魔女は人間が好き   作:少佐A

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まどかを守るために

「マミさん、大丈夫かなあ……」

 

 不意に、さやかちゃんから溜め息が零れました。やはり、心配だったのは私だけでは無かったようです。

 ベルさんが居なくなった時の、マミさんの取り乱しようは今でも鮮明に覚えています。そこには、頼りになる先輩では無く家族の身を案じる一人の少女が居たような気がしました。

 

「今回は何とも言えないね。消耗しているベルだけを引き込む選択をする、頭の良い魔女だ」

 

 まるで、いつ死んでも可笑しくないと言いたげに淡々と喋るキュゥべえに恐怖を覚えることがあります。

 キュゥべえには感情が無いとマミさんからは教えて貰っていたのですが、まさか此処までとは思っていませんでした。

 

「ベルさんも何だか疲れているみたいだったし……」

 

「やっぱり、何かあったのかな」

 

 魔女退治も早く終われば時間が掛かることがあると言います。ソウルジェムが濁ると魔力が衰えるということは、あまり長く戦っていると負けてしまう可能性が自ずと出てきてしまうと言うことです。

 魔女の魔力を真似することが出来るベルさんは、その対価として長く戦えないと言います。私たち二人を守りながら戦っていたので、ベルさん一人くらいなら大丈夫かもしれませんが……

 

「魔女が魔法を使えないベルさんを襲う可能性もあるよね」

 

 そうでした。先程、マミさんが退治した魔女は私たちに攻撃を向けようとしなかったのです。目先の脅威を取り除くことを優先したのでしょうか、使い魔と呼ばれた綿のおじさんたちもマミさんとベルさんに襲い掛かっていました。

 

「そんなに心配ならば、方法が無い訳じゃない」

 

 唐突に、私の肩に乗っていたキュゥべえがぴょんと飛び降りて此方に目を向けました。無機質な瞳は一見ぬいぐるみの様で可愛いですが、今の私にとっては怖い別の何かに感じてしまいました。

 

「まどか、君が契約して魔法しょ――――」

 

 鼓膜が破れてしまったのではないか、と錯覚する程大きな音と共にキュゥべえの身体が崩れ落ちました。身体に開いた無数の穴が妙に生々しくて、吐き気を催します。

 

「転校生……っ!」

 

「やめて、さやかちゃん」

 

 睨み合っている二人の間に割って入ると、心なしかほむらちゃんの表情が緩んだような気がしました。ですが、映画に登場するような黒光りする銃を手にしたほむらちゃんの笑顔は何処か少し怖くて。さやかちゃんも、敵対の意志を見せていますがその膝はがくがくと震えています。

 

 マミさんの綺麗な銃やベルさんの理由の分からないルンバと違って、やけに現実味のある武器が怖いのかもしれません。私はほむらちゃんが怖いんじゃなくて、銃が怖いんだ。そう心の中で何度か繰り返していると、私の膝の震えも少しおさまったような気がします。

 ほむらちゃんは悪い人ではない筈です。悪い人が、一人で居る時に泣きそうな顔を浮かべるはずがありません。

 

「ねえ、ほむらちゃん」

 

 ゆっくりと、立ち去ろうとしていたほむらちゃんの顔が私の方へ向けられました。睨みつけるような視線に思わずたじろぎそうになりましたが、膝を手で押さえることで堪えました。

 

 

「マミさんとベルさんを助けて」

 

 ――――ああ、そうか

 私は、ほむらちゃんが怖かったわけでは無かったのです。武器が怖かったわけでも無かったのです。

 あのまま、マミさんとベルさんが帰ってこなくなることが一番怖かったのです。二人のことは頼れる先輩だと思っているのですが、やはり不安と言うものを払拭することは出来ませんでした。

 瞬きをした瞬間、ほむらちゃんはもう居なくなってしまいました。

 さやかちゃんは未だにほむらちゃんが立っていた場所を睨みつけていました。ですが、私は見たような気がするんです。ほむらちゃんが小さく頷くところを。

 

 * * *

 

 全く、本当に柄でも無いことをしたと思っている。

 まどかに巴マミとベルゼブレを助けてと頼まれた時、考えるよりも体が先に動いていた。あんな場所で巴マミが魔女に襲われる時間軸なんて存在しなかった。ましてや、巴マミの目。あれは何だ。

 今までのどの時間軸でも見たことが無い、強い信念と覚悟に裏打ちされた強い目つき。彼女は、あの魔女の結界の中で何を見たと言うの?

 

「――まさか、魔法少女の真実?」

 

 有り得ない事では無い。あの魔女の結界は対象者のトラウマ、若しくは一番見たくないものを映像化して強制的に見せつけるものだった。私の場合は――思い出したくも無いわ。

 

 兎に角、私にとってのトラウマが延々と流れ続けていた。私の見たくないものは、盾が事故によって破損し時間逆行手段を失った上でのまどかの死亡。ワルプルギスの夜までもが映像になって出て来た時には夢かと思った。

 恐らく、あの結界は対魔法少女用では無いのだろう。死の恐怖と隣り合わせで戦っている彼女等にとって嘗てのトラウマで発狂しだすことも無いはずだ。

 人間、若しくはソウルジェムが濁った魔法少女を標的としている結界か。それならばどうしてまどかと美樹さやかを取り込まなかったか疑問に残る。

 

「まだ、決まったわけでは無い」

 

 巴マミが魔法少女の真実を知った上で、取り乱すことも無く受け入れたのならばこれ程都合の良いことは無い。

 魔女となった美樹さやかを討伐した後に佐倉杏子が殺害されることも無くなる。いや、魔法少女の真実を二人に伝えるだろうから美樹さやかが魔女となる可能性は無いか?

 ……それは楽観だ。確かに、魔法少女の真実を知ってまでなりたいと思う少女は居ないだろう。だが、想い人でもある上条恭介の腕を治すために契約してしまう可能性が無いとは言い切れない。

 

 今回はベルゼブレというイレギュラーが居る。自身を転生者だと名乗る変人も居れば、まどかを殺そうとした白と黒の魔法少女、果てにはただの傍観者まで。このループの中で、多いとは言えないが数々のイレギュラーを見て来た。

 その中でイレギュラーが人間以外だったことも、これ程今までのループと大きく逸れた事態が起きたことは無かった。いや、転生者と名乗る変人が来た時も大きく逸れたか。あれは散々引っ掻き回した挙句、本気のワルプルギスの夜に殺されてしまったが。ワルプルギスの夜にもう一つ上の段階があると知れただけでも良くやったと言うべきか。

 

 魔女となった美樹さやかを秘密裏に佐倉杏子が自爆で始末したループもあった。魔法少女の真実を知らない巴マミと共にワルプルギスの夜に挑んだ時も、本気にさせることは出来た。二人で本気を引き出せたのだ。

 

 今回のイレギュラーがどれ程の力を持っているのかは知らないが、このループでは殆ど全てが良い方向に転がっている。後は、巴マミの死の回避と佐倉杏子とベルゼブレの関係か。前者は問題ないのだが、後者が問題だ。説得すればベルゼブレの殺害は回避できるのだが、どう説得するかが問題である。

 彼女は魔女と知るなり襲い掛かってグリーフシードを持っていく。故に、ベルゼブレが魔女であると言う理由だけで襲われないとは言い切れない。

 

「本当に、イレギュラーの登場には頭が痛い」

 

 こんな馬鹿真面目に計画を立てたのはいつぶりだっただろうか。ベルゼブレというイレギュラーは随分と舞台を引っ掻き回してくれる。後で調べたことだが、ベルゼブレ自身の魔女としての実力もかなり高い。比較的人間にも友好的なようだし、ワルプルギスの夜の話をすれば二つ返事で協力してくれるだろう。

 

 問題は、ベルゼブレの登場によって佐倉杏子を戦力に引き入れるための難易度が格段に跳ね上がる。巴マミと同じくベテランの彼女には是非とも協力して貰いたい。その為には、どう説得すれば良いかだ。

 

「……考えていても仕方が無いわ」

 

 ずっと座っていた所為か、張ってしまった脹脛を揉み解しながら靴を履く。これから会って話をした時のリアクションを予想すると足が重くなる。だけど、行かなければならない。早い段階から説得し続ければベルゼブレを受け入れてくれる可能性も上がっていくに違いない。

 

 此の時間軸ならば上手くいく気がしてならない。だが、それでも気を引き締めていかなければならない。例えば、ベルゼブレは何らかの原因で自我を保っているだけだとしたら? 例えば、ベルゼブレが佐倉杏子に殺害されて巴マミが暴走したら?

 どんどん募っていく不安を、手で頬を叩くことによって振り払った。例えばでは無い。それが確実に起こってしまうと思いながら行動するのだ。そうでないと、自身の目的を達成することが出来ない。それを達成するために、何回もその時間軸のまどかを見捨てて逆行したのだ。今度は確実に成功させる。

 

 ――――全てはそう、まどかを守るために。


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