魔女は人間が好き   作:少佐A

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 あれから、一週間は経ったであろうか。

 マミには学校があるため、昼は一緒に居てやることが出来ないが、あまり部屋を荒らしたような痕跡は無く、帰って来た時には決まって眠りこけていた。

 そんなベルと共に生活して、彼女の特徴が段々と見えて来た。

 

 まず、衣服の畳み方を極めるまでは服を買わない、と宣言したように無駄に頑固な部分があること。家での生活でも、その頑固さは健在だった。

 一度自分で決めた『自分ルール』に従って生活をしているため、それに反する行為をすると自分への罰だと言って、食事を取ろうとしないことが多々あった。

 健康に問題があるため、断食だけは説得して止めさせたのだが。

 その『自分ルール』とは、主に朝起きて服を畳む練習や歯磨きは原則三分以上、など。マミとしては、あまり気にし過ぎると健康を阻害するので、こちらも止めさせたいのである。

 

 次に、『暴食の魔女』だけあってか、食への関心が非常に強い。兎に角、食べられるものならば何でも食べた。

 人を選ぶ納豆やお新香でさえ、美味しそうに平らげたのである。彼女には、好き嫌いというものが無いようだ。

 食への関心だけでは無い。一度の食事量も多かったのである。量としては、平均的な成人男性の食事量と同じくらいだろうか。

 どんなものでも食べてくれるため、別段お金に困ることは無いのだが、やはり心配である。

 

「マミ、これで良か?」

 

 発音も、ものを考えることの出来ない幼児とは違って、直ぐに会話できるレベルまで成長していた。

 とはいっても、まだ上手く発音することが出来無いようで、鈍りが非常に強い片言のような日本語になってしまっている。

 流暢に喋れるようになるのはまだまだ先の事であろう。

 

「ええ、上出来よ」

 

 この日、ベルは服の畳み方を練習していた。練習とは言うものの、彼女の書く文字から分かるようにベルは随分と器用であったため、約三日間足らずで綺麗に畳めるようになっていた。

 つまり、これは練習ではなく試験の様なものである。マミは、内心焦りながらも自分の妹が成長していくような錯覚を覚え、つい顔が綻んだ。

 結果は非の打ち所がない程、完璧であった。満面の笑みで親指を立てたマミの真似をして、ベルも親指を立てる。

 

「それじゃあ、ベルが服の畳み方をマスターしたことだし。私服を買いに行きましょうか」

 

 外はまだ明るい。マミが帰って来てから、それ程時間はかかっていなかった。ベルは、目を輝かせてマミの手を取ると、引っ張って催促した。

 何も知らなければ、本当に姉妹のような二人の関係に、マミは満更ではなさそうだ。

 

「服を買うまで、スカートで外出してもらうけど……大丈夫よね?」

 

「ああ、問題ない!」

 

 上機嫌で大きな返事をすると、さっさと着替えて靴を履いた。もう手慣れたものである。

 

 鼻歌を歌いながらスキップをするベルの姿は微笑ましいものであった。

 途中、小石に躓いて何度も転びそうになるが、それよりも私服を変える喜びの方が強いようで、気にもせずに再びスキップをして進んだ。

 ふと、マミのソウルジェムが淡く輝きだした。歩みを止めると、ベルも何かを察したのかスキップを止めて振り向いた。

 

『魔女だな』

 

 突然、ベルが口頭での会話からテレパシーへと切り替えた。

 こんな日中から魔女だのなんだの会話していたら、通行人から変な目で見られるかもしれない。これも、マミが教えたことであった。

 まだ夕方と呼ぶには早い時間帯で、太陽が通行人を照り付けていた。そのためか、通行人はソウルジェムの輝きにも目を向けなかった。光の反射だと納得させたのだろう。

 人間は、本来あり得ないことが起きると、自分の都合の良い解釈や一番納得のいく解釈をしてしまう。それが、人間の最大の強みでもあり、最大の弱点でもあった。

 

『服のことは気にしないでも良い。私の服を買っている時間で人が死んでしまったら気分が悪い』

 

『ありがとう。ベルも着いて来る?』

 

『勿論だ。冬の魔女の件もある。どうも、マミだけでは心配だ』

 

 思い出して、マミは苦笑した。あの時は可愛らしい外見と、微量の魔力から完全に油断てしまっていた。ベルがいなければ、間違いなく魔女の餌となっていただろう。

 

 全速力で走りながら、向かう先はCDショップ。マミに連れられて、一度だけ言ったことがある場所だ。今回は、そこから魔女の反応がするようである。

 孵化の前触れが無かったことから、恐らく魔女か使い魔が移動してきたものだろう。冬の魔女から約七日。妥当な期間である。

 

『ここよ!』

 

『よし来た!』

 

 少量の魔力を使って結界をこじ開ける。飛び込むようにして入ると、一瞬で景色が変わった。

 魔女の結界とは、つくづく不思議なものである。人間を食らうのなら、人間を誘い込むような結界にすれば良い。敵を排除したいのなら、迷いやすい複雑な結界にすれば良い。

 だと言うのに、どの魔女も自身の性質に合わせた結界を創り出していた。かくいうベルの結界も、自身の性質に合わせた結界なのだが。

 

「どいてっ!」

 

 マミの様な魔法少女にとっての魔女退治とは、スピードが命である。

 魔女は、人間の魂を食らって存在している。魂とは、人間の食事のような固体では無いのため、魔女の口づけを施した人間が一定範囲内に入れば、例外なく魂を食らうことが出来るのだ。

 そんな魔女相手にできるのは、素早く退治することのみ。それ以外は許されないのである。

 

『マミ! この先で二人の人間が襲われているようだぞ』

 

 魔法少女が魔女を感知することに特化しているのなら、魔女は人間を感知することに特化している。

 人間を主食とすることを放棄したベルでさえも、その機能は備わっている。それ故に、長い結界の先で何かから逃げるように、不自然な動きをしている人間を感知したのだ。

 

「先に行って、ベル!」

 

『了解した』

 

 魔力が少なくなっているとはいえ、魔女である。魔女の身体は体積が大きいためか、強化魔法に膨大な魔力を消費してしまう。

 だが、人間の身体ならばどうだ。魔女の身体の数十分の一程度しかない、人間の身体の脚力だけを強化するなんて、朝飯前である。

 

 マミの魔力は対集団戦に向いている。手数を増やして、多くの敵を倒せるようにだ。おまけに、超威力の必殺技まであるのだから抜かりはない。

 そんなマミが、どうして人の救助をベルに任せたのか。答えは簡単である。彼女の方が、素早いからだ。

 前記した通り、マミのような魔法少女にとって、魔女退治はスピードこそ命。故に、マミの数倍の速さで走れるベルに救助を任せたのだ。

 

「――うらあアアァァァッ!」

 

 青髪の少女に襲い掛かろうとしていた使い魔に、ラグビー選手のような体勢で体当たりをする。強化されたベルの身体は、正に人間兵器。殴れば使い魔は消滅していった。

 倒せど倒せど、使い魔は出現してくる。魔女は、魔力の続く限り幾らでも使い魔を生み出すことが出来る。しかも、使い魔を生み出すために必要な魔力は零といっても過言ではないと来た。

 やはり、本体である魔女を叩かなければならない。

 

「大丈夫。心配しない」

 

 二人の少女を守るようにして、使い魔の群れの前に立ちふさがる。使い魔は、大きな鋏を構えて一斉に飛び掛かった。量にして、凡そ数十匹。この数は、流石のベルも相手をすることが出来ないだろう。

 

「危ないッ!」

 

 背後の、恐らく桃色の髪をした少女が叫んだ。

 

『ベル…… 君でもこの量は……!』

 

 次いで、珍しくキュゥべえの口から心配するような声が飛び出してきた。血まみれになったキュゥべえは桃色の少女に抱き抱えられている。

 腰を少しよじって振り返る。二人の少女の顔は、絶望の色が浮かべられていた。全く、自分も心配されてしまうようになってしまったか。

 使い魔の鋏が、ベルの頬を掠った。頬から血が滴るのを見て、少女たちが小さく悲鳴を上げる。それでも、ベルは薄い笑みを浮かべて、

 

『問題ない』

 

 少女達を守るように身を倒した。それは、使い魔に背を向ける形になってしまっていた。これを好機と見たのか、ベルの背中目掛けて使い魔たちが襲い掛かる。

 目の前で起こるであろう惨劇に、少女たちが目を瞑ろうとした瞬間、

 

「――待たせたわね!」

 

 無数の魔力の弾丸が、使い魔の群れに降り注いだ。

 


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