魔女は人間が好き   作:少佐A

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止めは私に刺させてくれないかしら

 嫌そうに顔を顰めながら、ベルがスカートの端を押さえた。

 

『むう…… 女子はこんなひらひらしたものを身に付けなければならないのか?』

 

 外出するにあたって、服を所持していないベルはマミの私服を借りることになった。そこまでは良かったのだが、それからが問題だった。

 人間の姿になって初めて着用したものが男性用のスーツであったため、ひらひらとしたスカートを着用するのに違和感を感じてしまうのだ。

 

「こんな可愛い女の子がスーツなんか着ちゃ駄目よ。ちゃんとした服を着ないと」

 

 とは言うものの、ベルはスカートの着用を頑なに拒んだ。結局、ベル専用の服を買うという名目で、一旦は着用させることに成功したのだが。

 靴も、マミの通学用のものを借りるということでこの話は落ち着いた。

 

 お世辞にもお金持ちとは言えないマミが向かった店は、服が安いことで有名な店であった。

 スカートやぴっちりしたジーンズ系をお勧めしてみるも、ベルは見向きもせずに男性服のコーナーへと向かった。

 そこで、ダボダボした大きめのジーパンを手に取ると、直ぐ横にあった髑髏の描かれたシャツとパーカーも手に取った。完全に、チャラチャラした男性の服装である。

 

「ねえ、ベル? もう少し、可愛らしい服を選んでみたらどうかしら」

 

『黒や白が基本となった衣服が欲しいのだ。女性服にもあるのか?』

 

「あるわよ。ちょっとこっちに来て」

 

 因みに、先程からベルがテレパシーで声をかけている所為か、傍から見るとマミが一人で話しているようにも見える。

 髑髏のシャツとパーカー、ダボダボしたジーパンを元の陳列棚に仕舞うと、ベルの手を取って女性服のコーナーへと向かった。

 ピンクや黄色など、明るく目立つ色の服が並んだコーナーを通り抜けると、白や黒、紺を基調とした落ち着いた色合いの服が並ぶコーナーへと辿り着いた。

 

「――おお」

 

 感嘆に、息を漏らした。この程度なら、ベルでも発音することが可能である。

 目を輝かせて服を手に取って眺めては、元の位置に戻して別の服を手に取って眺めた。

 

「ちょっと、服はしっかり畳んで戻さなくては駄目よ?」

 

『む。……私としたことが』

 

 今手に取っている服を畳んで戻そうとするが、どうやら上手く畳めないらしい。悪戦苦闘しながら畳んだそれは、彼女の書く字と比べて非常に不格好な物であった。

 

「仕方ないわね。畳み方は家で教えてあげるわ」

 

 落ち込むベルの頭を撫でながら、散らかされた二枚の服を綺麗に畳んで元の棚に戻した。慣れた手付きで服を畳んでいるマミの手を、ベルが興味津々と言った風に眺めていた。

 

「それじゃあ、欲しい服は決まったかしら」

 

『いや』

 

 握りしめた拳を思い切り突き上げると、声高らかに宣言した。

 

『私は、服の畳み方をマスターしてから今一度訪れよう! この私にはまだ早すぎたのだ!』

 

 妙なところで頑固な魔女であった。

 スカートのままで良いのか、と問うてみれば畳み方をマスターするまでは我慢する、と涙を堪えながら呟いた。

 どうやら、服を畳めなかったことが相当悔しかったのだろう。涙ぐみながら顔を伏せるベルの頭を優しく撫でた。

 

 服の次は靴、と靴屋に向かう途中、マミの指輪が淡く発光しだした。人気のない裏路地に移動して指輪を外すと、小さな宝石のような形へと変化する。これがソウルジェムである。

 

「ごめんなさい。どうやら、この近くに魔女がいるみたいなの」

 

『私も魔女だが?』

 

 自嘲気味に笑いながらマミの肩を小突く。ベルの方が身長が低い所為か、背伸びをしながら小突くその姿は姉妹のようであった。

 

「あなたの場合は、魔力が少なすぎるからかしら。魔女と断定するには材料が足りなすぎるわ」

 

『そういうものなのだろうか』

 

 顎に手を当てて考え出すも、マミがソウルジェムの反応する方へ歩いて行ってしまったため、とことこと小走り気味についていった。

 羽化しかけたグリーフシードを見つけて近付くと、待っていたかのように結界が二人を包み込んだ。

 

 結界の中は、凍えるような寒さと空から硬くて冷たい物体が降っていた。

 辺り一面、白銀の世界が広がっている中に蠢いている、小さな雪だるま達。恐らく、この雪だるま達が使い魔なのだろうか。

 

『油断するなよ、マミ。この白いこぶ一匹一匹に魔女の魔力が感じられる』

 

「それじゃあ、この雪だるま全てが魔女だって言うの?」

 

 マミの問いに、静かに首を振った。流石に、一つの結界に同じ性質を持っているとはいえ、魔女が何匹も存在するなどあり得ない。

 基本的に、魔女は同じ存在ではあるが仲間では無い。鉢合わせれば、縄張り争いの闘争が勃発する可能性もあるのだ。大抵の魔女は固有の結界を持っていためか、魔女同士の縄張り争いは珍しい例だが。

 

『分からない。……が、もしかすると本体である魔女が分裂した姿なのではないか?』

 

 幸い、雪だるま達から感じられる魔力の量は少ない。それならば、使い魔と区分してよいのでは無いか?

 答えは否である。魔女と魔法少女の魔力に違いがあるのは、この筋の人間ならば誰もが知っていることだろう。しかし、魔女と使い魔の魔力が微妙に違うことを知っているのは極僅かだ。

 それは、魔女と使い魔は基本的に見た目で区別できるからである。少し成長した使い魔だと区別がつかないこともあるのだが、魔女と一緒に現れる使い魔は、小さいものが多い。

 

『兎にも角にも、叩いてみろ。話はそれからだ』

 

 その言葉を合図に、マミが跳んだ。いつの間にか跳躍中に変身を済ませると、上空から雪だるま達に向かって正確無慈悲な銃弾を浴びせ続けていく。

 数えるのも面倒になるくらいの雪だるまを、一発で確実に一匹仕留めていくマミの姿は、正にスナイパーである。得物である銃を完璧に使いこなしていた。

 一方、ベルはというと

 

「おおーッ!」

 

 気合を入れるためか、口に出して雄たけびを上げながら相も変わらずに、魔力で編んだルンバを雪だるまに投げつけていた。

 それでも、マミに劣らない正確さで雪だるまを一匹ずつ仕留めていっているのだから不思議である。

 

 普通の物では魔女や使い魔にダメージを与えることが出来ないのだが、ベルのルンバは魔力が込められている。

 筋力は魔力量の関係で強化することは出来ないが、魔力の込められたルンバの硬度と重量は、分裂して力を落とした魔女を仕留めるのに充分であった。

 

「どうしてルンバなのかしら」

 

 後でベルに聞いてみよう、と忘れないように繰り返しながら雪だるまを仕留めて行った。やがて、残り十数匹まで数を減らした時。

 

『魔力量が上がっている……?』

 

 雪だるまは、マミやベルの攻撃をもってしても一発で仕留めることが不可能なほど耐久力が向上していた。それもこれも、原因の分からない魔力量の向上である。

 マミが残りの一匹を仕留めて最後の一匹に銃口を向けたその時、

 

『左に跳べッ!』

 

 言葉の意味を考えるよりも先に、身体が動いた。ベルの思いに答えるかのように、空中であったにも関わらず左へと身体が跳躍した。

 それは、無意識の内にリボンを固めて足場を作れたからこそ出来た芸当であった。

 

 漫画やアニメなどでよく見かける、標準的な顔をした雪だるまの口が歪んだかと思うと、開いた腹から青色のレーザービームを発射された。

 マミの頬を掠って空の彼方へと消えたレーザービームは、絶対的な強度を誇るマミのリボンさえも破り裂いてしまう程、強力な一撃であった。

 

「危なかった……」

 

 当たっていれば、どんな魔法少女でも一瞬の内に塵と化してしまうだろう。震える膝を押さえながら、今度は油断せずに雪だるまへと銃口を向けた。

 ベルを助けた時にも放った、巨大な銃口から発せられる超威力のレーザービーム。それを発射するために構えたのだが、

 

『貰った!』

 

「あ、ちょっと!」

 

 横から飛んできたルンバが雪だるまの後頭部へ、正確に突き刺さった。

 その一発で仕留めることが出来なかったようで、雪だるまに突き刺さったルンバを消して、再び自分の手元にルンバを出現させた。そして、投げる。

 これを繰り返すこと数十回。同情したくなるほど、頭にルンバを投げつけられた魔女は漸く力尽きて溶けた。魔女が溶けた水の中に、一つのグリーフシードが浮かんでいる。

 

「ねえ、ベル」

 

 魔女の退治を喜ぼうとしたベルの手をマミが握る。眉間にしわを寄せながらも、笑顔を保っているマミの姿からは恐怖を感じた。

 

「止めは私に刺させてくれないかしら」

 

『わ、分かった。分かったから手を握るのをやめてくれ。結構いた――痛い! 痛い痛い!』

 

 マミにはマミなりの拘りがあるのだろう。

 次から魔女への止めはマミに譲ると、心から誓ったベルであった。


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