プロローグ
……なぁ、麻雀ってなんだと思う?
その問いかけに少年は動きを止めた。
幼い少年だった。
低い身長に赤みを帯びたふっくらとした頬。
どうサバを読んでも十にも満たないであろうその少年は一瞬何を言われたのか理解できないと言った風に目を真ん丸にし、そして我に返ると同時に小さな口一杯に含んでいたフグ刺しを急いで胃におし込んだ。
「っつ!!」
慌てすぎて上手く飲み込めず、むせそうになるのを我慢して水で何とか流し込む。
目尻に涙が浮かぶがそんなことを気にしている余裕はなかった。
少年は驚きを含んだ目を目の前に座る中年の男性へと向けた。
それまでの人生の壮絶さを物語るかのような深い皺と真っ白な髪。
胸元が大きく開いたジャケットの下から見える派手なトラ柄のシャツは否が応でも人の目を引く。
くいっと安い日本酒を煽る姿を見ながら、今日は珍しいことが続く日だと少年は思った。
こうして食事に連れてきてくれることでさえ稀であるのに、普段ならばまずしないであろう質問まで投げかけられた。
奇妙だと思わないわけではなかったが、そんな些細な疑念を気にしないほどに歓喜の嵐が少年の中で吹き荒れていた。
少年は浮かれた気持ちを必死に抑えつけながら、答えた。
“麻雀は鏡だと”
捨て牌には培われた思考が映り、自模には生まれ持った天運が宿る。
故に麻雀とは人の本質を映し出す鏡。
そう言うと男性はなるほどなと小さく溢し、また酒を煽った。
否定するわけでも、肯定するわけでもない。
だから思わず、少年は尋ねていた。
“あなたはどう思うんですか”と。
知りたかった。裏の世界において天才の名を欲しいままにした人が、初めて負けというものを味わせてくれた人が麻雀をどう捉えているのかを。
長い沈黙。
いや実際の時間になおせばきっと一分にも満たなかったのであろうが、その何倍にも少年は感じていた。
ゆっくりと、男性は空になったお猪口を置く。
そして深く皺の入った頬を僅かに緩ませ、
“ギャンブルだ”
そう、呟いた。
麻雀とはギャンブルだと。
それ以上でもなければ、それ以下でもないと。
単純にして明快。
至極当たり前のことが、何故か妙に少年の心に残った。
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