魔女は人間が好き   作:少佐A

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手加減

 魔女の存在を感知して恭介――二度、魔女に襲われたことから説明を求めた恭介に魔女と魔法少女の存在を打ち明け、恭介はそれを受け入れている――に断りを入れたさやかとほむら。

 久し振りの活動だから、と意気込みながらも自分を抱き抱えるベルに何れ訪れるであろう末路に頭を悩ませるマミとベル。

 魔法少女の真実を知って不安定になっていた影響で慣れない人助けを行い、向けられた感謝と同情に感じた嬉しさに戸惑う杏子。

 それぞれ、偶然にも同日の同時刻に魔女討伐活動を行おうと現場へと急ぎ向かった五人の魔法少女と魔女は、果たして不幸か幸運か、同じ魔女を討伐するために邂逅してしまったのである。

 暴走していないからか、多少は敵意を押さえているほむらだったがベルに向けたソレは隠しきれていない。また、マミにも鋭い視線が突き刺さっていた。視線の主は佐倉杏子。考え方の違いで決別した二人は、お世辞にも仲が良いとは言えない。敵意を隠さない杏子の表情は、それでいて、目の下に隈を作った上にやつれたマミを目にして戸惑っている様子だった。そして、険悪な雰囲気に顔をしかめてまごつくさやか。仲間と魔女を討伐しに来ただけの彼女は正に唯一の被害者である。

 

「佐倉杏子。この結界を覚えているかしら」

 

 誰もが一言どころか一文字も言葉を発さない剣呑な雰囲気に終止符を打ったのは、意外にもほむらその人であった。ほむらの問いに、杏子は忘れるわけがないと言わんばかりに力強く、それでいて静かにゆっくりと首を縦に振った。

 五人を取り囲む幻想的な世界は数百年前の中国で生まれ、日本に流れてきてからはそれが主流だった絵の形態であり、現代においても熱狂的なファンが存在する水墨画のような白と黒の世界。その水墨画の世界を、一般的な大きさの提灯は不安定に空中浮遊していた。灯りを灯しながらゆらゆら揺れ動き、ピタリと止まったかと思えば今度は先程より大きく揺れ始める。威嚇しているようにも見えるその動きは、明らかに全開来た時の様子と異なる。主である魔女がほむらと杏子を脅威と見なし、結界に侵入してきたのを感知したから警戒しているのだろう。

 提灯の正体を知っているほむらと杏子は、手早く変身を済ませると己の得物を繰って見える提灯を片っ端から潰していった。攻撃手段は持ち合わせておらず、耐久力は本物の提灯より少し硬い程度。どう考えてもさっさと無視して魔女を叩いた方が効率的に思えるさやかは、二人の行動に異を唱える。

 

「二人だけで通じ合ってないであたしたちにも教えてよ。何でさっさと魔女を叩きに行かないの?」

 

「使い魔にほんの少しだが――奥に居るであろう魔女とのパスが繋がっているな。何か関係が?」

 

「中々鋭いじゃねえか。アンタにゃ聞きたいことがあるが、それはまた後だ。ソイツの懸念通り、此処の魔女は使い魔を犠牲にして復活しやがる」

 

「げ、何て面倒な。……しっかし、そういうことならさやかちゃんも頑張りますか」

 

 傍で話を聞いていたマミと理由に納得したさやかの二人もソウルジェムを指輪型から元の形に戻して変身を終える。複数のマスケット銃を扱うマミと同じく複数のサーベルを扱うさやかは戦闘スタイルが似ている。自分なりに考え抜いたとはいえ、初めに出会った魔法少女がマミだったさやかにとってマミは憧れの存在。憧れを持って魔法少女と成れば、戦闘スタイルが似通ってしまうことは当然だった。これが杏子だったならば刀身に関節が出来、分かれた刀身を繋ぐ鎖をしならせて鞭のような扱いも出来る武器になっていたかもしれない。

 耐久力がそう高くないと察したベルの行動は早かった。腕に通すように数本の戦輪を魔力で生み出し、一本ずつ指へと引っ掛けて回しながら器用に提灯へと投げつけた。紙より少し硬い程度の使い魔の身体を突き破り、そのまま後ろに居る使い魔も切り捨てる。同じように、サーベルを構えたさやかは近くの提灯を切り破り、遠方に存在するものを刀身の射出で仕留めていった。サーベルを複数本生み出して撃ち出すことによる一網打尽も考えたのだが、一本が一匹以上の使い魔を仕留めなければ消費する魔力の割に合わない。従って、大人しく一本のサーベルだけで戦闘を行っているのだ。

 対するマミはマスケット銃を次々に生み出しては弾を撃ち出して持ち替え、そして再びマスケット銃を生み出すのを繰り返している。構造上、連射性に優れないマスケット銃は再び弾を装填するよりも新しく生成した方が連射速度が上がる。それに伴って消費魔力も高くなるのだが、そこはベテラン。一発を撃ち出すだけなのだから、一発撃つだけでおしゃかになるような耐久性でも問題無いことに気が付き、更に最低限でどこまで少ない魔力で生成出来るのかを突き詰めたのが今の戦法である。彼女の本質はリボンによる魔法であるが故に、さやかのような何も考えずに一からサーベルを生み出す便利なものでは無く、リボンを変質させてマスケット銃を生成しているのだから同じ条件であることを前提に考えるとさやかの方が魔力効率は遥かに良い。

 次点でほむら。主に暴力団や米軍基地、自衛隊から拝借して来た実銃を魔力によって強化して扱う彼女は、武器のストックさえあれば他の魔法少女に比べて遥かに長い時間の間、戦闘を行うことが出来る。また、彼女の本質である時間の停止は強力なものであり、停止している間に加えた衝撃を全て魔法の解除時に同時に与えることが出来る。ただ、彼女自身の素質が低かったせいで魔力が少なく、消耗の大きい時間の停止を連発することは出来ない。

 新米も居るが、ベテラン二人に経歴は分からないが経験豊富なことには間違いのない一人。そして、唯一知らない杏子が薄々感じている魔女。五人居れば大抵の魔女に負けることは無いだろう――そんな期待じみた慢心は、ほむらの叫びで唐突に打ち砕かれた。

 

「さやかっ!」

 

 それは悲鳴じみた叫び。振り向いたさやかの視界を覆うような巨大な手のひらがさやかをソウルジェムごと握り潰そうとしていた。呆気に取られて身動きが取れず、成す術も無く潰されそうになるさやかを離脱させようとほむらが魔法を行使するために意識を集中させると同時に、紅い影が宙を舞い、鎖状の得物を巻き付けることで開かれた手のひらをさやかの目の前で強制的に握らせた。

 

「油断してんじゃねえぞ、青いの!」

 

 巻き付けたままの槍を力任せに引っ張って腕の主を引きずり、勢いのまま持ち上げてから地面に叩き付けた。蛙の鳴き声のような小さな悲鳴を上げて潰れた人型こそ、この結界の主である魔女そのものだ。

 衝撃で潰れ、バラバラに身体が砕けた魔女は普通なら既に絶命している。特殊であるこの魔女は決してその程度では死にきってくれない難敵であった。魔女の死体が消滅すると同時に、一匹の使い魔が小さく震えだした。注視しなければ分からない程の変化は徐々に大きくなり、やがて頭部を中心にして魔女の形を模り、全身を完成させた。

 

「暁美さん、美樹さんのソウルジェムの浄化をお願い。死に掛けた恐怖で相当濁っているはずよ」

 

「……分かったわ」

 

 ベルのことでマミと敵対しているほむらであったが、流石はこの中で一番のベテランであると認めざるを得なかった。恐らく初めて目にするであろう魔女の再生に動じることは無く、腰を抜かしたさやかとそれを介抱するに最適な人物を導き出すなど、本来の正確故に冷静になりきれないほむらには難しい。

 

「ベル。あなたも暁美さんと美樹さんと一緒に離脱。身体が魔力に慣れ切っていないのだから全力を出すのは危ないわ」

 

「……しかし」

 

「早く」

 

「待ちなさい」

 

 ほむらとさやかの撤退にベルが同行することについて、最も大きな拒否を示したのはほむらだった。何せ、己の愛する友人を救う為に時間を越えて戦い続けて来た強敵と同質の魔力を感じるのだ。警戒だとか以前に、余り気持ちの良いものでは無かった。

 

「私は下がるだけ。離脱はしないわ」

 

「美樹さんが殺されそうになった時、自分がどんな顔をしていたか覚えてる?」

 

 殺されそうになった時。ほむらの知るマミならば確実に言いよどむであろう言葉を、マミは濁さずに告げる。魔法少女の活動を、創作の世界に登場する正義の味方のような格好の良いものだと信じて疑わなかったマミの口から出るはずのない言葉であった。さやかが己の知らない方へ成長し変わっているのと同じく、マミもまたほむらの知らない方面へと成長を遂げていたのだ。

 今のマミの瞳は、正に戦場に立つ者の目。余裕と言う名の慢心を携えてパフォーマンスのような派手な立ち回りをして魔女と戦うマミの面影は、何処にも見えやしない。

 

「ベルは私たちが戻るまでに襲われた時のためのガードマン。美樹さんは直ぐには立ち直れないだろうし、あなたは以前と比べて腕が鈍っているように感じる」

 

 この時間軸に来てから、色々なイレギュラーが原因で考え込む時間が増え、結果的に魔女との戦闘が少なくなってしまっていた。たまの魔女戦では当たり前のように出来ていた動きが唐突に出来なくなった時があったが、それも腕が鈍りすぎて動きも忘れてしまっていたのだろう。そして、それを一番知られたくない相手に見抜かれていたことに、ほむらは歯噛みした。これではベルの処遇についてマミと戦闘になっても勝てませんと言っているようなものだ。油断を無くしたマミと腕が落ちたほむら。この差は一目瞭然であった。

 

「ベルと話をしてみて。それから、後で彼女のことについて話し合いましょう」

 

 ほむらの横をすれ違う時、マミはそっと耳打ちをした。驚いて振り返ってみれば、そこには何事も無かったかのように杏子と並ぶマミの後ろ姿。それ以上マミとほむらの二人は言葉を交わさず、ベルがさやかを抱き抱えてほむらは走りながら使い魔を撃ち抜き、結界と現実世界を繋げる隙間を抉じ開けて撤退した。

 三人が撤退した後の結界内には険悪な雰囲気が流れた――訳でも無く、杏子は薄ら笑いを浮かべてマミの肩を叩いた。

 

「へっ、甘いままかと思えば随分変わったじゃねえか」

 

「そういうあなたは相変わらずね、佐倉さん」

 

 二人が言葉を交わしている間、魔女は攻撃を行わない。撤退する三人すらをも襲わなかった魔女は品定めをするように二人を視界に収めていた。それは果たして余裕なのか、元々好戦的でないのかは分からない。ただ、見滝原に出現してしまった。それだけで、討伐の理由足り得る。誰の血を吸っていない蚊も、見つければ殺してしまうのと同じだ。

 開戦の合図は杏子が飴を噛み砕いた音だった。大きめの硬い飴を力任せに噛み砕く鈍い音と共に、魔女の腕の一本が撃ち落とされる。その攻撃に反応して、魔女も反撃を開始した。背中から伸びる数十本の腕から繰り出される何十通りもの軌跡は、果たして二人の元へと届くことは無かった。周囲にマスケット銃を生成し、拾っては撃って放り投げたマスケット銃の魔力を再利用して新たに銃を構築する。マミの銃を握る腕は片腕。両方の腕に構えられた二丁のマスケット銃は、射撃音の残響が途切れる前に新たな爆音を放つ。

 マミが魔女の攻撃を捌いている間、杏子は隙だらけの魔女へと攻撃せず、無抵抗の使い魔を潰して回った。産まれる速度は遅いものの、数が多いがためにさっさと倒さねば面倒臭いことになる。潰すなら今だと判断してのことだ。アイコンタクトでマミにはその作戦を伝えてある。

 

「ッ!?」

 

 突如止んだ銃声を不審に思っていた杏子の目の前の提灯が破裂した。大凡提灯に使うべきではない青色の炎を周囲に撒き散らしながら、周囲の使い魔はけたけたと笑うように身体を揺らした。

 

「攻撃手段も持ってたのかよっ!」

 

 再び使い魔が爆発する。燃え続ける青色の炎はやがて一つに纏まると大きく燃え上がり、中から数体の使い魔が現れた。増殖だ。また増える前に、槍を振るって提灯を潰す。

 

「一度倒すわ。蘇生までの時間に使い魔を一気に潰せば良い」

 

 後方で使い魔狩りを行っている杏子に向けて言葉を飛ばすと、マミは巨大な砲身を持つ大砲を抱え込むように生成し、魔女へと向けて放った。魔力の砲丸は魔女の半身を抉り取り、戦闘の続行が不可能なまでに追い詰められた魔女は自らの腕で頭部を叩き潰し、自害した。己が蘇生するまでの時間に使い魔が潰されることを嫌ってのことなのだろう。今までの行動を顧みると魔女は如何やら人間の言葉を理解しているらしい。それで尚、こちらにアクションを起こさないのだから、所詮は家畜の言葉を興味本位で覚えただけなのだろうか。

 ベルのことを思い浮かべて、即座に雑念を掻き消した。今は戦っている魔女のことだけを考えていれば良い。魔女と一対一の戦闘を行って分かったことだが、なかなかどうして強い力を持った魔女だ。マミの方が手数で劣るとはいえ、貫通性の高い魔弾は腕を二、三本程同時に撃つことが出来る。纏めて腕を仕留めることが出来る筈だと言うのに、魔女が攻撃の手を一切緩めることは無かった。また、絶命するまでの時間を稼ぐためにわざとギリギリ生存する怪我を負わせたのだが、魔女は己の頭部を潰すことでさっさと自害して蘇生することを選んだ。知能も高いらしい。

 しかし、戦っていてマミは如何にも腑に落ちない点があった。やけに虫の知らせがするというのに、魔女はそれに値する力を未だ見せていない。ならば、まだ何か力を隠していると言うのが妥当であろう。そこまで考えて、マミは咄嗟に己の目の前に銃を数本展開して盾を作った。

 魔女の攻撃を防御したマミが勢いを殺しきれずに杏子の真横を通って殴り飛ばされる。戦場で鍛え抜かれた彼女の勘が最大の警報を鳴らすも、突然のことに反応出来ず恐る恐る背後の魔女を振り返った。そこで、腕を振り抜いた姿勢の魔女が一瞬にして元の姿勢に戻ったのを目撃する。

 

「あー……能ある鷹は爪を隠すってか?」

 

 威力を増すために腕を引いてから勢い良く繰り出すまでの大きな隙となり得る動作。その動作が、まるで時間が飛んだかのように省略された魔女の拳が杏子の身体を殴りつけた。


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