魔女は人間が好き   作:少佐A

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マミさん

 魔女の攻撃に対する反応が遅れて勢いのままに殴り飛ばされる杏子を生成したリボンで受け止めると、マミは新たに生み出した銃の大群の引き金をまとめて引いた。まるで花火のように破裂音を立て続けに鳴らして、魔力が射出される。

 展開された弾幕を移動手段が無い魔女には避ける術がない。殺害してしまえば使い魔から蘇生されるため、マミの攻撃も多少の手加減が加えられたものであった。飽くまで目的は無力化、思惑通り直撃しようとした直前、魔女は己の頭蓋をミイラのように細く乾いた腕で握り潰した。

 人型に近い魔女は弱点もそれに準ずる。頭部を己で握り潰した魔女の肉体は消滅し、代わりに二人の背後の使い魔から蘇生して腕を伸ばした。

 

「チィッ!」

 

 忌々しそうに舌を鳴らして、杏子は大きく体を仰け反らせる。伸縮自在のリボンをゴムのように扱って、マミは上空へと回避する。つい先刻まで二人の頭部が存在していた空間を、魔女の巨大な手のひらが薙いでいた。

 奇襲が失敗に終わった魔女の表情は白い面を被っている所為で窺い知れない。鳴き声一つ発さずに首をへし折って自害をすると、今度は跳躍したマミの遥か上空に出現した。結界内に入って見渡した時には上空に使い魔なぞ存在して居なかった筈だが、大方、魔女が攻撃と同時に打ち上げたのだろう。今までに見ない魔女の知能の高さに舌を巻きながらも、マミは二度目の奇襲の回避も成功させた。己の身体にリボンを巻き付ければ身動きの取れない空中でも然程不自由なく動くことが出来るからだ。

 出現した位置から少しも動かずに上空で静止する魔女は回避行動を取り続けるマミを執拗に狙い始める。地上で動き回れる杏子よりもリボンを使って宙を移動するマミの方が倒しやすいと睨んだのだろう。マミを握り潰さんと迫る魔女の腕は、不思議なことに伸ばす際の動作の一切が省略されている。それが魔女の能力なのだろう。

 指の隙間から回避して自害出来ないように魔女の腕を狙うマミの背後から迫る一本の腕。それは、無情にもマミの頭部を包み込んで握り潰した。

 

「こっちは任せろ!」

 

 それと同時に杏子は石突きを地面に突き差して槍の柄を急激に伸ばした。勢い良く伸びる槍の穂先は魔女の左半身を抉り取る。支えを失ったマミの身体が宙に投げ出されるが、その頭部は残されていない。

 

「やはり、時間操作系の魔法の一種なのかしら?」

「断言は出来ないが、そうじゃないとあの動きは説明が付かないね。全く、あの蝿と言い、何時から此処は魔女(化けモン)の巣窟になったんだ」

 

 死体を放られた筈のマミは杏子の隣に立って銃を構えた。狙いは頭部を失った自分の身体。小さな弾丸が音を鳴らさずに飛び出し、落下するマミの死体の心臓を貫いた。初めは小さな爆発から。マミの死体は瞬く間に肥大化すると、熱風と轟音を撒き散らしながら爆発した。その衝撃で使い魔の大半が焼け焦げ、強い風に提灯の紙部分が破れて消滅する。

 流石の杏子もこの衝撃は予想していなかったらしく、皮膚を焼く真夏の炎天下のような肌の感触に顔を顰めた。犯人であるマミに抗議の目を向けると、申し訳なさそうに手を切った。もう片方の空いた手で銃を繰るのは忘れない。

 跳躍した杏子の二度目の攻撃に魔女の右半分の腕も切断される。魔女の能力を持ってすれば防ぎ切れた攻撃の筈だが、魔女は成す術も無く杏子の槍の刃を受け入れた。そんな魔女の様子に杏子は心当たりがあるようだ。

 

「知能がある所為で本能で動き切れないのか」

「そうね、他の魔女に比べると反応が遅い。それでも、あの不死性と動作の一切を省略する能力は脅威だけれど。それに」

「他の魔女に比べて遥かに頭が良い、か?」

「……ええ、まるでベルみたい」

「ベル? ああ、アイツのことか。後でソイツの話、聞かせて貰うからな」

 

 会話を打ち切って魔女へと目を向ける。弱々しく残っていた魔女の反応が突然消えたのだ。消滅する死体は杏子が刻み付けた傷以外に目立った外傷は無い。首をへし折る、頭部を握り潰すなどの行為による自害が行えない以上、考えられることはただ一つ。

 

「あんにゃろ、舌を噛みやがった」

 

 不機嫌そうに杏子は呟く。当然だ、腕を全て断ち切るか拘束すれば使い魔の殲滅にも邪魔が入らずにその後に無理なく討伐出来たかも知れないと言うのに。やはり、今度の魔女は一筋縄ではいかない相手だった。

 使い魔は放っておくと増殖し、使い魔に構っていると魔女の攻撃を受けてしまう。絶妙な魔女と使い魔の連携に杏子とマミは思わず肩を落とした。

 

「やるしかないみたいね」

「そうだな。アタシは魔女の相手をする」

「そう、じゃあ私は使い魔の殲滅を担当しようかしら」

「しよう、じゃなくてするんだよ」

「あら、私が逆の意見を言う可能性は考えなかったの?」

「アンタは自分のやること位分かってるヤツだろ」

 

 杏子の思いがけない一言に内心驚きつつも、マミは笑顔で返して駆け出した。杏子は何もマミの考え方が気に入らなかっただけで、実力に関しては認めている。それ故の発言だったのだが、どうもマミに勘違いされたらしいということを悟ると、面倒臭そうに舌打ちをして蘇生した魔女に槍を振るう。振るわれた槍は案の定、魔女に弾かれてしまう。

 魔女と魔法少女、一向に動こうとしない二人はお互いの出方を窺っていた。杏子の役割は飽くまでも時間稼ぎ。如何に魔女を惹き付けていられるかが重要なのだが、どうも先程から魔女の様子がおかしい。不審に思った杏子は魔力の探知を開始して、背後に魔女の魔力反応を見つける。向き合っている魔女は既に絶命していた。

 背後に槍を回して先制攻撃を仕掛けるも手応えが無い。振り向いてみれば、その魔女も既に絶命していた。同時に迫り来る十数の魔女の腕。舌を噛んで自害した魔女は杏子の背後に蘇生した後、再び自害して元の位置に戻ったのだ。不意を取られた杏子の手足を掴み取ると、圧し折らんとばかりに力を込めて後ろに曲げる。

 

「あああああッ!?」

 

 余りの痛みに悲鳴が漏れる。魔法少女となって強化された身体ではあるが関節はどうしようもなかった。肘が、膝が、みしみしとプラスチック定規を折り曲げたような不快な音を奏でる。

 

「あぐっ――らああああッ!」

 

 ぽきりと腕の折れる音がした。

 

「ふーっ、ふーっ」

 

 肩で息をしながら一番痛む左の肘を押さえる。歯が砕けんばかりの力を込めて噛みしめた槍の先は魔女の腕に絡みついたままだ。槍が絡みついた魔女の腕は痛々しく圧し折れている。折れたのは魔女の腕であり、寸での所で杏子は戦闘不能を回避したのだ。一本を折っただけでは拘束を解けなかった筈だが、見てみれば魔女の腕の数本も根元から圧し折れている。強固に結ばれたリボンが魔女の腕を圧し折ったのだ。

 

「余計なこと……しやがって」

 

 息を整えて悪態を吐く。こっぱずかしくて、感謝の言葉を伝えることは不器用な杏子に出来やしない。

 形勢は不利だ。一度死ねば完全な状態で蘇生できる魔女と回復に時間が掛かる杏子では明らかに差がありすぎる。懐から取り出したグリーフシードで濁り切ったソウルジェムを浄化しながら、杏子は痛みと疲労で纏まらない思考を止めた。考えてばかりでは始まらない、と蝿の姿をした魔女(ベルゼブレ)と対峙した時の感覚を思い出して気を引き締める。あれと比べれば目の前の魔女など恐るるに足らず。グリーフシードが使用限界になる前に懐にしまって別のものを取りだす。今はキュゥべえが近くに居ない以上、下手に孵化されるといけないからだ。

 マミによるリボンの拘束から脱出した魔女の杏子への追撃が始まる。手数で圧倒的に不利である杏子は、代わりに持ち前の素早さを生かして魔女の攻撃を受け止めていた。魔女も杏子を倒さなければ使い魔を殲滅するマミへ攻撃出来ないことを分かっているのだろう、その攻撃に焦りのようなものが見えた気がした。

 魔女の攻撃の勢いが増した。それに伴って捌き切れない攻撃が杏子の身体を傷つける。傷を付けるだけでなく、体力さえも奪っていく。魔女は、己に残された時間が少ないことを悟ったのだろう、せめて杏子だけは殺してやると必死になっている。しかし、どれだけ抵抗しても全てが遅かった。何時の間にか止んだ銃声に気付いた杏子は、にやりと笑みを浮かべる。

 

「頼んだぞ……()()()()

 

 杏子の視線の先に居るのは使い魔の殲滅を終えたマミだ。腕を前に突き出す仕草は彼女の得意技を使う予備動作であることを杏子は知っている。

 マミの袖の中から伸びるリボンが互いに絡み合って形を作り、終いにはマミの身長を上回る大砲が生み出された。砲口から覗く弾丸は彼女のトレンドカラーである黄色を帯びている。

 

「ティロ・フィナーレッ!」

 

 合図と共に放たれる砲弾は黄色の軌跡を描いて魔女の身体を打ち砕く。バラバラに砕け散った魔女の肉体から火の粉が発生し、やがて燃え尽きて消え去った。生き残った使い魔は居ない。此処からの蘇生は幾らあの魔女でも不可能であろう。そう思っていたのに、杏子の耳にグリーフシードが落ちる音が一向に届いて来なかった。

 ゆらりとマミの背後に立ち上がる湯気。次第に形成されていくミイラの身体。あの状態から、それでも魔女は蘇生してのけた。それも、自身が死亡した直ぐその場所で。つまるところ、それは己が危機に追い込まれることを想定した上で体内に使い魔を一匹潜ませていたのだろう。魔女を討伐したと油断しているマミは膝を突く杏子へと手を伸ばしたままだ。

 ざまあないや、このまま死んじまいな。マミに聞こえないように嘲笑った言葉とは裏腹に、杏子は気が付けばマミを突き飛ばしていた。体勢を崩し、倒れ込むマミが見たのは紙一重で自分の横を通り抜けていく魔女の拳と、それに殴られて吹き飛ばされる杏子の姿だった。今の杏子は怪我の再生に魔力を使っているため、身体能力の強化は手薄だ。まともに受けても少々堪える程度だった魔女の攻撃も、今直撃してしまっては非常に不味かった。

 

「佐倉さんっ!?」

「へへっ……悪くねえな」

 

 マミを庇った杏子の腕は本来曲がる筈の無い方向へと曲げられていた。一度は骨折を免れたと言うのに、結局は折れてしまったと杏子は力無く笑う。口では何と言っても、彼女もまたマミを慕う人間の一人だ。無傷のマミをその視界に認めて、杏子の表情は何処か嬉しそうだった。そして、杏子はこと切れたように眠りにつく。回復が追い付かなかったのだろう、浄化したばかりのグリーフシードは再び赤黒く変色していた。

 

「許さない」

 

 マミは杏子をこんな目に合わせた魔女が許せなかった。そして、一度ならず二度までも魔女に不意を取られて挙句の果てに庇われることとなった未熟な自分が許せなかった。

 杏子を姫抱きにしたまま、マミはリボンを使って跳躍する。狙うは地に立つ魔女ただ一人。先のティロ・フィナーレ時に生成したものの数倍の大きさを誇る巨大な大砲が宙を舞うマミの足元に召喚される。

 

「ボンバル――」

 

 それは大気を巻き込むような轟音。射出に必要なエネルギーをマミだけでなく、結界内に霧散した魔力すらをも掻き集めて砲口の中へと集中させていく。内部で生成されるのは巨大で魔力密度の高い強力な砲弾。蘇生した場所から動くことが出来ない魔女には逃げる術が無い。

 魔女の首が左右に向けられる。生き残った使い魔が居ないか必死に探しているようにも見えた。それはとても人間らしい仕草であったが、杏子が戦闘不能になったことによる怒りでマミは深く物事を考えることを辞めていた。片足を一歩だけ前に出し、飛び出た砲身の突起物の上に乗せた。片手で杏子を抱き抱え、もう片方の手を天に掲げる。巨大な大砲の周囲に、幾つもの小さなマスケット銃が生み出されていた。その内の一つを手に取ると、銃口を魔女へ向ける。これで、ティロ・フィナーレを越える彼女の必殺技を放つ過剰な準備は整った。後はこの引き金を引くだけ。

 

「――ダメントオオォォォッ!」

 

 その衝撃に魔女の結界が揺らぐ。マミの持つマスケット銃が魔女の額を穿ち、周囲のマスケット銃がギリギリで出現した少数の使い魔を殲滅し、大砲が結界ごと魔女の身体を消滅させる。からん、とグリーフシードが転がる音だけが虚しく響いた。


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