魔女は人間が好き   作:少佐A

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苦戦

 夕日に映える赤髪を一つにまとめた、所謂ポニーテールを揺らしながら佐倉杏子は見滝原の街を歩いていた。

 自分が縄張りにしている地域に比べて、使い魔の反応が非常に多い。これ程までの魔女や使い魔が一地域に集中することの異常さは、ベテランである彼女も重々理解していた。

 

「マミは魔女退治そっちのけでベルと過ごしてる。唯一活動しているさやかだって、多分この量の魔女は相手出来ないんじゃないかな」

 

 肩に乗っかっていたキュゥべえが言葉を発した。少女が街中を歩いているだけならいざ知らず、肩に奇妙な生物を乗せていれば注目を浴びる筈だ。

 しかし、杏子に向けられている視線は歩き食いをしている彼女への軽蔑が多い。一般人に魔女や使い魔が見えない様に、キュゥべえの姿も見ることが出来ないのだ。

 

『そのさやかって奴は、態々使い魔まで狩ってるんだろ? 全く、随分と非効率的じゃないか』

 

 公衆の場でのキュゥべえへの返答は主にテレパシーを扱う。これは公衆の場で一般人に見えないキュゥべえと会話している所を目撃され、危うく補導されそうになるという、魔法少女なら一回は経験したことがあるであろう苦い思い出を教訓にして考え付いたものだ。

 勿論、マミや杏子だけで無く世界中の魔法少女はキュゥべえとの会話にテレパシーを用いることが多い。杏子もその一人で、夜中に公園でキュゥべえと会話していたらジョギング中の男性に通報されたことがある。今思い出すと頭を抱えて走り出したくなる程恥ずかしい。

 

『にしても、マミの奴も如何してそこまで落ちぶれたのかねえ。アタシの代わりを見つけて浮かれてるってことかい?』

 

「その可能性も無きにしも非ずだ。でも、一番は暁美ほむらじゃないかな。彼女のベルに対する反応が異常だったから、それも関係していないとも限らない。僕も契約した覚えが無いし……まあ、完全なイレギュラーってところだね」

 

『暁美ほむら、か。如何も私と一度戦ったことがある様な動きをしてたね。そのクセ、人を傷つけることは躊躇う甘さがあった』

 

 少し前、自分と交渉する為に姿を現した黒い魔法少女を思い浮かべる。実の所、ほむらはベルが魔女形態に戻ってファミレスを出て行った際、テーブルの上に食事代と申し訳程度の小金を置いてさっさと出て行ってしまったのだ。

 杏子としては謝礼金とも言える小金を置いて行ったことに好感を持てるのだが、如何せんほむらのことを何も知らな過ぎた。幾ら実力があるとしても、何を考えているか分からない仏頂面で過ごしている彼女は誤解を招きやすく、特に表情を表に出さない為か信用されていないと勘違いされてしまうことが多い。杏子も誤解してしまった一人だ。

 確かに、ほむらがまどかを救う為ならば他の人間は捨て駒に過ぎない、と思ってる可能性だってある。事実、過去のループでさやかに信用してもらえなかった時にもそれを指摘されていた。

 彼女が多くを語らないのは、二週目に本当のことを伝えたらハブられてしまったことが原因だ。それから、段々と信用して貰う為に重要な言だけを隠し続けるようになった。最近になってまた語るようになったのだが、杏子がそれを知る由も無い。

 杏子の柄が三節に分かれる特殊な形状の槍は、初見の相手に対してなら絶対的な強さを誇った。だが、ほむらは初めから杏子の武器が三節に分かれることを知っていたので、何とか対処することが出来たのだが、それも杏子の不信感を募らせる原因となった。

 

「兎にも角にも、警戒するに越したことは無いよ」

 

『全くだ』

 

 悩んでいた所為で黙りこくった彼女にキュゥべえが声を掛けると、大して考えていない適当な返事を返した。今は兎に角、何もかもが不明なほむらの対処法を考えていたいのだろう。

 キュゥべえには他の少女とも契約してエネルギーを集める仕事がある為、杏子の素っ気ない返答に大した反応もせずに去って行った。彼としては絶大なエネルギーを得ることが出来るまどかとの契約を諦めきることが出来無い様で、それを実現させる為の策を練っているのだろうか、杏子の前に姿を現したのも久し振りであった。

 若干軽くなった肩を回すと肩慣らしに比較的弱い魔女でも狩ろうとソウルジェムを指輪の形から戻した。手に収まる大きさのソウルジェムは通行人の目に触れることも無く、太陽光を反射して居る為光っていても違和感は無い。

 だが、如何にも力の弱い魔女が見つからない。この際、グリーフシードの為に強くても良いかと自分を納得させると、魔女の結界に向かって歩き出した。

 

「…………アイツがさやかか? 使い魔の結界に入りやがって」

 

 使い魔の反応があった路地裏に飛び込む青い筋が見えた。変身して居なくとも、視力を強化している杏子に取っては素早く動くものも正確に判別が出来る。今回は青髪の少女が目に映った。キュゥべえから聞いた特徴だけならさやかで間違いない。どちらにせよ、力も強くないし魔法少女の先輩として忠告することにしよう。ポッキーの最後の一本を咥えると、箱をゴミ箱に放り投げてから路地裏に飛び込む。

 ぐにゃりと歪む景色。水墨画の様な景色を見渡すと、絵の世界に引きずり込まれたような錯覚を覚える。魔女や使い魔の結界ではこれ位の奇妙な結界は沢山ある。稀に結界だと判別しにくいものもあるらしいのだが、少なくとも杏子は会ったことが無かった。

 さて、無駄な努力をする後輩を指導しに行きますか。そう呟いて足を踏み出す。が、幾ら歩いてもさやかを見つけることが出来なかった。進めば進める程、違和感を覚える自分に疑問を抱きつつも変身を済ませて武器を構える。

 

「チッ、使い魔の結界じゃないじゃん」

 

 宙に浮く提灯を突いてみると簡単に破れて消え去ってしまうが、消滅する間際に魔力を撒き散らしたことからこんな容姿でも使い魔であることが分かる。

 ゆらゆらと揺れ動く提灯は不安定な人の心を表している様で、見ていて気持ちの良いものでは無い。早々に目を離すと此の結界の主――――魔女に会いに行く為に駆け出した。

 さやかと遭遇できなかったのは単純な話である。杏子が別の結界に取り込まれてしまったからだ。魔女の下に向かっているにも拘らず、一向に道を塞ごうとしない使い魔たちを一瞥してから加速する。遠くに見える、日本人平均よりも少し高い程度の魔女に先制攻撃を加える為に地面を強く蹴って跳ぶ。

 外した槍の関節部から伸びる鎖によって鎖鎌やヌンチャクの真似事どころか、鞭の様に扱ったりと非常に応用性が高い反面、扱いには相当の練習が必要である。事実、杏子もこれを扱う為に長い時間を費やした結果、自分の体の一部のように扱うことが出来るようになったのだ。

 攻撃が当たる直前になって、魔女の意識が杏子に向いた。完全な不意打ちに対応することが出来ずにその場から動くことが出来ない様だ。――――少なくとも、杏子はそう思っていた。

 

「――――ッ!?」

 

 突如伸びた魔女の腕。身体に不釣り合いな程伸びただけで無く、杏子を手の中に収めることが出来る位に巨大化した掌が横から襲い掛かった。魔女に先制攻撃を加えるのを諦めて引き戻した槍の一部を蹴り、大きく上に跳躍する。ぶんっ、と風切り音を鳴らして杏子の足元を通過した腕に意識を向けていると、今度は別の角度からもう一本の腕が襲い掛かって来た。

 固く握り込まれた拳は手首が固定されており、直撃すれば一溜まりも無いだろう。咄嗟に槍を拳と身体の間に滑り込ませて防御の体勢を取る。空中に居た為か、衝撃もあまり与えられずに押し出される形となって遠くまで飛ばされた。

 危なげな姿勢で着地すると、魔女の風貌を確認した。結界の風景にぴったりな花魁の姿をした魔女の顔にはのっぺりとした白いお面が取り付けられている。首や腕は痩せこける所か木乃伊の様に細く弱々しいものであったが、先程の攻撃から見た目以上の威力を誇るのだろう。

 そして、特に目についたのが魔女の背中から生える腕の数だ。数え切るのが大変な程ずらりと生えた腕も全てが木乃伊の様に痩せこけていて、見た目だけなら大して強そうには見えない。

 不意打ちを失敗してしまったのならば正面から突撃するまでだ。腰を深く落として槍を構えなおすと、今度は飛ばずに地面を駆け抜けた。自分に向かって伸びてくる腕を避けながら魔女の顔に向かって槍を突き出すが、寸での所で背後に残っていた腕が全て顔を覆って厚い層の壁を作った。勿論、貫くことが出来ずに突き刺さり、引き抜こうとして横から襲ってきた攻撃に直撃した。衝撃で地面を転がり、肩の骨が嫌な音を鳴らす。

 直撃を受けても尚、自分の得物を掴んで離さなかったのが吉と出たか、追撃しに来た腕を叩いて後退した。二、三回程肩を軽く回してから骨が折れていないことを確認すると、再度槍を構えた。

 

「成程、一筋縄じゃ行かないみたいだ」

 

 先程よりも速く、重い一撃を加える為に足に力を込めた。爆発的な瞬発力で一歩踏み出すだけで魔女の目の前まで迫ると、槍の柄で脳天を殴りにかかる。完全に不意を突いた攻撃であったにも拘わらず、魔女は先程と同じ手段を用いて防御した。が、それが最大の誤算であった。

 

「貰ったッ!」

 

 魔女に気付かれない内に分けていた槍の穂先が唯一腕で覆われていない下顎に突き刺さる。引き抜こうとする魔女の腕を押さえて柄を蹴り上げると、ずぶずぶと魔女の頭に槍が侵入していった。

 

「Giiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii」

 

 虫の鳴き声の様な金切り声を上げて悶絶する。人型の魔女の弱点は多くが頭にあり、此処を損傷させることが出来れば有利に戦闘することが出来る。深くまで突き刺さった槍を乱暴に引き抜くと、柄で魔女の鳩尾を突く。だが、内臓は流石に無い様でもがく様子すら見せずに杏子を攻撃せんと腕を伸ばした。一本、二本と伸ばされる腕を叩き落とし、疲労が出始めたのか動きが鈍った魔女の首元に槍を突き刺した。

 まるで本物の人間と同じように、首に突き刺された槍の柄を両手で握り込んだ。抜かせまいとしているのか、はたまた早く抜こうとしているのかは分からないが、杏子が取った行動は後者だ。魔女の首元に突き刺さった槍をこれまた強引に引っこ抜くと、何度も何度も瀕死の魔女に攻撃を加えた。少しの油断が死につながるのだ、仕方のないことだろう。

 ボロボロになった魔女は既に絶命しており、杏子がそれに気づいた時には消滅しかかっていた。消滅した魔女はグリーフシードを落とし、結界も晴れる。だが、如何も死体が消えてから一向に結界が晴れる気配もしないしグリーフシードも見当たらない。はて、若しかして自分が狩っていた方が使い魔だったのだろうか。そう自分に問うてみるが、あの強さは確実に魔女だ。あれで使い魔ならば元の魔女はどれ程強力な魔女だったと言うのだ。

 魔女でも使い魔でもどちらにせよ、倒したにも拘らず結界が晴れないことが可笑しいのだ。背後に漂っている筈の提灯に目を向けようとしたその時。

 

「な」

 

 杏子の顔面を二本の腕から繰り出される張り手が襲った。舌を噛んだ挙句、唇を切ってしまった様でペッと血を吐き出してから臨戦態勢を取った。使い魔の群れの中に交じる、一人の花魁。それは正しく、先程杏子が討伐した筈の魔女であった。

 魔女は杏子を品定めするかのようにじっと顔をこちらに向けている。フェイントを掛けても動じることは無く、槍を分けて不意を取る戦法も使えなくなってしまった。正面突破では槍というリーチの長い武器を使う分、杏子の方が不利なのだ。魔女は腕を伸ばして攻撃するだけで良いのだが、杏子は近接攻撃をする場合は槍を分ける必要があり、長いリーチを生かす為には相手の手数が多すぎる。

 それでも致し方あるまい。成るべく相手を翻弄する様に、一回一回の移動を大げさにして攻撃地点をばらつかせる。それが、全てを打ち落とすことが出来ない杏子の策であった。

 

「らあっ!」

 

 ぴょんぴょんと跳び回り、自分に襲い掛かる腕を避けながら追撃を加える。腕を攻撃していけば何時かは鈍るかもしれない、という期待を込めて避けた直後に腕を全力で殴打した。

 魔女との距離が縮まるにつれて、防御姿勢を取ろうと腕が魔女の顔の横でわさわさと蠢いていた。蛆虫の集まりの様で気色悪いが、討伐しなければならない。全てはグリーフシードの為だ、人の為などという大層な目標は掲げてなどいない。

 案の定、杏子が目の前で槍を振りかぶると頭を守る為に腕が重なった。実はこれ、魔女の視覚を遮る様に防御して居る為、杏子が何処にいるかは魔力で判別しなければならない。

 槍が腕の層に突き刺さって止まったことを確認すると、目の前を薙ぎ払う様に腕を振る。これで撃退することが出来た筈なのだが、そこはやはりベテラン。槍を杏子が握っていると思った魔女だが、実際は握らずに槍を投擲、魔女の身体の前で腕が振られた直後に追撃をする作戦であったのだ。

 結果的には大成功、無防備な胸に杏子の掌打が炸裂して爆発音のような音を鳴らすと、彼女を襲う腕の動きが一瞬だけ止まった。そのまま追撃、槍が予想以上に奥深くまで刺さってしまった為に抜くことが出来ず、仕方なく一旦柄を手放して魔女の頭を膝で蹴り砕いた。中は内臓器官が一切無く、剥いた後の卵の殻の様であった。

 勿論、魔女は絶命。これで生きていたら、杏子には成す術がない。僅かに期待して槍を拾い上げると、やはり何処からともなく腕が襲い掛かって来た。杏子を叩き潰そうと巨大化した腕が振り下ろされる。必死に攻撃範囲から逃げようとするも、魔女の攻撃の方が速かった。勢い良く振り下ろされた腕は水墨画の世界を大きく揺らした。腕を上げて確認するがどうしてだろうか、こびり付いている筈の死体どころか血すらない。

 ふと、正面に意識を向けると驚いた表情で尻餅をついた杏子が居た。彼女とて無傷では済まないと思っていたのだ、それがまさか無傷で済んでしまって逆に驚いている。

 

「随分苦戦してるじゃない。佐倉杏子」

 

 音も無く現れた黒い魔法少女、暁美ほむらは左手で髪を掻き上げると拳銃を魔女に向けた。




魔法使いK様の魔女、ベルフェゴルの登場でした
出番は長くなりそうです

【魔女名】無貌の魔女ベルフェゴル
【性質】 怠惰
【能力】 行動の部分部分をコマ送りみたいに省略できる。
【戦法】 腕を伸ばして叩き潰し、握りつぶし、薙ぎ払い等で戦い、基本的に動かないで相手の攻撃に反応する。とにかく動かない。例え倒されても使い魔から再生する事で生き延びる。
【外見や特徴】白面を被った花魁的な姿。目につく肌は全て鳥の骨を通り越して木乃伊の様、千手観音の様に後ろから木乃伊の腕がずらーっと生えてる。
【結界の特徴】白と黒の水墨画風な世界。
【使い魔の特徴】 提灯の形をしており、怪しく揺らめき見るものを惑わすが、実態は魔女の残機的な物。実害は無しだが数が多い。
【その他】出会った場合の生存率が最も高い魔女。結界に迷いこんでも魔女に近づかなければ問題無い上、使い魔も実害はそれほど無い為である。戦いを挑んでも手数こそ脅威的だが、逃げるのを追ったりはしないので余程油断しない限り安全な方。今までに魔法少女の言葉に反応する素振りを見せた事はあるが、それだけであり返事をすることはまず無い。人間に対するスタンスは、あれば喰うものの、無ければそれだけと言うスタンス。
たまに気紛れで拠点を変えるのが精々の自発的行動。反応するのを面倒臭がるのが基本なので先制攻撃を楽々取っても反撃がこない場合も、だが延々としつこく話かけ続けると………………。

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