魔女は人間が好き   作:少佐A

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だから何よ

 旧支配者の魔女クティーラ。直接的な戦闘を得意とせず、幻覚や読心を利用して同士討ちさせたり相手を撹乱させることに長けた魔女である。

 クティーラの扱う幻覚は通常のソレとは違う。幻覚を見せた対象者に現実だと思わせることによって、ソレを現実にしてしまうのだ。

 例えば、片腕を切り裂かれたという幻覚を信じ込めば本当に切り裂かれてしまう。例えば、攻撃が外れたと言う幻覚を信じ込めば攻撃が本当に外れてしまう。

 これ等の幻覚を信じ込ませるためには、精神的に追い詰めて憔悴しきった状態が一番なのである。

 

 ベルの心臓を穿ったマミの弾丸。これによって、ベルは自分が死んだと言う幻覚を信じ込んで死ぬ筈だった。

 自分が地面に倒れると同時に、後方から一発の銃声が鳴り響いた。マミの胸元が血で染まりマスケット銃を落としながらも、その場に踏み止まった。マミの輪郭がぐにゃりと変化していき、やがて七色に光る髪を持つワンピースの女性へと変化した。

 そこで、自分が見ていたマミが幻覚だったことに気が付いた。幻覚であることに気が付くと、服の胸元に開いた筈の穴も弾丸が穿って開いた身体の穴も塞がっていた。マミに擬態していたであろう魔女から逃げるために立ち上がって後ずさる。

 

「ベル!」

 

 聞き慣れた声に振り返ると、安堵したような表情で此方に駆け寄るマミが居た。マスケット銃を放り出しながら駆け寄り、泣きそうになりながら抱き付いて来るマミを前にしてベルは動くことが出来なかった。

 

「マ、ミ?」

 

「そうよ。私よ、ベル」

 

 自分を抱きしめた相手が本物のマミだと気付くと、途端に暴れ出した。背中に回された腕を解こうともがくが、がっしりと添えられた手が中々離れる気配は無い。

 やっと観念したのかもがくことをやめ、力を抜いた手がだらしなくぶらぶらと揺れる。申し訳なさそうな顔をしてマミの視線から目を反らしながら、口を開いた。

 

「私は、人間では」

 

「だから何よ」

 

「私が助けたことによって死んだ魔法少女が」

 

「だから何よっ!」

 

 突然、マミが声を荒げた。ベルに頬をくっつけた所為で血に汚れた顔を拭かずに、肩を掴んで正面から目を合わせた。妹を慰める姉の様に優しい目をしたマミの瞳から、大粒の涙が零れだす。

 

「人間じゃなくても。魔女でも。ベルはベルで私の家族じゃない。あなたは、今襲われてる人を助けたら将来犯罪者になるかもしれないって懸念するの?」

 

 もう一度、背中に手を回して強く抱きしめた。細い腕からは想像もつかない程強い力で抱きしめられたベルは、息苦しさを覚えながらもマミの背中に手を回した。

 

「……お願いだから。一人にしないで」

 

 それは、心からの叫びであった。友人は居ようと、自分の魔法少女としての悩みを相談できる相手は居ない。年頃の少女にとって信頼できるはずの家族が居ないから、学校での悩みも打ち明けることすら出来ない。

 何時も傍らに居るのはキュゥべえだけ。そんなキュゥべえも恐らく意図的に隠していたわけでは無いのだろうが、彼女に魔法少女の真実を伝えていなかった。ここでベルまでもが居なくなってしまえば、マミは一体誰を信用すれば良いのか。

 

「――――ああ」

 

 マミの想いはベルの心へと届いていた。マミの苦悩をわかってやれなかった自分に腹が立つ。そう思いながらマミの背中を数度叩いた。

 

『そうだな。私は私だ。他の誰でも無い』

 

 そう言うベルの顔に迷いはなかった。マミに諭されたことをきっかけに自分の中で答えを出したのだろう。その辺りは、流石魔女と言うべきなのか。

 身体を放して二人同時に立ち上がる。額をぶつけそうになりながらも距離を取ってベルが前、マミが後ろという布陣を作った。

 マミは魔女と戦うために色々な武術の本を読みこんできたため、近遠のどちらでも戦闘が可能なのである。しかし、決定力に欠けるリボンの代わりにマスケット銃を扱っているため、遠距離での戦闘が得意と言える。

 対するベルはマミの指摘によってルンバはあまり使わなくなったものの、数々の魔法少女から学んできた体術を強化魔法と併用している。彼女の手刀は刀と化し、拳は砲弾と化す。正に、一騎当千であった。

 

『皮肉だな。私を殺そうとした魔女が、私たちの絆を強めるきっかけを作ってしまうとは』

 

 恐らく、今の今まで攻撃してこなかったのは幻覚を再度掛けようと試みていたからだろう。ベルの表情から幻覚に掛かっていないことを悟ると、人間そっくりな唇を悔しげに噛んだ。

 魔女は比較的人間に近い形をしていた。七色に光る綺麗な髪を持ちながらも、眼球がある筈の場所は底の見えない落とし穴の様な闇が覆っていた。それでは自分の髪の色を見ることも出来ないし、宝の持ち腐れである。

 いや、彼女の周りを飛んでいる二体の使い魔。それは、まるで目の無い魔女の視覚を補うかのように顔の横で浮遊していた。もしかすると、あの使い魔が見た情報が魔女の視覚情報として伝わっているのかもしれない。

 

「行くぞ、マミッ!」

 

 地面が捲れるほどの強さで踏み込んで魔女の顔面に拳を叩き込む。完全に不意を突いた一撃が魔女に当たることは無かった。まるで水中の埃の様に、向かってくるベルの拳を自然に躱してくるのだ。

 マミも負けじと大量に作り出したマスケット銃を一本一本持ち替えながら弾丸を放っているのだが、一発も当たることは無かった。

 初めは焦ったように口を歪ませていたのだが、自身の思い通りに動いていることを確認すると口角を吊り上げて嫌らしい笑みを見せた。

 瞬間、目の前に居たはずの魔女がベルの背後に回った。目にも止まらぬ速さでベルの背後に回った魔女は、拳を引いて正拳突きの構えを取っていた。

 慌てて振り返って防御姿勢を取ると、後頭部に強い衝撃を感じた。脳を揺さぶられ、手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せながら傾く身体を踏ん張って耐える。

 

「幻覚か」

 

 分かっていても見破れないのが幻覚である。生憎、ベルは魔力を身体強化に注いでいるため幻覚を破る程の魔力は残っていない。

 直接的な戦闘は得意ではないといっても、魔女である。有り余る魔力で肉体強化をすれば素人の様な動きでも、玄人以上の速さと重みで動けるだろう。

 何処に魔女が居るのか見当がつかないため、一回転するように回し蹴りを繰り出す。だが、一回転し終えても手応えを感じることは無かった。

 

「ベル、上!」

 

 人は、攻撃を繰り出す時にそこを見てしまう癖がある。殴る時は自分の拳を見ているし、蹴る時も自分の足を見ている。ベルも、同様に回し蹴りを繰り出した時に視線が足へと落ちたのだ。故に、自身の頭の高さまで跳んだ魔女に気が付かなかった。

 魔女の蹴りがベルの側頭部へと叩き込まれる。が、マミの注意によって咄嗟に反応することが出来たベルは魔女の足をすんでのところで掴み取った。

 驚いた様に情けなく口を開ける魔女に構わず、片足を掴んだまま回転した。ハンマー投げ選手さながらのスイングを見せて魔女を放り投げると、丁度良いタイミングでマミがマスケット銃の引き金を引いた。使い魔を蹴ることによって回避行動を取ると、再び姿が消えた。今度は、ベルの真正面に現れた。

 

「これも幻覚!」

 

 後方宙返りの要領で蹴りを繰り出す。蹴りは正面の魔女をすり抜け、上から落下速度を使ってベルを攻撃しようとしていた魔女の顔面に直撃した。メキッと鈍く嫌な音を立てて数メートルバウンドしながら転がる。地面に指を突きさして無理やり止めると、仕返しと言わんばかりに全速力でベルに近付いて拳を突き出した。

 片手で受け流して後頭部に蹴りを入れようと画策して腰を落とした瞬間、今度は脇腹に強い衝撃。壁に激突して動きが止まったベルの腹部に魔女の拳が突き刺さる。昼食を吐き出しそうになるのを堪えながら腹部に押し当てられたままの腕を掴み取ると、肘関節を逆方向から膝蹴りした。再び、メキッという鈍く嫌な音を立てて魔女の腕が逆の方向に曲がった。

 走ってベルを殴ろうとしていた方が幻覚だったのだ。余りに自然すぎてベルも気が付かなかった。

 折れた腕を再生させようと手を翳した瞬間、その手が弾丸によって弾き飛ばされた。続いてもう一発。次々と増えていく弾丸は魔女の身体に穴を開けていき、やがて死に至らせた。

 マスケット銃を仕舞って魔女の死体に近付くマミの顔は悔しそうであった。同じように、ベルも唇を噛んで悔しみを顔に表している。

 

「マミ」

 

「ええ、逃げられたわね」

 

 マミが手を翳すと、魔女の死体が幻の様に消え去ってしまった。いや、実際に幻だったのだ。何時から幻覚だったのか。自然すぎる幻覚に、マミも騙されてしまったのだろう。

 

「恐らく、あなたに投げられた時からかしらね」

 

 流石、ベルだけを結界に引きずり込むだけの知能はある。勝てないと踏んだ相手に対しては逃げに徹するのだ。魔女の足は人間に限りなく近い形の所為か、左程早くはない。今から全速力で駆け抜ければ追いつくはずだろう。二人で視線を交わし、足を踏み出そうとしたその時。

 

「貴女たちのお目当てはコイツかしら? 巴マミ、ベルゼブレ」

 

 奥から、昨日遭遇した黒髪の魔法少女がゆっくりと歩いてきた。左腕には、身体に無数の穴を開けて瀕死の魔女の首が握られていた。

 

「獲物の横取りを報告しに来たの? 随分と陰湿ね」

 

「違うわね。私はただ、頼まれたから来ただけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 魔女を放り投げると、緩やかな斜面を数回転がってベルの足元で止まった。止めを刺そうか迷っているところに、横から入って来た黄色の弾丸が魔女の頭部を撃ち砕いた。どろりと温まった蝋燭の様に魔女の死体が溶けていく。後に残ったのは、ありふれた形のグリーフシードだけであった。

 髪を掻き上げて興味無さそうな視線を送ると、魔女の結界が崩れて見慣れた風景へと変わったことを確認して身を翻した。

 

「待って」

 

 耳をピクリと反応させて止まった。耳だけを動かして反応を見せる様は、猫のようで何処か可愛げがあった。

 

「どうしてあなたがベルの魔女名を知っているの」

 

「本人に聞いてみたらどう? 私も暇じゃないの。……大丈夫よ。口外するつもりは無いから」

 

 顔だけを振り返らせてベルに向けられた黒髪の魔法少女の目は、虐めっ子の目をしていた。からかうのが楽しい、と言った風の捻くれた目つきである。

 

「ベル? どういうことか説明してくれるわよね」

 

「ちょ、逃げるな! せめて説明していってくれ!」

 

 背を向けて髪を掻き上げると、昨日と同じように一瞬で遠くまで逃げてしまった。それでも、ベルは自分の肩に置かれた手に怯えながら助けを求め続けた。

 助けを乞う声も空しく、帰宅したベルは黒い笑顔を浮かべるマミに三十分程尋問され続けたのであった。


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