魔女は人間が好き   作:少佐A

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撤退

 手に握る拳銃の引き金を引いて弾丸を放つと同時に、身を前に倒して駆け出した。放たれた弾丸は案の定、魔女の腕に防がれてしまうが、元より防がれる前提で攻撃したので動揺した様子は無い。

 槍の様な数十の拳が一斉に襲い掛かるものの、やはり時を止めて移動するほむらの前では幾ら数を増やしても無力であった。

 魔女の懐に入ったほむらは頭上に三つの手榴弾を投げた。当然、目の前で爆発すれば命の危険がある為か、爆発を阻止しようと魔女の注意がそちらに向く。待機していた魔女の腕が手榴弾を包み込もうと動いた。

 手を重ねて包み込めば犠牲となるのは腕だけで済むと分かっているのだろう。しかし、手榴弾は包み込む前に独りでに爆発した。ほむらは投げる直前にピンを抜いたのではなかったのだ。

 

「シッ!」

 

 息を吐きながら拳銃のグリップで魔女の顔面を殴りつける。白面に少しヒビが入った様だが、割り砕くまでにはいかなかった。強い力を込めて殴ったはずなのだが、魔女はよろめく様子も無く踏み止まって攻撃を再開した。

 懐に潜り込んだほむらを突き離そうと三つの腕が掌打を叩き込もうとするが、既にほむらは回避行動を取った後であった。くるりと空中で回転しながらマシンガンに持ち替えたほむらの口元が嫌らしく歪む。次の瞬間、魔女の身体が蜂の巣になっていた。

 

「終わったわよ。佐倉杏子」

 

 呆気なく絶命した魔女を一瞥すると、ほむらは自身の得物を盾の中へしまった。明らかに盾以上の体積を持つマシンガンがしまわれる光景は、某猫型ロボットの特殊なポケットを彷彿とさせる。

 激しく動いた為に乱れた髪の毛を正すと、立ち上がって槍を構え直して警戒する杏子に目を向けた。

 これまでに二度、倒した筈のこの魔女が自分に襲い掛かったことを踏まえて、次も確実に復活してくると信じて疑わなかった。

 

「いんや、まだだね。アイツはまた復活する」

 

「…………何を言っているの?」

 

 警戒を解こうとしない杏子に訝しげな視線を送ると、辺りを見渡した。特に変な様子もないし、魔女の死体もまだ消滅していないので結界が晴れないのは当たり前だろう。気になるのは、死体の消滅速度が異様に遅いことくらいだ。

 

「アンタさぁ、アタシがただの魔女に殺されかけると思う?」

 

 ほむらの問いに、同じく問いで返した。しっかり不安要素を説明して欲しかったのか、ほむらの目元が不機嫌そうに歪んだ。元々無表情で機嫌が悪そうに見える表情が、目元が歪んだ所為で更に不機嫌そうに見えた。

 ここで声を荒げては大人げないと思ったのか、問いに対すること返答が得られなかったことに溜め息を吐いてから冷静に返事をした。

 

「油断すれば、どんなベテランでも負けるに決まっているわ」

 

「そうか。じゃあ、今のアンタが正しくそれだな――――ッ!」

 

 突然、此方に向かって走り出した杏子を迎撃しようと盾から拳銃を取り出す。たった一連の動作であったが、驚異的な瞬発力を誇る杏子はほむらの直ぐ目の前まで来ていた。杏子の構えられた槍の軌道はほむらの顔面付近を狙っており、時を止めようと盾に手を掛けるが生憎、杏子の身体の所為で手が届かない。

 しまった、と歯噛みしてからバックステップを行うが、杏子に手を掴まれたことで止められてしまった。密着していた二人の間に隙間が出来、やっと時を止めようとした瞬間。杏子の槍が弾丸の如しスピードで突き出された。咄嗟に回避することも出来ずに顔を手で覆うと、耳元で肉に槍が突き刺さる音が聞こえた。

 目を開けて横を見ると、ほむらの側頭部を狙った何者かの拳があった。驚いて弾丸を拳に叩き込もうとするが、既に杏子の槍によって止められていることを確認して銃を下した。

 背中を襲う衝撃に耐えることが出来ずに、杏子に覆い被さる様にして倒れ込む。若干、ほむらが不機嫌そうな顔を見せてから背後に向かって拳銃で乱射した。高くない連射速度で“下手な鉄砲も数打ちゃ当たる戦法”は無理があったらしく、弾丸をすり抜けた腕がほむらの髪の毛を掴んだ。

 

「痛ッ!」

 

 数本の髪の毛が引き千切られる痛みに涙を浮かべて得物を持ち替える。拳銃から先程のマシンガンに持ち替えたほむらは、杏子の上から退いてアタリを付けながら銃を乱射し始めた。

 拳銃とは違って連射速度があるものの、反動の大きいソレは魔力で筋力を増幅しているとはいえ、ひたすら撃ち続けるのは少々キツイものがあった。疲労と残弾の所為でそろそろ全て撃ち落とすのに限界を感じると同時に、自身の下へ向かってくる腕を全て払った杏子が加勢した。

 

「何やってんだ、馬鹿」

 

 憎まれ口を叩きながらもほむらへの加勢に手を抜いていないところを見ると、単なる照れ隠しなのだろう。何の変哲も無い時にやられれば小さく鼻で笑ってやることくらいは出来たのだが、今のほむらにそんな余裕は無い。

 魔女は様子見だったのか、先程までの呆気なさが嘘の様な強さを誇っていた。腕の一つ一つは杏子の拳の様な重みは無いものの、なにせ手数が多すぎる。例えるならば、二つ以上のボールを使用したドッヂボールの様なものだ。相手に全てのボールが渡ってしまえば、外野と合わせて誰かが取らない限り半永久的に投げ続けられることとなる。つまるところ、どちらかが魔女に接近して注意を逸らさなければ攻撃を止めることが出来ないのだ。

 チラリと杏子に目をやると、同じタイミングで彼女の方もほむらに目をやっていた。考えるところは同じの様だ。ほむらは重火器を取り扱う為、本当ならば近接戦闘は論外である。対する杏子は小さくすることが出来るものの、長すぎるリーチと取り回し難い槍。どちらが接近するかは一瞬の判断で決めることが出来なかった。

 結局、悩んだ末にマシンガンの弾が切れそうなほむらが動き出した。アイコンタクトを取った杏子は槍を握る手により一層の力を込めて、速く、重い一撃を振るった。

 自分の方に近づいて来るほむらに攻撃を向けるが、マグナムを持ち出した彼女の前に肉片と化した。脚力に回す魔力を抑えて腕と肩の筋力に注いだ結果、両手であれば反動無しに撃ち続けることを可能にした。と言っても、脚力と腰に魔力が回っていない所為で後ろに倒れそうになるのだが。

 

「うおっ!?」

 

 ほむらが自分に向かってくる腕の数が減ったことに疑問を感じた直後、後方で杏子の小さな悲鳴が上がった。振り向くと、先程よりも明らかに本数の増えた腕が杏子に襲い掛かっている。

 成程、先に片方だけでも殺して置こうと考えているのだろう。確かに、手強い連携を見せる二人組の片方を倒せば何とかなるのかも知れない。だがそれは、自分に死の危険が迫っている者の出来ることでは無かった。そんなことを出来る者は勇ある者では無い。単なる無謀な馬鹿だ。

 マグナムのマガジンを慣れた手付きで取り換えると、小さく振ってから再び魔女の腕に狙いを定めた。この魔女が単なる馬鹿であるとは考えにくい。可能性としては、再び復活できるからこその余裕があるからだろう。

 

「佐倉杏子!」

 

「問題無い! アタシに構わず()()止めを刺しな!」

 

 杏子の返事を聞き取ったほむらの行動は速かった。自身に向かってくる数の少ない腕をマグナムでありながら正確に撃ち落とすと、復活したことによりヒビが消えた白面の中心に狙いを定めた。ほむらの狙いに気が付いた魔女が腕を重ねて防御姿勢を取るが、そんな程度ではマグナムから発射される弾丸を防ぐことは出来ない。

 大きな発砲音を鳴らして発射された弾丸は重ねられた腕を一本ずつ肉片と変えていく。ボディビルダーの様な筋肉質な腕であれば分からなかったかも知れないが、魔女のものは木乃伊の様に細く弱々しい腕だ。幾ら重ねても銃弾を防ぐことは出来ない。

 

「あがッ!?」

 

 弾丸が魔女の頭を吹き飛ばす直前、先程のものとは打って変わって苦しそうな悲鳴が上がった。魔女の頭が吹き飛んだことを確認してから痣だらけで変な方向に曲がった左肘を押さえる杏子に近寄ると、顔を顰めて後ずさった。

 

「どうしたの?」

 

「銃向けたまま近寄んな」

 

 如何やら、マグナムを酷使しすぎた所為で腕の筋肉が硬直してしまった様だ。苦笑しながらもう片方の手を使って銃を下ろすと、魔女がいつ復活して来ても良いように辺りを見渡して警戒していた。

 痣だらけの左腕は少し触るだけでも痛い様で、ほむらが状態を確認する為に撫でようとすると唇を歪めて腕を払われた。再び右腕で肘を抑えるが、一度手を離した所為で押さえるだけでも痛みが襲ってくるらしい。余りの痛さに汗を浮かべていた。

 

「逆の方が良かったかも知れないわね」

 

「全くだ。耐え続けるのはアタシの柄じゃない」

 

 二人は魔女に勝利したかの様な会話を行っているが、倒しきることは出来ていなかった。まだ復活する可能性がある為、今の消耗した状態では敗北してしまうことが見て取れる。杏子はほむらの肩を借りて立ち上がると、左肘の痛みに耐えながら歩を進めた。

 

「此処に居続けるのは得策では無いわ。早い内に出ないと」

 

「そうだな」

 

 力無く呟くと、自分たちの周りを浮遊する提灯に目を向けた。使い魔でありながら魔女に加勢する気配も無く、かと言って魔法少女である二人を襲う素振りを見せない。見た目通り、ただの飾りと言う訳でもないだろうし、一体何の為に居るのか。

 杏子の視線に気が付いたほむらも自分の傍らに浮いている二つの提灯に目を向けた。目がある訳でも口がある訳でも無いソレは、握ればくしゃくしゃに壊れてしまいそうだった。

 ふと手を伸ばして提灯を掴み上げると、地面に向かって叩き付けた。くしゃりと紙が潰れる音と共に、中の蝋燭の火が紙に引火して燃え上がった。熱さを感じない幻の様な炎を上げて紙は灰になるどころか、跡形も無く消え去ってしまった。

 余りにも弱すぎる。それがほむらの感想であった。幾ら、戦闘を行わない使い魔だとしても此処まで弱くてはいよいよ存在している意味が分からない。

 

「若しかして、この提灯から復活したりしてな。蝋燭って良く“命の灯”みたいな扱われ方するじゃん?」

 

「何をそんな――――」

 

 否定しかけて言葉を飲み込んだ。いや、確かに有り得ない話では無い。力も無い、敵意も無い、ただただ浮いているだけの使い魔が居る意味を考えると、寧ろそれが正解なのではないかと疑ってしまう。

 

「おい、どうしたのさ。まさか、今アタシの言ったこと鵜呑みにしたって訳じゃあ無いだろうね」

 

 いきなり押し黙ったほむらの横顔を訝しげな眼で見つめた。少しだけ待って返事が帰ってくることは無いと悟ると、歩む速度を上げたほむらに合わせて歩幅を大きくした。

 唐突にほむらが杏子を強引に引っ張ったかと思うと、ソウルジェムのおかげで痣は治りかけてきているものの満足に動かせない杏子の腕を自分の首に回して負ぶった。突然の行動に戸惑いながら、誰も見ていなくとも恥ずかしい様で若干赤面させながらほむらの頭を叩き出した。不快そうに顔を歪めてから後方を見張るように伝えると、渋々と言った様子で降ろしてもらうことを諦めた。

 

「佐倉杏子。貴方の予想は恐らく正解よ。次に戦う時の為に、魔女が如何やって復活するか見ておいて」

 

「分かったよ。その代わり、今度奢れよな」

 

 杏子にスピードを合わせる必要が無くなったほむらは、バランスを崩して転ばない様に慎重に駆け出した。ほむらの首に回した両手で槍を掴んで居る為、落ちることは無いだろうが首が絞まってしまうからだ。

 少し走ったところで杏子が間の向けた声を上げた。その直後、ほむらに声を掛けたのだが一向に返事が返ってこない為、またもや頭を叩き始めた。

 

「聞こえてるわよ!」

 

 流石のほむらも腹が立ったのだろう。返事をしなかったので自業自得なのかも知れないが、変に受け答えするよりもさっさと結界を抜けて杏子を安静にさせてから話を聞こうと思っていたので、一概に彼女を責めることは出来ない。

 

「あの魔女、提灯から復活しやがった! まさかアタシの言ったことが本当になるなんて」

 

「フラグね。死亡フラグを立てない様に気を付けなさい」

 

 ほむらの返答に苦笑いを浮かべる。確かに、死亡フラグを立てない様に気を付けないとな、とぼやくと落ちてしまわない様に再びほむらの首へと手を回した。冷たい手が突然首に触れたことでほむらの身体がピクッと震える。如何に経験を重ねてもこういった部分は鍛えることが出来ない。幸いにも杏子は気付いていなかった様で、からかわれずに済んだと安心した様に溜め息を吐く。

 魔女の結界の出入り口を発見すると、子供も通れない小さな穴を抉じ開けて転がり込む様にして外に出た。二人が出た路地裏には幸いにも他に人が居なく、面倒なことにならずに済んだ。

 

「腕の方は大丈夫?」

 

「アンタ、実は結構良い奴なんじゃない?」

 

「さあ、どうかしらね」

 

 心配して声を掛けたと言うのに、からかう気満々の嫌らしい笑みを浮かべた杏子を見て適当にはぐらかした。ゆっくりと腰を下ろして杏子を木箱の上に座らせると、左腕の状態を確認する。肘が変な方向に曲がってしまっているが、医療知識の無いほむらにはそれが脱臼なのか骨折なのかは分からない。痛みは有れど痣は無くなって目立った外傷は無い為、休めば直ぐに元通りになる筈だ。

 ほむらも硬直して動かし難い右腕の筋肉を揉んで解すと、握り続けていた銃を盾にしまった。銃器の所持が禁止されている日本で自衛隊に所属していない彼女が銃を持っていたら何かと問題になるだろう。

 痛む肘を押さえながらゆっくりと立ち上がった杏子は変身を解いて服のポケットに入ったグリーフシードを自身のソウルジェムに翳した。それを見て、ほむらも自身のソウルジェムにグリーフシードを翳す。相当消費していた様で、溜まりに溜まった穢れがどんどん吸い込まれていく。

 

「……ああ、クソ! アンタが銃撃ち込んだところを見て油断したのが不味かったなぁ」

 

 まだ少し使えそうなグリーフシードをポケットにしまいながら悔しそうに呟いた。二人は共闘した仲と言うことで握手を交わすと、何処からか取り出したポッキーを加えた杏子は街の中に消えて行った。

 後悔しても何も変わりはしない。杏子の目はリベンジの炎に燃えていた


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