魔女は人間が好き   作:少佐A

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ゾンビ

 私としたことが、美樹さやかの接近に気付けなかったなんて。ほむらは、マミと対峙しながらも歯噛みしてさやかを睨み付けた。見覚えの無い罪を被せられて動揺している様な、理解できないという風の表情を浮かべながらさやかは落としたサーベルをゆっくりと拾い上げた。

 

「美樹、さん……? あなた、魔法少女に……?」

 

 如何やら、マミも背後のさやかに気が付いた様だった。鎧の様な胸部にひらひらとした長くも無く短くも無いスカート、白く綺麗なマントを着用した衣装は魔法少女そのものだ。コスプレして夜の街を徘徊する様な性癖を持っているのなら話は別だが。

 彼女の左手に握られているサーベルは獲物を狩る獅子の牙の様に鋭利で、これで斬り付けられたり突き刺されたりすれば一溜まりも無いだろう。

 魔法少女となったさやかの乱入に、マミは驚きを隠すことが出来ないでいた。魔法少女の魂はソウルジェムへと移され、穢れが溜まれば魔女になる。これだけの説明をしたのだから、絶対に魔法少女になることは無いと思っていたのだろう。

 

「ごめん、マミさん」

 

 低く暗い声で謝りながらも、さやかの目はほむらの方を向いていた。彼女は、ついさっきベルが魔女化寸前の魔法少女だとほむらによって伝えられたのだ。だと言うのに、目の前ではベルの魔女形態だの人間形態だの、聞き覚えの無い単語が飛び出している。

 

「転校生。魔女形態とか、人間形態とかって、なに」

 

 同じ質問を繰り返した。対するほむらは真実を伝えるべきか伝えないべきか迷いながら、マミの顔色を窺った。驚愕に染められたその表情は魔法少女になったさやかに対してなのか、はたまたほむらが失言してさやかがベルに対して疑問を持ってしまったことに対してなのかは分からない。

 迷っているほむらを余所に、さやかが足を一歩踏み出した。それに伴って、マミが一歩後ずさる。さやかの虚ろな目はほむらしか見ておらず、その狂気とも言える感情が渦巻いている彼女の表情を見て、少なからず警戒を抱いてしまったのだろう。

 後ずさりながら、マミがマスケット銃を手に取った。片手でも扱えるソレは、二丁それぞれほむらとさやかに向けられている。

 

「暁美さん、ごめんなさい」

 

 マスケット銃の引き金を引くと同時に、未だ轟音の鳴り止まない手術室へ侵入した。一瞬怯んでしまった二人は自分に外傷がないどころか、結界の何処も気が付いていないことを確認する。

 ――――威嚇射撃。マミは、発砲時の爆音と閃光のみを放っただけなのだ。

 

「しまった!?」

 

 慌ててマミを連れ戻そうと扉に手を掛ける。思い切り引いて開けようとした瞬間、何処からともなくリボンが扉を覆うように現れた。黄色く、生き物の様に動くリボンはマミが扱うものであり、ほむらはその強度を強度を身を持って体験している。

 このままでは巻き込まれる。外側からも内側からも扉を塞ごうとしているのであろうリボンに巻き込まれてしまえば、圧死とまでは行かないものの一溜まりも無い。扉を蹴って逃げようとしたところで、背後から伸びた手に肩を掴まれる。

 肩を強く引かれ、その場に踏み止まれる筈も無く尻餅をついた。目の前をリボンが通り過ぎて行き、壁を貫いたリボンが扉にぐるぐると巻き付いてしまった。これでは押すことも引くことも出来ない。試しに壁の破壊を試みるが、そこはやはり巴マミ。壁の中にもリボンを張り巡らせて支えている様だった。

 ほむらと共闘するのは此処のマミは初めてだったので、二人で戦うよりは一人の方が良いだろう。今までも一人で戦い抜いてきたマミはヘタに共闘するより単独の方が効率が良い。それでも彼女が相棒を求めるのは、今までが一人だったからだ。

 年頃の少女だと言うのに悩みを打ち明けられる家族は居らず、多いとは言えないが仲の良い友人にも魔法少女のことは打ち明けられず、キュゥべえは彼女の吐き出す悩みに共感してくれることも無く、唯一支えであった杏子も突然変わってしまった。

 裏切られても尚支えを求め続けるのは、やはり彼女が誰よりも強くて誰よりも弱いからだろう。何にも耐えることの出来る精神力を持ち、それでいて抱える悩みに苦悩する。確かに彼女は強く強固な鎧がある。しかし、鎧の脆いところを突かれてしまえばいとも簡単に崩れ去り、鎧を失った彼女はもがくことしか出来ない。

 だから彼女は、鎧と自分を守ってくれる盾が欲しいのだ。自分の悩みを親身に聞いてくれる、家族の様な存在が。

 ――――閑話休題。

 あの巨大な魔女も単独のマミならばグリーフシードを惜しまずに戦えば時間は掛かれど討伐することは可能だ。しかし、今は理性を失ったベルも居る。何かの拍子に両方の意識がマミに向いてしまえばどうすることも出来ない。と言うより、如何もベルは魔女を吸収して成長している節がある。あれだけ強大な魔女を喰えばワルプルギスの夜とまでは行かないが、この辺りの魔女に苦戦することは無くなるのではないだろうか。まあ、ベルがあの魔女に勝利することが出来たらの話ではあるが。

 

「転校生」

 

 必死に扉を開けようとリボンを引き千切ろうとして見たり、火薬で火を付けようとしていたからか、さやかの接近に気が付くことが出来ずに背後を許してしまった。

 慌てて振り返ろうとして、首筋を冷たい何かが撫でる感触を感じた。それでも振り返ろうとすると、ちくっと針に刺された様な痛みと共に汗では無い何かが流れて鎖骨に溜まる。

 

「質問に答えてよ」

 

「何のつもり?」

 

 さやかのサーベルが背後から首筋に突き付けられているのだ。少しでも後ろに身を倒せばほむらは帰らぬ人となる。さやかに命を狙われたのはこれが初めてではないのだが、これ程の大ピンチは味わったことが無かった。

 彼女の気分次第で自分の首が飛ぶ。そんな状況だと言うのに、ほむらは至って冷静だった。

 

「あんた、何時もそうだよね。肝心なところで無駄に冷静。本当は魔法で若返った二十過ぎのベテランだってことは無いの?」

 

 最後に冗談を交えて笑みを浮かべるが、まるで感情のこもっていない目のさやかが浮かべる笑みは少々不気味であった。魔法で若返ったと言うのは間違いだが、経験した年数はさやかやまどかよりも上だろう。

 だからと言って、死ぬかもしれない瀬戸際に冷静で居ることの出来る人間など、軍にも中々居ない。居るとすればそれは、冷静であるように見えて自暴自棄になっているだけかの人間だ。勿論、ほむらは自暴自棄になっている訳では無い。言うとすれば、自分の能力があるから。悪く言えば、自分の能力を過信しているからだ。

 盾がガシャンと音を鳴らした瞬間、世界が止まる。ぎこちない笑みを浮かべたままのさやかはその表情のまま動かず、頬を流れる汗までもが止まっていた。

 素早くさやかの横に移動して銃を突きつけると、魔法を解除した。止まっていたさやかにはほむらが瞬間移動したように見えたのだろう。驚愕の表情を浮かべながらもサーベルを真横に振り抜こうとしていた。

 

「動かないで」

 

 これこそが、暁美ほむらが願いによって得た魔法少女としての力だ。時に関する魔法を扱うことが出来る彼女は、一定時間だけ自身に触れているもの以外の時を止めることが出来る。使いようによっては弱くもなるし強くもなる。

 そう言えば、こんなシチュエーションが前にもあったな、と杏子との戦闘を思い出す。あれは杏子が戦い慣れていたから、銃を突きつけられている状態で反撃することが出来たのだ。経験の浅いさやかにそんなことが出来る筈も無く、サーベルから手を放して降参のポーズを取るだけであった。

 銃をさやかに向けながらゆっくりと後退し、一定の距離を保ってからほむらも銃を降ろした。さやかはほむらに敵わないことを悟ると、サーベルを拾い上げて弄びながらもう片方の手でソウルジェムにグリーフシードを当てた。コン、と小さな音と共にソウルジェムの穢れが吸い取られていく。

 グリーフシードに変化は無く、恐らく後数回は使えるのだろう。変身を解いてグリーフシードを制服のポケットにしまった。

 

「ごめん、転校生。ちょっと混乱してた」

 

「貴方が私に謝るなんて。何か危険なものでも食べたのかしら?」

 

「幾らあたしだって、嫌いな奴でも殺しかけたのは悪いと思うに決まってるじゃん」

 

 顔の前で小さく手を横に立てて謝罪のポーズを取ると、力の無い笑みを浮かべた。先程の様な虚ろな目はしておらず、しっかりと感情のこもった何時ものさやかに戻っていた。が、表面上とは言えほむらにまで笑みを見せるとは、やはり魔法少女になったことを少しばかり後悔して卑屈になっているのかも知れない。

 

「ベルさんの人間形態とか、魔女形態とかさ。魔女を討伐しに来ただけなのに、あんなこと聞いて訳分かんなくなっちゃったんだ」

 

 さやかのソウルジェムはたった今穢れを吸い取ったばかりだと言うのに、弱い魔法を使った後の様なうっすらとした濁りと見せている。恐らく、このまま行けばさやかの魔女化は避けられないだろう。

 彼女があんな行動に出たのはベルのことを聞いたからだろうが、恐らくそれだけでは無い。何処からどう見ても病院の廊下である此の結界で、恭介と喧嘩した時のことを思い出してしまったのだろう。魔女が病院の近くだったから少し寄ってみただけであって、恭介も奇妙な夢の話を語りながらも何処か余所余所しかった。

 

「そうね、嘘を吐いた私にも責任があるわ。ただ、覚悟があるならばそれについて教える」

 

「大丈夫。あの扉の向こうには此処の魔女だけじゃなくて、蝿のでっかい魔女も居るんでしょ?」

 

「……貴方、まさか」

 

「そう、そのまさかなんだよね。あんたに聞いた時から予想はしてた。ベルさんが魔女なんじゃないかって」

 

 さやかの聡明さに、ほむらはただただ驚く他無かった。過去にもこれ程までに洞察力に優れたさやかは居なかったのだから、少ない情報でベルとベルゼブレを結びつけることが出来る訳がないと思っていた。普通の人が聞けば、恐らくは偶然の一言で片づけるだろう。しかし、さやかは偶然で片付けずに一人で考察していたのだ。

 これも、イレギュラー中のイレギュラーが出現したことによる歪みか。一人呟きながら、これからの展開を予想していた。だが、どれも途中からぐちゃぐちゃになって分からなくなってしまい、今までのループから大きく脱線した今回のループの先について予想することなど出来やしなかった。

 

「恭介の夢に、同時刻に消えたベルさん。私たちの前に蝿のでっかい魔女が出てきた時にその場に居なかったベルさん。これだけじゃ、確定は出来なかったから、あんたに確認する意味で聞いたの」

 

 喉を鳴らして唾を飲み込んだ。成程、これだけの条件が揃えば疑う者もいるかも知れない。

 

「……正解。確かに、ベルゼブレ――――ベルは魔女よ。此処の魔女とは力量だけならほぼ互角か、それ以下ね」

 

「ベルゼブレ……ベルさんの魔女名だね。強いの? それ」

 

「巴マミや佐倉杏子と渡り合えるくらいかしら。私や貴方だと少しきついかもしれないわね」

 

「危険は?」

 

「シャルロッテを捕食した日から、自我を無くすことがあるみたいよ。最近では夜中は殆ど居ないみたいね」

 

「……それ、私達を襲うってことは」

 

「あるわね。そう遠くない内に」

 

 ほむらの言葉を最後に、お互い黙りこくってしまった。さやかはどう返せば良いのか分からずに、ほむらは此処まで言って良かったのか自問自答していた。

 マミのベルへの依存の仕方は、さやかだけならずまどかも良く知っていた。と言うのも、ベルに助けられたその日から昼食中もベルの話ばかり出してくるのだ。頻度はそう多くないが、毎日一回は昨日の夜中もベルが居なくなったと零していた。まどかが警察に連絡した方が良いんじゃないか、と行った際は余り大事にしたくないと返答している。

 それ以外は普通だから別に気には留めなかったのだが、さやかが魔法少女になってから魔女と使い魔の多さに驚いたのは事実だ。魔女退治もそっちのけでベルと過ごしているマミに少なからず失望もした。

 だが、マミもほむらの言うことと同じ考えを持っているのだとしたら、完全に魔女になる前に過ごしたいと思っている可能性もあるし、仕方のないことなのかもしれないと納得してしまう。と言うのも、全てが変わったあの日、シャルロッテ討伐の時にマミの過去を聞いているからだ。幼い頃から心の拠り所を無くしては、反動でああなってしまうのかも知れない。

 

「そうだ、巴マミ……ッ!」

 

 ハッと表情を変えて、背後の扉に目を向けた。見ればリボンが徐々に解けて行っていて、マミがリボンの維持に割く魔力を用意することが出来なくなったのか、故意にリボンの維持を止めたのか、はたまた維持が出来ない状態になったのかは分からないが、彼女に何かがあったのは確かである。

 

「どいて、転校生」

 

 もう一度変身をして大きく振りかぶったサーベルをリボン目掛けて振り下ろす。が、切れ味の落ちた鋏の様に切れそうで切れないもどかしさを感じながらももう一度サーベルを振る。しかし、リボンが断ち切れることは無かった。

 

「こんな所で先輩との力の差を実感させなくても良いってのっ!」

 

 ふと、轟音が鳴り止んでいることに気が付いた。二人で話し込んで意識を向けることが出来なかったのだろう、最悪の事態を予測して慌ててリボンを如何にか千切ろうと足掻いた次の瞬間。

 ぐにゃりと景色が歪み、ほむらが歩いていた夜道に戻ってしまった。

 

「転校生! マミさんはっ!?」

 

「落ち着きなさい、美樹さやか。凄まじいスピードで逃げる魔女の反応と、それを追う魔力の反応があるわ」

 

 さやかの強化された握力で掴まれた肩に感じる鈍痛に顔をしかめながら、冷静に返した。勢い良く振られて整えられた髪の毛がぐちゃぐちゃになる。やっと振るのを辞めた時には、後ろ髪が頭の上に乗って顔を隠すように垂れ、まるで貞子の様であった。

 

「何が言いたいのっ!?」

 

「だから落ち着きなさい。さっきの結界の主だと思われる魔女は非常に鈍足だったわ。でも、逃げている魔女は車と同じ速度で移動しているみたいね」

 

 髪の毛を掻き上げて整えながら焦らすように答えた。ほむらとしては他意は無いのだが、さやかからは彼女が悪意を持って焦らしているのではないかと感じてしまう。協力するということを忘れてしまっていたほむらは、人付き合いが酷く苦手なのだ。

 

「な、成程。つまり、どっちも無事だってことだよね」

 

「そうね、魔力の反応が巴マミならどっちも無事の筈よ。逃げてると言うことは、ベルゼブレが意識を取り戻した確率が高いわね」

 

 安心したのか、変身を解いたさやかがほっと胸を撫で下ろした。ひっくり返って腰に掛かったスカートを正すと、ほむらにも変身を解くように促す。

 ほむらとしては別に変身を解く意味は無いのだが、深夜にこの格好で徘徊して通報されては堪ったものでは無い。渋々と言った風の表情を浮かべて変身を解くと、グリーフシードを自分のソウルジェムに翳した。

 

「それじゃあ、貴方はもう帰りなさい」

 

「あんたはどうするの?」

 

「私も帰るにきまってるじゃない。家が少し遠いだけよ」

 

 そう言い残して、身を翻す。さやかも別にこれ以上話すことも無いのか、ほむらの後ろ姿を少しだけ見やって帰路に着いた。

 

 * * *

 

 結局、恭介とは仲直りすることも出来ずに魔女退治を続けた。

 何でだろうね。私は多分、恭介のことが好きなんだろうけど、中々それを口に出すことが出来ない。と言うか、そんなこと恥ずかしくて出来やしないし、この関係が壊れるのが嫌なのかな。

 私はもう、人間では無くなってしまった。魂をこのソウルジェムに移し替えて、幾ら怪我を追ってもこれが無事ならば再生する。

 部屋の照明に掲げてみても、加工された高そうな宝石という感想しか出て来ないや。

 

「ふふっ……これってゾンビだよね、あたし」

 

 そう、幾ら身体を壊されても、幾ら身体を汚されても、結局はソウルジェムが無事ならば良いのだ。吸血鬼だったり、弱点のある不死身の怪物なんていっぱい居るよね。

 でも、吸血鬼は心臓に杭を打たなければいけなかった筈だった様な気がする。そんな面倒な手順を踏まなくても、ソウルジェムを破壊するだけで良いんだから、あたしは吸血鬼なんて憧れる人が大勢居る様な存在じゃない。

 ――――ゾンビ。そう、ゾンビだよ。漫画とか、映画とか、ゲームとかでよく見るゾンビ。作品によって違うけれど、どれも大体は頭を破壊すれば死ぬゾンビ。ソウルジェムが破壊されれば死んじゃうあたしにぴったりじゃん。

 

「ふふ」

 

 笑いが込み上げてくる。どうして笑ってるのか分からなくて、そんなことに悩んでるあたしが可笑しくて、笑いが込み上げてくる。

 あ、やば。ソウルジェム濁って来た。えっと、グリーフシード……グリーフシード……っと。あったあった。

 

「――――」

 

 何してんだろ、あたし。魔女にはなりたくないからグリーフシードを集めて、集める途中で濁るから使って。結局使い切っちゃうからまた集めて。なんだこれ、ゾンビとまるで一緒じゃん。

 食欲を満たすために人を襲って、でも食べたりないから他の人を襲って。襲ってる途中でまたお腹が空くから人を襲って。ほら、何処が違うって言うのさ。

 結局、あたしがゾンビじゃない部分は意識があって身体が腐っていないところ位なのかな。それ以外は、全部ゾンビ。人間ですら無い。こんなの、誰にも打ち明けられないよ。あたしには恭介を愛する資格だってないのかも知れない。

 それでも、面と向かって聞いてみたいな。

 

「ねえ、恭介」

 

 ――――あなたは、こんなあたしを見てどう思いますか?


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