魔女は人間が好き   作:少佐A

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違う

 人ごみを掻き分けて走るさやかは、白昼堂々変身をするような失態を思いとどまらせるほどに冷静であった。

 まどかからの電話で告げられた、恭介の行方不明。少し前の自分ならば、恭介が病院を抜け出したものだと思い込んで周辺地域を探していただろう。

 恭介は魔女の結界に取り込まれたんだ。さやかは、そう確信していた。

 彼は一度、魔女の結界に取り込まれたことがある。さやかにした夢の話は、間違いなく魔女の結界での出来事だ。こんな短期間で立て続けに取り込まれてしまうとは、何たる不幸。若しかしたら自分のせいかもしれない、とさやかは有り得もしない憶測に唇を噛みしめた。

 病院の自動ドアの開く速度に苛立ちを募らせながら、足を揺らす。たんたんと規則的なリズムで小刻みに地面を叩く足は、自動ドアに身体が入る隙間が出来た瞬間に地を蹴った。

 

「さやかちゃんっ!?」

 

 病院の通話エリアで、携帯電話の画面を心配そうに眺めるまどかに駆け寄る。通話中に携帯を落としたことで通話が切れてしまっていたのだ。

 さやかの顔を確認すると、安心したように溜め息を吐いてからハンカチを差し出した。今のさやかは、ただでさえ通気性の悪い制服を着て走ったせいか、顔にびっしょりと汗を掻いている。

 自分を心配してくれているまどかに申し訳なさそうな笑みを返すと、恭介が入院している部屋へと向かった。後ろからは早歩きのまどかが着いて来ている。

 恭介の部屋へと近づくに連れて増えていく白と桃色の二色の白衣。病院の手の空いている看護師が総動員されているらしい。忙しなく探しまわる看護師の顔には、諦めの色が浮いていた。

 そんな中でただ一人、さやかはこの周辺から違和感を覚えた。濁りかけたソウルジェムにグリーフシードを当てて浄化しながら、握りしめた手の中で形を変化させて宙にかざす。

 魔女の反応は無い。使い魔の反応も無い。怪訝そうに眉を寄せながら、ダウジングをするような体勢でソウルジェムをかざす。それでもやはり、ソウルジェムが反応することは無かった。

 往来の常識ならば近接型である剣士の魔法少女として誕生したさやかは、第六感に優れていた。魔力の感知を苦手としてはいるが、彼女はこの第六感で結界を駆け抜けているのだ。

 

「結界だ!」

 

「ま、待ってよさやかちゃん!」

 

 恭介の病棟に入った瞬間、さやかはソレを感じ取った。間違うことも無い、魔女の気配。注意しなければ分からないほど弱い気配を辿って、恭介が寝ている筈のベッドの上にある結界の隙間を抉じ開ける。

 抉じ開けた狭間の先に映るのは、原生林のような風景であった。飛び交う虫や大型の動物。全てに弱々しいものの魔力の反応があり、使い魔の多さに思わず舌打ちをする。

 結界に向かって飛び込むと、安定した巨大な木の枝の上へと着地した。まるで、自分たちが小さくなったかのような巨大な木。この前の病院の魔女と違うのは、如何やら大きくなったのは風景だけらしいということだ。

 

「恭介!?」

 

「さ、さやか!? その格好は…………?」

 

「良いからあと! そこ、動かないで!」

 

 さやかの中では魔法少女であるということを恭介に知られたというショックより、恭介を助けたいという気持ちの方が勝っていた。

 まどかに危険だから入って来るなと伝え忘れたのを思い出して振り返るが、彼女の背後には申し訳なさそうな笑みを浮かべるまどかが座り込んでいた。

 溜め息を吐いて襲い掛かる使い魔を変身して剣で斬り伏せると、木の幹に人が二人分入れる空洞をくりぬいて、二人を無理やり押し込めた。即席で作ったために窮屈だったのだろう、二人が顔を歪めるが、さやかの背後できらりと光る何かを見つけて表情を一変させた。

 

「さやかちゃん、後ろっ!」

 

 まどかの助言通り、背後に迫る何かの気配を捉えてサーベルで斬り付けた。ヤシの実に酷似した球体は真っ二つに切り裂かれると、果汁を撒き散らして真っ逆さまに落ちて行った。

 足場が木の枝しかなく、地面との距離も随分離れている。飛行機の窓から見た陸上のような大地の小ささに、まどかと恭介は身体を震わせた。 

 

「透明とか――卑怯じゃないっ!」

 

 鼓膜を突き破りそうな轟音が連続して鳴り響く。音の発生源から可視状態になった種子が一直線にさやかへと襲い掛かる。

 対するさやかも負けてはおらず、自分の命を刈り取らんと襲い掛かる種子を、片手に握るサーベルで全てさばき切る。続いて二波目が来る前に、魔力の出力を上げて強化したさやかが種子が飛んで来た方向へと突進する。

 距離を見誤ったのか、残念ながらサーベルで斬り付けることは出来なかった。体当たりの衝撃で、透明の魔女だけでなくさやかも一緒に吹き飛んだ。ダメージを喰らったせいなのか、透明だった魔女の身体の輪郭が段々とはっきりしてくる。

 

「カメレオンッ!?」

 

 創作の世界に登場するカメレオンは、皆決まって視認することが出来ない透明な状態に変色して襲い掛かってくるものが多いだろう。魔女は、まさにそれであった。

 カメレオンをそのまま大きくしたような外見に、ところどころ植物が生えてきている。植物は独りでに動き出すと、花弁をドリル状にまとめて先端をさやかへと向けた。

 赤く変わった体色が表すカメレオンの心理状況は――興奮。

 

「GuGeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!」

 

 花弁がドリル状にまとまった花から数千を超える種子が弾丸として発射された。一発一発の威力は低いうえに、全弾当たっても致命傷にすらならない攻撃である。それを分かっていながら、どうして魔女はこんな行動を取ったのか。

 例えば蛸は、外敵から逃走するときに、体内で生成した墨を吐いて視界を遮る。例えばスカンクは、外敵から逃走するときに肛門から臭いガスを発射して相手の意識を逸らす。自然の動物は、外敵から身を守る時に『意識を逸らす』行動を取る。

 スピード自慢のさやかであっても、数千の種子を捌き切ることは出来ない。ここでさやかが種子などお構いなしに突進して居れば勝敗は決していたのだが、彼女は回避行動を取った。

 不安定な枝を強く蹴って幹を駆け昇る。種子の弾丸に追尾機能などが付属しているはずも無く、さやかの立っていた枝に全弾命中した。

 

「うわ」

 

 木の幹にサーベルを突き刺して足場にしていたさやかが、着弾地点を眺めてうんざりそうな声を漏らした。

 

「避ける必要無かったじゃん」

 

 さやかのサーベルで易々と斬り落とせてしまう木の枝に命中した種子は、食い込むことなく全て弾き飛ばされた。魔女の思惑に気が付いて目を向けるも、既に魔女は己の姿を不可視状態にさせていた。

 警戒して顔の前でサーベルを構えるさやかの頬をぬめぬめした何かが撫でた。考えるまでも無い。魔女の舌である。

 フェンシングのような突きを繰り出したさやかの首を魔女の舌が絡め取り、もう一本の舌がさやかのサーベルを握る手を縛り上げた。最後に両足首を一本の舌で縛り上げると、さやかは身動きが取れない状態になってしまっていた。

 

「あぐっ!?」

 

 腹部に強い衝撃。魔女の三本目の舌がさやかの腹部を殴りつけたのだ。油断して再び現れた魔女の大きく開かれた顎からは、五本の舌が伸びていた。さやかを縛る三本は細く、内側に吸盤が付いている。さやかの腹部を殴りつけた舌は先端がボクシンググローブのように膨らんでおり、最後の一本は大きく膨らんだ先端に牙が光る口がある。舌というよりも触手という言葉が相応しい。

 口の付いた触手がゆっくりと伸び、さやかの首を噛み千切らんと襲い掛かってくる。ゆっくりとした動作は恐怖を煽り、端で見ていることしか出来ない恭介が何かを叫んでいた。

 

「私の剣がただの剣だと思った?」

 

 動揺する恭介を手で制すと、挑発するような笑みを浮かべて、サーベルの切っ先を魔女の口の中へ向ける。

 美樹さやかという人物は杏子やほむらと違って正義を使命に活動する、珍しいタイプの魔法少女である。リボンを変化させて銃や弾丸を作り出す、など普通の魔法少女とは違う考えを持つ彼女は、普通では思いつかない武器の運用を行う。

 さやかもまたその一人なのである。固定概念に囚われない、柔軟な発想をする彼女の剣は――

 

「残念! 特殊なギミックがありました!」

 

 ――刀身を射出することが出来るのである。

 刀身を撃ち出した後の剣を放り棄てると、新たに二対の剣を取り出した。何も彼女は近接特化の魔法少女では無い。一刀流や二刀流などの超近距離攻撃から始まり、刀身の射出だけでなく数多の剣を撃ち出す超遠距離攻撃までやってのける万能型の魔法少女なのだ。

 魔女にとっても予想外であっただろう。剣を投げつけるならまだしも、刀身を射出するなど馬鹿げている。事実、不意を突かれた魔女の回避動作は大幅に遅れてしまい、鋭い刀身が眼球に深々と突き刺さった。

 余りの痛みに魔女が触手の力を緩める。さやかの下に足場は無く、地面へと真っ逆さまに落ちると思われたのだが。

 

「よっと」

 

 自身の足裏に展開した魔法陣を強く蹴りつけて、真上に跳躍した。狙うは魔女のもう一つの眼球。空中で回転し、頭を下に向けてから再度展開した魔法陣を蹴りつけて、落下する。

 両手に一本ずつ握る剣を強く握りしめると、二刀流の強みを生かして魔女の左目の部分だけを削ぎ落とす。魔女の真横を通り抜けて、再び真下に落下していくさやかの身体を受け止めたのは、またしても魔法陣である。

 直ぐに消えてしまう魔法陣から木の枝に足場を移すと、両目を潰されて悶絶している魔女に二本の剣の切っ先を向けた。

 

「これで終わりだよ」

 

 二本の剣から刀身が射出される。魔力を感じ取った魔女が前足を交差させて攻撃を防ぐも、攻撃の手を緩めないさやかの背後に数十を超える剣が出現した。皆、全ての剣が似たような形をしていて派手さに欠ける光景ではあったが、一般人である恭介の目にはどれも派手に映った。

 

「数じゃ負けるけど……さっきのお返しだっ!」

 

 右手の中に新たな剣を生成して、魔女に切っ先を向ける。この行動を合図に、さやかの背後に控えていた剣が次々と射出されていった。

 射出されていく剣に初めこそは対応できていた魔女ではあるが、次第に勢いも削がれて行って最終的には自分の身体に突き刺さる剣に対してリアクションを取れない域にまで弱っていた。

 最後の一本が射出されると同時に、跳躍したさやかも魔法陣の勢いを使って自身の身体を射出した。ただ魔法陣を蹴って跳躍するだけでは無く、魔力を利用した射出。

 耳元で鳴る風切り音に顔を顰めながら、一瞬で目の前に迫ってくる魔女の脳天目掛けて剣を振り下ろす。勢いの乗ったさやかが振り抜く剣は脳天に突き刺さったのだが、最後の力を振り絞った魔女の舌によって腕を止められてしまう。

 なにも刀身の射出は遠距離からの攻撃だけに使うものでは無い。あと少し突き刺されば相手を殺害できるという状況の中でも、彼女の技は生きるのだ。

 

「無駄だよ」

 

 脳天に食い込む刀身を、より深く突き刺すために射出した。元々刀身が固定されていたこともあってか、射出の勢いでさやかの状態が大きく後ろへ曲げられる。突然曲げられたさやかの背中から嫌な音が鳴り響くが、犠牲を払っただけの結果は出た。

 止めの一撃となった刀身だけを残し、魔女の身体が崩れ去る。あとに残されたのは針の装飾が施された球体――グリーフシードだけだ。

 

「すごい…………」

 

 マミの戦いを見て来て若干目が肥えて来たと言えるまどかでさえも、さやかの戦いぶりに感嘆の声を漏らすことしか出来なかった。

 ただでさえ魔力の探知が苦手なさやかにとって、姿だけでなく魔力の気配まで消し去ってしまう透明の魔女は分が悪い相手であった。彼女が勝利することが出来たのは、相手の不意を突く攻撃と軽装備特有の軽やかな身のこなし、再生速度の速い回復体質のおかげであろう。

 グリーフシードを拾い上げながら変身を解くと同時に、結界が歪んでいく。原生林のような景色は次第に白い風景へと変わっていき、恭介の病室へと移り変わった。

 

「えへへ、見られちゃったね」

 

 開口一番、さやかは言葉の軽さにそぐわない暗い表情を恭介に向けた。恭介の顔には冷や汗がびっしょりと浮かんでおり、まるで何が何だか分かっていない状態であった。

 

「あたし、この通り人間じゃないんだよ」

 

 口をパクパクと動かす様はまるで鯉のようだ。言葉にしたくても出来ないのであろう。今まで有り得ないと思っていた超常現象の当事者になってしまったことを、恭介は未だに信じることが出来ずにいた。

 

「ほら、これね? ソウルジェムって言うんだ。ここにあたしの魂が入っていて、これが壊されない限り絶対に死なない――所謂、ゾンビってやつ」

 

 いつもより饒舌で、話に割り込む隙を与えずにしゃべりだしたさやかは、何かを怖がっているようであった。

 恭介からの返事を聞きたくないから。否定されるのが怖いから、発言させないように早口で言葉を繋いでいる。どんなに強くても、美樹さやかは美樹さやかであった。

 

「だから、さ。人間の恭介とは違うし、もうあたしと――」

 

「違う」

 

 いつも優しげな表情を浮かべている恭介は、今日だけは違っていた。先程までの頼りなさそうなおどおどとした様子は一切見せずに、さやかを睨みつけながら一歩進む。

 

「お前は本物のさやかじゃない」

 

 恭介が一歩近づく度に、さやかは一歩下がって行った。もう此方に干渉しないでくれ。それ以上は聞きたくない。そんな彼女の懇願するような視線と自身の視線を交わしても尚、恭介は厳しい表情で歩みを止めることは無かった。

 遂に、恭介から逃げていたさやかの背中が病室の壁へとぶつかる。逃げ場を失ったさやかはその場に崩れ落ち、情けなく泣き出しそうになりながら頭を抱えた。次に恭介が何を言うかなんてわかり切っている。予想している言葉を、さやかは恭介の口からは聞きたくなかったのだ。

 

「お前は偽物だ」

 

「―――ッ!」

 

 さやかのソウルジェムが、浄化を上回る速度で濁っていく。


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