ストライク・ザ・ブラッド 〜同族殺しの不死の王〜   作:國靜 繋

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最初に謝らせていただきます。
那月との入浴描写ほぼカットになりました。
書きたかったけど書けなかった自分の文才の無さに絶望しました。


観測者たちの宴5

現状を一言で言い表すと凄惨という言葉が、一番しっくりくるだろう。

路面は抉れ凍りつき、ビルの壁はひび割れ、付近の信号や街頭は軒並み傾くか凍りついている。

まるで、局地的にハリケーンと大寒波が襲ったかのようだ。

特区警備隊(アイランド・ガード)の主力部隊は壊滅状態。

そして下着のような服を着た女吸血鬼は、半死半生の姿でダアトに踏みつけられていた。

唯一の救いは、浅葱と、彼女が抱いている幼女化した那月の片割れである現状サナと呼ばれている幼女と、アスタルテと幼き日の記憶を持っている幼女化した那月が無傷でだということくらいだ。

誰の仕業かは、訊く必要もないくらい一目瞭然で、古城の叫び声が聞こえる瞬間まで、一触即発状態だったヴァトラーとダアトが原因だ。

 

「やあ、古城」

 

ヴァトラーが汗だくの古城を眺めて、先ほどまで濃密な妖気を発していた人物と同一人物かと疑いたくなるほど、場違いなほどの涼やかな笑顔で呼びかけてくる。

古城は乗ってきた自転車を放り出しながら、疲れたようにため息を吐いた。

 

「呑気に挨拶している場合か!やり過ぎだ、オマエ!」

 

ボクだけじゃないんだけどねェ、とヴァトラーはとても不服そうに首を傾げる。

 

「まあまあ、結果的にみんなを守ったんだからいいじゃないか」

 

「アンタも原因だの一人だろ――ッ!」

 

ジリオラを未だ踏みつけたままのダアトが、古城を落ち着かせようとしたが、逆に再燃かさせてしまった。

ダアトは未だ本気の一割も出していないので、この程度の被害で済んでいるのに何故怒られるのかと不服な表情を浮かべていた。

そもそも、今までのダアトは那月によって施されていた拘束術式で本来の力もそうだが、一部強力過ぎる力を秘めた眷獣の力も大幅に制限または、召喚さえ不可能にされていた。

それが解放されているから自在に行使できるのだが、今現在幼くなっている那月の守護が最優先事項だ。

つまりダアトの強力過ぎる眷獣という手札を十全に発揮できず、むしろ出力のコントロールや勝手気ままに暴れようとするのを制御する必要がある。

 

「えっ!?手加減してたのに?」

 

ダアトが踏んでいるジリオラや氷の彫刻のようになっている特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員たちを見て誰もがえっ!?という表情をした。

そこに含まれていなかったのは、一瞬でも本気で戦おうとしたヴァトラーと幼くなっていたとしてもその力を知っている那月くらいなものだ。

 

「どこをどう見たら、手加減してるといえる」

 

「誰も死んでないじゃん?」

 

ダアトの言った通り、今の所誰も死んではいない。

致命傷を受けた者もいたが、誰一人として殺していないのだ。

それだけで、十分ダアトが手加減している証明になる。

もし最初から遊ばず本気でいたなら、それは戦闘とも戦争とも言えない、一方的な虐殺、蹂躙、殺戮といった言葉が適切だろう。

それ程までに、ダアトとその他との戦力差が離れているのだ。

ここで疑問に思ってくるのが、何故那月がダアトに対して拘束術式を施すことが出来たか、ということになるのだが、案外単純なことだ。

天上天下唯我独尊な性格が入りだし、那月が”空隙の魔女”と呼ばれるほどの腕前になった時、那月が上目使いで、

 

「ダアトとずっと一緒にいたいから、お願いしたいことがあるんだけど」

 

といわれて、一も二もなくOKしてしまったのが原因だ。

天上天下唯我独尊な性格の那月が上目使いでデレた言い方をしたら誰だっていいって言ってしまうだろっと、ダアトは思っていたりする。

 

 

閑話休題

 

 

踏みつけていたジリオラの左腕に嵌められていた、鉛色の手枷が発光する。

そこから吐き出された銀色の鎖に絡め取られて、ジリオラの姿はすぐに消滅した。

監獄結界へと引き戻されたのだ。

それを見たヴァトラーが、感心したようにうなずいて、

 

「へぇ……監獄結界の脱獄防止機構が動いているのか。キミのおかげでなかなか面白いものが見れたよ、古城。やはりこの島は退屈しない」

 

「勝手に喜んでろ……!」

 

呆れ顔でそう吐き捨てて、古城は浅葱たちの方へと駆け寄って行った。

ヴァトラーから決して意識を外さずに、ダアトも那月とアスタルテの元へと歩み寄った。

 

「大丈夫だったか?那月、アスタルテ」

 

特区警備隊(アイランド・ガード)が装備している武器は対魔族用特殊加工呪術弾を使用している。

いくら眷獣を身に纏った状態だったとはいえ、アスタルテも相当なダメージを受けているはずだ。

 

「肯定。ただし戦闘続行は困難。一定の休息が必要です」

 

「うん。わたしは大丈夫だよ」

 

アスタルテは疲れ切った表情で返事をし、那月は屈託のない笑みを浮かべて返事をした。

アスタルテは吸血鬼化した恩恵で幾許か回復が早くなったとはいえ、元のベースが人工生命体(ホムンクルス)、それも人工的に眷獣を移植されたとても特異なケースだ。

人が吸血鬼にされるのとは勝手が違うらしくまだ完全に吸血鬼になり切れてはいなかった。

屍食鬼(グール)にならないだけマシではあるが……。

 

「そうか、よかった。あとはあっちか……」

 

ダアトは那月とアスタルテの無事を確認すると安堵し、那月の片割れであり今はサナと呼ばれている幼女の方を見た。

向こうも自分の手の届く範囲内で保護したいと思っているダアトだが、肝心の記憶そのものがない以上どうしようもない。

無理矢理連れて行くということも出来なくはないが、流石にやり過ぎだということはダアトでも分かることだ。

だが、このまま那月(サナ)を放っておくことの方がダアトにとって、もっと出来ないことだ。

 

「古城、那月ちゃんを引き取りたいんだが」

 

「確かにあんたの所に居るのが一番安全だろうけど……」

 

古城が言い淀んでしまったのも仕方ないことだ。

古城自身負傷しているし、何よりダアトの力を何度も目にしている以上、ダアトの元にいる方が那月(サナ)の身を守るためにもそちらが良いと理解は出来ている。

だが、肝心のサナは浅葱の服の裾を掴んで離れようとしない。

これではどうしようもできない。

 

「やはりその子らは、南宮那月だったか。そうか、つまり脱獄囚たちの目的は、”空隙の魔女”の抹殺か」

 

古城と浅葱のやり取り、そしてダアトが二人のことを那月と何度も言っていたことから推測したヴァトラーは、二人が南宮那月本人だという確証を得た次の瞬間――。

 

「はは……ははははは……はははははははははははははは!」

 

ヴァトラーは突然吹き出し、まるで別人のような本気の大笑いをし、苦しげに両腕で腹を押さえ、身体をくの字に折って笑い出した。

”旧き世代”の吸血鬼の中でも恐れられている貴族としてあるまじき大爆笑だ。

それ程までに今の那月の姿は、彼にとって予想外だったのだろう。

 

「まったく、何て姿だ。見る影もないな、”空隙の魔女”――あはははははは」

 

「ヴァ……ヴァトラー……?」

 

古城が困惑の表情で呼びかける。

 

「このバカは放っておけ」

 

「バカとは酷いな」

 

眼の端に浮いた涙を拭いながら反論してきたヴァトラーだが、未だ笑いを堪えているのが見て取れる。

 

「那月、いやサナちゃん。俺と一緒に来てくれないかな?」

 

ダアトは、那月(サナ)と目線を合わせるために膝をついた。

那月(サナ)もダアトと目を合わせて来てくれたが、そこには一切の曇りも澱みもない、まさに純真無垢な瞳だった。

一緒にお風呂に入ったり、一緒のベットで寝たりと意味深なことで、邪な考えをしていたダアトは、先ほどの戦闘で一切ダメージを受けなかったの、純粋な瞳でダメージを受けていた。

そして、子供とは時として想像以上に邪なことに敏感だ。

那月(サナ)もダアトの邪な考えを察したのか、浅葱の服の裾を引っ張って「ママ……」といった。

 

「ははははは、どうやら嫌われたようだね。どうだい、ボクが代わりに預かろう」

 

「……は?」

 

「おい……」

 

「もちろんキミも一緒に来ればいいよ。その方が愉しめそうだしね。これで大丈夫でしょう?ボクはアナタと違って今の南宮那月には興味はないですよ」

 

ダアトの真意を察しているのか、いないのかは、分からないがヴァトラーはどうやら本当に今の那月には興味ないらしい。

そもそもヴァトラーは、異性という存在よりも自分と対等以上の者にしか興味を持たない。

他に興味を持つとしたら、暇つぶしになるようなことくらいだろう。

 

「……その言葉を信じろと?」

 

「ボクとしては信じてもらうしか出来ないね。それに脱獄囚たちの狙いが彼女なら、連中はまた必ず襲ってくる。市街地にいれば、一般人を捲き込むかもしれない。それよりは安全だと思うが、どうかな?」

 

ヴァトラーを信用する気は毛頭ないダアトだが、ヴァトラーの提示している条件は、デメリットよりもメリットがあるのは確かだ。

”戦王領域”の貴族というのは、それだけで敵対する者に対して脅威となる。

特にダアトという存在を公に晒したくない者達の手によって、”あの戦争”はなかったことにされている。

つまり、ダアトという存在の危険性を今の世代は知らないのだ。

知っているのは、本当に極一部か、あの戦争を生き残った魔族位なものだろう。

 

「……いいだろう。ただしもし那月に何かあった時は俺がお前を消すからな」

 

「ははははは、そうならないように心がけるよ」

 

ヴァトラーは、口ではこう言いつつも、実際は何かあってダアトと本気で戦うのも有りかと内心思っている。

それに気づかないダアトではないが、もしヴァトラーが那月に何かしようとしたら間違いなく古城が邪魔するだろう。

古城でも、最悪時間稼ぎ程度にはなるだろう。

その時間があればダアトは、那月(サナ)の元へと急行できる。

 

「じゃあ、古城くれぐれも、那月のこと頼むからな」

 

ダアトが自分に那月のことを頼むといったことに、古城は驚いていた。

ダアトが那月の傍らに常にいることは、”仮面憑き”の事件の時から知っている。

そして、何より那月のことを大切に思っているかも古城は分かっているつもりだ。

 

「アンタが、那月ちゃんを他の人に任せるとはね」

 

「俺も本来なら一緒にいたいのだけどね。あの様子を見てしまった以上ね……」

 

未だサナの方はダアトのことを警戒してか、浅葱の背からこちらを覗き込むように見ているだけで決して、浅葱の背から出てこようとはしない。

その様子を見て、古城も納得したようだ。

 

「それに、俺はあいつの船に乗りたくないからな。だから後は、任せた」

 

古城の肩を叩くと、ダアトは皆の目の前で頭から無数の真っ赤な蝙蝠へとなり、全身が真っ赤な蝙蝠へとなった時には一匹一匹を数えることさえ馬鹿らしい程の数へとなった。

その蝙蝠たちは、那月とアスタルテを中心に渦巻くと、空へと飛び去って行った。

全ての蝙蝠が飛び去り見晴らしがよくなり、渦の中心だったところを見ると、那月とアスタルテの姿は既に跡形もなく消え去っていた。

 

 

 

 

 

夜空の闇に紛れるように飛び去ったダアトは、那月とアスタルテを連れ、那月の家へと帰ってきた。

那月の家へと着くと、玄関口で真っ赤な蝙蝠が渦巻、晴れた時にはそこに、那月とアスタルテを抱きかかえた状態のダアトが立っていた。

 

「さて、着いたよ」

 

抱きかかえていた那月とアスタルテを降ろした。

 

「わあ~おおきなおうちだね!!」

 

那月は目を輝かせながらいった。

何だかんだで無駄にデカい家は、小さくなった那月の目から見て小さな城に見えるほどの物だった。

ダアトが、二人を連れ玄関を開けようとした時だった。

いつもは那月が鍵を開けてくれていたし、ダアト自身つい先ほどまで眠って(死んで)いたのだ。

家の鍵など持っている必要がなかったし、そもそも那月に鍵をもらった記憶もない。

壁を抜けて鍵を掛けるという手もなくはないが、そんな犯罪じみた真似を那月に見せるわけにはいかない。

さて、如何したものかと立ちすくんでいると、アスタルテが前に出てどこから取り出したのか分からないが、鍵を取り出し開けてくれた。

 

「すまんな……」

 

「問題ありません。事前に渡されていましたから」

 

抑制のきいた声でアスタルテは返答した。

ダアトはそうか……と、どこか落ち込んだ面持ちでいたが、那月の手を引いて家へと入った。

そこでも那月は豪華な内装に目を奪われていた。

その様子をダアトは、ただただ微笑ましく思っていた。

 

「健康維持のためにも、入浴を推進します」

 

帰宅後すぐにどこかへと駆けて行ったアスタルテが、置くから戻って来た。

確かに地下共同溝を通ったり、連戦したことで土ぼこりを被ったりしている。

このままでは、那月の衛生上よろしくないことだ。

大義を得たとばかりにダアトは内心喜んでいたが、二つ問題がある。

それは、どうやって一緒にお風呂に入るかということと、日ごろダアトが用意したパジャマを着てくれない、那月にどのパジャマを着させるかということだ。

今さら那月の記憶が戻った後、アスタルテがどのように報告しようと結果が変わらないなら、今を十分楽しんだ者勝ちだよな、とダアトは既に諦めと悟りの境地に立っていた。

ある意味経験の成せる業だ。

 

「そうだな」

 

「じゃあ、ダアト一緒に入ろう!!」

 

どうやって誘おうかと考えていたダアトにとって、まさに天の助けといえた。

 

「そうか、じゃあちょっと那月の分の着替えも取って来るからちょっと待っててね」

 

ダアトは、急いで那月に着せたかったパジャマの中から一番着せたかった奴を取りに急いだ。

ネグリジェも着せて見たいが、今の那月に着せるには余りにも良心が痛むので今回は断念することにしたダアトは、とあるパジャマを二つ程引っ張り出した。

下着も今の那月に合うサイズのを持って行った。

ここで大事なのは、今の那月に合うサイズの下着をダアトが何故持っているかということになるのだが、それはいつも通り、那月が捨てる前に回収したからに他ならない。

むろん那月はこの事を知らない。

 

「っと、お待たせ」

 

一連の動作終了までの時間、7.32秒ジャスト。

無駄な所でスペックを披露するダアトだった。

そして、那月の手を引いて浴場へと向かった。

 

 

 

脱衣所についたダアトは、ここでアスタルテが着いて来ていることに気が付いた。

那月と久しぶりに一緒に風呂に入れると舞い上がっていたのもあるが、警戒を怠っていたわけではない。

アスタルテを信用していたからこそ、ダアトは無意識下でアスタルテを警戒する必要がないと思ったのだ。

むしろ驚いたのは、アスタルテが徐に服を脱ぎだした事だ。

 

「アスタルテさん何をやっているんですか?」

 

「服を脱いでいますが?」

 

疑問を疑問で返されてもと思うダアトだったが、何をやっているかと聞かれたら服を脱いでいるとしか答えられないだろうなと、一人で完結して納得した。

 

「じゃなくて、何で服を脱いでるの。いや、ここで服を脱ぐ以上風呂に入るのは確定なっだろうけどさ」

 

確かにアスタルテにもパジャマを着せようと準備していたけど、まさか一緒に入るとは思わずダアトは、自分自身でも訳が分からないことをを言いだし、アスタルテの頭には?マークがあった。

 

「すまん、気にしないでくれ」

 

「分かりました」

 

アスタルテは黙々と服を脱ぎだした。

那月も服は服を脱ぎ終わってもう浴場の方に行ったのかと思ったら、ダアトの後ろで万歳の体勢のままでいた。

 

「何やっているの?」

 

「ダアトぬがせて」

 

確かに今の幼女化している那月にはゴスロリの衣装を一人で脱ぐの一苦労だと思い手伝った。

服を一通り脱がせてもらった那月の姿は、幼女化する前よりも胸はぺったんこで、くびれもない状態だった。

穢れを知らない肌は、産まれたての赤ちゃんのようにスベスベで、女性の大切な所は《以下自主規制》。

 

「じゃ、先に入ってるね」

 

那月は、身体を何も隠さず文字通り生まれたままの姿で、浴場へと駆けて行った。

アスタルテも服をきちんとたたみ、身体をバスタオルで全身を覆って浴場へと向かった。

二人が浴場へと入って扉を閉めるのを確認したダアトは、アスタルテが自分用に用意していたパジャマをダアトが用意したパジャマと入れ替えると、ダアトも服を脱いで浴場へと向かった。

浴場では、大きく広いお風呂を楽しげに泳いでいる那月と、それを見ているアスタルテがいた。

さすがに那月と毎日のように入っているアスタルテは落ち着いたようすだ。

ダアトは早々に体を洗い風呂に浸かり、アスタルテの横に座った。

 

「しかし、よく一緒に入ろうと思ったな」

 

「教官にまだ一人で入るのは危ないといわれました」

 

アスタルテは那月が身元引受人として引き取る前まで、人間らしい生活は一切しておらずその殆どを調整槽の中で過ごしていたらしい。

だから一般的な生活知識の欠如が激しかったりする。

 

「でも、男性と入るのいやじゃないか?裸を見られたりして」

 

「既に第四真祖には見られています」

 

「そうか」

 

アイツとは一度、お話をしないといけないなとダアトは思った。

その瞬間、古城は背筋に悪寒が走ったとか。

 

「あれ?でも那月ちゃんがいなくなったときは、どうして?」

 

「笹崎教師に一緒に入ってもらっていました」

 

何故早くその事に気が付かなかったのかとダアトは深い後悔に苛まれてしまった。

そうしたら、日ごろのロリロリしい二人の入浴姿とは別の美味しい映像が見れたのではとダアトは思った、瞬間――

あまり歓迎できない人物の気配を感じたダアトは、お風呂で那月と戯れることもできずに早々に上がることになってしまい、相手に対して憎悪の炎を滾らせた。

 

「アスタルテすまないが後のことは任せる」

 

「命令受諾」

 

お風呂に浸かっていたからか僅かに頬を上気させ、いつもの抑制を聞かせた声よりかは、感情が幾分か見られる声でアスタルテは返事をした。

その視線の先がどこを見ていたかは別として。

 

 

 

 

 

 

 

「で、人が愉しんでいる時に狙ったかのようにして、何の様だ」

 

態々入浴時という隙のあるタイミングで来ながら、眼鏡をかけた青年は玄関で夜空を見上げていた。

青年の左腕についている鉛色の手枷から監獄結界の脱獄囚であることは一目瞭然だ。

 

「入浴時に襲うほど、私は無粋ではありませんよ」

 

心外だなといった風に青年はわざとらしく首を横に振った。

 

「じゃあ、何故ここに来た?大人しく監獄に戻りに来たか、冥駕?」

 

「いえいえ、私ももう監獄は懲り懲りですよ。それよりも貴方に有用な情報を持ってきました」

 

人懐っこい笑みを浮かべている眼鏡をかけている青年、冥駕は言った。

もし彼が持ってきた情報が有用なら訊くだけの価値はあるだろう。

 

「それで、俺に何を求める」

 

「求めるだなんて人聞きが悪いですね。今の私の立場から出来るのはお願いだけですよ」

 

確かに今の冥駕は脱獄囚だ。

ダアトと取引できる立場ではない。

そもそも取引は互いに利があって初めて成立するものだ。

 

「情報次第だな。それが本当に有用なら一考してやる」

 

「一つは仙都木阿夜について、そしてもう一つは――――」

 

瞬間、爆音が夜の絃神島に鳴り響き夜空が真紅に染まり上がった。

それと同時にダアトからも膨大な呪力が一瞬だけ放出され直ぐに収まった。

 

「いいだろう、お前の願い聞き入れてやる。何が願いだ」

 

「私がこの島を出るまでの間、私の行動を黙認さえしてもらえれば、むろん南宮那月には手を出しません」

 

「分かった。ただし那月に不利益や害が及ぼうとした時は」

 

「貴方が私を殺せばいい」

 

それだけを言うと冥駕は、真紅に染まった夜空を背に闇に紛れこむように消えて行った。


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