魔女は人間が好き   作:少佐A

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対極

 床に敷かれた布団の中でベルは死んだように眠っている。思わず撫でたくなるほどの愛おしさを感じると共に、私は少なからず恐怖を感じていると思う。

 どうして断言できないかと言えば、自分でも分からないから。自分がベルに対して恐怖を感じているのかいないのか。ただ、はっきりと断言できることはある。

 

「暁美さんのベルに対する目つきが変わった、か」

 

 暁美さんとベルが相対している所なんて、私はまだ二回しか見ていない。鹿目さんと美樹さんを助けた地下と、旧支配者の魔女クティーラの結界内でのこと。本人の談を合わせればもう二回の計四回会っているらしいのだけれど。

 あの後、自分の結界を突き破って逃げたベルは一時間もしない内に帰って来た。元々、鹿目さんたちに魔女であることがばれない様に別の場所で人間形態に変化する予定だったらしいのだけど、去り際に放った殺気が頭から離れない。

 私が前に暁美さんへ向けた敵意とは違う、魔女が放つ純粋な殺意。魂をソウルジェムという器に移された私達は食事として適さないのか、ただただ『殺す』ことだけを考えた明確な殺意。それを、ベルが放ったのだ。

 勿論、帰って来たベルに問い詰めた。暁美さんはベルを見て震えているし、鹿目さん達はベルとベルゼブレが同一の存在であることに気が付いていないからこれと言った反応は無かった。

 返って来た返事は知らないというはっきりとしない回答。曰く、「シャルロッテを食してからの記憶が無い」とのこと。シャルロッテが落とさなかったグリーフシードは、稀に落とさないこともあるので運が悪かったと落ち込むだけに過ぎない。――――筈だった。

 だけど、ベルは何て言った?

 シャルロッテを食べてからの記憶が無いと言う、一見誤魔化している様な回答は事実なのかもしれない。シャルロッテはグリーフシードを落とさなかったのではなくて、グリーフシードごとベルに食べられたのかも知れない。だとすれば辻褄が合う。

 魔力による穢れを吸い込むグリーフシード。ソレは穢れ溜め込みすぎると再び魔女として孵化してしまう。つまり、魔女の体内とは魔力の穢れで一杯だとすれば――――

 

「一時的に、意識を乗っ取られたのかしら?」

 

 そう、考えたい。あれがベルの意志だとすれば私が信じられるものはまた私だけになってしまう。佐倉さんと考え方の違いで決別して、キュゥべえとは魔法少女の真実の事で疎遠となった。ベルが人間に敵対意識を持って魔法少女に狩られてしまったら、私は一体どうすれば良いのか。

 ああ、ベルだけは私の家族で居て欲しい。ベルが魔女だとか私が魔法少女だとか関係無く。あの殺意は何かの間違いで、ベルは悪くない筈だ。そう思い続けなければ、何時か私が壊れてしまうだろう。

 

「もう、一人ぼっちは嫌……」

 

 ――――せめて、あなただけは私の家族で居て欲しい。

 

 * * *

 

 有り得ない。過去のループでこんな事が起きたのは初めてだ。迂闊だった。私が甘かった。

 アレは人間の味方などでは無い。寧ろ、人間最大の敵。私が倒さなければいけない存在だ。さっきから噛みしめすぎた所為か、歯茎から血が滲み出ている様な気がする。だが、そんなことは気にしていられない。

 ワルプルギスの夜についての知識を記憶から引っ張り出す。舞台装置の魔女、性質は無力、結界を必要とはしない、など。

 

「――――ああ、違う!」

 

 どれもこれも今私が必要としている知識では無い。今必要なのは別の何かだ。必死に、必死に奥歯を噛みしめながら記憶の片隅から引っ張り出すこと十数分。まだ私が魔法少女となっていなかった一週目だろうか、キュゥべえの発言を思い返す。

 

『ワルプルギスの夜は魔女の集合体だからね。様々な魔女と融合した彼女の力は圧倒的だよ』

 

 頭の中でパズルの最後のピースがはまった。これだ。これならば、全て辻褄が合う。

 シャルロッテを喰らう光景には正直驚いた。過去のループで巴マミを喰らったのが祟ったんだざまあみろと心の中で踊った反面、吐いてしまわない様に堪えるのが必死だった。

 あれを平然とした表情で見つめることが出来る彼女はどうかしている。やはり、数年もの経験の差は大きすぎたか。

 捕食を終えた後、魔女ならば落とすはずのグリーフシードが何処にも見当たらなかった。過去のループで数回、魔女がグリーフシードを落とさなかったことが稀にあったため少し前の私ならば気にも留なかっただろう。

 だが、今回は違う。ベルゼブレから感じた馬鹿みたいな強さの魔力はワルプルギスの夜と酷似していた。似すぎていたのだ。

 ワルプルギスの夜が魔女の集合体というのならば、何らかの方法で魔女を取り込んでアレに変化したのだろう。

 

「……あるじゃない、一番確実な吸収方法が」

 

 捕食。

 生物が別の生物を食し、取り込み、自身のエネルギーに変換し、そのエネルギーで成長する。生きるために必要なサイクルだ。それは魔女とて同様、ベルゼブレの様な例外は存在するものの人間を食べ続けなければ生きてはいけない。他の使い魔を喰らうなど普通は有り得ない。

 値段は安いけど品質も味も高く信頼できる食品と値段は高いし品質も味も低く信頼できない食品なら私は間違いなく前者を取る。ベルゼブレは後者を取ったのだ。本当に、物好きとしかいいようが無い。

 だが、それは単なるモノ好きでは無く別の理由があるのでは? 例えば本能に刻み込まれた何かを元に使い魔を捕食しているのでは?

 ワルプルギスの夜は驚異的な魔女という情報はあるものの、討伐に成功した例はある。五週目だったか。遥か昔に討伐されたというワルプルギスの夜から溢れたグリーフシードの内、キュゥべえが演劇の魔女のグリーフシードだけを盗んで見滝原にぶつけるワルプルギスの夜を養成したのは。

 演劇の魔女は文字通り魔力の波動を吸収することでワルプルギスの夜となった様だが、今回は吸収方法が捕食に変わっただけか。

 恐らく、シャルロッテをグリーフシードごと取り込んでワルプルギスの夜へと近づいたベルゼブレは一時的に自我を保てなくなったのだろう。これはワルプルギスの夜へと成長するまで続き、最終的には全く自我を無くしてしまうことになる。

 今回のループではワルプルギスの夜が見滝原に襲来してくるのでは無く、見滝原で生まれるということか。

 

「ベルゼブレが成長してワルプルギスの夜になるとすると……巴マミの説得に骨が折れそうね」

 

 あの後、巴マミから幾つか質問されたけれどやはり魔法少女の真実のことについてだった。具体的には私も魔法少女の真実について知っていたのか、とか何処で知ったのかなど。何処で知ったかははぐらかして答えたけれど。

 やはり巴マミは魔法少女の真実を受け入れて乗り越えている。それはやはり、ベルゼブレが居たからだろうか。魔女であるにも関わらず自我を持つ彼女は魔女化してしまう恐れのある魔法少女に取って一種の希望でもある。

 私が時間逆行者であることを打ち明けた上で説得を試みるか? ……駄目だ、成功する気がしない。仮に私の考えを述べた上でベルゼブレがワルプルギスの夜になることを伝えたとしても、待つのは巴マミの魔女化か徹底抗戦だろう。

 巴マミは強い。油断せずに万全の状態ならば相性の悪いシャルロッテ相手でも圧勝できる程に。そんな相手に私が叶うのか? 彼女はベルゼブレに依存しているようにも見える。

 ベルとしてのベルゼブレを失えば間違いなく魔女と化し、恐らくはベルゼブレの餌食となる。魔女の強さは魔法少女だった頃の強さに比例すると言う。それは、巴マミから生まれる魔法少女が間違いなく強力な部類に入ると言うこと。

 それ程強力な魔女がベルゼブレの糧となってしまえばどうなるか。強力な魔女を取り込めたことで最悪、ワルプルギスの夜へと成長する期間が短くなる恐れもある。

 これでは八方塞がりだ。放置すれば間違いなくワルプルギスの夜は誕生する。介入すれば巴マミの魔女化若しくは妨害を避けることは出来ず、私自身が殺害されてしまう可能性もある。

 

「どうすれば良いの……?」

 

 私の問いに答える者など居ない。

 ――――結局、私は一人で戦わなければいけないのだ。


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