……”を発動していた。

 

「あ~っ! いつもは頼りになるのにこんな時に限ってっ!」

「悠も男だからな」

「やっぱ、あんたそれ目的じゃん! さっきの理由全部建前じゃないっ!」

「うっ、バレた! ……だがしか~しっ! こっちにはリーダーさまが付いている!」

 

そう言って順平はババッと両腕で大袈裟に湊を示す。

 

「うんっ! リーダー権限発動っ! ゆかりはそれを装備することっ!」

 

湊もそれに応えて足を肩幅に腕を組んで大仰に頷くと、ズビシっとゆかりに指を突きつけて命令する。

 

「だっ、そ、そんなにこれに拘るなら、あんたが着ればいいでしょ!」

「私にはこの“アンゴラニット”があるからっ! 防御力もこっちのが高いし、ぬくぬくしてて、精神力UP!」

 

湊は一人完全に私服に見えるその装備でぬくぬくしていた。

ゆかりは渡された装備との差異に、歯噛みして睨みつけるが、精神力もUPしている湊は正面からスルーした。

 

「じ、自分ばっかり……っ。――き、桐条先輩! 何とか言ってやってくださいよっ!」

『うん? 現場の判断は有里に任せているからな……』

「そこを何とか!」

『ふむ……有里、本人が嫌がっているのだから、その装備は止めておいたらどうだ?』

「桐条先輩!」

 

ゆかりは頼りになる先輩の姿――というか声に瞳を潤ませている。

それは砂漠の中で与えられた水や、飢えた時の一切れのパンのように、ゆかりの中に染み込み、ゆかりの美鶴に対する不信感やらを消し去って好感度を上昇させていく。

だが――。

 

「シャドウ討伐のためです」

『い、いや、だが、しかし……』

「タルタロス探索のためです」

『ほ、本人がだな……』

「影時間の謎を解くためには必要なんですっ!」

 

敗北。

美鶴は湊の勢いだけの押し切りに寄り敗けた。

 

『むぅ……。岳羽――……』

「ちょっ、嘘ですよね? 桐条先輩。まさか順平が言っていたことを繰り返しただけの言葉に桐条先輩は屈したりしませんよね?」

『……すまない。だが、有里がここまで言うからには、その装備の有用性は確かなのだろう。我慢して着てくれ』

 

その言葉に絶望感を覚えたゆかりの中で、上昇した美鶴の好感度が元の位置よりちょっと低いくらいの位置まで急落していく。

上げた後に落とされたのでその振り幅は大きい。

 

「そ、そうだ! リーダー交替! ここからは鳴上くんをリーダーにしましょう!」

「ゆかりッチ……往生際が悪いぜ。 ――つーか、ここに来てそういうこと言うかね。昨日のことで、オレっちもようやく湊がリーダーだってことを認められそうになってたのによ」

「くっ、な、鳴上くんっ!!!」

 

ゆかりは最後の希望に縋るようにもう一度悠に助けを求めた。

しかし、悠は未だに固有スキル“そっとしておこう……”を発動している。

 

「あ~も~っ!!! 着るわよっ! 着ればいいんでしょっ! 着てやるわよっ!」

「よっしゃーっ!!!」

 

ヤケになったゆかりがそう叫ぶと、順平が諸手をあげて喜んだ。

湊も小さくガッツポーズをしている。

 

「あーっ! うっさい! バカっ! 代わりにずっと覚えておくからね! この恨みそう簡単に消えると思わないでよっ!」

『すまない岳羽……。だが、これも必要なことなんだ。……たぶん』

 

美鶴は、その言葉がいずれ自分の首を絞めることになることを、今はまだ知らずにいた。

 

「――ってか、どこで着替えるのよ」

「ここ」

 

その疑問に簡単に返す湊にゆかりは目を剥いた。

 

「はぁっ!!? タルタロス内で着替えろっての!!?」

「うん」

 

武器とか上に身に着けるだけの装備とは違うというのに、それはもうあっさりとした頷きだった。

 

「うん……じゃないわよっ! ~~~っ、服の下からなら……ってか、そうだ! 上に服を着れば、解決じゃない!」

「それはダメ」

 

まさしく名案と、自分の考えに拍手を送ろうとしていたゆかりは、しかし再びたった一言で叩き落とされる。

 

「――何でよっ!」

「それじゃ、装備効果が発揮されないもの。装備は正しく装備しないと」

「……ああ言えばこう言う。――……桐条先輩、ちょっと誘導してください。湊、あんたも来なさいよ。壁と見張り役!」

『あ、ああ。分かった』

「うんっ!」

「あんたのその笑顔……今は凄く殴りたい」

 

そして、男性陣からは陰になって見えない位置でゆかりはその装備に着替えると戻ってくる。

 

「お、おお……」

 

順平はただ頷いた。

 

「……何よ、その反応。何か言いなさいよ」

「いや、まさか、ここまで破壊力があるとは……これはシャドウも目じゃないっていうか……そう! 昨日の大型シャドウ以上!」

 

ぱぁん! 順平の頬に問答無用で平手が飛んだ。

とはいえ、弱点である疾風属性の攻撃を受けるよりはマシだろう。

 

「ぐはっ……褒めたのに……」

「あんなシャドウなんかと比べられて喜ぶ女子がいるわけないでしょ!」

「鳴上くんはどう思う?」

 

悠はその言葉にビクッと身体を上下させる。

湊から難しいフリがきた。

これは今朝や先程のジャックフロストのこともあって、わざとやっているのだろうか。

ゆかりはじっと睨んでいる。

何故か固有スキル“そっとしておこう……”が発動できない。

返答を間違えると順平の二の舞になりそうだ……。

 

 似合ってる              奇声を上げる

 似合ってない             踊り出す

 話を逸らす              お金を払って見逃してもらう

→別の選択肢             →別の選択肢

 

 イザナギで食いしばる         幻想の中のシャドウと戦う

 ピクシーでトラフーリ         幻想の中のタルタロスを探索する

 カーシーで疾風耐性          幻想の中の仲間(相棒)にかばってもらう

→別の選択肢             →別の選択肢

 

 豪傑の勇気をもって立ち向かう     言霊使いの伝達力をもって心に響くポエムを贈る

 タフガイの根気をもって説得する    生き字引の知識をもって古今東西の謝罪方法を試す

 オカン級の寛容さをもって抱きしめる  諦める

→別の選択肢             →別の選択肢

 

「落ち着け」

 

頭の中で次々に増える選択肢のどれも選べずにいると、その言葉が口を突いて出た。

悠が持つもう一つの固有スキルだ。

その場の雰囲気が落ち着いた。

 

「……それで、今の私を誤魔化せると思うの?」

 

しかし、ゆかりからは逃げられない!

その装備――“ハイレグアーマー”を装備して、何か色々なモノを失ったゆかりには通じない……!

回り込まれてしまった!

 

「――は、ハイカラだな」

「ハイカラって……」

 

名前の通りの装備であるハイレグアーマーは確かにハイカラな代物かもしれない。

だが、それを示したところで事態が好転するわけではなかった。

 

「くっ、分かった」

「何が?」

 

冷めた視線を送り続けるゆかりに対して悠は覚悟を決める。

 

「俺もネタ衣装を着る」

「男気の甚平? あんなのじゃ釣り合わないわよ」

「鳴上くんは女装が良いなっ!」

 

……まさか、全てが計算済みだったと言うのだろうか。

湊は無邪気にそんな提案をした。

ゆかりの興味がみるみるその提案に向くのが分かる。

悠はいずれ湊が衣装を手に入れたら、女装をすることを約束させられた。

 

「……頑張らせてもらう」

 

その日は、何だかみんなが色々大変だったので探索を終えることにした。

 

――……影時間が終わる。




この作品の中で“ミックスレイド”は番長とハム子の合体攻撃として扱われます。
一人ではダメなことでも二人ならできる!
この話はきっと、そうやってただ一人で世界を救った“彼”の結末を超えていく物語です。

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