ストライク・ザ・ブラッド 〜同族殺しの不死の王〜   作:國靜 繋

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観測者たちの宴2

真紅の閃光が場を包んだ時、ダアトはとっさにシュトラを攻撃しているどす黒い腕を全て抱きかかえている那月の防御の方に回した。

ダアト自身、この程度の攻撃でまともにダメージを負うこともない、例えダメージを受けたとしても即座に治るので自分の防御を後回しにしてでも那月の守りを優先した。

そして、深紅の閃光に僅かに遅れる形で爆発した。

間近で爆風を浴びる形になったが、精々人工の大地をクレーター上に大きく陥没させる程度の威力でしかなかったが、粉塵が舞い上がりシュトラを一瞬見失ってしまった。

その隙を突かれ、シュトラはダアトと距離を取った。

 

「チッ!!俺が、引くとはな」

 

シュトラも自分が引く事に為るとは思っていなかったようで、険しい顔つきをしていた。

ダアトも思った以上に相手が動けた事に驚いていた。

とはいえ、ダアトも下手に監獄結界を壊すとそのフィードバックで那月を傷つけることを恐れているためあまり大規模な攻撃ができず、攻めあぐねていた。

 

「流石にこの場では、こちらが不利……か」

 

那月を狙う奴らが目の前にいるのに攻めあぐねている自身にイラつきをダアトは感じ始めていた時だった。

 

「――獅子の舞女たつ高神の真射姫が讃え奉る」

 

背後から聞こえて来たのは、攻魔官の少女が紡ぐ祝詞だった。

瓦礫の山を蹴散らしながら、金属製の洋弓を構えた煌坂紗矢華が現れる。

ポニーテールの髪をなびかせた彼女は、思いがけない乗り物に立っていた。

巨大な軍馬に牽引された、古代騎馬民族風の戦車だ。

あまりにも非常識なその光景に、シュトラ・Dですら呆気にとられてなり息を見守っている。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なりーー!」

 

その隙に祝詞を完成させた紗矢華は、空へと向けて、つがえていた矢を射放った。

特殊加工を施された鳴り鏑矢が、呪詛の声にも似た怪音を撒き散らして飛んでいく。

その残響は、やがて灼熱の稲妻へと変わって、脱獄囚たちの頭上へと次々と降り注いだ。

監獄結界のあちこちで、巨大な爆発が巻き起こる。

そんな時だった。

抱きかかえていた幼くなっている那月が、目を覚ましたようで手で目を擦りながら声を掛けて来た。

 

「……アベル?」

 

爆音の所為で、他の誰にも聞かれる事はなかったが、ダアトには否、アベルには確りと届いていた。

 

「おはよう、那月」

 

「おはよー」

 

そう言って、那月はアベル(ダアト)へと抱きついて来た。

常日頃だとまず見られない光景だし、あり得ない光景だ。

抱きつかれたアベルも、久々だったために鼻から()が噴出さない様にいろいろ必死だった。

場の状況と雰囲気からは全く持って似つかわしくない行為だ。

古城たちも、救援に来た戦車に乗り込んでいた。

 

「何してんのあんたも早くこっちへ!!」

 

紗矢華がダアトたちにも早く戦車に乗る様にいってきたが、ダアトはそれを拒否した。

今の那月を連れて乗ると、間違いなく古城たちに、ダアトの本当の名前、アベルということがバレてしまう。

ダアトの本当の名前を知っているのは本当に、極々一部だ。

それに、名前がバレてしまったらカインとの繋がりをバレてしまう恐れがある。

そもそもカインと言う存在を知られていないなら問題ではないが、間違いなく雪菜たちの上司、獅子王機関の”三聖”の耳に入る恐れがある以上、今の状態の那月を合わせるのはアベルとしては好ましくない。

 

「お前らはさっさと行け。俺なら一人でどうとでもできる」

 

それを聞いた紗矢華はいつまでも脱獄囚たちを足止めできないことを、分かっているのか直ぐに戦車を走らせ出した。

 

「お、おい煌坂、あいつらを見捨てるのかよ!!」

 

「仕方ないじゃない!!いつまでもあの場所にいたら今度はこっちの身も危ないんだから!!」

 

「それは……」

 

古城も脱獄囚たちの危険性は、先ほどまで観ていたから嫌という程理解しているつもりだ。

それでも見捨てようとしなかったのは、那月をあんな目にあわせてしまった罪悪感からくるものか、それともただ単に正義感からくるものかは誰にもわからない。

 

「それに、今の私たちがいた所で足手まといにしかならないわよ……暁古城も観ていたから分かっていると思うけど、ダアトと言う存在は本当に規格外なの、詳しく知りたいならディミトリエ・ヴァトラーにでも訊きなさい。あの方なら詳しく知っているわよ」

 

「なんで、アイツの名前が?」

 

古城としてもあまり関わり合いに為りたくない名前が出て来て、顔を顰めてしまった。

まあ、あんなことを言われてしまっては誰でも同じことだが。

 

 

 

「やっと行ったか」

 

古城たちが去って行くのを見ていたダアトは那月が起きた事で、抱きかかえるのをやめて下ろしたダアトは、両手がやっと解放された。

 

「ね~ね~アベル、今どこにいるの?」

 

「那月、前に言ったよね。人前ではダアトっていう様にって」

 

アベルと未だに呼ばれ続けるダアトは、頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。

本来、アベルと言うダアトの本当の名前はダアト自身あまり人に知られたくはない。

なのに幼くなったためか、先ほどから那月はずっと本当の名前でダアトのことを呼び続けている。

 

「あっ!!そうだった……ごめんなさい」

 

ダアトに注意された事で思い出したのか、那月はシュンと落ち込んで謝った。

その様子に、ダアトは吐血しそうになったが何とか堪えた。

今が天上天下唯我独尊状態だからか、久々に見た那月の様子にギャップを感じてダアトはいろいろといっぱいいっぱいだった。

しかし、そんなダアトたちを脱獄囚たちが大人しく見ているはずもない。

ここぞとばかりに脱獄囚たちは、シュトラだけに任せず襲い掛かろうとしたが、出来なかった。

那月には見えない様にしているが、ダアトは6体の完全な状態で力を発揮できる眷獣を出していた。

七つの色――

七つの声――

七つの揺らぎ――

七つの炎――

六つの眷獣――

本来ならばあと一体いるのだが、その眷獣だけは那月もその凶悪な力を知っているためか今なお拘束術式が機能し続けている。

一度施せば、那月以外解くことが出来ず、魔力もダアト自身の魔力を使う様にしているためその眷獣を拘束するにも馴染むようになっている。

だが、この場にいる者を殺し尽すには過剰戦力(オーバーキル)もいいところだ。

それに今まで何故出さなかったか?という疑問も出て来るが、それは古城たちが邪魔だったと言うのと幼い那月を起こさない様にすると言うのがある。

監獄結界の破壊によるフィードバックの事を考えたが、先ほどの攻撃で在る程度までなら大丈夫と言うのが結果的ではあるが、知ることが出来た。

なら、ある程度手加減すればいいだけの話だ。

 

「分かってくれたらいいよ」

 

「うん!!」

 

ダアトに頭を撫でられたことがうれしかったらしく、那月は屈託のない笑顔をダアトに向けた。

あまりに純粋な笑顔だったために、自分の心の汚れ具合を思い知らされダアトは膝をつきたくなった。

脱獄囚たちにとっては茶番劇に見えるだろうが、そこには一切の隙はなかった。

六体の眷獣から発せられる存在感も、真祖の眷獣たちとは比べ物に為らないレベルだ。

そんな攻めあぐねている脱獄囚たちに状況を打開する術が訪れた。

那月は、魔導書によって”二人”に分かれているのだ。

目の前の存在に勝てないと思っては、脱獄囚たちは思ってはいないが、かと言って戦って無事に済むとも思ってはいない。

脱獄囚たちも馬鹿ではない、いつまでもこんな所で油を売っていては、不利になるのが自分達だということは十二分に理解はしている。

だからこそ、ここからギリギリ見える範囲にあった大型の宣伝用モニタに映し出されていた、幼くなった那月に目を着けたのだ。

むろん、それに気が付かないダアトではない。

 

「行かせるとおもうか?」

 

那月を背に隠し、六体の眷獣に命じた。

――那月の敵を殲滅しろ、と。

眷獣たちも、ダアトの意を酌みつつも、宿主公認で自由に目の前の敵を殺すことが出来る事に歓喜し即座に殲滅にかかった。

 

「チッ!!」

 

最もダアトと近かったシュトラが、自身の必殺の攻撃である轟嵐砕斧を放ち距離を取ろうとするが、怠惰なる辺獄烈火(ベルフェゴール)の闇色の炎によって尽く無効化されてしまう。

 

「野郎っ!」

 

シュトラの背中から突如として、新たな腕が出現する。

生身ではなく、幻影の腕だ。

しかしその幻腕からも、それぞれ見えない斬撃が放たれて、ダアトに襲掛かってくる。

 

「その力どこかで……あぁ、天部の、まだ生きていたんだ」

 

六臂と化したシュトラの姿に、ダアトは思い出すように彼の正体を看破した。

天部――それは絶滅したはずの亞神の末裔。有史以前に高度な文明を築いていたという、古代超人類の生き残りだ。

遺跡や伝承は多く残っているものの、今となっては本物に遭える確率は限りなく零に為っていると言っても差し支えないだろう。

 

「正解だぜ、バカ野郎!」

 

本来ならいくらでも反応の使用があるのだろうが、ダアトは懐かしいものを見たなと思うくらいで、ほかは別段何とも思うことはなかった。

シュトラは知らないようだが、有史以前の高度な文明を築き上げた天部を滅ぼしたのは、他でもないカインとダアトだ。

伝承や一部の遺跡にはごく一部だけだが、真実が残っている。

そして、その伝承の真実を言うとダアトとカインの戦いにただ単に巻き込まれただけなのだ。

ただそれだけで、一夜のうちに高度に築き上げた文明と共に天部は一部を残して滅びたのだ。

その事実を知っていたなら、シュトラはダアトにそもそも勝負を挑まなかっただろう。

 

「分かったら、とっとと潰れろ、吸血鬼」

 

若干焦り気味の声で叫びながら、六本の腕を駆使してダアトに攻撃して来るが、一切ダアトに届いては来ていなかった。

天部の能力によって生み出された、念動の衝撃波――それが、見えない斬撃の絡繰りだ。

しかし、所詮異能の力である以上怠惰なる辺獄烈火(ベルフェゴール)の闇色の炎の前では無力でしかなかった。

 

「所詮、滅びた文明の末裔だな。あの時代の奴らはまだ俺を楽しませてくれたのに、やれ『嫉妬の陰府怪火』」

 

六体出した眷獣の内の一体である、艶めくウロコを持ち、むせ返るような潮の匂いを持つ眷獣。

ダアトの命令を受けて初めて、白銀色の炎を放ち続けていた嫉妬の陰府怪火(リヴァイアサン)は真の姿、氷の龍の姿へとなった。

真の姿へと変わった事で、周囲が絶対零度(凍てつく)炎によって凍りだした。

絶対零度の氷の龍は、シュトラへと襲い掛かった。

 

「ぶっ潰れろ!行け、轟嵐砕斧」

 

シュトラも大人しくやられるような奴ではないが、学習する奴でもなかったようだ。

六本の腕を同時に頭上へと掲げ、一気に振り下ろす。

今までの中でも、強大な暴風が巻き起こり、それが上空から『嫉妬の陰府怪火』へと襲い掛かった。

 

「やらせると思うか、単細胞?『怠惰なる辺獄烈火』」

 

怠惰なる辺獄烈火(ベルフェゴール)に、シュトラの攻撃を燃え散らすように命令した。

氷の龍に覆いかぶさるようにその上を飛ぶ闇色の炎を纏った骸骨は、上空より迫り来る暴風を受け止めたと同時に、闇色の炎が燃やし尽くした。

絶対零度の冷気を振りまく氷の龍がシュトラに巻きつく様にすると、地面諸共足元からシュトラを氷漬けにした。

 

「くそがぁぁああああああ――」

 

完全に凍りつく瞬間まで、シュトラは叫び続けた。

凍りつき、完全に身動きが取れなくなったシュトラに止めとばかりに、背中から生えているどす黒い腕でシュトラを切り裂いた。

直後、シルクハットの男と同じように、鉛色の手枷から、奔流のように噴出したのは無数の鎖が、容赦なく縛り上げ、何もない虚空へと引きずり込んでいった。

 

「まずは、一体」

 

少し遊び過ぎたかと思った、ダアトだったが背後より、服の裾を引っ張られたので振り返ったら、那月が涙目だった。

流石に、最後のは幼い状態の那月にはスプラッタ過ぎたようだ。

 

「……ひっく、ひどいことしちゃ……だめ」

 

嗚咽をしながら、那月がダアトを止めに来た。

那月を守るためにやっているのに、那月が傷ついたら本末転倒だ。

さしものダアトも、この状態の那月にいろんな意味で勝てない。

思い返してみても、涙目の那月に勝てた記憶が一つもない。

 

「でも、那月ちゃんを守るためにも……」

 

「でも……ひどいことは……だめ、だよ」

 

日頃が日頃だったため、ダアトはメンタル的に大ダメージを受けてしまった。

そんな中でも、眷獣たちは囚人たちを殲滅しようとしていたが、直接ダアトに使われている訳では無いため、全力は出せる状態でも真価は発揮できていない。

そして、ダアトが見せた僅かな隙、一秒にも満たない隙であったが、状況が状況な為、脱獄囚たちは見逃さなかった。

 

「チッ!!奴ら――」

 

街中の方に逃げて行くため、下手に大技を使うことが出来ない。

しかし奴らをここで見失えば、それこそもう一人の那月が危ない。

 

「ちょっとごめんね、那月ちゃん」

 

涙目の那月に一言謝ると、ダアトは眠っていた時と同じように、那月を御姫様抱っこした。

 

「あっ!」

 

ダアトには聞こえなかったが、那月は僅かに声を洩らした。

人前でなくても矢張りこう言ったことをされた事に対する恥ずかしさ半分、小さい乙女心による嬉しさから来る恥ずかしさ半分といった割合で、幼い那月は頬を朱に染めていた。

 

「さて、行くよ」

 

「えっ!?行くって?」

 

理解が追い付いていない那月を抱きかかえたまま、ダアトも脱獄囚たちを追うように映像の映し出されている場所へと急いで向かった。

珍しくと言ったら語弊があるかもしれないが、無駄にキリッとした顔を間近で見続けている那月は、朱色に染め上げていた顔が湯気でも出るのでは、と思う程更に赤く染め上げていた。

そんな那月を差し置いて、無駄にキリッとした顔をしているダアトの脳内は、もう一人の那月も保護したらアスタルテを含めて、あれ?何て理想郷(ユートピア)!!と思っていたりする。


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