魔女は人間が好き   作:少佐A

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魔女

 ベルとマミは、雪だるまの形をした魔女を倒し終えて昼食を食べていた。

 何を食べればよいのか分からないベルは、取り敢えずマミと同じものを注文したのだが、

 

『マミは器用だな』

 

 そう言って、また箸を落としてしまう。今ので五回目だろうか。長らく魔女として生きていたベルにとって、道具を使って食事を取るのは難しいことだった。

 

『おお! ほら、見てみろ。私でも箸を使うことが出来たぞ!』

 

 米を掴んでいる箸は、力を入れ過ぎているのか、上手く支えることが出来ていないのかは分からないが、只管震えていた。

 落とさないように慎重に口元へ運んでいき、素早く口の中へと投げ入れた。漸く第一段階はクリアしたように見えたが、ベルが突然首を抑えて咳をした。

 

「大丈夫!?」

 

 恐らく、米を喉に詰まらせたのだろう。魔女の主食は肉体ではなく、魂である。故に、『噛む』という行為を知らない。

 マミから水を受け取って一気に飲み干すと、目頭に溜まった涙をティッシュで拭き取った。

 

「誰でも、そんな大きいものを食べたら喉に詰まらせるわよ。しっかり噛んで、すり潰さないと」

 

『噛む?』

 

「そう。歯を使って何回も挟むことよ」

 

 再び、プルプルと震える箸で米を口に含むと、しっかりと咀嚼し始めた。マミは既に食べ終えてしまっているが、頑張って食事をしているベルを温かく見守っていた。

 数十秒はしただろうか。茶を飲もうと手を伸ばした時に、ベルの昼食が全く減っていないことに気が付く。

 見てみれば、ベルは真剣な表情で口を動かしていた。教えずとも、口を開かずに顎だけを動かしている様は感心できるのだが、一心不乱に顎を動かしている光景は、不気味であった。

 

「ある程度すり潰したら飲み込んで良いのよ」

 

『そうなのか。てっきり、噛んでいれば消化されてエネルギーへと変わるのだと思っていたぞ』

 

 テレパシーでそう伝えると、ごくんと音を鳴らして飲み込んだ。そしてまた、次の食べ物を口に含んで咀嚼した。今度は、しっかりと数秒噛んでから飲み込んでいた。

 やがて、ベルが昼食を食べ終えると同時に、タイミングを見計らって会計をしていたマミが戻って来た。

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 口元をティッシュで拭くと、店員に小さくお辞儀をしてから店の外に出た。

 どうやら、ベルは人間について知らないことが多いものの、感謝などの最低限のことは知っているようだった。

 

「次は魔女退治、と行きたいところだけど」

 

『先程の魔女以外に反応が無いのか』

 

 マミのソウルジェムに目をやってみると、発光すらしていない自然な黄色い宝石のままであった。

 魔法少女は、負の感情を蓄えたり、魔法を使っているするとソウルジェムが段々と濁っていく。ソウルジェムが濁り切った魔法少女の末路を、この二人はまだ知らない。

 

「そうね。毎日魔女が現れるわけでもないから」

 

「そうだね。最近になってから、見滝原市に出没する魔女の数が増えていっている」

 

 どこからともなく、キュゥべえが姿を現した。昨日と同じように、目を輝かせながらキュゥべえをぬいぐるみの様に抱きしめると、頭を優しく撫でまわした。

 抵抗も無駄と判断したのか、キュゥべえは何食わぬ顔で話を続けた。

 

「昨日、ベルを襲っていた魔女は『監獄の魔女ケルベロッサ』今日の魔女は『冬の魔女ジャック・オ・フロース』というものだよ」

 

 監獄の魔女ケルベロッサ。

 あのクレヨンでぐちゃぐちゃに描かれたような背景は、監獄であったのだ。

 八本足の犬を使い魔として使役する、十六本足の巨大な犬型の魔女。三つの頭はそれぞれ火、水、木の性質を持つ魔法を行使してくる強敵である。

 一人だけで討伐するのは困難であると予測されていた。

 といっても、見た目にそぐわぬ鈍足であるためか、マミのティロ・フィナーレを確認していても避けることが出来なかったのだが。

 

 次に、冬の魔女ジャック・オ・フロース

 使い魔を使役しない、特殊な魔女である。そのうえ、分裂している雪だるま全てが魔女であると言う、極めて稀な性質を持っている。

 魔女が倒されるたびに、他の魔女に魔力が還元される。倒すたびに、どんどん強くなっていくのだ。

 そのため、最後の一匹になると他の魔女をも優に凌ぐ魔力を有することとなる。

 残った最後の一匹が放つ高位力のレーザービームは、圧倒的な強度を誇るマミのリボンですら、簡単に破り去ってしまっているのを見れば分かるだろう。

 

 この二体の魔女の強さは、ベテランのマミでさえ油断すればやられるような強敵なのである。

 それほど強大な魔女が、何の前触れもなく突如として現れたのだ。

 名づけられていることから、生まれて間もない訳ではない筈なのだが。

 

「そうよね。前触れもなく、魔女が立て続けに表れるなんておかしいわ」

 

『私も含めてか?』

 

「勿論。普通なら、三日も経たずに同じ地区内で魔女が二体出没するだけでも珍しいのよ。あなたを含めたら三体。珍しいなんて言葉では片付けられないわ」

 

 魔女とは、虫や猫の様に、何処にでもいる存在ではないのだ。主食も好物も人間であるため、人の多い繁華街などを住処にしている魔女が多い。

 だが、それでも同じ地区に存在する魔女は基本的に一体なのである。

 偶に、二体の魔女が住み着いている場合もある。しかし、三体もの魔女が同じ場所に居つくなど殆どあり得ないのだ。

 何故あり得ないのか。答えは簡単である。その土地に存在する魔女が多くなればなるほど、自分の取り分が減っていくのだ。

 

 自分たちの食事である人間は、この世界中の陸地なら殆どの土地で存在しているため、態々取り分の少ない土地に住み着く理由が無いのだ。

 魔女は、古い魔女の反応が消えても、『魔女の口づけ』を施した人間を食い切るまでその場から動きはしない。

 だからなのか、新しい魔女がそこへ住み着くには大体五日から一週間程掛かるのだ。

 

 だと言うのに、見滝原市ではベルに続き、ケルベロッサ、ジャック・オ・フロースの三体が連続して出没したのだ。

 同じ魔女から生まれた使い魔で、同時に魔女へと成長したのならあり得ない話ではないのかもしれない。

 だが、この三体の性質は誰が見ても全く別のものであろう。

 

「兎に角、ここで何かが起きるのは確かみたいだね。もしかすると、魔女は何かを目指しているんじゃないかな」

 

『別に、この地域に特別な物は感じないが』

 

 やがて、キュゥべえの頭を十分に堪能したのか、腕を緩めて開放する。待ってましたと言わんばかりの勢いで腕から飛び出すと、マミの肩に乗った。

 

「それは、ベルの感覚だからじゃないかしら。特殊な魔女であるベルには感じ取れないだけじゃない?」

 

『それもそうだな。決めつけるのは些か早計だったか』

 

 顎に手を当てて黙り込む。確かに、何も考えずに主観だけで決めつけてしまうのは良くないだろう。だが、ベルも魔女なのだ。

 普通の魔女に感じられるのなら、幾らベルが特殊な魔女だとはいえ、感じることが出来ないはずが無い。

 もしかすると、魔女だけが感知できる特殊な何かではなく、もっと大きな何かがこの見滝原市に存在しているのではないだろうか。

 材料が無い今は、何を考えても無駄である。

 この話は終わり、と言わんばかりに手を叩いて大きな音を鳴らすと、肩に乗っているキュゥべえを塀の上へ乗せた。

 

「それじゃあ、今日は早く帰って家事の練習でもしましょうか? 服の畳み方も」

 

『勿論だ! 是非、御教授願いたい!』

 

 相も変わらず、見た目と口調が一致していない。

 ベルは上機嫌でマミの手を取ると、小さな子供の様に大きく足を振って歩き出した。

 二人の仲睦まじい光景は、正に姉妹そのものに見えたという。


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