魔女は人間が好き   作:少佐A

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君は人間じゃなかったね

『魔女退治にあの少女二人を同行させる、か』

 

 先日助けた二人の少女の名は桃色の髪の方が鹿目まどか、青色の髪の方が美樹さやかというらしい。

 黒髪の魔法少女が去り際に残した、まどかという名の人物が鹿目まどかなのかは分からない。だが、人間であると言うのなら危害を加えるつもりは毛頭ない。魔女である自分が言っても信じてはもらえないだろうが。

 その二人の少女はマミから魔女と魔法少女の説明を受けたようだ。如何やら、好きな願いを一つだけ叶えて貰えるという条件が魅力的に思えるようで、それと死の危険が釣り合うのかどうかを考えているようだ。

 といっても、二人は既にどんな願いにしようか悩んでいるらしい。今から引き止めるのは無理か。

 マミは後輩が増えると言って喜んでいる一方でベルの表情は晴れない。黒髪の魔法少女が語った魔法少女の真実は、彼女の真剣そのものの目を見れば嘘ではないこと位分かる。だからこそ、二人の少女が魔女化してしまう危険を取り去りたかった。

 マミに関しては、魔法少女になってしまっているから何時でも魔女化する危険がある。

 ソウルジェムの濁りに比例して情緒が不安定になるのなら、その逆もあり得るのではないだろうか。感情に比例してソウルジェムも濁るのではないかというのがベルの仮定である。

 もしもそうだとしたら、マミの隣にベルが居れることは大きな強みだ。マミが落ち込めば励まし、マミが泣けば慰める。こう言った何気ない行動でもマミの魔女化するリスクを下げることが出来るのだ。

 それに、彼女は長い間戦い続けてきたベテランである。ちょっとやそっとのことで魔女にやられることは先ず無い。

 だが、不安な要素は零では無い。彼女は、その正義感故に使い魔ですら狩るのだ。人間としては満点だろうが、魔法少女としては赤点である。グリーフシードでの浄化が唯一の方法と言っていいため、ソレを得られない戦いでソウルジェムが濁るのはいただけない。

 ――――閑話休題。

 その二人の少女が願いを決めかねている間、マミとベルの魔女討伐を見学するという所謂魔法少女見学ツアーなるものを実施することになった。

 といっても、マミがこれを提案している間ベルは地図看板を探しながらマミの家に自力で帰る途中だった。ベルが帰宅した頃には二人の少女は各々の家に帰宅していたという。

 

「大丈夫よ。二人には危険が及ばないように配慮もするから」

 

『そういうことではないのだが……』

 

 ベルが気にしているのは魔法少女になる前では無く、魔法少女になった後の事だ。しかし、その呟きも浮かれているマミには届かなかった。

 

 * * *

 

『キュゥべえ』

 

 時刻は深夜二時。草木も眠る丑三つ時である。隣で寝ているマミを起こさないように布団から出ると、コップに注いだ水を飲みながらテレパシーでキュゥべえを呼んだ。

 

『どうしたんだい? こんな夜更けに』

 

 同じくテレパシーで返答してから数分後にベルの前に姿を現した。月明かりに照らされたキュゥべえの姿は、魔法少女の真実を知る前ならば神秘的で美しいと思えただろう。しかし、今では人を闇に引きずり落とす悪魔の様に思えて仕方が無いのだ。

 

『魔法少女が魔女になるというのは本当なのか?』

 

 耳をピクリと反応させて顔を上げた。恐らく、この様な問いが飛んでくるとは思わなかったのだろう。どう答えようかと思案もせずに、

 

『そうだよ。濁り切ったソウルジェムがグリーフシードとなり、魔法少女は魔女となる』

 

 平然と答えた。

 悔しげな表情で奥歯を強く噛むベルを見て、キュゥべえが不思議そうに首を傾げた。まるで、どうしてそんなに怒っているのか理解が出来ないと言う風に。

 

『マミには言ったのか?』

 

『言ってないね。だって、聞かれなかったから』

 

 気が付けば身体が動いてしまっていた。幾ら寛容なベルとて、これだけは許しがたかったのだろう。頭上高く持ち上げられたベルの腕の中には、今にも折れてしまいそうな程細いキュゥべえの首があった。

 

『聞かれたから言わなかった、だと? 子供か君は。最低限のモラルと言うものがあるだろう!』

 

 憤慨しながら床に叩き付ける。数回バウンドしてから綺麗に着地すると、ベルより高い位置になる棚の上へと登った。

 

『どうして僕が君たち人間の決めたルールに従わなければいけないのか理解できないよ。――――ああ、そうだ。君は人間じゃなかったね』

 

『――――ッ!』

 

『決まって人間はそう言ったよ。やれ詐欺だ、やれ嘘つきだってね。全く訳が分からないよ』

 

 そう言い残したキュゥべえの姿はもう居ない。最も、ベルの意識は既にキュゥべえへと向けられていなかったのだが。

 

 * * *

 

「ベル、後ろ!」

 

 マミの叫ぶような声で我に返ると、咄嗟に身体を横へ倒した。しかし、回避動作が遅すぎたのか大きな鋏ですれ違い様にベルの右耳を切り取ってしまった。

 飛び散る鮮血とぼんやりとした視界に突然の立ちくらみ。右側頭部に違和感を感じて掌で撫でてみると、自身の血でべっとりと汚れていた。自身の右耳が切り取られたことに気が付くと同時に、痛みがベルを襲った。

 初めて味わう『激痛』に、声にもならない悲鳴を上げながらうずくまった。瞬く間にベルの顔の右半分が血で染まり、服にも少量の血が染み付いてしまっていた。

 

「ベルっ!?」

 

「ベルさんっ!?」

 

 三人の声が同時に響く。右耳は魔力を使用して直ぐに再生させることは可能なのだが、やはり違和感が残った。血で汚れた掌を拭わずに、使い魔を後ろから拳で殴り飛ばした。数メートルバウンドしてから消滅すると、再び別の使い魔が襲い掛かってくる。

 それも、殴り飛ばすと新しく別の使い魔が襲い掛かってくる。全くキリが無かった。マミのマスケット銃の様に敵を貫通できるものでもなければ、剣やサーベルの様に複数の敵を斬り付けられる斬撃でもない。ルンバを投げていた頃から、ベルの攻撃方法は打撃であったのだ。

 打撃だけではどうしても一匹ずつ倒すしかなくなってくる。こうなると、ジリ貧でしかない。

 目の前を黄色い弾丸が横切ったかと思うと、一匹に集中しているベルを横から奇襲しようとしていた使い魔に直撃した。音も立てずに使い魔が消滅すると、雨の様に弾丸が降り注ぐ。使い魔は、あっという間に殲滅されてしまった。

 

「どうしたの、ベル。あなたらしくないわよ」 

 

「いや、すまない。考え事をしていただけだ」

 

 そう言うベルの表情は晴れない。というのも、ベルは昨日の夜キュゥべえに言われたことを気にして悩んでいるのだ。『君は人間じゃなかったね』この言葉、キュゥべえとしてはただの皮肉としていったつもりなのだがベルの精神には大きなダメージを与えた。

 魔女時代からテレパシーをしても話を聞いてくれない魔法少女たちを見て、一時期嫌気がさしたことがあった。それと同じ状態なのだ。マミや黒髪の魔法少女は危害さえ加えなければ狩りはしないと言う。しかし、グリーフシードの収集を目的とした魔法少女は、果たしてベルに容赦をしてくれるだろうか。答えは否だ。

 ベルは、危害を加える加えないの以前に魔女なのである。人間と魔女は基本的に相いれる存在では無い。それをベルも自覚しているからこそ悩んでいるのだ。

 

「何か悩みがあるなら言ってね? 家族なんだから」

 

「そう、だな。家族なんだな……」

 

 自身に問うようにその言葉を口に出して繰り返していた。マミはキュゥべえが原因であるとは知らずに、笑顔を向けている。その光景を見て、ベルは再び頭を抱えた。

 暫し歩くと魔力が急に濃くなった。恐らく、常人ならば我を忘れて暴れ出してしまうか意識を失う程濃い魔力。そう、遂に魔女のお出ましなのである。

 粘液とバラにまみれた頭部に、背中から蝶の様な巨大な翅を生やした醜悪な見た目の魔女の名はゲルトルート。先日、まどかとさやかを襲った魔女なのだ。

 

「行くわよ!」

 

「ああ」

 

 マミの掛け声に返事するベルの声は弱々しくか細いものであった。だが、返事とは正反対に力強い動きを見せるベルに二人の少女は釘づけになった。だが、数回共に戦ってきたマミは彼女の戦い方に違和感を感じていた。今のベルの戦い方は、まるで子供が八つ当たりするようなものだったのだ。

 結局、ベルの急変ぶりに心を痛めながらも魔女の討伐は成功した。やがて、見覚えのある景色に移り変わる最中消えゆく魔女の死体からグリーフシードが落ちた。

 

「マミ、任せた」

 

「何処に行くの?」

 

「少し、散歩に」

 

 最低限のことだけを言い残すと、ベルは走り去ってしまった。顔の右半分は血塗れで、服に血が染みたベルが街に出れば間違いなく通報されるだろう。警察に補導されてしまえば、人間としての戸籍が無いベルがどうなるかは分からない。

 

「ベル、待って!」

 

 ベルを追いかけようとした瞬間。走っていたはずのベルの後ろ姿が突然消えた。それと同時に、ソウルジェムが淡く発光しだす。

 

「マミさん…… これって」

 

 淡く発光するソウルジェムは、今この付近に魔女が存在することを示していた。だが、三人が結界に取り込まれる様子は無い。

 

「ベル一人だけを取り込むなんて…… まさか、他にも高度な知能を持った魔女が居ると言うの?」

 

 視線がキュゥべえに集まる。やれやれ、と呟くと頭に前足を当てて該当する魔女を探しているようだった。しかし、どれだけ時間がたってもキュゥべえは魔女の情報を言おうとはしない。ソウルジェムが若干濁っている所為もあってか、マミの顔に不機嫌な様子が現れていた。

 

「これは困った。僕の情報の中にはあの魔女以外に該当するものは無い」

 

 キュゥべえがあの魔女と言ったのには訳がある。二人は、ベルに対する配慮として彼女が魔女であることを二人に伝えていないのだ。魔女の力を真似することが出来る魔法少女、として紹介したため二人が魔法少女となって突然襲うと言うことはまずない。

 魔女の結界と思われる場所にはベルが一人。魔女の状態での彼女が強いとはいえ、同じくベルだけを取り込むなんて芸当を見せた魔女が強くないわけがない。最悪、ベルが敗北して殺される危険性の方が高い。結界を抉じ開けようと魔力を練るが、

 

「開かない!? どうしてっ!」

 

 どれだけ魔力で抉じ開けようとしても魔女の結界が開くことは無かった。こうしている内に、マミのソウルジェムもどんどん濁っていく。

 

「マミさん、これ」

 

 グリーフシードが何かすらわからなかったまどかがそれを拾って、マミに手渡そうとした。果たして、偶然だったのだろうか。小石に躓いたまどかを受け止めた瞬間、まどかの手のグリーフシードとマミの髪のソウルジェムが接触した。すると、黄土色に変色していたソウルジェムが見る見るうちに綺麗なトパーズ色へと変化した。

 あっという間に起きた小さな奇跡は、マミを平常に戻すのには十分であったのだ。


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