弾丸の雨は、一見適当に撃ったように見える。しかし、弾丸の一発一発は小さな使い魔の身体を正確に撃ち抜いていたのだ。
撃ち損ねた使い魔が、マミを相手にするのは不利と判断したのかベルと二人の少女に襲い掛かった。
「ベル!」
『撃ち漏らしは任せろ』
相も変わらず、ベルはルンバを魔力で再現して投げつけた。
案外ずっしりとした重さであるにも関わらず、軌道がぶれることなく正確に使い魔に直撃するところを見ると、重さや硬度などはベルによって修正されているのだろう。
「ルンバ!?」
青髪の少女が驚きに声を上げる。無理も無いことだ。
マミは、日常生活の中では決して見ることの無い『銃』という分類の武器を使っていた。
相棒とも存在のベルは、どんな武器を使うのかと密かに期待してみれば、見た目には何の変哲もないルンバであったのだ。
魔女や使い魔は魔力を含んだ攻撃でしか倒せないため、態々ルンバを魔力で編んでいるのだが、それがどうしてルンバなのか。
マミが思った疑問と同じものを、二人の少女は感じていた。
「後はそっちだけよ」
『了解した』
使い魔が自身の前に立ちふさがる三匹だけであることを確認すると、身体を大きく捩じらせた。
遠心力を使うことによって、投擲されるルンバの威力の底上げを試みているのかと思われたその時。
「りゃあアアァ――ッ!」
握りしめていたルンバはベルによる維持が絶たれたことで消滅してしまった。代わりに、使い魔へ振り落とされたのは握りしめられたベルの右拳。
使い魔は鈍い音を立てて数メートル吹き飛ぶと、跡形も無く消え去ってしまった。残った二匹の使い魔が逃げようと身を翻すも、時すでに遅し。
今まで戦ってきた魔法少女から体術や戦闘技術などを知識として蓄えていたベルは、ぎこちないながらも記憶通りの身のこなしを再現して二匹の使い魔をあっという間に組み伏せた。
「……すごい」
それは、誰が発したものだっただろうか。
素人とは思えない程の動きを見せた相棒に、マミが驚いているのか。はたまた、予想以上の身のこなしを実現できた自分に、ベルが驚いているのか。それとも、超常的な生物を一瞬の内に倒して見せた二人に、少女たちが驚いているのか。
或いは、その全てなのかもしれない。
やがて、放心していたその場の全員が気を引き締めなおしたと同時に、景色が歪み始めた。
少女たちは驚いているものの、二人には見覚えのある現象であった。魔女を倒した時に決まって起こる現象。結界の解除である。
だが、今回は魔女にすら遭遇していない。もしかすると、他の魔法少女が倒したのだろうか。
「逃げたみたいね」
マミがそう言い切る理由はただ一つ。
ソウルジェムが、未だ淡く輝いているのだ。といっても、先程のような美しい輝きでは無い。心なしか、少しばかり濁っているようだった。
間を開けずに、どこからともなく黒髪の少女が現れた。彼女から感じる魔力は、魔法少女であることを裏付ける決定的な証拠であった。
ベルを除いた三人が、黒髪の魔法少女を警戒するように睨みつけていた。どうやら、味方では無いようだ。
「魔女は逃げたわ、仕留めたいならすぐに追いかけなさい。今回はあなたに譲ってあげる」
きつい口調で、それでいて平然とした表情のまま。マミは、黒髪の魔法少女に言い放った。
どうしてだか、今のマミからはいつも以上の苛立ちを感じた。短い期間ではあるが、マミと衣食住を共にしてきたベルには、心当たりがあった。
黒髪の魔法少女は、ベルに視線を向けながらも構えを解こうとはしない。何時でも臨戦態勢に入れそうな殺気を漂わせている。
「私が用があるのは――」
「呑み込みが悪いのね、見逃してあげるって言ってるの」
目を細めて、見下すように言った。その表情からは、先程よりも強い苛立ちを感じる。それから、髪を掻き上げて、
「お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」
暫しの沈黙。
先に折れたのは、黒髪の魔法少女であった。
ゆっくりと振り返って背を見せると、誰にも気づかれない程小さな溜め息を吐いた。否、誰にも気づかれない筈だった。
『おい、待て』
テレパシーを使用して、黒髪の魔法少女に直接声をかけた。これは、マミに聞こえていない。
ベルのテレパシーは、魔法少女のものと違ってキュゥべえを介さないものなのである。なので、ベル自身が会話したい特定の人物のみに声を届けることが可能なのだ。
ここで普通に会話してしまえば、今のマミの心理状態だと何を言われてしまうか分からない。
少し驚いた様子を見せるが、既に背を向けた後だったからか、三人に表情を読み取られることは無かった。
続いて声を掛けようとした瞬間、黒髪の魔法少女は幻のように消え去っていた。目の前で起きた超常現象に、二人の少女が目を丸くしている。
『瞬間移動系の魔法少女なのか?』
「速さに関する魔法少女かもしれないわね」
ここで議論を始めても仕方が無い。目の前から消えた、という情報だけでどんな能力を持った魔法少女なのかを特定するのは無謀だ。
背後を一瞥すると、何が何だかわからないと言った風の表情で呆然としている二人の少女と、桃髪の少女に抱き抱えられているキュゥべえが写った。
「ありがとうマミ、助かったよ」
このままでは沈黙したまま何も始まらないと思ったのか、キュゥべえが唐突に口を開いた。いや、実際に口を開いたわけでは無いのだが。
声を聴いたマミが、慌ててキュゥべえの元へ駆け寄って手をかざした。治療系の魔法少女ではないといっても、体積の小さい生物の軽傷を治療すること位は出来る。
「お礼はこの子たちに。私たちは通りかかっただけだから」
もしも、ここの魔女とは別に魔女が出現していたら、距離によってはそちらを優先していたかもしれない。
黒髪の魔法少女の狙いはキュゥべえの様であったし、此方に来ていなかったら今頃どうなっていただろうか。
「それに、ベルが居なかったら危なかったから。ねえ、ベ――ル?」
マミの言葉が尻すぼみになってしまった理由は至極単純である。先程まで自分の背後に居たはずのベルが居なくなっていたのだ。
慌てて探しに行こうと身を翻すが、
「ああ、ベルなら僕に伝言を残していったよ。『魔女を放置するのは気が引ける。今から追いに行くから、心配しないでほしい』ってね。……僕にテレパシーすれば君にもそのまま伝わると思ってたみたいだね」
どうやら、ベルは逃げた魔女を追撃しに行ったらしい。
キュゥべえを介するテレパシーを行うと、マミにも内容が伝わるのだ。だが、ベルが行ったものは彼女の魔法である『テレパシー』なのである。
キュゥべえに直接テレパシーしたものの、それはキュゥべえを介するテレパシーとは別のパイプで繋がってしまったのだ。
「ベルの心配をする必要は無いと思うけどね。彼女自身の強さもあるし、何より最後の手段もあるじゃないか」
「そうだけど……」
マミは、心配そうに顔をしかめてから顎に手を当てて考え込んでしまった。不意に、暗い表情のまま顔を上げると、
「迷子になっていないかしら」
「流石に、迷子にはなっていないと思うよ。……多分」
これには、キュゥべえも断言することは出来なかった。
* * *
「今度のイレギュラーは貴方なのね。人間の皮を被った魔女」
とあるビルの屋上にて、ベルと黒髪の魔法少女が相対していた。
ベルの真の目的は、魔女の追撃などではなかったのだ。魔法少女が発した悲しそうな溜め息。それの真意を測るために、ベルは此処に来たのだ。
途中から、自身を追ってきていることに気がついていた様で、何度も気配が消えては遠い別の場所に出現したりと奇妙な動き方をしていた。が、魔女の感知能力は伊達では無い。
『私を魔女だと見抜いたか』
「魔女の魔力を真似た魔法少女なんて、何人も見て来たわ。それと魔女の見極め位、何でも無い」
魔法少女は、警戒を解こうとはしない。何処で手に入れたのか、はたまたベルの様に模造したものなのかは分からないが、黒光りする筒をベルに向けて立っていた。
マミのものと似ている筒は、『銃』であると容易に想像がついた。が、魔法少女は銃の引き金を引こうとはしていなかった。むしろ、躊躇しているようにさえ見える。
魔女は、人間の感情の変化に敏感なのだ。それも、少し勘の鋭い人間以上に。
『分かっていながら攻撃しない、か。つくづく不思議な奴だ』
「御託は良いわ。何か用があるから来たんでしょう?」
声に殺気がこもり始めた。先程のマミ同様、原因の分からない苛立ちが心の底から湧き上がってくるのだろう。
『では、単刀直入に聞かせてもらおうか』
それでも、ベルは余裕の表情を崩さなかった。魔法少女の顔を一瞥してから、にやりと笑うと、
『君は巴マミ及び先程の二人と、以前友人関係でもあったのか?』
銃が床に落ちる音がした。甲高い金属音が鳴り、魔法少女が銃を慌てて拾い直した。その様子を見て、ベルは再びにやりと笑った。