魔女は人間が好き   作:少佐A

37 / 38
37話 切り札

「ほむらっ!」

 

 振り下ろされた学習机を弾き返さんとさやかが割って入る。暴食の魔女がこねくり回した学習机は不完全だったのか、さやかのサーベルの刃をその身に受けると容易く粉々になった。

 魔力の粒子となって降り注ぐ学習机の香りを、ほむらは知っていた。その魔力は、紛れもなく委員長の魔女の魔力だ。ほむらにとって遠い過去に相対した魔女ではあるが、忘れもしない存在。

 まどかとほむらが魔法少女になっていないのであれば、魔女狩りに勤しむマミが討伐しているはずの魔女。非常事態にイレギュラーが重なって混乱していた意識を無理やり覚醒させ、ほむらは暴食の魔女から距離を取った。間一髪、振り下ろされる二つ目の学習机をかわしながら。

 

 暴食の魔女は、他の魔女の性質を真似ることができる。それは喰った魔女に限る可能性が高いだろうが、最悪の可能性を想定するべきだ。楽観的でいるべきではない。少なくとも、暴食の魔女の変幻自在な性質についての考察に間違いはないだろう。それが、ほむらの出した結論だった。

 状況を掴めていないさやかは、未知の攻撃を仕掛けてきた暴食の魔女を警戒していた。彼女は、委員長の魔女と相対したことがない。故に、暴食の魔女が他の魔女の性質を真似たという結論には至れていない。

 そのうえで、魔法少女になったばかりではあるが、その高い潜在能力と勘の良さで魔女の性質の変化を感じ取ることはできている。状況を掴めていないなりに、暴食の魔女の性質の厄介さを漠然と理解していた。お菓子の魔女の手品を目の当たりにしていたさやかによって、魔女は何があっても油断をしてもいい相手ではないのだ。

 

 距離を取った魔法少女たちに追撃を加えるでもなく、暴食の魔女はその場に佇んでじっとさやかとほむらを観察していた。複眼を忙しなくうごめかせて、さやかの腹を見る。続けて、ほむらの手の甲を見つめると、涎を垂らしながら唸り声をあげた。

 狙いはソウルジェムだ。

 

「Ooo!」

 

 魔女が駆ける。なりふり構わず獣のように、肢を無造作に放りながら魔法少女をその身ごと喰らわんと突進する。真っ先に狙われたのは強力な魔法を使っていることが明らかなほむらだった。魔女の突進に合わせて巻き添えを食らわないようにさやかはまどかを抱いて飛び退き、ほむらがその反対方向へ逃げる。魔女は愚直に逃げたほむらを追いかけた。

 

 今しがた、予想外の出来事で足を止めてしまったほむらだが、伊達に時間を繰り返してはいない。気が遠くなるほどの魔女との戦闘の経験は、ほむらの対魔女戦闘能力を磨き上げた。四人の魔法少女の中で、最も魔女との戦闘が"巧い"のはほむらだろう。

 ほむらの得意な魔女戦は単独での耐久戦と物量戦だ。時間停止による圧倒的な回避能力と強力な不意打ちに加えて、膨大な数のグリーフシードによる無尽蔵な回復力。極めて強力な魔法ではあるが、この魔法が連携能力の欠如に拍車をかけている。

 マミや杏子ほどの魔法少女であればほむらの魔法に無理やり合わせて連携することはできるものの、基本的には一人で戦う方が、巻き添えを気にする必要が無くて気が楽になるのだ。

 

 さやかに匹敵する速度で繰り出される格闘や噛みつきを軽やかにかわしながら、学習机による不意打ちを銃火器で迎撃する。魔女を相手に舞うように攻撃と離脱を繰り返して、さやかの様子を確認する。

 まどかを守りながら、戦闘の蚊帳の外であることを理解したうえで警戒を解かずにいつ目標が変わっても対処できるように身構えていた。時折、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてサーベルの柄を握り締めている。加勢するべきか否かで判断に迷っているのだ。

 

 ほむらが対魔女戦が巧いことはさやかも理解している。しかし、如何せん攻撃力が足りていない。それも、絶望的なまでに。

 数分の攻防の間に、ほむらの攻撃で魔女は外皮に一切の傷を負っていない。関節や腹、翅などの弱点に直撃させようが、ものの数秒で再生してしまう。このままでは無尽蔵な耐久力を誇るとはいえ、ほむらが墜ちるのは時間の問題だ。

 かといって、さやかが加勢して仕留め切れずに目標が変わってしまえば。まどかの護衛と魔女との戦闘役が入れ替わってしまえば、今の綱渡りの如く保たれた均衡は崩れ去る。

 

 さやかには、ほむらほど巧く立ち回れる自信がなかった。さやかが得意な戦法は、素の回復力の高さによる無茶と魔法による制圧をメインにした速攻戦だ。強靭な耐久力を誇る暴食の魔女を相手にするには、さやかもまた攻撃力が足りていない。

 さらに言えば、まだ秘めているかも知れない隠し玉を考えると、さやかは戦場に飛び込むことができなかった。恐怖に足がすくみ、親友の危機を黙って見ていることしかできない自分に歯噛みしながら、サーベルの柄を握り続ける。

 

「撤退して!」

 

 うつむいたさやかの耳に、ほむらの叫びが届く。

 

「でも」さやかが口ごもる。「早くッ!」

 

 叫ぶほむらの声に余裕はない。ほむらに従うべき状況なのは明らかだった。この場に残り続けたところで、さやかが何かできるわけでもなく。まどかもまた、何か策を講じることができるわけでもない。

 後ろ髪を引かれながら、魔女の結界から離脱する準備を整える。ほむらの邪魔にならないよう、魔女に察知されない迅速な離脱が求められた。

 

「明日っ!」

 

 まどかが声をあげた。使い魔は人間であるまどかを狙ったが、暴食の魔女は魔力のある物以外に興味を示さない。何もできない自分でも、鼓舞くらいならできるはずだと言い聞かせて、恐怖に震える喉を抑えてしゃくりあげるように叫ぶ。

 

「明日! 学校休んじゃダメだよ!」

「……さあね。寝坊くらいはするかも」

 

 調子を取り戻すために軽口を叩きあいながら、まどかとさやかは結界から離脱した。

 一度、仕切りなおすために距離を取った。

 

「来なさい。魔女」

 

 出し惜しみはしない。してはならない。

 暴食の魔女がワルプルギスの夜の幼体であると決まったわけではないが――暴食の魔女を仕留めなければ、この"時間軸"は終わりだ。

 挑発に乗った魔女が再び駆ける。

 

 隕石のような拳の一撃をかわし、複眼へと銃弾を撃ち込む。弱点の一部ではあるが、潰れた眼球の一つを気にすることなく魔女は飛び込んでくる。複眼は、すでに再生していた。

 噛みつきながら飛び込んでくる魔女をぎりぎりまで引き付けて手榴弾を喰わせて内側からの破壊を試みる。くぐもった爆発音と共に魔女が動きを止め、違和感に首を傾げつつ張り手を繰り出す。

 魔法を使ってロケットランチャーや手榴弾を無造作にばらまきながら距離を取る。目の前に出現した近代兵器を掴み取ろうとするも間に合わず爆発。結界が悲鳴を上げるほどの爆発と振動。巻き上がった粉塵をかき分け、煩わしそうにまとわりついた破片を振り落とすと、魔女が怒りの雄叫びをあげた。

 どれも、致命傷どころか、有効打にすらなっていない。気が遠くなるような疲労をソウルジェムによる感覚の操作で押し殺しながら、再びほむらと魔女は衝突する。

 

 ほむらの攻撃力では暴食の魔女を討伐することはできない。再三の確認になるが、これは何度も衝突を繰り返したほむらが最も強く実感していた。何よりも脅威なのは、暴食の魔女の学習能力の高さだ。

 最早、どれほどの時間が経ったかも分からない。数分か、あるいは何時間も戦っているのかもしれない。いずれにせよ、暴食の魔女はほむらが時間停止の魔法を発動するたびに、魔女の勘ともいえる第六感で対応し始めている。

 ほむらが魔法を発動するタイミングを読み、フェイントを仕掛けてくるのだ。未だ、魔女の攻撃が届くことはないが、時間停止の魔法を感知して対応しているという事実は、ほむらを焦らせた。今この場で、不利な状況なのはほむらの方だ。窮地に陥るのは時間の問題だった。

 

 振り下ろされた拳をかわせば、魔法を解除したタイミングと同じ瞬間に張り手が飛んだ。体勢を整えた魔女の噛みつきに合わせて口内にロケットランチャーを打ち込めば、弾頭をかみ砕きながら掴みかかってくる。

 どれも、狙った場所はほむらのいる位置と全く見当違いの場所だった。それでも、運が悪ければ思いもよらないタイミングで直撃を受けることになる。

 

 更に数度、打ち合いが続く。ほんの一瞬、力を掛け違えて足を滑らせたほむらへ、ここぞとばかりに魔女の攻撃が襲い掛かる。それと同時に。

 

 不意に、結界が揺らいだ。結界へ新たな侵入者が現れたことを知らせる揺らぎだ。真っ先に気付いたほむらと違って、結界の主である暴食の魔女は視野が狭まって気づいていない。

 侵入者の検討はついている。ほむらが行うべき行動はかく乱と誘導だ。時間停止の魔法を無造作に連発して、爆発物をばらまき続ける。より、魔女がほむらのことしか考えられないように、目立つように動く。

 

 やがて魔女は、ほむらの自暴自棄になったともとれる行動の変化に違和感を抱いて様子見を始めた。そうして、結界内の異変に気が付いて身構えるも、全て遅い。

 魔女が下手人に気がつくよりも早く、朱色の長槍が魔女に向かって飛び掛かった。ほむらの爆発物が起こした粉塵を貫きながら、魔女へ一直線に飛来する。迎撃を試みた魔女の攻撃は、一撃すらも朱色を捉えることができない。

 場を仕切りなおすために距離を取りたがった魔女が、飛び立つために翅を目一杯広げる。それが命取りとなった。

 

 一瞬のうちに、魔女の翅が長槍によって串刺しにされた。翅を串刺しにした長槍を器用に分裂させて壁に縫い付けると、朱色の魔法少女はほむらを庇うように立ちはだかった。

 翅を壁に縫い付けられた魔女は、身動ぎすることしかできない。槍を抜こうにも、穂先が返しとなって容易に引き抜けないのだ。結界の壁の頑強さ裏目に出て、不自由な体勢では壁を破壊して抜け出すこともできなかった。

 ほむらの攻撃では精々傷をつけるだけで精いっぱいだった魔女への、初めての有効打だ。

 

「あんた、疫病神かなんかなんじゃないの?」

 

 朱色の魔法少女――佐倉杏子が呆れたように肩をすくめる。怠惰の魔女との戦闘で満身創痍になった熟練の魔法少女は、未だ健在。肩で息をするほむらの背中を叩いて激励しながら、暴食の魔女を睨みつけた。怠惰の魔女との戦闘による負傷は完治していないが、それを感じさせない気迫だ。

 睨みつけられた魔女が苦し紛れに学習机を魔法で投擲してくるも、ただの弾丸では魔法少女への目くらましにすらならない。遅れて登場したさやかが迫りくる学習机を叩き落とす。

 

「まどかは帰したから、今度はほむらも帰してあげないとね」

 

 戦線を離脱したさやかは、応援を呼んでほむらの助太刀に駆け付けたのだ。続々と駆け付ける魔法少女たちは、魔女の足止めと拘束に専念している。とどめを刺すのは、圧倒的な高火力と制圧力を誇る魔法少女たちの切り札だ。

 ここで、極めて高密度の魔力が頭上に集まっているのを魔女が察知した。見上げれば、巨大な砲身が罪人を指し示すが如く暴食の魔女へと向けられている。この魔法は受けてはならないと、魔女が初めて焦りを見せる。しかし、いくら抜け出そうと抵抗したところで縫い付けられた槍を引き抜くことはできず、学習机の射出による抵抗は全て青色の閃光が叩き落とした。

 

 ――魔女に逃げ場はない。

 

 金色と見間違うほど光り輝く黄色の魔力光が、天井から降り注ぐ。直撃を受けた魔女は呻きをあげ、やがて、その活動を停止させた。




誤字報告ありがとうございました。
先日、やっと使い方と見方を理解してまとめて適用させていただきました。

引き続き、本作をよろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。