ストライク・ザ・ブラッド 〜同族殺しの不死の王〜 作:國靜 繋
暫くかけてなかったから、今までと書き方が変わってるかも……
まあ、言い訳するなら、嘔吐下痢にかかった事かな……
蒼き魔女の迷宮
絃神島の立地上、夏の終わりが訪れることはない。
群青色の空には鮮やかに白い積乱雲が漂い、鏡の様に凪いだ海面が明け方の太陽を眩く照らす。
そんな最悪な天気の中、ダアトが何故早起きをしているかと言うとだ。
「そろそろ、着替えはじめているはずだ」
物音ひとつ立てない様に、ゆっくりゆっくりと摺り足で那月が着替えている部屋へと向かった。
ダアトの吸血鬼としての聴力を最大限に活かし、耳を澄ませて聞くと、服の擦れる音が聞こえてきた。
ただ、那月レベルに為るとドアが僅かに開いただけで間違いなく気づき即時攻撃してくるだろう。
家の中で覗くのが、ダアトだけだから即時攻撃してくるのだが、これも一種の信頼と言って良いだろう。
だからこそこう言った時に使えるのが壁抜けなわけである。
ゆっくりゆっくりと、透過し過ぎてもバレルので薄い壁だから細心の注意を払い徐々に徐々に顔を壁に埋めるダアトの様子は、傍から見たら滑稽だろう。
しかし、ダアトは至って真剣だ。
何故なら、那月が高校の制服を着ると言うのだからだ。
実年齢は兎も角、見た目幼女な那月が高校の制服に壁を挿んだ先に生着替え、もう覗くしかないなと思いったったのが、昨夜の事だ。
最近、モノレール内で痴漢に遭う生徒が増えているとの事だ。
生徒を囮にするのも、教育者として憚られる以上若い教師が”コスプレ”する必要がある。
そこで白羽の矢が立ったのが、制服を着ても違和感なく、痴漢を捕獲するだけの能力がある人に限られる。
那月が、この人選に選ばれるのは必然と言えよう。
本人は、真っ向から否定するだろうが。
『この先に、懐かしき制服の生着替え状態の那月が!!』
胸の高鳴りを感じつつも自身を落ち着く様に、ダアトは心の中で己に言い聞かせた。
目と鼻の先に那月の生着替えがあるのだ、焦るのも仕方のない事だ。
そして、やっとそう思った時だ。
ガチャっと、扉の開く音がした。
「ほう、楽しそうなことをしているなぁ」
「あ、な、那月ちゃん……」
とてもいい笑顔のしかし、目だけは笑っていない那月の言い知れぬ威圧感にダアトは後ずさってしまった。
「「ははははははは」」
嫌な汗を背中に掻いているダアトと、そのダアトを蔑んだ目で見ている那月。
次の瞬間、ダアトはその場で反転する時、布団を干す為にベランダへと続く窓をアスタルテが明けきっているのを見えたので、窓へと全速力で走りだした。
那月は、走り出したダアトに対して右手を向けると、魔法陣を展開しそこから鎖が次々とダアトへと向かって飛び出していった。
迫り来る鎖を右へ左へ、時には跳んではかわしやっと出られると思った時だった。
「アスタルテ、そいつを止めろ!!」
「
アスタルテの背中から虹色の巨大な右腕だけが現れ、ダアトを握りしめた。
器用に使いこなせるようになったな、と思ったのも束の間、
「あ、あのう、アスタルテ握り過ぎじゃないですか?このままじゃあ握りつぶされるんですけど……」
「お前は、外に出たかったのだろぉ……アスタルテ、窓の外からそのゴミは捨てておけ」
「
那月の命令を聞くと、アスタルテはダアトを窓の外へと投げ捨てた。
俺の眷属なんだよなぁ……一応は、そう思いながらダアトは、綺麗な空を見ながら墜ちて行った。
「っち!!もう戻ってきやがったか」
「あっ!!おはようございます。ダアトさん」
「あっ!!岬ちゃんおはよ~」
岬とは赤い髪をお団子と三つ編みにしたチャイナドレス風のシャツにミニスカート、スパッツを着用した彩海学園中等部の体育教師で、本名は笹崎岬。
那月とは学生時代からの知り合いで、ダアトが知り合ったのもその時だ。
「じゃあ、ダアトさんも来た事だし行きましょう那月先輩」
「ダアトを待つために、わざと時間を引き延ばしたな、馬鹿犬!!」
那月は同僚の教師である岬を睨みつける。
「おっと!?そろそろ行かないと、学校も囮捜査の方も間に合わなくなりますよ」
岬は、那月の手を引きながら駅へと向かった。
ダアトは、こんな一般人にとっては最高の天気で、ダアトの様な吸血鬼にとっては最悪の天気の下を歩きたくないので早々に那月の影に避難した。
影の中からなら、もし痴漢しようとした奴がいたら、その場で
市営モノレールの車内は、空気が、蒸し暑く澱んでいた。
時間帯も丁度、通勤ラッシュと通学ラッシュの二つと重なっている所為でもあるが、いつも以上に混雑していた。
乗車率は通常の倍近い筈だろう。
そういや、そろそろ何かイベントがあったかな?と思っていたら、人と人の間から車内の中吊り広告が見えたダアトは、あ~と一人影の中で思いだし納得した。
『波朧院フェスタ』、毎年十月の最終週に開催される絃神市最大の祭典だ。
花火大会や野外コンサート、そして仮装パレードなど様々な企画が催され、全島あげての大騒ぎとなる。
一般客は盛り上がれるだろうが、
ダアトもそうだ。
毎年のように那月に、「お前基本働かないんだから、こういった時くらい働け」と限定的に能力を解除してもらい、全身を蝙蝠を筆頭に百足などに変化させられ街中や建物の中を監視、巡回させられたものだ。
能力の無駄遣いも良い所だと、ダアトは毎年のようにため息を吐いた。
そんな時だった。
那月の背後に、どことなく挙動不審な中年男性が密着してきた。
中年男性の手が、だんだんと那月のすべすべできめ細かい太腿に伸びようとゆっくり迫って来た。
その手をダアトは、影の中から触れる瞬間を見計らっていた。
痴漢の現行犯で捕まえるには、此れしかないとはいえ、自分以外の存在が那月の柔肌に触れるは虫唾が走る、ダアトはそう感じていた。
出来れば、逮捕ではなくそのまま死刑、ではない私刑執行してもいいとダアトは思っている。
むしろ、死すら生温いとさえ思う、そう思った時だった。
中年男性の手ではなく、別の手の指先がそれも那月の臀部に触れたのだ。
その瞬間、横から伸びてきた別の腕が、那月の臀部に触れた奴の手首をガッチリと握った。
「え?」
「――はい、痴漢一名様。現行犯で逮捕してみたりして」
「でかした、岬!!そのまま刑執行だ」
顔も確認せず胸倉を掴んで駅のホームにそいつを連れ出した。
「って?あれ、暁古城じゃん?」
「あれ!?暁ちゃんのお兄さん?」
「……え!?」
「笹崎先生たち!!」
頑張って人の波から出てきた雪菜は、驚いたように立ち止まって叫んだ。
「姫柊ちゃんも一緒だったり?自分の彼氏の面倒はちゃんと見てなくちゃダメじゃない?」
「ち、違います。その人は、わ、わたしのとかじゃないですし、痴漢でもありません!!」
「そうなの?」
「いやいや、でも指先触れたでしょ?それも、那月ちゃんの。なら、もう処刑しかないでしょ」
雪菜の擁護は空しくも効果を発揮せず、それどころか古城に対して冷ややかな視線を送った。
古城は、雪菜を視線を感じ取り更に嫌な汗を掻きだした。
「本当の痴漢はこちらだ、馬鹿従僕に馬鹿犬」
そんな古城に救いが現れた。
舌足らずでありながら、妙に威厳のある声、ついでに、本当についでに男の情けない悲鳴もだ。
ダアトは、その声で仕方なく、古城の胸倉から手を放した。
「あれ?那月ちゃん本当の痴漢ってことは、それにもされたの?」
全身を鎖でガチガチに縛り上げられて、恐怖におびえている中年男性をダアトは、それと称した。
「え?」
「……南宮先生?」
古城と雪菜が口々に困惑の声を漏らす。
制服を着てそこに立っていたのは、南宮那月だった。
彩海学園高等部の英語教師で、年齢は自称二十六歳。
しかし顔の輪郭も体つきもとにかく幼く、少女、あるいは幼女と言う表現が似合う程ぺったい。
「もしかして、なつきちゃんか?何だその恰好」
「巡回だ。最近、この車両で痴漢に遭う生徒が多くてな」
「……どうして高等部の制服を?」
「生徒を痴漢捜査の囮にするわけにはいかんからな。無理を承知で変装していたんだ」
「いやいや、どこからどう見ても現役。むしろ中等部の方がっ」
「お前は少しだまってろ!!」
良いボディーブロウをもらい、顔に嫌な汗を掻きながら蹲った。
「無理どころか、全然違和感ないな……。むしろ中等部の制服の方が似合ってたかも」
「ほらほら、那月先輩。私達の言ったとおりだったりしたじゃないですか」
岬が得意げに胸を張る。
彼女の身長は百六十センチ台の半ばほどだが、小柄な那月と並ぶと完全に保護者と娘の構図である。
そこにダアトが、並ぶと完全に一家族となる訳だ。
「余計なお世話だ。それに中等部の時の制服は残ってなかったんだから仕方ないだろう」
「い、や、残ってる……当時の、下着も、一緒に……」
そう言って、影と腕を同化させそこから、当時那月が使っていたと思われる中等部の制服と可愛い絵柄がプリントされている下着を出したんだ。
痛みに呻きながらも、応え、実物を影から出したダアトがだ、出した後に後悔した。
「ほう……あの時、よく下着が盗まれてたのは、やはり貴様の所為だったのか」
滅多に見れない程顔を真っ赤に染め上げ、肩を震わせ背後にどす黒いオーラを纏った那月に、周りにいたみんなは、ダアトを見捨てて逃げ出した。
次の瞬間、無差別に見える程大量な鎖が、しかしきちんと統制がとれ指向性を持ち逃げ出した古城たちを的確に襲い捕獲し始めた。
「あのぉ……先輩。私達関係ないですよね……」
「俺は、何も見てないぜ。なあ、姫柊」
「え、ええ。わたしも何も見てないです。可愛らしい絵なんて」
「ばっ、姫柊お前」
「何、ちょっと公社に頼まれていた薬でな。一定時間内の記憶を綺麗さっぱり忘れさせてくれるそうだ」
ハハハハと虚ろな目をした那月が、近づいて来る様はヤンデレに襲われるよりも一層恐怖心を古城たちに植え付ける事に為ったが、三人が気が付いた時は丁度降りる駅だったので、夢でも見ていたのかな?と思ったそうだ。
暫く、高等部の制服を着た黒く長髪の女生徒の夢でうなされる事に為ったが。
「さて、後はお前だけだな、だあとぉ……」
びくっと全身を痙攣させたダアトは、乾いた笑いをすると拘束されて尚逃走を試みた。
次の瞬間、目に入って来たのは、本日二度目の綺麗な空だった。