魔女は人間が好き   作:少佐A

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なにそれ

 黒髪をたなびかせながら歩く見滝原中学校の女子生徒、暁美ほむらは街灯に照らされた道を一人で歩いていた。

 分からない。何故、自分がさやかにあんなことを言ったのかが分からなかった。どうして、自分がベルを()()様なことを言ったのかが分からなかった。

 魔法少女となったさやかはほむら同様、魔力の探知が出来る様になっていた。それはつまり、ベルの魔力の質も会話だけでは無く肌で感じ取ることが出来るようになったのと同義だ。

 痛みを遮断したさやかは死を恐れない兵士と同じで、自分の身を顧みない捨て身攻撃を行うものだから魔女の討伐確率が高い反面、ソウルジェムの穢れも多く溜まってしまう。

 今までのループでさやかが魔女化する寸前の、精神的に壊れてしまったさやかの一歩手前だ。まだ、グリーフシードを使用して穢れを蓄積しない様に心がけている所を考えると、やはり未練があるのか。

 そうなると、さやかとまどかの親友――――仁美が恭介に告白してしまった時点で魔女化するのは明白だ。

 あそこでベルが魔女であることを伝えていれば、若しかしたらさやかの協力も得られたかもしれないし、ほむらが杏子を説得する時間も増える。だと言うのに、彼女はベルのことを魔女化する寸前の危険な状態だ、と言ってしまったのだ。

 さやかがベルについて疑問に思った理由は恭介から()の内容を聞いたからであって、魔力を感知してのことでは無い。どちらにしろ、疑心暗鬼になっているのは確かだ。

 その夢の内容とは、幽霊の騎士を乗せた馬に頭を噛み砕かれる話だ。これを聞いた瞬間、さやかは魔女の結界に取り込まれたからだと確信していたし、鼻の下に出来た薄いみみず腫れが事実であることを物語っていた。

 だが、彼女が目を付けたのはそこでは無い。恭介を見て、興味無さそうに立ち去ったと言う蝿の怪物の話だ。恭介が魔女の結界に取り込まれたのは、さやかと喧嘩をした日の夜。丁度、その日はマミからベルが夜中に居なくなる、という愚痴を聞いた日であった。

 恭介にうろ覚えでも良いから蝿の怪物の姿を教えてくれと頼み込んでみたところ、何もかもがマミをシャルロッテから救った魔女――――ベルゼブレと酷似していた。ベルゼブレは他の魔女とは違ってさやか達に殺気を向けることは無かったが、去り際に一瞬だけ殺気を向けた。

 しかも、ベルゼブレが戦っていた時にベルが姿を現すことが無かったというのも、さやかが疑問に思った点の一つである。恭介が結界に取り込まれた翌日、またマミが居なくなったことを愚痴っていた。此処から、魔女とベルが関係しているのではないかという結論に至ったのだ。

 結果は是。しかし、ほむらは否と答えた。もしかするとそれは、マミを悲しませたくなかったという、今までのループで救えなかった彼女への罪滅ぼしだったのかも知れない。

 下を向きながら自分の考えをまとめるために声に出してぶつぶつと唱えてから顔を上げると、いつの間にかそこは先程まで歩いていた道では無く、病院の廊下の様な一本道が延々と続いた空間であった。

 

「暁美さんっ!?」

 

 突然の声に振り返ると、息を切らしたマミがほむらの目の前で息を整えていた。顔に浮かぶ汗と表情から察するに、随分長い距離を移動してきたのだろう。

 

「ベルを見なかった? さっき、就寝中に突然立ち上がったと思ったら何処かへ消えちゃったの。魔力を追って来たのだけれど……」

 

「魔女の結界に取り込まれて見失ったのね」

 

 相変わらず、詰めの甘い先輩を一瞥して呆れた様に首を振った。ループの中で何度も敵対したことさえあったが、ほむらからしてみれば二人だけの先輩の一人でもあり、自分を鍛えてくれた尊敬できる姉の様な存在なのだ。マミから普通に接してくれるのなら、普通に接するだけだ。幸い、ほむらがどうしてまどかが魔法少女になるのを止めようとしているのかは、真実を知ってから一人で納得してしまっていた。事情があったのだから仕方が無い、とマミは受け入れて昼休みに取る昼食にも誘っているのだが、さやかとの仲はやはり険悪だし、何よりベルのこともあってマミとは中々関わりにくかった。

 とは言っても、好きか嫌いかで言えば断然好きの部類に入る。マミは今まで一人で戦ってきた所為か、仲間が出来ると突然注意力が散漫になるのだ。これは、過去のループで計った統計である。折角、シャルロッテ戦を乗り越えることが出来たのだから、放置して死んでしまったら後悔しか残らないだろう。ほむらはそう思いながら、ソウルジェムを掲げて変身した。

 

「見ていないわ。どうかしたの?」

 

「最近、夜中に何処かへ居なくなることが多いのよ。でも、今は夜中っていう程の時間帯じゃないし、若しかしたら眠ってる途中に無意識で行動しているのかも」

 

「夢遊病かしら。魔女も人間形態で病気にかかるなんて、随分と不便ね」

 

 とぼけた顔でマミの問いに応じるが、ほむらには心当たりがあった。ベルがシャルロッテを捕食した日の夜、ベルゼブレと言う魔女とワルプルギスの夜の関係について飽きるくらい考え続けたのだから。

 結果は、このループでのワルプルギスの夜はベルゼブレの成長体であり、彼女を殺害すればほむらがループを終えることが出来ると言うことだ。夜中に突然居なくなると言うのも、若しかするとワルプルギスの夜としての人格が成長しつつあるのかも知れない。

 それを決して口には出さず、歩き出したマミの後ろについて行った。

 

「見失ったのなら仕方ないというべきなのかしら。朝には戻ってるし……」

 

 振り返らずに顎に手を当て、床のタイルを見ながらぶつぶつと呟く姿は返事を求めているものでは無いと推測できる。

 

「――――ああ、ベル。……何処にいるの?」

 

 何をしているのかはやはり気になるのだろうが、マミにとってはベルが突然居なくなったのが問題の様だった。嘗てコンビを組んでいた魔法少女――――杏子も突然居なくなることが多くなって、最終的に考え方で相互に違いがあった為、決別してしまった。

 それでも、マミの精神状態はほむらの目から見ても危なかった。これは間違い無い。ベルが成長してワルプルギスの夜になることを伝えれば、発狂するか認めずに戦闘に突入してしまうだろう、と不安を抱きつつも動き出した花瓶を銃のグリップで砕いた。

 花瓶や名簿、花畑の描かれた絵画など、病院にゆかりのあるものを模った使い魔が次々と襲ってきた。マミはそれ等を片手間に片付けると、魔女の結界をずんずんと進んでいった。

 

「……強い」

 

 死角からの攻撃にも動じずにマスケット銃の銃身で殴りつけるマミの姿からは、蚊を払っているかの様な気怠さが感じられた。使い魔でも油断すれば即、死に繋がる。だが、マミはしっかりと警戒している一方で油断している様だった。要するに、不安定なのだ。

 警戒しながらも、使い魔だと分かれば若干気を緩めて叩き潰す。こうなってしまったのはマミの精神状態が原因だろうが、さやかの様に直接的な害を与えているわけでは無く、これが精神的に壊れている訳でも無い。どうしてかと言えばただ一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 これが何を意味しているのかと言えば、普段のマミが隠し続けていた素が何かに依存するマミだったと言うことだ。恐らく、これは元来の性格では無く、自分だけが助かる願いを叶えてしまったマミの罪悪感で変わってしまったのだろう。それも、ソウルジェムに影響するような壊れ方では無く、長い時間を掛けて精神を蝕む様に。結果的に、依存する対象がベルとなっただけなのだ。

 お互い、言葉を交わすことも無く使い魔を圧倒し続けて辿り着いた場所は、何もかもが大きな手術室の様な場所だった。手術台、床に落ちている器具、天井からぶら下がる蛍光灯。全てが、二人の身長を大きく超える大きさだ。まるで小人になったかの様な気分で歩を進めようとした時、真上から刃を下にしてメスが落下して来た。

 ドスッと大きな音を立てて地面に突き刺さったメスは見た目通りの重さがあるようで、二人が身体能力を強化しても受け止めることが出来ないことが分かる。

 

「暁美さん、近接は問題無い?」

 

「近接は難しいわね。中距離なら問題ないのだけれど――――この魔女の前には射程距離なんて関係ないんじゃないかしらッ!」

 

 二人は同時に地面を蹴って左右に別れた。二人を分断する様に丁度ど真ん中に突き刺さったのは、刃が開いた鋏だ。気付かなければ二人仲良く死んでしまう所だった。

 ほむらの言うことを理解して顔を上げると、全身に撒かれた包帯の上に看護服を着用した巨人が此方を見下ろしていた。手には巨人に見合うサイズのカルテが握られている。

 如何やら、此方が小人になったのでは無く、魔女の方が巨人だった様だ。顔まで包帯が分かれていて、その風貌を確認することは出来ない。が、ベルの様にまるっきり人間の形をした魔女は殆ど居ない。旧支配者の魔女クティーラでさえ両目は欠落し、七色に光る髪という人から外れた外見だったのだから。

 魔女はカルテを振り上げると、その腕を思い切りマミに向かって振り下ろした。即座に反応してマスケット銃の発射時の衝撃を使って後ろに跳ぶ。魔女の動きは遅いものの、何より武器が大きいから範囲が広い。振り下ろされるまでに攻撃範囲から逃げ切るのも簡単では無かった。

 

「巴マミ! この魔女を転ばせるから出来るだけ遠くに行って!」

 

 本当に出来るのか疑問に思いながらも、自信に満ちた声で叫ぶほむらを信じて後ろへ駆けた。次の瞬間、マミの視界からほむらが消えたかと思えば魔女の足元で爆発音が連続した。何時の間にか魔女の背後に回り込んで膝の裏にロケットランチャーを撃ち込んでいたほむらは、最後の一発を同じ場所に撃ち込んだ。

 大きな爆発と共に、魔女がバランスを崩してよろめく。手術台に手を掛け、結局踏ん張り切れずに地面を揺らして倒れた。その際に手術台の上にあったと思われるメスや注射器が雨の如く降って来た。注射器は近くに居ると砕けた破片にやられてしまうので、回避を慎重に行いながら倒れた魔女の頭に近付く。

 

「暁美さん! 私がリボンで拘束するわ。その間に準備をして」

 

「分かったわ」

 

 そこら中にばら撒いていたマスケット銃を自身の魔力へ還元すると、魔力で生み出したリボンを使って魔女を地面に括りつけた。他の魔女とは比べ物にならない力を持っている為、少し気を緩めれば拘束が解かれてしまう。リボンを力の限り生み出すと片っ端から魔女の身体を括り付けて行った。

 準備が出来た様で、スカートの裾を持ち上げて作ったくぼみにお手製の爆弾を大量に乗せたほむらがマミに向かってサインを出した。再び、ほむらの姿が消えて魔女の身体全体で爆発が起きる。爆発で看護服が千切れたものの、魔女は軽傷だった様で特に怒り狂う様子を見せずに立ち上がった。

 

「何てタフなの……?」

 

 ワルプルギスの夜戦を控えているほむらは、武器を出し惜しみしていた。後のことを考えないのであれば、楽勝とまでは行かないが倒すことは出来るだろう。この魔女はそれ程までに強かったのだ。

 

「弱点がある筈よ。それを狙いましょう」

 

「巴マミ、それに根拠はあるの?」

 

「無いわ。でも、今はそう思ってやるしかないでしょ?」

 

 ほむらの問いに平然と返すマミの額には冷や汗が浮いている。恐らく、マミも此処まで強い魔女と戦うのは初めてなのだろう。かくいうほむらも、その顔は若干の陰りを見せており、此処で武器を使うか使うまいか迷っている様だった。

 きゅっと奥歯を噛みしめて、盾から次の武器を取り出そうとしたその時。魔女が突然、二人から意識を逸らした。顔まで包帯で覆われている魔女の視線が何処を向いているのかは分からないが、顔は手術室の壁に向けられている。

 一回、大きな音と共に部屋全体が地震の様に揺れ出した。二回、手術台の上に残っていた器具が次々と落下して来た。揺れの所為で避けにくいのか、顔を不愉快そうに歪めて何とか躱した。そして、三回目。

 

「Oooooooooooo!!」

 

 壁が崩れ、その奥から魔女の姿となったベルゼブレが現れた。その声は正に、獲物を見つけた狩人の様で二人に意識は向けられていなかった。魔女が警戒の念を込めてベルゼブレに意識を向け、ベルゼブレは食事として魔女に意識を向けていた。

 その魔力は最後にほむらが感じた時よりも明らかに増えており、彼女の仮説を裏付ける変化であった。

 

「ベルッ!」

 

 ベルの登場に、マミの表情が明るくなった。弾んだ声で相棒の名前を呼ぶが、反応は無い。此方を向くどころか、止まりもせずに魔女へと体当たりした。凄まじい勢いで体当たりされた魔女の身体が浮き、壁に激突する。また地面が大きく揺れ、バランスを崩したマミが倒れた。

 

「ベル! 私よ、私! 巴マミよ!」

 

 それでも、必死に気付いて貰おうと相棒の名前を呼ぶ。その顔は段々と悲しみをチラつかせるような表情に変化していった。一方でほむらの表情は険しいものとなり、ベルがマミの声に反応することは無いと悟ると自分と変わらない太さのマミに手首を掴んで部屋から出ようとした。

 

「さっさと離れなさいッ! 今のベルゼブレは理性を無くしているわ!」

 

「放してッ!」

 

 暴れるマミを強引に連れて先程の標準的な広さの廊下へと戻った。そこでやっとマミの腕を放すと、すぐさま手術室へ戻ろうとしたので通せんぼする様に腕を広げて立ち塞がる。

 何とか隙をついて通り抜けようとするも、突然目の前に移動して来るほむらの所為で中々手術室へ入ることが出来ないでいた。連続する轟音と、何かが崩れる音。魔女の悲鳴に混じってベルの悲鳴も聞こえてくる。この悲鳴に、マミの不安が募っていった。

 

「どいて」

 

「無理よ。態々殺されに行くようなものだもの。私が通すはずないじゃない」

 

「どいて」

 

「話を聞いて、巴マミ。ベルゼブレは――――」

 

「そこをどいてッ!」

 

「話を聞けって言ってるのよ! 人間形態ならいざ知らず、魔女形態のベルゼブレは危険なの!」

 

「なに、それ」

 

 突然、二人の会話に第三者の声が割り込んだ。

 マミに集中していたほむらは第三者の接近に気が付くことが出来ず、マミもまた手術室へ入るのに夢中になりすぎて、背後から近づく者の気配に気が付くことが出来なかったのだ。

 

「魔女形態とか人間形態とか、なにそれ」

 

 そこには、驚きの余り自身の得物を落としてしまったさやかが呆然と立ち竦んでいた。


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