魔女は人間が好き   作:少佐A

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あんたにゃ関係無い

 すっかり暗くなってしまった夜道を、青髪の少女――――美樹さやかは全速力で駆け抜けていた。

 彼女は今()()()()()()を片手に魔女の反応がする方角へ向かっている。街灯が照らしている道の中である為、変身して身体能力の強化を行って駆け抜けるという無茶が出来ないのだ。

 あの後、さやかはキュゥべえと契約してしまったのだ。病院から出た後に何気なくキュゥべえを呼んでみると、驚くことに一拍を置かずに現れた。

 上条恭介の右腕を治すことを条件に、彼女は遂に魔法少女の契約を交わしてしまったのである。

 魔法少女に対して当初の様な憧れは一片も抱いておらず、今のさやかの胸の内にあるのは焦燥と使命感であった。魔法少女の真実を知って、それを受け入れることが出来なかったさやかのソウルジェムは、自然回復ならぬ自然汚染を始めてしまったのだ。

 このままでは自分も魔女になってしまう。でも、もう自分は人間ですら無い。ゾンビになってしまった自分は、これからどうすれば良いのか。さやかは、走りながらずっと自問自答を繰り返していた。

 結局、恭介に想いを伝えることすら出来ずに魔法少女になってしまった。唯一の心残りと言えば、それ位だろうか。

 余計な考えを振り切って、早く魔女の下へ辿り着けるように走る速度を上げる。全力疾走に近い速さで走り続けている彼女は、もうとっくに体力の限界か足の痛みで走れなくなってしまっても可笑しくは無い。いや、そうなっていなければ可笑しい。

 それを可能にしたのがソウルジェムだ。体力は流石にどうしようもないが、痛覚などは簡単に消してしまうことが出来る。魂はソウルジェムにあり、身体が幾ら壊されても死ぬことは無い。死ぬことは無いのだから、脳が痛みによる危険信号を発する意味なども無い。だったら、感じない様になれば良い。自己暗示の様なものでもあり、ソウルジェムに力を込めれば痛覚を感じるのを応用して、ソウルジェム以外からの痛みを遮断した。

 人間の範疇を完全に反した反則技に、自分が人外の存在になってしまったのだと思い知らされる。

 全速力で走って数分。魔女の反応が一際強い、大きな工場へと辿り着いた。

 

「……此処、かな」

 

 絞り出すような声で呟いたさやかの顔は憔悴しきっている。魔法少女になったのは昨日の今日のことだ。まだ日が浅い彼女は学校が終わってから魔女と二連戦を行い、心身ともにボロボロの状態であった。

 因みに、マミはベルのことを家族として信頼し、依存しているものの、最近夜中に突然いなくなることが気になるのか、魔女退治もそっちのけでベルと家で過ごしている。故に、マミは魔法少女が増えたことは感覚的に分かっていても、それがさやかだという確信には至っていないのだろう。

 周りに人が居ないのを確認すると、手っ取り早く変身を済ませて魔女の結界をこじ開けた。さっさと魔女を退治しようと得物のサーベルを強く握りしめる。恐怖は置いて来た。あるのは、自分が自分を保つ為に魔女を殺さなければならないという義務感と、魔女と使い魔による被害を出さない様に早急に片付けなければならないという焦り。

 今この瞬間にも、襲われている人間が居るかもしれない。額に冷や汗を浮かべ、不安を感じながら強化された足で地面を強く蹴る。大きく跳び上がったさやかの視界が広まり、上からこの近くに何があるかを把握することが出来た。

 

「居た」

 

 今正に、襲われそうになっている少女が一人。桃色の髪の毛を赤いリボンで二つに括った、優しそうな目つきの女の子が――――

 

「まどかっ!?」

 

 襲われている友人とは紛れも無い、さやかの親友である鹿目まどかであった。初めは共に魔法少女になろうと誓い合ったまどかは、さやかの叫びが聞こえないのか魔女を前にして諦めたかのように目を瞑っていた。

 咄嗟に足元で魔力を爆発させる。一回だけでは無い。大きな爆発では無く、数回にわたって小さな爆発を繰り返したさやかの身体は、弾丸の様な速さで魔女の身体へと迫った。

 マントを翻して、傍らの操り人形の様な使い魔の身体を一閃した。突如現れた天敵の姿を確認すると、テレビの様な形をした魔女のモニターに文字が映し出された。が、勿論の事さやかに読める筈も無い。このテレビが本体と察したのか、隙の大きい大振りの一撃を繰り出す。しかし、予備動作の時間が長すぎた所為か、間に割って入った使い魔によって防ぎとめられてしまう。

 小さく舌打ちをして使い魔の顔面を蹴って跳ぶ。着地地点はまどかの真横。高い位置に居たさやかの顔が見えなかったのだろう、自分の真横に着地した彼女の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。

 

「待ってて。直ぐに終わらせるから」

 

 心の中の葛藤を悟られない様に作り笑いを浮かべて跳躍した。天敵を撃破するべく迫る使い魔を力任せに叩き切る。が、幾ら切り捨てても数が減ることは無い。やはり、本丸を叩かなければ勢いが収まることは無いようだ。

 再び使い魔の顔面を蹴って、今度は魔女の下へと迫る。しかし、二度目は聞かないと言わんばかりに絶妙のタイミングでさやかの右足首を掴むと、魔法少女ですら耐えられない怪力で握り潰した。

 

「ああっ……!」

 

 紙の様にぺしゃんこになってしまったさやかの足は、遠く離れたまどかからも分かる程の重傷で、千切れた肉片と砕けた骨のかけらが飛び散った。だが、さやかは悲鳴を上げるどころか眉すら動かさずに使い魔の首に向かって一閃。頭を斬り落とした。

 

「アハ」

 

 代わりに、彼女が発したのは笑い声。自然と口から漏れた様なソレは次第に大きくなり、遂には目を覆いながら空を仰いで大笑いを始めた。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 突然笑い出したさやかに襲い掛かろうとはせず、使い魔も様子見を始めている。如何やら、この魔女にもある程度の知性があるようで、手下である使い魔たちも相当統制された動きをしていた。

 既に魔女の意識から外れたまどかも、笑い出したさやかを心配そうな目で見つめている。

 

「こんな酷い怪我の痛みも消せるんだ! こんな酷い怪我でも一瞬で治っちゃうんだ!」

 

 さやかの右足首は先程の使い魔の攻撃で完全に使い物にならなくなっていた。恐らく、現代の医療技術をもってしても再生不可能な程。だが、今はどうだ。さやかはしっかり自分の二本の足で身体を支えており、右足は血で染まっているものの握り潰されたような跡は見られない。

 この範疇を越えた再生能力は魔法少女が持っているものでは無く、治癒能力に特化したさやかに与えられた能力だ。恭介の腕を治すという願いを叶えたさやかは、その願いから魔力や身体強化よりも大怪我を一瞬で再生させる治癒能力を得ることが出来た。

 何不自由なく動く右足を確認すると、もう一度足元で魔力を爆発させた。目にも止まらぬ速さで使い魔に詰め寄ると、今度は手首だけでサーベルを振るう。シュッと風切り音を鳴らして使い魔の頭を刎ねた。道を塞いで邪魔をする使い魔の首に次々と斬撃を入れて倒していく。

 焦った魔女が何やら使い魔を自分の周りに集めようとしているが、時すでに遅し。テレビの中から使い魔を生み出すことも可能で、その手段を使えば良かったものの、態々周りの使い魔を集めようとした所為で防御が間に合わず、さやかのサーベルによって地面に叩き付けられた。

 テレビが予想以上に硬かったのか、斬ることは出来ずに叩き付ける形となってしまったが、何とモニターから貞子よろしく人型の魔女が現れたでは無いか。モニターの中に映っていた人型と瓜二つなソレは、魔女の本体であることが予想される。そうと分かれば切り捨てるのみ。使い魔を召還することも出来ずに、魔女の本体が八つ裂きとなった。

 ぐにゃりと景色が歪み、元の廃工場の一室へと変わる。落ちていたグリーフシードを拾い上げると、おもむろにソウルジェムにかざした。安心したかのように溜め息を吐きながら、その場に座り込む。

 

「あー、疲れた」

 

 いつの間にか変身を解いていた彼女の姿はまどかと同じく見滝原中学校の制服であり、家に帰ってから直ぐ魔女退治に出かけたのだろう。顔に浮かべた汗を乾かすために、服の襟を摘まむとパタパタと仰ぎ始めた。

 

「あの、さ――――」

 

「さっさと出てきなよ」

 

 まどかが声を掛けようとした瞬間、さやかが不機嫌そうに眉をひそめて吐き出すように言った。すると、何も無かった空間に突如一人の魔法少女が現れる。黒が基調となった服を着る彼女はほむらだ。さやかを鬼の形相で睨みつけている。

 

「貴方、魔法少女の真実はマミから聞いたのでしょう? どうして魔法少女なんかに」

 

「あんたにゃ関係無い」

 

 ほむらの怒気が籠った言葉をばっさりと断ち切ってわざとらしくため息を吐いた。

 

「それにしても、性質悪いよね。大方、あたしが魔女と戦っている所を見てたんじゃないの?」

 

 やれやれ、と大げさな動作で手を振る。ほむらは怒りなのか悔しさなのかは分からないが、ずっと下を向いて唇を噛んでいた。険悪な二人の間に割って入ろうと、まどかが必死に身振り手振りで何かを伝えようとするが、突然顔を引き締めたさやかによって断ち切られてしまう。

 

「ところで転校生」

 

 これ以上無い程真剣な目つきでほむらのことを睨みつけた。何時でも戦闘を開始できるように変身をし、腰を深く落としてサーベルを構えながらゆっくりと息を吐いた。深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、再びほむらの目を射抜いて告げた。

 

「ベルさんについて、何か隠してることあるよね?」

 

 始終眉を動かさなかったほむらの顔が驚愕に染まっていくのが見て取れた。暫くすると、驚愕から一転観察するような目つきでさやかの顔を覗き込み、銃を構えてから口を開いた――――


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