魔女は人間が好き   作:少佐A

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やはり不味いな

「Oooooooooooooo!!」

 

 マミを喰らおうとしていた魔女の身体が壁に叩き付けられる。悲鳴を上げながらも脱皮をして第二の魔女の六本の腕の内一本に噛みつく。深く突き刺さった牙を引き抜こうとはせずに根元からへし折ると、平手打ちを叩き込む。

 

「何、あれ」

 

 マミを喰らおうとしていた魔女の名はお菓子の魔女シャルロッテ。シャルロッテを前にしても悪寒が走っただけだと言うのに、第二の魔女が現れた瞬間に感じたのは全身が動かなくなるほどの恐怖。

 この疑問も、動かない口から必死に捻りだした言葉なのだ。蝿の様な外見の魔女は複眼の代わりに数百、数千を超える眼球が集まって出来た不気味な目をしていた。それぞれがカメレオンの目の様に不規則にぎょろぎょろと動く様は正に恐怖以外の言葉は出ない。

 蝿の口器の代わりに存在する大きく裂けたソレは人間の口に酷似しており、かぎづめである筈の部分には人間の手そのものと代えられていた。

 

「ベ、ル?」

 

 二人が恐怖で動けなくなっている頃、同じくマミも足が竦んでいて立つことが出来なかった。ソレは、魔女が助けに入らなければ死んでいたと言う恐怖なのかはたまたこの魔女に対する純粋な恐怖なのか。

 魔女はマミの問いに小さく頷くとシャルロッテの側面に拳を叩き付けた。底知れない魔力で強化された拳は何よりも硬く速かった。打撃であるにも拘らずシャルロッテの身体を裂き、そのまま別の腕で顎部を突き上げる形で拳を叩き込んだ。

 

「Ooooooooooooooo!!」

 

 大きく跳ね上がるシャルロッテの身体を追うことはせず、取った行動はただの咆哮。内臓があるのか怪しい魔女の口から圧縮された空気が放たれる。空気の砲台となって飛んでいったソレはシャルロッテの身体に大きな穴を開けて貫通した。

 このまま追撃されてはかなわないと思ったか、シャルロッテが一声叫ぶと数十を超える使い魔が現れた。結界同様不思議な外見をした使い魔はそれぞれ強力な魔力を持っており、それが数十となれば苦戦は必至なものたちである。

 それすらも、魔女は辺りを一薙ぎするだけで全滅させた。魔女に殺された使い魔はシャルロッテの下へ還ることすら許されず、魔女の掌に現れた口に次々と吸い込まれていく。

 

「な……っ!」

 

 目の前の信じられない光景に思わず声を上げてしまった。それもそうだ。人間を喰う筈の魔女が別の魔女の使い魔を喰らったのだ。さやかが驚きの声を上げるのも無理は無い。

 落下速度を利用して魔女に体当たりしようとしていたシャルロッテの考えは拳一つで崩れ去った。翅を使って勢い良く回転した魔女の手の甲がシャルロッテの身体に深く突き刺さる。

 それでも一矢報いてやろうと、再生したシャルロッテの牙が魔女の腕を一本引き千切った。シャルロッテと違って再生に時間が掛かるのか、口を大きく歪ませながらも二つに裂かれた身体の片方を握りつぶした。

 だが、握りつぶしたソレは人間の下半身に当たる部分であり圧死を免れた上半分が脱皮をして完全な再生を遂げた。どれだけ攻撃を受けようと、どれだけ身体が欠損しようと一度の脱皮で全快してしまう様はまどかとさやかの絶望を煽った。

 

『怪我は無いか、マミ』

 

 腕を一本失ったのが原因なのか、テレパシー越しに伝わるその声は掠れており酷く疲労していた。再び襲い掛かるシャルロッテの胴部を鷲掴みにして握り潰す。痛みを感じているのか顔をしかめながらも、次の脱皮では完全に回復してしまう。このままでは魔女が圧倒的に不利だ。

 

『やはり、あなただったのね。ベル』

 

『当然だ。君を守るためにでしゃばる魔女など、私以外に誰が居る』

 

 テレパシーで伝えながら大口を開けて襲い掛かるシャルロッテに向けて取った行動はやはり咆哮。これ程巨大な体に肺があるのだとしたら、ソレを一気に押しつぶした時に起こる空気の変化はどうなるのだろうか。勿論、これ程の巨体が呼吸をすれば気圧までもが変化してしまう可能性があるので有り得ない話なのだが。

 魔女の姿となって現れたベルの外見を見ても全く嫌悪感を抱く様子は無い。自身の魔女形態すらにも嫌悪感を抱いているベルにとって、実に新鮮な気分であった。

 再生を完了して襲い掛かるシャルロッテを翅をはためかせただけで壁に叩き付けた。面積の大きい巨大な翅が蝿と同じ強度では飛ぶことすらままならない。故に、翅は鉄以上の強度となり巨体を持ち上げる風圧もあらゆるものを動かすのだ。

 だが、ベルの腕を噛み千切った顎の力は伊達では無かった。ただで飛ばされるものかと言わんばかりに、鉄以上の強度を持つベルの翅を一部分噛み千切って見せたのだ。

 突然形の変わった翅に対応しきれ無かったのか、工事現場の様な羽音が途切れて地に落ちた。地面を揺らしながら立ち上がるベルに追撃を加えるべく、身体を蛇の様にぐねぐねと動かしながら襲い掛かる。咄嗟に残った腕を身体の前に構えて防御するも、シャルロッテが狙っていたのはそこでは無い。側面に回り込んだシャルロッテの牙が翅を根元から食い千切った。

 

「Oooooooooooooo!!」

 

 直ぐ横のシャルロッテに向かって拳を振り下ろすでも無くこれまでより遥かに大きく大気を揺らして咆哮した。ビリビリと鼓膜を叩き付ける音の暴力はシャルロッテの身体を内側から爆発させたかのような状態変化をもたらした。が、それでもシャルロッテは再生する。

 ベルが再び大きく口を開ける。咆哮が来ると思ったのか下に避けたシャルロッテの顎部にベルの掌底が叩き込まれる。顔半分が大きく削り取られただけなら良いのだが、顎が消し飛んだために得意の噛みつきが出来なくなっていた。

 これでは不味いと迫りくる掌底を気にも留めずに脱皮を開始した。どうせ胴体に命中するのだから攻撃手段を早く確保した方が良い。だが、そんなシャルロッテの思惑も予想外の事態で外されることとなる。

 

「再生しない……?」

 

 ポツリとまどかが呟いた。脱皮をしたにも拘わらずシャルロッテの顎部は引き千切られたかのように残った肉がぶら下がっているだけであった。この状況に疑問を抱く暇も無くベルの掌底が胴部に叩き込まれ一部を削り取った。

 宙を舞いながらも再び脱皮をするが今度は顎だけでなく削り取られた胴部までもが再生しなかった。予想外の事態に戸惑っているのかシャルロッテは直ぐに襲い掛かろうとはせずに距離を取る。

 静まり返った空間の中に響き渡る二つの咀嚼音。見ればベルの腕の内二本から血の様な液体が零れ落ちていた。使い魔を喰った時と同じ口が掌に浮かんでおり、ソレが人間の口と同じように何度も開閉しているのだ。

 くちゃくちゃと行儀の悪い音を立てながら黒い肉を咀嚼する口はやがて全て食らい尽くしてげっぷをした。それと同時に噛み千切られていた一本の腕が再生し始める。

 

『喰らうのは君の専売特許ではないよ』

 

 翅は再生させていない為身体を支えるのに二本の腕は足の役割を担っているのだ。四つの掌をシャルロッテに見せつけるようにして構えると露骨に嫌そうな顔を見せた。四つの掌全てに口が浮かんでおり、腹を空かしているのか濁った色の汚い唾液を垂れ流している。

 

『咀嚼、か。飲み込めば勝手に魔力に還元されてしまう使い魔の肉しか食ったことが無かったから考えもしなかったが――――』

 

 初めて喰われる恐怖を感じてソレに駆られたのか、叫び声を上げながら突進してくる。腕が再生したことによって思考にも余裕が持てたのだろうか、おもむろに胴を両手で掴み上げると自身の掌で無く顔に付いている口でシャルロッテの顔に喰らいついた。

 

『やはり不味いな』

 

 成すがままに喰われていくシャルロッテを呆然と見つめる中、自身の隣に気配を感じたマミがマスケット銃の引き金を予備動作無しに引いた。 

 火薬が爆発する大きな音と共に慌てた様な声が聞こえる。見てみれば、冷や汗を掻きながら尻餅をつくほむらの姿があった。

 

「……暁美さん?」

 

「いきなり撃たないで頂戴。心臓に悪いわ」

 

 ベルを追っていたのだろうか、駆け付けたほむらはシャルロッテを掴んで放さないベルを見て情けなく声を上擦らせていた。

 暴食の魔女ベルゼブレが成長した使い魔を喰っていることは本人の口から聞いていた為、ある程度のことは予想していた。しかし、現場を目の当たりにすると声も出ない。

 バリバリバリと音を立てながら五つの口でシャルロッテの身体を貪るベルの姿は暴食の魔女に相応しい。思わず称賛しそうな程自身の二つ名を体現しているその姿は、自分達が喰われることは無いと分かっていても安心できるものでは無い。

 

「て、転校生! これは一体どういうことなんだよ!」

 

「知らないわよ、そんな事。私も始めてなの!」

 

 マミを連れて洞窟部まで避難したほむらに動揺したさやかが掴みかかる。対するほむらも冷静ではいられないようで髪を振り乱しながら答えた。

 やがて、人間の頭大の大きさにまで貪り尽くされてしまったシャルロッテだったものがベル本来の口に放り込まれる。その瞬間、景色がぐにゃりと歪んだ。やっと結界から出られると安心するのも束の間、再び構築された景色は病院の白い外層では無く赤いレンガの敷き詰められた殺風景な大きな部屋の中であった。

 結界が変化したことによって位置まで変化したのか、魔女の肉を咀嚼するベルは奥にある玉座の前にあった。対する四人は玉座から白い食台を数十個挟んだ向こう側。

 

「ててて転校生! あの魔女何とかしてよ! 私達食べられちゃうよ!」

 

 事情を知っているマミとほむらはそんなことは無いと分かり切っているのだが、やはりソレを知らない二人にとってはマミを助けたのではなく食事をしに来ただけの様に見えたのだろう。

 

「グリーフシードは何処に行っちゃったの?」

 

 さやかが動揺している中、不思議そうな顔を浮かべてまどかが問うた。彼女の目線の先にあるのは既にベルでは無い。黄色の絵の具に黒の絵の具を混ぜた様な色に変色しているマミのソウルジェム。まどかにとってそれが一番の気がかりであったのだ。

 

「グリーフシードごと食べられてしまったのかしらね。大丈夫よ、これ位ならもう一体の魔女を倒してグリーフシードを確保できれば問題ないわ」

 

 通常の魔法少女ならば予備のグリーフシードを確保しておくものなのだが、使い魔までも討伐するマミにとって予備に回せる程のグリーフシードは残っていない。だが、彼女の力量ならば残った魔力で弱い部類に入る魔女ならば勝利することが出来るだろう。

 不安を感じながらも無理をして笑みを作ったマミの眼前に一つのグリーフシードが突き出された。

 

「借りよ。いつか返してもらうから」

 

「あらあら、素直じゃないのね」

 

 そっぽを向くほむらの顔は紅潮している。長らくマミと友好的な関係を築くことが出来なかったほむらにとって、この行動は勇気を振り絞ったものであったのだ。

 悪い子ではないのかもしれない、と心の中でほむらに対するイメージを変えてからグリーフシードを受け取ると自身のソウルジェムにかざした。変身を解いていない状態のマミは頭にあるソウルジェムにグリーフシードを持っていく形になるので何とも間抜けな格好になってしまっていた。

 穢れが吸収されてマミのソウルジェムが綺麗な黄色い輝きを取り戻した瞬間。

 

「――――Ooooooooooooooooooooooooooooooッ!!」

 

 突然、ベルが頭を抱えて叫び出す。苦しそうにもがきながらも必死で抗おうと叫ぶ彼女の姿は魔女の姿でも痛々しく見えた。前触れも無くピタリと叫び声が止まったかと思えば一瞬だけ四人を睨みつけると、自身の結界を突き破って逃げ去ってしまった。

 咄嗟の判断だったのだろう、ほむらの身体が無意識に動いて逃げ去るベルを追撃するかのようにロケットランチャーの引き金を引く。だがそれもベルに届くまでにマミに撃ち落されてしまった。

 

「暁美さん」

 

 ほむらを一瞥するマミの目には怒気が含まれていなかった。怯えるようにして自身の肩を抱きながら身体を縮めるほむらの背中を優しく撫でた。まどかとさやかの二人も尻餅をついて怯えてしまっている。

 それも仕方が無いのだ。一瞬、四人を睨みつけた時のベルの目。ソレは言い逃れることは出来ない程大きく強い殺気を宿していたのだから。


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