魔女は人間が好き   作:少佐A

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魔法少女の真実を

 魔法少女となって魔女退治をしていても、義務教育である学校をソレを理由にして休む訳にも行かず、何度目か分からない授業を受けながらほむらは舟を漕いでいた。先日の魔女戦で戦力差を誤り、さっさと杏子を連れて逃げなかったのが災いしたのか、どっと溢れて来た疲労が寝ても取れなかったのだ。

 ワルプルギスの夜襲来までまだ少しばかりの時間はあるが、そうおちおちして居られない。まずはさやかの魔女化を防ぐところからだろう。授業中、睡魔と格闘しながらさやかを盗み見ると、暗い表情ではあるがある程度真面目にノートを取っていた。

 

「まだ大丈夫、か」

 

 如何やら、まだほむらが懸念している状態にはなっていないらしく、ほっと胸を撫で下ろしてから正面を向いた。授業内容に差は無いものの、過去のループとは語りが少し違う様な気もして、結局授業を聞かずに過去のループとの違いを覚えている範囲内で発見してはメモをして時間潰しをしていた。

 突然、周囲の一部の生徒が立ち上がる素振りを見せた。時計を見てみれば授業終了の時刻を指しており、勉強道具を机にしまった生徒たちが今か今かと号令を待っているのだ。

 学級委員の号令が掛かって授業が終了すると、静かだった教室内が再び騒がしくなる。さっきの授業が六時限目だったので、これで帰れるからか皆顔を綻ばせている。中には受験の心配をしている気の早いものも居る様だ。

 

「美樹さやか」

 

 ほむらが転校して数日が経っているということもあり、好奇心をむき出しにして質問をしてくる生徒は居なくなっていた。近寄り難い雰囲気を漂わせ、素っ気ない態度の彼女を気に入らない生徒も居るらしく、陰口を叩く者も増えてきていた。

 だからこそ、授業が終わってすんなりさやかと接触することが出来たのだが。

 

「なに、転校生」

 

 ほむらの呼びかけに反応するさやかは機嫌が悪そう、というより落ち込んでいるのが目に見えていた。やはり、幾ら魔法少女の真実を初めから知っていたとはいえ、自分が人間とは似て非なる存在になってしまえば精神的なダメージも大きいのだろう。

 さやかの様子は普段と変わりが無いように見えるが、その声には何時もの様な覇気が無く、親友のまどかでさえも注意しなければ気が付けなかった。心配させない様に元気に振る舞っているのだろうが、無理をすることによってソウルジェムの穢れが更に溜まっていくのを彼女は知らない。

 恐らく彼女が落ち込んでいる理由は近頃、退院予定の恭介のことだろう。魔法少女の真実を知った上で契約してしまった今、思い切って魔法少女になったは良いがその後にどう恭介と接すれば良いのか分からずに居るに違いない。

 ほむらが話しかけて来たということは魔法少女に関する話題である、と予想していたさやかはほむらの返事を待たずに席を立った。机の横に掛けてあった鞄に勉強道具を乱暴に詰めると、ほむらに後で話す旨を耳打ちして席に座る。

 放課後、仁美は習い事がある様で女子中学生にしては若干速い速度で道を走って行った。少々まどかと立ち話をしてしまっていた為、時間に追われているのだろう。

 この時間軸の杏子を未だ掴むことが出来ていないほむらは、まどかを連れていくのは得策では無いと判断するや否や、理由を付けて別れた。病院に向かおうとするさやかを半ば無理やり連れてファミリーレストランへ赴くと、奥の方の席に杏子が座っていた。

 

「おう、ほむら! こっちだこっち」

 

 店内に響き渡る大声でほむらを呼ぶ杏子の頭を引っ叩くと、一斉に集まった視線に不快感を抱きながら杏子の向かい側に座った。今朝、登校中に偶然出会った二人は軽い自己紹介をしてその日の内に待ち合わせをしたのだ。杏子がほむらの名を呼んだのはその為であり、先の共闘によって少なからずの仲間意識が芽生えたのかも知れない。

 

「佐倉杏子よ。貴方の先輩になるわ」

 

「……何のつもり?」

 

 低いトーンの声でそう返したさやかを見て、杏子が顔を顰める。先輩後輩という関係であるにも拘わらず挨拶をしないさやかに気分を悪くしたのだろう、テーブルの上に置いてあるパフェをがつがつと口に入れた。

 さやかは逃げ出そうとはしないもののチラチラと時計を盗み見ており、こんなところで時間を潰すより早く恭介との面会に行きたい様子であった。此処で帰して面会に行かせてしまえば、かえってソウルジェムの穢れを多く溜めこませることになる可能性もある。

 

「取り敢えず、座りなよ」

 

 先輩としての威厳を見せる為か、杏子はいきなり怒鳴り散らすことも無く席に座ることを促した。言われるがままにさやかも杏子の向かい側へ座ると、テーブルの上にあるパフェを一瞥してから壁側に置いてあるメニュー表を眺めた。

 魂をソウルジェムと言う器に移したとはいえ、決して成長しない訳では無い。必要以上に伸びてしまった身長に悩んだり、急激に増えてしまった体重を落とすために躍起になったりもする。だからだろう、さやかもパフェを食べようとしてカロリーを見た途端に溜め息を吐いて諦めた。

 こんな些細なことでもソウルジェムは濁ってしまう。と言っても、日常生活で感じるストレスによる穢れは塵の様なものであり、それこそ過労死する程溜め込みすぎない限りは問題無い。

 

「美樹さやか、貴方のソウルジェム……」

 

 ふと見てみれば、さやかのソウルジェムはサファイアの様な透き通った青色では無く、少しばかり黒を混ぜた絵の具の玉の様であった。魔女狩りを行った後のソウルジェムの浄化はさやかも気を使っている筈だし、気を抜けば死と直結する行為に手を抜く筈も無い。つまり、これは日常生活の中で溜まった穢れと言うことだ。魔法少女になったことへの悩みとストレスがこれ程彼女を追い詰めている。

 一向に浄化を行おうとせずにパフェを食べている杏子を見つめるさやかにグリーフシードを差し出すと、要らないとだけ小さく返事を返した。

 鞄の中から一つの使用済みグリーフシードを取り出すと、自身のソウルジェムに翳す。グリーフシードには穢れを溜めておける容量が決まっており、使用済みではあるがまだ容量が残っていたのである。

 

「キュゥべえ」

 

 さやかが名を呼べば、一分もしない内にキュゥべえが現れた。彼の登場にほむらは顔を不機嫌そうに歪め、杏子は軽く一瞥をして食事を再開し、さやかは表情を変えずにグリーフシードを放り投げた。背中に描かれたピンク色の丸が開いたかと思うと、グリーフシードはキュゥべえの背中に開いた穴に吸い込まれていく。きゅっぷい、と可愛げな声を上げて首を傾げるも、その動作一つ一つがほむらの精神を逆なでするものであった。

 流石に、公の場で銃を出せば取り返しのつかなくなることは承知している。かといって声を荒げれば変人扱いされるのも目に見えているし、ほむらはキュゥべえに気付かれない様に唇を強く噛みしめることしか出来なかった。

 

「アンタ、随分グリーフシード持ってるじゃんか」

 

 唐突に、口を開こうとしたほむらを遮って杏子が発言した。彼女が目を付けたのはさやかの所持するグリーフシードの量。鞄の隙間から見え隠れする複数の針は、グリーフシードの針そのものである。

 

「あんたには関係ない」

 

 ぶっきらぼうに答えたさやかを睨みつける杏子の額には青筋が浮かんでいる。今にも身を乗り出してしまいそうなほど身体を傾けた彼女を、ほむらは腕を前に出して止めた。

 路地裏や魔女結界ならまだ良いが、ここは公共の場である。こんな場所で喧嘩すれば通報されてしまうのは目に見えているし、そうなれば今回でのワルプルギスの夜の討伐が不可能になると考えたからだ。

 ワルプルギスの夜が成長しきっていない内に殺害すれば或いは――ほむらは心の中でベル殺害の計画を企てる反面、マミを一人にしてしまう罪悪感を覚えていた。

 初めて出来た仲間である杏子に裏切られ、間もない内に現れたベルは彼女にとっての唯一の拠り所だ。恐らく、まどかとさやかにも心を開いているようで本当は閉じているのだろう。

 手を突きだしたまま静止したほむらを怪訝な表情でさやかが見つめる。杏子は物に当たることも出来ないので、さやかに抱いた怒りをやけ食いすることによって発散していた。

 三人が一言も発しないまま時間だけが過ぎて行き、険悪な空気が流れだしたところで携帯の着信音が鳴り響いた。

 周りの客が自分の携帯を確認する中、さやかは震える鞄から携帯を取り出して通話ボタンを押して耳に当てた。

 

「もしも――――」

 

『もしもし、さやかちゃん!?』

 

 慌てた様子のまどかの声が音量が上げられたスピーカーから発せられ、さやかの鼓膜を震わせた。涙目になりながら耳を押さえる彼女を見て、同情しつつも杏子は追加注文したパフェを口に運んだ。

 いくら中学生でも最低限のマナーは弁えている。さやかは音漏れしないように、耳にあてた携帯を手で包みながら店の外へと向かった。しかし、如何もまどかの方はただ事ではないらしく、捲し立てるように早口で告げる。

 

『上条君が今日退院だったみたいなんだけど、病院の何処にも居ないって…………ッ!』

 

 さやかの手から携帯が滑り落ちた。折り畳み式の――所謂ガラケーが地面と衝突した時の衝撃で音を立てて液晶の破片を飛ばした。幸い、怪我は無かったものの液晶が砕けて使い物にならなくなった携帯を拾い上げると、散らばった液晶の破片を拾い集めた。

 ティッシュでくるんだソレをポケットの中へ乱暴に詰め込むと、既に通話が途切れてしまった携帯に向かってごめんと呟いて駆け出す。

 

「おい!」

 

 後を追いかけようとした杏子の腕を掴んで無理やり座らせると、不服そうな表情を浮かべる杏子に頼んでおいたアイスクリームを差し出す。

 一瞬だけ顔を緩めながらも、元の表情に戻った杏子には先程までの無警戒さは見当たらない。スイーツに笑ったり、後輩の態度に顔を歪める表情豊かな彼女はそこには居なく、魔法少女の顔になった杏子が足を組んで座っていた。

 

「なんで止めたんだ?」

 

「逆に聞くわ。貴方は、美樹さやかを追ってどうするつもりだったの?」

 

 ほむらの問いに、杏子は口を閉ざした。確かに、突然駆け出したから追いかけようとしただけであって、駆け出した理由も知らない彼女には追ってどうするのかまでは考えに無かった。

 呆れたように溜め息を吐くほむらに腹を立ててスプーンを動かすが、空になったグラスを空振るだけだ。お腹も膨れて来たのか、杏子は追加の注文を取らずに真剣な表情でほむらと向き直る。

 

「今日、ここに来てもらったのは他でもないわ」

 

 やっと目的を話すつもりになったか。杏子は頭の中でそう呟いた。先日の出来事でお互いの距離が少し縮まったとはいえ、まだ警戒はし合う仲である。そんなほむらの呼び出しにホイホイ現れたのは、彼女の真意を見極めるためでもある。

 

「美樹さやかと貴方の親睦を深めるのが目的だったのだけれど、それは二つ目の目的を達成すれば無意味では無くなる」

 

 指輪に変形していたソウルジェムを、一度鞄にしまうフリをして元の形に戻した。指輪から宝石への形状変化を見せつければ、二人で静かに話も出来なくなる。変形は周りに見られないように――これも、魔法少女の暗黙の了解であった。

 自分の命とも呼べるソウルジェムを無防備にテーブルの上に置くと、グリーフシードを軽くぶつけて穢れを吸収させた。まだまだ使えそうなグリーフシードを鞄の中へしまうと、ソウルジェムを見せつける様な格好で手に持ち、杏子の顔の前に差し出した。

 

「貴方に知る覚悟があるかしら?」

 

 目の前に座る、訝しげに目を細めた杏子にだけ聞こえる大きさに声を落として、ほむらは静かに呟いた。

 

「魔法少女の真実を」

 

 杏子はにやりと表情を歪めてから、挑戦するような目つきで静かに頷いた。


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