魔女は人間が好き   作:少佐A

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何をやっているんだ君は

 私がこの地まで足を運んだのは何時のループ振りだろうか。十を超えたあたりから数えるのをやめてしまった所為か、正確な数字を覚えていない。いや、態々数えるほど心の余裕が無かったのだろう。

 思えば、自分の間隔は麻痺しすぎてしまっていると思う。一つ前のループで美樹さやかが魔女化した時。私は悔やむ前に呆れてしまったのだ。またやりやがったよ、と心の中で呟いてしまったあの時の自分を殴りたくなる。

 まどかは猫のエイミーを助けるためにも契約してしまう優しい子だ。一人を犠牲にしてワルプルギスの夜を倒しても、まどかは犠牲になった一人を助けるために契約してしまうだろう。

 それではいけないのだ。ワルプルギスの夜を一撃で倒すことが出来るほど強力な魔法少女になれるまどかは、その強大な一撃を放つ反動で壊れてしまうのだ。反動で身体が破壊され、それを再生するために魔力を使い、更にその魔力の反動で身体が壊れる。このサイクルの中でまどかのソウルジェムは急激に濁って魔女となる。

 魔女となったまどかを討伐できる魔法少女は恐らく存在しない。元々、強大な魔女であるワルプルギスの夜を片手間に捻り潰す魔力量を持った魔女となるのだ。私も逆行するのが少し遅れてたら危なかったかも知れない。

 鼓膜に叩き付けられる騒音と共に透明の自動ドアが開いた。高校生と思わしき制服の男子たちが太鼓のリズムゲームやレーシングゲームをやっている中、ギャラリーの間を縫ってダンスゲームの前まで辿り着いた。

 

「へっ、ちょろいちょろい」

 

 汗をタオルで拭きながらポッキーを加える赤髪の少女がギャラリーに紛れていた私を一瞥して眉を細めた。この少女こそが嘗てマミとコンビを組んでいたベテラン、佐倉杏子なのである。

 二本目のポッキーを口にくわえながら顎で小さく外を指した。余りにもうるさすぎるこの空間は好きでは無い。外で話そうと言うのならそれで結構。

 言われるがままにゲームセンターの外に出ると少し遅れて額に汗を浮かべた佐倉杏子が出て来た。

 

「此処はアタシの縄張りなんだけどなぁ。なに、宣戦布告ってやつ?」

 

 人の少ない路地裏へと移動した途端、背筋が凍る程の殺気を出しながら変身した。三節棍と呼ばれる特殊な武器と槍を融合させたような奇妙な武器の穂先が首元に突き付けられた。

 こういった危機的状況に陥ったことなど、今まで何度あったか。それでもやはり、自分の知る顔に武器を向けられるのは胸を締め付ける何かがあった。

 感情を表に出さずに変身を済ませて後ろへ跳ぶ。勿論、この動作を彼女が見逃してくれるはずは無く、初めから予想していたかのように滑らかな動きで距離を詰めて来た。

 だが、私だってこの程度のことは想定してある。盾からサイレンサー付きの短銃を取り出すと、槍の関節部分に向けて引き金を引いた。魔力で強化され、音速以上で飛ぶ弾丸は槍の関節部分に吸い込まれるようにして衝撃を与えた。衝撃に耐えられなかった関節部分が勝手に折れ曲がる。

 

「チッ」

 

 舌打ちをしながら槍を引き戻そうとするが、既に遅い。彼女が槍を引き戻した時には顎に私の銃が突きつけられている――――筈だった。

 後頭部に衝撃を感じて揺らぐ全身。左足を一歩踏み出して転倒を防いだのが不味かった。再び後頭部に衝撃を感じて足に力を入れるも情けなく倒れてしまった。

 

「魔力量も少ないってのに……経験だけは多いみたいだな」

 

 顔を上げて彼女の槍を見てみれば二つの関節の両方が引き伸ばされていた。遅れて私の直ぐ横に音を立てて槍の一部が落ちる。引き戻そうとする動作は囮で、本命はもう一つの関節を外すことによる死角からの攻撃だったのか。

 やはり、経験の多い彼女には敵わない。だが、私には経験を持ってしても覆しようのない出鱈目な魔法がある。幸い、彼女は私の魔法が銃器を収納する盾であると思っているようだ。

 

「だが、これで終わ――――」

 

 言葉が途中で途切れる。佐倉杏子の身体は槍を振り上げたままの姿勢で動かない。これこそが、私の魔法。『まどかを守りたい』という願いによって時間逆行の能力を得た時のおまけ。

 時が止まった世界で動けるのは私と魔法発動時に私に触れていたもののみ。服の上からなど、多少の間接的接触までだ。

 痛む後頭部を押さえながら落とした短銃を拾って彼女の後ろに回り込む。彼女の後頭部に銃を突きつけたところで、時間を再び動かした。

 

「動かないで」

 

 息を呑む音が聞こえた。追い詰めた獲物に追い詰められているのだから、驚くのも無理は無いだろう。窮鼠猫を噛むと言ったところか。

 銃を突きつけられて尚、佐倉杏子は首だけを回して振り返った。人間が首を百八十度曲げられるはずも無く、彼女は横顔で私の顔を見ているような姿勢になる。

 

「動かないで、だぁ?」

 

 何言ってんだコイツ、と言わんばかりに顔を歪めてにやりと笑った。

 

「アンタ、手が震えてるぞ」

 

 親指に奔る激痛。いつの間にか伸びていた槍の穂先が親指の腱を切り裂いたのだ。力を居れることが出来ずに短銃が音を立てて地面に落ちた。暴発して発射された弾丸が跳弾して私の右ふくらはぎに深く突き刺さる。

 

「あ、ぐ……ぅっ」

 

 思えば、佐倉杏子と正面から戦うのは初めてだった。寧ろ、過去のループの中で対人の経験も多くは無い。だからだろうか、彼女の後頭部に銃を突きつけた時に感じた胸の痛み。あれは、もしも暴発して殺してしまったらどうしようという心配だったというのか。

 

「終わりだ」

 

 改めて首に添えられる槍の穂先。それでも、佐倉杏子は中々止めを刺そうとはせずに眉を細めていた。

 

「何笑ってんだ」

 

 おっと、いけない。笑ってしまっていたか。余裕そうな表情を浮かべてからかうように口に手を当てた。が、意外にも冷静な彼女はそこで激昂しようとはせずに私の上から飛び退いた。

 次の瞬間、彼女の頭があった私の目の前を黒い物体が通り抜けて行った。黒く重々しい円盤型のフォルムをしたそれは、幾ら魔法少女とはいえ一人の意識を刈り取るのに十分すぎる代物だった。

 

「おいおい、待ち合わせ場所に居ないものだから魔力を探知してみたら」

 

 銀色の髪の落ち着いた色合いの服を着た()()。予定より遅かったがちゃんと来てくれた様だ。

 

「何をやっているんだ君は」

 

 彼女が此処に現れた理由。それは、少し前まで遡ることになる。

 

 * * *

 

 マミの説教も終わり、疲れた様子のベルは夕食の食材を買いにスーパーまで出かけていた。初めの内は良く迷っていたものだが、今では一般人と何ら変わりない生活を送れている。

 右手にビニル袋を提げて意気揚々と帰る彼女の目の前に、何時か見た黒髪の魔法少女が現れた。が、ベルは特段警戒した素振りも見せずに相対したのだ。

 

「久し振りだな、黒髪の魔法少女」

 

「ええ、随分と久し振りね。日本語も達者になったじゃない」

 

 最後に会ったのは昨日だった。黒髪の魔法少女を追いかけたベルはまだテレパシーを主とした会話方法を取っており、今ほど流暢に日本語を話すことは出来なかったのだ。

 

「要件を言うわ。明日の午後四時、隣町のゲームセンターの前まで来て欲しい」

 

「随分唐突だな」

 

「ええ、貴方には悪いと思っているけど。佐倉杏子を説得するには時間が惜しい。協力して貰うためには巴マミの存在と魔女である貴方の説明が必要なの」

 

「成程。それで、私が必要ということか」

 

「そういうこと」

 

 一通り話を聞いてみたものの、ベルには彼女の目的が分からなかった。佐倉杏子の協力だの巴マミの存在だの理解できない節が多い。

 

「一体、君の目的は何なんだ」

 

「それも含めて、明日説明するわ」

 

 やはり、適当にはぐらかされてしまった。予想していた答えではあるのだが少々子供っぽいところがあるベルは頬を膨らませてそっぽを向いた。大人の様な素振りを見せているが、使い魔から生きていた時間を計算してもまどか達の年齢にすら追いつかないのだ。

 

「そうだ」

 

 今まで相槌を打つだけだったベルが突然顔を上げて手を打った。

 

「君の名前を聞いていないな」

 

「そうね。……私は暁美ほむら。暁が美しいと書いて暁美よ」

 

「ふむ。暁美ほむら、か」

 

 ほむらの名前を聞いたベルが興味深そうに顔を落として何度も呟き繰り返した。自分の名前を何度も呟かれるのは心地良いものでは無い。今すぐに止めさせようと声を声を掛けようとしたのだが。

 

「中々格好良い名前じゃないか。こう、何というか。暁に燃え上がる炎の様で」

 

「――――ッ!?」

 

 一瞬、ベルの顔とまどかの顔が彼女の頭の中で重なった。だが、頭を振ってそれを払拭する。まどかとベルは飽くまで別の存在であり、自分が守る対象はまどかでしかない。

 

「ん、どうした?」

 

「……何でもないわ。兎に角、明日の午後四時には来て頂戴」

 

 声が少し上擦ってしまったものの、最後まで言い切ってベルの様子を見た。ボーイッシュな顔に合わなさそうなスカートは意外と似合っていて志筑仁美に見せたら大変なことになるな、と苦笑しながら片手に握っていた銃をしまう。恐らく、彼女と対峙している時は警戒しなくても良い。そう思わせる何かを、ほむらは感じ取っていたのだ。

 

「ああ、分かった。目的は分からないが、君の目を見れば冗談では無いこと位分かる。必ず行こう」

 

 答えを聞いて満足したのか、口角を不器用に吊り上げて去っていった。ループの中で笑顔を浮かべる方法も忘れてしまったのだろうか。ベルにはそれを知る術などない。

 ふと、水滴が表面に現れたビニル袋の中を覗いた。中に入っていた二つのアイスキャンディーを指の腹で押してみると、反発せずに柔らかく歪んでしまう。

 

「し、しまった! アイスクリームが溶けてしまう」

 

 大慌てで走り去ったベルが転んで涙目になりながら帰ったというのはまた別のお話。


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