魔女は人間が好き   作:少佐A

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用心しなきゃね

 午後の授業も終わり生徒たちが意気揚々と下校していく中、学校の屋上に話し合うようにして立つ三人の人影があった。

 

「そ、それじゃ、魔女って……っ!」

 

 マミの口から告げられた魔法少女の真実に、さやかは自身の頭髪に負けない程顔を青ざめて身体を震わせていた。対するまどかも心配するような目つきでマミを盗み見ていた。

 二人の反応も当然である。女子ならば一度は見たことがあるであろう、魔法少女の変身ヒロイン番組。それと同様、敵が少しグロテスクな外見のものだと思い込んでいたのだ。

 だが、現実はどうだ。ソウルジェムの穢れが溜まり切ってしまった魔法少女は魔女になる。魔法少女に憧れていた二人にとって残酷な現実であった。

 

「……マミさんは大丈夫なんですか」

 

 今にも泣き出してしまいそうな程目に涙を浮かべたまどかの姿は愛くるしかった。それは、マミが魔法少女の真実を受け入れて精神的な成長を遂げたからなのであろうか。

 

「私は大丈夫よ。ベルが居なかったら分からなかったけれど」

 

 笑顔でそう言うマミの表情は実に自然なものであった。恐らく、二人を励ます目的でもあろう笑みは無理に作った笑みだと勘違いされることは無かった。

 

「だから、あなた達が本当に叶えたい願いがあるのなら私は何も言わないわ。でも、魔法少女になる前にもう一度考え直してほしいの」

 

 二人の頭をポンポンと優しく手で叩くと身を翻して階段を駆け下りていった。

 

「ベルさんが居なかったら分からなかった、か」

 

 さやかが空を仰ぎながら小さく呟いた。今、彼女には如何しても叶えたい願いがある。上条恭介、彼の動かない右腕を治すために魔法少女になろうと考えたこともあった。

 だが、何かの事故などで自分が魔女になってしまったら如何すれば良いのか。そんな不安と恐怖が彼女の胸の中で渦巻いていた。

 

「悩みも解決したのかな? 今日のマミさん、一段と生き生きとしてた」

 

 さやかの葛藤を知ってか否か、同じように空を仰ぎながら呟いた。初めて会った時より自然な笑みを浮かべることが多くなった彼女は、やはり魔法少女の真実を全て受け入れることが出来たのだろうと結論付ける。

 

「やっぱり、マミさんは凄いね。先輩って感じ?」

 

 笑いながらそう呟くと、何時も通りまどかの鞄を引っ手繰って階段を駆け下りた。

 

「あっ、さやかちゃん!」

 

「へっへーん。油断している方が悪いのだ!」

 

 まどかも頬を膨らませてさやかの後を追うように駆け下りた。勘の鈍い彼女にとってさやかがどういう意味で先輩と言ったのかは気にもならなかったのだ。

 案の定、下駄箱で靴を履いてる途中に捕まってしまったさやかはまどかのくすぐりに堪えながらも歩き出した。指が疲れたのか、鞄を持ち直してさやかの隣を歩く。

 二人の足が向かう先は見滝原市の中でも比較的大きな総合病院である。そこに、さやかの想い人でもある恭介が入院しているのだ。

 自動ドアのセンサーが二人に反応して開いた瞬間、歪み始める視界。咄嗟にさやかがまどかの手を掴んでその場から離れると、何の変哲も無い病院の外観が目に映った。

 

「い、今のって」

 

 確かに何の変哲も無い病院の外観だが、壁に突き刺さっている黒い球体だけが異様だった。病院に入っていく人は黒い球体に見向きもしない。

 その球体は昨日、魔女を討伐した時に落としたグリーフシードそのものなのである。

 

「まどか、マミさんの電話番号聞いてる?」

 

「えっ、ううん」

 

「不味ったなぁ。まどか、マミさんを呼んできて。あたしは此処で見張ってる」

 

「呼ばなくても平気よ。私だってパトロールくらいはしているんだもの」

 

 突然背後から掛けられた声に振り向いてみれば、たった今呼びに行こうとしていたマミに姿があった。公衆の前だからか、未だ変身はしていない。

 二人の顔が希望に照らされて明るくなるのも束の間、ただ一人マミはグリーフシードを見つめて怪訝な表情を浮かべていた。

 グリーフシードが孵化する条件は穢れを吸い取れる限界を超えた場合と、一般人の負の感情を吸い取った時である。

 孵化した魔女の強さは主に吸い取ったものの強さや大きさで決まる。心霊スポットにもなりやすく病気などで人が命を落とす場所である病院で孵化した魔女の強さは計り知れない。

 

「用心しなきゃね」

 

 孵化しかかったグリーフシードへの対処方法は、孵化した魔女を討伐するしか無い。故に、今回の魔女は気を引き締めて行かねばならないと頬を掌で強く叩いた。

 それと同時に空間が歪み始める。メルヘンチックな内装が施された洞窟の様な結界に戸惑いながらも、走るマミについて行った。

 走る途中に変身は済ませており強化された彼女の身体能力に追いつくのに必死であった。道中で転びそうになりながらもついていくと、途端にマミの姿が消えた。

 

 驚く暇も無くさやかに手を引かれて止まると、目の前に底が深い広い部屋が出現した。直ぐに対処できるよう、マミはグリーフシードに向けてマスケット銃を構えていた。

 あと一歩進んでいればこの部屋に真っ逆さまであった。危ないところを助けてもらったさやかに小さく礼を言うと、銃を構えているマミに目を移す。

 マスケット銃に少しずつ魔力が蓄積されていく。一発で仕留められるとは思ってなどいない。故に、先手で痛手を負わせてやろうと考えているのだ。

 

 グリーフシードが音も無く動き出し、黒い光を放つ。ただの人間である二人が悪寒を感じたと共に、マミのマスケット銃が火を噴いた。

 一発撃っては持ち替えて、一発撃っては持ち替えてを繰り返してマミの膝程しかない小さな魔女に追い打ちをかける。軽い身体が何度も宙に浮く。宙に浮いて不安定な的にすら正確な一撃を加えるマミの攻撃は、もはや神業の域に達していた。

 服と思われる部分は焼け焦がれ、傷の様な部分から謎の液体を流す魔女にそれでも容赦なく弾丸を叩き込む。やがて、大きく跳ぶと先日の魔女退治で見せた大きな砲台を創りだす。

 銃口に圧縮された光を放つ魔力の塊は直撃すれば大抵の魔女を一撃で倒すことが出来るほどの強力な技である。が、それ程強力な技であるが故に連発することは出来ない。

 

「ティロ・フィナーレッ!」

 

 魔力の塊が爆発し、巨大な弾丸が撃ち出される。発射時に発生した衝撃波で結界が震え、魔女の身体に大きなダメージを与えた。それでも倒れる気配の無い魔女を見て怪訝な表情を浮かべると、何処からともなく伸ばしたリボンで縛り上げた。

 縛り上げた魔女に向かって容赦なく単発のマスケット銃を叩き込み続けた。一発、二発、三発と。それでも倒れない魔女に違和感を感じていたのはマミだけでは無かった。

 

「中々倒れないね」

 

「うん」

 

 心配そうに見つめる二人に向かって親指を立てるとリボンを再びきつく縛り上げた。と、次の瞬間。

 

「え?」

 

 魔女の口からカラフルな模様がちりばめられた細長い何かが飛び出した。マミに向かって一直線に向かってくるそれに何度も弾丸を浴びせるが、その度に脱皮して再生してしまう。

 

「手強いわね」

 

 ティロ・フィナーレはもう撃ってしまったためこの戦いで扱うのは難しい。ソウルジェムを見てみれば何時もより穢れが少ないものの、輝きを失っており早々にグリーフシードで穢れを払拭しなければいけない状態になっていた。

 襲い掛かってくる魔女に向かって二丁のマスケット銃から同時に弾丸を放つ。弾丸は魔女の口を大きく裂いたのだが、やはり脱皮した次の瞬間には完全に再生してしまっていた。

 

「あそこでティロ・フィナーレを使わない方が良かったかも知れないわね」

 

 再生する敵を倒す方法として良くある方法が再生できる程の断片すら残さずに倒す。ティロ・フィナーレならばあの極太レーザーで魔女の身体を包んで燃やし尽くすことが出来たであろうに。

 やがて、幾ら攻撃しても再生を続ける魔女に一つの可能性を見出した。もしかすると、あの小さい方が本体なのではないかと。

 

 結論付けるが否や、背後に大量のマスケット銃を出現させて黒く伸びた身体ごと小さな身体を撃ち抜く。爆発によって発生した煙で魔女の死体が確認できなくなってしまったため、マスケット銃を構えたままその場に留まった。

 より集中力を高めるために目を閉じて魔力を探知する。やはりあの攻撃では倒しきることが出来なかったのか、大きな魔力反応のする物体がマミに近付いて来ていた。二つの反応があるものの、間違いなく魔力が大きい方であろう。

 同時に襲い掛かって来た魔力の高い方へ向けて銃の引き金を引いた瞬間。頬に粘つく液体が垂れた。

 

「あ」

 

「マミさんっ!」

 

 振り返ると眼前に魔女の口内があった。魔力が大きい方は魔女が脱皮したと思われる皮。未だ魔力の残滓が残っていたソレを操作して惑わせたのか。魔力を抑えると言うことは防御力などの総合力が著しく低下すると言うこと。それすら顧みずに賭けに出たと言うのか。

 自分を食らうべく大きく口を開けた魔女の攻撃に咄嗟に反応することが出来なかったマミは振り下ろされる牙に反応することが出来るはずも無く――――

 

「Oooooooooooooooooo!!」

 

 突如現れた第二の魔女を呆然と見ていることしか出来なかった。


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