魔女は人間が好き   作:少佐A

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36話 衝撃

 ベル――暴食の魔女の結界は、ほむらがかつて目にしたものとは別世界のような光景が広がっていた。

 

 殺伐としていた食堂に、かつての静寂はない。いくつも並べられた巨大な食台の上を踊りまわる銀食器の使い魔どもは、新鮮な食材の登場に身を震わせて歓喜の雄叫びをあげている。ぎゃりぎゃりと、銀を擦り合わせたような金切り声は、ほむらたちに不快感と苛立ちを抱かせた。

 踊り狂う使い魔は、品定めするように3人に視線を這わせた。ほむらを見て、遠くのさやかを睨みつけて、背後のまどかを覗き込んで――跳躍。狙いは明らかだった。

 

「さやかっ!」

「任せて!」

 

 変身は終えている。使い魔の攻撃に合わせて、ほむらが銃の引き金を引いた。的の大きなフォークをほむらが撃ち落とし、銃弾を交わすように身をよじりながら突進するナイフをさやかが弾き返す。

 

 食事を邪魔された使い魔どもは、苛立ちを隠さずに歯ぎしりをしながらも再度の突撃は行わず、冷静に態勢を整えていた。使い魔の数は多くない。涎をまき散らしながら歯ぎしりをしている皿が3匹に、柄に生やした大量の目玉を世話しなく動かしているナイフとフォークがそれぞれ3匹。

 合計9体の使い魔は、不意打ちをいなした魔法少女たちを警戒するように距離をじりじりと詰めた。ナイフとフォークが3人を取り囲むようにしてゆっくりと回転している。

 

 試しに距離を取っている皿に銃弾を撃ち込んでみるが、堪えた様子すらない。凄まじい防御力である。にらみ合いを続けて、しびれを切らした皿が号令を出すとナイフとフォークが突撃を仕掛けてくる。それを迎撃すると、入れ替わるように次のナイフとフォークが攻撃を仕掛ける。数度、迎撃をすると再び3人を取り囲んでにらみ合いに逆戻り。

 皿だけでなく、ナイフとフォークもそれぞれ凄まじい耐久力を誇っている。どれだけほむらが銃弾を撃ち込んでも、さやかが切り返しても、傷一つない。そして、いつまで経っても距離を取って号令を出すのみで自らは突進を仕掛けてこない皿。使い魔の性質は、歴然だった。

 

「絶対あの皿でしょ! ムカつく!」

 

 さやかもほむらと同様に使い魔の性質に気が付いたようだった。ナイフとフォークはいくら攻撃を加えても意味がない。恐らくは、本体である皿をどうにかする必要がある。9体の使い魔は、別々の使い魔に見えて皿とナイフとフォークでひとまとまりの、三位一体の使い魔だ。

 先ほどほむらの銃弾を弾いたことから、生半可な攻撃では本体にダメージを与えることもできない。ならば、狙うのはその無駄に大きな口だ。体内へと攻撃をするだけでなく、効率的にダメージを与えられる爆発を起こせるような武器ならば最も良い。例えば、手榴弾などは特に有効ではないだろうか。盾の中の手榴弾を握る。

 さやかも同じ結論に至ったようだった。

 

「いける?」

「任せて」

 

 さやかの合図と同時に、まどかを守るために傍を離れなかったほむらが一転、使い魔の皿へと肉薄する。反応は歴然だった。時間停止の魔法を利用して皿の目の前へと瞬時に移動したほむらに対して使い魔がとった行動は、迎撃だ。

 

 まどかとさやかを取り囲んでいたナイフとフォークの内、それぞれ一本ずつがほむらを刺し殺さんと突進を仕掛けてくる。それと同時に、ほむらが消えたことで邪魔者がいなくなったとばかりにまどかとさやかへ一斉攻撃を仕掛ける4本。そこに、連携を崩す隙を見た。

 意識外からの奇襲ならいざ知らず、やみくもな突進など、どれだけ速かろうがほむらの魔法の前では等しく無力だ。皿に接近したように時間を停止させ、皿の口目掛けて手榴弾を放る。目の前で刺し殺したほむらをそのまま食うつもりだったのか、大口を開けて笑っている目標に狙いを定めるのは、容易なことだった。

 

 時間停止の魔法を解除。そして、爆発。

 

 手榴弾を飲み込んだことにすら気が付かずに、皿は高笑いを食堂に響かせたまま膨張し、破裂したのだ。残響する高笑いに爆発と吹き荒れる爆風が混ざった雑音に気を取られながらも、4体のナイフとフォークがさやかへと突進を仕掛けた。

 ほむらの予想通り、さやかの思った通りというべきか。一見、連携力が高そうな使い魔だが、その根底にあるのは食への渇望なのだろう。

 

「魔女が魔女なら、使い魔も使い魔ね」

 

 共食いをする魔女という存在に対して、ほむらはあまり良い感情を抱いていない。そもそも、魔女が人間を食うのは食欲を満たす以外にも、魔女として成長するためでもある。人間も食欲を満たしつつ、成長するために食事をするのだ。元が人間である以上、根本の部分は同じであるとほむらは常々考察している。

 人が人を食うように、魔女が魔女を食うようになった理由があるとすれば。それは、魔女自身が人間よりも魔女を食った方がより効率よく成長できると判断したからに他ならないはずだ。ベル個人の人となりは好ましいとは思っているのかもしれないが――それとこれとは話は別なのだ。

 

「kkk」

 

 一対の使い魔を倒して考え込むほむらへと、今度は皿の方から肉薄してきた。ナイフやフォークに比べると、動きは緩慢だ。先ほどと同じように時間を停止して手榴弾を手に取り、皿が口を噤んでいることに気が付く。

 

「小賢しい」

 

 この場での殲滅を諦めて、一度さやかとまどかの元へと戻る。皿は、明らかにほむらの魔法を理解した上で対策を取ってきているのだ。

 一度止めた時間のなかを無制限に引き延ばす、動き回ることはできないなどといった制約を理解している。学習能力が高くて持久力に優れる、この上なく厄介な使い魔だった。

 

 こちらが手札を切れば次々に学習して対応してくるのならば、あまり長期戦に持ち込むのは得策ではない。ただでさえ平均的な使い魔よりも遥かに協力なのだ。その上、使い魔を殲滅したあとに次が出てこないとも限らないだけでなく、後に暴食の魔女が控えている。攻撃力に難のあるほむらだけでは、難しい状況だ。

 

「ね、ねえ!」

 

 まどかが口を開いた。さやかとほむらに守られながらも、二人の戦いから目をそらさなかったまどかは、この戦場の中で全体を俯瞰できていた唯一の存在だった。

 

「私に考えがあるんだけど……」

 

 まどかの提案した作戦は単純かつ明快だ。二人で先ほどと同じようにまどかを守りながら迎撃を行い、皿が大口を開けた瞬間にさやかのサーベルの刀身に手榴弾を括り付けて刀身ごと射出する。それだけだ。それだけだが、それが良い。シンプルながらも、強力だ。

 まどかの提案を二人は二つ返事で受け入れた。予め手榴弾をサーベルに括り付けては感づかれる可能性があるため、隙を見つけたらアドリブで連携を行う。

 

「初めての共同作業ってカンジ!」

「そうね」

「もうちょっとあるじゃん! そっけないなあ」

「冗談よ」

 

 機会は、それほど待たずに訪れた。使い魔は、目の前の獲物を中々口にできずに苛立っている。口を舐めたり、歯ぎしりをしたり、しきりに口を動かしている皿はやがて、苛立ちを隠さず、号令を出すかのように雄叫びをあげた。

 

 一斉に飛び掛かってきたナイフとフォークを迎撃しながら、皿を観察する。代わる代わる突進させて休み暇を与えない波状攻撃にさやかとほむらが疲れを見せ始めたとき、魔法少女たちの様子に気分を良くした皿がひと際大きな高笑いをあげた。

 すかさず、さやかが刀身を射出する準備に入る。ほむらも、時間を停止して迎撃をする傍らに、止まった時間の中でサーベルに手榴弾を括り付けた。準備は整った。

 

 刀身を射出しようとして、瞬き。さやかが異変に気が付いた。刀身を射出しようとした今この瞬間、皿が思惑に気が付いて口を噤みかけている。作戦の失敗は、後ろで同じ使い魔を注視していたまどかも感じ取っていた。

 

「ほむらちゃん」

 

 親友二人が守ってくれている――必ず守ってくれる。信頼は、まどかに大いなる勇気を抱かせた。

 きっと、これが最も有効な誘導方法だ。ほむらもさやかも、思い付きはしても絶対に口をしないだろう。提案しても止められるに違いない。あとで怒られても、やるしかないのだと。そう言い聞かせて。

 

「危なくなったら助けてね」

 

 まどかが駆ける。

 

「まどか!」

 

 派手に転んだふり。まどかが勇気を振り絞ってとった手段は、つまるところ、自分を囮にした誘導だ。守られていたまどかが遂に緊張に耐えられなくなり、思わずよろけて足をもつらせた。使い魔には、そう見えていた。

 絶好の機会を逃すまいと、降って湧いたチャンスに使い魔たちは喜びを隠さずに攻撃を仕掛ける。高笑いが響く。さやかの行動を警戒していた使い魔は、完全にまどかの誘導に引っかかって油断しきっていた。

 

「さすが!」

 

 射出。

 さやかの射出した刀身は、音を何周も置き去りにして皿を貫くように体内へ潜り込んだ。衝撃は凄まじく、命中した皿が刀身の勢いそのままに回転しながら宙を舞う。その勢いは、ターゲットが自分じゃないからと高を括っていたもう一体の皿をも巻き込んで転がった。そして、その後爆発。

 運良くもう一体の皿を巻き込んで爆発させることができたが、一対のナイフとフォークは不安定ながらも距離を取って様子見を続けている。最後の皿を仕留め切れていないことは明白だった。煙が晴れたその中に、ところどころひび割れた皿が歯ぎしりをしながら姿を現す。使い魔に、先ほどまでの余裕はない。

 

 手榴弾が爆発したとき、命中した使い魔だけでなく、括り付けていたさやかのサーベルも同時に砕け散っていた。魔力で編まれたサーベルの破片は、そのまま爆風に乗せられて魔力でできた散弾と化す。その散弾に巻き込まれて、高い防御力を誇る皿だろうが遂にその外殻に傷を負ったのだった。

 

「kkkkk!」

 

 皿のひと鳴きでナイフとフォークが皿の元へと戻っていった。皿を守るように1対の使い魔が回転している。本体である皿が手負いだとはいえ、未だ強靭な防御力を誇る外殻は健在だ。何度攻撃を命中させても不死身の如く戦線復帰してくるナイフとフォークは、攻めでは突進しか出来ない雑兵であったが、守りではさながら強かな守衛だ。

 にらみ合いが続く。使い魔が本体を守る一方で、魔法少女たちも力なき友人を守るために迂闊な行動をすることができない。避けたかった長期戦は必至だった。ただでさえ、こちら側は魔法の酷使によるソウルジェムの穢れというタイムリミットがある。あまりにも長引くようだったら一度撤退してマミと杏子に協力を仰ぐ必要があるかもしれない。

 苛立ちながら盾の中で銃を弄っていたその時だった。

 

 魔女が動いた。

 

「Oooooooooooo!」

 

 空気が震えた。それは比喩でもなんでもなく、純然たる事実だった。

 心臓を鷲掴みにされたような重低音の唸り声を挙げながら、遂に暴食の魔女が据え膳を食らわんと動き出したのだ。生き残っていた唯一の使い魔が、再び歓喜の雄叫びをあげている。王が遂に重い腰を上げたのだ。王の食べこぼしにありつけるはずだった。

 

 健気に喜ぶ使い魔を無造作につかみ取って、握りしめる。およそ生き物とは思えない金属音の混ざった断末魔を響き渡らせながら抵抗する使い魔に目もくれず、磨り潰したそれを口の中で転がして味わい、余った破片を手の中で弄びながら魔法少女たちに近づいてくる。

 巨大な蠅と人間を混ぜ込んだ合成生物を彷彿とさせる異形には、今までの魔女とは一線を画す不気味さと悍ましさがあった。近づきながら、暴食の魔女はぎょろぎょろと不規則に震わせていた眼球を制御し、次第に一人の魔法少女へ注目を向けた。

 

 流星群の如し視線が降り注いだ哀れな魔法少女はほむらだった。

 ほむらへと接近する暴食の魔女は、弄んでいた使い魔の破片に魔力を注ぎながら粘土のようにこねくり回して武器へと作り替えた。一度、二度。使用感を確かめるように、風切り音を鳴らして振り回す。力に耐えきれず部品が飛び散ったままのそれを、満足そうに数回振り下ろすと、ほむらに向かって叩きつけんと振り上げた。

 

「なんで」

 

 ほむらは動けない。足がすくんだわけでも、魔女の未だ見ぬ能力で身動きを封じられたわけでもなかった。

 ほむらにとって見間違えるはずもない。銀色の上にでたらめな塗り方をされたかのような光沢を発しながら、暴食の魔女の武器が一直線に振り下ろされる。

 

 共食いをする魔女とは、それすなわち――魔力の増幅だけでは――。やけに、"今回"は思考の沼にハマって抜け出せなくなるな、なんて思いながら我に帰ったときには既に眼前には鈍器があって。

 

「あ」

 

 学習机。

 




ひと月に一話を目指していましたが、本当に月の最終日に投稿することになるとは情けないお話です。

誤字報告ありがとうございます。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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